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乱世の確率事象改変

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覇王、乱世の箱を問う

「ここが……曹孟徳の治める……」
 ここは曹孟徳が治める地の中で最も発展した場所。
 城門を潜り、その街並みを見た少女は――――絶句した。
 整えられた街並みはこれまで見てきたどの街とも比べるまでも無く活気に溢れ、人々の生きる力が声に乗って耳に響いてくる。
 あまりに自身の主の治める地の安穏とした空気とは違いすぎたが立ち止まる訳にも行かず、ただ中央の城へと歩を進める。
 茶髪の髪を後ろで纏め上げ、服装は敬愛する主とほぼ同じ作りのいつも着ているモノ……ではなく、真っ白な純白の使者用の服であった。
 普段ならばそのような少し豪奢な服など着る事の無い彼女は、今回いやいやながらもその服を着てこの場に来ている。
 正直、知っている人がその少女を見ても誰かと間違うくらいには別人に見える。今回の訪問ではそれも功を奏しているかもしれない。
 ここにいる理由、それは先の戦の後に行われた酒宴での一人の、腹立たしい事この上ない男の提案を自分達で煮詰めた結果のこと。
 ある程度纏まり、誰を使者に出すかと話が上がった時、本来ならば張純あたりが赴くはずであったのだが……彼女の提案で関靖が任命されてしまった。
「私のような名が売れていないモノが使いに出るよりも、伯珪様の片腕である関靖さんが行くのが妥当かと思いますが……」
 涼しげな顔でそう言われては、部下に甘い白蓮が聞かないはずも無かった。それに確かに張純の言は的を得ていたと言ってもいいが、しかし一つ不安があった。
 関靖こと牡丹は思考が暴走しがちであり、こと白蓮の事に関するとそれが顕著に表れてしまうからである。
「牡丹……お前……絶対に落ち着いて交渉しろよ?」
 牡丹の主の言葉は、きっと昔ならば心底疑っていますというような訝しげな表情で発されただろう。
 しかし今回は全く疑いなどなく、自身の部下への信頼のみが送られていた。
 そこまで白蓮に期待されて、それを裏切るようなら忠臣とは呼べない。
 絶対に成功させてみせる。
 今は幽州にいる主の期待の眼差しを思い出しながら、牡丹は心に強く決意して曹操の住まう城へと歩みを進めて行った。


 †


 城門にて曹孟徳への使い、さらには幽州より極秘の使者であると伝えた牡丹の前に現れたのは一人の長い金髪を風にわさわさと棚引かせた少女であった。
「ええと、幽州は公孫賛が使者で関靖と言います」
「風は程昱というのですよー。どうぞこちらにー。ああ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよー」
 どこか気が抜けるような間延びした口調は瞬時に牡丹の警戒心をある程度まで下げた。
 肩の力を抜き、堅苦しい服ではあるが今出来る最大のリラックス状態まで落ちたといってもいい。
 彼女の発する言葉にはそれだけ人に与える影響力があった。
 てくてくと前を歩く程昱を観察する事幾分、牡丹は不思議なモノに目が行った。
 彼女の頭に一つの不思議な人形が乗っている。
 こちらをじろりと睨むその人形はその手にぐるぐると渦巻く線の入った飴を持たされていた。
「おうおう姉ちゃん。あんまりじろじろ見てくれるな、照れるじゃねーか」
 ふいに、何の突拍子も無くどこからか声が聞こえた。
 牡丹はあまりの出来事に目を見開き、ああ、この人形が喋ったのだと気付いた頃にビシリと飴で自身を差される。
「オレの事を人形だと思ってんのか? 残念、オレは風の――――」
「これ、宝譿。お客様に対してなんて口のきき方ですか」
 ぴたりと歩みを止め、自身の頭に乗せている不思議な人形を手に取って弄繰り回す程昱にしばし呆然としてしまう。
 彼女の一人芝居であるのか、人形からの声は彼女のモノに似ていた。しかし口は全く動いてはいない。
「おお、申し訳ないのです。この子は可愛い女の人が好きな変態さんなので少し気分が高揚してしまったようでして」
 眠たげな眼を牡丹に向けて話す程昱からは嘘を言っているようには感じられなかった。
「い、いえ、こちらこそお気になさらず。……でもそれ、どうやって――――」
「オレの身体に興味があるってのかい? だが美人の頼みでもさすがに教えられねぇな」
 ぴしゃりと拒絶され、牡丹は人形如きにとイラつきを覚えたが、自分がこの少女の調子に呑まれている事に今更気付いた。
 腹に力を込め、自分がしっかりしなければ主の名まで貶めてしまうと気合を入れ、
「ふふ、分かりました。……程昱さんのお友達なんですね。無礼をお許しください」
 程昱に一つ、隠れた宣言をする。
 きっとこれは自分を試しているんだ。曹操はこの少女にある程度私の事を見極めさせる気でいるんだ。
 そう考えた牡丹は情報を与えないように線を引いた。こちらが乗ったのだからもうこれ以上はそちらのやり方には乗らない、と。
 例えば、これがかの劉備軍の天才軍師二人であったならば、何かしら他の切り口を探して程昱自身の人となりを見つけるモノを探しただろう。
 牡丹の、腹立たしい事に気になっている男ならば、程昱と共に意味不明な空間を作り出して空気に溶け込んでしまったかもしれない。
 しかし牡丹はただ純粋に任務を行う為に、己が主からの依頼を為す事のみ頭にある。だからこそ警戒を張り直し、気の置けない相手であると意識を持ち直した。
 そして……それを読み取れない程昱では無い。
 牡丹は彼女の事で知らない事があった。
 程昱という少女は最近曹操の元に士官した軍師である。そして牡丹自身が肩を並べる、同僚であり友でもある星の旧知の友であった。
「ふむ、さすがは星ちゃんが仕える公孫賛様の片腕さんですねー」
 程昱の言葉を聞いた牡丹の思考はピタリと止まる。
 奇襲と呼ぶに相応しいやり方。意識の外、まさかこの場で信頼を置く者の名が出るとは思わなかった。
 そして星は簡単に真名を預ける人物では無い。それを良く知る牡丹は彼女がどのような人物かも理解してしまった。
 武の身体運びが出来ているわけでは無いのが見て取れたのだから、彼女は星が真名を許す程の才を認める……軍師なのだと。
 そして見事なのは一つ。
 星の友であるというのならば、警戒を再度高める必要は無いのだという事。
 敢えて親しげに真名を出す事によって牡丹自身にそれも伝えているのだから。
「程昱さんは星の友達なんですね」
 牡丹はふっと微笑み話しかける。程昱の発言の中、暗に隠された事柄に気付けばもはや警戒心などどこにもありはしなかった。
「ふふ、謁見の間に着くまで少し星ちゃんの事を話しませんか?」
 優しく、柔らかに微笑み返した程昱の言葉に牡丹は頷き、自身が見てきた友の事を話し、自分の知らない友の姿を聞かせて貰った。
 固くなった思考は十分に解れ、今ならば最高の状態で交渉に臨める。
 牡丹はそう考えながら、そして程昱の気遣いに感謝しながら、二人は謁見の間に向かった。


 ただ……ここで一つ牡丹はミスを犯したと言える。
 如何に相手が友である星と旧知の仲だとしても、警戒を解いてはいけなかった。
 これが伏竜と鳳雛の二人ならば、程昱への警戒は高まり、食えない相手であると認識し、互いに開けられる情報を事前に交換し合っただろう。
 黒衣の男ならば、軽く語らいながらも次に待ち受ける相手の膨大さから気を抜かずに、着々と己が行う交渉の為に理論を高めて行ったであろうことは予測に容易い。
 そう、まさしくここは覇王の手の中なのだから。
 程昱は既に曹操の軍師。ならば求めるモノは何であるか。
 それを見極められなければいけなかった。
 

 †


「幽州よりの使者、関靖様をお連れしましたー」
 扉が開かれ、最近新たに陣営に加わった風が声を上げ、すすっと脇を通って己が立ち位置に戻る。
 開かれた扉に佇む一人の少女、公孫賛からの使いである関靖に対して、玉座に座ったまますっと目を細めて見据える。
 茫然。まさしくその言葉が相応しい。彼女は気圧されていた。謁見の間に並び立つ私の愛する忠臣達からの視線、そして私がぶつける覇気に対して。
 風も中々に意地が悪い。警戒心を解きに掛かるので共通の知り合いのいる自分が出迎えると言ってのけたのだから。交渉の主導権を先に私が握り易くする為にそれを行う、と。
 つまり彼女はこう言いたいのだ。この交渉は何としても有利に進めなければこの先危うい事態になりかねない、と。
 今回の密使は文で簡単な内容が先に届いている。
 私は公孫賛を見直した。乱世に於いて先を見越して動く事が出来る真の英傑であると。全ての手段を用いて戦ってもいい相手であると。
 そして、この戦後処理等で忙しい時期に白馬長史の片腕と呼ばれている者を改めて使者に出し、交渉を行う姿勢も評価に値した。
 だからこそ、先手を取らせて貰う。そして見極めさせて貰おう。
 今回の交渉にどの程度乗ってよいのか。あなたが使いに出した片腕の力量次第では考えてみてもいいわ、公孫賛。
 ただ、違和感が思考の端に翳りを齎している。この交渉を考えたのは本当に――――
「急な訪問申し訳ありません、曹孟徳様。お初にお目にかかります。我が主、公孫伯珪様よりの使者として参りました関靖と申します。このような交渉の場を設けて頂き、誠にありがとうございます」
 気圧されていた彼女は口を横一文字に引き結び、ゆっくりと謁見の間を歩き、立ち止まってからやや頭を垂れて告げた。
 その姿に関心を、そしてこれからの対応への楽しみを籠めて少し微笑み言葉を返す。
「遠い所、ご苦労であった。先の文で案件は聞いている。その内容に変更はあるか?」
「事前にお送り致しました文には簡易なモノしか書き連ねていないと思われますので、少し自身から説明を行ってもよろしいでしょうか?」 
 彼女が聞きたいのはこれが誰にも聞かせられない、他の軍にばれてはいけない密約を結ぶためなのだから、諜報対策は万全かということ。
 その点については問題は無い。今、謁見の間に居るのは確実に信を置いている忠臣たる者達しかいない。そして誰も聞き耳を立てることが出来ない状態にしてある。
「よい。申してみよ」
「ありがとうございます。では、
 先の反董卓連合に於いて、我が主は家たる幽州の平穏を守る為に参加致しました。大陸の平穏は幽州の平穏である、と。
 ただ、裏の参加理由もございました。連合を組むに当たり声を上げた者は袁紹。その強大なる権力は、大陸の端を治める我が主にとっては何を押し付けられても不思議ではないモノ。
 連合に参加せずに居たのならば、戦が終わった後、逆賊と言われても言い返す事が出来ません。だからこそ我が主は先の戦に参加を決心致しました」
 そこで一旦言葉を区切った関靖は私をちらと覗き見た。
 静かに、口の端に笑みを浮かべてその瞳を一瞥すると、目線が少しぶれたが、それでも力強く見つめ返してきた。
 自身の主への忠誠という一本の芯から、その心は折れないというわけか。
 もう一度目を細めて先を促すと、彼女は一度瞼を閉じ、さらに光が強くなった瞳で私を見据えて続きを語る。
「戦が終わり、大陸は平穏になった……と言えましょう。ですが袁家は、諸侯の権力争いの戦端を開いた袁家が、この先に目指すモノはなんでありましょうか。
 天子である帝がいないにも関わらず連合は組まれ、帝がお住まいになられていたにも関わらず洛陽の都が攻められました。
 人の欲というモノは恐ろしいモノで、とどまる事を知りません。
 袁家が目指す先に、もしやと思われる予想がございます。それが天下の塗り替え、袁家による大陸支配でございます。
 いち早くその危険性に気付いた我が主は、次に狙われるのは後背の憂いたる幽州では無いのかと考え、その為に今、力を蓄えております。しかし……」
 再度言葉を区切った関靖は周りに視線を巡らせ、胸を張り、瞳に不敵な輝きを一瞬だけ見せてから私を見つめなおした。
「我ら幽州の民は古くから敵対してきたモノがおり、その警戒にも力を裂かねばいけません。
 そこで、万が一袁家が攻めてきた時に曹孟徳様率いる、大陸でも一、二を争うほど精強な軍のお力を貸して頂きたいのです。相応の対価、交換条件の判断は私に一任されております故、ご一考をお願い申し上げます」
 言い切り、すっと頭を垂れる関靖。
 風による心理戦、謁見の間に着くまでと今の気持ちの格差が効いているのか、強く出る事はせず、交渉の判断の大きなモノをこちらに預けて来た。
 そんな関靖を見ていて、そして説明を聞いていてやはり疑問に思った。
 これは公孫賛陣営が出した策では無いのではないか。
 文が届いた時から僅かな違和感があった。
 何度か言葉を交わしたことがあるし、公孫賛の人となりは知っている。彼女がこんなに見事に、迅速に動く事が出来るだろうか。
 いくら調べても軍の内部にとびきり優秀である軍師はおらず、内への思考が強く、外敵対策に頭を悩ませていた彼女が。
 中立、と呼ぶのが妥当である彼女の性格からは、どうしても今回の交渉という出来事が異常に過ぎるのだ。
 確かに連合に参加した理由までは……評価に値する。先を見越して動いたのだ。まさしく彼女も一人の王であるといえる。家たる幽州を守るという意識の発露であると断定出来るだろう。
 だが……その先、今後の乱世を予測するとなると全く違う思考が必要。袁家からの理由づけを防ぐために参加したのに、安心せずにさらに警戒を強めるという思考がまずおかしいのだ。
 それならば参加の時点でその思考に至っているのが通常なはず。
 軽い矛盾点がある今の話を煮詰めると、戦の直後に誰かが彼女達に入れ知恵をした、という可能性が浮かび上がる。
 自分達で気付けたか、と言われれば大抵は否である。一旦、身内だけで凝り固まってしまった安心感と思考を解すためには広い視点もしくは外部からの意見が必要なのだから。
 それを……確かめさせて貰いましょうか。
 交渉を思いついたのが本当に公孫賛ならば、彼女を強大な、油断できない好敵手と認識した上で密約の話を受けましょう。私が見誤っていたのだと評価を改めて。
 もし違うのならば――――
「関靖よ。一つ戯れに尋ねたい事があるが、よいか?」
「……答えられるモノであればお答え致します」
 これに対する答えがあなた達の命運を分ける。
 私の軍師達は不思議そうな顔を一瞬だけ向けたが、それでも何も言わずに前を向きなおした。
「先に言っておく、個人的に聞いてみたい事だから気負わずに答えて欲しい」 
 口調を少し砕いて言うと関靖は一寸だけ表情が穏やかになった。まだ気を抜くのは早いというのに。
「では、問おう。
 大きな箱、小さな箱、煌びやかな箱、質素な箱。その他にも様々な箱が並べられているとする。中身は開けてみないと分からない。
 その中から一つを選べと言われて、あなたならどれを選ぶ? 別にどれを選ぼうと何も言わないから本心で述べなさい」
 心底、怪訝な表情を浮かべてから、額に手を当てて悩みだした関靖。対して軍師達は驚愕の表情に変わった。
 この質問の意図をすぐさま見抜けたなら……あなたには軍師の才か、王才があると言える。
 しばらく悩んだ関靖はおずおずと、申し訳なさそうに口を開いた。
「その……白い箱はあるんでしょうか? 出来れば可愛い馬の絵柄が入っているといいのですが」
 一瞬、彼女の発言に私の思考が止まった。あまりに面白くて。
「……そうね、あなたが望むのならばあるでしょう」
 なるほど、彼女はまさしく公孫賛の片腕で、彼女だけの忠臣である。
「ならそれにします。我が主への贈り物にするので」
 キラキラと楽しそうに言う関靖の表情は恋をする少女特有のモノだった。
 春蘭と同じ存在か。いや、内政能力の高い春蘭、と言った所。……その見事な忠誠心と想いを向けて貰える公孫賛は幸せ者でしょうね。
「ふふ、そう。ならばあなたの主ならどれを選ぶと思う?」
 続けて、一番尋ねたい事を関靖にぶつけると、
「……そうですね。多分、他に人がいると考えて皆の意見を聞いてから、被っていないモノを選ぶのではないでしょうか」
 関靖が予想を答え、私は内心で笑みを深くした。
 かかった。
 今回、乱世の交渉は公孫賛が出した策では無い。関靖の主は変わりないという事か。
「なら……そうね、箱は皆に上げるから別のモノが欲しい、と言いそうな人物はあなたの知り合いにいるかしら? ……国の外でも構わないわ」
 最後に付け足した言葉に関靖の表情が少し憎らしげであるが親愛の情を向けるモノに変わり、そこで確信に至った。
 軍の内部にいないのであれば、そのような事を思いつくのはあれしかいない。
 この問いかけは乱世を表している。
 箱は治める土地、もしくは諸侯の持っているモノ。選べと言われてはいそうですかと答えるような輩は王足りえない。
 忠臣たる関靖の答えた公孫賛が選ぶ予想はまさしく彼女の人となりを表していた。
 つまり、どこまで行っても彼女は中立なのだ。
 この問いかけに答えるかは関靖の自由であったが、警戒の解けたあなたではこの話の意図は余計に見抜けなかった。
 交渉の根幹を左右するほどの問題であったのに。
 この交渉を提案した輩は乱世に於いて漁夫の利を得ようとしているのだ。
 誰かと誰かを争わせ、その間に自身は別のモノを狙うか、その間に何食わぬ顔で参加し始める、ということ。
 この私でさえ駒の一つとみなしている訳だ。腹立たしい、等とは思わない。むしろ面白い、そして愛おしい。心が歓喜に震え、敵対者の成長に高揚してくる。
 予想では……それを行おうとする者は、知っている限りで三人。
 そして公孫賛個人に対して迅速に、他諸侯にバレる事も違和感を持たせる事も無く働きかけが出来るモノは……たった一人。
「……いませんね」
 関靖は漸く私の真の狙いに気付いたようで、真っ青な顔の慄く唇から嘘の言葉が紡がれた。
 それでは遅い。もはやこの問答に価値は無く、これ以上続けても無意味である。
 ならば早々に打ち切ってこちらの交換条件を呑んでもらうとしよう。
「そう、質問に答えてくれて感謝する。では密盟の話に戻ろう。我が軍は公孫軍と共に袁家打倒に参加する」
「ありがとうござ――――」
「ただし! それはその方達が力を示してこそ参加するに足る。我が国の民、いたずらに失う訳にはいかぬ。己が国ならば己が力で守り抜いてみせよ」
 言葉を遮り、こちらの条件を示すと関靖の表情は絶望に染まった。己が失態によって一番望んだ結果は得られなかったのだから当然だろう。
 彼女を責める事は誰にもできはしない。戯れの問いかけで先が決まるなど油断した思考では予想出来るはずがないのだから。
 私達の策が成功したというだけなのだから。
「……つまり、攻められても助けないが攻めるならば助力を行う、と?」
「そう取ってくれて構わない」
 皮肉を込めて棘のある言葉を投げかけるがそれは自分達の国も同じだから強くは言えないし責める事も出来ない。
 先に侵略を行う程の気概を公孫賛が持てたなら、こちらとしても嬉しい事ばかりである。
 関靖は唇を噛みしめ、苦悶の表情で沈黙し始めた。
 悩んでいるのだろう。今ここで、袁家に攻め入ると言いたいはず。しかしそれを決めるのは関靖では無く公孫賛でなくてはならない。
 もう一度その件を伝える時間、煮詰める期間は……もはや残されてはいない。そして私の予想では公孫賛は自分から攻める事はしない。
 これで公孫賛は己が力のみで生き残らなければならなくなった。乗り越える事が出来たのなら……私にとって最上の好敵手となり得るでしょう。
 後に弱った公孫賛が表だって同盟を結ぶ相手は誰か、私と乱世にて敵対を宣言している者は誰か。
 簡単な事だ。これはあの、今でも私のモノにならない、私や孫策と同類であるあの男の策。自身の友である公孫賛を助け、尚且つ自軍が力を付ける時を得る為に考え出された策。
 大陸の大半を巻き込んでの反袁家連合とでも呼べる膨大な展開に行きつく策だ。それを内密に進めようとしている。声高に檄文を飛ばす時間も権力も無いからこそ。
 そこまで考えて身体に歓喜の震えが起こった。
 あれはぬるま湯にほだされず、ただ一人身の内の刃を研いでいる。その刃の向かう先は袁家ではないのだ。今、その切っ先が向けられているのは――――私。
 もし公孫賛が生き残ったのならば、劉備、公孫連合は確実に組まれるだろう。そして真っ先に……私と戦う事になるのだから。
「さて、返答は如何に」
 積み上がる思考をそのままに関靖に問いかける。
 目に涙を浮かべて顔を上げた彼女の返答は、
「分かりました。我ら幽州の底力、見せて差し上げます」
 是であった。ならこの後の細かい交渉は軍師に任せる事にしよう。
「では後の細かい交渉は我が軍の軍師と行って貰う。風、今後この話についてはあなたに全て一任する」
「御意。では関靖さん、どうぞこちらにー」
 一言残して謁見の間を後にする風と関靖を見送ると、桂花が少し赤い顔をして口を開いた。
「華琳様は……どの箱をお選びになられるのですか?」
 先の問答に対する答えを聞いてみたいと、彼女はそう言っている。
「ふふ……全ての箱を開けさせて、中身のいい所の全部を貰うわ。桂花、稟。あなた達の予想を聞かせなさい。風が帰って来たら今後の動きを決める為に軍議を行う」
 そう、この乱世で全てを手に入れる。腐ったモノを除去しながらそれを行う為には何をすればいいのか。
 徐晃、あなたはその場で打てる最良の先手を打ってきた。この話に乗っていたのなら早い時期に私と決着を着けられたことでしょうね。
 でも私はそっくりそのまま、いえ、もっと有意義に、私の為に利用してあげるわ。それでも生き残れるなら劉備とあなたは私の前に立つに相応しい。
 零れる微笑みに私が話を促していると取ったようで、桂花と、風と共に新しく陣幕に加わった郭嘉こと稟は、それぞれが今後の展開について己が意見を話し始めた。


 †


 幽州にて、各地に斥候を放ち、特に袁家関係には神経を研ぎ澄まして情報収集に専念し、練兵も徴兵も滞りなく行っている頃、牡丹が曹操の元から帰ってきた。
「なんだと? 曹操は自分からは動かない、本当にそう言ったのか?」
「は、はい。申し訳ありません! 私が……私が余計な事を言ったばっかりに……」
「どういうことだ?」
 聞くと牡丹は曹操と行われた問答をつらつらと説明してくれた。
 私がどの箱を選ぶか、についてはまさしくその通りだったので牡丹の私に対する把握能力に舌を巻いたが、問題はその問答に隠された意図だった。乱世の対比、そう呼んでもいい。
 曹操は今回の交渉を私達が考えた策では無いと見抜き、改めて私たちの実力を示せ、そう言っているのか。
「……クク、風め。やはりままならんか」
 隣で不敵に笑う星の表情はどこか楽しそうに見えた。彼女の古き友が曹操の元に士官しているのだという。劉備軍の二人の天才に勝るとも劣らない軍師である、とのこと。
「ごめんなさい! この罰は、不手際は、命をもって償うしかありませんもはや私には生きている価値もないのですそうです白蓮様の望みを叶えられない期待に応えられない私なんか死んじまうしかないんですああだめです秋斗に合わせる顔もありません何が白蓮様は私が守るでしょうかもう既に守る事の一端を綻ばせてしまいましただめですこれではあいつは私達の元に帰って来てくれません白蓮様の為にあいつをここに呼び戻したかったのにもう今ここで自分の首を切り落としましょういや脳髄を洗わないと「牡丹! 少し! 黙れ!」うひゃ! 申し訳ありません!」
 いつものように黙らせると牡丹は口を噤んだが……悔しさから涙を大量に零し始めた。
「牡丹、曹操が上手だっただけだ。私達は少し甘かったんだ。お前は良くやってくれた。だからそんなに自分を責めるな」
「そう、既に城に着いた時から策を巡らせていたのだろう。私の古き友は人の心を読み、操るのが上手い。ましてや初対面、そして私という隙があった。ならば引っかからない方が難しいというモノ」
 星の名前を出したのは、きっと星自身に対する友からの警告の意味もある。
 友ではあるが違う主に仕える者。だからこそ容赦はしない、そう宣言しているのか。つまり、曹操も袁家と同じく大陸を制覇する為に動くと言う事を暗に伝えているわけだ。
 こうなってしまっては私達が一番にすべきことはなんなのか。この家を守る為に出来る事はなんなのか。
 そうだな、私も変わらなければいけない頃合いか。覚悟を高める時機が来たのだろう。
 こんなに尽くしてくれる友と家臣、そして何より全ての愛する民の為に。
「牡丹、星、よく聞け。私は今回、自分からは攻めない」
 二人は驚愕に目を見開き、何かを言い返そうとしたがその言葉を呑み込んでくれた。
「……知れた事。舐められたままで同盟など組めるか。今のままじゃ曹操の奴に主導権を握られっぱなしになるだろう。それなら牡丹が、私の代弁者たる片腕が啖呵を切った通りに、私達のみで袁家の手を跳ね除ける。その上で、対袁家の戦の主導権は私が取らせて貰う」
 言い切ると、自分の脚が少し震えている事に気が付いた。こんな大言、私には似合わないな。
 しかし従属するだけなんてのは真っ平御免だ。私達には私達の生き様があり、譲れない矜持がある。民も、臣下もそんな私について来てくれるわけなんだから、それを示さなければ皆落胆し、希望を見失ってしまうだろう。
 弱い太守の元では平穏は生まれない。だからこそ、私がすべきことは民達に私達自身の力を示す事なんだ。
 少し震えている私の様子を見てか、星が突然吹き出した。
「くっ、あははは! 温和な白蓮殿がそのような物騒な事を言いなさるとは……ふふ、さすがに思いませなんだ」
 むっとして非難の目で見つめると、
「いやはや、また勘違いなされておりますな。褒めておるのです。まさしくあなたは英傑であり、そして我が主に相応しい。あなたのような方の為に我が槍を振るえる事、誇りに思います」
 綺麗に、見る者全てを魅了するような笑みで私の事を認めてくれた。
「白蓮様……私は、一生あなたに、ついていきまわぷっ!」
 涙ながらにしゃくりあげ、言葉の端々を区切って言う牡丹に愛おしさを感じて抱きしめた。こいつには随分と世話になっているから。
「星、ありがとう。牡丹もいつもすまない。お前達となら、お前達がいてくれたら私はどれだけでも強くなれる。皆で守ろう」
 感極まって大泣きし出した牡丹と、微笑みながらこちらを見る星と共に、少しの間そのままの時間を過ごす事にした。
 遠くにいる友に思いを馳せ、かつての願いを果たす為に、私達はそれぞれが覚悟を決めた。











 †


「劉備の元に使者が行ったくらいが頃合い、か。二つ共に合わせて先手を打ちましょう。稟、私の元に来て早々で悪いのだけれど孫策の元に使いを頼めるかしら? まだどこにも顔の割れていないあなたにしか出来ない事なのよ」
「華琳様の望みとあらば」
「ふふ、虎牢関で返し損ねた借りを返すいい機会だわ。利子をしっかりと付けて……ね」
 覇王の盤上は広がった。
 皮肉な事に、欠片をもたらしたのは一番に彼女の打倒を目指す二人の人物。
 彼女は、倒そうと策を巡らせれば巡らせるほど、手を打てば打つほどに全てを呑み込んで、平らげて行く。
 まさしく、誰かが行った評価の通りに、彼女は乱世を喰らう化け物であった。 
 

 
後書き
読んで頂きありがとうございます。

原作魏ルートの箱のやり取りをアレンジしてみました。
こんな感じでどうでしょうか。

ついに我らがヒロイン風ちゃん登場。

次は木曜あたりに更新出来たらいいかなと考えております。

ではまた 
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