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魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

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第1章 『ネコの手も』
  第17話 『言えばいいのに』





「ハーイ、いらっしゃいませ。海鳴スパラクーアツーへようこそ!」


 自動ドアが開くと、受付にいる店員がにこりと微笑み、瞬時に団体と判断する。


「……えっと、大人13人と――」
「子ども4人です」


 その答えにスバルとティアナは『あれ?』と疑問に思う。


「エリオとキャロと――」
「私とアルフです」
「うん!」


 ティアナは現在いる総人数は分かっていたため、少年少女を数に入れると、リインとアルフが答え、


「えと、ヴィータ副隊長は……」
「アタシは大人だ」


 顎を引いて見るスバルに下から思い切りヴィータがにらみつけた。


「戻ってからの訓練に影響させても良いんだぞ~」
「あう゛」


 ばつ悪く苦笑うが、店員はそんなことは関係がないように、団体客を奥へ促す。


「じゃあ、お会計先に済ますから、先に行っててな?」
『はーい!』
「あ、そこの方」
「はい」
「傘立てがこちらにございますが」


 団体最後尾をついていく男の腰に差してある傘に気付き、傘立てが脇にあることを教える。
 すると彼は、傘を抜くが、


[コタロウさん、デバイスを離すのはまずいかと……]
[はい。分かりました]


 なのはがこの世界では魔法という概念の理解がされていないことを教えると、彼は頷き、垂直に地面に軽くこつんと石突を叩いた。
 すると、親骨部分が2段に折れ――受け骨も対応して折れる――石突が引っ込む。


『…………』
「珍しい傘ですね~、どこで売ってるんですか?」


 全員が押し黙るが、店員はさほど気にしている様ではなく、小首を傾げる。
 確かに、構造上コンパクトになるだけで、違和感はない。


「こちらは私と友人で作ったものなのです」
「は~」
「大切なものなので、持って入ってもよろしいでしょうか?」
「はい。それでしたら構いません」


 そして、彼は嘘もついていない。
 ぐっとそのまま地面に押し込むと、中棒がかしょんと1段短くなり、何処からどう見ても折り畳み傘にしか見えなくなる。
 コタロウは手首を返すと、その遠心力でバンドが締まり、腰のベルトに下げる。


[べ、便利ですね]
[手動でも自動でも、折りたたみは可能です]


 普段からその形状にしないのかと問おうとしたが、実際いつもの状態のほうが使い勝手が良さそうだと思い、口にはしなかった。
 奥に進み、何回か角を曲がると入り口につき、エリオは看板をみてふぅと息をつく。


「よかった。ちゃんと男女、別だ」
「広いお風呂だって。楽しみだね、エリオくん」
「あ゛、そうだね。スバルさんたちと一緒に楽しんできて、僕はコタロウさんと……」


 ちらりと後ろを見るエリオにキャロは思わず「え?」と声を漏らした。


「エリオ君は?」
「ぼ、僕はほら、い、一応男の子だし」


 確かに少年の言うとおりであるが、少女は看板の近くに書いてある説明書きを指差す。
 
「でもほら、あれ」
「注意書き? えーと、『女湯への男児入浴は11歳以下のお子様のみでお願いします』?」


 ね? とキャロは頷き、


「エリオくん10歳!」
「い、あ」
「うん。せっかくだし、一緒に入ろうよ」


 フェイトも2人の会話に参加するために、しゃがんでエリオを誘う。


「い、いいや! スバルさんとか隊長たちとかアリサさんたちもいますし!」


 最後の防衛線を全員に聞こえるように引いてみたが、


「別に私は構わないけど?」
「ていうか、前から頭洗ってあげようか。とか言ってるじゃない」
「アタシ等もいいわよ。ねぇ、すずか?」
「うん!」
「いいんじゃない? 仲良く入れば」
「そうだよ、エリオと一緒にお風呂入るのは久しぶりだし、入りたいなぁ」


 意外に線は低かった。
 たまらずエリオはコタロウに助けを求め、


「コ、コタロウさん!」


 思わず近くにあるほうの腕、左腕を引っ張った。
 それは動揺のあまり結構な力が入り、ぐぎんと彼の腕から音が鳴る。


『…………』


 アリサやすずかたち――今日コタロウと出会った人たち――は大きく目を見開くなか、エリオは手を持っていたため、ごとりと腕のつけ根が地面につく。


「え、あ、あの」


 通りかかる人間も目を見張るが、コタロウは気にもせず腕を拾うと、するりとエリオの手から抜けた。
 腕を左肩に落ちないようにかけると上目遣いで震える瞳の少年に彼は先程の会話から状況をある程度判断し、こういって男湯の暖簾(のれん)をくぐっていった。


「お好きなほうを選べばよいのでは?」






魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~
第17話 『言えばいいのに』






 エリオは気付けば『女湯』の暖簾をくぐり、現在は腰にタオルを巻いて浴室の扉を開いていた。


「なのはちゃん」
「なに、すずかちゃん?」
「コタロウさんのあれ――」
「なんなのよ」


 すずかの言葉を遮って、アリサが不満をあらわにする。


「えーと……」
「コタロウさんはうちの課に来たときもそうやったよ。2日目に腕がもぎ取れてん」
「うん。その日から日常は片腕なんだ」


 自分たちも腕をなくした理由はよくは知らず、なくしたのは6年前であることを教えると、


「……はぁ」
「今考えると、コタロウさん。今日会ったときから左手1度もつかってなかったよね」
「迷子の子も左手つかんでぶらぶらしてただけだったわね」
「ご飯食べてるときもそうだったなぁ、そういえば」
「自転車止めたときも両手なんて使ってなかった」


 今日はじめて彼を知った人は口々に声を漏らす。
 出会った時の、あるいは出会ったときからの彼の意表さで腕の違和感に気がつかなかったのだ。
 全員人の良さが出てしまったのか、コタロウに近づこうとしてその空気に飲まれてしまったに近い。


「あー、もう、やめやめ! コタロウさんについて考えるのやめるわ。ったく、さっき考えないって決めたばっかりなのに」
「気にしないと決めても、コタロウさんの行動っておかしいから目に付いちゃうんだよね」
「すずかぁ、それじゃあ私たちがヘンにコタロウさんを意識してるみたいじゃない」
「ん~、多分、私のなかじゃ、知り合い以上には意識してると思うけど……もちろん、アリサちゃんも」
「言うわね。まぁ、否定はしないわ」


 アリサはすずかを横目で流した後、足の付け根にきゅっと力を入れて一歩踏み出す。


「ほ~らっ、そんなことより、今は久しぶりに再会したなのはたちとお風呂満喫するわよ?」
「うん!」
「さ、なのは……」


 瞬時に頭を切り替えられるアリサやすずかに感心していたなのはは自分の目とは合わせようとせず、上から下へと目を動かすアリサに首を傾げる。


「な、なに、アリサちゃん?」
「ん~、いや。友人のスタイルのよさに、ちょっとね~」
「え、なに、すずか」
「うん。肌、綺麗だなぁって」
『そ、そうかな』


 見られたり触られたりする中、自分たちは特に気を使っていないとは何故か言えなかった。
 一方エリオはその会話の間に、自分のおかれている状況に気がついた。コタロウの腕をわざとではないものの、引っこ抜いたために放心状態であったのだ。
 はたりと視界に入ってくるの人の中に同姓は自分と同じくらいか、自分より小さい少年しかいなかった。


「あ、エリオ、身体洗ってあげようか」


 すずかの腕から何とか抜け出したフェイトが後ろから両手で肩に触れる。


「い、いえいえいえ! じ、自分でできます!」
「……そう?」


 いくら首を振っても絶対に後ろを向くわけにはいかなかった。
 エリオは右腕と右足を同時に出しながら近くの洗い場に座り、決して周りのものを見ないように身体を洗い始める。その時、ふともやのかかる向こう側、出口とは反対側にある扉に目がいった。


(混浴露天エリア? にごり湯ですが、入る際はお気をつけださい?)


 その間にはやても追いつき、久しぶりの友人たち揃ってのお風呂に瞳をきらりとさせる中、シャンプーだけは、フェイトは頑として譲らず、


「頭は洗ってあげるね?」
「……う、はい」


 断らせない雰囲気を背中にずしりと感じた。




 フェイトに頭を洗ってもらう間は目を瞑ることができたため、どちらかというと落ち着いていられたが、


「じゃあ、一緒に入ろうか?」


 と言われたとき、とっさに念話で壁の向こう側にいる男性に話しかけてしまった。
 フェイトが自分に優しさを持って接していることはわかりすぎるほどわかっていたが、頭の中では六課初出動のとき以上に頭の中で警戒音が鳴り響き、どうにも治まりそうになかったからだ。
 なにせ、自分の背中には自分でない髪の毛とタオル越しでもわかる何かやわらかいものが触れている


[コ、コタロウさん!]
[はい。エリオ(・・・)さんかな?]


 そのため、コタロウの口調には気がつかなかった。


[あ、ああの! そちらの出口とは反対側に露天風呂がありません?]
[ありますね。というより、今、僕はそこにいるよ。外が見えますと書いてあったから]
[今から、そちらにいきます!]
[それはエリオさんの自由だと思うけど?]


 エリオは一方的に念話を切った。


「あ、あの。フェイトさん!」
「なに、エリオ?」
「僕、コタロウさんと一緒に入ります」
「……へ?」


 フェイトの間の抜けた声を聞く間もなく『混浴露天エリア』と書かれているドアを開けて、彼と待ち合わせている――実質既にいる――場所へ、もう少しで走ると言われてしまうかもしれない歩き方で行ってしまった。


「一目散やな~」
「あれ、エリオは? 一緒にお風呂回ろうと思ったのに」
「あ~、混浴露天エリアのほうへ行ったで? なんでも、コタロウさんと入る言うて」
「はぁ……」
「…………」


 はやての視線にあわせてスバルもそちらへ動かすと、


「フェイトさん?」
「あれは子どもの成長を認めきれない親の顔やな」


 フェイトが無言のまま、正面にある扉を見つめていた。





△▽△▽△▽△▽△▽






 エリオはドアを開けた後、女湯を覗かれないように設計されている通路を2回ほど曲がり、湯の温度と空気中の気温の差から発生した湯気の大きさが物語る広い湯船に着いた。
 湯は看板の通り乳白色(にゅうはくしょく)で、女性あるいは男性の身体を映らせないように施してある。
 人数はさほど多くはなく、年齢層は自分の5、6倍はありそうな人たちばかりで、その中に、水蒸気からか、あるいは髪を洗ったのかわからないが、いつもより落ち着いた髪の男性が目に入った。


「コタロウさん」
「……はい」


 コタロウは肩まで――鎖骨が見えるか見えない程度――浸かっており、今は寝ぼけ目以上に目を細くし、近づくエリオから見ても気持ち良さそうに見えていた。
 少年が彼を見下ろせる位置まで近づくと、相手は寝ぼけ目になり、顔を上げ、エリオは一言断ってから彼の右横にとぷんと浸かる。


「た、助かりました」
「うん?」


 大きく湯気ごと肺に空気を入れると入れた以上に息を吐いた。


「あ、いえ、こちらの話です」
「……そう」


 エリオは視線をコタロウからそらし、正面を向くと、それ以上お互い何もしゃべらなかった。


『…………』


 時間にしては2分となかったが、エリオはこちらが何も言わなければ向こうは何も言わないことをここ最近のコタロウをみて把握していた。


『…………』

(どうしよう)


 エリオは六課に配属されてから、これだけお互い近い位置にいるのに無言でいたことが考えても思い当たることがなかった。


(なにか、話題)


 そう考えている間も、隣の男は何もしゃべらず、細い目でいると、


(あ、そういえば)


 少年は先程のコテージでの出来事について、お礼を言うのを忘れていたのを思い出した。
 それに『傘』についても聞きたいことがあると考える。


(お礼を言って、その後、『傘』について話してみよう)


 大体の場合、この様な話題のつなぎを考えるのは大人の役目であったりするが、コタロウの場合はほぼないに等しい。
 エリオは十分話題の流れを頭の中で整理した後、いざ話しかけようとおずおずとコタロウのほうを向くが、


「…………」


 声が出なかった。
 それはただ単に、相手が気持ち良さそうに見えただけではない。
 普段見るコタロウは目深に帽子を被っているためわからなかったが、髪は女性に負けないくらいのつやつやとした濡烏色(ぬれからす)で、毛先はところどころ跳ね上がり、その弧を描いている部分は水分で鈍く光っていた。
 垂れ下がっている髪の隙間から見える(まつげ)の長さは横顔のせいかよく分かり、ぼんやりと細い目の中にある黒い瞳は確認できないくらいずっと遠くを見ているようである。
 そして乳白色の湯とその湯気がコタロウの認識を鈍らせ、そこからゆらりと消えても、疑問に思う人はここにはいないかもしれないと思わずにはいられなかった。
 それくらい今の彼は妖艶に見えるのだ。
 肌はほんのりと上気した桜色(さくらいろ)で、大人であるのにもかかわらず、幼さが若干残り、彼のどちらかといえば男性よりの中性的な顔が尚のことそれを引き立たせていた。


「……ん。なに?」
「え、あ、い、いいいえ! 別に、何も」

 気付けばぴとりと自分の左手を相手の右頬につけていた。
 自分でも何をやっているんだろうと手を引っ込めて、ぶんぶんと(かぶり)を振る。

「す、すいませんでした」
「特にエリオ(・・・)さんは謝られることをしていないと思うけど?」


 コタロウは首を傾げ、頭を下げるエリオは、そこでもうひとつ何かに気付いた。


(……あれ?)


 はたりと顔を上げた先には依然としてコタロウは首を傾げている。


(えと、今……)

「コタロウさん?」
「ん。なんだい、エリオさん?」


 首を戻して反応するコタロウとは逆に、エリオが今度は首をかしげる。
 この数分過ぎにキャロがエリオやコタロウと一緒に入るために駆け込んできた。






△▽△▽△▽△▽△▽






「…………」
「そんな気になるんやったら、行けばええんちゃう?」
「いや、それは……」


 キャロも向こうに行ってしまったことにフェイトはちょっぴり(さみ)しさを覚えていた。彼女ははやてのもっともな答えに、肩以上に湯船に浸かってぷくぷくと音を立てる。


「フェイトちゃんって、かわいたがりだよね~」
「そう、かな」
「自覚がないんじゃ、決定的ね」
「あ、う」


 さらにすずかとアリサに揶揄(からか)われて、言葉を返せない。
 しかし、それはエリオとキャロを保護した本人にとっては当たり前で、一緒にいたいのに離れていく2人の成長にどこかしら否定的であった。もっと甘えてもいいのにとフェイトは思う。


「よし、リイン。次はこっちだ」
「はいです~」


 その最中(さなか)、ヴィータとリインはなるべく多くの風呂に入るということに興じていた。
 ヴィータ本人は入る前は「楽しまない」と隊長陣である風格を出していたが、湯船の温度とは別に、その熱はいくらか下がったようだ。憎めない妹に付き合っている姉というようにも見える。
 彼女の口調はトゲのある厳しいものであり、彼女を良く知らない人たちは話しをかけづらい人物となるが、彼女を良く知っている人たちは、誰かを叱っても決してその人の愚痴を叩かず、自分たちが気付かないところに気付き、感心することが多々あるため、彼女は本音で向き合えるよき友人でよき上司であった。
 その彼女は今、エリオやキャロが消えていったドアを指差している。


「ヴィータ、そっちは混浴だぞ」
「別にタオルしっかり巻いていけば問題ないだろ」


 自分が大人であることも、自分の体格体型も自覚しているため、頑丈に防備しておけば――タオルが肌蹴(はだけ)ない方法を自ら考案している――さほど視線を浴びないだろうと考えていた。


「じゃあ、ついでにエリオとキャロの様子もみてきてくれんか? フェイトちゃん、いろいろと不安なんよ」
「はいです~」
「念話で話してみればいいのに」


 ふと、念話でもある程度状況を知ることを指摘すると、フェイトははたとそれに気付く。


「……そっか」


 彼女は目を閉じてエリオとキャロに話しかける。


[エリオ、キャロ?]
[はい。フェイトさん]
[もしかして、探索機(サーチャー)に反応が?]
[う、ううん。違うの]
[フェイトちゃんがな、寂しいんやて~]
[は、はやて!?]
[さっきのお返しや]
[う゛。あ、あのねそっちは大丈夫、滑って転んだりしてない?]
[はい。大丈夫です]
[気をつけてます]


 はきはきと答える2人にまた寂しさが僅かに増す。
 念話であるため口調はいつもと変わらないが、眉はハの字になっていた。


[何かあったら言ってね]
[……あ]
[……はい]


 『何かあったら』という言葉の返事にエリオとキャロは歯切れ悪くも頷く。


[何かあったの?]
[い、いえ――]
[あるといえば、ありますし……]
[ないといえば、ないです]
[どういうことなの?]
[気になるなぁ]


 そこで念話を隊長陣――ヴォルケンリッター含む――にも広める。


「ん、はやてちゃんどうしたの?」
「なんや、エリオとキャロがコタロウさんとなんかあったみたいやで?」
「コタロウさんが?」
『え゛、コ、コタロウさん混浴にいるんですか?』
「……どうしたんだ、お前等?」
『いえ、なんでも』


 リインとシャマルが偶然にも声が重なり、2人とも敬語なのもヴィータは気になった。


[それで、なにかあったの?]


 フェイトはまた念話を再開する。
 本当になんでもないことですが、また驚いてしまいました。と言葉を繋いだあと、ぽつりと言葉を吐いた。


[コタロウさん、僕たちをファーストネームで呼ぶんです]
[あと、苦笑いくらいの表情も見せてくれます]
『[……へ~]』


 今浸かっている湯加減がちょうどいいのか、なんだそんなことかと軽く流そうとする。
 ファーストネームで呼んだり、苦笑いするくらい普通(・・)の人なら誰でもあると。


『[……何?]』


 だが、ふと考え直してみると、彼が自分たちのことをそんな風に呼んだこともなければ、困った顔以外の笑った顔などみたことがない。
 一瞬、興味本位で行ってみようかと、視線を混浴露天エリアへ通じるドアに向けるが、彼女たちは女性であり、恥ずかしさのほうがそれよりも大きく、


「なんだ、じゃあ見てきてやるよ」


 ほれ、いくぞリイン。と後ろですこし戸惑っている小さな少女の手を引いて、のしのしと混浴露天エリアへ向かっていった。






△▽△▽△▽△▽△▽






「ん~、というより。制服を着ていないとき以外はこのような口調みたい」
「みたい、ですか?」
「はい。ジャンとロビンに言われてからかな。制服時の口調、それ以外のときの口調を録音してみるとその通りだった。今はこの状態のときでも制服時の口調で話すことはできるよ」
「あの、その逆は」
「それは無理」


 そうですか。とエリオとキャロは複雑な顔をして頷く。


[エリオくん。コタロウさんって……]
[うん]
『[すっごい真面目!]』


 コタロウと接する機会があった今日を除く全て、エリオとキャロは制服という媒体のものを通してであった。
 ここへ向かう前、いや、この地球の日本にいたとき自分たちは私服であったが、彼はつなぎを着ていた。つまり、コタロウにとってはつなぎも制服の1つなのだ。
 彼は制服の着る着ない、仕事とそれ以外で見事に口調を切り分けている。
 エリオやキャロをファーストネームで呼んでいるのは自己紹介時にそれでも構わないと断っていたかららしい。


「あの、今日は休暇なのに、どうしてつなぎなんですか?」
「つなぎが一番動きやすいからかな」


 今日は散策も兼ねていたので、動きやすい格好をしていただけという。
 エリオは気付けばキャロについても意識が薄くなり――彼女が入ってきたとき『レディは露出を多くしてはダメ』としっかりコタロウはタオルを巻かせた――一緒に会話をしながらコタロウに接している。
 先程、彼女に瞳を合わされ笑顔で『いつも助けてくれてありがとう』と言われたときにはどきりとしたが、現在は彼女も含めゆったりと時間が流れていた。


「私服は持ってはいるけど、めったに着ることがないため部屋の荷物の中にまだ収納されたままだね」
「……そういえば、私たちも全然着ないね」
「うん」


 確かに訓練ばかりで持ってはいるが着ることは少ない。今日のように私服を着ることは彼の言う通りめったにない。
 エリオが今日喫茶店で話していたことをもう一度聞こうとしたとき、


「お、いたなチビども」
「ヴィータ副隊長と――」
「ど、どうもです~」
「リイン曹長?」


 1人が後ろの1人の手を引いてあらわれた。


「ど、どうしたんですか!?」
「ん~。妹の世話と新人どもの世話」


 エリオは既に寄りかかっているためそれ以上後ろへは下がれないのに、思い切り後ろへ下がろうとする。
 コタロウは彼女たちがあらわれ近づいてきても少年とは違い表情は変わらない。


「んで、コイツが笑うって?」


 ヴィータはコタロウの正面を陣取りざぶんと入り、ジトりと彼を見ても、いつも通りの寝ぼけ目でいた。


「ふ~ん。コイツがねぇ」


 彼女の隣にリインも浸かり、一度瞳だけをきょろきょろ動かした後、


「い、い~お湯ですね~、コタロウさん」
「はい、リインさん」
「……お、お~」


 本当ですぅ。とぱちくりと瞬きをしてまじまじとコタロウを見る。
 そして正面にいながらリインはエリオを同じ感覚に陥り、一度目を擦りもう一度彼を見ると、そこには確かに彼がいた。
 それからヴィータとリインも加わり、今日の彼の動向について問いただすと、2人も彼の口調が服装を着ることによってのみ起こることであると自覚し――ヴィータに対しては階級をつけていたが――始めは違和感に首を傾げたものの、彼の目を細めた表情と、柔和な口調から、とっつきにくさが抜けていった。


「お前、意外に普通だな」
「はぁ」
「どうしていつもその口調じゃないんですか?」


 リインは会話の間何度か同じ質問をし、そのたびに同じ受け答えをする真面目なコタロウをみてキャロはくすりと笑ってしまい、


「コタロウさんって、お兄さんみたい」


 つい、言葉を滑らせてしまった。


「コイツが兄貴ィ?」
「あ、いえ。すみません。というよりリインさんが妹みたいに見えて」


 初出動から帰ってきたときに思ったのはこれだったのだ。あの時の空気に良く似ており、はたから見れば自分のお礼に丁寧に答えただけにしか見えなかったが、自分が自分を俯瞰(ふかん)して見たとき、丁寧な言葉遣いを除けば兄妹(きょうだい)のように見えていた。


「わ、私が妹、ですか?」
「え、あう。すみません」
「それとアタシも若干その目で見たろ」
「……すみません」
「謝んな。認めてるぞ、それ」


 戻ったときの訓練が楽しそうだと不敵に笑うが、コタロウの身長が低いといっても、今周りにいる全員はその彼より低のだ。それを引き立たせているのは間違いない。
 だが、リインはぼそぼそと「ネコさん、お兄さん、ネコ兄さん?」と繰り返しているだけで、否定的な意見は出なかった。


(は~、コイツ、なんだかんだあっても嫌われてなねぇんだな)


 ヴィータはこの捉えようのない彼が案外リインや新人たちに気に入られていることに内心感心していた。


(リインやエリオたちが子どもっていうのもあるが……というより、コタロウと一緒に風呂入るなんて誰がいるんだ?)


 はやてから聞く限り、コタロウは基本メカニックの下につき、ただ命令を聞いていただけで、ここ六課のように――今日の彼は休暇中であるが――彼を自由にさせる場所なんてなかったようである。
 機械士としての彼ではなく、日常の彼を知っている人間がジャニカ、ロビン以外にいるのだろうか? と疑問に思うが、答える人間はこの場にはいない。


(まぁ、アリサさんの言ったとおり、気にしたら負けだな)


 そこで思考を打ち切って、思い切り身体を伸ばした。


「おい、リインそろそろ戻るぞ」
「え~」
「え~じゃねぇ。のぼせるぞ」
「はあい」


 ヴィータに合わせて、しぶしぶ彼女は立ち上がり、


「じゃあ、僕もそろそろでよう」
「……あ、僕も」
「え、エリオくん戻らないの?」
「あ、フェ、フェイトさんには先に出ますって言っておいてくれる?」
「う~ん。うん、わかった」


 やんわりと断ることに成功したエリオは大きく息を吐き、コタロウに合わせて立ち上がろうとしたとき、


『…………』


 ヴィータ、リイン、エリオとキャロはコタロウから目を逸らすことができなかった。
 それは別に彼の腰にしっかりと巻いてあったタオルを注視したわけではなく、彼の左腕とその背中であった。
 4人はいずれも大切な人を護るためならば、何かを()す覚悟はできている。しかし、3人はまだ若く、1人は何度か死線を越えてはきたが現在まで五体満足でおり、そのために自分の何かを失ったことがなかった。
 この目の前いにいる男の左腕がないことは六課配属当初からわかっていたが、それは制服越し、布越しである。
 しかし今はそのようなものはなく、裸である上半身がよく見え、彼の五体満足でない姿がはっきりと確認できた。
 彼の左腕、義手の接合部は日常生活に支障をきたすことなく処置が施されているものの、(おぞ)ましく、骨がある部分は連結箇所なのか黒くくぼみ、異質を放っていた。
 そして、彼の背中、厳密には左肩から平行に右腰骨までには熱された大きな鉄骨で押しつぶされたような跡が残っており、それに沿うようにリベットの跡が背後に残されている。
 彼等はこのようなものを()の当たりにしたことなどなかった。
 いつの間にかヴィータたちよりも前にいる彼は湯気でぼやけているはいるものの、幻想などではなく現実であることは先程エリオが前もって確認していた。
 また一歩彼がドアに向かって進むと、4人は思考が重なり、


『(身体の一部を無くした時以降、普通でいられるのだろうか?)』


 少なくとも彼はそれを体現していることは自明である。
 気付けばコタロウ以外は自分の左腕を握り、


『(……ある)』


 幻想なのではなく現実にあることを確認していた。






△▽△▽△▽△▽△▽






 お風呂から出ると余韻を楽しむ間もなく、探索機からの反応が見られ現場に急行する。
 ティアナはシャマルとリインに視認不可(オプティック・ハイド)をかけ、はやてを除く隊長陣は新人たちのサポートに力を注いでいた。
 当のはやてはというと、


「…………」


 現場より少し離れたところでコタロウのキータッチ(さば)きに目を見開いている。
 以前ゲンヤやなのはに言われたことは間違いなく事実で、彼は片手でありながら今現場に急行している彼等の倍ある画面を見てデータを収集している。
 何故コタロウがいるかというと、彼(いわ)く、「ケーキを貰った時点で休暇目的は全うしました。新人たちのデータを収集いたしましょうか?」というもので、なのはは「そう出来るのであれば、申し訳ないが」と、お願いしたのだ。


「う~ん。聞きしに勝る」


 はやての言葉は断定で、コタロウからは返事は無い。


(これは圧巻やな。機械士(マシナリー)は皆こうなんかなぁ?)


 書類整理が凄いのは知っていたが、この速さと正確をもった人材が他にもいるのかと思い、


「コタロウさん」
「はい。なんでしょうか、八神二等陸佐」

(お風呂のときに念話でもいいから名前呼んでもらえばよかったなぁ)

「他の機械士の皆さんも、コタロウさんほど早いんか?」
「……わかりません。機械士同士は配属してから一緒に仕事をすることがありませんので。もちろん顔は全員知っていますが」
「ん~。ということは、もしかして出向がほとんど?」
「課に残ったり、出向に行ったりと色々ですね。私の場合は、2割は残り、8割は出向です」


 その間もコタロウは表情は変わらず、キータッチの早さも変わらない。


(コタロウさんほど早くは無くとも、処理速度は異常の域なんやろなぁ)


 しかし、機械士を見出した人間――出向先の上官――は危険も同時に考えなければならないことにはやては気付く。


(現場の領分を越えて仕事をこなしてしまえば、成長する人間がいなくなってまう)


 彼女の思うことはもっともで、新人が覚えて成長する過程を全てこなしてしまうのであれば、彼等は成長できなくなってしまう。
 現在六課の新人はフォワード陣しかおらず戦いに関しては問題ないが、シャリオやアルトたちはまだ優秀であっても成長途中だ。彼女たちにとって成長の起爆剤であるわからないものに対しての原因究明が出現することなく、解消してしまうのは彼女たちの成長を止めてしまうことになる。
 はやては機械士の取り扱いを1つの課題として、ある程度の規制をかけることを念頭に置くことにした。まず、帰ってから彼の修理箇所に目を通さなくてはと思い、顎に手を当てて空を見上げると、


「……ん?」


 先程まで綺麗な星空であったのに、気付けば暗雲が垂れ込んでいた。


(雷も鳴らんかったんで、気ぃつかへんかったわ)

[はやてちゃん、一雨きそう]
[せやなぁ]
[(あるじ)、ここは私たちが見てますので]
[はやては降られないところに]
[私たちはバリアジャケットなので濡れにくいですが、はやてちゃんは――]


 なら、私もセットアップするだけや。雨一つくらいで部隊長が避難するわけにはいかんよ。と返した矢先に、


[――はぅっ!]
[リイン、戻ってきてもええで?]
[だ、大丈夫です!]


 雷1つ、


[……あ]
[降ってきたな]


 ぽつりと雫1つ頬に当たる。


「コタロウさん」
「なんでしょうか、八神二等陸佐?」
「……一言いってくれるとありがたいなぁ」
「申し訳ありません」


 彼ははやての左隣について、驟雨(しゅうう)にぱさりと傘を開いていた。


「持ちましょうか? 画面操作ありますやろ?」
「いえ、構いません。後で編集すればよいことですから、手間は変わりません」


 そうか。と無理に代わることはしなかった。傘といってもデバイスであり、情報収集端末でもある。自分のものでないデバイスに簡単に触れても良いものかと思いとどまったのだ。


『…………』

(どないしよ)


 だがコタロウとは違い、画面を見ていても、はやては無言の空間に堪えられない。
 ふと彼を見てしまう。
 彼は画面から視線を動かさなかったので、横顔がよく見えた。


(睫長いなぁ、肌も綺麗や)


 ぷにりと彼の右頬を人差し指で押してみる。


「なんでしょうか、八神二等陸佐?」
「い、いや、なんでも」
「……そうですか」


 視線も彼女に向けなければ、特に振り払うということも彼はせず、画面から目を離さないでおり、はやても見習って視線を画面に戻した。
 画面の向こう側では始めは手探りなところがあったものの、徐々に弱点を見出し、封印対象を発見する。
 今日ここへきた派遣任務とはロストロギアの封印と回収。後報で明らかになったことだがレリックでもなければ危険性もなく、視認してみるとゼリー状のぽよぽよ跳ねるものであった。それは無数確認されたため本体を見つけていたのだ。


「うん。ええよ。何事も経験や」


 コタロウにも聞こえていた念話の内容だと、キャロが封印をやらせてくださいとリインに申し出たらしく、それを了承していた。


「ちょうど良く、雨もあがるみたいやね」


 程なくして雨は上がり、事態も収拾する。
 そして、全員でコテージに戻る最中に、ヴィータが隣にいるコタロウに向かって口を開く。


「お前、何で左袖(ひだりそで)だけ濡れてんだ?」
「濡れないように努めたのですが、濡れてしまったようですね」
「……なに言ってんだ?」


 ヘンなヤツ。とそれ以上は気にせず、前にいる新人たち、隊長陣たちに追いついていった。


「……言えばええのに」


 彼の言葉は聞こえていたのに、前歩く何処も濡れていない彼女の言葉は誰にも聞こえなかった。






△▽△▽△▽△▽△▽






「もう、帰っちゃうんだね」
「一晩くらい泊まっていけばいいのに……ってわけにもいかないのか」


 すずかとアリサは1人を除いて遊びで来たわけではないとわかると、迷惑をかけるわけにもいかないとすごすごと引き下がった。
 他の近親者たちもまた会いにいらっしゃいと次の再開を約束を取り付けると笑顔で見送る。


『今度はちゃんとお休みの時に来るから』
『また絶対遊びに来ます』


 1人を除く六課の人間もまた会いに行きますと宣言して、次回を楽しみにする。


「あ~、コタロウさん」
「アンタは連絡することを忘れないように」
「時々、コタロウさんが何していらっしゃるのか、そちらは何をしていますか? みたいな感じで構いませんので」
「わかりました」
「しなかったら、フェイトに頼んで雷落としてもらうから」
「雷、ですか?」
「コ、コタロウさん、そこで私を見なくても落としませんから大丈夫です」


 六課の人間とも地球の人たちとのやり取りを笑顔でみるエリオとキャロであったが、スバルは自分の親友が何か浮かない顔をしていることに首を傾げる。


「ティア、せっかく任務完了なのに、何でご機嫌ななめなの?」
「いや、今回の私、どうもイマイチね」
「そんなことないと思うけど……」


 彼女が言うには隊長たちならもっと効率よく事態を収拾させることができ、短時間で終わらせることができたということだ。
 それは当然といえば当然であるとスバルは同意するが、自分たちもよくできてたと褒めるが、親友はどこか納得していないようであった。
 はやてとシグナムがこの任務の依頼者に連絡を取る間、フェイトとリインに新規でメールが届いて内容を確認する間、なのはとヴィータがきちんと後片付けができているのを見てまわる間、ティアナはきゅっと口を結んで、明日の訓練で課題を自分でも見つけようと自分に対する疑念を打ち消した。


「それじゃあ、戻ろうか」
『はい!』


 そうして、友達、家族に見送られながら六課全員はミッドチルダへ戻っていった。





 
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