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夜行列車

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第五章

「行って来るよ」
「遊園地までね」
「テーマパークっていうらしいな、今は」
「そうなの、テーマパークなの」
「この子達が行きたいっていうからな」
 だから連れて行くというのだ、こう話してだった。
 玄関を出る、陽子はその彼に背中から声をかけた。
「すっかりお祖父ちゃんになったわね」
「おいおい、それは前からじゃないか」
「それが板についてきたっていうのよ」
 そうした意味での言葉だというのだ。
「完全にね」
「そうか、定年して結構経つからな」
「そうよ、じゃあね」
「ああ、行って来るな」
 こう応えてだ、そしてだった。
 彼は二人の孫達を連れて駅に向かった、その駅に着くと。
 桑原がいた、彼もまた小さい子供を連れていた。ただその子達は三人だった。
 その子供達の手をそれぞれ握ったうえでだ、彼は川田の顔を見て挨拶をしてからこう言った。
「暫く振りですね」
「そうですね」
 川田も挨拶をしてから応える。
「最近お会いしていませんでしたね」
「そうでしたね、それで今日は」
「今から孫達をテーマーパークに連れて行きます」
 そこにだとだ、桑原にも話す。
「そうしてきます」
「そうですか、私は映画館に行きます」
「映画ですか」
「あの例のネコ型ロボットの映画の」
 誰もが知っている国民的名作漫画だ、毎年映画が上演されている。
 そしてだ、孫達をその映画を観に連れて行くというのだ。
「孫達が観たいと言いますので」
「そうですか、お宅はそちらですか」
「そうなんです、じゃあ今からですね」
「はい、お互いに行きましょう」
「そうしましょう」
 こう話してだ、そしてだった。
 彼等は同じ電車に乗った、休日の電車は行楽シーズンになってきているので人が多い。しかしそれでも川田も桑原も孫達に何とか座れた。
 そして車窓からの景色を観てだ、川田は孫達に言うのだった。
「お祖父ちゃん達はこの窓からの景色を毎日観ていたんだ」
「毎日?」
「毎日なの」
「ああ、毎日な」 
 観ていたこと、定年するまでのことを話したのだ。
「朝と夜に観ていたんだぞ」
「そうなの、朝からなの」
「ずっと観ていたんだお祖父ちゃん」
「ああ、忙しくて大変だったけれどな」
 だがそれでもだとだ、まだ幼い孫達に話していく。
「綺麗だったな」
「今よりもずっと綺麗なんだ」
「そうなの」
「ああ、ずっとな」
 本当にだ、綺麗だったというのだ。
「夜なんか特にな」
「夜の電車の外ってそんなに綺麗なんだ」
「そんなになの」
「そうだぞ、今はもう観ていないけれどな」
 このことも話した、孫達に。
「けれど本当に綺麗だからな」
「そんなに綺麗なら僕達もね」
「観てみたいな」
「お祖父ちゃんみたいになれば出来るぞ」
 その時にだというのだ。
「そうなればな」
「そうなんだ、僕達もお祖父ちゃん達みたいになれば」
「そうした綺麗なのが観られるのね」
「観たいと思ったら観るんだ」
 向かい側の席の方にいる桑原と彼の孫達も観て言う。
「そうなるんだぞ」
「お祖父ちゃんみたいに働けば」
「そうなれるのね」
「働くのは大変だぞ」
 その頃のことも思い出す、朝早くから家を出て夜遅く帰る。しかも会社では忙しく部下達の面倒を見て上司にはハッパをかけられる。
 それでだ、彼は孫達に言うのだ。
「それでもいいというのなら観るんだ」
「夜の電車の外をね」
「お仕事の帰りに」
「観るんだ、いいな」
 こう孫達に言ってそしてだった、彼は今は昼の車窓を観る。
 もう夜の車窓の外とそこにある光達を観ることはなくなった、だがその時の光の素晴らしさを語ってその光達を懐かしむのだった。
 そしてだ、こうも言うのだった。
「忘れらない位だからな」
「うん、じゃあね」
「絶対に観るね」
 孫達も応える、彼は彼等の言葉も温かい笑顔で受けたのだった。


夜行列車   完


                    2013・8・30 
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