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ソードアート・オンライン~剣の世界の魔法使い~

作者:神話巡り
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第Ⅰ章:剣の世界の魔法使い
  ユニークスキル

 コクライ達と別れて小一時間後。シェリーナはアインクラッド第七十四層フィールドダンジョン、《仄暗き森》に来ていた。理由は至極簡単。この森の最奥部に住まう、この世界唯一の《魔法使い》に会うためだ。

 ドレイクとは三日ほど会っていない。初めて遭遇した日以来となる。シェリーナは《仄暗き森》内部を周囲を見渡しながら歩いていく。いくらそこまで苦戦するモンスターが出ないと言っても、注意を怠るわけにはいかないからだ。ドレイクに初めて会った時の様に、モンスターハウスなどの危険なトラップに遭遇するかもしれない。

 そんなわけで慎重に進むシェリーナ。次第に踏みしめている草の感触が変わっていくのが感じられる。足取りが次第に速くなる。そして、遂に視界が開ける――――。

 光り輝く茸たちが、背景でしかないはずの《そこ》を……《不可侵エリア》を淡く幻想的に照らしている。シェリーナは右手の指を振ってメニューウィンドウを呼び出すと、アイテム(ストレージ)から黒い水晶のネックレスを取り出す。

 以前ドレイク達の元に来た時にもらった《通行パスポート》だ。

 SAOでは、アクセサリアイテムは一つの装備箇所にひとつしか装備できない。そのため、普段装備しているネックレス系アイテムを外さないと、この通行パスポートを装備できないのだ。さりとてこれほど重要なアイテムを簡易ポーチに入れておくわけにもいかず、こうして普段はあまりしないアイテム欄への収納を行っているのだ。

 ネックレスを《不可侵エリア(あちら側)》との障壁に近づける。すると、不可視の障壁に波紋が広がる。そこを中心に金色の文字が渦を巻いて出現する。

 《Glory to the people of our black dragon king》と読める金色の文字がアーチ形を描く。シェリーナはそこだけにぽっかりと空いた障壁の消失した部分を潜り抜けた。

 直後――――

 ぱん!ぱん!という謎の破裂音、ぷっぷくぷーという間抜けたラッパの音、そして、幾本もの紙きれが次々にシェリーナを襲った。

「お久しぶりですシェリーナさん!よくぞおいで下さいました!!」
『うむ!我は友が再びこの地を踏んでくれたことをうれしく思うぞ。おお……これがうわさに聞く「ともだちがうちにあそびにくる」という奴なのだな?』
「そうです。きっとそうなのですよ!!この昂揚感!!何たることでしょう!!」

 満々の笑みで踊り出しそうな……いや、現に踊り出しているドレイクと黒龍王。以前会った時の2人からは想像もつかないほどテンションの高まった二人を見て、シェリーナは絶句するしかない。しかもその後ろでは《エネマリア》のモンスターたちが歓喜に沸いて踊っている。
 
 ようやく出た言葉は
 
「なっ……はぁ……?」

 戸惑うシェリーナを気にする様子もなく、ドレイク達は話を続ける。

「いやぁ、もう来てもらえないかと思ってましたよ」
『全くだ。友が減るのは誠に寂しいことだからな……本当に喜ばしい』

 ドレイクに至っては涙ぐんでいるほどだ。それほどまでに感動的だっただろうか、私の再来は……。三日。たった三日シェリーナが来なかっただけなのに、これほどまでに歓喜する彼ら。恐らく、《エネマリア》の外からの来訪者というのが本当にうれしいのだろう。

 不思議と、シェリーナも笑顔になる。フードをとって素顔を出しつつ、シェリーナは頭を下げる。

「お久しぶりです、ドレイクさん。黒龍王さん。私も、お二人と再見できてとてもうれしいです」
「いえいえ。それにしても、本当によく来てくださいました……私たちはずっと仲間内だけで生きてきましたから、こういったほかからのお客という物がすごく新鮮でうれしいものなのですよ」

 にっこりと笑みを浮かべるドレイク。その横では黒龍王がノリノリで配下に指示を出していた。

『さぁ、汝らよ!!今日は宴だ!!明から宵まで宴尽くせ!!』


 ***


 宴は、シェリーナが終わらないんじゃないかと不安になるほど長く続いた。来た時にはまだ明るかった空は、今はもう真っ暗になっている。大騒ぎしていた《エネマリア》のモンスターたちは、ほぼ全員が酔いつぶれてひっくり返っていた。まぁ、《泥酔》ステータスがない、そもそも酔うことがないこの世界で、酔いつぶれるというのは一体どういうことなのか。やはり彼らがプレイヤーではないからだろうか。恐らくそうなのだろう。証拠に、黒龍王はすでにその巨体を横たえてはいたが、ドレイクとシェリーナはいまだはっきり理性を保っていたからだ。

「みなさん、疲れてしまったのでしょうか」
「そうですね。王も彼らも、シェリーナが来てくれたことが本当にうれしかったんですよ……。先ほども申しました通り、我々はずっとこの《エネマリア》だけで生きてきましたから。私が初めて彼らの元を訪れたのはいつの事だったか……」

 思い出せたらお話しますね。とドレイクが笑う。ドレイクの笑顔は優しい。シェリーナもつられて微笑んでしまう。

 本当に、不思議な青年だと思う。年齢は恐らくシェリーナと大して変わらないだろう。それなのに、この落ち着いた態度。ロールプレイの一環なのではあろうが、とてもそうだとは思えないほどの気品だ。シェリーナも現実世界(リアルワールド)では比較的落ち着いた人間だったとは思うが、このドレイクほどではなかっただろう。

 現実世界(リアルワールド)では、何をしていたのだろう。最大でも二歳くらいしか年の差はないはずだから、学生かな……。どんな人なんだろう。会ってみたいな……。

「現実世界でも、お会いできるとうれしいですね……」
「……私も、同じこと考えてました」

 ドレイクが漏らした言葉が、丁度自分が考えていた事と同じであったと知って、シェリーナはふっ、とほほ笑んで言葉を返す。

 ドレイクが空を見上げる。アインクラッドの空は、次層の底で、天蓋の様におおわれているため、そこには星も、月も、昼でも太陽さえない。けれど、それでも《空》であることに変わりはない。眺めていれば落ち着く。

「……空が飛べるようになるユニークスキル、とかあれば面白いんですけどね」
「そうですねぇ。……飛んでみますか?」
「え……?」

 驚愕の声を漏らしながら、シェリーナはドレイクを見た。ドレイクはニコニコ笑っている。

「《エネマリア》の中に、遠い階層から来た空が飛べるモンスターがいるんです。結構いい性格なので、仲良くなれば乗せてもらえるかもしれません。それと……」

 ドレイクはちょっと苦笑めいた表情になると、

「《魔法》の中に、ほんの少しだけですが空を飛べるようになるものがあるんです。もっとこの系統の術式を学んでいれば、それこそ彼らの様に大空を自由に飛べるようになったのかもしれませんが……残念ながら私はそれをあきらめてしまいまして」

 ははは、とドレイクが笑う。

「《魔法》といっても、みなさんが期待しているような万能なものではありません。それに、多くのものは当然ですが彼ら――――」

 ドレイクは、酔いつぶれて眠っているモンスターたちを指さした。

「彼ら、モンスターたちの方が優れている。当然ですよね。もともと彼らのためにある能力だというのに……」

 夜空を見上げる。シェリーナもつられて空を見上げた。雲だけが浮かんでいる。蓋とそれ以外は、何もない。

「……私は、その力の一端を借り受けているだけに過ぎない。どうしてこのスキルが、《魔法》が、私の、もとに来たのかすらわからないというのに、私はこの力を自分だけのものとしてふるっている……」

 ドレイクは視線を下ろすと、今度は隣に座るシェリーナを見た。

「シェリーナ。どうしてこの世界には、《ユニークスキル》なんていうものがあるんでしょうか。『たった一人だけのもの』があるのでしょうか。誰にでも使えていいはずなのに。……実際にこのスキルの使い手である身からしてみれば、このスキルは私を狂わせるためのものでしかない。このスキルがあるから、私はこの世界でたった一人の《魔法使い》になった。けれどユニークスキルは、私からしてみれば戒めでしかない……」

 キリトも……そう思っているのだろうか。《二刀流》は重し。なければ良かったと思っているのだろうか。

 ――――きっと、違う。

 シェリーナは、なぜかそう思えた。かつてのキリトなら、《二刀流》をただの重しとしか見なかっただろう。しかし、《二刀流》を駆使して誰かの命を守った今のキリトなら……守るための力があって、よかった、と。《二刀流》があってよかった、と思うのではないか。

 キリトは、《二刀流》に『守るための力』という意味を見つけたのだ。

「ドレイクさん」
「はい?なんでしょうか」
「ドレイクさん。私の知り合いの方に、ユニークスキルを使う人がいます。その人も、きっとドレイクさんと同じことを思ってたんだと思います。けれど、その人はそのスキルで、誰かを守った。あの力が無ければ、助けられなかった命でした。……ドレイクさん。きっと、いつか《魔法》のスキルを、どういう風に使えばいいのか。何のために有るのかが分かります。ドレイクさんは以前、『異世界との橋渡しのためのスキル』とおっしゃっていました。ドレイクさんは、この《エネマリア》の皆さんと仲良く暮らしている……きっと、それで十分だと思うんです。……ごめんなさい。えらそうに言ってしまって……私には、なんの力もないのに……」

 彼女にしては非常に珍しく、長い言葉を言い切ったシェリーナは、急に恥ずかしくなってうつむいてしまった。

「いいえ。そんなことはありませんよ」

 ドレイクを見ると、彼は赤銅色の眼を細めて微笑んでいた。

「そうですね……そうですよ……どうして忘れていたんでしょう。このスキルは、彼らと対話するための力だったはずなのに……どうして、忘れていたんでしょうね。……シェリーナ、ありがとうございます」

 目が覚めた気がします、と呟くと、ドレイクはシェリーナが初めて見る満点の笑みを浮かべた。 
 

 
後書き
 《エネマリア》の皆さんの陽気さといったらありゃしない。 
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