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魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~

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Epos7八神家の日常~Working~

 
前書き
今話が今年最後の投稿となります。みなさま、よいお年をお過ごしください。 

 
†††Sideシグナム†††

暦は8月1日。夏という季節で、ますます暑くなってきた。そして今朝もまた私はルシリオンと木刀での模擬戦に勤しむ。ルシリオンは両手に持った木刀を、右は防御、左で攻撃といった風に使う。実に堅固。こちらも木刀と鞘を使って攻防。なんとか防御を貫こうとするのだが・・・。

(あと一歩・・・、もう一歩が届かん・・・!)

日に日に鋭さと重さを増していく一打一打。初日での模擬戦では木刀を弾き飛ばすだけの余裕が有ったが、今では防御を切り崩すのに精いっぱいとなってしまった。だがこのまま負けるわけにはいくまい。ルシリオンもまた、主はやてと同様に我ら守護騎士が守るべき大切な家族なのだから。

「(護衛対象より弱くては、な!)はああっ!」

ルシリオンを力づくで押し返すことで鍔迫り合いを中断させ、僅かにたたらを踏んでいるその隙に左手に持つ鞘の一打を振り下ろすが、「危な・・っ!」無理やり体を捻ることでかわされた。ルシリオンは私の後方へ跳ぼうとし、その交差する際に両手に持つ木刀で私の太腿、そして腹を打って来ようとした。それを右の木刀を自身の体とルシリオンの木刀の間に差し入れる。

「っぐ・・・!」

「おおおおおおお!」

その重い一打に右手が痺れる。さらに力が込められた木刀によって私の体は弾き飛ばされてしまった。今度は私がたたらを踏んでいる隙にルシリオンが突進してきた。こちらも踏ん張って負けじと突進。再び交差するときに私の鞘とルシリオンの木刀が激しい音を立てて衝突し、その衝撃で互いの得物が手から弾け飛ぶ。
互いの利き手に有している木刀で打ち合いを始める。こうなってはいつものように時間切れまで打ち合いを続けるまで。私とルシリオンの一刀での戦いはまず決着がつかない。実力伯仲。ゆえに打倒するという意志が揺らいだ。そう。そのような僅かばかりの気の緩みが、生まれてしまった。

「せいっ・・!」

「しま・・・っ!」

鋭い、重みの無い速さだけの一閃。それが私の木刀を弾き飛ばすまではいかずとも、ルシリオンの迎撃に間に合わないほどに逸らされた。

「最後の最後で油断したんじゃないか、シグナム?」

「・・・すまなかった。少々気が緩んでしまったようだ」

私の心臓付近に突き付けられた木刀からルシリオンの顔を見る。ベルカ時代ではオーディンに一撃も入れることは叶わず、現代では気の緩みがあったとは言えとうとうルシリオンに負けてしまった。

「そろそろはやてとシャマルが朝食を作り終える時間だから、今朝はここまででいいかな?」

変身を解き子供の姿に戻ったルシリオンに「ああ」と応じると、彼は庭限定に展開されていた模擬戦用結界を解除した。

「ちょうど良いタイミングね、2人とも。朝ご飯できたわよ♪」

主はやてに買って頂いたエプロンを着て主はやてのお部屋から声を掛けてきたシャマル。そして「あとコレどうぞ」汗を拭くためのタオルを渡される。礼を言いながら受け取り、汗を拭う。それを確認したシャマルはスキップしながら戻って行った。
かつてオーディンやアンナに料理を教わった経験があるからだろう。最初は微妙な味付けばかりの料理だったが、日に日に上達していっている。今ではシャマルだけが作った料理も安心して食せるようになった。
我々に、特に主はやてとルシリオンに美味しいと言ってもらえるのが嬉しいのだろう。料理はもちろん家事を率先して手伝うようになった。私やヴィータ、ザフィーラの当番を奪ってしまうほど。

「それじゃあ朝食を頂こうか、シグナム」

短く返事をした後、ルシリオンに続いて玄関から家に入り、朝食が並べられた食卓のあるダイニングに入る。私とルシリオンが最後のようで、ヴィータも席に着き、ザフィーラも朝食が装われた皿の前で待っていた。

「お待たせしました、主はやて」

「ヴィータ達も。待たせてごめんな」

「おう。気にすんな」

私たちも席に着き、「ん。それじゃあみんな。いただきます!」主はやてに倣って食前の挨拶である「いただきます」と告げ、朝食をみなで頂く。

「――そろそろ海とか行ってみたいなぁ。海開きはもう済んどるし」

「海ですか?」

「そうや。みんながうちに来る前は、ルシル君やフェンリルさんとプールに言ったことがあってな」

主はやてがその時の思い出話を語り始めた。ルシリオンが男物の水着を着て大衆の前に姿を現した時、係員に上半身を露出している少女だと勘違いされたところは、「ぷはっ。そんな見た目じゃしゃあねぇよな!」ヴィータには大うけだった。対してルシリオンは「くっそ。どうせ俺の外見は女の子だよ」不貞腐れた。そこでフォローするのがシャマルだったのだが・・・。

「落ち込まないでルシル君。可愛い事は悪いことじゃないわ」

「っ・・・」

「シ、シャマル。あんな、ルシル君に可愛いは禁句なんよ」

だろうな。俯き加減で何かを耐えているようなルシリオンを見れば。

「ええー。そうなんですかぁ?・・・あー、そうみたいですね」

「そうなんだよ、シャマル。だから俺にはもう可愛いとは言わないでくれ」

「え、ええ。判ったわ」

「でな。海とか山とかに遊びに行こうって約束してたんよ。・・・うん。そうやなぁ、日帰りやなくて二泊くらいしてもええなぁ」

「みんなで旅行ですね♪」

「おお! それすごい面白そう!」

朝食の話題は、以前からお立てになっていた予定の再確認のようなものとなった。そして「よしっ。海に行こう!」主はやては即決即断した。ヴィータとシャマルはそれをとても喜び、私も少なからず楽しみにしている。
朝食後、主はやては早速どこかの旅館へと連絡を取り出す。電話を4度ほど繰り返した後、「え? 部屋空いてますか? はい、はい。それでお願いします♪」我々が宿泊できる旅館を見つけになったのだろう。満面の笑みで礼を電話の相手に述べている。

「見つかったようね。旅行先の宿泊先♪」

「ああ。そのようだ」

シャマルと共に食器の後片付けをしながら電話を終えた主はやてを見守っていると、「はやて」ルシリオンが主はやてへと歩み寄って行く。そしてボソボソと話をし、ルシリオンはリビングを出て行った。だがすぐに戻って来た。手には2枚の封筒。それを「はやて。少し遅くなったけど、受け取ってくれ」と主はやてに差し出した。主はやての顔色が変わる。

「もう! いっつもそんなことせんでもええって言うてるのに!」

「ダ~メ~だ。こっちが今月分の俺の生活費。こっちが旅費。受け取ってもらうぞ!」

「要~ら~ん! みんなの生活にかかるお金はわたしが責任を持って用意するって言うたやろ!」

「世話になっている以上は自分にかかる金くらい用意する! これだけは譲らない!」

初めて見る主はやてとルシリオンの喧嘩のような怒鳴り合いに、私たちは目を丸くして眺めることしか出来なかった。主はやての、いつも、ルシリオンの、今月分、という言葉から私たちの知らぬ間にもこういったやり取りがあったのかもしれない。

「受け取るまでこの封筒は収めない」

「むぅぅ・・・・もう!」

封筒を差し出したまま佇むルシリオンに、ついに主はやては折れ封筒を受け取った。と、少し難しいお顔をした。そして旅費が入っているという封筒の中身を確認した。バッとルシリオンを見やり、目で語り始め・・・いや、思念通話で話しているのだろう。少々剣呑な雰囲気になり始めているかのような・・・。また何かしらの口喧嘩をしているのかもしれん。

『なあ。あれ、止めた方が良いんじゃないか?』

『で、でもお金の問題だし。私たちが口を出せるようなものじゃ・・・』

金銭の問題となれば確かに我々は口を噤む他ない。我らは主はやてに養われている身だからな。主であり家主でもある彼女が選んだ決定に従うのみ。しかしこういった金銭の話題を実際に耳にしてしまうと心苦しさを感じてしまうな。だが主はやてのことだ。ルシリオンに言っているように気にはしないだろう。それが嬉しくもあるが、ただ養われているだけというのにはやはり引け目を感じるのだ。

「・・・そこまで言われたら受け取るしかないやんかぁ」

「ああ。俺たちは家族だから。俺にもみんなを養わせてくれ」

2人は決着をつけたようだ。どうやら我々守護騎士にかかる生活費は、これからは主はやてとルシリオンの2人で賄うことになったらしい。剣呑な雰囲気も消え、2人は笑顔を交わし合った。

「はやてちゃん。お隣に回覧板を渡しにって行って来ますね~」

「はやてー! じいちゃん家行ってくる~!」

それから洗濯物を干し終えたシャマルは回覧板を回しに隣家へと出掛け、ヴィータは週三度の老人会のゲートボールの試合へとザフィーラを連れて出掛けて行った。主はやてとルシリオンは毎日の習慣である勉強会を行っている。そして私はひとりリビングのソファに座ってテレビを観ているのだが・・・・。

(なんだ、この胸に湧き起こる嫌な気持ちは・・・)

判っている。シャマルは近所の婦人方と仲を良くしており、ヴィータは老人方と仲を良くしており、ザフィーラは子供たちの人気者。そう。私だけがこの世界の住民たちと輪を作っていないのだ。それだけではない。シャマルは家事能力で主はやてを助け、ヴィータとザフィーラは言ってはなんだが愛玩として役に立っている。しかし私は・・・。

『――えー、このように就職も進学もせず職業訓練も受けない、ニートと呼ばれる若者が増えています』

キャスターが読み上げたニュースに反応してしまう。ニート。働かない若者。ニュースでは15歳から34歳と出ている。私は実年齢では約数百歳(詳しい年齢など記録に残っていない)だが、外見年齢は19歳で固定されている。
私や主はやて、家族がどうとは思わずとも周囲に居る人たちにとって私は・・・「ニート、なのではないか・・・?」口に出すと自身への嫌悪感に襲われた。ソファより立ち上り床にガックリと両膝をつき、四つん這いになってしまう。

「いかん。このままではいかんぞ。守護騎士ヴォルケンリッターが将、剣の騎士シグナム。守護騎士を貫き通す以前に駄目騎士となってしまう」

働きもせず、家事手伝いもシャマル任せ、勉学ではルシリオンが圧倒的に優れている。護衛と言いながらこの世界は危険なことは無いゆえにしていないと同義。ニート騎士。胸を抉られるような苦痛に満ちた響きだ。

「休憩休憩ぇ~っと♪・・・・おわっ!? どうしたシグナム!」

「んー? どないしたんルシル君?・・・って、シグナム!?」

「ルシリオン。・・・主はやて。私は・・・・」

主はやての部屋より出て来た2人の声が私の背中に掛けられた。顔を上げると2人が心配げに私を見ていた。そして私たちはソファへと座り、「で? 一体どうしたんだ?」とルシリオンに訊かれ、改めて私が四つん這いで気落ちしていた事について話すこととなった。

「私は知った。これではニートではないか、と」

「「・・・・はい?」」

今しがたテレビで放映されていたニュースの事を話す。ニート。働きもせず学校へ通うこともなく、家でゴロゴロしている駄目人間。今の私はそれに近しい者であると。

「そんなん気にせんでええよ、シグナム。生活費に関しては父さんと母さんが遺してくれたお金のおかげで余裕があるし。ルシル君も出してくれる言うてくれたし。ホンマは要らんけど」

「それがいけないのです! ご両親の財産は、主はやての将来の為にあるべきものなのです」

「そうは言うてもわたしは、シグナムやヴィータ、シャマルにザフィーラ、家族の為にお金を使えてる。わたしはそれで良えと思うてるよ」

「いえ。さすがに目が覚めました。子供のルシリオンですら生活費を入れ・・・ん?」

待て。何故ルシリオンはそのような財産を有しているのだ? 起動してから活動期間が半年も経っていない今、彼の手元にそのようなものがあるのはおかしいのでは・・・?
チラリと私の右隣に座っている主はやての奥、ルシリオンへと目をやる。私が話を区切り、そしてその内容から私の考えを察したのだろう。ルシリオンが思念通話を送って来た。

『たぶん俺のお金のことで疑問を持ったと思うから話しておくよ。実は――』

ルシリオンの話では、マリアという名の協力者が居るそうだ。そのマリアという者が歴代セインテストの戸籍や財産などを用意すると言う。ルシリオンも例に漏れず、というわけだ。歴代の世話をしているということは、マリアという者も代替わりするのだろう。とにかくルシリオンにも財源がある。主はやての生活において一番役に立っていないのが私であることは自分自身がよく判る状況だ。心苦しくなるのは当然とも言えるものだった。

「主はやて。このままでは守護騎士の将としての沽券に関わります。ですので、私は働こうかと思います!」

此度の転生ではどれだけ主はやてのお傍に居られるかは判らない。だがこのままズルズルと養われているだけではいけない気がする。ゆえにそう決意表明したのだが・・・。

「あんなシグナム。働くには色々な物が要るんよ。身分証明書とか。そやけどシグナム、そんなん持ってへんやろ? それに外国の人が働くにはもっと要る物が増えるんよ。在留カードってやつやったっけ? さすがにそこまでは誤魔化しきれへんから・・・その、諦めてほしい」

主はやてからそう返答された。身分を証明する物。無い。何も無い、持っていない。せっかくの決意が冷めていく。私は「そうですか」と応じ、ソファより立ち上る。

「主はやて。少し外を歩いて来てもよろしいですか?」

「え? あ、うん、いってらっしゃい」

「はい、いってきます。ルシリオン。主はやてのことを任せる」

「・・・・そこまでショック受けることないじゃないか」

「判っている。少し頭を冷やしてくるだけだ」

主はやてとルシリオンの視線を背に受けながら私はリビングを出、玄関で靴に履き替えているところに「ただいま帰りました~♪って、あら? シグナム出掛けるの?」シャマルが帰ってきた。シャマルに「ああ」と短く答えて玄関扉を開ける。リビングからはシャマルが近所の婦人方と井戸端会議をして楽しかったことなどを主はやてに話しているのが漏れ聞こえてくる。

「私も近所の住人と輪を作るべきか・・・?」

そう考えるものの私はシャマルほど話し上手ではない。ふと、シャマルと先程まで話していたであろう婦人方が私を見ていることに気付いた。私は出来るだけ笑顔になるよう努め、「こんにちは。いつもシャマルがお世話になっています」一礼する。すると婦人方は呆けてしまった。何か間違ってしまったか? 時間からして、こんにちはという挨拶でもいいと思ったのだが。

「お、おはようございます・・・?」

改めて言葉を変えて挨拶をする。それでもご婦人方は呆けるため、「あの・・・?」少なからず私は傷ついた。ご婦人方はハッとし呆け挨拶をすぐに返さなかったことに対し謝罪をして、何故呆けたのかを教えてくれた。

「女の子にこんなことを言うのはどうかと思うんだけど、シグナムさんってカッコいいから」

「そうよね~。挨拶されてドキッとしたもの」

「外国の方だから顔が整って凛々しいのよね」

そう私の外見を褒めていただいた。それに礼を言うと、婦人方は頬を赤らめて口々に「カッコいい」と呆けた。そんな婦人方と別れ、近所をぶらぶらと歩く。散歩と言えば聞こえは良いが、今の私の状態は徘徊と言えるだろう。当てもなく、役立たずの烙印を押される間近であることにショックを受け、そんな私を見られたくないがために家を出たのだ。

「・・・・っと。住宅街を抜けてしまっていたか」

気が付けば小さな商店街に着いていた。もと来た道を戻ろうとしたところで、「すいません。ちょっといいですか?」スーツ姿の若い男、青年が私に声を掛けてきた。出来るだけ不愛想にならぬように心がけながら「何か?」と訊ね返す。我らの失敬で主はやての評判を貶める真似は出来んからな。

「僕はこういう者なんですが・・・」

そう言って名刺を差し出してきた。名刺を受け取り、目を通す前に青年は話を切り出した。曰く、私を写真のモデルに起用したい、とのこと。

「僕たちは綺麗であったり、可愛いであったりする女の子たちの写真を撮って雑誌に掲載するお仕事をしてるんですよ。もちろんタダでとは言いません。お給料も出ますよ」

(給料。これも仕事、なのか? しかし・・・)

――それに外国の人が働くにはもっと要る物が増えるんよ。在留カードってやつやったっけ?――

「すまないが他を当たってくれ。私は在留カードを持っていない」

仕事に就くために必要な証明書を持っていないために断わる。所持していないまま働いたとなれば、警察に厄介になり主はやてに迷惑を掛けることになる。

「っ! 持っていない、ですか。ふふ。そうですか。・・・ええ、それでも構いませんよ。写真のモデルは正式な仕事ではなく、軽いお手伝いですから。身分証とかも要りません」

が、青年はそれでも構わないと笑顔で告げた。仕事でなく手伝いだから、と。今の私には助かる提案だが・・・。本当について行っても良いのだろうか?

「お嫌でしたらこれで引き下がります。次の女性を捜さないといけませんから」

「ま、待て。判った。よろしく頼む」

この機会を逃せばおそらく金銭を貰える仕事には就けないと判断し、私は青年の勧誘を受け入れることにした。青年は目に見えて喜び、「では参りましょう♪」私を都市部の雑居ビルへと案内した。
案内される最中に主はやてとルシリオンに思念通話で連絡を入れておいた。私には珍しく2人を驚かせたいと思ってしまい、このモデルの手伝いのことは伏せた。
ただ、ボランティアをすることになったので帰りが少し遅くなるかも知れません、とだけ伝えた。嘘を吐くことに抵抗を覚えたが、それ以上に驚かせてみたかったのだ。案内されたビルには青年と同年代らしき男が十数人と居て、うち数人は撮影するための道具を手にしていた。

「――ではまずはこちらに着替えてください」

そこで渡されたのがファミリーレストランで着るような女物の給仕の衣服。側にある更衣室で言われたとおりに着替えてみるのだが、「似合わんな」部屋に設けられている鏡で全身を映してみるが、どうも私には合わん。
しかしこれも仕事のためと割り切り、その姿で更衣室を出る。と、「おお」青年たちは私の給仕服姿を見て感嘆の声を漏らした。どうやら評価は良いようだ。そして私は2階へと案内された。そこはフェミリーレストラン・・・いや、正確にはそういう風に造られた、本物ではなくセットだった。

「それではシグナムさん。彼らがお客役としてテーブルに着きますから、あなたはウエイトレスとして・・・、おい。小道具!」

「あ、はい、すいません! どうぞ!」

叱られた青年が料理の乗ったお盆を慌てて持ってきた。どうやら給仕の真似事をしなければならぬようだ。とりあえず言われたとおりにテーブルに着いた青年の前に「お待たせしました」と置く。と、「はい、そのまま動かないで。撮りま~す」パシャパシャと写真を撮られた。立ち位置やポーズを変え、数枚と撮られる。

「はい。オッケーです。次をお願いします」

「お疲れ様でしたシグナムさん。それでは、次の衣服に着替えてもらえますか?」

「む。判った。先と同じ部屋で良いのだな?」

「はい。1階の更衣室で着替えてください。衣装はあちらに」

別の青年の持っている白い衣服を受け取り、更衣室へと戻る。すると先程まではいなかった別の外国出身の少女や女性が居た。話を聞けば私と同じように勧誘を受けたそうだ。そんな彼女たちとは別の、渡された衣服を着る。それは「病院の・・・看護服」だった。主はやての通っている病院で何度も見ている。
更衣室を出、2階に戻ると「次は3階で撮影です」と案内された。3階は寝台が並べられた病室のセットが設けられていた。今度は看護師の真似事をするようだ。また小道具を渡された。注射、カルテなどなど。それを入院患者の着る服を着たある青年に注射をフリなどして、幾度か写真を撮られる。

(楽な仕事だな。モデルというのも)

妙な服を着せられることになってしまったが、写真を撮られるだけで金銭を貰えるとなれば嬉しい限りだ。そうして次は取調室で婦警、さらにオフィスで女物スーツ姿と続き、最後は「これは着物、か・・?」私が寝間着として使っている浴衣とは違い、華やかな色合いと柄が描かれた振袖が用意されていた。着付けは更衣室に居た別の女性に手伝ってもらった。カランコロンと歩く度になる底の厚い草履を履いてエレベーターに乗り、最上階へ。最上階は全体的に和造りだった。

「・・・美しい・・・」

「綺麗だなマジで」

「ああ。お前、いい娘見つけてきたな」

「だな。俺たち本当にラッキーだよなぁ」

「はいはい。撮影始めるぞ。シグナムさん。座敷に上がってください」

畳の敷かれた和室に通された。指示されたとおりに座布団の上に座り、肘掛けに片肘を乗せて体重を預け横座りする。すると、カメラを持つ青年が「色っぽいっス! 最高っス!」色々な角度から撮影を始めた。

「すまんがもう少し離れてくれないだろうか。顔が近い・・・」

「もう少し裾を肌蹴させてもらってもいいっスかね!? 出来ればふとももをもっと出して・・・! あと胸元ももっと! その大きな胸を強調するよう――に゛っ!?」

青年がカメラを畳の上に置いて私の胸元と振袖の裾に手を伸ばしてきたため横に跳び退いた。勢いが強かった彼は前のめりに倒れ、顔面を強かに畳に打ち付けた。

「いきなり何をするのだ! 女性の衣服を強引に肌蹴させようとは失礼だろう!」

「なあ! もういいよな!? もう我慢なんねぇよ!」

その青年が立ち上り、欲情した下卑た顔を私に向けて来た。撮影を部屋の外で見ていた他の連中も「しゃあねぇな」「俺もそろそろ限界だった」「カメラ用意しとけ」口々に言いながら集まって来た。ここでようやく思い知る。連中の本当の目的は、「私の体目当て・・・?」だったというわけか。

「じゃあシグナムさん。服はそのままでいいですから、奥の部屋に行きましょうか」

別の青年が奥の襖を開けると、そこには布団が一式敷かれていた。

「ふざけるな。誰とも知れん貴様たちに肌を許すわけがなかろう!」

振袖で動きが著しく制限されるが、数だけの素人相手に後れを取るほど徒手空拳でも弱くはないと自負している。迎撃するために身構えようとしたところで、「いいですかぁ? あなたのこと、警察に連絡しますよ?」と勧誘してきた青年がそう言ってきた。

「何を馬鹿な。このような始めから女の体目当てで連れ込んだ貴様たちの方が捕まるだろうに」

「言っていませんでしたっけシグナムさん? あなた、在留カードを持っていないんですよね? 僕らのことはまだギリギリ誤魔化せますけど、外国人のあなたは誤魔化せない。調べられれば、不法滞在者として捕まるのはあなたの方だ」

このまま連中を打ち倒し逃げたとしても、今まで撮られた写真を警察に届けられれば私の面が割れる。なれば写真も一緒に処分するか? この世界での機械の扱い方は今なお苦労するが、カメラとやらを全て破壊すればその問題も消えるだろうが・・・。この連中の記憶だけはどうしようもない。

「それと、コレ見えます?」

1人の青年がカメラのモニター部分を見せてきた。映っているのは「貴様・・・!」私が更衣室で着替えている場面だった。盗撮されていたということだ。

「大人しく俺たちの言うことを聴けば、警察には黙っていますし、この映像も俺たちだけで使うようにします。が、抵抗すればこの映像をインターネットに投稿し、全世界の変態どもにシグナムさんの着替え動画を見られることになります」

「くっ・・・(手詰まりなのか・・・?)」

自分の仕出かした失敗にはうんざりする。もう少し疑っていればこんな馬鹿な事態に陥ることはなかった。数人の青年が一斉に私の振袖に手を伸ばしてきたのを抵抗しようとするも、主はやてへの迷惑と言う罪悪感が私の動きを制してくる。下種どもに辱められる嫌悪感と、迷惑を掛けると言う罪悪感が秤にかけられる。私は主がための騎士だ。自身より主を取るのが・・・務めだ。

「・・・・はぁ。良いだろう」

構えを解いて棒立ちになる。それを見た連中の顔がさらに厭らしくなった。不快感が凄まじい。動画を撮るためにカメラを持った数人、私の相手をする数人が歩み寄ってくる。

「これも未熟だった私への罰か・・・」

目を閉じ俯いたその時、『目を閉じろ、シグナム!』頭の中に響き渡った声。何を返す前に閉じたままの目をさらに強く瞑る。と、ガラッと窓が勢いよく開いた音の後、ボフッと妙な音が聞こえた。遅れて「なんだこれ!?」「火事か!?」「違ぇ! 煙幕だ!」「んなマンガみたいな!」驚きの声が聞こえ、そしてゲホゲホと激しく咽せている。

『まったく。八神家の次女は何をやらかしているんだか』

『・・・ルシリオン・・・』

『迎えに来たよ。ま、その前にこの連中をどうにかしないとな。待っていてくれ』

『ルシリオン!』

名を呼ぶが返事は無かった。晴れない煙幕の中、「我が手に携えしは確かなる幻想」という呪文詠唱が聞こえた。

――絶対遵守の力(ギアス)――

一体何が起きているのかは判らない。しかし私は助かった事だけは判る。ただ今はルシリオンに任せる。そう思い佇んだままでいると、「こっちだ」いきなり手を取られ僅かに驚いたが、その声はルシリオンの者だったゆえに安心して引かれるままについて行く。が、『走り難いな、やはり振袖は』カランコロンと鳴る草履、裾が長く足に張り付くような振袖ゆえ仕方がないが。

『じゃあこうしよう』

「『なに?』な・・!?」

いきなり横に抱え上げられた。テレビで観たことがある。これは俗にお姫様抱っこと呼ばれる、少女の憧れる抱き方という。

「待てルシリオン!」

「大人しくしてくれよ、シグナム。恥ずかしいと思うなら、それはこんな馬鹿な真似をした君への罰だ」

「っ・・・むぅ・・・。仕方あるまい」

すぐにでも降ろさせようとしたが、痛いところを突かれたために大人しくルシリオンに体を預けることにした。

「それにしても。振袖かぁ。似合いすぎているな」

「変な気遣いは無用だ」

「本気で思っているんだけど。綺麗だって」

「っ!」

今のルシリオンは大人の姿へと変身しているため、オーディンと全く同じ姿形だ。だからからしくもなく・・・その、なんだ、恥ずかしながらときめいてしまったのだ。それを誤魔化すために咳払いをし、「1階の更衣室に寄ってくれ」と告げる。
ルシリオンは「判ってる。その姿で帰ったらはやてがビックリするからな」と笑う。そうして私は更衣室で着替え、ルシリオンと共に雑居ビルから出る。遅れて警察の乗る車、パトカーが雑居ビルの前で停まっていく。

「ルシリオン。お前の事ゆえ私の写真や動画はもう処分がされている・・・のだよな?」

チラッとルシリオンの顔を見上げる。

「もちろん。シグナムの記録は消したし、連中の記憶からもシグナムの事を全て消した」

「やはり・・・。何から何まで申し訳ない。迷惑を掛けた。あと、迷惑ついでに、なのだが・・・」

「このことははやてに黙っているよ」

「すまない。助か――あ・・・」

私の頭の上に手が置かれる。実に懐かしい感触だった。頭を撫でられるなどオーディンに撫でられて以来ゆえ数百年ぶりか。こうして私は散々ルシリオンに迷惑を掛け、何も知らない主はやてやヴィータ達の居るあの家に帰った。
夕方。テレビのニュース速報であの連中のことが報じられた。女性たちを勧誘しては盗撮し、それを脅しに使って女性の体を弄んでいた、と。連中は自首し、警察にこれまでの反攻を洗いざらい話したそうだ。あの連中が自首をするなど思えなかった。ルシリオンに思念通話で詳細を聞いたところ。

――そういう能力があるんだよ。1度限りだけど対象にどんな命令でも下すことが出来る、ね――

実に恐ろしい能力を持っているものだ、と僅かに恐れを抱いたのは秘密だ。
そして翌日。今日はルシリオンが朝食担当だったために模擬戦は昼間に行うことになった。ルシリオンと共に準備運動をし、素振り100回、そして模擬戦へと入る。いつものように打ち合いをすること10分ほど。ルシリオンが「ちょっと待ってくれ」と仕切り直しを求めてきた。それに応じ木刀と鞘を降ろす。

「どちら様ですか?」

ルシリオンが門構えの方へと目をやり、そう問うた。そちらに目をやると、柱の陰から40代くらいの男性が現れた。端正な顔立ちに刈り上げられた黒髪。佇まいからして何かしらの武芸を嗜んでいることが判る。

「すいません。私、この近所で剣道場を営んでいる武田と申します。失礼ながら幾度かお2人の試合を見学させてもらった事があるんです。それで、私から貴女にお願いがあるのです」

武田氏は私に向き直りそう告げた。

「私に、ですか?」

「とりあえずお話をお聞かせくださいますか」

ルシリオンと武田氏と共に玄関へ行き、そこで話をすることになった。武田氏の私へのお願いとは、「私を剣道場の講師に?」というものだった。

「はい。筋も大変良く、素晴らしいものをお持ちです。是非にお願いします」

しかし私は身分を示す在留カードを持っていない。そう思い断ろうとしたのだが、「シグナム、コレを」ルシリオンが私に一枚のカードを手渡してきた。在留カードと記され、いつ撮ったのかも判らない顔写真、名前の欄には八神シグナム、誕生日は主はやてと同じ6月4日、国籍は独国、在留資格は永住などなどが記されている。

『ルシリオン。コレは?』

『それがシグナムの身分を証明する物だ。それがあれば働ける。だからあとは、シグナムの意思次第だ』

在留カードを受け取り、私は主はやてが居るリビングへと目を向ける。と、「わたしは構わへんよ」話が聞こえていたのか主はやてが玄関へとやって来た。そして主はやては武田氏と挨拶を交わし、「シグナムはどうしたい? わたしはシグナムの意思を尊重するよ」と私が剣道場の講師として働くことに賛成の意を示してくれた。

「どうでしょうか、シグナムさん?」

武田氏に最後の意思確認をされ、私は「お願いします」とお受けすることにした。
こうして私は剣道場の講師として、武田氏の世話になることになった。

 
 

 
後書き
チョモリアプ・スーア。
もう少し日常編を続けて見たかったのですが、リアルでの生活環境が変わることで執筆活動に支障をきたし本編に入るのが遅れる可能性がありと思い、そして今後のエピソードのネタを温存するために、次回から非日常編へと入ろうかと思います。

とりあえず、本作の大まかな予定は以下の通りです。

Episode ZERO:Vivere Est Militare・古代ベルカ
EpisodeⅠ:Te Ratio Ducat,Non Fortuna・無印編
EpisodeⅡ:Vixi Et Quem Dederat Cursum Fortuna Peregi・A’s編+???
EpisodeⅢ:Ego Nullam Aetatem Ad Discendum Arbitror Immaturam
EpisodeⅣ:Desine Fata Deum Flecti Spectare Precando・STRIKERS編
EpisodeⅤ:Melior Est Certa Pax Quam Sperata Victoria
EpisodeⅥ:Sera, Tamen Tacitis Poena Venit Pedibus
Episode FINAL:Per Aspera Ad Astra

あくまで予定ですので、変更する場合があります。
 
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