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I love you, SAYONARA

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第四章


第四章

「俺がシングルの作曲で」
「ああ、頼むよ」
 リードも言ってきた。
「それでな。作詞は俺がするから」
「そうか。いつもの組み合わせだな」
 作詞はいつもこいつがやっている。だからそれは当然だった。
「だからな」
「俺遅いがいいのか?」
 また念を押して尋ねた。
「それでも」
「ああ、それでもいいさ」
 リーダーは笑ってそれに返してきた。
「時間はあるからな」
「そうか。それじゃあ」
「ゆっくりやってくれよ」
 リードがにこりと笑って言ってきた。
「俺も焦らないからさ」
「わかった。じゃあ今から作る」
 俺はこくりと頷いてその言葉に応えた。
「ちょっと待ってくれ」
「わかった。それじゃあな」
 こうして話が決まった。それから俺はやっぱりずっと音楽にかかりっきりだった。あいつのことにも全然考えを及ばさなかった。どんな曲にしようかと考えてばかりだった。そして気付いた時には。全部手遅れになっていた。
「何でだよ」
 あいつは身体を壊して入院した。都会暮らしが合わなくてストレスが溜まった結果だった。病室のベッドでやつれた顔を俺に見せて微笑んでいた。
「来てくれたんだ」
 俺が見舞いに来たら微笑んでくれた。やつれた笑みだった。
「有り難う」
「馬鹿だよ御前」
 俺はこいつにそう言ってやった。
「早く言えば。こんなことにはよ」
「最近気候の変化が激しかったから」
 変に誤魔化してきた。それがやけに芝居がかっていて臭かった。
「それでね」
「そうじゃないだろ」
 その芝居臭さに嫌気がさして俺は言った。
「なあ。御前辛いんだろ?」
 俺はこう言ってやった。
「今の暮らし。そうだろ?」
「全然」
 しかし笑って首を横に振ってきた。否定してきた。
「平気よ。だから」
「もういいんだよ」
 俺は俯いて言った。
「もうな。だから」
「いいのって」
「終わりにしよう」
 俺は沈痛な顔になっていた。こんな言葉も言いたくはなかった。けれど言うしかなかった。そうでなければこいつがもっと不幸になるとわかったからだ。
「これでな」
「終わりって」
「もうチケットは買ってある」
 俺は止めみたいに言った。
「それで帰れよ。そうしてさよならだ」
「さよならって・・・・・・」
「嫌いなんだよ」
 言うしかなかった。
「だからな。これでさよならだ」
 それだけ言って別れた。そうして病室を後にした。あいつがどんな顔をしているのかは見なかった。見たくもなかった。姿を消してそのまま消した。 
 病院を出るとそこには仲間がいた。六人でだ。
「いいんだな、それで」
 リーダーが俺に対して言ってきた。
「これで」
「ああ」
 俺はそれに応えて頷いた。辛かったが迷いはなかった。
「これでな。いいんだ」
「そうか。じゃあいい」
 リーダーは表情を消していた。その表情のない顔で頷いたのだった。
「御前が納得したのならな」
「俺のせいであいつが不幸になっちゃいけないんだ」
 俺は俯いて呟いた。
「だからな。これで」
「後悔はしないよな」
「ああ、しない」
 俺は仲間達に対して答えた。
「だから電車のチケットも買った。そうして」
「帰したか」
「不思議だよな」
 俺は顔を上げて仲間に告げた。何か夢にまで見たこの街が全然違って見えた。
「でかくなれたのに。けれど何も掴んでいないな」
「何もか」
「ああ、まるで砂漠みたいだ」
 そうだった。夢なんて掴めるものじゃなかった。それは側にあって気付くものだった。それに今気付いた。全てが遅かった、それも今わかった。
「それか蜃気楼かな」
「蜃気楼か」
「何か今はそう思えるんだ」
 そう答えた。
「なくなった後でな」
「なあ」
 ここで皆は俺に対して言ってきた。
「今は静かにしていろ。いいな」
「そうだよ。曲だって」
「いや」
 けれどその言葉には首を横に振った。俺はあいつを失った。けれど最後の一つは失ってはいないからだ。俺はその一つに賭けるつもりだった。
「俺は・・・・・・作る」
 そう仲間に告げた。
「シングルをな。だから」
「いいんだな、それで」
 リードが俺に尋ねてきた。
「大丈夫なんだな」
「ああ、絶対に作る」
 俺はそれに答えて言った。
「だから。任せてくれ」
「わかった。じゃあ頼むぜ」
「今度の曲な」
 皆は俺の言葉を受けて声をかけてきた。
「わかった」
 俺はこくりと頷いた。やっぱり俺は音楽から離れられない、それも今わかった。だからあいつにも告げた。けれど心の中の言葉は告げていない。
「愛している」
 そして。
「けれどさよならだ」
 この言葉だけは。俺の心の中に収めておいた。何も言いはしなかった。


I love you, SAYONARA   完



                    2007・5・14
 
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