| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第2章 『ネコは三月を』
  第31話 『太陽と月』




 古代遺物管理部機動五課が今年の4月から劇的に変化を遂げたのは5月中ごろ、つまり(ひと)月半経ってから、ようやく管理局内で噂されるようになった。
 無論、ジャニカ・トラガホルン、ロビン・ロマノワ両二等陸佐をよく知る人から見れば、一週間、いや三日も経たずにそうなることは疑いの余地がなかったが。
 機動五課が、彼らが来る前まで、査察官を丸め込み、実に巧妙に私腹を肥やし、且つ排他的な課であったことは、ある特定の年齢以上で怠惰な人たちの間では有名な話であった。
 なおのこと悪いのは、知らない人間はそのままに、知っている人間を懐柔、あるいは脅迫の上で排斥する手段――主な対象は新人――を取っていることである。
 そのなか当時、部隊長であったロマノワ二佐と部隊長補佐のジャニカ()()は、訓練校で偶々見かけた新人サングネア・ノヴァクが五課から自分たちの部隊――陸士910部隊――に来た時、局員としての夢と現実のギャップで打ちのめされる以上に目の輝きを失っていたため、こちらから『機動五課』という単語は決して出さず、世間話からやんわりと情報を聞き出した。
 実際には直接本人が五課の不正を話したわけではなく、今日までの身の上話をする過程で目の動き、話し口調、呼吸から『何かあったであろう』という疑いを見抜いた。
 そこからジャニカは――ロビンは自部隊の指揮に専念――本局に提出されている機動五課の不正の糸を紡ぎあげ、一度(ほど)かれた大きな縄を再構成したのだ。その縄には、罪に染まった人間ほど掴まりやすいコブが付いており、機動五課のトップから中堅クラスの人間まで、多くの人間が釣れた。
 彼はかつての上官であるリヒト・ダヴェンポート二等陸佐から助力を得、上官の名前は隠しながら、足元からではなく、トップの首から切り落としにかかった。
 機動五課隊舎部隊長室へ――部隊長室へ向かう間、内情を知らない人間に「数日後に残っているのは君たちだけかもしれない」と不敵に笑いながら彼らを不思議がらせ――彼はロビンと訪れ、機動五課課長に罪状を延べ、相手のくだらない言い訳を無視し、解雇を言い渡した。


「機動五課課長ヘルバ・アコニート三佐、貴方の奥さんには既に伝えておきましたよ。『あと数日後に離婚すれば、旦那の退職金のほとんどを貰うことができます』と。さすがに局に()()()貢献した先輩殿()を無一文で放り出すようなことは致しませんから」
「貴様ッ――」
「もちろんもちろん。貴方がおよそ20数年間で築き上げてきた信頼から得た人脈を使用して私に挑んでも構いません。ただ、私が言いたいことは……」


 気迫と共に自分の体内にある全魔力を練り上げる。


「隊舎入り口からこの部屋まで徒歩で3分32秒かかった。1分32秒でココヲ去レ」


 びりびりと地面が揺れ動き、食堂では皿が数枚割れた。
 その日は、その時以外の時間帯でも皿が数枚割れている。






 事前に本局にその日限りの人事権限を与えられていたジャニカ()()は、既に両手で縄を掴んでいる人間全てをその場で解雇し、片手、または掴もうとした人間は例外なく降格の上出向させ、内情を知らない人間には、今五課におかれている現状等を丁寧に説明し、その人たち以外、五課に所属している人間を全て立ち退かせた。
 さらに、この内容は局内でできるだけ情報が広がらないよう、ジャニカとロビンは努めた。それは陸士部隊に五課の現状を話し、部隊をニ分割してまでも行なわせる徹底ぶりであったという。
 だがそれは、リヒトのことを考えてのものであり、彼にスポットが当たってしまうのを避けるためだ。彼ら自身、これが外に漏れることになにも後ろめたさはない。
 それからジャニカの元へ通信で機動五課への部隊長の誘いが来たのは、五課の事後処理が終わった3日後で、その返事をする前にコインを1枚投げたことは言うまでもなく、


「良い知らせと悪い知らせがあるのですが、どちらから先に聞きたいですか、ダヴェンポート二佐?」
「良い知らせから聞こうか」
「機動五課への辞令ですが、快くお引き受けいたします」
「ふむ」
「そして、ロビン・ロマノワ二佐が私の補佐に就きます」
「ほぅ」


 その場に居合わせているロビンも含め、暫しの間が訪れる。


「それで、悪い知らせは?」
『…………』






 ロビンは結局のところ、ジャニカが五課の不正を調べている間に、陸士910部隊内で次期部隊長となる人間、部隊長補佐となる人間の選出、育成、引き継ぎは全て終わらせており、異動時の部隊内の惜しまれることを除けば、他のすべては滞りなく終わらせていた。
 機動五課には事情を知らない人たちに加え、自分が今まで出会い信頼を築いた人たちの中でも、その後輩たちを回してもらい、彼らとともに課の再編成を図った。そして五課発足――異動前――までのおよそ5カ月間、陸士部隊指揮の傍ら、その局員たちを育成し、4月から問題なく始動できるよう力を尽くした。
 そして、始動してから約1ヶ月半後、つまり最近になってやっと軌道に乗り始め、時間に余裕が出来始めた。この前のコタロウとヴィータを交えての食事会が1つのタイミングとも言える。
 また、今日はジャニカとロビンは部隊長オフィスで、お昼時間を利用して無言で必死に眉根に皺をつくらないように堪えていた。




「やーの。ルナとねるの!」
「だーめ。ソルと!」


 モニターの向こうでは、今年で5歳と4歳になる息子、娘が互いに声を張り上げていた。
 撮影しているのは夫婦の家の家政婦、サンテ・シュールムムである。
 2人は過去に撮影したビデオを見ているようだ。


「ルナはパパと寝ようか」
「パパはめがこわいからやー」
「うぐっ」


 1人の男、ジャニカは無残にも散り、


「ソルはママと寝るのはどう?」
「ママはおはなしながいからやー」
「むぐっ」


 1人の女、ロビンもまた無残に散っていた。
 2人の子どもたちは、また自分たちの間にいる男の裾を引っ張る作業を開始する。


『ネコちゃんとねるのー!』
『…………』
「ネコちゃんはソルとねたいよねー?」
「ちがうよー。 ネコちゃんはルナねー?」
「……ふむ」


 右手を顎に添えて考えようとするが、2人に頭を撫でさせられることを強要され、どちらがより多く撫でてもらえるかの競争が眼下で勃発しており、2人の頭を交互に撫でさせられていた。


「この前のように、一緒に寝るというのはダメなの? ソル、ルナ?」
『う~ん』


 考えている最中でも、自分たちを撫なでてもらえるよう、手が移っては自分の頭の上に乗せなおし、その間、その手の持ち主である男は手をなすがままにされている。
 その後、その兄妹は彼の右足、左足に抱きついて、


「ルナとはねないけどネコちゃんとねるー」
「兄ぃとねないけどネコちゃんとねるー」
「それでは、やはりそれもこの前のように、僕が2人の間に入るということでいいかな?」
『うん!』


 頷いてズボンがもぞもぞと動いた。


「それでは、私はお風呂をお借りいたしますね、ジャン、ロビン、サンテさん」
『…………』
「はい。ごゆっくりなさってください」
『ソル (ルナ) も、はいるー』
「お二人とも、もう入られたとサンテさんが仰っていたけど?」
『いいの!』


 僕は構わないけど。と言いながら両足にそれぞれへばりついている兄妹をそのままに、膝を曲げずにゆっくりバスルームへ歩いて行く。


『……ちょっとソルオス、ルナエラ』
『なーにー?』
『どうしてそんなにネコがいいんだ (いいの) ?』


 ソルオスは彼の右足から、ルナエラは左足からちょっぴり顔を出して、ジャニカとロビンのほうを見て、


「ネコちゃんのおねむのめがいいのー」
「ネコちゃんはおうたがうまいのー」
『…………』


 また自分たちが抱きついている足に振り落とされないよう、顔を隠した。
 確かに、以前来た時に試しに彼を自分の子どもたちと一緒に寝かせたことがある。彼らが好きな子守唄も教え、全て彼に任せ――ソルオスとルナエラに任せたともいえる――一晩3人だけにさせたのだ。
 その次の日、その男が帰るときに2人が『やー!』と駄々をこねたのを見て、ジャニカとロビンは成功したことを内心喜んだが、まさかこれほどとは思っていなかった。
 自分の親友が他人にも好かれることは喜ばしいことだが、この時ばかりは表現できない複雑な感情を相手に抱く。


『ねぇ (なぁ) 、コタロウ?』
「うん?」
『貴方 (お前) には負けない』
「……ふむ」


 彼は今までの会話の流れから何に負けないのかを考え、1つの答えを導き出し、


「お先にどうぞ」


 バスルームへの道をあける。


『そうじゃないわ (そうじゃねぇ) !』




 そこでドアのブザーが鳴り、2人は映像を切って入室を促した。


「失礼します」
「どうした、サングネア三士?」
「御休憩中申し訳ありません。今年度の経費として回した、去年破損した食堂の食器についてなのですが……」


 どれ。と書類を受け取ろうとしたところをロビンにかすめ取られ、


「376枚。結構割ったわね」
「……そうか」


 ジャニカは特に言い返すことなく、ロビンが書類の不備がないことを確認してサングネアに返すところを目で追う。


「こちらは御子息と御息女ですか?」


 フォトフレームに映し出されている2人の子どもが目に入り、サングネアは明るく話しかけた。


「あぁ、私の勝てない対象だよ」
「それはそうでしょう。それ以外であなた方に勝てるのは、お互いしかおられないのでは?」


 彼は苦笑し、お礼を述べて部屋を出ようとするが、


『いや、既にある人に俺 (私) は負けている (わ) 』


 まさかと彼は振り返ると、ジャニカとロビンは腕を組んで物思いに(ふけ)り、眉を寄せていた。






魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~
第31話 『太陽と月』






 そもそも、模擬戦が終わっても直ぐにバリアジャケットを解除することを忘れていたことから、コタロウが相応のダメージを負っていることは明白であった。


「とりあえず、ネコさんも医務室へ連れて行きましょう。私が運びます」


 提案をしたのはスバルだ。六課の、特に新人の中では彼女が一番力があり、以前ティアナが倒れたときに運んだのも彼女である。
 彼女はまず、うつ伏せに倒れている彼に近づき、


(……んしょっと)


 かなり力を入れたことに不思議に思いながら、彼を仰向きにさせた。
 魔力弾が当たったからか、あるいは倒れたときに、砕けたバイザーの破片が(かす)めたからなのか、彼はこめかみから少し出血している。シャリオは()ける意味も込めてそのバイザーを拾い上げ、内側からのぞきこむと、何の変哲のないただの光量を軽減させる防護眼鏡――サングラスのようなもの――であることを確認する。別段、高性能な機器というものではない。


「ティア、ちょっと手伝って」


 スバルはしゃがみ、コタロウに対して背を向けて、ティアナに彼を起こして寄り掛からせるようにお願いする。


「それじゃ、いくわよ。いち、にい、さ――」


 掛け声に合わせてスバルは力を入れるが、しばらくしても背中に重さは感じない。


「……ティア? どうしたの?」
「なに、これ……すごく、重いん、だけど」
「うん?」


 振り向くと、依然として仰向けのままであるコタロウと、彼の肩甲骨あたりに手を入れ――実際は地面と肩甲骨の接地面で手は止まっている――顔を歪ませているティアナがいる。


「ちょっとスバル、ネコさんどうやって仰向けにさせたの?」
「え? それは、こう、ごろりと……うん、確かに力は入れたけど……そんなに重い?」


 アンタの馬鹿力と一緒にしないで! という言葉を飲み込み、


「起こしたら私が支えるから……」
「う、うん。分かった」


 ティアナと代わってスバルが彼の頭上に座り込み、両腕を滑り込ませようとするが、力を入れながらでないと入らない。しかし、なんとか入れることができた。


「せーのっ! ……け、結構、重、い!」
「でしょ? これ、普通の重さじゃないわよ」


 女性と比べるのはどうかと思うが、明らかにティアナの体重の3、或いは4倍以上の重さはある。
 エリオとキャロも彼女たちに近寄る。


「僕らも手伝います」
「腕をスバルさんの肩にのせればいいんですか?」
「あ、うん。お願い……でも、気をつけて。重いから」


 ティアナが起きた上半身を支えながら、エリオとキャロは後ろ向きに構えているスバルにコタロウの右腕をのせようとするが、予想以上に重かったのか、彼の腕をぶらりと垂れ下げてしまう。
 その時、コタロウの袖から何かが落ち、がらんと音を立てて転がる。


「……これ」
「……スパナ?」


 長さが丁度二の腕くらいのスパナ――レンチ――が日の目に晒されきらりと光った。心なしか腕の重さも軽くなっている。


『…………』


 エリオは右袖、キャロは左袖を無言でゆさゆさと振ってみると、がらり、がちん、がこん、はたまた、どさり、ばさっ、コロコロといった音を立てて、大きさ、長さ、重さ様々な工具が地面に転がった。


『…………』


 再び腕を持ち上げてみると、普通の重さである。


「ネコさん、ちょぉっと失礼しますね」


 気絶して頭を垂れているコタロウの反応は聞かず、スバルは彼の羽織りを無理矢理脱がした。もちろん、上着の1枚を剥いだにすぎないのでまだ中に着ている。
 案の定、いや、かなり重い。これだけで2人分以上の重さはある。


『……はぁ~』


 疲労しているフェイトと当惑しているシャマル以外はさすがに諦めたのか、出てきたのはため息だけだった。
 だが、その数分後、新人たちは同じ思考に至る。


『(低酸素で、しかもあの重さで……模擬戦、やったんだ)』






△▽△▽△▽△▽△▽






 意識が覚醒し始め、自分の頬に空調機のひんやりとした風を感じるようになると、フェイトは目を覚ました。


「……う……ん」


 なのはとシグナムに支えられながら、医務室のドアをくぐったのは覚えているが、寝かされたところまでは覚えていない。フェイトは手に力を入れて握ったり開いたりして、自分でも大分回復したことが分かると、体調の確認も兼ねてゆっくりと身体を起こす。どうやら、普通に動けるまでには回復しているらしい。もしくはシャマルが処置してくれたのかもしれない。
 自分の服装を見直して、特に身体のべたつきも感じられないことから、誰かがやってくれたのだろうとぼんやり考えて、ふと下を向くと、起き上がる拍子にずれた毛布(ブランケット)が目に入った。


(……これ)


 コタロウが自分に貸してくれた、変形した傘の生地である。黒地のバリアジャケットに合うように、黒を下地に銀色格子のデザインが施されている。
 シャリオは特別な編み方がされていると言っていたが、質感はまさに毛布そのもので、心地よい。


(本当は違ったんだけど……ありがとうございます)


 恐怖心からの震えを勘違いしたコタロウに内心お礼を言いながら、何時返そうかと毛布を折りたたみ、膝の上にのせて考えようとしたとき、視界に何か入る。


(コタロウさん?)


 そちらの方を向くと、羽織を毛布代わりに仰向けになって寝ているコタロウがいた。そのもう1つ向こうには多種多様な工具が大量におかれている。
 フェイトは床に足をつき、まだ少し疲労感は残っているが、歩くことに支障はなさそうであることが分かると、静かに寝息を立てているコタロウに近づいて、午前中の模擬戦を思い返した。
 開始直後は戦術を練り、相手の実力を量りながら加減を調節して彼の試験に貢献しようかと思っていたのに、気が付けば今持てる魔力や技術を最大限に出してしまった。いや、当時の感覚を思い出すと、いつも以上に実力を発揮できた気がすると思う。


(……凄かったなぁ)


 背後からの自弾が魔力の流れからか手に取るように分かり、神経が研ぎ澄まされ、まるで空間を制御下に置いたような感覚は、シグナムとの模擬戦でも体験したことのないものだ。少しの間だけゆっくり(とき)が流れていたような気もする。
 最後は疲労で感知することは出来なかったが、かなり特別な感覚であった。
 そして、コタロウを見下ろす。
 配分を忘れた行動により、試験を中止してしまった申し訳なさはあったものの、あの時、彼に抱きとめられた感覚と、こちらから振り落とされないように抱きつき、下から覗き込んだ時の彼の表情のほうが心象に残っており、


(……ん? ……)


 僅かに脈が跳ね、顔に熱を感じた。
 フェイトは片手を頬に当てて首を傾げる。彼は顔を自分に向けることはなかったが、魔力弾の光が映った寝ぼけ目でない、慧眼した真剣な目つきは兄であるクロノや親友のユーノ、または他の男性とはまた違う印象を受ける。
 兄やエリオは別として、そもそも捜査中の犯人確保以外であれほど男性を近くに感じたことは、記憶を掘り起こしても出てこなかった。
 ふるふると首を振り、静かに大きく深呼吸をして落ち着きを取り戻し、もう一度彼を見る。
 コタロウは呼吸の回数が少ないのか、言ってしまえばまさに死んだように眠っているようだ。うつろながら、彼がこめかみに怪我をしていることを覚えていて、その部分を見るために身体を少し折り、身を乗り出して覗き込む。シャマルが治療したのだろう。怪我は綺麗に消えていた。
 そのまま、自分が思い切り斬りつけた胸の方に視線を移す。


(大丈夫か……な? ――ひうっ!?)


 自分に何かの影がかかるのに気が付くと、後頭部に重みを感じ、そのまま胸元に引き寄せられた。


「ん、眠れないの?」
「――ぅぅぅ!?」


 フェイトはびくりと瞳が小さくなり、一瞬呼吸が止まる。
 中腰の体勢が保てず、膝を折り、ベッドの端に体重を預けることが彼女に出来た行動である。


(コ、コココタロウさん!?)


 彼にゆっくりと髪を撫でつけられる。呼吸は一瞬だったが、思考を取り戻すのには数回の呼吸を要した。脈は先程とは比較にならないほど乱れ、それはまだ、取り戻せていないし、取り戻せそうにない。
 さらに、


「あなたは私の愛にいつ気付くのだろうか?」


 と口ずさみ始めたときには、一度大きく心臓が跳ね、それを最後に止まっていしまうのではないかと思わずにはいられなかった。
 だが、淑やかで琴線に触れる唄だからだろうか、そのようなことはなく、フェイトの落ち着きを取り戻させる。


「言葉をかえていくつも愛は伝えられるけど、あなただけは何ものにもかえられない……あなたにはそれが分かるかい?」
「…………」


 曲調のせいなのか、彼の声色のせいなのか、それともゆっくりと髪を撫でられているせいなのか、分からないことは多いが、これほど愛を伝える歌詞なのに、とても心地が良い。
 唄を聴く限り、月を思わせる歌詞で、まだ鼓動も早く、顔に熱を感じていても、身体中の強張(こわば)りはとれていくのが分かった。


「……私はあなたを、愛しています」
「…………」


 その言葉を最後に手の動きも止まり、また静かな間が流れる。
 そこで初めて、コタロウの静かすぎる寝息と心音が自分の耳に入ってきた。


(終わっ……た?)


 だが、そこでフェイトは再び驚く。
 彼の方を向いておらず、ただ片耳を胸元に当てている自分が、唄が終わっても自ら起き上がろうとしないのだ。
 別に、彼に力や魔力で強制的に押さえつけられているわけではない。


(……あったかいな)


 頭に乗せられている彼の手がほんのりとあたたかい。
 フェイトは少し触ってみたい衝動に駆られた。頭の位置は変えずに、そろり、そろりと手の位置を探るように自分の手をそのあたたかみのあるほうへ持っていく。
 そして、自分の人差し指が彼の手のどこかに触れる。
 その時だった。


『失礼します』
「――ッ!!」


 入室のブザー――医務室は他の部屋とは違い、患者を驚かせないメロディ――が鳴り、エリオとキャロが入ってきた。彼女はドアが開く前に乗せられているコタロウの手を払わずに、両手をベッドの端に置いて勢い良く立ち上がった。その勢いで彼の手がぱたりと自身の胸の上に落ちる。


「フェイトさん、大丈夫ですか?」
「訓練中だったんですけど、今、休憩時間で……」


 午後の訓練途中の休憩時間を使って、なのはに了承を得て、様子を見に来たというのだ。それほど医務室へ歩く疲労困憊したフェイトの姿は、痛々しかったらしい。


「あの、やっぱりもう少し横になっていたほうが……」
「顔、赤いです」
「そ、そう?」


 フェイトの頬は上気して、さらに髪がすこし乱れているせいか風邪を引いているように見える。疲労がよく風邪につながることを知らなくても、今の彼女が心配を助長させる状態であることは手に取るように分かるからだ。


「だ、大丈夫、大丈夫。心配してくれてありがとう、エリオ、キャロ」
「なら、いいんですが……」


 訝しむ2人に彼女はにこりと微笑むと、それ以上彼らは自分に訊ねることはなく、その奥にいるコタロウに目がいく。


「コタロウさんは大丈夫なんでしょうか?」
「へ? あ、うん……今は、ぐっすり眠ってるみたい」


 フェイトはさっきの勢いに任せた飛び上がりで、起こしてしまったのだろうかとおずおず後ろを向くと、特に変わることなくコタロウは寝息を立てていた。


「そ、それじゃあ、コタロウさん起こしちゃうかもしれないから、出ようか?」
「フェイトさん、あの、本当にお体のほうは……」
「一応ね、シャマルには連絡しておくよ」


 キャロの気遣いに、頭を撫でながら応えた後、フェイトはシャマルに念話で起きたことを伝えると、今日は激しい運動を決してしないことを約束し、医務室を後にした。
 2人が自分を守るように先頭を歩くのを見ながら、フェイトは胸に手を当てる。


(……大丈夫、かな?)






△▽△▽△▽△▽△▽






「フェイトちゃんとコタロウさん、大丈夫やろか?」
「見に行くですか? リインはここにいますから、様子を見に行ってくるといいですよ」


 モニターの向こうからリインが顔を出して、にっこりと微笑んだ。はやては指を顎に当てて一考すると、息抜きがてらに行ってみようかと思い席を立つ。
 はやてたちはシャマルの診断結果により、2人とも問題ないことが既に分かっていた。フェイトは疲労、コタロウは彼女の攻撃を受けた衝撃――羽織には工具が防護の役割を果たしていて、斬られた痕はなく、斬撃による衝撃――で気絶したのだ。彼女は休めばすぐ良くなるし、彼は起きた後の再診で予後をみる。


「起きていたら、2人によろしくです」
「ん~。ほなお留守番、よろしくな?」
「はいです」


 そういって、はやてはオフィスを後にした。






 正直、コタロウが自分を含め六課の面々の雰囲気という雰囲気を、回れ右したかのように変えることは既に分かりすぎるほど分かっていた。


「ソルも眠れないの?」
「……え?」


 しかしそれでも、ちょっと内心興味本位で寝ている彼の顔を覗き込んだとき、彼のほうを向きながら、かなり相手の顔に近い位置に顔をうずめることになるとは、思ってもみなかった。
 彼は機械士(マシナリー)だ。機械を修理し、雑務もこなす優秀な人である。だが、今の状態はどうか。確実に自分の思考を壊している。


(……ふわわわっ!! 近い近い近い!)


 はやては壊れて止まっていた思考をなんとか取り戻すと、疑問以前に彼をちょうど上目遣いで見上げる状態にある自分に、今まで体験したことないような緊張と動揺を覚えた。


「君に出会ってから、全てが変わった」
「んんんん!?」


 どうやら彼は起きているときだけでは飽き足らず、寝ていても六課の面々――現在、この場にいるのははやてのみ――を驚かせるらしい。


「眠っている君には分からないかもしれないけれど、傍にいるだけで嬉しいんだ」
「――ンナッ!!」


 彼が寝ぼけていることと、どうやら子守唄を歌っているのはすぐに分かった。なかなか会えない人――多分、ソルという人――を想う唄で、嬉しい気持ちと哀しい気持ちが揺れ動いている歌詞になっている。
 歌詞を理解することで思考に余裕を見出し、そのまま深呼吸をしようとする。
 しかし、それは息を吐こうとしたところで思い切り両手で口を押さえた。


(こんな、か、顔の近いとこで深呼吸!? 絶対、できひん!)


 彼のほうを向いていないのであればいざ知らず、向いている今、普通に呼吸をするのでさえ恥ずかしいことに、はやては気付いたのだ。
 とりあえず、呼吸をいつもより慎重にさせることで事なきを得たが、それでも彼の唄と、髪の間を掻き分けながら指の腹を這わせるような撫で方は止まらなかった。


(……ぅぅ)


 思考や感情は頭脳で行なわれているのにも関わらず、胸は激しく鼓動し、それが本当なのかと疑いたくなる。相手がこの鼓動に気付いてしまうのではないかというくらい、自分の耳には自分の心臓の音が聞こえた。


「今、ここにいる君は果たして夢なのか、現実なのか」
「…………」


 ひとまず、目を閉じて自分の心臓を押さえつけることに集中するが、周りに何も見えなくなると、彼の手と、呼吸によって上下する胸に余計意識がいってしまう。
 だが、さわり、さわりと自分の髪に触れる手はとてもあたたかく、撫でられる回数が増えれば増えるほど、何故か落ち着きを取り戻していった。


(ヴィータたちは、こんな感じやったんかなぁ)


 最近、ヴィータやリイン、ザフィーラを撫でることは滅多に減り、逆にはやては撫でられるのはこんな気分なのかと思う。言い知れぬ不思議な感じだ。始めは驚きはしたものの、今はそんなことはなく、なすがままにされている自分に驚くほどである。
 それでも、唄には終わりがあり、


「僕の目が覚めても、それが夢じゃなく、君が近くにいれば……いいな」
「…………」


 手の動きも止まる。
 その頃には、はやては完全に落ち着きを取り戻し、ゆっくりと目を開く。


「――ッ!!」


 彼は微笑んでいた。






△▽△▽△▽△▽△▽






「……ん」


 コタロウは目覚めた。
 視界はぼやけ、何度か瞬きし、最初に入ってきたのが天井だとわかると、開いた目を再び細くし、


(医務室?)


 起き上がり、今いる場所を把握する。
 次に何故ここにいるのかを、思い返した。


(昼食前に傘の試験運転、残り5分で試験項目の変更をして……)


 顎に手を当てて、目を閉じ、しばらく考えた後、自分の最後の言葉を思い出す。


(そうか、『ダメです』と言ったきり記憶が無いということは、そこで気絶したのか。それで誰かが医務室に運んだ……重かったろうな)


 胸が痛くないことに不思議の思うも、シャマルがなにか処置をしたのだろうと決定付け、ここまでどうやって運んだろうなと考えながら右を向くと、そこには大量の工具が置かれていた。


(なるほど。工具を別にして運んだのか)


 ずり落ちた羽織に目を落とし、頷く。
 彼は傘を持ってセットアップを解き、いつものつなぎ姿に戻ると、胸元を開き、工具を袖や胸に仕舞い込んでいく。どうやら、バリアジャケットに変身しても工具が消えることはないらしい。ただ、それとは違い、足のポケットにも工具を入れていく。


(あの一撃、効いたなぁ。4年5ヶ月ぶりだ)


 彼は、試験協力者が怪我をしてしまうことに気付いたとき、試験後、なるべく問題なく行動ができるように努めることを一番の優先事項としている。ジャニカとロビンは彼が自分の攻撃を受け、気絶するたびに、「自分を優先しろ (なさい) !」と怒りや泣きつきに近い訴えをされるが、コタロウにとってこの行動は当たり前であり、気絶して遅れた作業は自分だけにかかる負担なので、気にはしなかった。
 もし、本当の戦闘になったときは、対応を変えれば済む話だ。自分の行動による負担は自分で取ればよいと考えている。
 コタロウは時計を見る。


(今は……17時、か……)


 休憩時間を抜くと、4時間分の遅延が発生していることがわかる。
 そして、通常勤務時の作業項目を確認し、残作業を終わらせるため、


「……仕事」


 彼は医務室をでた。






△▽△▽△▽△▽△▽






「フェイト隊長も本当に強情なんだから」
「もっと休んでてもよかったんだぞ?」
「……ごめん」


 午後の訓練が終わり、全員で身なりを整えて隊舎へ戻る頃、なのはとヴィータは途中で訓練を見に来たフェイトに、苦笑にも拗ねるようにも似た口で言葉を漏らしていた。
 シャマルから許可を得ていても、心配なのは変わりないのだ。


「気をつけてね」
「全くだ」
「……ごめん」


 彼女たちに対し、フェイトは謝る以外の言葉は許してもらえそうになかった。
 そして、隊舎の入り口をくぐり、何度目かのなのはたちのお叱りに、何度目かの謝りを見せようとしたとき、


「ヴィータ、なのはちゃ、いや、なのは隊長、フェイト隊長!」
『……ん?』


 なのはたちと目があうとはやてが早足で近づいてきた。小走りといってもいいかもしれない。


「どうしたの?」
「コ、コタロウさん見なかったか?」


 彼女の後ろからシャマルも少し息をついて、彼女たちに近づく。


「八神部隊長、ネコさんがどうかしたんですか?」
「さっきな――」
「コタロウさんがいなくなっちゃったんです~!!」
『……へ?』


 話を聞くと実に簡単で、シャマルはシャリオとの仕事の合間に、定期的に彼の様子を見に医務室へ行ったのだが、仕事が終わって、医務室へ戻ったところ彼がいなくなったというのだ。
 彼女たちは、焦り以外に、怒っているようにも見える。


「……ムゥ」
「フェイト隊長?」
「へ? あ、ううん。と、とりあえず探そう?」
『はい!』


 新人たちも、幾分か口をへの字にして、ひとまず隊舎の奥へ早足に歩こうとする。
 それは誰かを心配させたためにしているのか、彼について心配しているのか分からないが、彼らも多少怒っているようだ。
 そのなか、ヴィータは、腰に手をあてながらシャマルを見据え、ため息混じりに口を開いた。


「銭湯の時も言ったけど、念話で全体に呼びかけてみたのか? あと、探査魔法とか……あ、それは大げさか」
「……あ」


 念話で呼びかけると、彼はすぐに見つかった。
 外の窓を拭いているところだったらしい。






△▽△▽△▽△▽△▽






「コ~タ~ロ~ウ~さ~ん~」
「はい」
『…………』
「あなたが何故、このようにイスに座らされて、皆さんに囲まれているか分かりますか?」


 実際には、シャマルが正面に腕を組んで仁王立ちし、その後ろにはやてやなのはたち隊長陣、新人たち、そして、リイン等、彼をよく知る人たち全員が立っている状況だ。彼の背後には誰も居ない。


「……ふむ」


 彼らの見下ろす睨みに近い目線に動じず、考えを巡らせる。さすがのコタロウも、彼らの表情や仕草が、自分の行動によって引き起こされことであることは容易に想像できた。おそらく、何か彼らを逆撫ですることがあったのだろう。
 彼はよく考えた末、幾つかの答えを見出し、口を開いた。


「倒れるとき、シャマル主任医務官を無言で押しのけてしまったことですか?」
「違います!」


 シャマルはにべもなく言い放つ。


「私を運ぶのに大変苦労したことですか?」
『違います!』


 今度はスバルたちだ。


「テスタロッサ・ハラオウン執務官を疲労させてしまったことですか?」
「違います!」


 フェイトも強めに声を出す。


「5時間程寝てしまったからですか?」
「違います!」


 またシャマルがぴくりと眉を動かして答えた。


「…………」


 コタロウが首を傾げるをみて、シャマルはこれ以上答えが出ないと決定付け、自ら答えを言う。


「あなたが起きたときに、私への連絡もなく、勝手に医務室からいなくなってしまったことです!」


 彼の寝ぼけ目が少し開いた。完全に考えになかったらしい。


「申し訳ありませんでした」
「皆さんに心配をかけたのは、私が大げさにしてしまったことですから、それは私も皆さんに申し訳ないと思っています。ですが、これだけコタロウさんを心配してくれる人がいるんです。少しは自覚してください」


 怒りの中に、心配を隠している言い方だ。言葉を繋ぐうちに段々と心配にかかる比重が高いしゃべり方に変わってきていた。


「そんなことばっかりやっていると、コタロウさんのこと、嫌いになっちゃいますよ?」


 全員、こくりと大きく頷く。


「……皆さんもですか?」
「そうです! ですよね、シグナム、ザフィーラ?」
「わ、私たちもか? ……そ、そうだな。う、うむ」
「……うむ」


 もう一度全員が頷き、シグナムたちも(はやて)の心労が増えるなら、そこは頷こうと顔を縦に振る。


「分かりました」


 コタロウも全員の頷きに納得したようで、こくりと頷き、


「分かればいいんです」


 シャマルも彼の返事に頷いた。
 その後、この話題はこれで終わりというように、シャマルはぱちんと両手をたたき、「それじゃあ、ご飯にしましょう!」と笑顔で食事を提案した。






 今日はヴァイスとは時間がかみ合わず、コタロウはスバルたちと一緒に食事をとっているとき、


「……まずい」
『ん?』


 という言葉を残して、口に運ぼうとしているフォークを食器の上に落とした。
 シャマルは彼の「まずい」という言葉にぴくりと反応する。


「…………」
「コタロウさん、どうしたんですか?」


 彼が落としたフォークに目を落としているのを見て、隣にいるエリオが口を開く。


「筋肉痛です」
「筋肉痛?」
「はい。全力で九天鞭を振りましたから、その影響でしょう。神経疲労も同時にきたようです」


 それは過度な運動をすれば必ず出てくるもので、シャマルが診断する限りは特に異常として捉えることはしなかったようである。逆にフェイトは疲労が問題であったので、同じ症状が既に出ており、動けるくらいに処置はしてあった。だらりと腕を下げて、微動だにしない腕を見て、エリオたちは心配するが、一晩休めば問題ないことを彼は告げる。
 そして、コタロウはエリオのほうを向き、頭を下げた。


「え、コタロウさん?」
「すみません。お願いがあります」
「なんですか?」
「もしよろしければ、食べさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


 なんだ、そんなことかとエリオは快諾し、コタロウのフォークをとって、彼の口へ運ぶ。


「はい。あーん」
「あーん」


 もくもくと()むコタロウを見守っていたとき、エリオは視線を感じる。


『…………』
「え、皆さん、どうかし……ハッ!」


 自分の手が、まだコタロウの顔の付近で止まっているのを見て、彼も気付いた。


「……っと、これは、その」
「エリオくん、エリオくん」
「な、何?」
「私も」
「はい!?」
「私もやってみたい」
「え、あ、なんだ、うん、はい」


 一瞬、キャロが自分にもやって欲しいといわれたのかと思いびっくりするが、すぐに違うことが分かり、彼女にフォークを手渡した。


「ル・ルシエ三等陸士?」
「はい、コタロウさん。あーん」
「あーん」


 コタロウは疑問に思うも、彼女はそれには答えず、彼の口に持っていくと、彼は首を傾げながら口を開いた。


「おいしいですか?」
「むぐ……はい。美味しいです」
「ふふっ」


 食堂で出てきている料理なのだから、彼女の食べているものも同じであろうと再び彼は首を傾げる。


「皆さん、一緒の料――」
「キャロ、あたしもあたしもー」
「はい、どうぞ」


 彼のフォークは、スバルへ渡る。


「はい。ネコさん、あーん」
「はぁ。あーん」


 何故、このような自分の食事を阻害する行為を進んでやるのか、コタロウには分からなかった。思えば、ジャニカとロビンも取りあっていた気がする。


「ティアもやってみる?」
「な、何であたしが!」
「はい。ご迷惑をかけてしまい申し訳ありません。ランスター二等陸士、モンディアル三等陸士にお渡しください」
「ぁ、ぅ……」


 一瞬顔を歪め、顔を上気させた後、ティアナはスバルからフォークをもぎ取った。


「ネコさん! あーん!」
「……あの、ご迷惑――」
「あーん!」
「あ、あーん」


 彼は終始疑問が取れない様子で、ティアナに断りを入れようとしたが、無理矢理顔に近づけられたこともあり、口を開いた。
 口に入れられた料理を飲み込み、ティアナの手に握られているフォークをエリオに渡してもらうようにお願いするため、再度口を開く。


「ランスター二等陸士、フォークを――」
「ネ~コ~さ~ん!」
「ん?」
「あーんですぅ!」
「――ングッ」


 パンが、いや、パンを持ったリインが自分の口目掛けて飛んできた。
 口に入るとかくんと彼は強制的に上を向く。


「どうですか? おいしいですか?」
『リイン曹長、それは、さすがに……』


 彼はどうかわからないが、新人たちは背後からいきなり現れた彼女に驚いた。
 彼にとって良かったのは、それほどパンが固くなかったことだ。ゆっくりと器用に食べている。


「んくっ……おいしいです」
「ふふふーん。よかったです~」


 そのままリインは満足したのか、自席に帰っていった。その隣でシャマルがリインを叱り、こちらを向いて丁寧に頭を下げている。


『だ、大丈夫ですか?』
「何がですか?」
『……いえ、なんでもありません』


 ティアナとスバルは、自分たちがコタロウのことを心配していることに相手が気付かず、彼がリインの行動について何も思っていないことが分かると、それ以上何も訊ねなかった。
 そして、


『……ええな (いいな) 』


 ぽそりとつぶやく2人の声に、気付く人はいなかった。






△▽△▽△▽△▽△▽






『(どうしよう (どないしよう) )』


 自分の手を頭に乗せると、鼓動が少し早くなる。
 その日の夜、それぞれの部屋では、同室の人がぐっすりと眠りに付いたのに、自分がまだベッドの中で枕を抱きながら、今日の午後に起こったことを思い出し、それに否応なく悩まされていた。


『(……眠れへん (眠れない) ……眠れへんよぅ (眠れないよぅ) )』


 クラナガンから見た太陽(ソル)(ルナ)は、ゆるやかに傾き始めた。





 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧