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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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十五 交渉


試合で負傷した者が運び込まれる医務室。そこへと繋がる廊下では、ひたひたという足音だけが反響する。

その静まり返った回廊で会話も無く、ただ歩いているのは二人の子どもと一人の大人。金髪の少年と彼の担当上忍らしき男の背中を、口を包帯で覆った子どもが探るように見つめている。

とうとう沈黙に耐え切れず、その子ども――ドスは自身の先を進む金髪少年――ナルトに声をかけた。

「なぜ、助けたのです?」
「言っただろう?同じ里の者を助けるのに理由などいるのか?」

突然の問い掛けにも全く動じず、我愛羅に対する答えと同じ言葉をナルトは再度口にする。しかしながらドスは、何の要求も見返りも求めない彼を不可解に思う。
「貴方と顔を合わせたのはこの中忍試験で初めてです。それだけの間柄なのに、どうして…」
「………左足の骨、罅が入ってるだろう?話は医務室でだ」
ナルトにそう指摘され、初めてドスは己の足の不調に気付いた。
確かに左足を我愛羅の砂に掴まれたが、まさか骨に罅が入っているとは思いも寄らなかった。自分以上に洞察眼の鋭いナルトに対し、彼は密かに畏怖の念を抱く。

そのため納得いかないながらも、ドスは渋々頷いた。





油女シノ・日向ネジ・奈良シカマル・我愛羅・カンクロウ・テマリ・波風ナル・多由也。
試合を勝ち抜いてきた者達が肩を並べている。長かった予選試合がようやく終わったのだ。
「中忍試験『第三の試験』…本戦進出を決めた皆さん。一名はここにいませんが、おめでとうございます」
試合の審判を無事務め終えたハヤテが祝辞を述べる。死者を出さずに済んだという安堵からか、その顔はどことなく穏やかである。
そんなハヤテの顔を睨みつけながら、死人を出さずに済んだのはナルトのおかげだろうが、と多由也は内心悪態を吐いていた。

各里の下忍を吟味するかのように、火影はその場に残った子ども達の顔触れを見渡す。
(ここにはおらん、うちはサスケを含め…木ノ葉五人に、砂三名。音一名か…)
心中で本戦出場者を指折り数えていた彼は笠をぐっと被り直した。歴戦の忍びたる三代目火影の瞳は、有望新人に対する期待に満ちている。そして彼は厳かに口を開いた。

「―――では、これから本戦の説明を始める」









本戦出場者に説明が行われている闘技場とは違い、医務室は閑散としていた。
負傷した者を寝かすベッドが並んでいるため、医務室の中は存外広い。そのベッド一つ一つが暖簾で仕切られており、傍には医療班員が控えている。
室内にするりと滑り込んだナルトが、一瞬でその医療班員を眠らせた。

「見張り、頼まれてくれるか?」
「承知しました」
小声でナルトに了承の意を答えたのは、担当上忍に扮している君麻呂。
大の大人が子どもに従っているのを訝しげに思いながらも、ドスはナルトの後に続いて衝立の向こうに回り込む。
里ごとに区切られているのか『音』と書かれた暖簾を払い除ければ、ザクとキンが即座にベッドから跳ね起きる。彼らのベッドは隣接しているようだ。
同じ班であるドスを瞳に映し、安堵する二人。だが視界にナルトの姿が入った途端、彼らは眉を顰めた。

「テメエは…うずまきナルト!?なんでここに…ッ」
「静かに。音を遮断する結界は張ったけど、あまり大きな声は出さないでくれ」
ナルトの一言でザクとキンはぐっと口を噤む。両者ともナルトとリーの試合を目の当たりにしているため、彼の実力を嫌というほど知っているのだ。
しかしながらいくら得体の知れない強者でも、その目的は探らねばならない。腕があったはずの右肩を左手で押さえながら、ザクは低い声音でナルトに問い掛けた。


「……何しに来た…?」
「交渉しに」


端的にナルトは言う。ドスの左足に手を翳した彼は、至極率直にザクの問いに答えた。
自分の時は何度訊いても答えなかったのに、と若干不機嫌になったドスは左足の違和感がすっかり無くなっている事に気づくと驚愕の表情を浮かべる。
「…い、何時の間に…」
「これでドスは大丈夫。ザクは…」
「触るな!!さっさと出てけ!!」
右肩に触れようとしたナルトの手を叩き払ってザクは怒鳴った。彼は今、物凄く不機嫌だった。


大蛇丸様のためにとうちはサスケを襲い、返り討ちにあった。試合でも油女シノにあっさり敗北し、おまけに片腕を失った。
大蛇丸に捨てられるという恐怖、そして自分のプライドがズタズタに裂かれ、彼の精神は非常に不安定だった。
それなのに目前の金髪少年は自分の手が届かないほどの強さを持っている。
中忍第二試験の際、多由也含むザク達に襲い掛かったサスケの豪火球を一瞬で消し、予選でも卓越した体術熟練者であるリーを圧倒し、そして今もドスの怪我を治す手腕を見せつけた。

要するにザクは、ナルトが妬ましくて堪らないのである。



「…交渉とは何ですか?」
猫が毛を逆立てるように威嚇するザクの隣で、ドスは口を開いた。
彼がナルトに向ける視線は敵意や殺意などではない。ドスはもはやナルトを敵としては見れなくなっていたのだ。
懸命に真意を探ろうとナルトを見つめているドス。それに驚いたのはザクだけではなくキンもだった。
「お、おい。ドス…」
「話してください」
困惑したザクがドスに話し掛けるが、ドスの瞳はもはやナルトしか映っていなかった。

ナルトの言葉を礼儀正しく待っているドス。忌々しげな表情を隠しもせず、苛々と貧乏揺すりをするザク。そんな二人の間でおろおろするキン。
表情や態度でそれぞれの性格を見透かしたナルトはちらりと視線を君麻呂に投げた。
そして実にわかりやすい取引を持ち掛ける。


「俺と共に来るか、大蛇丸の許に戻るか―――ああ、逃げるというのも一つの手だな」


そして彼は、ぽかんと口を開けて見つめてくる三人の顔触れを見渡すと、一語一句強めて言い切った。


「今、選んでくれ」













「予選は無事終わり、本戦に入るようです」

膝をつき頭を垂れた青年が長髪の男にそう告げる。男に対する青年の態度はどこか緊張気味であり、その場には緊迫した空気が流れていた。

そんな中、場違いにも鳥の囀りが聞こえてきて、長髪の男が感慨深げに口を開く。
「それにしても長閑(のどか)…いや、本当に平和ボケした国になったわ。どの国も軍拡競争で忙しいって言うのにねえ…」
青年の報告を聞いているのかいないのか、爬虫類を思わせる瞳を細めて男は眼下に広がる里を俯瞰した。里で指名手配されているはずの彼は、大胆にも一際目立つ場所で悠然と街並みを眺めている。

歴代火影の顔が彫られた崖。岩肌に施された火影の中でも三代目の若き顔上に男は立っていた。
さながら火影そのものを踏み躙るかの如く。


「…今なら獲れますか?」
「ふ、まぁね…。あんな爺の首を獲って楽しいかは解らないけど…」
薄笑いを浮かべた男――大蛇丸が視線を外す。彼の瞳がどこか遠くを見ている事に気づき、青年――カブトはわざと唆すような物言いで尋ねた。
「…そうでしょうか?僕にはまだ、貴方が躊躇しているように思われますが。これから各隠れ里の力は長く激しくぶつかりあう…。音隠れもその一つ、」
そこで言葉を切ったカブトは緩慢な動作で、眼鏡のブリッジを軽く押し上げる。
「貴方はその引き金になるおつもりだ…。そして彼はそのための『弾(たま)』なんでしょう?うちはサスケくん、でしたっけ?」
「フフ…。お前は察しが良過ぎて気味が悪いわ…」
「そうでもありませんよ。ドス・ザク・キンのことは知りませんでしたからね…。それに、まさかナルトくんが来てるとは思いも寄りませんでした」
ふっと目線を大蛇丸から逸らして、カブトは一端息を吐いた。彼の顔は太陽の光に照らされてよく見えない。暫しの躊躇を見せた後、カブトは己が抱く懸念を口にした。


「私はまだ…完全に信用されていない、みたいですね…」
自嘲染みた笑みを口元に湛え、そう呟くカブト。そのいつになく自信無さげな態度に、大蛇丸は目を細めた。
「ドス達如き下っ端の話を『右腕』であるお前に言う必要があったかしら…?それにナルト君の事は私も知らなかったこと…。お互い様よ…」
大蛇丸の言葉を耳にして、カブトは顔を向き直す。眼鏡奥の瞳が怪訝そうに細められた。
「ナルトくんは……。何が目的で木ノ葉に…?」
「さぁ?正直言って彼の考える事は私にも予想出来ないわ…。あれほど『聡明叡智』という言葉に相応しい子どもはいない…。末恐ろしいわね…」
大蛇丸の言葉には暗に、『天を仰ぎて唾(つばき)す』という意味が込められている。ナルトに害を与えようとすれば、かえって己の身が危険に陥ると。



腹の内の探り合いを思わせるような遣り取りが一瞬途切れた。



真剣な面持ちで口を噤んでしまった大蛇丸に、カブトは差障りのない話を訊ねる。
「…ドス達はどうなさるおつもりです?裏切りでもしたら…」
「捨て置きなさい。あの程度の忍び、どうってことないわ…。私の許から逃げようが、木ノ葉に寝返ろうが知ったことじゃないわよ」
「…サスケ君はよろしいのですか?」
何の前触れも無くカブトはサスケの名を挙げる。まるで大蛇丸の反応を確かめるように。突然話題を変えたカブトに対し、大蛇丸はくっと口角を上げてみせた。

「物事を発生させるには何事も種が必要よ…。植物しかり、争いしかりね…。種は仕込んだ――それで充分。今は、まだいいわ…」
『今は』という言葉を強調して、大蛇丸は囁く。その口調はまるでカブトを試すかのような物言いである。

大蛇丸の言う種とは、サスケに与えた『呪印』を指しているのか。それとも他に何かあるのか…。
懐疑的な態度を隠しもせず、カブトは大蛇丸の強い眼光に負けじと目を合わせた。そして、ふっと笑みを浮かべる。
「いつになく慎重でいらっしゃいますね?ナルト君がそんなに気掛かりなんですか?」
「……全く!鋭い子ねぇ…。その通りよ。今のところは中立の立場だけど、これから先どう転ぶかわからないしね…。いくら私でも彼と敵対するのはお断り…。念には念を、と思ってね…」
腕を組み直しながら、大蛇丸は言葉を続ける。彼の顔色を窺っていたカブトの額からつうっと汗が滴り落ちた。
ここにはいない金髪の少年にあの大蛇丸がこれほど敬畏を払う。
大蛇丸以上に至高の存在なのだと改めて思ったが、そうとは表情に出さず、彼は大蛇丸の顔を覗き込んだ。双眸を閉じた大蛇丸は沈黙を貫いている。



会話が途切れ、辺りは静寂に包まれた。大蛇丸の表情から、もう自分に用は無いのだと察したカブトがついっと背を向ける。
だが唐突に後ろから声をかけられ、彼は足を止めた。
「カブト…。忠告してあげるわ…」
感情の窺えない静かな声がカブトの身を再び硬直させる。大蛇丸の真剣な眼差しを背中に受け、何を言われるのだろうかと彼は身構えた。金縛りにあったように直立不動の姿勢をとるカブトを見て、大蛇丸は口元に弧を描く。

「ナルト君にちょっかい出すのは止めておきなさい。お前じゃ彼には敵わないわよ…。強いと言っても、カカシと同じ程度じゃねぇ……」








大蛇丸と別れたカブトは主人の言葉に反して、ある場所へ向かっていた。
うちはサスケが収容されているであろう木ノ葉病院。その場所への道を辿りながら、彼は思わず笑みを零した。
(敵わない…?そんな事、貴方に言われなくとも…)
大蛇丸の忠告を、何を今更と失笑するカブト。彼の眼鏡が太陽の光に反射して薄く光った。




(とっくの昔から知っている)

 
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