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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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三 邂逅


波風ナルは、カブトの言葉に押し黙ってしまった同期をなんとか励まそうと考えた。彼女は生い立ちから、人の感情の変化に敏感であった。(好意以外であるが)

彼女は己が賢くないことを十二分に理解していた。知識がある人ならば、彼らを励ます術を考え付いたかもしれない。しかし、波風ナルは彼女なりに考え、出した結果が教室内の下忍に喧嘩を売ることだった。自分が馬鹿をやれば、皆は緊張を解してくれるんじゃないか―と期待を込めて彼女は吠えた。

「オレの名前は波風ナル! てめーらにゃあ負けねーぞ!」


ナルのいきなりの宣言に、我に返った三人がそれぞれに反応を返してくる。
「フン」
「てめーらにゃ負けねーぞってか…言うねェ~!よっ!目立ちまくり!」
「あの馬鹿…一瞬にして周り敵だらけにしやがって…」
僅かに笑みを浮かべるサスケ・再びナルの背中に抱きつく勢いで笑うキバ・キバを牽制しながらも、呆れと心配が入れ混じった溜息をつくシカマル…。
他の同期の面々も、ナルを呆れながらも笑って見ている。
彼らのいつも通りの態度に安堵して、ナルはニシシと笑った。
「何ふいてんのよ、アンタ!…皆さん、冗談です…この子、かなりの馬鹿でして…」
ナルの宣言に、春野サクラは期待以上に反応した。…首を絞めるといったオプション付きで。
ガミガミとサクラの説教を受け、しゅんとしたナルは当面の危機に気づかずにいた。




「さて…やりますか…」
何処からか小さな呟きが聞こえた。
直後に殺気を感じた木ノ葉の下忍達は、三人の忍びが此方に向かって来るのに気づく。
その内の黒髪の男が教室の床を強く蹴り、高く跳ぶ。
そのままの流れで、彼は何か黒いモノを此方に向かって投げつけてきた。
それがクナイだと把握したその時、


―――――――一条の金の矢が奔った。












何が起きたのかわからなかった。
気づいた時には、喧騒たる教室が静寂に包まれていた―ある少年の介入によって。


眩い金髪と、水晶のように透き通った碧の瞳。
両頬に髭のような三本の痣があるが、それすら愛嬌に見えるほどの端整な顔立ち。
絹のような白い肌に、黒いハイネックと白い着物を重ねている。
男にしては華奢な造りであるため女でも違和感が無い。
着物の上から音隠れの額当てを結んでいるので、クナイを投げつけてきた黒髪の少年と同じ里の忍びだとわかる。だが襲撃した三人とはまるで雰囲気が違った。


少年を纏う異様な雰囲気。
一言であらわすなら【無】だ。
まるでその場に存在していないのかと見間違いそうになる。しかし同時に少年は儚い美しさを印象づけた。そしてそれ以上に彼が静かに発する研ぎ澄まされた気配が、幻想的な少年の存在を確かに物語っていた。


「はい」
時を忘れた教室は、その原因である少年の言葉で動き始めた。
「君のだよね、このクナイ…」
そう言って少年は、先ほどクナイを投げた張本人―音隠れのザクにクナイを手渡した。
状況についていけず、しばし呆けていたザクは慌てて受け取り、驚愕した。
「あんた…どうやって…」
確かにそのクナイは、カブトに向かって自分が思い切り投げつけたモノだった。しかもクナイを囮にして超音波攻撃をしたはずなのに、目の前の少年は平然としている。何の変化も見られないカブトの様子から察するに、クナイを渡してきたこの少年が何かやったのは一目瞭然である。だが超音波を瞬時に打ち消すような素振りなど目の前の少年は一切していないはずだ。


「ナルト!」 「ナルト様!」
呆然とするザクを突き飛ばし、多由也と君麻呂は金髪の少年の許へ駆けつけ、
「今まで何処に行ってやがった!?」 「今までどちらにいらっしゃったのですか!?」
同じ質問を同時に問いかけ、お互いを睨みつけた。
「テメ―、ウチが先に訊きてえんだよ!すっこんでな!」
「僕が先にお尋ねしたんだ。君は口を閉じていろ」
「…二人とも静かにしろ。木ノ葉の忍びさん達が驚いてるだろ」
金髪少年の諫めに、二人は押し黙った。


すぐに少年は、愕然としている木ノ葉の忍び達と向き合った。
「うちの里の者が失礼をした。すまない」
「い、いや…大丈夫だ」
彼の謝礼に、とっさに反応できたのはシカマルのみだった。
なぜなら、木ノ葉の同期達は揃いも揃って、驚愕の表情を浮かべていたからだ。
特に女性群は、未だ彼に見惚れたままだ。唯一、ナルだけは驚異の目を向けている。
それに内心ほっとしながら、シカマルは少年をじっと観察した。

驚くほど、己と幼馴染であるナルと似ている。男と女の違いを含めても、容姿が瓜二つである。背丈もナルと大して変わらない。しかしながら、外見のみで評価したとしても二人には決定的な違いがあるとシカマルは瞬時に打ち立てた。
ナル似の少年―彼は大人びすぎている―。



「テメ―、何じろじろ見てんだ」
検討するかのように見ていたことで業を煮やしたのか、多由也と君麻呂が少年を庇うように前に出る。
その二人を制して、ナル似の少年は優しい声で話しかけてきた。
「そこの、金髪のツインテールの子」
「へあっ!?」
急に声をかけられたナルが、素っ頓狂な声を上げる。
「うん、君の名前教えてくれる?」
「…人に名前を聞く時は、自分の名前から先に言うべきだってばよ」
「はは、そりゃそうだ」
ナルの言葉に気を悪くした様子もなく、彼はクスクス笑った。


「俺の名前は…うずまきナルトだ…」
「オレってば、波風ナル!」


互いに自己紹介を終えた二人は、正反対の顔つきだった。
うずまきナルトと名乗った少年は、にこにこと笑顔を絶やさずにいる。
対して少女・波風ナルの方は、挑戦的な眼を彼に向けている。
「…そろそろ始まりそうだな。席に着こう、君麻呂 多由也」
ナルトの後ろで、親の敵のように木ノ葉の忍び達を睨んでいた二人は、彼の声で我に返り、いそいそと席を取りに行った。
その二人の後を追う素振りを見せたナルトは何を思ったか振り返り、
「君の、名前は?」と、シカマルに向かって尋ねた。
「お、俺ッスか?」
「うん」
「…奈良…シカマル」
困惑気味に答えるシカマルに、満足げに頷いたナルトは
「じゃあね。ナル、シカマル」
とふわりと笑い、その場から離れて行った。


木ノ葉の下忍達は、試験官の「静かにしやがれ!どぐされヤローどもが!」という怒声が教室に響き渡るまで、呆けたように突っ立っていた。








突然黒板の前で白煙が巻き上がり、複数の忍びが現れた。
その中でも先ほど一喝した大男が、鋭い眼光を下忍達に向ける。
「待たせたな…『中忍選抜第一の試験』…試験官の森乃イビキだ…」
その風貌と眼光の鋭さに、受験生である下忍達は気圧される。
「そこのお前ら!いつまでも突っ立ってないで、とっとと席に着きやがれ!」
イビキの怒号によって、木ノ葉の下忍達は慌てて席に着いた。


全員が席に着いたことを確認したイビキが、試験の説明を始める。
「では、これから中忍選抜第一の試験を始める。志願書を順に提出して、代わりにこの座席番号の札を受け取り、その指定通りの席に着け。その後、筆記試験の用紙を配る」
「ペッ…ペーパーテストォオォォオ!!」
ナルは悲痛な声を上げた。

試験官から答案用紙を配られる。
サスケやサクラ達とは席がバラバラになってしまったナルは、かなり焦っていた。
(うあ~、シカマルやイノ達とも離れちゃってるし…ヤバいってば…)
(ナルにとっちゃ、最悪の試験ね…フフ、へこんでるへこんでる)
ナルの考えなどお見通しなのか、彼女の席の後方に座ったサクラは内心含み笑いをした。
「ナルちゃん…」
頭を抱えているナルに、隣の席から声がかかった。
「あ!ヒナタ」
「お…お互い頑張ろうね…」
「勿論だってばよ!一緒に中忍になろうな!」
ナルは昔から変わらない笑顔で、ニシシと笑った。
ヒナタは憧れの彼女の笑顔を、若干頬を染めながら眩しそうに見た。





イビキの説明が終わり、試験開始の号令がかけられる。
受験者の下忍達が問題の難しさに汗をかいているちょうどその時、試験開始から僅か5分で、全ての答えを自力で埋め終わった三人の受験者がいた。
イビキが最後の問題を出題するまで時間が余った彼らは、特殊な術を使って堂々と会話をする。


『それで、今までどちらにいらっしゃたんですか?』
『ああ。ちょっと計画のことでな』
『さっきのザクの表情から、ナルトのことを知らねえみたいだったが、あのクソヤロー共は計画に入っていないのか?』
『いや、一応表向きには入っているが、俺のことは知らないだろうな』
『そうみたいですね。先ほどからずっと視線が此方に向けられてますし』
『うっとうしいな。ウチと君麻呂のことを知ってるぶん、ナルトにばっか眼を向けてやがる』
『彼らとは面識ないからね。俺は下忍自体やってなかったし。俺のこと知ってんのは大蛇丸・カブト・音の四人衆と君麻呂…ぐらいかな?』


ナルトの言葉を聞いて、多由也と君麻呂は口端が上がる。特に君麻呂などナルトに心酔している分、心底歓喜していた。
(…音忍の中での話だがな…)
ナルトは彼らの喜びなど知らずに、心の中で呟いた。
そして、木ノ葉の里に入ってからずっと気にかけている存在に目を向ける。
(――――波風ナル。よくここまで純粋に成長したものだ。)
ナルトは事前に得た情報をもう一度振り返った。
(―――姓を波風と名乗っていることから、四代目火影のご息女だとは里に広まっている。しかし、未だ彼女を忌み嫌う者は後を絶たない。アカデミーの成績が芳しくないことから、本当に四代目の子かと疑う者も増えている。暴力は若干減ったようだが、陰口は酷くなる一方だ。いくら三代目火影が気にかけても、人はそう簡単に考えを改めない。…陰口や迷惑を恐れてか、同期の下忍や担当上忍にもまだ心を開ききっていないようだな。信頼できるのは三代目と幼馴染か。男言葉なのも幼馴染の影響だろうな…)
そう結論付けていたナルトの視線の先では、バンッと机を手に叩き付ける少女の姿があった。


「なめんじゃねー!オレは逃げねーぞ!!受けてやる!もし、一生下忍になったって、意地でも火影になってやるから別に良いってばよ!!」
声高らかに、少女の声が教室中に響き渡る。
ナルトが心にかけていた人物―波風ナルが、手を机に叩きつけながら吠えていた。

いつの間にか45分後に出題される10問目のルールが説明されていたようだ。
つい思索にふけってしまったことを反省したナルトは、状況を把握するため頭を働かせる。
(―――10問目を受けるか、受けないかの選択を強いられているのか。『受けない』を選んだ場合、失格。ただし来年も受験可。『受ける』を選んだ場合、正解できなかったら一生下忍ね、……誘導尋問だな)
瞬時にイビキの意図に気づいたナルトは、教室内の暗い空気を蹴散らした少女に目を向けた。


「もう一度聞く。人生をかけた選択だ…やめるなら今だぞ …」
「真っ直ぐ自分の言葉は曲げねえ…オレの忍道だ!」
男口調ではっきりと言い切るナルの言葉は、他の受験生に変化を齎した。


彼らの不安や焦りをあっさりと消し去ったナルを見て、ナルトは微苦笑を浮かべた。
(…波の国で、白をぶつけたのは正解だったな。それにしても…火影になる…か…)



「良い決意だ、では…此処に残った全員に…『第一の試験』合格を申し渡す!!」

残る受験生達に合格を言い放ったイビキが、試験の目的の説明をし終わった後に第二試験官の女性が派手な登場で現れた。
「アンタ達!喜んでる場合じゃないわよ!!私は第二試験官!みたらしアンコ!次行くわよ、次ィ!!ついてらっしゃい!!」
彼女の高いテンションについていけない受験生達。イビキがぼそりと彼らの代弁をした。


「空気読め…」



彼女の元師の姿が脳裏に浮かび、ナルトは思わず空を仰いだ。
 
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