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魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

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第1章 『ネコの手も』
  第5話 『それを押すだけ』





 コタロウ・カギネの左腕が義手であることを知ることができるのは、初対面ではまずありえないことであり、それはもちろん、(はた)から見て彼が片腕無しということは認識することはできるが、これは当てはめない。
 知ることができるのは決まって2日目以降だ。


 「あの、ロビン? 大丈夫だから。義手をはずすことをすっかり忘れていた僕が悪いんだよ。それより、車を見に行こう?」


 ロビン・ロマノワはジャニカ・トラガホルンに言われたとおりに後悔の念に駆られ、人目をはばからず両膝を床について謝ろうとしていたが、コタロウはそれをなんとか止めることに成功した。
 彼はロビンの背中を押して、駐車場へ連れて行き、現在ジャニカの近くにいるのは八神はやてとヴォルケンリッター、そして、ヴァイス、なのは、新人達である。他は軽く彼に挨拶をして、持ち場で戻っていった。


「別に、見送りはしなくてもかまわないのだが? こんな大人数で」
「いえいえ、送らせていただきます」


 それ以上、はやてたちは何もしゃべらなかった。
 隊舎を出るまで無言は続き、ジャニカが口を開いたのは外へでて左右をみて、まだ車がこないのを見てからである。


「ネコの左腕を奪ったのは俺だ」


 そのまま訓練場へ向かおうとしていたなのは、新人たちの足が止まる。


「6年と少し前、そうだな、はやて二佐と同じ19歳の頃だ」


 ジャニカはふっと笑って、


「あのときロビンは人目をはばからず――ネコの前だと既に(はばか)っていないが――大号泣。俺は大激怒。当のネコは、自分が大出血してるつうのに……」


 思い切り後ろに足を上げて(かかと)をたたきつけた。
 そして、大きく深呼吸した後、


「左腕がないことであいつは大抵出向先で爪弾(つまはじ)きになることが多いんだが、どうやら大丈夫そうだな」
「もしかして、その為にご挨拶に?」


 四課へは今日のためですやろか? と、はやてはふふと笑う。


「あいつはそれが当然のように毎回話すが、俺とロビンはあんたの2つ名の、烈火のように怒るのが大抵だ、シグナム」


 シグナムは何も言わなかった。


「まぁ、愚痴(ぐち)るのは好きじゃねぇから、これ以上はやめておこう」


 向こうから、護送車が走ってくるのが見えた。


「あいつについてはこれからもいくつか驚くことがあるかもしれないが、よろしく頼むわ、はやて二佐」


 それはもちろん。とはやてが応え、周りに目配せしてみると、さも当然というように大きくうなずいている人や、目だけを少しだけ伏せて返事をするものもいた。


(若いながらの隊は、偏見が少ないな)


「ところでジャニカ二佐?」
「ん?」
「何で、コタロウさんをネコと言うてるんですか?」


 はやてが最後の質問とばかりに小首を傾げながらたずねると、あー。とジャニカは声を漏らす。


「それはな」
「それは?」


 彼はニッカリ笑った後、


「……秘密だ」
「なんだよそれ」


 ヴィータが今までの空気を吹き飛ばす力の抜けた溜息を吐く。


「まぁ、ある時ふっとわかるようになるさ。ネコっぽいだろ? あいつ」


 確かにそう捉えられなくもないが、含みのある言い方をする。


「それじゃあ、マシナリーキャットというのは何です? キャットというのはわかるのですが……」


 今度はリインフォースが首を傾げる。
 護送車はジャニカの前にとまり、運転席からロビンが、助手席からはコタロウが降車する。


「あー。こいつの資格の数、みたか?」
 こくりと頷く。


「下手すりゃ、ここにいるやつらの――ヴォルケンリッターを除く――年齢の総和の2倍近くあるからな」
『え?』


[はやてちゃん、そうなの?]
[あれは驚くで?]


 ここにいるメンバーは軽く驚く。


「3年前で」


 さらにジャニカは付け加える。それは、今はどれくらいあるかわからないということを言っていた。


「課には大抵、メカニックがいるだろう?」
 これは言わずもがなである。
「メカニックと聞くと『それ専門の』が頭についたりするイメージがあるからな。だが、ネコの所属する電磁算気器子部工機課には、そういった(くく)りがない。あらゆる機械という機械をすべてそつなく修理する。だからその工機課の人間たちを――」
機械士(マシナリー)と呼ぶ」


 ロビンはすっかり気を取り直していて、平常心を取り戻していた。


「人の会話にずかずか入ってくるなよ。まぁ、そういうことだ。ネコに仕事をお願いするときは、俺らはそう呼んでる。な、ネコ?」
「その機械ネコ(マシナリーキャット)の普及活動まだしてるの?」


 すごい恥ずかしいんだけど。と眉根を寄せてジャニカをみる。


「この通り、当の本人は嫌がっているがね」
「これだけは私もジャンに同意するしかありません」


 ジャニカとロビンが視線をとめた先には、1人ため息を漏らしているコタロウがいた。
 その後、トラガホルン夫妻はここにいる全員にもう一度、敬礼と言葉を述べ、お互いに皮肉を言い合いながら車へ乗りこみ、彼ら唯一無二の親友にこう言い残して車を走らせていった。


『じゃあな(それでは)、ネコ。何かあったときには頼むぞ(お願いします)、“困ったときの機械ネコ(マシナリーキャット)”』






魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~
第5話 『それを押すだけ』






 昨日の彼はロビーにいて隊長陣の挨拶を聞き、ヘリに乗ってはやて、フェイト、ヴァイスに簡単な自己紹介、その後は待機を命じられていた。
 本日の彼は新人たちの早朝練習を見学して、上司であるシャリオから自分の役割を伝えられ、朝食の後からが本格的に働くことになる。
 つまるところ、コタロウの機動六課出向後初の実質的な仕事振りを見るのは、なのはと新人たちである。


「じゃあ、午前の訓練を始めようか」
『はい!』


 なのはは次に今日の午前の訓練内容を説明する。


「それでは、コタロウさ――」
『…………』


 なのはは訓練場の設営を依頼しようとして振り向くと、既にコタロウは端末を開いてキーをタッチしており、彼女は言葉をとめていた。
 新人たちも彼女に合わせて視線を彼に向けるが、なのはと同じように言葉を無くしている。
 彼がキータッチ操作を片手でしなければならないことは、今日の朝食後すぐに知ることができたが、彼が訓練場を設営した時間と昨日今日みたシャリオが両手(・・)で操作して出現させたそれとがほぼ同じくらいであること、つまり、彼のキータッチの速さは当然ながら知るすべがなく驚いた。


「す、すごい」
「文章打つのが苦手な私が見ると、一入(ひとしお)だよ」


 完全に訓練場が具現化した後に、ティアナとスバルが言葉を漏らす。


「高町一等空尉、設営完了しました」
「あ、ありがとうございます」


 それじゃあ、行こうか。となのはは新人たちを促した。


「コタロウさん、キータッチ早いですねぇ」


 移動中にスバルが素直に感想を述べ、ティアナは顔に手を当ててため息を吐く。


[スバル、あんたねぇ]
[ん? いや、わかってるんだけどさ。気にしなくていいって、ジャニカ二佐が言ってたから]


 彼女はにっこり笑う相手のその真っ直ぐなところに素直に感心することがある。


「そうですか? ありがとうございます」
「やっぱり、その、練習したんですか?」


 しかし、そのスバルでも『片腕がなくなってから』というキーはたたけなかった。


「はい。練習はしましたが、それは皆さんも同じではないのでしょうか?」
「……へ?」


 コタロウは質問を投げ返すが、その質問に首を傾げる。


「初めて操作するときは、練習はすると思うのですが」
「え、あの、はい。それはそうですけど」


 そうではなくて。と彼女は言いよどみ、今度はコタロウも首を傾げ、


「あ。『片腕がなくなってから』ですか?」


 気づいたように質問の内容を確認すると、スバルはこくりと頷いた。


「していませんよ?」


 キー操作について片腕がないことをリスクに感じないかのように応えた。


「私はもともとキーは片手で行っていますから」


 工機課は片手操作が普通なのです。と傾げた首を元に戻す。


「な、何でですか?」
「覚えたての頃は両手で操作していましたが、いざ作業をこなすとなると、両手でキータッチをするわけにはいかないんですよ。同時に作業をこなさなければなりませんからね。なので、そういう時は片腕であることで効率が落ちてしまいますが、その時はキータッチの速さをあげればいいだけなので、別段困ってはいません」
「は~。そうなんですか。あの、すいません、てっきり――」
「『片腕がなくなってから』練習をしたと?」
「う、はい」


 片腕がないことを気にしなくてもよいとばかりに質問をしてみたスバルだが、コタロウはそもそも片腕があるない以前に操作については気にしていなかったようで、問題ありませんと付け加える。


「ということは、まだ速くすることができるのですか?」


 なのは、他の新人たちも一緒にいるので会話に参加していることになり、エリオが頭ひとつ前に出してコタロウの方を向く。


「そう、ですね。先程は設定の確認をしながらなのでゆっくり打ちました。次からはもう少し速くなりますので、練習の時間を無駄にしないように努めます」


 コタロウは少しでも新人たちの訓練に支障をきたすまいと思っていたが、新人たちの考えとは違っていた。


「あれで、ゆっくり……」


 クゥ~。とキャロの肩に乗っている白い竜も彼女の肩の上下に合わせて鳴く。


「ル・ルシエ三等陸士。そちらの肩に乗っているのは、竜の子供ですか?」
「え、あ。紹介おくれてしまいました。この子は私の使役竜のフリードリヒです。愛称はフリードで、皆さんもそう呼んでいます。フリード、ご挨拶を」
「キュクルー」
「よろしくおねがいします、ドラゴン・フリードリヒ」


 帽子をとり、丁寧にお辞儀する。


「ク、ゥ~」


 フリードリヒはどうやらこのように挨拶されたことがないのか、素直に返事が出来ないでいた。
 その感想は新人たちも同様で、フリードリヒ――小さく幼い動物(?)――をそのように丁寧に扱う人間に会ったことがない。もちろん、動物を扱うドクターは別である。


『…………』


 コタロウは真っすぐ向かう先である訓練場をぼんやり寝ぼけ眼で見ていたが、ほかのみんなは一度視線を彼に向けてから前を向いた。


『(コタロウさんって、ヘンな人!)』






△▽△▽△▽△▽△▽






 それから数日間は何事もなく通り過ぎて行き、コタロウは少しずつ馴染んでいった。
 そのなかで彼についていくつかわかったことがある。
 その一つは、誰に対しても丁寧な口調であることだ。それは階級、年齢、勤続年数のどれにも当てはまらず一定であり、まだ彼の年齢を知らない人間からしてみれば本人の階級から、自分よりも若いという錯覚に陥れていた。
 何故、トラガホルン夫妻には敬語を使わずに会話していたのかと問うと、


「しばらくあの夫婦と一緒に3人で暮らしていたからだと思います」


 と彼ら3人がなのは、フェイト、はやてと同じような友好関係を築いているということくらいしかわからなかった。
 その次は、彼は自分から話題を振ることはない、物静かな人であることだ。
 食事の時も、ヴァイスが誘わない、あるいはいないときは1人で食事をとることが多く――もっとも、ヴァイスが誘わないということはなかったが、自分から誰かと一緒にご飯を食べることはなかった。
 そして今は夕飯(どき)でコタロウは食堂にはおらず、いるのははやて、なのは、フェイトとヴォルケンリッターである。


「新人たちはどうやの、なのはちゃん?」
「伸びしろはあるからねぇ、ここ数日でどんどん伸びてるよ」
「ごめんね、なのは。手伝えなくて」
「ううん。忙しいんでしょ? 全然大丈夫だよ」


 フェイトが申し分けなさそうであるが、なのははそんなことは気にも留めなかった。


「それに、レイジング・ハートやコタロウさんが手伝ってくれてるし」


 ね、レイジング・ハート? と胸元に話しかけている。


「……コタロウさんって、どんな人? 私も話してはみたんだけど、こう、なんていうか……」


 あの、そのぅ。と言いよどむと、


「ヘンな人、かなぁ」


 なのはは正直に応える。フェイトもゴミ箱に頭を突っ込んだコタロウをみているため、同じ意見である。


「やっぱり、なのはちゃんでもそう思うんか?」


 はやての言葉にこくりと彼女は頷く。


「悩むときは眉を寄せたりするけど、いっつもぼやぁっとしてて、にこりともしないんだ」
「不真面目そうなら、一発喝を入れてやろうか?」


 ヴィータはぷすりとフォークでトマトを刺して口に運んでにやりと笑うと、なのははぶんぶんと首を横に振る。


「ううん。コタロウさんにはすごく助けてもらってる」
「一緒に新人たちをおしえてるんか?」


 彼女はもう一度首を横に振る。


「あのね、片腕でエイミィさんくらい操作がはやいの」
「……嘘やろ?」


 彼女たちの知るエイミィは現在は現役を引退しているが、当時を思い出してみても子供ながらすごいと思ったことは覚えている。


「そのぼやぁっとしたままでキータッチするからかな? みんなが見ても驚くと思う」
「へぇ~、やっぱりベテランさんは違うもんやなぁ」
「それに訓練中、データ収集と並行して私がまとめた訓練プランをみていて、私が依頼する前にもう決定ボタンを押すのを待ってるの。ね、レイジング・ハート?」
<はい。なおかつ彼は私が電算処理したものも、並行して見ています>
「うん。だから、人数分のデータ画面と私たちの画面を同時にキー操作をしている感じ、かな?」


 そこで彼女は食後のティーで口の中を湿らせた。


「すごいできる人なんだ」
「人って見かけによらねぇなぁ」


 フェイトとヴィータが嘆息し、


機械士(マシナリー)というだけあるなぁ」


 はやては感心すると、なのはが気づいたようにはやてのほうを向く。


「そういえば、ジャニカ二佐が言ってたコタロウさんの資格の数ってそんなにあるの?」
「うん。ほんま――」


 そこで通信が入る。


「八神部隊長、今大丈夫でしょうか?」
「大丈夫やよ。そっちこそこっちがご飯中でも大丈夫やろか?」
「お食事中でしたか、それでは――」
「かまへんよ~」


 ひらひらと手を振る。


「本日の報告なのですが――」


 もう一度、確認を取ってから報告する。しばらくはやてとグリフィスの報告内容を聞き、終わりに近づいたところで、


「すごいよ、コタロウさんの資格の数」


 私もその場にいたんだ。とはやての代わりにフェイトが応える。


「アルトより?」
「見てみるですかぁ?」


 こくりと頷くと、リインが割って入ってきた。


「――以上です」
「どうもありがとな~」
「……最後にもうひとつよろしいですか?」
「なんや?」
「正直、報告してよい内容か悩むのですが」


 うん? とはやては首を傾げる。


「妖精がいるみたいです」
「……もう一度、いってくれるか?」


 『妖精』という言葉に、そこにいる全員が一旦視線を画面に集中する。
 グリフィスが言うには、スタッフから給湯室の給湯器が壊れているという報告があり、修理を依頼し、来てもらうと直っていたり、通風孔の調子が悪かったのに次の日には直っていたりしているという。ルキノとアルトも医療機器について同様のことを述べている。


「知らないうちに直っているんで、妖精というわけやね?」
「はい」
「不思議なこともあ……ないな!」
「はぁ」


 はやては思う前に答えを出し、はぁと溜息を吐く。


「本人に報告するよう言うておくわ」
「正体をご存知なんですか?」
「リイン?」
「はいです~」


 すでに決定ボタンを押すだけで待っていたので、すとんと指でキーをたたくと、登録した名前と所属、取得資格が出てくる。その画面には左上に本人の顔、右上にに登録コード、所属、名前、六課への出向期間(延長有)が出力され、中央以下は彼の取得資格が並んでいた。
 その保有資格の数は画面には収まらず、リインは資格だけをスライドさせていく。


「な……!」
「……おいおい」
「は~」
「ふぇ~」


 グリフィスは目を丸くしただけだが、シグナム、ヴィータ、シャマル、なのはは声を漏らして驚いた。


「コタロウ・カギネ三等陸士。電磁算気器子部工機課から現在うちに期限延長付で出向してきた整備(メカニ)……機械士(マシナリー)や」


 脇では「これ、いったいいくつあるのかな?」とつぶやくと、はやてはそれに自信をもって応えてみせた。


「彼の資格保有数は253!」


 あの時いた年齢総和の2倍どころではなかった。






 
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