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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第十章 イーヴァルディの勇者
  第六話 曝される正体

 
前書き
明けましておめでとうございます。

今年初投稿です。 

 
「ねえ、ロングビルそれとってくれる?」
「これ?」
「そうそれ、ん、ありがと」
「っぐ、ん、ぅ、ちょ、お、おちゃ、の、ど、つまっ、つっ―――」
「ちょっと落ち着きなさいよ。ほら、まだ熱いから気をつけなさいよ」
「っ、ん、ん、んぅ……っはぁっ……死ぬかと思ったわ」
「全く忙しないものだね君は……しかし、この状態でよく落ち着いて食事が取れるね君たちは……」
「もぐもぐ、ん? ギーシュは食べないのかい? ならぼくにくれよ。女の子が手ずから作った食事が食べられるなんて、ぼくはもう、それでもうぅっ」
「……食欲なるから止めてくれない」
「出来ないならもう少し離れて食べてくれる」
「ぼくに死ねとッ!?」
「シロウもお茶飲む?」
「…………」
「ん、結構厚着してるけどやっぱり寒いわね。ん、と」
「ちょっとキュルケ、近づきすぎじゃない?」
「なら左側はあなたに譲るわ」
「あら、なら遠慮なく」
「ちょっとあんたたち。何勝手に決めて―――」
「ルイズは膝の上にしたら?」
「―――ん、ちょっと失礼」
「…………おい」
「きゅいきゅい」
「あら何? あなたも食べたいの? そうね。もうそろそろだし……ほら、口開けなさい」
「きゅいきゅいっ!」
「美味しい? そう良かったわね。怪我してるところ無理させてごめんなさいね。でも、もう少しだから頑張って」
「きゅいきゅいっ!!」

 左右と正面に柔らかさと暖かさを感じながら、士郎は何時もよりも近く感じる満点の星空を見上げながら溜め息を吐く。
 
「…………はぁ……なんでさ……」

 周囲を見渡す士郎。
 上を向けば手を伸ばせば届くほどに感じる星空。下を向けば闇の中、星明かりで微かに浮かび上がる山脈の姿。そして周りを見渡せば、(シルフィード)の背の上で遅めの晩御飯を和気あいあいと食べている面々の姿。
 高い高度の中、それなりの速度で飛んでいるため体感温度はかなり寒く感じる。各々それなりの厚着をしているが、まだ寒いのだろう。それぞれ身を寄せ合って暖をとっている。シルフィードの尻尾付近では、ギーシュとマリコルヌが背中合わせで空を見上げながら晩御飯のサンドイッチを口にしており。キュルケとロングビルはそれぞれシルフィードの首付近に座る士郎の右手と左手に抱きつきながらサンドイッチをぱくついている。ルイズにいたっては、胡座をかいている士郎の上に体操座りで腰を下ろし、まるで安楽椅子に座っているかのように士郎の胸にゆったりと寄りかかりながら食後のお茶を楽しんでいた。
 士郎は喉元までせり上がってきた溜め息を吐こうと口を開けると、

「ほらシロウ、あ~ん」
「ん、ちょっと待ちな。ふ~、ふ~……ん、よし丁度良くなった。ほら、こぼすんじゃないよ」

 左右から差し出されたサンドイッチとお茶を詰め込まれ、無理矢理飲み干すこととなった。
 
「「…………ちっ」」

 微かに苛立ちと憎しみに満ちた二つの舌打ちを耳にしながら、士郎はこんなことになった経緯について思いを馳せた。
 そう、事の起こりは三日前のこと。まだ日が昇りきる前のことだった。タバサの救出のため、まずは手がかりを得ようとタバサの実家である旧オルレアン公邸に向かおうと魔法学院の門から一人出た時のことだった。門の外には士郎を待ち受けるように、未だ暗い草原を背に、白み始め微かに残る星空の下、五人の人影と一匹の竜の姿があった。その姿に思わず足を止めた士郎に、五人の人影の内、最も小さな影が代表するかのように一歩前に踏み出すと、山脈から差し込む光に照らされた顔ににやりとした笑みを浮かべ言い放ったのだ。
 「遅かったわね」……と、そこで全てを悟った士郎は、諦めるように溜め息を吐き項垂れると、無言で歩き出した。その背中を五人の人影と一匹の竜はついていき。それに士郎は何も言わなかった。

 士郎は何時の間にか伏せていた顔を上げ、尻尾付近で両手でカップを持ち上げてちびちびとお茶を飲むギーシュとマリコルヌを見る。
 一応は各々に対し帰るように注意はしたのだ。
 見習いとはいえ近衛隊である水精霊騎士隊(オンディーヌ)の隊員がここにいるのはまずいだろと言ったのだが、「隊長であるあんたが言うな」と言われてはそれ以上何かを言うことは出来なかった。水精霊騎士隊(オンディーヌ)の残りの二人、ギムリとレイナールは士郎たちがいなくなったことに対する様々なフォローをするために学院に残ったそうだ。キュルケとロングビルは「シロウは地理に疎いでしょ」とガリアへの渡航経験を口にしながら「ニッコリ」と笑われては、無理矢理帰した後の事を思えば帰らせるわけにはいかず。……タバサを救出してはいいが学院に帰れないなんて洒落にならない。ルイズにあっては、「あんた使い魔。わたし主」と同じく「にっこり」笑われれば……もう何も言えない。
 そんなこんなで最初の予定とは全く違う六人と一匹という大所帯でガリアに向かうことになった士郎は、ここまで来たら仕方がないと諦めの境地に至りながらも、三日後には何とか日が落ちる直前にはガリアとの国境まで辿り着き。そして今、士郎たちは国境を守る警備隊交代している隙を狙いシルフィードに乗って国境を超えているのだった。
 もう何度目の溜め息を吐いたのか、気付けばシルフィードは高度を落とし、月明かりに薄ぼんやりと姿を浮かび上がらせている一つの邸宅の下に降り立とうとしていた。
 時間はとっくに深夜である。
 食事の後片付けを終え、シルフィードの背から降りた士郎たちの目に、月明かりに浮かび上がる旧オルレアン公邸の姿が映る。オルレアン公邸はラグドリアンの湖畔から漂ってくる霧により、その姿を朧に隠していた。目を細め、漂う霧を貫きその奥を見据えながら士郎がポツリと呟く。

「……随分と暴れたようだな」

 士郎の目には、霧と夜の闇に隠れる旧オルレアン公邸の姿がハッキリと映っていた。年月による劣化ではない最近出来たであろう傷がその目には映っていた。士郎はそれを確認すると、後ろを振り返り、息を荒げているシルフィードに近づいていく。

「ありがとうなシルフィード。お前のおかげで予定よりもずいぶん早く着けた。お前はここでゆっくり休んでいろ」

 学院でモンモランシーに傷を癒してもらったとはいえ完治とは言えないためか、六人を乗せたとは言え、飛んだ距離は決して長距離ではないにも関わらず、シルフィードは息を荒く地面に横たわっていた。その首筋を撫でながら、士郎は優しくシルフィードに声を掛ける。シルフィードは士郎に首筋を撫でながら小さく「きゅい」と鳴くと、顎を地面に落とし、ゆっくりと目を閉じた。士郎はシルフィードのそんな姿を見て目を細める。

「ねえシロウ。どう思う?」

 そんな士郎の横で旧オルレアン公邸を見上げていたキュルケが士郎に問いかけると、士郎はシルフィードを撫でながらチラリと旧オルレアン公邸を見る。

「敵はいないだろうな。注意するとしたら罠だが……可能性は低い。俺が先に入る。ルイズたちは俺の後を付いて来てくれ」
「ん、了解」
「気をつけてね」

 士郎が闇に沈む旧オルレアン公邸に向かって歩き出す。その後ろをルイズ、キュルケ、ロングビルの順についていき、その最後にはギーシュとマリコルヌがぺったりとくっつきながら歩いていた。余りにも情けない姿である。
 門を抜け、玄関へと続く馬車一台分の幅の道を士郎たちは歩く。道の左右にはあまり手を入れられていないのだろう鬱蒼と茂る木や草が生えている。それがまた、霧と月明かりに彩られる屋敷を恐ろしげに見せていた。
 そんな中、士郎は昼日中を歩くようにすたすたと歩き、また、その直ぐ後ろを歩くルイズたちもすたすたとついて行き、ただ最後をついていくギーシュとマリコルヌだけが士郎たちに遅れる度に慌てて小走りに駆け寄っていた。……本当に情けない姿であった。
 玄関には直ぐに着いた。玄関の前に立った士郎は、大きな館に見合うだけの大きな扉に手を伸ばすと、ゆっくりと開き始める。
 風と揺れる枝葉の擦れる音だけが響く中、扉の軋む音が混じる。
 扉が完全に開かれると、月明かりが届かず、明かり一つなく完全な闇に沈んだホールの姿が士郎の目に映る。
 
「行くぞ」

 ホールの中を見回した士郎は、一言背にいるルイズたちに伝えるとホールに向かって一歩を踏み出した。
 士郎の背中でルイズたちは各々直ぐに攻撃に移れるように、己の獲物を握り締めながら辺りを見渡してた。そんな時、士郎がピタリと足を止めると廊下の壁に手を触れた。

「何? どうしたの?」

 壁に手を当て立ち止まった士郎の背中に向け、ルイズの声がかけられる。士郎は壁に出来た傷跡を手でなぞりながら、何かを見通すようにすっと目を細めた。

「クラスが上がったか」
「? どう言う事?」

 むぅと頬を膨らませているルイズの後ろからキュルケが士郎に問いかけると、士郎は壁から手を離し視線を廊下の奥へと向ける。

「そこに転がっているガーゴイルを見てみろ」
「ガーゴイル?」

 士郎の声に、ルイズたちの視線が廊下の奥に向けられる。ルイズたちの目に廊下に転がるナニカのシルエットが映る。しかし、窓から差し込む微かな月明かりだけではよく見えなかった。目を細め顔を伸ばすルイズたちを横目に見た士郎は、廊下に転がるガーゴイルに近づいていく。士郎の後をついて行くルイズたちの目に、段々とその姿を現していく。それは士郎の言葉通り確かにガーゴイルであった。だが正確にはガーゴイルだった(・・・)ものと言えた。剣士をかたどったいたであろう魔法像(ガーゴイル)は、バラバラに切り刻まれていたからだ。その切り口は余りにも滑らかであり、その縁を指でなぞれば切れてしまいそうなほど鋭いものであった。魔法で破壊されたと思われる傷跡を食い入るような視線で見つめていたキュルケは、細い顎先に手を当てると、こくりと頷く。

「確かに……これはトライアングルじゃなくスクウェアの威力ね」
「そうようだね。しかしこの切り口……全く本当に十五歳なのかいあの子は?」
「うわ凄……はぁ……これが天才と言う奴なのかもしれないね」
「うっうっ……ぼくはまだドットだって言うのに……」
「この奥のようだな」
「そうみたいね」
 
 切り刻まれたガーゴイルを見下ろし、何やら感心したり落ち込んだりしているキュルケたちを尻目に、士郎が廊下の奥に目をやり呟くと、同じく廊下の奥に目を向けていたルイズが頷いた。
 士郎の視線の先、破壊されたガーゴイルが点々と奥に続いている。
 士郎とルイズの声に足元のガーゴイルからキュルケたちが顔を上げるのを横目に見た士郎は、床に転がるガーゴイルを目印に廊下の奥に向かって歩き出した。
 点々とまるで目印のように転がるガーゴイルの後をついていった士郎は、廊下の突き当りにある扉の前で足を止めた。いや、正確に言えば扉があった(・・・・・)だろう前で立ち止まった。両開きの扉が設置されていたと思われるそこには、辛うじて片方の扉が残っていた。上下二箇所で留められていた金具はその内の一つは完全に壊れており、残った金具で何とかといった様子で扉が残っていた。その扉自体も、元々の三分の一しか残っておらず、残りの三分の一があったと思われる場所には、まるで力任せに引きちぎったような跡が生々しく刻まれている。もう一方の扉は、既に元の形がわからない程にバラバラに砕け散り、その破片は奥の部屋に転がっていた。
 その余りの惨状に思わず足を止めたルイズたちを置いて、士郎は部屋の中に入る。
 部屋の窓は全て砕け散り、壁には一箇所大きな穴が空いており、そこから覗く空に輝く二つの月が部屋の中を照らし出していた。
 月明かりに照らされた部屋の中は、まるで部屋の中で竜巻が発生したかのような惨状を呈していた。部屋の中には、元が何であったのかさえわからない程に切り刻まれた破片が転がり、壁にはまるで何百人もの剣士が斬り合いをしたかのような傷跡が刻まれていた。
 士郎に続いて部屋の中に入ってきたルイズたちは、部屋の中を見渡し一瞬呆然とした後、各々バラバラに部屋の中を歩き出した。

「ここ、みたいね」

 そんな中、キュルケはある場所で立ち止まり、足元の床を指差した。

「どうした」

 近づいてくる士郎たちに向かってキュルケは顔を地面に向けたまま説明する。

「床のこの傷。この渦巻き状の傷から見て、タバサはここで竜巻型の魔法―――多分氷嵐(アイス・ストーム)でしょうけど、それを使ったようね。そして敵に向かって放った」

 キュルケの指先が、足元から壁際まで伸びる床に刻まれた渦巻き型の傷跡をなぞるように動く。

「いやぁ……ちょっと待ってくれないか、もしかしてこの部屋の惨状って」
「あら珍しい。いい勘してるじゃない。そうね多分あんたが考えてる通り、この部屋の惨状は氷嵐(アイス・ストーム)のみにより行われたのでしょうね」 

 破壊し尽くされた部屋を見渡しながら乾いた笑い混じりの声を上げるギーシュにキュルケは頷く。
 
「これだけの威力の魔法を使っても負けたなんて……あの子一体ナニと戦ったのかしら」
「そう……だな。なら、見ていたものに聞くしかないな」 
「見ていた?」

 顔を曇らせ溜め息混じりのキュルケの独白に、士郎は頷くと顔を横に向け穴が空いている壁を見た。ルイズが疑問の声を上げ士郎が顔を向けた方向を見る。つられて部屋にいる全員の顔も穴のあいた壁に向けられる。

「って、シルフィードじゃない」

 穴の向こうには、何時も間にか門の前で休んでいる筈のシルフィードの姿があった。キュルケの声に応えるように、シルフィードは「きゅい」と一声鳴くと、壁の穴から部屋の中に入ってきた。パキパキと床に転がる破片を踏み潰しながら歩いてきたシルフィードは、士郎たちの前で立ち止まる。

「ねぇシロウ。もしかして見ていたものって」
「ああ。シルフィードのことだ」

 シルフィードを見上げながら呆れた声で士郎に問いかけるルイズ。士郎はシルフィードを見ながら頷く。

「まあ、確かにそれが一番手っ取り早いかもね。ねぇ、シルフィード。タバサの相手ってどんな奴だったか知ってる?」

 口に手を当て小さく頷いたキュルケが、シルフィードに近づき問いかける。キュルケの問いに、シルフィードは「きゅい」と鳴くと、前足を頭の上に突き出した。その仕草に頭を傾げたキュルケだったが、直ぐにピンッと来ると思わず大きな声を上げてしまう。

「エルフッ!?」

 正解と言うようにキュルケの言葉に大きく頷くシルフィード。
 それに士郎を覗くメンバーから悲鳴のような声が漏れる。

「うそ、でしょ……」
「これは……まいったね」
「エルフ……なんて」
「ちょ、エルフなんて冗談じゃないよ」
「いや、ちょ、え、ええ? 嘘だろうエルフなんて」

 ルイズ達が騒ぎ出す中、ただ一人士郎だけが静かに何やら考え込んでいた。

「エルフか、確か『先住魔法』と呼ばれる特異な魔法を扱う種族だったな。前に本で読んだことがあるが……詳しいことは書かれていなかったな」

 顎に手を当て何やらぶつぶつと呟いていた士郎だったが、ハッ、と何かに気付いたように目を見開くと視線を下げ、自分の腰に吊り下げられた剣―――デルフリンガーを見た。

「デルフ。お前なら詳しいことを知ってるんじゃないか?」
「相棒……オイラは辞書じゃなくて剣なんだけど……はぁ……まあ、無視されるよりかはましかねぇ」

 剣らしくない生々しい溜め息を吐いたデルフリンガーは、んっ、と咳払いのような声を上げると説明を始めた。

「先住魔法ってのはな相棒。系統魔法が生まれるず~と昔から存在する魔法でな。系統魔法が四つの系統、火や水、風や土の力を司るなら、『生の力』を司る魔法さ。違うのはそれだけじゃなくてな。メイジが使う系統魔法が個人の意思の力で『理』を変えて効果を発揮させが、先住魔法は違う。先住魔法は『理』に沿って効果を発揮するんだよ」
「『理』か……それは具体的に何を意味するんだ?」
「具体的ねぇ~。ま、自然の力のことさね。火、水、風、土……先住魔法はそのどこにでも存在する力を利用する魔法だな。系統魔法が人の意思による魔法なら、先住魔法は自然の力そのものの魔法だ。どっちが強いなんて考えれば直ぐにわかるだろ?」
「そうだな」

 デルフリンガーの言葉に頷いた士郎は、顔色を悪くしているルイズたちを見渡した後、前に立つシルフィードを見る。

「だが、どれだけ『先住魔法』が強くとも、使い手によってその力は変わる。相手の力量を知ることは、タバサの救出の成功率を上げる。だからそろそろ教えてくれないか?」
「? 何言ってるのシロウ?」
「誰に聞いてるんだい?」

 士郎が誰に尋ねているのかわからず、ロングビルたちが疑問を浮かべながら士郎を見る。士郎はそんなルイズたちに構うことなく、シルフィードから視線を外さない。

「何か事情があるのはわかるが、今は緊急事態だ。タバサを救出するため正体を明かしてくれないか」
「ねえ、シロウもしかしてあなたシルフィードに聞いてるの? いくら使い魔だからって無茶よ。竜が喋られるわけがないわ」

 キュルケが苦笑いしながら士郎に話しかける。士郎は肩越しにキュルケに顔を向けると小さく顔を横に振った。

「それは普通の竜(・・・・)の話だ。韻竜は違う」
「いんりゅう?」

 は? と疑問符を頭に浮かべたキュルケを横に、ルイズとロングビルは目を見開き驚きを露わにした。

「嘘っ!? 韻竜はずっと昔に絶滅したって聞いたわよ」
「韻竜って言えば伝説の竜じゃないか。まさかこの竜がそうだって言うのかい」

 ルイズとロングビルの驚愕の声に、士郎は頷く。

「ああ。間違いない。正体はバレているんだ。だからいい加減喋ってくれないか(・・・・・・・・)シルフィード。それともイルククゥと呼んだほうがいいか?」
「「「「「え?」」」」」

 惚けたような声が部屋に響いた。
 士郎の目の前のシルフィードは、その大きな瞳を更に大きく見開いた姿で固まっていた。暫くの間そのままの姿でプルプルと身体を震わせていたが、何かを諦めたように顔を項垂れると、大きく溜め息を吐き、

「どうしてわかったのね?」

 と喋り出した。

「えっ、ちょ、ええっ、ええええええええええっ?!」
「は? え、しゃべ、て、え? イルククゥ? ちょ、それって」
「ちょ、ちょっと待ちな。え? シロウ今イルククゥって言ったかい?」
「ぎゃああああああああああああああああ! 竜がっ! 竜が喋ったああああああッ!!」
「しゃべ、喋っ、竜が喋ったああああああああああッ!!?」

 ぎゃあ、ぎゃあと騒ぎ出したルイズたちを尻目に、士郎は淡々とした様子でシルフィードの話しかける。

「確証を持ったのは最近だな。ほら、ルイズを攫ったガーゴイルを追った時、お前が腹を鳴らしたのを怒ったタバサが叩いた時だ。お前あの時悲鳴を上げただろ」
「あの時ね。確かに痛くて思わず声が出たのね」
「ま、前々から何か変だと思って調べていたんだ。それでデルフに聞いてみたら韻竜じゃないかと言われてな」
「む~折角お姉さまから約束してたのに~、お喋りな剣のせいでバレてしまったのねッ!! きゅいきゅいお姉さまから怒られたらどうしてくれるのねっ!!」
「オイラに言われてもねぇ」

 シルフィードの涙混じりの訴えに、デルフリンガーが呆れたような声を上げる。

「相棒にやもう、何もかんもバレてんだし。韻竜よ、いっちょ先住魔法のすごさを見せてやったらどうだい?」

 士郎の腰に顔を近づけ文句を口にするシルフィードに、デルフリンガーは何の痛痒も感じていない声で告げる。

「きゅ~~~い。さっきからお前偉そうに先住魔法、先住魔法言ってるけど、わたしたちは『先住』なんて言い方はしないのね。精霊の力と言うのね」
「へいへい。んじゃ、その精霊の力とやらを見せてくれないかね?」

 肩を竦める姿が幻視できそうなくらい適当にシルフィードをあしらうデルフリンガーの声に、シルフィードはフンッと一度大きく鼻息を吐くと、パクリと口を開いた。シルフィードの開けた口からは、ルーンではない口語の呪文が流れ出し始めた。

「我をまとう風よ。我の姿を変えよ」
  
 唐突に部屋の空気がシルフィードを中心に渦を巻き始めた。風は段々と青く色付いていき、シルフィードの身体が完全にその青で覆われまるで繭のような状態になった瞬間、青い渦は光を放った。暗闇に目が慣れた士郎たちにはその光が強すぎ、一瞬視界がゼロになってしまったが、直ぐに視界は下に戻る。視界が回復した士郎の前には、先程までシルフィードが立っていた位置に、二十歳くらいの若い女性が立っていた。腰まで届く長い髪は、空から振り注ぐ月明かりに触れ蒼く輝いている。
 部屋の中に、先程まで渦をまいていた風の名残が全て消えるまで、部屋の中は静まり返っていたが、直ぐにそれは破られることになった。それは、

「―――ッッ?! ぁぁぁああああああああああああっ!?」

 床に膝をつき、罅の入った天井を仰ぐマリコルヌの絶叫によって。
 
「きききっ?! き、君はい、イルククゥさんじゃないかっ!? そんな、まさかシルフィードが化けた姿だったなんて―――ッ?!」

 少年二人が驚愕のあまり目を見開き、身体を震わせながら動揺を露わにする中、

「っ、と、こりゃ驚いた。前々から竜にしては妙だと思ってたけど……まさか韻竜だったとはね……韻竜かぁ……売ったらどれくらいになるかねぇ?」
「……ロングビル。そういうことはもう少し小さな声で言ってちょうだい。でも確かに前から普通の竜とは感じが違う気がしてたけど……はぁ……あの子も大概規格外ね」
「韻竜……か……最近伝説と言うものに夢が見れなくなってきたわ……はぁ……これが大人になるってことかな?」

 驚きを示しながらも女性陣は落ち着きを見せていた。
 イルククゥ―――もといシルフィードを囲み各々驚きを示している中から一人シルフィードに向け歩みだした士郎は、近くに落ちていた比較的綺麗なままの布団のシーツを取り上げると、それをシルフィードに向かって放り投げた。

「人の姿になったら身体を隠しとけ。とりあえずそれで今は身体を隠せ」
「きゅいきゅい? ……服は何だかゴワゴワするから嫌なのよ」
「……俺の安全のためにも絶対に着てもらいたいんだが」

 シルフィードが使った先住魔法は、都合よく服まで造りだすことは出来ないものであるため、今士郎たちの前に立つシルフィードは、堂々とした態度で裸身を露わにしていた。おかげでギーシュとマリコルヌの二人は一時の驚愕から覚めると、腕を組み、何やら研究者のような目つきになりながらシルフィードの胸を注視し、時に互いに顔を見合わせ何やらうんうんと頷き合い、最後には笑って握手を交わしていた。
 そんな二人の尻にルイズがハイキックをぶちかましているのを横目にしながら、士郎がシルフィードを見る目つきを強めると、シルフィードは不思議そうな顔をしながらも、動物的直感により断っては危険と判断し、もぞもぞとシーツを身体に巻きつけ始めた。

「ああ、そんなやり方じゃ駄目さね」

 とは言ってもただのシーツで身体を綺麗に隠すにはそれなりの着方というものがあるため、服を着ることに慣れていないシルフィードにはシーツ一枚で身体を隠すように着るのは難易度が高かったようで、何度も試すが巻きつけた後は何処かが露出していた。それに見たロングビルが、ルイズとキュルケに目配せをしながら前に出ると、シルフィードからシーツを剥ぎ取った。ロングビルから目配せを受けたルイズとキュルケは、男性陣に駆け寄ると強制的(ハイキックで)に後ろに向かせる。それを横目で確認しながらロングビルは、シルフィードにシーツを巻きつけ始める。その際、ロングビルは時折その身体を触りながら感心したような声で頷く。

「しかし『先住魔法』ってのも凄いもんだね。あんなに大きな竜の身体が、人間大の大きさになるなんて。ふ~ん……身体を触っても違和感もない……確かにこれはメイジには無理な芸当だね」

 ロングビルの声に、床に転がる男性陣の前に立つ女性陣が「へぇ~」と感心した声を上げると、得意げに鼻を反らしながらシルフィードが「きゅきゅい」と鳴いた。





 人間に変身したシルフィードから、直接事情が聞けるようになったはいいが、事態は直ぐには動くことはなかった。
 直接話が聞けるようになったはいいが、シルフィードも詳しいことを余り知っていなかったためだ。 
 エルフがどうやってスクウェア・クラスになったタバサを倒したかについても、シルフィードもどうやって倒したか分からないと言う。聞けば、タバサは自身が放った魔法によってやられたのだと言う。タバサが放った強大な雪の嵐の魔法は、エルフの当たるその直前で突然反転し、そのままタバサを襲ったそうだ。
 肝心の何処に連れ去られたかについても、タバサがやられたのを見て逆上し、エルフに襲いかかったシルフィードだが、あっけなくやられたため、何処に連れ去られたかは全く分からないと言う。
 結局のところ、エルフがどのような魔法を使うかも、タバサが何処に連れされたのかも全く分からないことに、士郎たちは難しい顔をする。
 そんな周りの様子に、説明を終えた当初は胸を反らし自信満々の様子を見せたシルフィードの顔も、段々と不安そうな顔つきになっていく。
 しんっ、と部屋が静まり返る中、不意に士郎が廊下に通じる既に名前だけになっている門に向かってデルフリンガーを投げつけた。

「「「「「―――ッ!?」」」」」

 瞬間。
 静止していた部屋の中が動き出す。
 最も早かったのはギーシュとマリコルヌの二人。
 士郎が動いた瞬間、腰を落とし扉に身体を向ける。その手の中には、何時の間に抜いたのかそれぞれの杖が握られていた。その反応速度は並の騎士団の領域を超えており、二人が扉に身体を向けた時には、未だルイズとキュルケの二人は動き出していないほどであった。
 次にロングビル。
 床を蹴り、扉から離れるように後ろに跳ぶと、服の中から取り出した杖を扉に向ける。床に足が着き、視界に士郎たち全員が入る位置に立つと、ロングビルは、いつでもサポートに回れるように素早く周りを見渡す。
 最後にキュルケとルイズ。二人はほぼ同時に動き出した。鋭い目つきでキュルケは胸の谷間から杖を取り出し、流れるような動きでその切っ先を扉に向ける。ルイズはキュルケが胸から杖を取り出そうとした瞬間、目つきを鋭くし、取り出した時胸が大きく揺れると目つきを険しくするなど流れるように目つきを変化させながらも淀みなく杖を取り出すと、その切っ先を扉に向ける。

 士郎が放ったデルフリンガーは、狙い違わず辛うじて残っていた扉のドアの一部に当たると、それを粉々に砕く。ドアを破砕したデルフリンガーは、勢いをそのままに廊下の壁に突き刺さる。
 追撃を掛けようとキュルケが魔法を放とうとするが、

「待てッ!」

 士郎の声に詠唱を止める。
 何故止めたのかとキュルケが訝しげな顔を士郎に向けた時、廊下から悲鳴混じりの声が聞こえてきた。

「おっ、お待ちくだされ! おやめくださりませっ!」

 その声が聞こえた瞬間、キュルケは目を丸くすると、完全に扉と手の機能を失った元扉に向かって駆け出した。

「ペルスランッ! あなたペルスランよねっ!?」
「ぇ? っおおっ!! あなたはツェルプストーの」
「そうよっ! ツェルプストーのキュルケよっ!」

 キュルケは廊下に出ると、そこで腰を抜かしてへたりこんでいたオルレアン公屋敷の老執事であるペルスランに駆け寄る。一瞬呆然とした顔でキュルケを見上げた後、ペルスランは涙混じりの声を上げた。

「まっ、まさか再びお会いすることが出来るとは」
「あなたが無事で良かったわ。それで、いきなりだけど何があったか教えてくれる? タバサは……何処に連れ去られたの?」

 キュルケが廊下に膝をつき、ペルスランの手を握り尋ねると、ペルスランは何度も頷きながら何があったかを語り始めた。
 三日前の夜、突然現れた王軍に怯えたペルスランは、壁に向こうにある隠し部屋に隠れたそうだ。そこから見たものは、シルフィードの説明と大した違いはなかった。タバサの母親は魔法で眠らされ、王軍が何処かに連れ去り、屋敷に残ったエルフが、翌日母親の救出に現れたタバサを倒し何処かへ連れ去っていったと。
 特に新しい情報が得られなかったことに、落胆の色を見せる士郎たちだったが、最後に「奥さまを連行した先なら知っておりますが」とぽつりとこぼしたペルスランの言葉に、ルイズたちが一瞬でペルスランに詰め寄ると、掴みかかるような勢いで問いただし始めた。

「ちょっ、ちょちょっと! 知ってるって何処? どこなの早く言いなさい!!」
「そこは何処? 近いの? 遠いの?」
「え? え? ちょ? え?」

 ルイズたちに詰め寄られ怯えるペルスランを救出したのは、横から割り込んだ士郎の手だった。
 床にへたりこんだままのペルスランの襟を掴み上げ、自分の足元に下ろした士郎は、膝をつき目線を合わせるとゆっくり、優しく問いただした。

「教えてくれ。タバサの母親が連行された先は何処なんだ?」
「……あ、ありがとうございます。はい。奥さまが連行されたのは、アーハンブラ城でございます。奥さまを連れていった兵士が、アーハンブラ城に運ぶと口にしたのをこの耳で確かに聞きました」
「アーハンブラ城……確か古戦場で有名なガリアの東の端にある城の名前だよ」

 ペルスランの話を聞き、顎に手をあてていたロングビルが、顔を上げ士郎を見る。

「でも、タバサが連れて行かれたかはわからないまま」
「そうだな。だが、同じ場所に連れて行かれた可能性は高い。わざわざ別の場所に拘束する必要性がないから、な」

 不安気な声を漏らしたルイズに小さく首を振った士郎は、視線を不安と罪悪感に揺らしているペルスランの瞳を見る。

「ありがとうございますペルスランさん。あなたのおかげでタバサとタバサの母親の居場所がわかりました。二人は必ず助けます。ですから安心して、あなたは早くここから離れて安全な場所に避難してください」

 士郎の力強い言葉に半ば機械的に頷くペルスラン。士郎はそんなペルスランに頷きを返すと立ち上がり、外へと向かい歩き出した。

「もう行くの?」
「せっかちだねぇ」
「アーハンブラ城までは結構距離があるわよ。何か足を手に入れないとね」
「ま、待つのね。ちょ、に、人間の姿じゃ歩きにくいのね。ちょ、待つのね!」

 さっさと歩き出した士郎の背を、ルイズたち女性陣が小走りに追いかける。その後ろを慌てた様子でギーシュとマリコルヌが走ってついていく。
 士郎に駆け寄る女性陣を追いかけながら、ギーシュは隣を走るマリコルヌに話しかける。

「はぁ……全くうちの隊長ときたら本当に怖いもの知らずだね。しかしアーハンブラ城かぁ……よりにもよって、聖地解放軍に参加したぼくのご先祖がエルフに殺られた場所じゃないか。そんなところでエルフを相手にするなんて……縁起が悪いじゃないか」
「ぼくのご先祖もだよ。最後の聖地開放連合軍にいたそうなんだけど。エルフにコテンパンにやられてね。帰って来た時にはもうボロボロだったそうだよ。余程怖かったんだろうね、そのご先祖は『ハルケギニア中の貴族を敵に回しても、エルフだけは敵に回すな』なんて遺言を子供に言ったそうだよ」
「ま、それも仕方がないんじゃないかい。エルフはあまりにも強すぎた。確かにハルケギニアの貴族がエルフに勝ったという話はいくつかあるけど、代表的なものといえば『トゥールの戦い』だね。だけどマリコルヌ。その時の互いの戦力がどれぐらいか知ってるかい?」
「連合軍が七千で、エルフが二千じゃなかったかい?」
「いいや、実のところは五百だったらしいよ。流石に余りにも格好がつかなかったんだろうね」
「つまり単純に考えると、エルフはぼくたちの十倍は強いと」
「そういうことだね」

 …………。
 並んで小走りに走りながら、二人の顔は前に向けたまま黙り込む。
 タバサ救出のため、今からアーハンブラ城に向かうはいいが、そこで待ち受けているのは、ガリア王国の兵士だけでなく、強大な力を持つエルフもいる可能性が高いことを知った二人。
 声がなくなったのは、不安か恐怖からか……。
 士郎たちを追いかけ完全に破壊された扉を超えた二人だったが、突然足を止めて後ろを振り返った。
 二人の視線の先には、立ち上がったペルスランの姿があった。
 突然立ち止まったギーシュとマリコルヌの二人に、まだ身体に力が入らないのか、微かに身体を揺らしているペルスランが声を掛けた。

「あの、どうかしましたか?」
「いや、まだ不安そうに見えたからね。ま、それも仕方がないけど安心していいと思うよ」
「そうそう。確かにエルフはメイジの十倍以上は強いだろうけど、うちの隊長はそんなエルフの千倍以上は強いだろうからね。いやホント。文字通りの意味でね。ま、それを知ってるからぼくたちも安心してついていけると言うわけで」
「ん? 何だマリコルヌ。きみはそんな心積りだったのかい? ぼくは最初から一人でもエルフを倒して学友を救おうとだねぇ」
「それじゃギーシュが一番槍で最初に突っ込んで逝ってくれよな」
「えっ……い、いや、まあ、ぼくはその、ほら、指揮官タイプというか……そういう戦い方だし……」
「いやいや大丈夫きみなら逝ける。頑張ってエルフを倒して逝こう。きみの勇姿はモンモランシーにはちゃんと伝えてあげるから」
「きみっ! それはぼくが死ぬこと前提で言ってるんじゃ! それにさっきから何か言葉に含みがあるような……」
「そんなことはないよ……」
 
 ぎゃいぎゃいと騒ぎながら、既に姿が見えなくなった士郎たちの後を追いかけだしたギーシュとマリコルヌの後ろ姿を目を丸くしながら見ていたペルスランだったが、二人の姿が見えなくなると、すっと黙って頭を深く下げた。
 そして誰に言うでもなく、頭を下げた状態で揺れる声を上げた。

「どうか皆さま。奥さまとお嬢さまをよろしくお願いします」

 
 

 
後書き
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