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アマガミという現実を楽しもう!

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第14話:ラブリー強襲




「森島はるかは美少女である」





 彼女を見たら、9割以上の同世代の人間がこのような評価を出すだろう。
そして、彼女の内面の美しさ・無邪気さに接したならば、「森島はるかは心も身体も美しい少女である」と神格化された評価にグレードアップされることも想像に難くない。
 思春期を迎えた中学生とは、自分に足りない何かを持つ異性に対して憧れや恋心を自覚できないうちに抱えてしまうお年頃なのである。この理論を思春期を迎えた男子に当てはめると、顔も身体付きも性格も絶世の美少女転校生を前にしたら、誰でも彼女とお知り合いになりたい、あわよくば好きになってもらいたい、という願望を多かれ少なかれ持つだろう。
 しかし、この美少女が、既に自分以外の男と仲良くなっていているのを目の前で見たらどうだろうか。少なくとも、「あの子達は仲睦まじいな」という大人の昔を懐かしむような感情は湧き上がってこないだろう。相手の女の子の気持ちが自分と同じにならず、苦しんだ挙句、嫉妬や羨望と言う黒い感情が浮かび上がってくる自分に嫌悪する。それが「失恋」という若い頃の勲章の味、そして成長の種なのである。
 そして、「失恋」を経験した者達の黒い感情を凝縮した視線に晒される、仲睦まじくしている(と判断される)男はどうなるのであろうか。恐らく、動物としての本能が「こいつらに近づくと命を取られる」という直感がアラームとなって警戒するようになるのではないか。
 少なくとも俺、遠野拓は森島はるかファンクラブと化した我がクラスの男子から、アラート警報を常に実感していたことをここで報告する。












「遠野、森島さんに校内を案内してあげろ」
「え?」

 帰りのホームルームで担任に下された俺への突然の指令。周囲を見渡し、クラスの男子の無表情と空気を察知し、悪寒とアラート警報が身体の中に走る。「また遠野か…」「あの野郎…俺達の憧れも全て持っていきやがる…」「粛清してやる…」と俺からすれば身の毛もよだつ話をヒソヒソ聞こえる。それに、この教室内の空気の冷たさ!まるで、教室の中の空気が冷気を帯びて固まったみたいで息苦しさとお腹の芯から冷えてくるみたいだ。身の安全を守るべく、俺は椅子から腰を上げて猛然と(というより、きっと必死の形相だったのであろう)担任に対して抗議を始めた。


「ちょっと待ってください!なんで私なんですか!?」
「お前と森島さんが仲良さそうだと思ったからだ、以上」
「委員長の井上さんもいるでしょう!?同じ女子で話も弾みますよ!」
「井上(学級委員の名前)は今日は文化祭の会議に参加しなければいかん。頼める相手としてお前が適任だ、以上」
「私だって新人戦のレース調整が…」
「県大会決勝のエースとはいえ、そんな理由で贔屓もできん。諦めて案内しろ、以上」
「私以外にも適任者が…」
「お前は、授業の出席率も態度も悪い。定期テストでトップクラスの実力だから相殺されているが、ここで内心稼いでおかないと俺は構わないが他の先生から睨まれる事になるぞ」


 それを言われると、ぐうの音もでない。授業も「最低限の出席率で図書館で勉強すりゃあいいや」、と言ってサボりまくっており、年齢が似たクラスの連中とかとは表面上うまくやれるようにはなった。しかし、素行の悪さで先生方から睨まれるのは小学校の頃から変わらず、中学でも多くの先生から優秀だが素行に問題のある生徒としてマークされている。
 一度、授業中に大恥を掻かせた数学教諭は俺の家に対して電話を掛けてきやがった。父さんによると、「お宅の息子さんが授業に出ないんで困っているんですよ、どのように育てたのですか!」と電話越しで怒鳴られたそうだ。あのハゲ頭を殴り飛ばしたくなったが、両親は暴力は駄目だと強く諭し「自分で責任を持って中学生活を楽しんでくれ」とだけ言ってくれた。良い両親であった、精神的には息子ではないことが俺に対して自責の念を生ませる。


「じゃあ、遠野に森島さんの案内をしてもらうことでけt」
「いや、納得できない!」


 正直ロジックもクソも無かったが口だけ出してみた。「ここで折れたら俺の命が終わるかも知れない」と俺の本能が騒いでいて無意識に出た言葉だった。周囲には俺に対する好奇,嫉妬,羨望など色々混じった黒い視線が俺の身体に密に差し込まれる。恐らく,視線で人を殺すことは物理的に無理だが、この事態の悪化が俺を殺す方面に状況が転ぶことは考えられない話ではない。駄目だ、無意識のうちに言ってしまったから何も浮かんでこない。何か起死回生の言葉は無いのか!?…


クイクイッ…クイクイッ…
(…?何だ?)


 ふと考え込んでいた時に右腕に微小な揺れを感じて考えを中断する。揺れを感じる点に視点を移すと、小さな可愛らしい手が自分の制服の右袖を引っ張っていることに気が付く。その可愛らしい手を辿り視線を手から腕へ、腕から肩と移していくと一つ前の席の女の子の顔が見えた。ウルウルした瞳で俺を見て、しょんぼりする子犬のような森島の顔が。


「遠野君、私の案内…嫌なの?それとも私が嫌いなの」
「うっ…」


 私を嫌いにならないで、と訴えるような顔と声で言われて、俺は担任に対する反論を挙げられなくなってしまった。この表情から放たれる森島のカマッテ光線は、直接攻撃を受けたもののみ分かる、男の心の障壁をたやすくマインドクラッシュできるほどの超弩級の破壊力を持つことが。


(案内が嫌でも無いし、お前が嫌いでもない。むしろお前となら友達になりたいくらいだ。そんな子犬が泣きそうな目で俺を見ないでくれ)


 森島の目から放たれる「捨てないで」光線に耐え切れず、俺は目線を逸らす。教室を見渡すことにするが、周囲を見て俺は愕然とする。男子生徒から「憧れの美少女を奪った全男子の敵を嫉妬の炎で焼き尽くしてやる」「あまつさえ森島さんの校内案内だと…許せん!」という俺を視線で呪い殺そうとする気迫がビンビン感じられるのだ。それに加えて「森島さんを泣かせたら…後は分かっているだろうな」という脅迫めいた意思も伝わってくる。
 女子生徒達も俺に対する同情やら軽蔑、森島に対する羨望や嫉妬の念は無く、俺と森島の間の関係を推測する話をしているらしい。漏れ聞こえる言葉では、何やら少女マンガのような展開が繰り広げられているようだが、そんなことは勿論ない。幼いことの約束を果たすために転校したなんて設定はない。
俺の隣の夕月は「面白そうな事見つけた」というニヤケ顔を隠さずに俺のこの状況を楽しんでいるようだ。
 飛羽の方も俺に対して手を合わせて「ご愁傷様」と一言小さく呟く。何か変な呪いが掛けられていないかと心配になる。


「わ…分かりました。案内の任、拝命します」
「よし、今日案内してやれ。顧問には俺から言っておく」


 俺は観念とばかりに先生に承諾の意思を伝える。俺みたいな女性に弱いタイプがハニ―トラップなどに引っ掛かるタイプなのであろう。担任は俺の承諾に満足したのか二言だけ俺に言うと、「じゃあ今日はこれにて解散」と扉を開けて教室からさっさと出て行く。俺の頭では、扉の閉まる音が闇のゲーム開始のゴングに感じられた。


ガラ…

担任教師が教室から身体を出し、扉を閉め始める。まずい…

ガラガラ……

等加速で閉まっていく扉…

ガララ……トン!


(カーン!)という音が頭の中に鳴り響いた。一斉にクラスの男子達はバ○オハザードのゾンビみたく、奇声・罵声で叫びながら俺を襲い掛かってきた。


(俺が何をした!確かに女の子の知り合いは人並みにいるけど、腐れ縁だったりして女の子と言うよりも親友や悪友って感じだぞ!そんなん何処にでも一人はいるだろ!)


 筆者を含めて「そんな羨ましいシチュエーションねえよ」という叫びが聞こえた気がするが、この状況から逃げ出す事が先決なので無視することにする。この理性のかけらも無くなったコイツ達の動きを予め読んでいた。直線的に俺に対して襲い掛かる魔の手が届く前に、俺は森島の手を掴んで教室からの脱出に成功した。


「え、え、なに?どうしたの?」
「いいから逃げるぞ、案内も兼ねてな」


 何がなんだか分からない様子の森島を引き連れ、俺は校舎内であいつらを撒くべく全速力でその場を離れた。途中別学年を受け持つ知らない先生に「廊下は走らない!」と注意されたが、規則より生命の方が大事だと思って無視した。


「全男子の敵め、許さん!」
「隣のクラスの川田さんに塚原さんだけに飽き足らず…!!」
「血祭りじゃ!血祭りに挙げろ!」
「汚い!さすが遠野汚い!」


という声が廊下中で響き渡る。おそらく他のクラスでは何事だと困惑した事態になっているであろう。鬼ごっことかくれんぼを平行しつつ、校内案内を行うというミッションが開始された。
















………

 放課後の学校。グラウンドからは部活動に力を注ぐ学生達の声。校舎からは吹奏楽部の奏でるたどたどしいハーモニーや演劇部の発声練習が聞こえてくる。
 そして俺の前にある剣道場からは竹刀が防具に当たる音に部員の気合の声が聞こえてくる。俺は剣道場の入り口前の柱にもたれて、全速力で走ったために乱れた呼吸を整えようとしていた。目の前には、全力疾走で俺の息が上がる原因を作り上げた美少女が、満面の笑顔で空に向かって「ん~っ♪」と言いながら背中を伸ばしていた。


「鬼ごっこみたいで面白かった!」


 森島は先ほどの騒動をクラスの遊戯だと思っていたのだろうか。面白さにたいへん満足しました、との意思を俺に表情と言葉で伝えた。俺は疲れきっていて、「そ、それは良かったな」と息も絶え絶えに回答することしかできなかった。


「ねえねえ。ところで、みんなどうして走り出してきたのかな?」


 森島が自分の顎に人差し指を当てて考え始める。俺はそんな森島の考えている様子を見て、あんたの俺に対する言動が原因だよ!、という回答が頭に浮かんだが、絶え絶えの息を整えるのに精いっぱいでそれどころではない。


 森島は考えるのに飽きたのか、「ま、いっか!」と軽い調子で言って、剣道場付近の花壇の観察に乗り出したようだ。視線はパンジー、コスモス、薮蘭、…と移って「このお花、とっても可愛い!あ、これも!」と瞳をキラキラさせている。俺は、そんな様子の森島を見て、前世のある作品のキャラクターが浮かび、一つの懸念が生じた。


(花壇の花を、丸ごとお持ち帰りするようなことはしないだろうな…?)


 そして一通り花を見渡して、それも飽きたのか、花壇から少し離れたコンクリート製の平坦な床に移動する。そこで右足のつま先を立て、「かいて~ん!」と言いながらその場で回り始める。スカートも遠心力で浮かび太股が更に露になっていくのを見て、俺はビックリして余計に呼吸が乱れる。俺のあわてる気持ちを知らない森島は二回・三回くるくる回って、両手をビシッと体操選手のようなポーズを決める。すごいだろ!、という気持ちが伝わってきそうなドヤ顔をしながら俺を見る。感想でも求めているんだろうか。
 そのままの状態で少々時間が経過した。俺は、そんなドヤ顔で俺を見ている森島を見続けているうちに思わず笑いがこらえず、吹いてしまった。森島は、「え、なになに?」と言いながら周りをキョロキョロ見渡す。自分の行動のおかしさに気がついていない様子であり、自分のそばに何か面白いものがあってそれを探しているみたいだった。俺は、その仕草が余計におかしく感じられて、笑いが止まらなくなってしまった。笑いと呼吸の乱れで、口から咳と笑いが入り混じって苦しかった。


(本当にコイツは無邪気なんだな。この無邪気さが、周りの人から好感を持たれて集まってくるんだろうな)
「むむむ、何よ~」


 森島は、俺が笑っている原因が分からない様子で、腰に手を当てて不満そうに言った。頬が膨らんで眉が少しだけしかめている。
(ちょっと笑いすぎたか。怒らせたかな?)
と思った俺は、笑いを抑えようと咳払いをして、平然とした表情を作ろうとした。


「いや、何でもない。」


と平然とした声と表情を作って手を合わせて森島に謝った。ただツボに入ってしまったのか、顔が笑ったままだったので、地面を向いたままであった。


「若さっていいな、って思ってさ」
「も~、自分だって若いじゃない!」


 外見の年齢は同じでも、俺は一度社会に出た身で、森島みたいなあんな無邪気な仕草は出来ない。大人に近づいて、社会や世界の汚いものをダイレクトに見続けていたら、無邪気さは残らず枯れて無くなってしまう。森島の明るさや無垢さ、というのは大人の俺からすれば、目も眩むような若々しく美しい宝石みたいなものだ。これから先も、無くしてもらってほしくない。スキBADのような無垢さや明るさを捨ててしまった、あの「森島はるか」にどうかならないでほしい。


「それで遠野君。次はどこに連れて行ってくれるのかな?」
(やべ、逃げるのに精一杯で全然考えてなかった)


 俺は、今まで回った(退避した)場所を思い返す。図書室は行った、…森島が動物図鑑を見て和んでいた時を襲われたから良く覚えている。茶道室…、夕月と飛羽が裏切りやがって嵌められそうになった。音楽室…、吹奏楽の演奏を廊下で聞いていたら両側から挟み込まれそうになった。今まで回った部屋を追いかけっこの苦労とともにげんなりとしながら思い出し、おそらく屋内の全ての部屋を制覇できたのではないのだろうか?残るは屋外と言うことで、


「じゃあ、剣道場で剣道部の練習でも見学するか?」
「わお!剣道、武士、サムライね!なんだか面白そう!楽しみだな~!」
「そこまで期待されても困るんだがな」


 許可を貰ってくるからちょっと待ってろ、と一言。森島は「待ってるよ~」と言って手を振る。まだまだ、案内は半分が過ぎたばかりである。









(次回へ続く)
 
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