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或る皇国将校の回想録

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第七話 Phoney War

 
前書き
馬堂豊久 駒州公爵駒城家の重臣である馬堂家の嫡流で新城の旧友
     砲兵少佐であるが独立捜索剣虎兵第十一大隊の大隊長として正式に野戦昇進する。

新城直衛 独立捜索剣虎兵第十一大隊首席幕僚。大尉へ野戦昇進する。
     

笹嶋中佐 水軍の中佐。転進支援本部司令として地上から北領鎮台残存部隊の艦隊への輸送
     等々の指揮を執っている。
     後衛戦闘を行っている第十一大隊を訪問し、支援を約束する。 

杉谷少尉 独立捜索剣虎兵第十一大隊本部鋭兵小隊長。
     (鋭兵とは先込め式ではあるが施条銃を装備した精鋭隊の事である)

西田少尉 第一中隊長、新城の幼年学校時代の後輩

兵藤少尉 第二中隊長 闊達できさくな尖兵将校
    (騎銃を装備して剣虎兵と共に前線を動き回る軽歩兵)

漆原少尉 本部幕僚 生真面目な若手将校

米山中尉 輜重将校 大隊本部兵站幕僚

猪口曹長 第二中隊再先任下士官 新城を幼年学校時代に鍛えたベテラン下士官

冬野曹長 第十一大隊の砲兵隊を指揮するベテラン下士官

実仁親王 近衛衆兵隊第五旅団の旅団長である陸軍准将 今上皇主の弟である。

田村孝則 近衛衆兵第五旅団工兵中隊 中隊長 

 
皇紀五百六十八年 二月十五日 午前九刻 真室大橋より後方二里
遅滞戦闘支隊 支隊長 新城直衛大尉


 遅滞戦闘隊の指揮をあずけられた新城直衛は闊達に行動を行っていた。
増援を含めた主力の殆どを預けて大隊長は美名津への村民の避難に必要な転進支援本部や近衛との調整を行いながら後退を行っている。
 ―今朝、兵藤少尉も尖兵小隊を率いて真室へと出発した。

「新城大尉殿」
「何か」
「砲撃の用意が整いました。後は着弾調整のみです」
 報告を行う冬野曹長は五十路前後の砲兵下士官であり、それは即ち、砲に関して全てを知り抜いた男であることを意味している。
 新城は技術的な問題は全て彼に任せている。
「開始してくれ。」
 帝国側も流石に焼き落とされた橋の修復には手間取っていたようであった。
何せ、この真冬の北領で川に胸まで漬かって作業する事は不可能だ。
 弾着観測の為に派遣した者達からの連絡によると、彼らは川底に杭を打ち込み、筏を繋ぐ事で浮き橋を作っている。
「考えたものです、あれなら遅くても三日で完成するでしょうな」
 増援として送られてきた工兵中尉が云った。
 笹嶋中佐は篤実に尽力を行なってくれた、増援は騎兵砲三個小隊に鋭兵二個中隊、そして短銃工兵二個小隊、それらの給食分隊に輜重小隊と予定より多く送られ、大隊も頭数だけなら八百近くなった。
「だからこそ、僕達がこうしているわけだ」
 有効射程内ぎりぎりだが接収した砲も含め、十八門もの騎兵砲、そして十分有効射程内の三門の擲射砲が製作中の浮橋を、そして作業中の工兵を狙っている。
調整の為に数発一番砲車が数発放った後効力射を始めた。
射程外だが六門の平射砲も接収している。中々の光景だ。

まあ正直、剣虎兵大隊と言うより鋭兵大隊に近くなった気もするし、長射程の重砲まで有しているのは大隊長殿の好みなのだろう――砲兵少佐なのだ、本来は。

急造の部隊だが、偵察の為に渡河した猟兵三個中隊を排除に成功し砲を展開する事が出来る程度には統率をとれている。
 ――もっとも当分はまともに戦うつもりはない、大隊長殿からは苗川までは作業の妨害と偵察部隊を潰す事に徹底する様に命じられている。
 新城は歪んだ笑みを浮かべた。
 ――さて、戦わない戦争といこうじゃないか。


二月十六日 午前六刻 北領真室大橋より二十里後方・苗木村


 北領に点在する中の小規模な農村の一つである苗木村は深い恐怖と怒りに包まれていた。

「どうか、どうか、お助け下され、帝国の輩が、
村へ鉄砲を、倉へ押し入ろうとして、止めようとした若い衆が」

村長である苗木井助は、村を訪問した皇国軍の隊長である将校に
歓迎の言葉もそぞろに嘆願した。

「その方々は――怪我を?それとも・・・」
 そう気遣わしげに言葉を濁した将校は左腕に包帯を巻いた若い少佐であった。

「はっ・・・はい、あの、銃で殴られたらしく。
倉に気絶して倒れておりました。傍に忌々しいこの毛皮帽が」
 そういって村長は震える手で帝国軍の毛皮帽を差し出した。
「やはり――ここまで来ているか。<帝国>軍め」
 少佐は穏和そうな顔を歪め、怒りを滲ませながら話した。
「この狼藉の借りは必ず兆倍で返します。しかし今は貴方達自身の事を考えなくては。
我々は可能な限り皆さんを守る義務があります」

「どういう事でございますか?」
 おそるおそる村長が尋ねる。
「お気づきでしょうが、我々は内地へと撤退を開始しています。
我々は貴方達を近衛兵達に護衛させ、美名津へと送り届けます。
そうすれば我々が内地への転進を完了させるまで、〈大協約〉が皆を守ります。」

「情けない事を儂の若い頃は、先代の北領公様の手勢に加わっていた頃は・・・」
 老人が枯れ木の様な腕を震わせ、過去を眺め、詰問する。
「四万の軍勢と相対したと?今は昔話を拝聴する時間はありません。」
 若い少佐は僅かな苛立ちを込めて言葉を遮った。
「――失礼しました。申し訳ありませんが、時間に余裕があるとは言えません。
この冬場に五十里も歩くのは辛いでしょう、軍の馬車を四台貸してさしあげます。
街道沿いの全ての村にも伝えていただきたい。さぁ、急いで準備を」
 ――でないと女は犯され男は奴隷、村は略奪しつくされますよ。
そう感情の無い声と表情で告げられ村人達は慌てて逃げる準備を始めた。 



 ――瞬く間に村は無人となった。
「皆、よくやってくれた。これでこの街道の人々も美名津へと移動するだろう。」
 大隊長は将校達を褒めるが、大半の将校達は不機嫌そうにしている。
 ――演技とはいえ村人を殴ったのだから健全な反応だろうな。
豊久自身は溜息をこらえるにとどめた、彼が直率するのは杉谷少尉を含む鋭兵中隊に後方支援用の工兵二個小隊に療兵分隊と輜重・給食隊のみである。
 他は新城の遅滞戦闘隊に回し、事実上は主力を大隊長ではなく次席指揮官の新城大尉が率いている。
本来ならばあまりよろしくない行動であるが、こうした工作を行うのならば高位の将校が説得する方が信頼されやすい事。それに何より村を焼く際に馬堂少佐が立ち会うべきであると考えていた故であった。
「――さて、そろそろ火を着ける用意をしようか。」 


同日 午前九刻半 真室大橋より後方二里
遅滞戦闘支隊 支隊長 新城直衛大尉


 新城直衛はこと物事を取り止める事に関しては将校としての教育を受けた人間の中では異常な程に果断であった。
「頃合だ。後退するぞ。」
 ――これ以上の長居は危険だ。敵も警戒して砲を用意させるだろう、砲で釣瓶打ちされたら文字通り全滅してしまう。
 そう判断した新城は迅速に後退の指示を出し、観測班が帰還するまでに、ほぼ後退の用意を完了させていた

「この二日で敵兵を200名程死傷させました。
そして浮橋自体も破壊に成功しました。
ですが筏を固定させる杭は無傷ですので作業自体には・・・」
 僅かに口篭った観測班長に新城は応える。
「いや、元々擾乱の為の砲撃だ。橋を破壊する事は余り期待してなかったからね。
それに対岸で指揮を出していた将校も退避する前に十数人程叩けた。それで十分だ。」
 ――これで少なくとも一日分は時間を稼げただろう。
新城が後どれ程時間を稼げるかを勘案していると漆原が声を掛けてきた。

「・・・これから大隊長が破壊させた村を通るのですか」
 北府からの難民を保護させてから腑抜けた様になっている。
「ああ、そうだ。それがどうした。それより今は戦争だ、君も自身の部隊の事を考えろ」
 一瞬漆原は背筋を伸ばし、何かを諦めた様に虚ろな姿勢に戻った。


二月十七日 午後第一刻 小苗橋
独立捜索剣虎兵第十一大隊 大隊長 馬堂豊久


「――よし、御苦労だった。しばらく休んでいてくれ」
米山中尉が書き留めた報告に目を通しながら馬堂少佐は導術士へ言った。
「しばらくは定時報告だけだ、今のうちに彼らを休ませないといかんな――米山?」

「導術の連中は全員、移動時は橇に載せています。
部隊間の導術使用は最低限に抑えておりますので当面はこれで」
兵站幕僚は如才無く応えた。
 ――後退している新城からも帝国軍の行動の鈍りが報告され、遅滞戦闘部隊も明日には合流出来る。――今の所、状況はこちらの目論見通りに推移しているか?
  否、と豊久は否定材料を打ち出す。
 ――水軍から送られる真室の状況報告は最短でも二十日以降になる、これまでの行動はこの情報が届いてから出なければ意味がない。

 この一ヶ月で慣れたシクシクと泣く胃を抑えながら橋を渡ると、目立つ軍服が見えた。

「あれは、近衛の軍装か?」
「えぇ、そうですね。天幕を張ってますな。それに随分と馬と資材があります。何故こんな所に?」
此方に気づいていたらしく指示を出していた一人が此方に歩いてくる。

「近衛衆兵第五旅団、旅団工兵中隊、中隊長田村孝則大尉であります。」
そういって敬礼をした。

「独立捜索剣虎兵第十一大隊、大隊長馬堂豊久少佐です。」
と馬堂少佐も答礼をする。そうすると大尉が書簡を渡してくれた。

「実仁親王殿下から少佐殿に宛てられた御返書です。
少佐殿の行動に殿下は敬意を感じておられるご様子でして。
大隊長殿のご要望はもちろん、我々にも志願を募り、築城作業を補助せよ、と。」

「第五旅団は何時頃、乗船しますか?」

「はい、順調なら二十二日には乗れるだろうと」
 そうなると豊久は、片道二日と見積もり――この部隊も二十日には帰さないとならない。
――衆民出身だから工兵としては期待できるし、今のうちに扱き使うか。
倉廩も矢弾も満ちていない男は、遠慮を一時的に忘却し、立っているし親でもない兵達を使い潰す事を決意した。
「殿下のご厚意と貴官たちの勇気に感謝します」
 近衛――実仁准将は、少なくとも兵を可能な限り戦火に晒さない形で報いてくれたのだ。
「はい、少佐殿。自分達には過分なお言葉です」
 親王殿下が慕われているのか、仮にも志願兵であるが故の矜持か彼らは熱心に動いてくれている。
「それでは大まかな指示は私が出しますが、基本的には本職である貴官にお任せします。
それと、本隊の工兵二個小隊は貴官の指揮下に預けます。
村に残されていた馬鋤等の農具も持ってきたので必要ならそれも使って下さい。
十九日、最長でも二十日までに完成させて下さい」



同日 午後第四刻 小苗橋南岸 独立捜索剣虎兵第十一大隊 本部天幕
独立捜索剣虎兵第十一大隊 大隊長 馬堂豊久少佐


打ち合わせも一段落し、実仁准将の御返書を拝見する。
難民の受け入れ交渉の成功と最後まで粘る俺達への感謝と頼まれた補給の融通と更に志願した工兵を協力させるが可能なら内地へと帰らせて欲しい旨が書かれていた。
 紙は最高級であり流麗な文字で書かれて親王に相応しい官位・官職を記されている。
だが、本文はその達筆には似付かわしくない程に実務的――軍人的な文だった。

 ――成程ね。軍人振りが板に着く程に軍人としての意識が高い御方か、流石は皇国随一の弱兵部隊を率いて後衛を成功させた御方だ、軍人としても策略家としても一流だ。


今の状況とて実仁准将の目論見通りである。
実仁“准将”としては一刻も早く撤退したいだろうが実仁“親王”としてはこの守原の大敗を機に成果を挙げ、近衛の、ひいては皇室の発言権を強化したいだろう、何しろ現在の五将家の寡頭政治制に対抗する衆民勢力が台頭し、五将家の一角である守原が盛大な失敗を犯したのだ。
 そして自分は親王であり、皇族が戦場に立っている、この立場を利用しない筈がない。
 当然ながら守原大将は、同じ予備であった実験大隊を共に後衛戦闘に配置し、敵をそちらに誘引させるだろう、皇族を戦死させたら嬉々として他の四将家が潰しにかかってくる。
そして戦闘を避けながらも後衛戦闘を成し遂げれば近衛の名を大いに上げられる、その為にこの危険な綱渡りを続けていたのだ。
――で、その皺寄せをくらったのが俺たちだ。
 未だ情報幕僚だった時から彼自身が危惧していた事である。

なればこそ今回の美名津への衆民の避難の護衛と受け入れ交渉は成果を挙げ、
撤退も出来る絶好の機会を提案された事は大いに歓迎すべき事なのだろう。
 ――まぁ、だからこそここまで大盤振る舞いしてくれたのだろうな。
「まぁ、いい」
唇を歪め皮肉気に呟いた。
 ――さてさて、この奇妙な戦争もあと数日で終幕、後はここで戦うのみか。
 俺達が負けないうちに収拾がつけば良いのだが。
 
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