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夜行列車

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第一章

                 夜行列車
 朝の列車と夜の列車は全く違う、例えそれが同じ線路で同じ駅で同じ車両で同じ人間が乗るにしてもだ。
 川田康成は定年間近のサラリーマンだ、今日も朝早くから家からの最寄りの駅に出てそこから会社に向かう電車に乗る。
 その時にだ、近所に住んでいて同じ駅で降りる桑畑慎太郎と会ってまずは朝の挨拶をした。彼も定年間近でありスーツはかなりくたびれている。
 電車の中は満員で降りるまで立っている、川田は手すりを掴みながら隣に立っている桑畑にこんなことを話した。
「いや、最近ですね」
「お忙しいですか」
「ええ」
 少し疲れた、朝からその笑顔で言う川田だった。
「どうにも」
「そうですね、こっちもですよ」
「景気が戻ったのはいいんですが」
 それでもだとだ、川田は皺が多くなった顔で最初に会った時よりもずっと髪が白くなった桑畑に言うのだった。
「それでもかえって」
「忙しくなりましたね」
「いいことですがね」
 忙しいということは仕事があるということだ、だからこのこと自体はいい。
 だが、だ。それでもだというのだ。
「疲れがきますね」
「そうですよね、もう」
「十年、いや十五年前なら」
「もっと違うんですがね」
「けれど今は」
 定年間近になった今はというのだ。
「そんな無理も出来ないですよね」
「そうなんですよね」
 桑畑も疲れた笑顔で川田に応える。
「流石に」
「ところが仕事は変わらないんですよね」
「むしろ立場が上がったから」
「ですよね」
 年齢と共に功績も挙げてだ、二人共今ではそれぞれの会社で部長にある。川田は経理部長、桑畑は総務部長だ。
 部長と言えば聞こえがいい、だがその実態は。
「中間管理職で部下の面倒を観て」
「後始末もしてですからね」
「時には人生相談にも乗って」
「飲みに連れて行って」
「いや、大変ですね」
「全くですよ」
 こう話すのだった、中間管理職の仕事をだ。
「何かあると専務から言われますし」
「それか常務に」
 会社の役員達から言われるというのだ。
「部下の不始末も全部こっちもち」
「いや、大変ですね」
 こう話すのだった、電車の中で。車両の中は満杯で彼等と同じサラリーマンなりOLなり学生なりで満杯だ。その中での話だ。
「定年間近とはいえ」
「家に帰れば女房子供があれこれ愚痴って」
「そっちの苦労もありますし」
「大変ですな」
 こう話す彼等だった、そして。
 会社に行き夜遅くまで働く、帰りの電車では座れるが。
 真夜中に近い、しかもよく部下達を飲みに連れて行くので酒も入っている、それで殆ど何も考えないまま家に帰ってだった。
 そこで妻や子供の愚痴を聞く、風呂に入って晩飯を食べてそれから寝るまでの僅かな間だ、床に入っても妻に言われる。
 川田は寝ようとした、だがここで妻の陽子がこう言ってきたのだ。
 結婚したての時とはめっきり太って髪型もさらりとしたロングヘアから所謂おばさんパーマになり寝巻きも色気のないパジャマだ、顔もぱんぱんになっている。
 若い時はミニスカートを穿いて色気もあったのに今ではこれだ、その陽子がこんなことを言ってきたのである。
「明日はゴミ出しだからね」
「ああ、朝に出る時にか」
「ゴミ出しておいてね」
 このことを言ってきたのだ。
「お願いね」
「ああ、わかってるよ」
 仰向けになって天井を見ながらだ、川田は陽子に応える。 
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