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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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十四 急転直下

闘技場床の半分を占めている様々な武器。
それらは何れも鋭利な刃物で、加えて足の踏み場もないほど無造作に散らばっている。武器の散乱地帯から些か離れた場所で、少年は肩に掛かっていた包帯を鬱陶しそうに払いのけた。

「勝者、カンクロウ!!」
ハヤテの声を耳にして、その歌舞伎のような姿の少年は満足げに口角を上げる。同様に黒い装束を身に纏った人形がケタケタと不気味に笑った。



予選試合第十回戦――『カンクロウ』VS『テンテン』。
その試合の流れは当初テンテンに向いていたようだったが、形勢はあっという間に逆転した。
試合開始直後、ずっと背負っていたモノを床に降ろすカンクロウ。
その包帯を幾重にも巻いてある忍具を対戦相手の武器だと察したテンテンは、彼がその忍具を使う前に、クナイを一斉に投擲する。クナイの雨は寸分違わず、カンクロウの全身を突き刺した。

確かな手応えを感じ、テンテンは一瞬気を緩める。その一瞬が命取りであった。

テンテンが串刺しにしたのはカンクロウではなく、彼の『傀儡人形』。その人形をカンクロウはあたかも自分のように見せ掛けていたのである。
傀儡師である彼は、指先から放出したチャクラ糸を器用に扱ってその人形を操作する。
双方とも忍具使いであったが、道具の扱いに関しては傀儡師のほうが一枚上手だったようだ。テンテンの獲物である忍具に気づかれぬようチャクラ糸を繋ぐ。後はカンクロウ目掛けてテンテンが忍具を投げつけてくるタイミングを見計らうだけ。それだけではなく人形に突き刺さったクナイまでもを彼はチャクラ糸で操り、対戦者を追い詰めていく。

対戦相手に向かって投げ打った忍具が空中で反転し、逆に自身目掛けて飛んでくる。武器を繰り出すたびにそれらを相手に盗られ、更には暗器を仕込んでいた巻物も闘技場隅に追いやられた。
最終的には自らの武器によって闘技場壁に磔にされ、テンテンは試合続行不可能と判断されたのだった。



勝敗がとうに決まった十回戦だが、次試合はすぐには始まらない。
会場床にテンテンの様々な武器が散らばっているからである。次がいくら最終試合であっても刃物が撒かれた床で闘わせるわけにはいかないだろう。
試験を一時中断し、散乱しているそれらを試験官達が回収していく。その様子を何気なく眺めていたナルトがふと眉を顰めた。

(影分身からの報告か…)
第二試験中に影分身をつくったナルトは、ソレを本来の目的を果たすための下準備として派遣しておいた。その影分身からの緊急報告が、今彼の脳裏に伝わったのである。
(先を越されたか…)
観戦者達の意識が眼下の闘技場に向いている中、ナルトは人知れず苦々しげな表情を浮かべる。指示を与えておいたが無駄に終わってしまった影分身を消し、心を落ちつかせるため彼は嘆息を漏らした。
「ナルト様?」
なにやらただ事ではない様子に懸念した君麻呂が話し掛けるが、何でもないとナルトは装う。
そして彼は涼しげな顔の裏で、計画の練り直しを図り始めた。






(フフフ…やっと出番ですか…)
予選最終試合の組み合わせは電光掲示板に表示されるまでもない。
会場整備が終わるや否や降り立った対戦相手同様、闘技場中央に向かってドスは歩き始めた。

(大蛇丸様…。先回りまでしてサスケくんと接触し、殺さず呪印をつけた理由…大体察しはついてますよ…。要するに僕達は試験中サスケくんの実力を見るための咬ませ犬で、貴方が欲しいのはサスケくんの命ではなかったという事…)
両腕をブランと垂らすといった悠然たる態度の反面、思索に耽るドス。彼は薄々大蛇丸に疑心を抱いていた。大蛇丸にとって自分は捨て駒でしかないのかと。
その疑いは今回の中忍試験で確固たるものとなり、ドスは益々不満を抱く。詳細は知らされずただ命令に従う人形になどなるつもりはない。

(大蛇丸様…いや、大蛇丸!!教えてあげるよ。僕がただの咬ませ犬じゃない事を…)
大蛇丸への反逆の狼煙を心中上げていた彼は、目下の試合で命の危機に晒されているとは思いもよらなかった。







「では最終試合、第十一回戦。『ドス・キヌタ』VS『我愛羅』――――始め!!」
ハヤテが試合開始の合図を下す。途端、仁王立ちで立っていた我愛羅の瓢箪から砂がドバッと溢れ出た。血走った瞳でドスを睨みつける彼は殺伐とした雰囲気を漂わせている。
「やべえな…。アイツ、死んだな」
「うずまきナルトの闘いを見てからずっと疼いていたからな…」
殺気を纏う我愛羅を、彼と同じ里の者達は戦々恐々と見つめていた。寸前の試合で勝利の余韻に浸るでもなく、カンクロウは顔を青褪める。
闘い方や性格は三者三様違えど、十一回戦を観戦する間は心が一致するバキ・テマリ・カンクロウ。
彼らは皆が皆、我愛羅の対戦相手――ドスの末路を憐れんでいた。


砂の波が押し寄せる。足を掬わんとするそれらを退けるため、ドスは空高く跳躍した。だが砂もまた宙へ浮き、彼の後を追撃する。空中で迫り来る砂の奔流に向かって、ドスはくっと喉を鳴らした。

「音と砂、どちらが速いか勝負といきますか!!」

パァンッと砂が弾け飛ぶ。ドスの右腕に装備された響鳴スピーカーがびぃんと振動した。
彼の武器であるこの響鳴穿(きょうめいせん)は、内部で発生した音を増幅させ、さらにチャクラでそれを統制する。通常相手の聴覚を攻撃するために使用するのだが、今現在襲い掛かってくるのは砂だ。
ドスは空間を軽やかに移動する砂を衝撃音により相殺しているのである。


砂の粒子がパラパラと空で飛散する。空を仰いだ我愛羅がぐっと拳を握り締めた。
「【砂縛柩】……」
我愛羅の手の動きに従って砂が蠢く。闘技場に着地したドスを狙って、砂が再び押し寄せた。
ドスが急ぎ、響鳴穿を構える。我愛羅が静かに口を開いた。
「……遅い」



だが次の瞬間、彼の視界はぐらりと傾く。
「……!?」



突然我愛羅はガクリと膝をついた。彼の不調と相俟って、砂の動きが緩やかになる。
その隙をついて砂の包囲網から逃れたドスが、響鳴穿を構えたままゆっくり我愛羅に近づいた。
「言っただろう?音と砂、どちらが速いかとね…。悪いけど三半規管を攻撃させてもらったよ」
響鳴穿を我愛羅の頭部に向け、意気揚々と言い放つドス。内耳にある三半規管は平衡感覚を受容するための器官である。平衡感覚を失えば、立つ事すら不可能となるのだ。


「君の砂がどれだけ速くても音速には勝てない…。この勝負、僕の勝ちだね」
己の勝利を確信するドスが得意げにそう語るのを、我愛羅は静かに聞いている。
顔を伏せている彼の肩が小刻みに揺れているのを見て、多由也が眉を顰めた。
「おい…。なんか、マズイんじゃねえか…?」
女の勘か直感か、訝しげに彼女はナルトに話し掛ける。多由也と君麻呂からの視線を一身に受けているナルトは、冷徹な眼差しで試合を観戦していた。




我愛羅が試合続行不可能だと判断したドスがハヤテに目を向ける。だが、彼の背後から脅威が忍び寄る。
「な…馬鹿な…!?なぜ動ける!?」
紙一重でドスは背後から襲い掛かってきた砂の猛攻をかわした。砂は執拗に彼を追い駆けてくる。それらを避けながら、ドスは慌てて砂の操り手に目を向けた。

平衡感覚を奪ったはずの対戦相手が平然と立っている。ありえない光景に驚愕の表情を浮かべたドスは、更にありえない光景に目を見張った。



我愛羅の耳からぱらぱらと何かが零れ落ちてゆく。それは今現在ドスを襲っているモノと同じ、砂の粒だった。
我愛羅は耳にも砂を纏っていたのである。


ただし耳の奥にまで砂を密着させていたわけではないので、多少なりともドスの攻撃は効いたのだろう。実際この術は全身に砂を鎧のようにして纏う事で防御力を高める【砂の鎧】。流石に聴覚まで完全防御出来るはずもない。しかしながら砂を纏っていたおかげで、ドスの攻撃は内耳まで届かなかったのである。
耳を外耳・中耳・内耳と三つに分けた場合、内耳は耳の最も奥にあたる部分である。
前庭・三半規官・蝸牛によりなる内耳の内、前庭・三半規管が平衡感覚を受容する器官であり、蝸牛が聴覚に関わっている。外耳・中耳はこの蝸牛に音の振動を伝えるだけの構造に過ぎない。
つまりドスの攻撃は我愛羅の三半規管を損傷させるまでに至らなかったのだ。





「殺してやる……」

我愛羅が静かにドスに向かって歩みを進める。その所作は非常にゆっくりだ。緩慢なその動きが逆にドスの恐怖を煽る。
我愛羅はじりじりとドスを闘技場隅に追い詰めていく。完全に理性を失っているのか、にたりと笑う我愛羅。その笑みはナルト以外の観戦者達の背筋をゾクリと凍らせる。

「う…ぁあああァア!!」

恐怖に駆られ半狂乱となったドスが右腕を我愛羅に向けた。彼は右腕に装着した響鳴穿から衝撃音を手当たり次第に放ち始める。
我愛羅が背負う瓢箪から砂が再び溢れ出た。真正面から襲い来る砂の奔流。前方から迫る砂に響鳴穿を構えたドスは、左側からの攻撃に対処出来なかった。
「ぐあ…ッ!!」
左足に砂が絡みつく。ギシリと骨の軋む音が響いた。足を縛る砂をなんとか振り切ろうとするが、それより速く砂が動く。
右腕に武器である響鳴穿を装着しているドスは左側からの攻撃に対処がどうしても遅くなる。我愛羅はそこを狙ったのだ。

砂によって轟沈していく身体。もがいても足掻いても砂の柩からは逃れられない。
砂に囚われたドスの姿を目にして、我愛羅がぺろりと舌舐めずりをした。

(((……マズイッッ!!)))
ハヤテ含む上忍達が、我愛羅の次の行動を察して飛び出す。だがそれより速く――――。



「―――――【砂瀑送葬】!!」
「【疾風(しっぷう)沐雨(もくう)】……」



我愛羅の声を遮るように、静かな声が闘技場に響いた。瞬間、激しい雨風がドスの身についた砂を全て洗い流す。立ち込める砂塵の中に人影が見え、手摺をぎゅっと握り締めていた波風ナルは目を瞬かせた。


視界が晴れる。ドスと我愛羅の間に佇んでいたのは、この場にはいないはずの人物だった。


「……なぜ助ける?」
「同じ里の者を助けるのに理由などいるのか?」
何時の間にか我愛羅の前にて立ち塞がっていた彼――うずまきナルトがにこりと微笑む。その笑みが癪に触ったのか、我愛羅は目を吊り上げた。
「どうせ貴様と闘(や)りたかったんだ…。貴様から先に殺してやる!!」
「我愛羅君、もう試合は終了です!!」
我愛羅の険悪な空気を察し、いらぬ死人を出さぬためハヤテが声を荒げる。ハヤテ同様我愛羅を止めようと上忍達もまた闘技場に降りて来ていた。

「うずまきナルト…!俺と闘え…ッ!!」
ハヤテを無視して我愛羅が呻くように言う。我愛羅の目には今や、対戦相手であるドスもハヤテも上忍達も入っていなかった。彼が唯一視界に捉えているのは、うずまきナルトただ一人。

だがナルトは我愛羅に何も答えず、その場にいる上忍達の顔触れを見渡していた。ナルトの視線を感じたハヤテがごほんっと咳払いして一歩前に出る。
「死人を出さないでくれたことには感謝しています。ですが、試験の規則により…」

ハヤテの次の言葉を耳にして、憤慨した多由也が観覧席から飛び降りようとした。抗議しようとする彼女の肩を咄嗟に掴み、君麻呂が静かに囁く。
「ナルト様の邪魔をするな。あの方の事だ。何か考えがあるのだろう」
ハヤテの言葉に激怒する多由也とナルトを絶対的に信じている君麻呂。二人が観覧席で押し問答している事など知らず、礼儀正しくハヤテ含む上忍達にナルトはぺこりと頭を下げた。
既に戦意喪失し、呆然としているドスを見て、ハヤテは大きく声を張り上げる。

「ゴホッ…勝者、我愛羅!!」
自身の名が呼ばれても我愛羅はずっと、ドスを医務室へ促しているナルトの背中を見据えていた。

試合に担当上忍が割り込めば、その上忍が庇った下忍が失格。同じく下忍が試合に割り込んだ場合、助けに来た下忍も助けられた下忍も連帯責任ということで失格になる。たとえ前試合での勝利者でも本戦に出場する権利を剥奪されると、試験の規則によって定まっている。
ドスを庇ったナルトに向かって、ハヤテは無情にも次のように言い放ったのだった。


「試験の規則により……うずまきナルト、中忍試験失格!!」
 
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