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親子

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第三章

「所謂タコ部屋とまではいきませんが」
「そこで働いておられたんですね」
「九州の方に出稼ぎに行っていまして」
 老人は慎太郎に自分のことも話しつつその慎二郎という人物について話していく。
「それでその時に慎二郎さんと一緒に働いていました」
「そうだったんですか」
「いい人でしたよ」
 老人はここで微笑みになって彼の人柄のことも話した。
「炭鉱は荒くれ者が多いですか」
「人足集めはあちらの世界の人がしてますからね」
「はい、それもありまして」
 当時こうした肉体労働の人集めはヤクザ者が行っていた、これは港でも同じで呉や神戸で任侠の世界が幅を利かせているのもこのことからだ。
「荒くれ者が多いのですが」
「その人はですか」
「静かで気品のある人でした」
 そうだったというのだ。
「ですが剣道をしておられたそうで」
「剣道ですか」
「身体はしっかりしておられました」
「そうだったのですか」
「私も慎二郎さんと一緒に働いていて」
 再びこのことを話してその話に移る。
「打ち解けてきましてお互いのことを話す様になりました」
「それでその人のことをですか」
「知りました」
 そうなったというのだ。
「何でも東京の生まれで。私も実は浅草の方で」
「ああ、あそこの」
「いえね、若い頃といいますか最近まで九州の方にいたんですよ」
 その炭鉱の方にというのだ。
「ガキの頃どうも東京を出たくなりまして」
「それで九州の方におられたんですか」
「そうなんです、元々家は大工でそっちは兄貴が継ぎました」
「成程」
「で、私は十七の時に東京を出てふらりと博多に出まして」
 老人は淡々と己の身の上を話していく。
「そこで大工をしたりその炭鉱に出たりしてました。所帯も持ちました」
「それでその所帯は」
「女房は三年前に死んで息子も娘も向こうに住んでいます」
「それでご老人だけですか」
「ええ、もうお迎えも近いと思いまして」
 それでだというのだ。
「残った金でこっちに戻って小さな家を借りて暮らしています」
「そうされてますか」
「まあ時々大工をして日銭も稼いでいますけれどね」
「そうですか」
「そうです、それで今日は暇で浄瑠璃を観ていたんですが」
 そこでばったりとだ、慎太郎に会ったというのだ。
「そうなんですよ」
「それでその慎二郎という人は」
「ええ、生まれは東京で」
 慎太郎の生まれでもあるここだというのだ。
「何でも呉服屋の息子さんだったそうです」
「呉服屋!?」
 慎太郎のそのことを聞いて直感が動いたことがわかった、それは微かにであるが表情にも出た。だが今は冷静さを保って老人の話を聞いた。
「そこですか」
「はい、何でも古い店ですが」
「そこに生まれた人ですか」
「そうなんです」
「それでどうして九州の炭鉱に」
「はい、何でも大学まで出たんですが」
 老人は今度はその彼の話をする、慎太郎は真剣な面持ちで老人の話を聞いていく。
「家はもうお兄さんが継がれていて」
「仕事はですか」
「家の手伝いを言われたらしいですが家を飛び出たらしいんです」
「そのお兄さんと喧嘩をして、ですか?」
「何でも店で働いていた娘さんと出来て」
 よくある話であった、慎太郎もこうした話は聞いたことがある。 
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