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ジプシー=ダンス

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第三章


第三章

「夜は軽くというわけですか」
「身体を動かさなくてはいけませんしね」
「身体を」
「ですからスペインの夜は長いのですよ」
 彼はまたそれを言った。
「これからです」
「では」
「はい。まずは乾杯です」
 彼はグラスにワインを注ぎ込みながら述べた。
「セビーリアに乾杯」
「乾杯」
 俺達は杯を打ち合わせた。それからまずは飲んだ。
「それでですね」
 ガイドさんは一杯空けてから話を再開した。
「はい」
「この店の名物はまずはフラメンコです」
「それですね」
「粒揃いのダンサーが揃っていまして」
「ほう」
 何か楽しみになってきた。
「踊りだけでなく容姿もいい」
「完璧ですね」
「ですよ。ではそろそろです」
 踊り娘達が出て来た。そして情熱的な踊りをはじめた。
「どうですか?」
 一つ終わったところで俺に声をかけてきた。
「いいものでしょう」
「これが本場のフラメンコなのですか」
「そう、カルメンの踊りです」
 彼は笑ってそう述べた。
「違うでしょう、何もかもが」
「日本でもフラメンコをやっている人間はいますよ」
「ええ」
「それでもやっぱり。本場は違いますね」
「生憎ですが情熱に関する限りスペインは特別なのですよ」
「確かに」
 心から頷いた。
「これだけのものはないですね」
「そうでしょう。それでは次は」
「何ですか?」
「ここで今売り出し中の娘が出ます」
「看板ですか?」
「まだそこまでは至ってませんがね。いい娘ですよ」
「そんなにですか」
「カルメンとまで讃えられています」
「そのカルメンに」
「そうです。さあはじまりましたよ」
 早速音楽がはじまった。
「ほら、彼女ですよ」
「あっ」
 俺はその彼女を見て思わず声をあげた。
 そこにいたのは昼に裏通りで踊っていたあの娘だった。艶やかな顔と白いあの独特のドレスで踊っていた。口には花を横に咥えている。
「どうしました?」
 ガイドさんは俺が声をあげたのに気付いて声をかけてきた。
「いや、あれは」
「?」
 言おうとしたが思い止まった。それで隠すことにした。
「何でもないです」
「そうですか」
「ただ。凄い踊りですね」
「そうでしょう。この娘はこれから大物になりますよ」
「セビーリア一でしょうか」
「いえ、スペイン一になれますね」
 ガイドさんはにこりと笑ってこう述べた。
「このままいくと」
「ですか」
「元々彼女はね。ロマニなのですよ」
「ロマニなのですか」
「はい。そこもカルメンに似ているでしょう」
「そうですね。小柄ですし」
 カルメンは読んだことがある。小柄であだっぽい女だ。
「そう、スペイン女は小柄ですよ。ですが」
「その小柄な身体に溢れんばかりの情熱を抱いている」
「おわかりになられますか」
「何か少しずつわかってきました」
 俺は言った。
「スペインのことが」
「これでも奥の深い国でしてね」
 ガイドさんは俺のこの言葉に気をよくしたのかさらに上機嫌になってきた。
「スペイン女もまた同じなのですよ」
「成程」
「まあそれのお話は後でね。今は踊りを楽しみましょう」
「わかりました」
 俺はそれに頷いて踊りを見ていた。終わると賞賛の声が酒場を包み込んだ。
 その足下にまで賞賛の声と投げ込まれる花が届いている。少女はそれを微笑んで受けていた。
 だが言葉は出さない。決して。俺はそこに何か違和感を感じていた。
「あの」
 それで俺はガイドさんに尋ねた。
「あの娘は無口なんですか?」
「はい、全然喋らないんですよ」
 やはりそうだった。ガイドさんは答えてくれた。
「とにかく無口でして」
「はあ」
「奇麗ですけれどね。それで夜では人気がないですね」
「夜で!?」
「ああ、彼女達はそっちの仕事もしているんですよ」
「えっ」
 俺はこれには眉を顰めさせた。
「本当ですか、それ」
「まだここにはそういうものがあるんですよ」
 ガイドさんは教えてくれた。
「というか日本にもまだあるでしょう」
「噂ではね」
 裏の世界にそういうのが残っているとはたまに聞く。何処までが表で何処までが裏か、そして表も裏もその境は曖昧なものでしかないが。
「それと同じですよ。この酒場はそうしたのもやってるんですよ」
「だからですか、さっきのお話は」
「そういうことです。よかったら店の親父と話をしますよ」
 俺にこう囁いてきた。

 
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