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酒の魔力

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第一章

               酒の魔力
 谷沢健一といえば中日ドラゴンズの花形選手である。
 そのバッティングには定評がある、長打も打てるがとにかく巧みにヒットを打つ。
 だが彼には悩みがあった、それはというと。
 チームのスタッフの一人がだ、ある日谷沢にこっそりと伺った。その伺うこととは。
「大丈夫ですか?」
「うん、今はね」
 谷沢は表情を消して彼に答えた。丁度試合を終えたところだ。
「走られるよ」
「だといいですが」
「何とか付き合ってるよ」
「注意して下さいね」
「足のことだからね」
 実は谷沢はアキレス腱痛という爆弾を抱えている、スタッフはこのことを心配してそれで彼に伺ったのである。
「気をつけてるよ、僕もね」
「ええ、さもないと」
「アキレス腱は命だよ」
 どのスポーツ選手にも言えることだ、このことは。
「だからね」
「若し切れたりしたら」
 まさにその時はだ。
「選手生命がね」
「終わりますよ」
 この危険は充分にある、実際にアキレス腱切断で選手生命を終わらせてしまったスポーツ選手は数多い。
「しかも谷沢さんは大学時代からですよね」
「ずっと付き合ってるんだよ」
 谷沢は困った顔でこのことを話した。
「それで騙し騙しやってるけれど」
「何とか治ればいいですね」
「色々してるんだけれどね」
 だがそれでもなのだ、谷沢のアキレス腱痛は治らないのだ。
 それで騙し騙しやっているのだ、彼もこのことについては困っている。
「完全に治せる魔法みたいなことはないかな」
「本当にそういうのあればいいですね」
「全くだよ、僕にしてもね」
 そう思っているというのだ。
「何かないかな」
「ええ、僕もそう思います」
 スタッフにしてもどうしかしてもらいたかった、彼は中日にとってかけがえのない選手の一人だからだ。
 痛み止めの注射は欠かせずそこを庇う走り方をしていた為足の甲や踵の形も変わった、彼の爆弾はそこまで深刻だった。
 そして遂にだ、その爆弾が爆発しないまでも。
 どうしようもなくなった、それでだった。
 遂に二軍落ちとなった、中日の看板選手であったのに。
 それでだ、スタッフがこう彼に言った。
「何とかしないといけないですね」
「そうだね、とにかくね」
「何でもしましょう」
 治療なら何でもだというのだ。
「それで治して」
「うん、また一軍に戻ってね」
「打って下さい」
 切実な声でだ、スタッフは彼に言うのだった。
「何としても」
「そうするよ、僕は蘇るから」
「御願いしますよ、僕も治療法を見つけてきますから」
「頼むよ、是非」
「はい」
 二人で話してそしてだった、二軍落ちした谷沢は何とか爆弾から解放されようと務めた。だが。
 どの治療法も上手くいかない、それでだった。
 時だけが過ぎていく、七十八年はこれで終わってしまった。 
 シーズンオフも治療法を見つけては手当たり次第に試してみたがどれもだった。
「あれもね」
「駄目でしたか」
「うん、どうもね」
 難しい顔でスタッフに話す。 
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