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酒の魔力

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第三章

 その彼の名をだ、ファンはここで出してきたのだ。
「あの人もその人の治療を受けていました」
「稲尾さんもですか」
「右肩にマッサージを受けられていて」
「あれだけ投げられたんですか」
 日本シリーズ四連投四連勝、一シーズン四十二勝、勝利数も二百五十勝を超えている。その途方ももないだけの記録を支えたというのだ。
「そうですか」
「どうされますか?それで」
 ファンは谷沢にさらに言う。
「その人と会われますか?」
「稲尾さんを治療されたんですね」
「そうです」
 あの大記録を支えたというのだ。
「稲尾さんの肩の負担もかなりでしたが」
「はい、それはわかります」
 一シーズン四十二勝なぞ尋常なものではない、普通の人間ならば途中で完全に潰れてしまうところである。
 だが稲尾はそれが出来た、彼の元々の頑丈さもあるが。その肩の疲れを癒して記録を支えていたのならというのだ。
「それを出来たのなら」
「その人の力も大きいですよね」
「そう思います、それじゃあ」
 谷沢はファンとの電話の会話から決めた、そしてだった。
 九州に赴きマッサージ師と会った、マッサージ師は谷沢に会うなりこう言った。
「何とかしてみせます」
「はい、お願いします」
「実はわしのマッサージは普通とは違います」
「といいますと?」
「酒を使います」
 ここで思わぬもの、マッサージからは普通は考えないものが話に出た。
「それを」
「酒、ですか?」
「はい、酒です」
 それをだというのだ。
「それを使わせてもらいます」
「あの、酒を使うとは」
「日本酒ですけれどね、それを使ってマッサージをします」
「飲まないですよね」
 谷沢は怪訝な顔になってマッサージ師に問うた。
「それは」
「あはは、飲みはしませんよ」
 マッサージ師は笑ってそれは否定した。
「それもいいですけれどね」
「では一袋何をして」
「酒を患部に塗ってマッサージをするんです」
「酒を塗るんですか」
「そうです、それでマッサージをするんです」
 それが彼のマッサージのやり方だというのだ。
「酒は血行がよくなりますからね」
「だからですか」
「そうです、丹念にしますので」
「じゃあ今からですか」
「アキレス腱でしたよね」
「はい、そうです」
 患部が何処かということの確認もされた、そこだというのだ。
 その話をしてだ、そしてだった。
 早速治療が開始された、実際に谷沢のアキレス腱に酒が塗られ丹念にマッサージが為される。そしてさらにだった。 
 谷沢は酒が並々と注ぎ込まれた風呂にも入った、これもだった。
「血行がよくなるからね」
「はい、だからです」
 この入浴も当然マッサージ師の治療法だ、マッサージ師自身も言う。
「酒風呂にも入ってです」
「足を治していくんだ」
「そうします、まずは血行ですから」
「そうなんだね」
「大丈夫ですよ」
 マッサージ師はにこりと笑って述べた。
「治りますよ、これ位なら」
「これ位っていうけれど」
「治ります」
 断言でだ、谷沢に言うのだった。 
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