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魔法少女リリカルなのはANSUR~CrossfirE~

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聖地より蘇る翼

――ミッドチルダ南部・アルトセイム地方・森林地帯/9月16日/AM02:10

「態々こんなところに呼び出してどういつもりかしら?」

かつて“時の庭園”のあった地にて、1人佇むのは許されざる色欲たるアスモデウスだ。彼女は、許されざる怠惰たるベルフェゴールにこの場へ呼び出されていた。しかし約束の時間になろうともベルフェゴールは現れないため、少々苛立ちを見せている。

「お待たせ」

「・・・遅いわよ、ベルフェゴール。呼び出しておいての遅刻だなんていい度胸じゃないの」

アスモデウスの振り向いた先にベルフェゴールは居た。そしていつも手にしている本を片手にゆっくりと歩いて来る。

「そう怒る必要もないじゃない」

「怒ってなんかいないわ。ただ、このような場所に呼び出す必要があるのかどうかには少しばかりの苛立ちがあるのだけどね」

そう言ってベルフェゴールから自分の背後にある平野へと視線を移す。

「・・・そう」

ベルフェゴールの表情に変化が現れた。それは笑み。右手に手にしている書物をゆっくりと上げ、ページを開いていく。

「・・・それで? こんな辺鄙な場所に呼び出したんだから結構な話なんでしょ、ベルフェゴール。早く話し――ぐっ!?」

アスモデウスが突如として襲い掛かってきた無数のページによって吹き飛ばされた。しかし吹き飛ばされている最中にアスモデウスは出現させた大鎌を手にしてページを裂いていく。

「どういうつもり、ベルフェゴール!?」

左側の髪を団子状に結っていた鎖が切れ、その長い真紅の髪の半分が風に靡く。それでもページの勢いは止まることなく、次々と襲い掛かってくる。アスモデウスはそれを裂き続けながら、いきなりの攻撃を仕掛けてきたベルフェゴールに突進していく。

「さすがアスモデウス。今ので決めるつもりだったけど簡単にはいかないか」

そこまで迫った大鎌をバックステップで回避するベルフェゴール。お互いの攻防が一度止み、この場に静けさが戻る。

「答えなさい。今のはどういうつもりで攻撃をしてきたのかを。返答によっては斃すしかないから、素直に、かつよく考えて答えなさい」

「答え・・・ね。それが必要なことだから。私は“力”がほしい。だから手っ取り早く身内の“力”を手にしていくのが効率のいい方法だと思ったの」

それを聞いたアスモデウスの表情が怒りのものから呆れに変わる。しかしベルフェゴールの表情は真剣。嘘や冗談ではないことはアスモデウスにも理解できた。

「何を馬鹿なことを言うのかしら。それなら大罪(もと)に戻ればいいだけのこと。それをわざわざこんな面倒なことをしなくても――」

「それは違う」

「・・・なに?」

言葉を遮られたアスモデウスの目に鋭い光が宿る。ベルフェゴールは笑みを浮かべて言葉を紡いでいく。

「それではダメ。私は大罪(ペッカートゥム)に戻るのはごめんだから。それに、それではいつまで経っても番外位のまま。私は正式な数字を持ちたい。そう、今を空席としている座に着く為に“力”がほしい」

今度こそアスモデウスの表情が驚愕へと変わる。ベルフェゴールの目的は己の存在の昇華。その上での正式数を持ち、他の“絶対殲滅対象アポリュオン”と対等になる。

「・・・それは無理な話よ。大罪(わたしたち)の“力”を集めたくらいで正式数にはなれない。それだけでは圧倒的に概念が足りていない。あなたの考えは初めから破綻しているわ」

アスモデウスは静かに告げた。先程までの怒りや呆れ、驚愕の表情はどこにもない。あるのはただ憐憫の眼差しだけだ。
 
「確かにペッカートゥムの“力”だけなら足りないのは明確。けど、この世界には大罪(わたしたち)以上の“力”と概念を持つ存在がいる」

「っ!! まさか界律の守護神(あれら)を取り込もうというの、ベルフェゴール!?」

アスモデウスはあまりの話に声を荒げる。ベルフェゴールはクスリと笑い、その銀眼の視線を向ける。

「霊格が落ち、人間へと成り下がっていても界律の守護神(テスタメント)には変わりない。ならあの二柱を取り込んでしまえば、さらに一歩、私は正式数に近付ける」

「・・・そう。でも私はお前に取り込まれるつもりはない。たかが怠惰と傲慢如きが。この色欲たる私と、私の内にある強欲に勝てるとでも思って?」

ベルフェゴールに対しての二人称が、あなた、から、お前、へと変化してしまった。それはアスモデウスにとって、ベルフェゴールはすでにこの場で抹殺するべき己の敵としたからだ。

「二番目と三番目のあなた。そして私は五番目と六番目、そして――」

ベルフェゴールはゆっくりと左手の人差し指をアスモデウスに向ける。

「――憤怒(よんばんめ)

「っ!!?」

人差し指から放たれる黄緑色の無数のレーザー。アスモデウスの表情は、この日何度目かの驚愕に染まる。彼女の思考にあるのは、何故? この1つだけとなってしまっていた。

「くっ! 何故お前が許されざる憤怒(カレ)の“力”を持っている!?」

今代の中で最も接近戦に強いアスモデウスは、そう叫びならもレーザー群を裂いていく。

「四番に敗れてもなお存在していたサタンを、“俺”が吸収したからだ」

「ルシファー!?」

アスモデウスの混乱は頂点に達していた。何故ベルフェゴールに敗れた許されざる傲慢たるルシファーが居るのか。その一瞬の混乱によって生み出された隙が、勝敗を決してしまっていた。

「――ぅぐぁ!?」

アスモデウスを貫く四本の剣――悪ふざけの意を冠する“ルートゥス”が鈍く光る。貫かれたところより溢れるのは血ではなく真紅に輝く光の粒子。アスモデウスを構成しているモノが静かに乖離していき崩壊していく。さらに追撃するかのように、無数のページがアスモデウスを囲んでいく。その衝撃でもう片方である右側の団子が解け、地面に着くほどの真紅の長髪が露になる。

「・・・あ゛・・・あ゛あ゛あ゛・・・ルシ・・・ファー・・・」

「安心しておけアスモデウス。大罪(おれたち)の当初における目的も完遂させる。これは俺個人の目的だからな。あの御方の邪魔をするような真似だけはしない」

アスモデウスの構成していたモノが全て粒子となり、その姿が消滅した。そしてその粒子を含めたアスモデウスの“力”がルシファーへと流れ込む。ルシファーはベルフェゴールへと姿を戻した後に左胸を強く押さえ、静かにこの場から姿を消した。

†††Sideはやて†††

「シャルちゃん、ホンマにもう大丈夫なん?」

「おかげさまで。ルシルの治療のおかげで無事に完治したよ。完治するまでに4日も掛かるなんて思いもしなかったけど・・・」

「ですが本当に良かったです。僕はもちろん、六課一同心配していましたから」

「ありがとう、グリフィス」

アースラに本部を移してから6日目の今日。これから今後の方針について隊員たちと話すためにグリフィス君を含めた3人で廊下を歩く。私の隣を元気よく歩くシャルちゃんは、2日前には治療を終えて私たちと合流した。
シグナムやエリオと模擬戦をして鈍った体を鍛えるとか言い出して、なのはちゃん達に止められてたんやけど、聞かずに実行。病み上がりやというのにシグナムと引き分けるっていうあたりがすごいと思うわ。

「・・・ルシル君はどないや? 2日間眠りっぱなしらしいけど?」

「うん。私の所為で無理をさせちゃったことの反動だね。私がもう少ししっかりしていれば良かったんだけど・・・」

ルシル君はシャルちゃんの治療を終えてすぐに死んだかのように深い眠りについた。今もシャルちゃんの部屋で、目覚めがいつになるか判らへん眠りについてる。俯いたシャルちゃんは少し黙って、そして顔を上げて私を見た。

「ごめん、はやて。ルシルが起きていればザフィーラやヴァイスのことも治療できたのに」

「それもう何回目や? 気にしたらアカン言うてるやん。今回のことはしゃあない。それにザフィーラとヴァイス君ももう大丈夫や」

ザフィーラの意識は戻らんくても念話には答えてくれるて、シャマルも言うとった。ヴァイス君も、手術は無事に成功したとも報告を受けとるしな。

「シャルちゃんが何でも背負い込もうとするんはなのはちゃんの影響やね。1人で背負ったらアカンよ。私たちみんなで背負うことやからな」

「あぁ・・・そうかも。ごめん、ありがとう」

「うん!」

話しているうちにブリーフィングルーム前に到着。部屋の中に入って、みんなが揃っていることを確認。シャルちゃんは、なのはちゃんとフェイトちゃんの間のイスに座って、みんなに会釈してる。私も上座に座って、グリフィス君は私の後ろに控えた。

「・・・たった今、機動六課がやるべき方針が決まったところや。みんな、よう聴いてな」

「地上本部による今回の事件への対策は、相変わらず後手に回っていて、好転する兆しはありません。地上本部は、地上本部だけでの事件の調査を主張し、本局は介入することに対してきつく拒んでいます」

グリフィス君から地上本部の現状が告げられる。チラッと見たシャルちゃんの表情は完全に呆れ果てているといった感じや。
 
「ですので本局からの戦力投入はまだ行われません。最悪、まだ、という事も無くなるかもしれません。そして同様に、本局の所属として登録されている機動六課にも捜査情報の公開はありません」

「でもな、私たちが追うのはテロ事件でも、主犯格スカリエッティのどちらでもない」

モニターを起こして“レリック”だけの画像を映す。こうゆうんは捉え方次第で逃げ道を用意することが出来る。そう、私らの表向きの任務である“レリック”探索・捜査。その捜査線上にスカリエッティ一派がおるだけや。

「――とゆうわけで、捜査過程で拉致されたギンガ・ナカジマ陸曹と、保護児童のヴィヴィオを救出。それを今後の主軸として六課は動く。意見があれば、スターズ・ライトニング両隊長、何でもどうぞ」

今の私に出来ることはこれで精一杯。この方針について2人の意見を聞いてみる。でも2人からは返ってきたんは「無茶してない?」「大丈夫?」って、意見やなくて私の心配。すごくありがたいことや。それにシャルちゃんも声には出してへんけど心配してくれとるのも判る。でも私かて考えなしにこの方針を決めたわけやない。後見人のクロノ君たちも黙認って形での協力の約束してもろたしな。そもそもこういった動けへんような事態が起きてしまった時のための“機動六課”や。

「――だから大丈夫や。おおきにな、なのはちゃん、フェイトちゃん、シャルちゃん」

なのはちゃんもフェイトちゃんも、異存なし、って同意してくれたし・・・

「よし。捜査・出動は本日中の予定になる。各自、万全の態勢で待機。出撃になったら頑張ってもらうよ」

「「「「「「はい!」」」」」」

全力で事件解決に乗り出すよ。

†††Sideはやて⇒シャルロッテ†††

「ルシル。捜査とか出動とかは今日からになるって」

ベッドの縁に座って、そこに眠り続けるルシルに伝える。前みたいに“英知の書庫アルヴィト”で話が出来たらいいんだけど、私じゃ使えないから無理だ。だから伝えることが出来ないし、ルシルの現状についても把握できない。

「ギンガとヴィヴィオの捜索も今日からだし、早く起きないと・・・置いて行くよ?」

起きないなら置いて行く、我ながらあんまりな話だ。こうしてルシルが眠り続ける原因をつくったのが私だというのに。

「・・・ルシ――」

「・・・今・・・起きたよ・・・」

「っ、ルシル!」

横になっているルシルの目がうっすらと開いて、僅かに焦点が合わない目で私を見る。でも一度眼を閉じて、開いた時にはもうしっかりと焦点が合っていた。

「・・・私の意識が落ちてから・・・どれだけ時間が経過した?」

「2日だよ、ルシル。私を完治させて、すぐルシルは倒れた」

ルシルはゆっくりと深呼吸して、意識をさらに覚醒させていく。視線を巡らせていることから、自分の居場所を探っているのかも。

「ここはアースラだよ、ルシル。勝手だったけどここに運んでもらった」

「・・・そうか。アースラに・・・懐かしいな」

体を起こして、ゆっくりとベッドから降りて立ち上がった。ルシルが背伸びをしたことで、ルシルの体のあちこちがポキポキって鳴っている。

「エイルの副作用の強制休眠が2日か。思っていたより早く回復したようだな」

最後に首を鳴らしたルシルの顔色は良好。どうやら完全復活のようだ。

「六課の現状は?」

いきなり真剣な顔になったルシル。さっき私が話している時にはまだ起きていなかったということか。

「あ、うん。方針としては、レリックの捜査という名目でスカリエッティ一味の追跡かな。当然誘拐されたギンガとヴィヴィオを捜索、救出することも入ってる。事に当たるのは今日中ってこと。大体こんなところだね」

大まかな方針をルシルに告げる。ルシルは少し逡巡した後に、「そうか」と呟いた。

「しかし、体が鈍って少し重いな。シャル、少し付き合ってくれ」

「あはは、了解。私もそうだったもん。4日も寝てれば当然だけどねー」

そうして部屋を出てトレーニングルームを目指す。ルシルは廊下を歩きながら辺りを見回して「本当に懐かしい」って呟いてばかり。ちょっと年寄りくさいよ、ルシル・・・って年寄りか、実際。

「おかしなことを考えてないか?」

「べっつにぃ~」

トレーニングルームに向けて歩いていると・・・

「あーーーーっ! ルシルさんが起きてますーーっ!!」

「ルシル君!」

廊下いっぱいに響き渡るリインとなのはの声。さっき過ぎた曲がり角の向こうから2人が向かってきた。

「そんな大きな声を出して・・・」

「だってルシルさんが起きてるんですよ!?」

「それは私が起きていると問題がある、と捉えてもいいのか?」

リインに訊き返したルシルの表情は若干落ち込み風。そのルシルの言葉と表情に、リインは「違いますー!」と必死に否定開始。ルシルはそんなリインを見て笑うだけ。リインは顔を赤くしてプンスカ怒り始めた。からかわれたことに気がついたみたい。あはっ、リインってばすっごく可愛い。

「そんなことより。もう大丈夫なの、ルシル君?」

なのはが心配そうな表情でルシルに聞く。ルシルの側で怒っていたリインは「そんなことより!?」って言ってショックを受けてる。それを無視するルシルは「ああ。もう大丈夫だ」と答えて、体を軽く動かした。

「うぅ、リインは、リインは・・・(泣)」

「あぁ、落ち込んじゃった。ルシルもなのはもからかい過ぎ」

リインを手の平の上に座らせて、頭を優しく撫でる。なのはは「?」の表情。天然だったらしい。ルシルは「ごめんごめん」と笑いながら、私と同じようにリインの頭を撫でた。

「なのはさんもルシルさんもひどいです」

それから4人で軽く今後の事について話して、なのはとリインと別れた。目指すはトレーニングルーム。

「ルシル!」

デジャヴ。廊下の奥から来るのはフェイトとシグナム。

「もういいの、ルシル!?」

フェイトが全力ダッシュで駆け寄ってきた。私はシグナムと目を合わせて苦笑。

「さっきもなのはとリインに言われた。答えは問題なしだよ、フェイト。そうだな・・・全快率で言えば90%。残り10%はこれからだ」

フェイトはそれを聞いて「どういうこと・・・?」首を傾げてる。

「これからシャルと軽く模擬戦をするんだ。2日も眠っていた所為で体が鈍って仕方がない」

「え、大丈夫なの? さっき起きたばかり・・・なんだよね?」

フェイトの心配そうな表情とは裏腹に、シグナムの目が怪しく光ってる。シグナムってば、私が相手をしよう、とか言い出さなければいいんだけど・・・。

「これからすぐにでも六課は動くんだろう? なら少しでも役に立ちたい。だが、こうも体が鈍っているとかえって足手まといになる。それだけは避けたい」

「なるほど。なら私があい――」

「シグナムは時間」

「・・・むぅ」

シグナム撃沈。そんなシグナムが可笑しくて笑ってしまう私たち。それからなのは達と同じように少し話をしてから、2人と別れた。

「なんかすごいね、ルシル。会う人会う人に心配されるなんて」

「私が眠っている間、君も似たような体験をしたんだろ?」

「まあね」

ここのみんなは本当に優しい。だからこそ守りたい。“絶対殲滅対象アポリュオン”の連中に滅ぼさせたりはしない。絶対に・・・。ようやくトレーニングルームに着いて、模擬戦の準備を始めようとした時、艦内にアラートが鳴り響いた。

「ルシル!」

「ああ!」

トレーニングルームから飛び出して、なのは達と合流するために私たちは走り出した。手っ取り早くアースラブリッジへと移動している中、ブリッジへと続く廊下の途中でなのは達と合流出来た。言葉を交わすことなく、廊下に展開されている現状を表示しているモニターに目を移す。
地上本部の切り札とも言える魔力砲台、“アインヘリヤル”から撤退する戦闘機人。アコース査察官とシスターシャッハがスカリエッティのアジト前で戦っている光景。戦闘機人を表してる点滅が地上本部へ向かっていく地図。そしてある1つのモニターに映った1人の騎士を見たルシルが、「ゼ、ゼスト・・・さん・・・?」って驚愕した。

「この騎士のことを知っているのか、セインテスト」

「あ、ああ。ゼスト・グランガイツ。首都防衛隊所属のストライカー級魔導師、いや騎士か。クロノの謀略による各部署研修地獄で、僅かな時間だったがお世話になった人だ。8年前に亡くなったと聞いていたが・・・・生きていたんだな・・・」

ルシルの話を聞いたシグナムは「・・・・そうか」って、それ以上深く聞かなかった。映像が切り替わったモニターに映る戦闘機人を見て、ここに居る全員が息を呑んだ。何故ならそこに映っていたのは、拉致されていた「ギンガ・・・!」だったからだ。
そこに、『さぁ、いよいよ復活の時だ』って流れてきたのはスカリエッティの声。モニターに映るのはどこかの森林地帯。その森林が徐々に浮かび上がっていく様がモニターに流れる。完全に浮かび上がったそれは森林なんかじゃなくて・・・戦艦?

『見てくれているかい? スポンサー、管理局、そして聖王教会の諸君。旧暦の時代。数多くの世界に破壊の猛威を揮った、古代ベルカの悪夢の叡智。君たちが忌避しながらも求めていた絶対の力。それがこの、聖王のゆりかごだ』

新たに浮かび上がるモニターに、玉座と思しき物に座らされたヴィヴィオが映し出された。そして、そのヴィヴィオの座る玉座の隣。私を一度は撃墜したあの白髪の女が笑みを浮かべて立っていた。

『聖王のゆりかごは、幾歳月も待ち望んでいた主をついに得た。古き技術と叡智の結晶は今、その力を大いに発揮し、再び世界を席巻する』

『いやぁぁああああああっ! いたい、いたいよ! こわいよ! たすけて、ママぁぁ! パパぁぁ!』

「いや・・・ヴィヴィオ・・・!」

なのはがショックのあまりに立ち尽くして、フラッと倒れそうになるのをフェイトが支えた。

「・・・屑が」

ルシルが一言漏らした。完全ブチギレてる。スカリエッティ、お前、この世で一番敵に回しちゃいけない、怒らせちゃいけない男を怒らせたよ。とは言え私だってもう耐えられない。ヴィヴィオがあれほど苦しんでいるのに何も出来ないなんて。助けを求めているのに、今は見ていることしか出来ない。怨むよ、“界律”。守護神の力があれば、本来の魔術師としての力が出せれば、今すぐにでもヴィヴィオを助け出せるのに。

『さぁ、いらっしゃい。欠陥品』

白髪の女が、見えていないはずのルシルへと確かに視線を向けて、挑戦状を叩き付けてきた。それに気付いたフェイト達がルシルを見る。欠陥品ってなに?って込められた視線で。

『さあ! 我々が思い描いた夢の始まりだ!! 諸君、楽しんでくれたまえっ!』

「夢? そんなもの・・・粉々に砕いてやるよ。ジェイル・・・スカリエッティ・・・!」

ルシルが壁を殴って陥没させ、モニターに映る高笑いしてるスカリエッティを、殺意を漲らせた目で睨みつけた。

・―・―・―・―・

「世界全てが遊び場、ね」

地上本部へ向けて移動しているナンバーズとの通信を終えたスカリエッティの背後、許されざる色欲たるアスモデウスが笑みを浮かべる。その呟きを耳にしたスカリエッティは振り向き、彼もまた笑みを浮かべた。

「そうだとも。我らの夢を叶え、素晴らしい世界となれば全てが大切な実験(あそび)場だ」

スカリエッティはアスモデウスから前面に展開されているモニターへと視線を戻す。映し出されているのはゆりかごとナンバーズの面々。スカリエッティはこれから起こる楽しい時間に思いを馳せていた。しかし彼は気付かない。今、背後で凶悪な笑みを浮かべているアスモデウスに。

「――ん?」

黄色い明かりしかないこの空間に、赤い明かりが入り込む。スカリエッティはそれを疑問に思い、周囲――そして背後へと視線を移した。

「っ! どうしてソレを君が持っているのだね・・・?」

「これ? これは大罪(わたしたち)が独自で探し当てたレリックよ」
 
スカリエッティの視線の先、“レリック”を手にしたアスモデウスが居る。アスモデウスはニヤリと笑ってそう答え、“レリック”を両手で覆うように胸に抱えた。一瞬の閃光。アスモデウスの手にしていたレリックが、まるでオニキスのように漆黒の輝きを放つものとなっていた。その変わり果てた“レリック”を見たスカリエッティは呆然、そして笑みへと変わっていく。

「それはなんだい? レリックとはもう違うモノなのかな?」

スカリエッティの内にあるのは興味と探求心。“レリック”の輝きが漆黒に染まったことが、彼の探求心に火をつけた。

「フフ、コレは・・・こういう使い方をするのよ。・・・無限の欲望ジェイル・スカリエッティ・・・!」

「っ!?」

アスモデウス姿が掻き消え、スカリエッティは一歩引き周囲を見渡す。その次の瞬間、スカリエッティの表情が凍る。漆黒のレリックを無理やり自分の体に埋め込まれていくことで、だ。

「あ・・・がぁはっ・・・!?」

強烈な痛みがスカリエッティの全身を襲う。今まで他者にレリックを埋め込む処置をしてきたスカリエッティ。しかし、彼自身がその被検体になるということはなかった。それが今、協力者だったはずのアスモデウスの手によって行われている。

「人間たる器。界律を誤魔化すにはちょうどいい隠れ蓑なのよ。あぁ、それにもう十分夢を見ることが出来たでしょ? だからここからは俺たちの時間だ。無限の欲望・・・ジェイル・スカリエッティ」

「っ!? 君はルシフ――ああああああああああああ・・・!」

†††Sideシャルロッテ†††

ミーティングルームに集められた私たちは三提督の1人、ミゼット統幕議長とクロノから多くの話を聞いた。レジアス中将のこと、最高評議会のことなどを。あのヒゲ親父や最高評議会ってのがスカリエッティを利用したんだけど、逆に利用された、と。
本当のところの計画や思惑はもう誰のものかも判らない現状。でも、そんな誰の所為だとか言っている状況でもない。“聖王のゆりかご”が市街地上空を飛んで、しかも街中にガジェットと戦闘機人を放ってる。

『――と言うことで、私たち機動六課はその混乱をなんとしても止めなアカン』

そう。そして私とルシルはその上で“ペッカートゥム”を殲滅しないといけない。ヤツらを野放しにしておくことは、スカリエッティを放って置くこと以上に危険だから。

「ゆりかごの対処に関しては本局の艦隊が、そんで地上の戦闘機人およびガジェットは各部隊が協力して対応に当たることになった」

巨大船“聖王のゆりかご”は、すでに危険度の高いロストロギアとして本局は認定。クロノが艦長を務めるクラウディアを含めた艦隊は、“聖王のゆりかご”を撃沈するために、もう動いているという事だ。
それにしても“聖王のゆりかご”。大戦時に恐れられた“スキーズブラズニル”、“ナグルファル”、“フリングホルニ”らの主要戦艦と艦戦させたらどっちが強いだろう?なんて思う私。まぁ十中八九“聖王のゆりかご”が沈められるだろうけど。

「だけど、高レベルなAMF戦を出来る魔導師は、残念ながらさほど多くはない。それをフォローする私たち六課は3つのグループに分かれて、各部署と協力して事に当たることになるからそのつもりで」

なのはの提示したグループは、ゆりかご攻略、スカリエッティのアジト、首都防衛の3つ。会議の結果、シグナムとフォワードの子たちは首都防衛、戦闘機人戦となる。シグナムはゼストとかいう騎士のところだけど。スカリエッティのアジトへは、現状フェイト1人のみ。ゆりかごへは、なのはとヴィータの2人。はやては外でガジェット掃討部隊の指揮だ。

『それでシャルちゃん、ルシル君。2人の出動場所やけど・・・要望はあるか?』

ブリッジに居るはやてからそう訊かれる。独自判断になるけど、もう決まってる。ゆりかごへはルシル、地上へは私が行くと。

「・・・ルシルはなのは達と一緒。私はフェイトと一緒に行かせてほしい」

「・・・それでいいのならそれでいこう」

ルシルは反対せず賛成してくれた。最初からゆりかごに行くつもりだったから当然か。何せ白髪の女からのご指名だ。十分罠の可能性があるけど、私かルシルのどちらかが行かないといけないことには変わらない。
そして私はスカリエッティのアジト。おそらくそこに間違いなく他の“ペッカートゥム”が居る。そんなところにフェイトを1人で行かせられない。それではやて達も異論はないみたいで、私の意見に頷くことで許可を示してくれた。

『決まりやな。あとそれと今回の作戦だけになるんやけど、シャルちゃんとルシル君のコールサインを決めとくな。シャルちゃんはライトニング5、ルシル君はスターズ5になるっちゅうことで。それでええか?』

コールサイン・・・ちょっと嬉しいかも。

「あ、うん。それでいいよ」

「スターズ5か。了解だ」

『よし。それじゃみんな、すぐにでも作戦決行やから準備してな』

ミーティングルームに「了解」と響く。ブリーフィングが終わって、それぞれ会議室をあとにしていく。私はフェイトに一言謝っておかないとって思って駆け寄る。

「フェイト」

「どうしたの、シャル?」

私の小声でもフェイトは振り向いてくれた。

「ルシルをフェイトのトコじゃなくて、ゆりかごに行かせてごめん」

フェイトはやっぱりルシルと一緒に行きたかったんだと勝手に思い込む。私の謝罪を聞いたフェイトはきょとんとして、そして微笑んだ。

「謝ることじゃないよ。シャルが言わなかったら私が言ってたから・・・」

「「フェイトさん?」」

側に来ていたエリオとキャロの頭を撫でるフェイト。2人もさっきのフェイトのようにきょとん。

「ヴィヴィオが待ってる。パパって・・・。だからヴィヴィオを助けに行くのはなのはとルシル。それにね。シャルと一緒が嫌って、そんなことあるわけないよ。シャルも大好きなんだから」

「大人だね~、フェイト」

「えっへん」

感心の声を出したらフェイトが胸を張ってえっへん。懐かしいなぁ、それ。でも、うん。そう言ってくれるなら助かるよ。

「ねぇ、シャル」

「ん?」

さっきの柔らかな表情から神妙な面持ちと変わった。

「欠陥品って・・・なに?」

フェイトの質問が私の静かだった心を揺らした。

「あの白髪の人、ペッカートゥムなんだよね? じゃあ欠陥品ってやっぱりルシルかシャルの・・・」

「ごめん、答えられない。それは・・・きっといつか話すことになると思う。それまではお願い。忘れろなんて言わないから、しばらく胸の奥に仕舞っておいて」

「え? あ、うん・・・変なこと訊いてごめんね」

それはフェイトが謝ることじゃない。だから「こっちこそごめん」私も謝る。私は“ペッカートゥム”と邂逅したことで、みんなとの別れが近いことが判った。別れだけは必ずする。けど、正体云々は、話すときが来る・・・のだろうか・・・。

「・・・えっと・・・エリオ、キャロ。フェイトは私がちゃんと守るから安心して。だから2人も気をつけて行っておいで」

この沈黙をどうにかするためにエリオとキャロへと話題を変える。

「「はい! フェイトさんをお願いします!」」

エリオとキャロの笑顔を見てちょびっと罪悪感。ごめんねぇ、2人ともぉ。悪いお姉さんで(泣)

「シャルに先に言われちゃったけど、私はシャルやシスターシャッハ、アコース査察官も一緒だから大丈夫。だからエリオとキャロも無茶はしないようにね」

そう言ってフェイトはエリオとキャロを抱きしめる。なのはもそうだけど、フェイトもきっと良い母親になれるよ。

†††Sideシャルロッテ⇒ルシリオン†††

「セインテスト」

みんなに続き会議室を後にしようとしたところで、シグナムに呼び止められた。

「どうかしたか?」

「ゼスト・グランガイツに何か伝えることはあるか?」

そうか。シグナムは地上でゼストさんと・・・。ゼストさんに伝えること、か。かつて世話になっておきながら浮かばない。それ以前に私なんかを覚えているだろうか。8年前、そのうえ短期間での研修だった。

「・・・もし私のことを覚えているようだったら、そうだな・・・。バカな真似だけはしないでください、と」

「判った。必ず伝えよう」

シグナムは短く答え、リインと一緒に出て行った。それからそれぞれ準備を整え、作戦開始まであと僅かになった頃、なのはとヴィータ、私は、フォワードの子たちを整列させていた。

「今回の任務は、今までみんなが経験してきた中で一番ハードになると思う」

「ああ。しかもなのはもあたしもセインテストも、お前らがピンチになっても助けに行けねぇからな」

「「「「・・・・」」」」

フォワードの子たちも上等と言ったところか。この数ヵ月間で随分と頼もしくなったな。

「でもね・・・目を瞑って、これまで積んできた訓練のことを思い出してみて」

なのはにそう言われた4人が目を瞑っていく。なのはの口から告げられるのは、今までフォワードが積んできた訓練内容。延々と基礎スキルを反復し、各々の得意技を磨き鍛え、ヴィータの物理攻撃・私となのはの魔力攻撃による防御練習、翌日ヒィヒィ言うほどの筋肉痛になっても繰り返した陣形練習。
後半になるにつれて4人の表情が苦悶に歪んでいく。あの苦しい特訓の日々を思い出しているんだろう。

「・・・・さぁ目を開けて」

なのはが言うと、それぞれが目を開けて一息。思い出すだけでそこまで疲れるって。そんなに辛かったか? いや辛かったよな、うん。

「まぁあたしやなのは隊長が言うのもなんだが、あたしらの訓練キツかったよな」

「うん。それでも、よく付いて来てくれたね」
 
「ああ。テメェら強くなったぜ。このあたしとなのは、それにセインテストやテスタロッサのシゴキに耐えてみせて、ここまで来たんだからな。だ・け・ど、誰よりも強くなったとは言わねぇからな。そこんところ肝に銘じておけな」

「シゴキて・・・あはは。でもヴィータ副隊長が言ってることも一理あるよ。どんな相手でも、どんな状況でも、ちゃんと立ち向かって乗り越えられるように教えてきたつもり。ね? ルシル君」

まさか話を振られると思ってもみなかったため、「は?」と返してしまう。ヴィータが「お前も教導に携わった者として、何か言えよ黙ってねぇでさ」と嘆息。なのはも「そうだよ。ルシル君だってみんなの師匠なんだから」と勧めてくる。

「そうだな・・・。なら私からも少し話をさせてもらおうか。守りたいものを守れる、救いたいものを救える、如何なる絶望的な状況でも諦めずに立ち向かえる。そんな希望の力を、君たちは持つことが出来たはずだ。これまで必死になって頑張り、だが焦ってミスを犯したこともあった。それもまた1つの経験として。どれだけ辛く苦しくても、諦めずに努力し積み重ねてきたその経験は、決して君たちを裏切らず、どんな苦境でも力を与えてくれるはずだ」

スバルとティアナがフッと私から目を逸らした。が、すぐに視線を戻して私を見た。そうだ。逃げなくていいんだ。失敗は恥ずかしいかもしれないが、大切な経験だ。

「私からは以上だな」

そう締めくくると、ヴィータが「まぁそう言うこった」と頷いた。

「どんな困難な状況でもきちんとクリアしてこその“ストライカー”だからね、みんな」

ストライカー。“エース”と同じ、魔導師における尊称の1つだ。その人がいれば困難な状況を打破できる、と言われるほどの信頼を得た者につけられる。なのは達は、この子たちをストライカーに育てることを前提として教えていた。

「「「「はい!!」」」」

「・・・それじゃあ、機動六課フォワード隊、出動だよっ!」

「おらキッチリ仕事してこいよっ」

「帰ったら祝杯だ」

「「「「はい!」」」」

敬礼をして走り去っていく3人。残りの1人、スバルはに佇んだまま俯いていた。なのはと話があるのだろう。なら私たちは先に行くとしようか。ヴィータもその場に同じことを考えたようで、2人に気を遣ってか「先行ってるぞ」歩き出し、私もそれについて行く。

「墜とされんなよ、セインテスト」

降下ハッチへと続く廊下を歩く中、ヴィータが私を気遣ってくれた。

「珍しい。私のことを心配してくれるのか。・・・優しいな、ヴィータ」

「バッ――違ぇよ! お前が墜とされたらいろいろと面倒だろうが!!」

顔を真っ赤にするほど怒らなくてもいいだろうに。というか顔が赤いのは怒っている所為ではなく照れているためか・・・?

「はぁ、聞けよセインテスト。ペッカートゥムってヤバい連中なんだろ? あたしはソイツらと戦ったことねぇからハッキリと判かんねぇけどさ。でもあたしのカンが告げてんだ。あの白髪の女は絶対やばいってな・・・・」

「歴戦の騎士としてのカンか」

「・・・病み上がりのお前がいきなり実戦。しかも相手はあたしでも感じ取れるくらいのとんでもねぇ化け物だ。だからあたしは・・・ああもう! 心配してやってんだ、ありがたく思えよ!」

そう言ってヴィータは、その小さな歩幅を大股で歩くことで大きくした。心配してくれるというのなら、ありがたくその思いを受け取ろう。私も少し歩く速度を上げてヴィータに追いつく。

「ありがとう」

そう言ってヴィータの頭を撫でる。撫でられた直後はきょとんとしていたヴィータ。撫でられたことに気付いたヴィータは私の手を払いのけるかと思っていたが・・・

「今日だけだかんな」

私の手を受け入れた。随分と素直になったものだ。そして降下ポイントへと着き、最後の1人のなのはが来たことで、私たちも出撃となる。首都防衛となるシグナムとリイン、フォワードもヘリの乗って飛び立ったと報告が入る。

「・・・さぁ隊長陣も出撃やっ! きっちり終わらせに行くよっ」

はやての号令が下り、開放された降下ハッチへと身を投げ出す。防護服なし、生身でのスカイダイビングだ。
 
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