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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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六十四 捜し人

 
前書き
あけましておめでとうございます!!
今年もどうかよろしくお願い致します!!

 

 
まるで宝石のように輝く露の玉。葉先を伝い、緩やかに流れゆく。
煌めく大粒の雫を彼女は満足げに眺めた。

ずらりと並ぶ八つの鉢。店の品物とは違い、決して華美ではないが、どことなくあたたかい可憐な花々。
それらに水と優しげな眼差しを注いでいた山中いのは、頭上に落ちてきた人影に顔を上げた。

「い、いのちゃん…」
「ヒナタ?」
店頭で、日向ヒナタが手をもじもじとさせながら、こちらを窺っている。珍しいお客にいのが口を開くより先に、ヒナタがおずおずと話し掛けた。

「あ、の…そのお花、お店の?」
「ん?――ああ、コレ?」
合点が行ったのか、いのは水遣りを中断して「違う違う」と顔前で手を振る。

「なんかさ~。ナルが今朝いきなり持ち込んできて、世話してくれって頼まれちゃったのよ。どうも里外に行かないといけないらしくって…」
「え!……に、任務かな…?」
「それがちょっと聞いてよ、ヒナタ!」
突然声を上げるいのに、ヒナタが思わず怯む。それに気づかず、いのは腰に手をやって捲し立てた。

「前ね。うちの店の常連さんをぶっ飛ばした人がいたの。まぁ、勘違いだったらしいんだけど…。その人がなんと、あの伝説の三忍の一人――自来也さんだったのよ!人は見掛けによらないって本当よね~。見た目はただの白髪のデカイおっさんなのに」
酷い言われ様である。しかしながら大切な客に危害を加えた自来也をいのはずっと根に持っていた。ヒナタが少しだけ顔を引き攣らせる。

「じ、自来也さん…?」
「そう!――で、ね。ナルったら、何時の間にかその人に弟子入りしてて…。今朝、その自来也さんについて行ったのよ~!私、心配で心配で…」
「と、止めなかったの…?」
「止めたわよ!でもあの子、天然でしょ~?術を教えてもらうんだって張り切っちゃってて…」
そこでいのは、立ち並ぶ鉢植えに視線をやった。鉢から溢れんばかりに生き生きと育つ草花を見て、微笑を零す。
「あの子、意外と植物が好きでね~。この子達を持って行こうとして止められたから、私に頼んだくらいだし」
「この子達って…こ、この鉢植え全部?」
驚いて目を瞬かせるヒナタに、いのは苦笑した。


幼い頃から仲が良かった波風ナルをいのは姉のように見守ってきた。
あけすけに明るくて誰からも好かれそうなのに、なぜか大人達から煙たがれていた幼馴染。シカマル・チョウジと共になるべく一緒にいようとしたが、独り暮らし故、夜はどうしても独りになる。
加えて、その頃大人に恐怖を覚えていたナルは泊まりに来いといくら言っても、頑なに頷こうとはしなかった。

そこで心配したいのは、花の球根をナルにあげた。独りの寂しさを紛らわせるのに良いのではないかと考えた故の行動だったのだが、以来ナルは植物を育てる楽しみに目覚めたようだった。

それは幼いなりに覚えた、孤独を和らげる手立てだったのかもしれない。
子どもながらに学んだ、心を慰める為のすべに過ぎなかったのかもしれない。
それでも愛情をかけた分だけ、育ってくれる。
大切に接すれば接するほど、愛情を返してくれる。
目を掛け、心を傾けた事がそのまま、成長へと繋がってくれる。
家族がいないナルにとって、物言わぬ植物達は共に夜を過ごす家族同然となったのだ。

それが哀しく感じていた彼女は、今回己を頼りにしてくれたナルに聊か安心していた。以前なら例え枯らす結果になっても、ナルはいのに花の世話を頼まなかっただろう。
だが、頼るという行為を誰よりも悪いと思い込んでいた彼女が、今朝は大事な鉢植えの面倒を頼んでいったのだ。


それがどんなに凄い事か、幼馴染であるいのにはよく解っていた。思わず微笑が零れる。
「そ~!なんかね、病院に入院してた時、見舞いに貰ったお花なんだって。そんなこと言われちゃったら、面倒見ないわけにはいかないでしょ~」
その一言を聞いて、ヒナタは目を丸くした。中忍本試験前、ナルから聞いた話の内容を思い返す。

演習場で、うずまきナルトについて語ったナルの笑顔。
改めて目の前に並ぶ鉢を見つめたヒナタは、これらがうずまきナルトがナルに贈った花々なのだと即座に察した。

「確かにこの子達、私が見舞いに来た時、ナルの病室に飾ってあったわ~。でも誰からなのか、聞くの忘れちゃって…。ヒナタは知ってる?」
「え…っ。う、ううん」
いのの質問に、答えを知っているはずのヒナタはなぜか言わなかった。
うずまきナルトだと、いのに伝える事を躊躇った。その理由がなぜか、本人にもわからないけれど。

知らないと口にした手前、疚しさを覚える。慌ててヒナタはいのに申し出た。
「あ、あのね、いのちゃん…。もしよかったら、わ、私にもナルちゃんのお花、お世話させてくれない、かな…?」
「え!いいの?助かるわ~。お店のお花の面倒もあるから、正直困ってたのよ。それじゃあ、この子達頼んでもいい?」
素直に感謝したいのが八つある内、鉢植えを三つほどヒナタに手渡す。
ナル以上に草花が好きないのは、昔からどんな植物も子ども扱いしてしまう癖を持っている。最後まで『この子達』と呼んでいた鉢を、内心気まずく思いながらもヒナタは受け取った。


ヒナタが花店に立ち寄ったのは本当に偶然だった。店先で花に水をやっているいのの姿が目に留まったのだ。店の商品らしくない小さな鉢植えを慈しむように見つめるその様が、なんとなく気になったのである。それが憧れの人に関する事柄なら猶更。

ナルの大事な鉢植えを世話したいというのはヒナタの本心だ。そして、うずまきナルトに繋がる花が気になるというのもまた事実。
結果として、いのにナルトの事を伝えなかった償いのような形になってしまったと、罪悪感に苛まれるヒナタ。
また、ナルの了解無しにお世話するなんて迷惑かと一瞬思ったが「あの子なら、むしろヒナタが面倒みてくれたって喜ぶわよ」という、いのの自信満々な一言に押され、帰路につく。
家に持ち帰る道中、悶々と悩んでいたヒナタはふと天を仰いだ。

ナルの瞳と同じ、真っ青な空。
胸に抱く鉢植えと空を交互に見遣って、心が若干軽くなる。青空にくっきりと浮かぶ白い雲を眺め、ヒナタは小さく呟いた。

「ナルちゃん、どうしてるかな…」















ヒナタといのの話題に上っていた人物。
友達がそんな会話をしていたなどとは露知らず、彼女は今、青空の下で自来也にせがんでいた。

「ねえ!ねえ!エロ仙人!一体今度はどんな術教えてくれんのォ―!?」
「……………」
「サスケの【千鳥】よりすっごい術なんだよな!?早く教えてくれってばよォ、エロ仙人!!」
「……お前な…」
ナルの『エロ仙人』連呼に、自来也は薄く青筋を立てた。
「エロ仙人、エロ仙人ってな…。お前、ワシがすっごい人だって知らんだろ?」
「…?エロ仙人はエロ仙人だってばよ?」
全く以って他意も無く、ただただ無邪気に首を傾げられ、エロ仙人こと自来也は深い溜息をついた。直ちに道の往来で告げる。

「蝦蟇の仙人とは仮の姿!何を隠そうこのワシこそが!北に南に西東に!斉天敵わぬ三忍の白髪童子蝦蟇使い!泣く子も黙る色男!“自来也様”たぁ~ワシのことよ!!」
髪を振り乱し、派手な身振りで啖呵を切り、内心(決まった……っ!)と満足感に浸る自来也。
その隣を何事も無かったかのように、てくてく歩くナル。


「……ふぅ~ん…」
擦れ違いざまに呟かれた一言が、自来也の心を冷たく吹き晒していった。




波風ナルは自来也の押し掛け弟子である。
その経緯は、正直言って単純極まりない。

修行疲れで銭湯に立ち寄ったナルが偶々一人で温泉に入っていた。ちょうどその折、自来也が取材と称した女湯覗きに精を出していた。当然、女湯に入っていたナルを見る。

つまり自来也は波風ナルを覗き見してしまったのだ。しかもその際、温泉には偶然ナル一人だったので、自来也は思いっきり落胆した。それに気づいたナルが「責任とって修行に付き合え」と自来也に迫ったのである。
ナルにとっては自分の裸が見られた事は全く問題ではない。問題なのは、一人きりの温泉で【水面歩行の業】の修行に勤しんでいたのを邪魔された事だ。

自来也にとってナルは許容範囲外だし、本当にただの偶然だし、見たくて見たわけではないと色々言い訳出来るのだが、ナルの「普通なら訴えられるってばよ」の一言にぐうの音も出なかった。
何せナルは三代目火影が孫同然に可愛がっている子だ。それを不可抗力にも覗いたなどと知られれば、どんな報復が待っている事か。考えただけでもゾッとする。
以上のように自身の身の安全の為に始めたナルの修行だったが、今となっては彼女を弟子に認めざるを得ない自来也である。

ちょっとコツを教えただけで【水面歩行の業】もあっさり覚えたし、【口寄せの術】でガマブン太どころかフカサクまで呼び寄せた。本試験で日向ネジに勝利し、九尾のチャクラを引き出して、あの『砂瀑の我愛羅』を打ち負かした。
だから自来也と波風ナルは、今や自他共に許された師弟関係だ。『暁』に狙われている危険性を考慮に入れても、それは決定事項。
決してフカサクに弟子を横取りされそうになったからだとか、覗き見した罪悪感だとかが理由ではないのである。

素知らぬ顔で歩くナルの背中を見つめながら、自来也は自身にそう言い聞かせるのだった。










真っ青な空を鳥が気持ちよさそうに飛んでいる。

眼下の道を往き来する人々。それを俯瞰しながら、鳥は太陽を背に翼をはためかせた。一声高らかに囀る。
その啼き声を掻き消すほどの大きな声が街道で元気よく響き渡った。

「エロ仙人、早く修行しようってばよ!」
「まぁそう焦るなっての。情報収集をしながらの修行じゃないと意味が無いからのお」
結局エロ仙人呼びが定着してしまったと苦笑する。しかしながら呼び名はどうであれ、自身を慕ってくれるナルを自来也は微笑ましげに見遣った。

「情報収集?…ってエロ仙人が取材したい、すっごい美人の女の人?」
出し抜けに自来也から取材旅行に付き合えと里から連れ出されたナルは今まで何の説明も受けていなかった。修行目当てに追従したものの、流石にそろそろ目的をはっきり明示してもらいたい。

ナルの質問に対し、自来也は驚いたように目を見張った。愉快げに笑う。
「お!お前にしちゃあ、鋭いのお――そう、ワシと同じ三忍の一人『綱手』だ」
自来也の返答を聞き、ナルは首を傾げた。
「同じ三忍……って事は…もしかして、同い年…?」
「そのとお~り!!」
ふざけて親指をぴんっと立てる師をナルは無言で見上げた。弟子の冷たい視線を受け、自来也が慌てて咳払いする。

「とは言っても、年齢は関係ないのう。あやつは老けるのが嫌で、今もたぶん特別な術で容姿を変えとる。実際は五十歳でも二十歳頃の姿だからのぉ……それどころか、最近聞いた話じゃ、臨機応変に姿を変えて金貸しから逃げ通しているらしいからなぁ」
「金貸し?」
きょとんと目を瞬かせるナルの隣で、自来也は昔を懐かしむように目を細めた。
「あやつは賭け事が何よりも好きでのう…その割に運も実力も最悪で、ついた異名が『伝説のカモ』!金を借りて取り返そうとしても、やっぱりカモられる。だからいつも金を借りたまま、逃げて、金貸しに追われる…とまぁ、こんな具合だ」

自来也の懐旧談に、ナルは口をあんぐりと開けていた。開いた口が塞がらないまま、それでもなんとか我に返って「そ、それじゃあ、どうやって捜すんだってばよ?」と辛うじて問い質す。
「だからこその情報収集だのぉ…――まずは、この街でな」

自来也の視線を追った青い瞳が大きくなる。視界に入ってきた光景に、ナルの口から自然と感嘆の声が溢れた。

街道を抜けたその先には、賑やかな街が広がっていた。









街道を塞ぐように在る街。

街頭の小高い丘から一望出来る其処は、ちょうどお祭りで賑わっていた。斜面に設けられた階段を下りるにつれ、聞こえてくる祭囃子。
お祭り独特の華やかな空気が流れる街並みを見渡し、改めてナルは感嘆の吐息をついた。

「すっげ~!オレってば、こういう所、初めてだってばよ」
「当分の間、祭りは続くからのぉ。その間はこの街に留まる。修行も此処でやるぞ」
活気のある街に足を踏み入れる。着いて早々、遊んでこいと自来也から許可を貰ったナルは早速お祭りに繰り出した。

もっとも、任務で必死に貯めた財産の大半は強制的に自来也が預かる事になったのだが、街の雰囲気に流されていたナルは既にお祭り気分だった。自来也と別れるとすぐさま、聊か心許無いお金を握り締めて、店と店の間を縫うように駆ける。

雑然たる街中にいても、冷徹な視線や、聞こえるか聞こえない程度の悪口雑言や、投石などの暴力が無い事が新鮮だった。誰の目も気にしなくてよいという開放感に満ち足りた気分になって、つい浮かれてしまう。
里と違って、此処には自分を知る者はいないのだと思うと、足取りも自然と軽くなった。
(里で出来なかった事を思いっきりやってやるってばよ!)

路の左右に出店が立ち並び、大勢の人で賑わっている通り。人波に揉まれていたナルは、ふと足を止めた。
お祭りの代名詞の一つとも言えるお面。それらを売る店頭で立ち止まる。様々な動物の顔を模して作られた品物の内、一つのお面に目が留まった。


自身の顔にある髭と同じ三本髭。ぴょこんと飛び出た耳に、つんっと澄ましたように高い鼻。窪みすらない糸目だが、吊り上がった目尻。
それらに引かれた紅が白面上一際目立つ――狐のお面だった。

何処にでもありそうな、何の変哲もない狐の面は木ノ葉の里では滅多にお目にかかれない。
九尾の妖弧に対する遺恨が未だに根付いているからだ。人柱力であるナルに対して嫌悪の視線が絶えない事からも里人の怨情の深さが窺える。
故に、木ノ葉の人々の大半は狐に関したモノに敏感である。ましてナルが狐関連の物に触れると異常な反応を示す。

だから今まで彼女は自ら狐を避けてきた。なるべく視界に入れないように、さりげなく関わらないように努めてきたのだ。


(――でも……本当は、)
「毎度~」という言葉を背中で聞きながら、お面を被る。早々に被った狐面の裏で、ナルは呟いた。


「オレってば、狐、べつに嫌いじゃないってばよ」
腹の内で動揺する気配が微かにした。





「あだ…っ!―――いって~…」
直後、石に躓いて転ぶ。顔面から地へ突っ伏した衝撃は、自身の中にいるモノの心境の変化をナルに気づかせなかった。
面をつけたまま、痛みに耐える。地に伏した状態で、少し赤くなった鼻の頭を擦っていると…。


「――大丈夫か?」
すっと手を差し伸べられる。


顔を上げると、ナルと同い年くらいの子どもが屈んでいた。手を取り、引っ張り上げてくれる。
「あ、ありがとうだってば…」
「面を被ったまま、歩くと危ねえぞ?」

含み笑いながら、おもむろに手をナルの鼻の頭に翳す。青白い光が燈ったかと思えば、じんじんとしていた鼻の痛みが和らいでいった。
医療忍術だろうか。すっかり無くなった痛みにナルが大袈裟なほど驚く。ナルの容姿を見て、一瞬目を見開いたその子どもは、ややあって照れ臭そうに頭を掻いた。

赤い髪によく映える紫紺のバンダナの裾がゆらゆら揺れている。左目の下にある泣き黒子が印象的だ。

「お礼に林檎飴でも奢るってばよ!オレってば、波風ナル!!」
ナルの誘いに、赤髪の子は一瞬呆けたように目を丸くした。やがて満面の笑顔で頷く。
「よろしくな!オレは……」


人々が入り乱れる雑踏の中、二人の子供は快活に笑い合った。燦々と降り注ぐ陽光がお祭をより活気溢れるものへ導いてゆく。
今からが本番だというように。


「オレの名前はアマル…アマルっていうんだ!!」


祭囃子はまだ止まない。
 
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