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銀河英雄伝説 アンドロイド達が見た魔術師

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第三次ティアマト会戦に関する査問会

 同盟軍の中枢はバーラト星系にある。
 軍政の中心である国防委員会はハイネセンポリスの官庁街にその建物を有しているし、軍令を出す統合作戦本部も郊外にその建物を有している。
 もちろん、双方仲が良い訳も無く、これにシビリアン・コントロールの為の政治家と官僚が絡んでくるから楽しい権力闘争は何時終わる事もなく続けられている。
 艦隊勤務であるはずのヤンが統合作戦本部に非公式に呼ばれたのは、第3次ティアマト会戦敗北に伴う査問会への非公式出席の為である。
 もちろん、原作みたいな非公式で政治家がヤンをいびるなんて事ではなく、ちゃんと制度化されたある意味反省会と呼んだ方が近い形になっている。
 基本的に、国家は敗北を認めない。
 敗北を認めたら責任問題となって当事者の首が飛ぶだけでなく、空いた椅子をめぐって権力闘争が勃発しかねないからだ。
 だが、同盟外交安全保障会議は第3次ティアマト会戦を明確に『戦術的敗北』として宣言した背景には、客観的にデータを見て適切なアドバイスを送った助言者の存在が囁かれていた。
 まぁ、100%緑髪の女性達なのだろうが。
 ヤンを非公式かつ隠密に呼んだのはそんな緑髪の女性達である。

「お前もやっかいな連中に目をつけられているよな」

 後方勤務本部のアレックス・キャゼルヌ少将が自分のオフィスにて紅茶をすするヤンにぼやく。
 このオフィスのモニターに査問会の様子がダイレクト中継されるように指定したのは、ヤンの隣でミルクティーをすする緑髪の中将のおかげ。
 反省会ゆえに査問会の議事録は公開されているのだが、それを理由にこんな所に召還されるのだからお役所仕事はままならないものである。
 まぁ、非公式を盾にとってキャゼルヌ少将のオフィスを指定したのはヤンだったりするのだが。

「失礼な。
 これでも最大限貴方達の事を評価しているから、悪巧みにお誘いしたまでで」

「その悪巧みが底なし沼じゃないかと今思っていますよ。中将」

 近年最悪の大敗北ともなると誰もが情報を欲しがるが、それはヤンもキャゼルヌ少将とて同じだったりする。
 艦艇6000隻、喪失人員40万人というのはそれだけの衝撃を持っているのだった。
 だから、緑髪の中将は紙コップに注がれたミルクティーを飲み干して悠然と言ってのける。

「私達の悪巧みが帝国との戦争より怖いですか?
 私達は命まではとりませんが、帝国はとりますよ」

「しかし、なんで俺達なんだ?」

 尋ねたキャゼルヌ少将が飲み終えたコーヒーカップをゴミ箱に投げ捨てる。
 おどけた仕草にもかかわらず、この二人とついでにヤンも目が笑っていない。

「キャゼルヌ少将の場合は後方勤務本部の実務のトップだから。
 今後また帝国に痛撃を食らった場合の再編は、貴方がする事になるでしょうから生のデータをお見せしようかと」

 さらりとまた同盟が負けるなんてやばい事を言ってのけるあたり、この緑髪のアンドロイドはたちが悪い。
 そして、データの化け物である彼女達がそんな事を言い出すという事はうそやはったりではないという事だ。

「同盟軍がまた負けると?」

「会戦後のデータ同期をまとめると、その可能性は高いと判断しました。
 この報告が同盟外交安全保障会議にて『戦術的敗北』を宣言するきっかけになったそうですよ」

 ヤンの質問に中将は即座に斬って捨てるあたり、このお膳立ては間違いなく彼女達だ。
 敗北を糊塗した後で再度敗北が発生すれば、それは政治家にも累が及ぶ。
 ならば、先に敗北を許容した上で対策を立てておけば、次に負けたとしてもそれは実際に戦った軍が悪いと責任逃れができる。
 責任逃れに長けた政治家連中にある意味損切りを決断させるぐらい、第3次ティアマト会戦の帝国軍は華麗で苛烈で、強敵だったのである。
 ティアマト星系に侵攻した帝国軍は一個艦隊15000。
 これを迎撃する同盟軍イゼルローン方面軍は、二個艦隊に増援を足した30000と二倍の兵力差がついていたのだから。

「始まりますよ。査問会」

 部屋に居た三者がモニターに釘付けになる。
 繰り返しになるが査問会において、失敗を問うという事はしない。
 人的消耗を考えると貴重な将官を一回の失敗で処分するなんてもったいないからだ。
 とはいえ、責任は取らせないといけない訳で、考えられたのが3アウトシステムである。
 要するに同じ失敗を3回したら問答無用に処分確定。
 それまでは査問会という形で失敗の反省をしつつ次回に生かす事を求められる。
 また、失敗に対するリカバーもちゃんとあり、いくつかの事例があるが勝利にて帳消しにするか、三年間失敗をしなければ時効が成立するようになっている。
 とはいえ、アウトが残った状態では出世ができる訳もなく、アウトが消えるまでは昇進が据え置かれるし、時効狙いの左遷という形で戦闘の無い地方のドサ回りをするなんて例もある。

「こちらの艦隊は主力の第四・第六の二個艦隊と、方面軍司令部分艦隊の3000に近隣星系警備艦隊を集めた3000の6000を加えた30000。
 これに対して帝国軍は一個艦隊15000でティアマト星系外にワープアウトした後で星系に侵入。
 この時点でティアマト星系の航路誘導宇宙ステーションを制圧し、一時占領しています。
 会戦後に帝国軍は撤収し、人的・物的被害も無く、運営していたフェザーンの会社には司令官ミューゼル提督の名前で謝罪と賠償が支払われて和解が成立しています。
 このステーションからの急報で占拠報告が方面軍司令部に届いています」

 査問会における議事進行と状況説明を行っているのが作戦部のフォーク中佐。
 起こってしまった事に対する状況分析をさせたら他の追随を許さない分析能力を持つ。
 それゆえに、突発事態に弱いのは仕方がない事ではあるのだが。

「帝国軍のやつら灯台を占領したのか!」

 航路の安全をつかさどる灯台占拠にキャゼルヌ少将が激昂するが、それを押し留めたのがヤンの低い声だった。
 帝国軍の狙いが何か分かったからである。

「自分達の航路情報が漏れる事を恐れた……」

「ヤン。それはおかしいぞ。
 ティアマト星系なんて帝国でも大まかな航路データは持っているし、こちらも馬鹿ではないから即座に監視衛星等で情報を集めだしている。
 やつら何の目的の為に……」

「……だから、それを狙っていたんですよ。
 灯台占拠で航路情報を隠して帝国軍は何かをやろうとしている。
 こちらの意識を誘導したんです」

「あ!」
「!!」

 こういう時のヤンの鋭さは緑髪の中将は記憶の彼方から人形師に散々聞かされたが、現実に見るとその鋭さに戦慄を隠せない。
 だが、中将の戦慄など気にせずにヤンはモニターを食い入るように見つめ続ける。

「おそらく、同盟軍はこの時点で心理的先手を取られています。
 数で勝っているのだから、敵を見つけ出して叩いてしまえば良かったのに、数に驕って後手に入ってしまった。
 選択肢があるがゆえに迷って、最初に狙っていた美味しい物を別の人に取られてしまったようなものです」

 ヤンの説明を補足するかのようにフォーク中佐がモニターの中で陣形を動かす。

「この救援報告に対して方面軍司令部は救援を決定。
 第四艦隊に近隣星系警備艦隊を集めた一個分艦隊を足して救援に向かいます。
 この時点で同盟軍は数の有利を放棄しているように見えます」

「この時点において方面軍司令部では、同数と戦っても後で追いついて挟撃できると判断していました。
 帝国艦船より高性能な護衛艦艇を中心とする近隣星系警備艦隊を編入しているのはそれが理由です」

 モニター向こうのフォーク中佐の状況説明に方面軍司令部幕僚から補足説明が入る。
 それを聞きながらヤンがその先を手品でも明かすような口調で説明してみせる。

「彼らにとっては、こちらが何処から来るかさえ分かれば良かった。
 更に、この会戦自体が帝国内部の権力争いにおける政治的得点稼ぎでしかないと分かっていたのだから、全艦隊で押し切ってしまえば良かったんです」

「だが、それは無理な相談だそ。ヤン。
 ティアマト星系は要衝だから、民間人を避難させたと言ってもかなりの数の非戦闘員がいた。
 そんな彼らを置いて全艦隊を出すなんて、どれだけの提督ができると思っている。
 勝てばまだいいだろうが、今回みたいに負けたら『軍は俺達を見捨てた』と大騒ぎになるぞ」

 20年近い平和の代償でもあった。
 同盟経済の活性化は、ティアマト星系に有人コロニーやステーションを置いて必要な資源を採掘したり、物流の中継地として繁栄を始めようとしていたのである。
 それが、同盟の軍事的栄光であるティアマト星系という地域を戦場にしにくくしていたのだった。
 キャゼルヌ少将の言葉など聞こえないフォーク中佐が戦闘状態を説明する。

「会的時、同盟軍帝国軍双方とも15000隻。
 艦艇性能からこちらが有利のはすが、第四艦隊は長距離からの打ち合いでは互角に持ち込まれています。
 帝国軍は最近配備を始めた高速戦艦を前面に出してきたのがその理由でしょう。
 今回の戦闘データおよび、諜報部が入手した高速戦艦のデータはこちらになります」

 ヤンは実際戦った事があるので知っていたが、巨体・大火力・高出力の三拍子揃った高速戦艦が前に出てくると苦戦するというのはデータでも明らかになる。
 同スペックで勝てない同盟戦艦に対して優位に立つための巨大化というのは宇宙空間においては正義となる。
 その場合の敵は、建造時間と予算なのだが。

「1000メートルクラスかよ。
 これまでの標準戦艦のおよそ1.5倍か。
 これがまとまって出てくると苦戦するな。
 何で今まで出てこなかったんだ?」

「これが貴族の特注品だったからですよ。
 ジャガーノート級艦隊母艦の登場によって、大貴族連中は艦隊母艦を欲しがりましたが、中堅貴族には艦隊母艦は高価な買い物です。
 そんな中堅貴族がこの高速戦艦を求めたのです。
 その為、この高速戦艦は貴族の私兵艦隊旗艦として貴族が乗っている事が多かったのです。
 ですが、先の帝国内戦でリッテンハイム侯側についた貴族が粛清・失脚し、主無き高速戦艦を帝国軍が接収したと。
 見てください。
 高速戦艦の隻数は1000隻届かない数ですが、まとめられた統一運用でシールド艦のシールドに穴を開けて、第四艦隊の艦隊母艦を大破に追い込んでいます。
 これをやってくれたのが、ミューゼル提督の家臣の一人、ミッターマイヤー少将です」

 通信から分かった敵戦艦の情報に中将の原作知識(ミッターマイヤー)が混じっているが、それを指摘する人間は誰もおらず。
 さらに状況説明をしながらヤンに原作知識を中将はもらしてゆく。

「第四艦隊の艦隊母艦が大破に追い込まれたので、こちらの陣形が崩れています。
 ここを敵の別働隊に衝かれました。
 第四艦隊の意識が大破された艦隊母艦とそれをやった高速戦艦に向けられた隙を突かれ、空いた穴を埋める為に艦隊各地で動いた歪をやられたのです。
 これで穴は数箇所に拡大し、こちらは増援が来るまで積極的攻勢が行えなくなりました。
 これを分艦隊で指揮していたのがロイエンタール少将。
 同じくミューゼル提督の家臣の一人です」

 画面は会戦の終盤状況に近づいていた。
 戦線に開いた穴を広げないとその場に踏みとどまって防戦する同盟軍と、それを広げようと猛攻をかける帝国軍の状況が変わったのが、追いかけてきた増援の第六艦隊の登場だった。
 第四艦隊は歓喜に沸き勝利を確信したその時に、それが踏みとどまっていた第四艦隊に容赦なく降り注いだのである。

「リニアレールガン。
 事前に設置され、射程外からの一撃についに第四艦隊は総崩れに陥りました。
 これを見た帝国軍は攻撃を中止して撤退。
 第六艦隊は第四艦隊の支援に専念し追撃は行えず。
 同盟軍は第四艦隊を中心におよそ6000隻、帝国軍にはおよそ2000隻の損害を与えたと方面軍は判断。
 以上が、第三次ティアマト会戦となります」

 モニター越しにフォーク中佐が淡々と議事を進め、多くの将官が色々と反省点や意見を出してゆく。

「しかし、リニアレールガンなんて何処に隠していたんだ?」

「それについてはデータがありますよ。
 一発きりの使い捨て兵器だったらしく、大量に遺棄されていました。
 これです」

 中将がモニターを操作して、ワルキューレを改造したリニアレールガン発射台を映し出す。
 もし、人形師が生きていたらこう罵っていただろう。

「ワ、ワイゲルト砲……作品違うじゃねーか!」 

と。
 作品が違えども、技術とアイデアがあるならば、こうして誰かが考える。
 その事を考えなかったとはいえ、人形師を責めるのは酷というものだろう。
 ヤンはそのリニアレールガン発射台をじっと眺めて中将に尋ねる。

「灯台の隕石監視モニターって出せます?」

「私を誰だと思っているのですか?
 ほら、来た」

 そんな時にアンドロイドの力は遺憾なく発揮させられる。
 即座にやってきた第三次ティアマト会戦時のティアマト星系の隕石監視モニターの一部にヤンが指を指した。

「多分これです。
 不自然な動きをしているでしよう?
 二重の罠だったのか」

 ステーションを占拠する事で心理的衝撃を与え、救援と奪還に来た同盟軍の方向を固定して、撃ちっ放しのリニアレールガンの射程圏に引きずり込むという。
 ヤンの説明を聞いて、中将が会戦の戦況図を映し出して確認する。

「だから、帝国軍は穴が開いた第四艦隊に突っ込まなかったのか。
 突っ込んでの近接戦闘ならば、ワルキューレがどうしても必要になってくる」

「ならば、手間をかけずに第四艦隊を撃破してしまったほうが良かったんじゃないか?」

 中将の言葉にキャゼルヌ少将が質問の声をあげる。
 その質問に答えたのはヤンだった。

「第四艦隊撃破が遅れると第六艦隊がやってきます。
 帝国軍は『同盟軍への勝利』がほしかっただけなので、わざわざ第六艦隊を相手にする必要は無いという事でしょう。
 その証拠に、第四艦隊潰走後に帝国軍は警戒しながらも撤退に入っています。
 第六艦隊が第四艦隊を見捨てないという事を読みきって安全に撤退してみせたんです」

 三人ともしばらくモニターを黙ってみているだけで言葉が出ない。
 緑髪の中将などは、人形師から口すっぱく金髪と赤髪の脅威を伝えられていたが、所詮情報でしかなくこうして生のデータに戦慄するしかない。
 だから、中将が原作知識を伝えるという目的以上に、金髪とその将帥群のチートさ加減を恐る恐る口に出す。

「ひょっとすると、第四艦隊のこの損害も計算ずくだったのかも。
 第四艦隊が壊滅していれば、逆上しかつ無傷の第六艦隊と当たる必要がある。
 けど、こうして無視できない程度に痛めつければ、第六艦隊は第四艦隊を放置できない」

「否定できませんね。
 ミューゼル提督は、帝国内戦時グリンメルスハウゼン艦隊の分艦隊司令官だったはずです。
 どうします?
 この天才?」

 ヤンのあきれたような声に返そうとしたキャゼルヌ少将の机の上の電話が鳴ったのはその時で、内容は来客だった。
 その来客名の名前は緑髪の政策秘書を連れた、国防委員会国防委員のトリューニヒト氏という。



「やぁ。
 なんだか楽しそうな悪巧みをしていると政策秘書から聞いてね。
 私も一枚かませてもらおうとやってきた訳だ」

 さも途中参加のように言ってのけるが、そもそもこの席を用意したのが彼なのである。
 でないと、訓練途中のヤンを召喚するなんて強権を用いる事ができない。

「話の内容は、政策秘書経由で聞いている。
 で、これを踏まえて政治家は何をすればいいのかね?」

 これが言えるというのだから、トリューニヒト氏も人形師の政策秘書として鍛えられたのだろう。
 野心と才能と現状理解がちゃんとバランスよく成り立っている証拠である。
 とはいえ、ヤンは政治家そのものに嫌悪感が残っているし、キャゼルヌ少将も彼の才能を評価しつつ彼の野心をしっかりと見抜いていた。

「損害を受けた第四艦隊ですが、定数回復には半年ほどかかります。
 更に訓練などを経て再編が終わるのは一年という所でしょうか。
 しばらくは、第四艦隊はバラート方面軍にて引きこもり確定です」

 後方勤務本部の実務者としての立場でキャゼルヌ少将が答えた以上、ヤンも何かを言わねばかえってキャゼルヌの顔をつぶす。
 内心いやいやながらも、ヤンはトリューニヒト氏の質問に答えた。
 この後の軍や政府内の人事異動においてトリューニヒト氏の影響力は強まると分かった上で。

「同盟外交安全保障会議にて戦術的敗北を出させたのは委員の英断でした。
 この際ですから、ミューゼル提督を徹底的に持ち上げましょう」

 ヤンは確信していた。
 おそらく、同盟外交安全保障会議にて発言権どころか参加権もないのにも関わらず、戦術的敗北なんてものを出させたのはこの緑髪の政策秘書がついているトリューニヒト氏だと。
 それは事実だった。
 同盟外交安全保障会議の参加者が判断するデータの編纂に当たっていたのは国防委員会で、その編纂指揮をしていたのがトリューニヒト氏で、緑髪の女性達の同期データをフルに活用してたのである。

「あまり有権者受けする政策ではなさそうだね」

 トリューニヒト氏のあまり面白そうでない口調に我慢しながらヤンは淡々と続きを話す。
 給料分の仕事ではないなと苦々しく思いながら。

「有権者に受けなくても委員はトップ当選するでしょうから。
 選挙に磐石な方はそれだけで、損のように見える手が打てますからね。
 帝国にミューゼル提督を消してもらうのです」

 トリューニヒト氏だけでなくこの場全員に興味の視線がヤンに集まる。
 ヤンはそれを気にする事無く、続きを口にした。

「帝国内で更なる権力闘争が勃発しているのはご存知のはず。
 ヴァンフリート会戦ではブラウンシュヴァイク公側のシュターデン提督が敗北しています。
 これに対してリヒテンラーデ候側は政治的優位を確保し続ける為に、艦隊を派遣したのです。
 同規模艦隊にてほぼ同規模の同盟軍相手に勝利。
 リヒテンラーデ候側はしばらく我が世の春を謳歌するでしょうね。
 ですが、このミューゼル提督というのもリヒテンラーデ候にとっては不本意な駒だったみたいなのです」

 モニターに同盟諜報部が調べたミューゼル提督のデータが並べられる。
 第三次ティアマト会戦の勝利によって、ラインハルト・フォン・ミューゼル男爵は大将に昇進し、先ごろ亡くなったグリンメルスハウゼン伯爵領と伯爵位を継ぐ事が決定している。
 グリンメルスハウゼンの名前は故人の希望でそのままにして、ミューゼル伯爵は断絶した名家の苗字が与えられるそうだ。
 同盟諜報部の報告によると、今回のミューゼル提督の出撃はこのグリンメルスハウゼン伯爵領継承の為の志願だった事が判明していた。

「ミューゼル提督は、グリンメルスハウゼン伯爵領代官時に大貴族から嫌がらせを受けていますからね。
 その為、リヒテンラーデ候側に駆け込んだみたいです。
 で、帝国内戦による帝国軍の混乱から出征艦隊を用意できないと言われた彼は、あの艦隊を自前で用意したみたいですよ」

 ミューゼル艦隊15000隻の内、彼の自前艦隊は5000隻ほど。
 残りは敗北して自殺したシュターデン提督の艦隊から6000隻ほど持って来させ、残りはイゼルローンの要塞に駐留していた分艦隊や警備艦隊を借りた烏合の衆だった。
 更に、シュターデン提督の6000隻は無人艦だったのを、帝国内戦で失脚したリッテンハイム侯側の将兵に恩赦の約束をする事でかき集めた始末。
 いくら寵妃の弟とはいえ、失敗したら命の無い乾坤一撃の会戦だった事は会戦後に分かった事だったりする。

「彼にとってこの会戦で宮廷内に無視できない足場を作る事に成功しました。
 それは、ブラウンシュヴァイク公とリヒテンラーデ候にとって無視できるものでは無くなってゆくでしょう。
 我々が持ち上げれば持ち上げるほど、二人はミューゼル提督を危険視し排除するはず。
 戦場外にて帝国自身に彼を排除してもらいましょう」

 ヤンのえげつない事この上ない提案に、誰もが口を開かない。
 しばらくして、キャゼルヌ少将が帝国軍の物資移動と艦艇稼働率のデータをモニターに映して援護射撃をする。

「今回の会戦が帝国にとって限界の侵攻能力である事は、このデータ群が物語っています。
 一年、最低でも半年は出て来れないでしょう。
 戦場で倒せないならば、戦場外にて倒すヤン大佐の提案に私も賛同します」

「……うちの政策秘書がご執心だとは思っていたが、ヤン大佐。
 君はやはりこっちに来るべきだよ。
 出るならば、言いたまえ。
 同盟議会に席を用意しておくから」

 それが了承の返事であると分かってヤンはげんなりし、キャゼルヌ少将と緑髪の姉妹は笑いを隠そうとはしなかった。
 
 

 
後書き
議会で選挙があるのに堂々と議席を用意するなんて言える人は大物の証。
なお、某経世会のえらい人がとある内閣安全保障室長の労を労おうとして言った話のオマージュ。
とある内閣安全保障室長はこれを断って、危機管理のプロとして浪人人生を謳歌しているらしい。 
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