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少女1人>リリカルマジカル

作者:アスカ
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第四十六話 少年期【29】



 長いようで短かった日々。俺の新しい人生が始まった日から思い起こすと、そんな風に俺は感じてしまう。

 この世界に生を受けてから、俺はたくさんの出会いを経験した。大切な家族や、笑いあえる友人、頼りになる人たちに出会うことができた。そんな多くの人たちに助けられながら、支えられながら俺は生きてこれた。最初は困惑だらけで、不安に思っていた世界を、こんなにも楽しく過ごせるのは、間違いなくみんなのおかげだと思う。

 俺を兄と慕ってくれる妹、いっぱいに愛情を注いでくれる母親、心配になるけど頼りになる父親、誰よりも一緒にいてくれるデバイスに、ツンデレな好敵手である猫。

 ふざけあえる友人たちや、仕事と趣味に一直線な上司たち、賑やかな開発グループのみんなに、学校で出会った先輩や先生、這い寄る混沌を地で行くちきゅうやとその関係者、……他にもいっぱいいるんだけど、なんか色々濃すぎないか。いや、まぁいい人たちではあるよね、たぶん、おそらく…。

 そんな風に今まで出会ってきた彼らを思い浮かべながら、俺は改めて感じることがある。単純に、みんなに出会えて本当によかったって。本来ならこの世界にいないはずの俺が、……1人ぼっちじゃないんだと思えるのは、みんながいてくれたから。みんなと築いた「繋がり」がちゃんとあるって実感できるからだ。

 だからこそ、これからも大切にしたいと俺は心から思えた。


「アルヴィン、アリシア。お誕生日おめでとう」
『おめでとうございます、お二人とも』
『ふむ、長い言葉などこの場では不要だな。2人の生誕に感謝と祝賀を』
「にゃう!」

 家族みんなからのお祝いの言葉と―――

「いくぞ、みんな……せーのッ!」
『お誕生日おめでとー!』

 パン、パパン! と友人たちが手に持っていたクラッカーの音が部屋中に響き渡った。いつも学校で一緒にいるメンバーだけでなく、クイントやメガーヌ、エイカも今日は来てくれた。身内と友人だけの小さなパーティーだけど、やはり嬉しく、でも少し気恥ずかしくて顔に赤みが出てしまった。

「……ありがとう、みんな」
「えへへへ、ありがとう」

 アリシアと一緒に小さく笑いながらも、用意してくれていた誕生日ケーキにささっているろうそくの火を吹き消す。それにみんなから拍手が起こり、今度は自然にお互いの顔に笑みが浮かんでしまった。

 この世界に俺とアリシアが生まれてから8度目の日。俺たちは今日、8歳の誕生日を迎えました。



******



「おぉ、お菓子がいっぱいだな」
「ふふ、すごいでしょ。私たち女の子組で、2人のために頑張って用意したのよ」

 誕生日会場である我が家のリビング。そのテーブルの上には、ケーキと一緒にクッキーやドーナツ、マドレーヌといった様々なお菓子が並べられていた。クッキーはチョコやマシュマロをはさんだサンドクッキーであり、これはなんと動物の形になっているようだ。隣にいる妹の目の輝きがわかる。

 どうやら友人たちは今回、男の子組と女の子組に分かれてプレゼントを用意してくれたらしい。さすがはメェーちゃんやメガーヌといった、器用組が揃って作ったお菓子だ。クイントが自信満々で告げるだけあるな。

「うーん、でもちょっと形が変になっちゃったのもあるんだけどね…」
「そうか? メェーちゃんが言うほど変なものは―――」

 おそらくメリニス自身は、本当に謙遜のつもりで言ったセリフだったのであろう。だが、俺は見つけてしまったのだ。彼女たちが作ったクッキーの中で、ひときわ異彩を放っているやつの存在を。

 尖ったツノの様なものが端に2つ付いた……縦に細長いクッキー。それに何やら細長い毛のようなものが、チョコペンで一緒に書かれていた。俺は恐る恐るそのクッキーを1枚手にとって、じっくり眺める。上から、横からと見つめた俺は、同時に頭の中をフル回転させた。

 メェーちゃんから教わったコントロール法を駆使し、マルチタスクを使用する。レティ先輩から、どんな困難な状況でも考えることを諦めないことが大切だと俺は教わったんだ。様々な可能性を考え、悟りを開く一歩手前まで熟考した俺は、1つの答えを導き出したのであった。

「そうか、わかった。……これは、にんじんのミイラだ!」
「ちげぇ、猫だ! というか、そこまで考えるならもういっそ本人に聞きやがれッ!」
「いや、それはさすがに俺だって失礼かと…」
「ミイラを作っていると断言されるよりましだッー!」

 製作者にめっちゃくちゃ怒られました。おかしい、今日は俺の誕生日だぜ。俺の頬が引っ張られているのに、なんで周りはそんなに微笑ましそうに見るのさ。助けろやー。

「はい、僕たちはアクセサリーを作ったんだ」
「アリシアにはこの髪飾りで、簡単だけど布で作ったヘアゴムとシュシュにしたんだぜ。アルヴィンのプレゼントは、……今はテーブルの上にでも置いとこ」
「わぁ、かわいい!」

 わぁ、楽しそう。

「って、俺の扱いが本当に雑すぎるだろォー! あとエイカさん、そろそろ俺の頬が取れそうなんだけど!」
「うるせぇ! 材料は同じだから、味は悪くねぇはずだ! とにかくさっさと食いやがれ!」
『皆さん、相変わらず仲がいいですねー』

 誕生日だろうとなんだろうと、俺たちはいつも通りのようでした。


「たくっ…、全員自由すぎるだろ」
『ますたーに言われたくないというか、ますたーの周りだからこそというか』
「……日に日にだらだらしてきている気がするぜ」

 それなりに色々やってきているつもりだけど、本当に平和だな。まぁ、今現在やっていることが闇の書について調べているだけだし仕方ないか。戦闘経験なんて、それこそ猫とか金魚ぐらいだ。地球では考えられないような相手だし、さすがは次元世界だな。

 ……正直に言えば、今でもこんな風に笑いあえることに俺は感慨深くなる。生まれた時からずっと、ヒュードラの事故が俺の頭の中にあった。それを乗り越えた後はずっと先のやるべきこと以外、未来を想像するなんて俺にはできなかったんだ。

 だけどあの日から、本当に何もかもが変わった。家族だけが世界の中心だった5歳の頃までと違う、大きく開けた新しい世界。お姉さんから魔導師としての心得を教えてもらった。闇の書の手掛かりを探すために無限書庫を冒険した。エイカやみんなと友達になった。クラナガンに引っ越して、学校にも通うことになった。知らないことをたくさん知って、経験することができた。

 窓の外から2人で駆動炉を眺め続けた日々が、今では遠い過去のように感じてしまう。俺の隣でおいしそうにケーキを頬張りながら、元気に笑う妹。アリシア・テスタロッサが8歳の誕生日を迎えることができたことが、俺にとって何よりも嬉しかった。


「俺たちも8歳になったんだなぁ」
『ということは、僕も一応5歳になったということになるのでしょうか』
「あっ、そうか。コーラルは俺が3歳の時に、この家に来たからな。お誕生日おめでとう」
「にゃぁー」
『そういえば、リニスさんもお二人の5歳の誕生日にこの家に来られましたし、一応4歳ぐらいということに?』
「今日は誕生日多すぎだろ。まぁ、リニスもお誕生日おめでとう」

 お互いのお祝いとして、リニスの頭をぐりぐりしてやろうと実行したら、即行で逃げられた。2度目だけど、俺は今日誕生日なんだぞ。リニスも一応誕生日ということになるんだろうが、それでも誕生日プレゼントとして俺にもふもふさせろや。

『欲望ダダ漏れですねー』
「えー、俺の欲望はかなり健全だと思うぜ」
『ものすごくツッコミを入れたいですけど、今日はお誕生日なのでやめてあげましょう』
「いや、それは逆に気になるだろうが」

 コーラルと駄弁っていると、家にチャイムの音が鳴り響いた。今回は今のメンバー以外に呼んでいないので、お客さんということはおそらくない。だとすると、今年も送ってきてくれたのかな。俺は母さんたちに声をかけ、玄関に足を運ぶ。そこには俺の思った通り、配達便の方が荷物を持ってきてくれたようだった。

 俺はそれを受け取って、リビングに戻ると、友人たちが不思議そうに荷物を見つめてくる。テスタロッサ家の面々は、これが何の荷物なのかがわかっているので、そこまで驚きはない。俺は送られてきた荷物を、わくわくした目で見つめるアリシアのもとに持っていった。

「アリシアー、今年も届けてくれたぞ」
「本当!」

 妹は嬉しそうに俺から荷物を受け取る。俺もアリシアと一緒に、中身を開けることにする。丁寧に袋についているリボンを解き、ガサガサとプレゼントを取り出した。

「うわぁ、ねこさんのぬいぐるみだ!」
「色違いだから、白がアリシアで、黒が俺かな。おっ、魔法の専門書に……理数の参考書か。そうか、理数か…」
「あの人らしい選択ね」

 母さんが口元に笑みを浮かべながら、送られてきたプレゼントを眺めている。アリシアはギュッとぬいぐるみを抱きしめ、早速名前を付けているらしい。妹はこのプレゼントを送ってきてくれた人物のことを、おそらく覚えていないだろう。それでも、毎年もらうプレゼントと手紙を楽しみにしていた。

 本来の母さんと……父さんの関係がどうなっていたのかはわからない。俺がある意味父さんを引き留めたことで、直接会うことはなくても、こうやって小さな繋がりは続いていた。

 ぬいぐるみの首元にそれぞれメッセージカードが付けられており、そこには2、3行のお祝いの言葉。きっとどんな言葉を贈ろうか、すごく悩んで書いたんだろうな。最後に袋の中に手紙が1通だけ入っていたので、それは母さんに渡しておく。困ったように、でも照れくさそうに母さんは父さんの手紙を受け取っていた。



「さて、アルヴィン、アリシア。今年はお母さんから2人に素敵な贈り物があります」

 みんなでケーキを食べ終わり、それぞれおしゃべりをしながらの休憩タイム時。そこに母さんが、俺たちに向けてそんな言葉をかけてきた。そういえば、今年は欲しいものとかは、特に話していなかったな。妹と顔を見合わせると、向こうも不思議そうな顔をしていた。

 コーラルは知っているかな、と思って周りを見回してみると、緑の球体が部屋の中にいないことに気づく。俺は目を見開き、もう一度見渡すとコーラルと一緒にリニスの姿もなかった。……あいつら、いつの間にいなくなっていたんだ。

「素敵なもの?」
「ふふ、そうね。ヒントはずっと欲しがっていたものかしら」

 母さんは目を細め、俺たちの様子に笑みを浮かべている。困惑しながらも、妹は母さんのヒントから記憶を辿っているようだ。俺も考えるが、やはり答えは出てこない。

 友人たちはそんな家族の様子を静かに見つめている。少し視線を彷徨わせていた俺と目が合うと、エイカが無言でシッシッと手を振ってきた。そっちに集中しとけ、ということらしい。友人たちの配慮に感謝しながら、俺は母さんの方に目を向けることにした。

「むー。お母さん、もうちょっとだけヒントをちょうだい」

 お願い、というように胸の前で手を合わせるアリシア。俺もわからないので、素直にヒントをもらうためにアリシアと同じく手を合わせた。

「そうね…。アルヴィンもアリシアも、お母さんのお手伝いをよくしてくれるでしょう?」
「え、うん」
「それでね。お母さんは2人とも、頼りになる立派なお兄ちゃんとお姉ちゃんになったなぁ、って思っているわ」

 立派な兄と姉。母さんにそう言われると、気恥ずかしい気持ちになる。アリシアは特に母さんのお手伝いを頑張っていたし、みんなに笑顔を届けてくれた。なにより彼女は、確か立派なお姉ちゃんを目指していたはずだ。母さんに認めてもらえたのが、何よりも嬉しいだろう。

 ……あれ。そういえば、アリシアが立派なお姉ちゃんを目指すようになったのはどうしてだった。妹がお姉ちゃん計画を始めたのは、まだヒュードラの開発をしていたころだけど、でもそんなに昔じゃないはず。あの時、アリシアは確か―――


「2人は3年前に、お母さんと約束したプレゼントを覚えているかしら」
「3年前…」

『お兄ちゃんみたいにお母さんに頼りにされて、みんなを笑顔にしてくれるような、そんなお姉ちゃんに私はなりたい』

 3年前に母さんと約束したプレゼント。妹も俺と同じように心当たりに気づいたのか、目を見開いて母さんの顔をまじまじと見つめる。俺も思い出したが、正直信じられない気持ちの方が強い。だって、どうやってあの約束を守るんだ。母さんが妊娠していたのなら、さすがに俺だってわかる。

「お母さん、もしかして…」
「あら、思い出した? それじゃあ、コーラル、リニス。あの子を連れてきてあげて」

 母さんがリビングの扉の方に向けて呼びかけた。そして、ガチャリ、と俺たちの後方からドアノブが回る音が響く。その音に俺たちは、扉の方へ反射的に目を向けていた。

 ゆっくりと開かれた扉の先。そこには、緑色に輝く宝石と、堂々と先導する1匹の猫。

『もし私にも妹がいたら、今の私みたいに一緒にいてくれて、嬉しいと思ってくれるような、そんなお姉ちゃんになりたいなって思ったんだ。しっかりした私になって、妹を大切にしていきたい』

 そして、俺たちよりも幼い少女がそこにいた。



******



『私、お姉ちゃんになりたい!』

 3年前、母さんが俺たちの6歳の誕生日プレゼントを訪ねた時に、妹が答えた言葉だ。あの時は下剋上されかかったのかと思ったが、アリシアは頼りになって誰かを守れるお姉さんになりたいと言っていた。自分にも俺と同じように守るべき存在を、立派なお姉ちゃんとして大切にしたいって。

 そんな妹の願いを、俺はおそらく叶うことはないだろう、と心のどこかで思っていた。現実的に考えて、現状とても実現できるとは思えない願いだったからだ。5歳の時はまだ考えが幼かった妹も、今では自分の約束がどれだけ難しいことなのか理解している。だから、彼女から「妹」という言葉は久しく聞かなかったし、アリシアも心の中で諦めていたんだと思う。

 だけど、母さんはずっと諦めずに考えてくれた。幼かった子どもの願いを真剣に考えて、そして母さんは答えを出してくれていたんだ。


「この子が私たちの新しい家族。そして、……2人の妹よ」

 リビングに恐る恐る入ってきた子は、俺たちの視線に気づき、サッと母さんの足元に隠れてしまった。そしてこちらが気になるのか、隠れながらこちらを窺っている。

 栗色の髪と不思議そうに俺たちを見つめる瞳。おそらく2歳ぐらいの子で、俺たちの腕にすっぽりと入ってしまうような小柄な少女である。そして何よりも最大の特徴は、人間の耳ではなく、大きな獣耳を持っていることだった。

「もしかして、使い魔?」
「えぇ、正解よ。使い魔については学校で習ったかしら」

 突然のプレゼントに呆然としていたが、この子の耳で俺はようやく事態を掴めてきた。母さんの質問に俺は首肯し、原作の知識と授業で習ったことを思い出してみる。

 使い魔とは、術者が目的のために作り出す命だと学校で習った。俺が知っているのは、原作で出てきた猫姉妹やアルフさん、そしてリニスさんだ。猫姉妹はわからないが、アルフさんはフェイトさんの「ずっと一緒にいてほしい」という願いとともに生まれた。そしてリニスさんは、アリシアを蘇らせるために、フェイトさんの教育係として生まれた。

 言い方は悪くとも、使い魔は主人の願いを叶えるための人工生命体なのだ。これが次元世界での認識となっている。それでは乱用する人物が増えるのではないのか、と思ったが、使い魔を作るのは簡単なことではない。

 まず生成呪文が使える魔導師が少ない。そして作ったとしても、それを維持する限り自身の魔力を消費し続けてしまう。魔力量が多くなければ、使い魔を維持するだけでガス欠になってしまうのだ。高度な使い魔ほどそれは顕著である。だから目的を限定して、用がすんだら解除するのが普通の使い方となっていた。

 正直、それを学校で習った時はあまりいい気分ではなかった。それでは使い魔は、本当に使い捨ての道具みたいな扱い方だからだ。原作では、フェイトさんやグレアムさんのように、使い魔を家族のように大切にする人がいたから余計に。でも、原作の母さんとリニスさんの関係を考えると、あれが本来の使い方だったのだろう。

 ……使い魔の作成には、死亡の直前か直後の動物の肉体をよりしろに、魔法で生成した人造魂魄を宿らせる必要がある。アリシアがヒュードラの事故で亡くなった時、リニスも一緒に逝ってしまった。母さんはその時、リニスを使い魔として契約させたのだろう。そう考えれば、母さんが今使い魔技術を使えるのは、おかしなことではない。


「コーラルとリニスにも、色々手伝ってもらっていたの。使い魔を作成すると決めてからは、自然保護区の方に連絡を入れてくれたり、2人がどんな動物が好きなのかを聞いてもらったりしてね」
『アリシア様はいっぱいありすぎてパンクされますし、ますたーも許容範囲が広すぎですし。聞きだすのが本当に大変でしたよ…』
「……もしかして、あの時の質問か?」

 そういえば、ブーフに出会う直前にコーラルにそんな質問をされた気がする。あの時から母さんたちは動き出していたのか。……どうでもいいことだけど、もしあの時俺がライオンとかドラゴンが好きだとか言っていたら、とんでもないことになっていたんじゃないか。母さんの根性なら、本気でやりかねないところが怖い。

『リニスさんも動物園で、テスタロッサ家にふさわしい動物探しをされていましたしね』
「……あの特攻劇はそんな理由で」

 私より大きい動物が来るのなら、私を倒せる実力が必要なのよ、がリニスさんの選定基準だったらしい。母さんもコーラルもさすがに新しい家族がリニスの餌食になってはまずいため、彼女が保護欲を発揮するような子にしたようだ。母さんの足元の少女を見ると、確かにこれを襲ったらダメだと誰もが思うな。

「……猫で選定基準がかなり決まっていないか」
「え、でもリニスさんに認められないとぶっちゃけ無理だろ」
「リニスは強いもん」
「この子ったら、本当にやんちゃだものね」
「なんだ、この当たり前だろって空気は…。いや、いいよ。話に入って悪かった」

 思わずツッコんでしまったらしいエイカは、そのまま静かにお菓子を食べる作業に戻ってしまった。まぁ他にもリニスはリニスで、動物とコミュニケーションをとることで、母さんたちをフォローしていたみたいだ。動物のことは動物に聞くのが1番だしな。

『ふむ、さすがリニにゃんだ。この家のNO,3なだけはある』
「にゃう!」
「…………」
『…………』

 ブーフ自身には全く悪気はないのだろうが、俺たちは目をそらすことしかできなかった。後ろの友人たちから何やら憐れみが籠った眼差しを感じるが、気にしない。この家のヒエラルキーなんて、どうせ周知の事実なんだ。開き直ることには慣れてんだよ。



「この子の素体はうさぎよ。アルヴィンからもらったお守りに入っていた子と同じ。うさぎはこの家の守り神でもあるから」

 色々ごちゃごちゃあったが、母さんの話に戻りました。母さんがその子の頭を撫でると擽ったそうにしている。気持ちがいいのか、彼女の耳が嬉しそうにぴょこぴょこ動いている。この子の耳は垂れ耳のようで、頭から生えた耳がまるでツインテールのようになっていた。

 なんというか、俺にはリニスが母さんの使い魔になる記憶があるから変な感じだけど、今この時点でリニスが使い魔になる可能性はほとんどないんだよな。このぬこ様はすごく元気だし、めちゃくちゃ長生きしそうだしな。……えぇ、本当に。

「この子は自然保護区を見回っていた時に、たまたまリニスが見つけてくれた子なの。親とはぐれてしまって、かなり衰弱していたこの子を。……もう長くないって保護区の方にも言われたわ」
「それで…」
「えぇ。最初は迷ったけど、この子と目が合った時、生きたいって気持ちが伝わってきたの。それなら、1度仮契約をしてみましょうって」

 この子が使い魔としてここにいるということは、もう本当に息を引き取る直前だったのだろう。使い魔技術は、命を助ける訳でも蘇らせる訳でもない。だけど、生前の記憶が少しなら残る可能性はあった。

「使い魔契約には成すべき目的を設定する必要がある。私は仮契約をして、保護区の方に預かってもらっていた日から、この子とたくさんお話をしたわ。そして、本契約の内容をこの子に伝えて……了承してくれた」
「使い魔契約には、契約と制約が必要だからか。母さんはなんて契約したんだ?」
「私が結んだ契約は、『私たちの家族として一緒に生きること』よ」
「この子と一緒に生きる…」

 アリシアは母さんの言葉を繰り返し、静かに息を吐いた。そして、彼女は真っ直ぐに新しい家族を見つめる。その視線に最初は戸惑っていた少女も、真っ直ぐにアリシアを見つめ返す。

 例えこの子が作られた存在であったとしても、新たな1つの命とこれからの運命を共にすることに変わりはない。何より、この子は新しい可能性だった。本来の歴史では、この子が生まれてくることはなかった。俺たちがいたから、アリシアが生きていたからこそ生まれてきてくれた子なんだ。

 それは、俺たちが生きた証であり、新しく俺たちが生み出した命だった。


「……アリシア、しっかり挨拶をしよっか。俺たちの新しい家族に」
「うん」

 俺とアリシアはゆっくりと距離を詰め、少女と同じ目線になるように合わせる。彼女は大きな目をぱちくりとしながら、じっと俺たちと目を合わせてくれた。

「俺はアルヴィン・テスタロッサ。テスタロッサ家の長男で、君のお兄ちゃんになるかな」
「私はアリシア・テスタロッサです。えっと、お、お姉ちゃんになります!」
「……にぃにと、ねぇね?」

 ちょっ、幼女ににぃにとか羨まし……ぶげらッ!
 今すごくいいところなんだから黙りなさい!
 クイント。いつの間にサマーソルトを…。

「……あっちの方は全然気にしなくていいからね。これからよろしくな」
「よろしくね!」
「……うん」



******



「そう言えば母さん、この子の名前は?」
「名前はみんなで決めようと思っていたから、まだなのよ」
「そうなの?」

 プレゼントでもらったシュシュを、うさぎっ娘の耳につけていたアリシア。彼女が母さんの言葉に首を傾げると、うさぎっ娘も真似して首を傾げている。……かわいいな、お前ら。

 それにしても、まずは名前だ。母さんはどうやら俺たちに任せる気のようだし、アリシアと一緒に考えるかな。友人たちも名前決めに興味津々のようだ。せっかくなら、良い名前をつけてあげたいよな。

「そうだな、どうしようか。アリシアが名前を決めるか?」
「うーん。……あっ、そうだ! お兄ちゃんが付けてあげてよ。私、前にリニスの名前を決めたことがあるから順番交代!」
『エッ…』

 俺だけでなく、母さんと妹たちを除くこの場にいる全員が声をあげた。というか、お前らどんだけ絶句しているんだよ。どんだけ俺のネーミングセンスに絶望しているんだよ。ここまで信用がないと、逆に冷静になってきましたよ。

 俺としても、まさかの譲り合い精神が、ここで発揮されるとは思っていなかった。だけど、ここまでお膳立てをされたのなら俺だって真剣に考えるさ。……必死に俺を止めてくる友人共など今はいない。

「えっと、女の子の名前だよな。和名は合わないだろうからNGだろ。そうなると、俺が知っている英名でいうと、クミ、エミリー、アン、ミセスグリーン、……違う、これは英語の教科書だ」
「ど、どうしよう。果てしなく不安になってくるんだけど」
「僕は最初から最後まで不安しかない」
「……うん、不安だらけ」

 ランディは気絶しているからいいけど、男子陣がさっきから本当にうるさいんだけど。あと、リトス。お前は珍しく声を出したと思ったら、どれだけ不安なんだよ。

「いや、ここは言葉とか見た目から入るべきか。うさぎだから月、餅、団子…。食い物? そういえば髪と目が栗色だから、マロンとかか? いや安直だからモンブラン、でも俺はグラッセの方が好きだし…」
「完全に名前から離れていっているぞ」

 エイカさん、自分でもちょっとわかっています。ちくしょう、名前って難しすぎる。このままだと、アリシアを説得しに行った女子陣が帰ってきてしまう。アリシアが考えた名前でもいいんだけど、兄として、候補になる名前の1つぐらいはあげておきたい。妹のために、そして俺のネーミングセンスの名誉のためにも!


「そうだ、もっとシンプルに考えよう」

 名前とは、要は願いと一緒なんだ。この子がどんな子に育ってほしいのか、この子は俺たちにとってどんな存在なのか。

 俺はこの子には幸せに生きてほしい。幸せなんて人それぞれだけど、俺はこの子にたくさんの世界を見せてあげたい。俺がこの世界で1人ぼっちだと思わないでいられたように、幸せだと感じられるように。そんな未来への願いを込めた名前を、俺は付けてあげたい。

 これからの道を、家族や友人、たくさんの人たちと歩いて行ける……支え合っていけるように。


「……よし、決めた」

 俺の言葉に全員の視線が集中する。俺は1歩少女の前に歩み、お互いに目を合わせる。俺が考えた彼女にぴったりの名前。一緒に未来を歩んでいく妹への初めてのプレゼントを。

「人と人とを結ぶ輪のように、たくさんの繋がりを君には持ってほしい。多くの人たちと関わりながら、これからを楽しんで、そしてたくさん学んでほしい。強く固い縁をこの名前に。君の名前は……ウィンクルム」

 (ウィンクルム)。君とそして俺たち家族を象徴する証。今と、そして未来を結びつけ合えるような『絆』になれるように。


「ウィンクルム…」
『ふむ、絆か』
『良い名前ですね』
「にゃう」
『うん、奇跡だ…』

 俺の名づけに感動するのか、戦慄するのかどっちかにしろや。声を揃えて、奇跡とか言うな。というか、友人連中が「こいつ偽物じゃない?」とか「宇宙から電波を拾ったんじゃ…」とか好き放題言っている。お前らは俺のネーミングセンスにどれだけ根を持っているんだよ!?

「えっと、ウィンクルムでどうかな?」
「……うん!」

 アリシアがうさぎっ娘に聞くと、嬉しそうにパタパタ耳を動かしてくれた。どうやらお気に召してくれたらしい。見たか、これが俺の本気なんだ。ちゃんとやればできる子なんだって証明してやったぜ! ……普段からやれよ、という外野の言葉は聞こえない。

 無事に名前が決まり、アリシアが名前を何度も呼びかけ、そのたびに元気に返事をするウィンクルム。そんな様子が微笑ましくて、気づけばみんなの顔にも笑顔が溢れていた。

 ……本当にありがとう、母さん。絶対に大切にするよ。



「あっ、そうそう。ウィンクルムにはお母さんの知識や技術をふんだんに取り入れさせたから、もし危ない目にあっても大丈夫だからね」
「……えっ」

 僕の妹は最終兵器(ファイナルウェポン)。なにそれ怖い。


 少女1人>リリカルマジカル  少年期 -終-

 
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