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ソードアート・オンライン~剣の世界の魔法使い~

作者:神話巡り
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第Ⅰ章:剣の世界の魔法使い
  リンダースの町で

 《エネマリア》の朝は遅い。モンスターたちはこの時期、起き出すのが非常に遅いためだ。特に黒龍王を始めとする龍族のモンスターは、昼を過ぎても起きてこないことがままある。ここで暮らすようになって四日、シェリーナはすっかりそれに慣れてしまった。
 
 このエリアで唯二のプレイヤー、ドレイクとシェリーナだけが、規則正しく朝の八時までには起き出して、朝食を食べ、モンスターたちが起き出すのを待つのだ。

「シェリーナは料理が上手ですねぇ」
「キリトさんは料理ができませんでしたから。昔は、私がご飯を作っていたんです」
「《黒の剣士》の意外な一面がたくさん出てきますねぇ。直接面識はないのに彼について知っていることがどんどん増えていきますよ」

 シェリーナの作ったスープを飲みながら、ドレイクがにっこりと笑う。シェリーナもつられてしまう。本当に、この人は不思議な人だ。

「今度機会があったらドレイクにも紹介しますね」
「それはうれしいですね。楽しみにします」

 ごちそうさまでした、とスープカップを置くドレイク。

「……さて、今日の仕事ですが」
「はい」

 シェリーナがこの《エネマリア》で暮らすようになってから、分かったことの一つが、『彼らが普段何をしているのか』だ。シェリーナが《エネマリア》を訪れた時には、朝から晩まで宴会騒ぎで普段何をやっているのかがさっぱりわからなかった。

 シェリーナがドレイクの秘密を知った時、《エネマリア》に入ることはできないのか、と聞いた。少しでも、ドレイクの力になってあげたかった。するとドレイクは、

『歓迎します。私も、黒龍王も、きっと喜ぶでしょう』

 と言ってくれたのだった。

 そんなわけで《エネマリア》の一員となったシェリーナ。ドレイクと共に普段行っているのは、『アインクラッドの管理』のようなものだ。驚くべきことに、《エネマリア》は特定のダンジョンの《不可侵エリア》へとワープする《転移門(ゲート)》が存在した。シェリーナとドレイク、時々《エネマリア》のモンスターは、このゲートを通って各層のダンジョンを見回り、異様なPopなどが起こっていないかをチェックするのだ。なかなか大変な仕事ではあるが、四日も経験するとだいぶ慣れてくる。むしろ楽しくさえあった。

 今日の『仕事』はなんだろうか、とシェリーナはドレイクの言葉をわくわくしながら待った。

 しかし。

 ドレイクが続けた言葉は、意外なものだった。

「……ありません!」
「え?」
「だから、今日は《エネマリア》はお休みです。あらゆるバグを含むパターンを計算した結果、茅場卿が意図的に何か起こさない限り、今日は異常事態は一切発生しません」
「えー……いや、残念がってなんかいませんよ?むしろ何もない方がいいわけで……」
「シェリーナ、語るに落ちています」
「はっ!」

 くすくすと笑うドレイク。ここ数日、こんなふうなコミカルな会話をすることができるようになってきた。ドレイクもよく笑うようになった。ドレイクの笑顔は、どこかあどけないものがあって、年齢を感じさせない。もしかしたら年下なのではないだろうか、とも思わせてしまうほどだ。

「茅場卿は九十五層までは自前で何か起こすということはありませんからね。今日は何もないと考えてOKでしょう」
「そうですか……じゃぁ暇ですねぇ……あ」
「どうしました?」
「ドレイク、どうやら早速約束を果たせそうですよ」

 シェリーナは立ち上がると、いつものフードつきローブ(フーデッドローブ)を着て、ドレイクに向かって右手を伸ばした。

「キリトさんたちに会いに行きましょう。アインクラッドの町中の事もいろいろ紹介しますよ」


 ***


 アインクラッド第四十八層主街区の名は《リンダース》という。第二十二層や第八層と並ぶのどかな街並みが特徴だ。シェリーナがここに来たのは、馴染みの鍛冶師のところにキリト達が行ったとエギルから聞いたためであった。その鍛冶師に『これから行く』という旨のメッセージを送ると、『了解』という返信が来た。

 町の風景をもの珍しそうにきょろきょろ眺めるドレイク。いつもはかぶっていない魔導服(ウィザードローブ)のフードをかぶって、顔を隠している。

「ドレイクはアインクラッドの主街区に来るのは?」
「《私》としては初めてですね。記憶はされているんですが……改めて見ると、ずっと美しい」

 ドレイクの正体は、すでに死んだプレイヤーに人工の魂を植え付けて蘇生させた存在だ。死ぬ前の、宿主であったプレイヤーの記憶はあるものの、それはあくまでも『記録』……映像作品を見ている気分らしい。現実世界の物事をドレイクが知っているのは、彼が幼少期を過ごした仮想世界が、現実世界をトレースした空間であったことに起因するらしい。その仮想世界…ドレイクは『加速世界(アクセル・ワールド)』と呼んだ…の完成度の高さがうかがい知れる。ドレイクの《母親》である浅木(あさぎ)(あおい)博士とドレイクは、ドレイクの魂が十分に成長するまでそこで過ごしたという。

 リンダースの町のはずれには、ケルトかイタリアあたりの建築を彷彿とさせる田舎っぽい石造りの建物が並ぶ。その中の一つ、橋のすぐ近くに、水車小屋を構えたその店はあった。

 《リズベット武具店》。それが、その店の名前だ。

 六月の初めごろ、キリトの《二刀流》用の剣を手に入れるべく、キリト、そしてこの店の店主・リズベットと共に五十五層まで行ったのは、シェリーナの良い思い出となっている。長いひげの村長の長ったらしい話をシェリーナだけが興味深げに聞いていて、呆れられたことや、巨大な穴に三人して落下したことも、まるで昨日の事の様に思い出せる。

「シェリーナ!」

 店から出てきたピンク色の髪の少女が、シェリーナを見つけると手を振ってくる。

「お久しぶりです、リズさん!」

 シェリーナも少女――――リズベット(通称リズ)に駆け寄ると、ハイタッチを交わした。

「シェリーナに最後にあったのいつだっけ」
「えーっと……たぶん、二カ月ぶりくらいだと思います」
「うわ!そんなに立つのかぁ。あ、入って入って。キリトとアスナも来てるから」

 リズベットに連れられて、武具店に入るシェリーナとドレイク。武具店の中には様々な武器が陳列されている。そのどれもが、一目で一級品と分かる輝きを纏っていた。ドレイクが興味深げに、しげしげと店内を見渡す。

「……すごいですね。《私》になる前もこれほどの武器屋に出会ったことはないみたいですよ」
「リズさんはマスタースミスですから。一級品が続々つくれるんですよ」

 ドレイクに説明するシェリーナ。すると、前を歩いていたリズが振り返って、

「マスタースミスって言っても、アイテムそのものはランダムパラメータだからいっつも一級品っていうわけにはいかないんだけどね」

 と苦笑した。

 そんな会話をしながら、三人はカウンターの奥、リズの住居スペースへと入って行った。リズベットがドアをこんこん、とノックすると、中から「はーい」という声。

「お待たせぇ~」

 リズがドアを開けると、部屋の丸テーブルには、既に二人のプレイヤーが並んでいた。言うまでもなく、キリトとアスナだ。

「シェリーナ!」

 キリトが驚愕の表情を浮かべてシェリーナを見る。

「どこ行ってたんだよ、心配したんだぞ!?……まさか、四日間ずっと迷宮区にこもりっぱなしだったとかじゃないだろうな」
「まさか、そんなワケないじゃないですか。キリトさんじゃあるまいし」
「何をぅ?生意気な!」

 どこかほっとした表情のキリトに、シェリーナは言い返す。キリトとこんな感じの会話をするのは、とても久しぶりのような気がした。やはり、ドレイクの影響なのだろうか……。

「シェリーナちゃん、久しぶり」
「はい、お久しぶりです、アスナさん」

 シェリーナは、キリトの隣に座るアスナにもぺこりと頭を下げた。ついでにフードも脱ぐ。

 キリトとアスナが結婚したことは、既に聞いていた。多少のショックはやはりあったものの、「ようやくか」「よかった」といったプラスの感情が、それを上回っていた。なぜだろうか。シェリーナにはわからない。けれど、今はキリトとアスナの幸せを、心から願いたかった。

 SAOにおけるプレイヤーの関係は、大きく分けて四種類。一つが、全くの赤の他人。フィールドで会ってもプレイヤーネームすら表示されない。ふたつ目が、フレンド。フィールドで出会うとプレイヤーネームが表示され、また、迷宮区などの特定区域を除くどこにいてもメッセージをやり取りできる。また、マップ上のどこにいるのかを追跡したりすることもできる。三つ目が、ギルドメンバーだ。ギルメンどうしでパーティーを組むと、経験値などに多少の補正が着くのだが、代わりに入手した(コル)の一部をギルドマスター…より正確には《盟約のスクロール》…に《上納金》として吹っ掛けられてしまう。

 そして、これらのどれとも異なるのが四つ目、《夫婦》だ。現実世界の結婚とは異なり、片方がプロポーズメッセージを送り、もう片方が了承すれば成立だ。しかし、それがもたらす効果はほかの三種類の比ではない。

 結婚がもたらす変化。それは、『全情報の共有』だ。夫婦同士ではお互いのステータス画面を自由に見ることが可能だし、アイテム欄・財布に至っては一つに統一されてしまう。また、夫婦間ではハラスメントコードを起動させる《倫理コード》が一切無効化されるため、夫婦の営みも自由である。裏切りや詐欺が横行するアインクラッドでは、そもそもプレイヤーの圧倒的男女差もあって結婚まで至るカップルは数少ない。けれど、決して少なすぎる数ではないのだ。

「キリトさん、アスナさん、遅くなりましたが、ご結婚おめでとうございます」
「ありがとう」

 キリトが、笑顔で答える。キリトが浮かべたその笑顔は、半年前から一度も見なかった、心からの笑みだった。

「……ところで、そっちの人は……」

 そこで、キリトがようやくドレイクの存在に気が付いた。そういえばシェリーナも大分長い間ほったらかしにしていた気がする。そもそも、なぜ今まで誰も気が付かなかったのだ……。

「……気配遮断的な術があるんですよ」
「え?そうなんですか?」
「……嘘です」

 シェリーナだけに聞こえるほど小さな声で喋ると、ドレイクはくすっ、と小さく笑い、キリトとアスナ、リズの前に踏み出した。フードをはずす。ドレイクの灰色気味の銀色の髪と、赤銅色の眼、整った顔立ちがあらわになる。

「皆さん初めまして。ドレイクと申します。シェリーナの……そうですね、チームメイトのようなことをやっています。以後お見知りおきを」

 ぺこりと頭を下げるドレイク。しばらくキリト達はぽかーんと呆けていたが、はっ、とキリトが息を吹き返した。

「こ、こちらこそ……」
「よろしく……」
「お願いします……」

 三人もおずおずと頭を下げる。

 ……やはり、ドレイクには空気を操る能力でもあるのではないか。

 シェリーナがそう思った瞬間であった。


 
 その後、キリト、アスナ、シェリーナ、ドレイク、リズベットの五人で記念写真をとった。撮影者はNPCカメラマンだったが、非常にできのいい写真が完成した。

 そこには、中央で肩を寄せ合ってピースサインをするアスナとリズ、端で所在なさげに立つキリトと、珍しくフードをとったシェリーナ、そして、反対の端でまるで置物か何かの様にひっそりと、しかし確かな存在感と共に立つドレイクが映されていた。


 ――――後でわかったことだが、空の方をよく見ると、《エネマリア》のメンバーと思しき飛行系モンスターが飛んでいた。 
 

 
後書き
 明日は受験だー……自動更新モードにしておきます。 
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