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魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

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第2章 『ネコは三月を』
  第27話 『それは秘密』





 六課の人たちが使用している寮にも数台のテーブルが用意されている休憩所がある。ここは就寝前の談話や自由待機(オフシフト)の時間潰しに利用されていたりするのだ。
 スバルたちは着替えを済ませた後、隊舎の食堂へ揃って移動しようと休憩所を横切ろうとしたとき、見覚えの無い臙脂(えんじ)色の髪が自分の視界ぎりぎりに入った。いつもないものがそこにあると違和感を覚えるのは大抵の人間で、スバルたちも不思議に思い、そちらを向く。


「ん、顔だけでなく、身体もこちらを向けてくれると嬉しいね」
『し、失れ――』
「敬礼は結構。今日は『公』ではなく、『私』で来ているのだから」


 制服を着なければ、30手前の若造にしか見えんよ。と、新人たちを(たしな)める。
 ジャニカはシャツの袖を2、3度捲くっており、脚を組んで、ポケットに入るくらいの本を読んでいる。スバルたちが身体を向けると、そこで初めてスバルたちのほうに目線を上げて、本を閉じた。


「揃って、夕食かい?」
『はい』
「もし、急がないのであれば、暇つぶしに付き合って頂けるかな? 謝礼もだそう」
「それは構いませんが、謝礼は、その、結構です」


 ティアナの言葉に皆が頷いて、ジャニカの傍まで近付くと、彼は柔和に席を促し、席に着く。
 ジャニカの暇つぶしであるスバルたちとの会話は、コタロウという話題を出さない六課での仕事内容であった。「情報機密を話さないよう言葉を選ぶように」とジャニカは新人たちの話術の難易度を上げ、それぞれの難度にあった質問を、ティアナを筆頭に質問をしていった。
 ただ、


「さて、新人唯一の男性エリオ・モンディアル君」
「は、はい!」
「周りが女性ばかりで、モヤモヤしないかい?」
「モ、モヤモヤッ!?」


 エリオに限っては、分野の違う質問をにやにや口の端を上げて質問をする。
 ひくっと肩を上げて一歩二歩を後ずさり、腕の何処に収めてよいかも分からないといった様子で、わたわたと挙動するエリオの顔は熱気に当てられたように赤面した。


「え、いや、あの」


 エリオより年上のスバルとティアナは一瞬ぽかんとしたものの、興味本位からか、あえて笑顔がでないように、不思議な顔をするキャロを同じ表情を装い、エリオの顔を覗き込む。
 そのうち、ジャニカは堪えきれなくなったとばかりにクツクツ笑い出し、


「ひとまず、その表情は『羞恥』からくるものとしておこうか」
「……ひ、ひとまず、じゃ、ないです。本当に――」
「まぁ、質問が不明瞭の場合、解釈の仕方は色々あるな」


 エリオは『よからぬこと』からではなく、『羞恥』から来ることを小さくもはっきりと答え、ジャニカはおどけるそぶりなく、目を細める。


「大抵の場合、嘘が上手いのは『女性』だ」


 スバルとティアナは挑戦的な目を向けられて、じとりと汗をかいた。先程までとは表情も違い、乾いた笑いをしてエリオからジャニカへ視線を移す。


「質問が不明瞭な場合は、素直に『(おっしゃ)っている意味がわかりません』と返しなさい」
「……あっ、はい!」


 話の内容は変わっても、話術の難易度は変わらず少し高めだ。上官からの質問に戸惑うことなく答える技術が管理局にいる限り必要であることを説明すると、ジャニカはエリオに再度同じ質問を投げかける。


「お、仰っている意味がわかりません」
「ふむ……『周りが女性ばかりで、相手の無自覚な発言で戸惑ったりしないかい?』と言えばわかるかな?」
「はい。あの……時々あります」
「結構!」


 手を招いてエリオが顔を近づけるのを待ち、手の届く範囲になってから頭を撫でた。


「正直や誠実を履き違えてはいけない。質問に常に正直に応えてしまうと、よからぬ結果を招きかねない。どの答えにもなりえる問いが仕儀(しぎ)に至らぬよう、予防線を張り巡らさなければ」
「あ、ありがとうございます」


 暇つぶしでお礼を言われることになるとはね。と、最後にエリオの頭をぽんぽんと軽く叩いてイスの()(もた)れに寄りかかる。
 そして、ジャニカは鈍く光る銀色の腕時計で時間を確認し、「そろそろか」と声を漏らした。


「良い暇つぶしになった。どうもありがとう」
『こちらこそ、大変勉強になりました』


 口々にスバルたちはジャニカにお礼を言うと、彼はそれを気にする様子も無くひらひらと手を振る。彼にとっては本当に暇つぶしでしかないのだ。大学で教授する良い練習になったくらいしか彼は考えていない。


「では、暇つぶしになってくれた礼を受け取ってもらおうかな?」
「あの、先程も申し上げましたが――」
「なぁに、金銭的なものは一切掛かってない。ちょっとした、驚嘆する(サプライズ・)贈り物(プレゼント)さ」
『……え?』


 ジャニカはもったいぶるように通路側を向くのに従って、スバルたちもそれに誘われるように彼に倣う。休憩所と通路の間にはスバルたちがジャニカに気付いたことからもわかるようにドアというものは備え付けられていない。そのため、人の足音は良く聴こえ、今回も誰かがこちらに向かって歩いてくるコツコツという靴音がスバルたちの耳に入ってきた。


「ジャン、用意できたよ」
「ん、良く着こなせてるぞ」
『……う、わ』


 特徴ある寝ぼけ目から彼がコタロウということはすぐにわかったが、普段寝癖ともとれる髪は適度な整髪料によって後ろへウェーヴがかかり、僅かに前にかかる髪とその目の調和からは、一瞬彼と認識することができなかった。スバルたちの誰一人として彼のこんな髪型(ヘアースタイル)を見たことがない。
 最近気付いたことであるが、彼は身長が男性の平均よりは低いが、自分たちよりは高い。制服の場合は底の高い靴を履き、訓練時はブーツで彼とは離れて訓練を行なうため、なのは共々気が付かなかったのだ。これには彼への興味も付加されており、初めは驚くくらいだったのだが、ここ数日からは彼自身への関心も湧いている。だから、自分たちより背の高い男性が見事にダークスーツを着こなしているのには息を呑む以外の行動を認めさせてくれそうになかった。


「コ、コタロウさん、格好いいです」
「ありがとうございます、モンディアル三等陸士」


 エリオがかろうじて出せた言葉に、スバルたちは無言でうなずく。
 それに応じて行なう彼の会釈もまた落ち着いたもので、普段の振る舞いがそのまま応用されていた。エリオを含む全員の頬が僅かに染まり、彼らを緊張させる。


「ロビンとヴィータ三等空尉は、まだ時間かかりそう?」
「そうだな、もう少しかかるかもな」


 コタロウが確かめるように左腕を握るのを見て、先程まではしていなかった義手をしていることに気付く。近くの席に着いたところで、やっとスバルたちは呼吸と思考をする余裕が出てきた。


「男なのに『たおやか』という言葉が似合うだろう?」


 言葉の意味は曖昧でもジャニカが言わんとしていることは容易に解釈することができ、また彼らは無言で頷く。


「謝礼はこれだけではない……」


 そして、先程と同じようにスバルたちの反応を楽しむような笑顔をジャニカは見せ、


「親愛なる上官、レディ・ヴィータのドレス姿を見たくはないかね?」
『…………』


 もう一度、彼らの呼吸と思考を削ぎ落とそうとする。
 実のところ、彼は隊長陣――ヴィータを除く――にも同じ言葉を念話で送っていた。






魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~
第27話 『それは秘密』






 ヴァイスの操縦するヘリから降りたはやてとリインは、ジャニカからの念話を聞きとったところから、どうやらまだ出発はしていないようだと、少し早足で階段を下り、寮へと急いだ。ヴァイスも急いでヘリを止め、彼女の後を追う。
 寮の入り口近くには黒のセダンが留めてあり、ジャニカと新人たち、シャマルとシャリオ、そして1人見覚えの無い男性が遠目に見えた。シャマルとシャリオはその男性について少し戸惑っているように見える。
 その理由は、はっきり彼らに近づいたときに明らかになった。


『コ、タロウ、さん?』
「はい」
「お、例外漏れることないその反応。ネコが六課内で全く関心がない人物ではないことがわかるな」


 はやてたちは、その男がコタロウと分かった瞬間に目を見開き、その後すぐにたじろいで半歩後退する。リインが先程のエリオの言葉を漏らすと、コタロウはその時と同じように返し、彼女たちを緊張させる。ジャニカの言ったとおり、シャマル、シャリオを含め、全員がエリオたちと同じ反応をしたようだ。


「若い人間は本当に偏見が少ない」


 ジャニカはコタロウの話題を一切出さなくても、彼がこの課でどのような扱いを受けているのかが手に取るようにわかった。彼の普段の暮らしぶりも同様である。
 リインは彼の周りを螺旋を描くように飛び、無言で万歳をしたり、ふむふむと頷いていたりしていた。


「一見、執事(バトラー)にも見えるが、紳士(ジェントルマン)の風格だろう」
「はいですぅ!」


 この風格は出せないとばかりに、ジャニカ自身も頷く。彼の場合、押さえつけてもある程度の威圧感が(にじ)み出てしまい、鷹揚(おうよう)に構えることが難しい。年を重ねればそれなりに身につけることができるが、彼はまだそれほど重ねてはいない。


「そろそろ、か」


 車に乗り込み、エンジンをかける。
 全員がその言葉に、やっと入場を許された観客のような緊張感を覚え、息をのむ。はやてはつい先日、同ホテルでドレスを着る機会があった。しかし、それは警備目的であり、食事も無ければ、エスコートしてくれる人もいなかった。
 そう思うと、やはり羨ましいと思ってしまう。
 そして、その対象がロビンに導かれ、寮のドアをくぐってやってきた。


『…………』
「な、なんで、お前等――」
「いい? 我慢も秘密と同等に女性の美徳のうちの1つよ?」


 頬を染めながら歩く彼女は身長という外見を加味しても、もはや、少女と見紛うことができない姿であった。
 ヴィータの着こなしているドレスは、彼女の髪よりも濃く彩られ、歩調に合わせて微かに光る、細身を強調したものとなっており、彼女にしとやかさを与えている。靴もそれに合わせた色で、いつも履いているそれよりヒールは高いが、ロビンが事前に歩行を教えたのだろうか、歩く彼女にぎこちなさはない。肩にかかる透明度の高いストールは彼女に幽玄を与え、特徴とも言える赤い髪は、三つ編みが(ほど)かれ、緩やかなウェーヴを描きながら彼女の性別を決定付けていた。
 彼女に『可愛い』という表現は最も似合い(がた)く、


『綺麗』


 自覚なく相応(ふさわ)しい言葉を六課の面々にはかせた。
 おそらく、この周りの空気に圧倒されていないのは、慣れているトラガホルン夫妻と、この空気をなんとも思わないコタロウ、そしてコタロウを見て驚いたヴィータのみである。


「お前、それ――」
「ほら、コタロウ」


 ジャニカは驚いているヴィータを遮り、コタロウに合図を送ると、彼は正面にいる彼女に一歩近づいて、右手で相手の髪を僅かにかき上げ、耳元で、


「大変お似合いですよ、レディ・ヴィータ?」
「――ひぅっ!」


 と、(ささや)きかけた。コタロウが相互で制服を着ていない時に口調が変わるのは知っていても、彼の言葉は彼女の目を泳がせ、熱をもう一度跳ね上げようとする。
 しかし、ヴィータは一度瞬きをした後、コタロウを正面からおっとりとした薄目で見つめ、僅かに微笑みながら、


「貴方も大変お似合いですよ、ミスター・カギネ?」
「お褒めに預かり、光栄でございます」


 着替えている最中に、ロビンに教えられたことをそのまま返して、自制を取り戻した。


『(ええーー!? なにその紳士淑女の()り取り!)』


 周りは完全に、取り残された。


[シャマル、どう思う?]
[もう、今夜の夕食は私が作るしか……]
[うん。動揺してるのはよく分かった。次いで言うと、作らなくてええからな?]
[一体私たちがいない間に何があったんですか?]


 シャマルが相当動揺しているのがわかると、リインがスバルたちに呼びかける。


[い、いえ……]
[私たちも何がなんだか]
[僕らはジャニカさんとお話したくらいで――]
[あったとすれば、ヴィータ副隊長が着替えている間にロビンさんが……]


 自分たちがいた限りでは何もなかったことを話す。(むし)ろ、自分たちも驚いたくらいなのだ。
 そうしている間にも、ジャニカはロビンを後部座席へ促した後、運転席に座り込み、


「貴女もどうぞ」
「お、おゥ。あ、いや、ありがとう」


 コタロウもヴィータを同様に促して、助手席に座る。


「そうだ、1つ教えておこう」
「な、なんでしょうか?」


 車の窓を開き、近くにいるはやてに笑いかける。


「女性のエスコートは、ネコには既に教え済みだ」
「え? はぁ」


 他の女性でも同じ対応を取るぞ? というジャニカの思いは、はやてには届かず、


「それより、あの、うちのヴィータは無事に帰ってきますやろか?」


 変わりすぎたヴィータに内心はやては心配になり、正しいかもわからない質問をジャニカに投げた。
 その質問に彼は口の端を吊り上げながら、人差し指を口元に、片目を瞑り、


「それは秘密」


 アクセルを踏んで、車をホテル・アグスタへ走らせた。






△▽△▽△▽△▽△▽






 車内でヴィータはロビンから『演じる』ということを教わった。だが、それはヴィータが入局当初に覚えた不快を表すものの1つで、人間が自分の信念を曲げて上官に媚び(へつら)う行為は、普段彼女の周りにいる人間の顔をも歪ませた。この時も、ヴィータは真っ直ぐロビンに、


「『演じる』というのは好きじゃ無ェ、です」


 と、言い切った。ロビンは訥々(とつとつ)とその理由を話す彼女に耳を傾け、打ち明けた後、視線を逸らそうとするヴィータの膝の上にちょこんと置かれている小さな握り(こぶし)の上にそっと手を添えて、


「貴女は本当に良い方々に恵まれているのね」


 逸らすことを許さない。


「それは普段貴女が、良い環境にいるために感じる違和感にすぎないわ。でも、もし自分に幅を持たせるものがそこにあるなら、自分を成長させる機会がそこにあるのなら、演じる価値はあると思いますよ? 貴女はもう、上に立つ人間なのですから、善し悪しは自分で決められるはずです」


 自分の判断力をもって、メリットのあるモノを吸収してく人間であると彼女は言う。そして、媚び諂う人間に目を向け、思考を深くする必要があるかと問う。答えが既に見えている問いは、ヴィータに自信を付け、評価される言葉は彼女の心を改めさせた。






 だが、いざ演じるということを決めても、ホテルに着いてトラガホルン夫妻が注目を集めだすと――ヴィータとコタロウも集めている――ぐるぐると目を回しそうになった。
 ホテル・アグスタは土地そのものも買い取っているホテルで、レストランもいくつかのグレードに分かれている。その中でも、今回予約しているレストランは余程の幸運に恵まれない限り、最低でも1カ月は待たされるところで、席に付いている人たちは、相応の人であることが見た目から判断できた。
 今回はコースとしての料理は頼んでおらず、一品一品自分で選ぶ形式の『ア・ラ・カルト』を夫妻は採用しており、ヴィータにリストからメインディッシュを中心に小前菜(アミューズブッシュ)前菜(オードブル)、スープ、口直し、デザート、コーヒーを念話で懇切丁寧に促した。分からない事は素直にウェイターに聞くことも教える。
 例えば、


「魚のほうが好きなのですが、お勧めはありますか?」


 といったごく単純なものだ。ロビンたちは何も言わず、ウェイターが常に微笑みを変えず説明していくのを聞き、ヴィータはコースを決めていく。途中、分からない事があった時は、リストを手にしている薬指をピクリを動かし、念話で伝え、疑問を回収していった。
 全ての料理を頼み終わり、トラガホルン夫妻が無言で頷くのを見て、初めて緊張が解け、念話の利用性を再確認した。


「それでは、お飲み物はいかがなさいますか?」
「白を2つ」


 これは、ジャニカが決めることになっていたので、一言で済まし、ウェイターは引き下がる。
 緊張は解けたものの、ヴィータは体格と違って年齢的には問題なくともはやてがまだ未成年ということもあり、お酒なんか口にしたことがなかった。
 それにテレビで見たこともあるが、こう言った時は、「~の何年物」などと頼むのではなかったか。と、首を傾げる。
 そうこう考えているあいだにウェイターは1本のボトルを両手で持ってきて、女性であるロビン、ヴィータからグラスに飲み物を注いだ。
 透き通るような白さだ。


「貴女からどうぞ」
「あの、あたし――」
「いいから、一口」


 一応、形式を組み軽くグラスを掲げるも遠慮を示し、グラスを置こうとするが、ジャニカは何も気にすることはないといった様子で飲むことを勧める。
 しかたなく礼節として受け入れ、少量口に含むと瞳がわずかに動いた。


「……これ、葡萄ジュース?」
「葡萄酒のほうがよかったかい?」


 ふるふると首を振る。なるほど、これなら年式は関係ない。


「ホテルは私たちが今日、(なに)で来ているか知っているのさ」


 ヴィータはすぐ後ろに構えているウェイターと目を合わせると、軽く会釈を返された。ホテルそのものが、1人の人間のように連携が取れ、一体となり動いている。
 ロビン曰く、


「集団が大きくなればなるほど、同じ方向を向き、意思疎通をとれていることが要求されるわ。これを勘違いすると、個性を無視したものになりえるけれど」


 というものであった。


「付け加えるなら、私たちに快く楽しんでもらいたいのよ」


 ヴィータに続き、彼女も白葡萄ジュースで喉を潤わせた。






 そこから先は、ドラマで見るような展開が本当に起こり、ヴィータを驚かせるものばかりであった。
 グラスを口に付けるのもそうであるが、料理を口にするにも女性が優先されるレディ・ファースト。聞くところによると、現在は行なわれていないが、女性が席を立ち、座りなおす際には一度男性も立ちあがり、女性が座るまで待つということもかつてあったという。
 緊張の為、最初のうちは味がよくわからなかった料理も、ジャニカからテーブルマナーを教えられつつ、


「あまりマナーに(こだわ)りすぎないこと」


 と助言も受けると、段々と心に余裕が出てきて、どの料理も素晴らしいと感じることができた。
 また、何処で分かったのか、コタロウには片手でも簡単に食べることができるよう、料理が既に分けられて出てきたのにも彼女を驚かせた。


「事前にあたしたちの情報をホテルに話しているんじゃないですよね?」
「そう思うのも仕方がない。だが、グレードの高いホテルは何も、料理が豪華なわけじゃない。優秀な人間が多くいるのさ」
「大切なのは引き抜いたのではなく、育て上げたことよ」


 葡萄ジュースを口にしながら、ジャニカとロビンは互いに睨みあう。
 そして、この夫婦である。交差する言葉は常に皮肉に皮肉を重ね、いがみ合っているようにしか見えないのにも関わらず、彼は一度もレディ・ファーストを破ることはない――まわりは守らない人間が少なくない。


「追加のデザートで、パイを御馳走してやろうか」
「さて、そんな粗末なパイと食べるのは、はたして私なのかしらね?」


 デザートなんだから全員食べればいいんじゃないのか? と不思議に思うヴィータは念話でコタロウに聞くと、実際に食べるわけではありません。と夫婦のやり取りをを見届けながら答える。


[粗末なパイを食べる ( eat(イート)humble(ハンブル)pie(パイ) ) は『平謝りする』という意味ですよ。なので、負けを認めさせてやる。という歓談の合図になるかな]
[それは、喧嘩開戦の合図なんじゃないか?]
[『そう見える時もある』と、ジャンとロビンは言いますね]


 レストランだからか、自分たちのテーブル内にしか聞こえない声で話すも、ヴィータからしてみればやはり喧嘩をしているようにしか見えないやり取りが続いた。


「ジャンの出版した参考書は穴だらけのチーズ以外の何物でもない」


 だとか、


「ロビンの出演した民俗学講義のテレビ視聴率は、かつてない程最低なものだったそうじゃないか」


 といった口論だ。ヴィータの知らない知識が飛び交い、その特殊な言い回しは彼女を感心させる。分からないときはコタロウに聞けば、その慣用句の意味を教えてくれるのだ。この夫婦の言葉の応酬も夫婦なりの愛情表現に見えてくる。
 そして、この遣り取りも緩やかに終着すると、話題は六課の話になり、ヴィータやコタロウが今日までの生活を料理を楽しみながら、談笑を交えた。もちろんコタロウが笑うことはなかったが。
 途中、コタロウが席から離れたとき、ヴィータがうちのシャマルとリインにやけに気にいられていると話すと、


「コタロウ――このような場ではネコとは呼ばない――に女性が、ねぇ」
「それは恋愛対象をしてかしら?」
「いえ、というよりは……」
「兄妹のようなもの?」


 こくりと頷く。2人に懐かれているという表現のほうが似合うかもしれないと彼女は付け加える。体裁はあっても彼女たちは憚らないのだ。


「コタロウにとって良い刺激になるな」
「そうね」


 2人とも満足そうにデザートを口に運んだ。
 この夫妻はコタロウのことになると、手を取り合ったように協調し合うのも不思議なことである。ヴィータはこんなにも優秀な彼らが何故、コタロウとともにいるのかが気になった。
 それにはまず、コタロウについて聞いてみようかと彼女は口を開く。


「コタロウは昔からあんな感じだったんですか?」


 2人の手が止まった。
 しかし、止まったのは一瞬で、ジャニカが食後のコーヒーを要求し、ウェイターを遠ざける。
 空気は重たくはない。ただ、そろそろと足元のつま先から何か冷たいものを感じ始めた。


『あんなものじゃなかった』
「……え?」


 彼らの口調が変わり、講義をする教授のように話しかける。今までと違い、彼女を対等に扱わない話し方だ。


「ヴィータ三等空尉」
「は、はい!」
「時空管理局はとても過ごしやすいと思わないかい?」


 漠然とした問いで、人間によっては肯定も否定もできる。
 今度はロビンが口を開く。


「衣服、制服が支給され――」
「食事は食堂、あるいは自販で買うことができ――」
「住まいも管理局配下の住居、もしくは寮が与えられる」
「そして、他に欲しいものがあれば、ネットワークを使って取り寄せることができる」


 管理局は衣食住が完備され、生活に事欠かないことを告げる。
 改めて考えるとそうだと思う。管理局は所属よっては(つら)く、艱難(かんなん)な部分はあるが、勤務意欲を向上させる福利厚生は割と万全で、(こころざし)とは別として、安定性を求めて入局する人たちもいるくらいである。
 生活面だけを考えれば、かなり恵まれていると思う。


「はい。そういう意味では過ごしやすいと思います」


 ヴィータは最初の質問に頷いた。
 ジャニカとロビンも頷く。


『そう、特に()()()()()()()()()、生活することができる (わね) 』
「……会話を、すること、なく?」


 気付けば足元にあった冷気は膝下まで感じるようになった。これはトラガホルン夫妻が出したものではない。自分の発言が招き寄せたのだ。


『コタロウは俺 (私) たちと会うまで、会話をしたことがない』


 一瞬、彼らの言葉がすんなり耳に入ってこなかった。
 周りの時間は短くとも、彼女自身は多くの時間をかけたような感覚で言葉を理解し、


「……え……いや、う――」
「私たちに話すような話し方は3カ月かかったわ」
「それが身に付いているのに気付くまで、さらに1カ月」


 『うそ』と言おうとするヴィータの言葉を遮り、彼の言葉遣いを習得した期間を話す。ジャニカが自身を『俺』と言ったことに彼女は気付かなかった。
 確かに、言葉遣いというのは会話の中、或いは教えられることによって身に付き、使うことができる。嬰児(みどりご)は、育てる人、大人たちの会話を聞きとることによって言葉を身につけることができるのだ。
 だが、それはおかしい。彼は大人だ。彼らに出会うまでに会話をしていないわけがない。現に普段(かしこ)まってはいるが、会話は成立している。
 ヴィータは思考の為に引いた顎を上げると、


「ヴィータ三等空尉は上官の命令に頷くとき、その遣り取りを『会話』とするかい?」
「或いは、上官に報告するときの遣り取りを『会話』としますか?」
「…………」


 2人に遮られるも、その質問に即座に応えることができなかった。
 命令を受け取る人間は相手が上官である限り、感情なく頷くしかない。そうしなければ、それこそ『言う事を聞かない部下(やつ)は、使えない』というレッテルを貼られかねない。
 報告も同様であり、事実のみを話す場であって、私情を話すものではない。
 命令や報告に私情を挟むものであれば、それが(ほつ)れとなり、冷静を欠いた歪んだ結果を招きかねない。
 命令や報告に感情を挟まないのが、物事を円滑に進める大前提である。
 だが、もし命令や報告に感情が入り、なおかつそれで物事が円滑に進めることができる場合があるとすれば、それは両者間に信用、信頼が成立しているときだ。
 ヴィータは寒気を覚えながら、彼らの言う『会話』というものが自分の感情や思いを乗せたものであることが分かると、嫌な考えが脳裏をよぎる。
 容易に想像できるのだ。あの寝ぼけ眼の男がどこかの管理世界で、命令に反抗することなく頷き作業に取り掛かる姿を、完了後に報告を行ない信頼を築く間もなく次の現場へ出向される姿を、今日までの彼を見て違和感なく想像できる。
 そうすると、意識しないのに思考が彼女の中を占領し始める。


(待て、よ。コタロウの入局はなのはと同じ、9歳の頃……9歳の頃、から、そんな命令に頷き、報告をして、また、次の現場へ行く? いや、あいつがジャニカさんやロビンさんと出会ったのは何時だ? いやいや、何時からあいつはこの人たちと親しくなったんだ? いやいやいや! 何時までコタロウはそんな暮らしをしてたんだ? 入局前は? 待、て……そもそ、も、あいつの家族や他の仲間、友達、は?)


 しかし、隣でイスの引かれる音がしたところで、催眠術が解けたように我に返った。
 驚くようなしぐさでコタロウを見るヴィータが、すこし顔を歪ませていたので不思議に思い、彼は訊ねる。


「ジャン、僕がいない間にどんなことを話したの?」
「ん~、コタロウにとっては何でもない事さ」
「何でもなく……」


 思わず席を立って、声を張り上げそうになるが、言葉も出なければ立ちあがることもできなかった。
 彼女は気付いたのだ。


(……そっか、()()()()()()()()()何でもない、そんなことは当たり前で、普通のことなんだ)


 ヴィータは苦いものが好きではないにもかかわらず、コーヒーの苦さが気にならなかったことに疑問なんて湧くはずもなかった。






△▽△▽△▽△▽△▽






 現在、トラガホルン夫妻に連れられて、星と月が明かりの代表を担う海岸線を歩いている。夫婦とは海を正面に右を、コタロウとヴィータは左をとペアで別れて十数分ほど散歩をするというものだ。
 海岸線といっても砂浜を歩くのではなく、沿岸遊歩道であり、ロビン、ヴィータの足を痛めない程度の道である。
 ヴィータは腕を絡めているコタロウとは視線を合わせず、先ほどの考えを聞いてしまおうかと思う。だが、それは本当にコタロウのことについて深く知りたいのか、ただの興味本位からなのかが分からなくて、下唇を微かに噛む。
 それに、自分については何も話していない。過去に自分が、いや、ヴォルケンリッターである自分たちが起こしたこと、誰と出会い、誰と別れ、誰とともに歩んできたかを彼に話していない。それ以前に、話してよいのかどうかも分からない。
 しかし、彼について知りたいのも事実だ。
 それは彼の未成年時代ではなく、


「コタロウは、さ」
「うん?」
「今日、楽しかったか?」


 今日という日が楽しかったのかが気になった。トラガホルン夫妻はいうまでもなく、自分と居てどうだったか? という意味を含んでいる。


「はい。楽しかったですよ」


 きっと彼にはそんなことは分からないし、今日は彼から誘ってきたのだからつまらないということはないはずであるが、それでもその返答は自分を安心させた。


「昨日はどうだ?」
「昨日は楽しかったです」
「一昨日は?」
「一昨日は楽しかったです」


 そのまま六課に配属されてからは? と聞こうと思うも返答に違和感を覚え、ヴィータはコタロウの顔を下からのぞきこんだ。


「そういうときは、『は』じゃなくて『も』じゃないのか? 『昨日も』『一昨日も』、だろ?」
「いいえ、『昨日は』『一昨日は』であってます」
「……何で」


 時間的に既に折り返さなくてはならず、回れ右をして再び2人は歩き出す。ヴィータは彼から目を離さない。


「一昨日より昨日のほうが楽しかったから。『も』は等しい時に使うものですからね?」
「…………」
「だから、昨日より今日『は』楽しかったし、今日より明日は楽しいと思ってるから」


 寝ぼけ眼をより細める。
 ヴィータは彼について知らないことが多いなか、ジャニカとロビンがレストランを出るときに念話で言ったことが間違いないことであると理解した。


[ネコは自分の考えをちゃんと持ってるし、感情が全くないわけじゃない]
[深層で眠っているに近い状態であると思うの]
[俺たちの命を助けてもらったお礼として――いや、それはおこがましいな。親友としてやりたいだけだ]
[私たちが眠っている彼の感情を呼び起こし、引き摺りだして、表面、表情まで引き上げたいのよ]
[悲しさはネコの父親が教えた。嬉しさ、楽しさはこの俺――]
[この私が見つけたわ]


 よくもぬけぬけと。と、そこからまた口論が始まってしまったが、今、夜道を歩く彼の無表情ながらも纏っている雰囲気は満足感以外の何物でもなかった。
 今度はコタロウのほうからヴィータに話しかける。


「ヴィータは――レディは止めろと車内で訂正させた――今日、楽しかったですか?」


 心配というよりも寧ろ、疑問に近く、コタロウは首を傾げる。
 彼から視線を逸らし正面を向いて考える彼女は、今日は夜からかなり色々なことがあったとひとつひとつ指を折る。
 大変で、訓練以上に疲れたが、不思議とつまらなくはなかった。
 ヴィータは頷き、彼を見上げると、


「それは秘密だ」


 人差し指を口元にあてて、にこりと微笑んだ。
 コタロウは、その仕草がその人自身を神秘的(ミステリアス)にすると夫妻から聞いていたので、


「なるほど」


 と、それ以上は詮索はしなかった。
 2人が正面を向いた先では、ちょうどジャニカとロビンも歩いてくるところであり、その後、彼らは六課まで送り届けてもらった。






 六課の寮の近くまでくると、ロビンから、部屋にあるドレスは貴女のものだから、と断るヴィータに無理やり押し付けた。ここで、


「職権を乱用しようかしら?」


 というのは卑怯だとヴィータは思ったが、結局、押し負けてしまった。
 車を降りたあとは簡素なもので、会釈を()わすと、すぐに彼らは車を走らせた。
 そして、部屋に戻ろうかと振り向くと、何処に隠れていたのか、


「ん、はやて? なのは、フェイトまで」
『お、おかえり』
「ただいま」
「ただいま戻りました」


 はやてたちとスバルたちが見にきていた。
 なのはとフェイトは、シャリオから出かける直後の彼らを映像で見せてもらっていたので、息を止めるほど驚きはしなかったが、それでも実物を見ると目を見張るほど驚きはする。


「スバルたちは寝なくて明日大丈夫か?」
「あ、はい。大丈夫です」


 全員、ヴィータが表情一つ変えることなく、当然のように彼の右腕に自分の腕を絡めているのを見て、彼女からの質問以上に言葉をかけられなかった。はやてたちでさえ、一歩引いて彼らを見ている。


(なるほど、『演じる』ね)


 レストランでは自信がなかった行動も、ここでははっきりと自覚をもって自分が演じているというものを俯瞰(ふかん)で見れた。
 自分たちを思い思いに見るはやてたちを尻目に、ヴィータはコタロウに引かれ悠然と歩く。
 ドアを通ったところで、やっとはやてが口を開いた。


「ヴィータ、コタロウさん、どうやったん? その、食事は」


 コタロウはヴィータが立ち止まるのを見計らって歩みを止め、彼女が自分から離れはやてに振り返るのに合わせて、後ろを向く。ワンテンポ彼女に遅れて動く彼もまた、レディ・ファーストを間違えない。
 自分より身長の低い彼女が、右手人差し指を口元に当てるのを見て、次にどんな言葉が彼女の口から出るのか容易に判断ができた。彼も彼女に合わせ、同じ動作を取る。
 そして、ヴィータの念話で疎通を図り、彼は彼女とほとんど同じタイミングで、こう言った。


『それは秘密です』


 したり顔のヴィータもまた、コタロウがはやてたちに対し、どのような言葉遣いをするのかが分かっていたので、言葉をそろえることは簡単だった。
 彼女はまた、彼らに背中を向けてコタロウの腕に絡み、


「今度はあたしから誘うから、しっかりエスコートしろよ、ネコ?」


 彼は頷く。他にも、


「食べることも趣味にすることができそうだなぁ、それには色々な作法(マナー)を学ばねェと」


 などと、独り言を吐きながら、服装指定なくいける美味しいお店もあるのかなぁ、と思考を巡らせる。
 その背後を見送りながら、はやてはなのはとフェイトに視線を泳がせた。


「なのはちゃん、フェイトちゃん、どないしよう? ヴィータが遠いところに……」
『……う、う~ん』


 2人は乾いた笑いしか返すことができず、彼女たちもまた、トラガホルン夫妻がヴィータに一体何をしたのか想像することはできなかった。





 
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