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IS<インフィニット・ストラトス> ―偽りの空―

作者:★和泉★
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Introduction
  第五話 クラス代表決定戦

 
前書き
今話から三人称視点が加わります。
以降は、原作同様に基本的には主人公視点としてたまに三人称が入ります。
いわゆるsideは使いません。

◇が視点切り替えのタイミングです。
他に、三行空けが少しの時間経過、◇◆×5が大幅な場面転換で、視点変更はありません。 

 
「西園寺紫音、月読……でます」

 宣言と共に僕はISを展開する。すぐさま僕の体の周りを光が覆い、漆黒の装甲が広がっていく。
 そして僕は向かう、友人と戦うために。

『それが紫音の専用機ッスか』

 既にISを展開して待っていたフォルテさんが僕を視界に入れオープンチャネルで声をかけてくる。
 
「そうですね、月読です。今日はよろしくお願いしますね」
『紫音としては次の楯無戦の方が気になるところだと思うスけど……、楽はさせないッスよ!』
「ふふ、そんなことはないですよ。フォルテさんとの一戦も楽しみにしていました。こちらこそ、全力でいかせていただきます」

 お互い向かい合い、闘志をぶつけ合う。あぁ、シミュレーションや山田先生との試験では感じなかった生身の人間とのやり取り。やっぱり全然違う、どこか……心地良い。





「あれが西園寺さんの専用機、月読ですか~」

 管制室のモニターを見ながら二人の副担任でもある山田真耶は声を漏らす。
 彼女の視線の先にあるのは紫苑とその専用機である月読だ。
 その漆黒の装甲は、一般的なISと比べて薄めではあるものの、ほぼ全身を覆っている。四肢や一部の要所に重点的に展開される他のISと比べると対照的だ。
 そして最も特徴的なのは、背面に従える一対のフィン・アーマーだろう。鱗のようなものが組み合わさって広がるこのフィン・アーマーと全身を覆う吸い込まれるほどの漆黒の装甲は、伝承などでよく目にする悪魔にも見える。いや、薄い装甲故に(中身が作り物とはいえ)女性特有のスタイルがハッキリと見て取れ、顔の部分は覆われていないためその美しい容姿も隠さない。その姿は妖艶さすらも漂わせており、悪魔は悪魔でも、夢魔や淫魔といったところか。

 一方相対するのはフォルテ・サファイアとその専用機であるコールド・ブラッド。
 やや赤みがかったその装甲は全体的に刺々しく、鋭い。それは月読のように全身を覆うわけではなく、一般的なIS同様に四肢と頭部、そして腰回りが大部分だ。
 こちらも特徴的なのは背面に従える物体、ただしそれは月読のそれとは大きく異なり、ブーメランのようにやや折れ曲がった四本の赤い浮遊物。コールド・ブラッドの代名詞とも言える、特殊武装『血塗れの牙(ブラッディファング)』。小柄ではあるが、その各部位の鋭さや操縦者から漏れ出る闘志からその姿はさながら小型の肉食獣といったところか。

 月読の翼やコールド・ブラッドのブラッディファングは『非固定浮遊部位(アンロックユニット)』と呼ばれ、本体に直接つながっておらず浮いた状態となっている。そのため用途もそれぞれ多岐にわたる。

「武装や特徴は奇しくも共通点が多い。もっとも、現状まともに機能しないらしい月読のフィン・アーマーに対して、コールド・ブラッドのブラッディファングは近~中距離をカバーできる。お互いが近距離主体である以上、この手札の違いは大きく影響する」

 モニターを見ながらスーツ姿の凛とした女性、織斑千冬は隣にいる真耶に解説をする。その言葉を真耶は、モニターから目を離さず聞きながら、感心したような声を漏らしながら大きく息を吐く。

「それにサファイアは射撃系の武装も量子変換(インストール)してある。近距離でしか戦えない西園寺と、遠~中距離もカバーできるサファイア。常識で見れば勝負は見えている」
「西園寺さんの武装は近距離しかないんですか?」
「ああ、奴の拡張領域(バススロット)は全く空きがない。にもかかわらず初期装備(プリセット)で使えるものは近距離用のソード一つだ。……他にもあるらしいが使えなくなっているようだ」
「それでは西園寺さんでも厳しいですよね~、なんとか懐に潜り込んで自分の得意なフィールドに入れたとしても、そここそが相手の本領が発揮できる場所なんて」
「常識で、と言った。懐に入った時点で西園寺の勝ちだ。あいつ()……常識の埒外にいる」




 


「もうすぐ開始ッスけど手ぶらでいいんスか?」
「はい、これが私のスタイルなので」

 ISだけ展開し、武装を一切見せない僕にフォルテさんは訝しげに聞いてくる。僕にはどちらにしろネームレスしか武装の選択肢がない。だから、敢えて僕は『無手』という選択肢を作る。相手が戦車や戦闘機などなら意味がないが、ISを操る人だからこそ活きてくる選択肢。距離を詰めなければならないが、ネームレスを使うにしてもそれは変わらない。

 試合開始のブザーが鳴ると同時に、フォルテさんがあらかじめ展開させていた二丁のハンドガンタイプの武装で牽制を試みる。『ルーチェ』と呼ばれるこの武装は、威力こそ必殺級ではないがその分反動も少なく小回りも効く。
 威力が低いとはいえ、そのまま受ける訳にもいかないので当たらないギリギリの角度を予測(・・)し斜め前方に向かって瞬時加速(イグニッションブースト)を行う。
 フォルテさんの攻撃は予測通りの射線を通り、同時に僕は一気に距離を詰める。
 彼女も一瞬動揺を見せたもののすぐに構え直し、再度射撃を繰り返す。しかし、先ほどよりも牽制の色が濃い射撃は僕の動きを制限するように散らばるが、ほとんど当たることはない。僕は最も被害の少ないルートを見極め、再び加速に入る。……罠があることを承知で。

『かかったッスね!』

 フォルテさんまであと4メートルほどというところまで迫った時、彼女の背面に控えていたブラッディファングが文字通り牙を向いた。四方向からの同時攻撃、このまま真っ直ぐに進めば彼女の懐に入りきる前にその咢に噛み砕かれる。

「それは予測済みですよ」

 でも、これも予測通り。彼女の狙いは、懐にあえて潜り込ませてその直前に牙で捕えること。本来、その牙は別々に動かすことができ、普通に懐に入り込むならやや面倒(・・)だけど来るタイミングが分かっているば話は別。だから敢えて誘いの乗った。
 
 牙の範囲に入る前に別方向(・・・)へとイグニッション・ブーストをかけた。







「な!」

 管制室で観戦を許可され、教師陣と共にモニターを見ていた一組の生徒が声をあげる。ちなみに一戦目は少人数だったが、千冬の解説が好評で今ではクラスの半数以上が集まってしまっている。

 一方、モニターの先では加速により方向を変えた紫苑が牙を避け、その外側を滑るようにスライドする。そのまま体を回転させ、フォルテの後頭部へ一発の裏拳を炸裂させる。加速と遠心力のついたその一撃にフォルテは顔を顰めつつもすぐさま反撃に移る。自身も体を紫苑に向きなおしながらいつの間にか持ち替えていた短剣型の武装、『グランフィア』の二刀流で斬りつける。
 しかし、紫苑はそれすらも手元を払うことで受け流し、再び体に打撃を加えていく。ほぼ密着状態の今の状況では、フォルテのブラッディ・ファングは使いにくい。下手をすれば自身にも攻撃が及ぶからだ。そしてその牙の射程範囲はネームレスの有効距離であり、故に紫苑は敢えて封印して密着での肉弾戦を選んだ。 

『く……なら、これならどうッスか!』

 ゼロ距離での戦いに活路を見い出せず、シールドエネルギーを徐々に削り取られ既に危険域に達したフォルテは一か八かの賭けに出る。片手のみ武装をルーチェに戻しながら残っているもう一方のグランフィアを振り切り僅かの距離を得る。
 そのままルーチェによる射撃をバラまいて、さらに距離を取ろうと構えた時。

 さきほどまでの拳打の射程外に移動したにも関わらず、フォルテは突如として弾き飛ばされ、同時にシールドエネルギーが尽きたことを知らせるブザーが鳴り響く。

「え!」

 紫苑がフォルテに肉薄して以降、沈黙に包まれていた室内に再び驚きの声があがる。
 真耶を含め、何が起こったかわからずにただ千冬に解説を請う視線が集まる。当の千冬はその視線に気づきやれやれといった様子だ……しかし試合前の彼女の雄弁さを鑑みるに満更でもないのだろう。

「まずは試合を決めた一撃だが、西園寺の手元を見ろ」

 その言葉に、モニターに目を戻した一同は再び驚愕する。紫苑の手には3メートルを超えようかという巨大な刀だった。

「あれは……いつの間に!?」
「いま西園寺が手にしているのが月読にインストールされている唯一の武装だ。とはいえ、データが欠損しているらしく正式名称は不明。あいつはネームレスなどと皮肉な呼び名をつけているがな。……そしてあいつは、それを距離を取られそうになった瞬間、攻撃モーション中に呼び出しそのまま一撃に繋げた」
「そんなことが……」

 千冬の言葉通り、片方の武装を持ち替えたことに気づいた紫苑はすぐにフォルテが距離を取ろうとすることを察知し、そのタイミングに合わせて刀剣用のモーションに移行、その途中でネームレスの呼び出しを行い振り切る。その絶好のポジションに距離を取ろうとしたフォルテが誘い込まれた形になった。

「……俄かに信じられんがどうやらあいつはどんな状況、どんなモーションでも武装の呼び出しが可能なようだな。しかもその速度が馬鹿げている、高速切替(ラピッドスイッチ)並かそれ以上だ」
「う~ん、そ、それじゃ西園寺さんがイグニッション・ブーストで接近しながら急に方向転換したのはどういうことですか?」

 千冬の説明を聞きつつも、どこか納得できないといった様子で生徒の一人が訪ねる。

「あれは恐らく、イグニッション・ブースト中に、別方向のイグニッション・ブーストを重ねがけしたのだろう。月読の装甲の各所には多数のブースターが仕込まれている。その気になれば360°どこにでもブーストをかけられる……操縦者への影響を無視すればな」
「そんな! 加速中に別方向へさらにGがかかるような真似をすればどんなことになるか……。いくらISの絶対防御でもそんなところまで守れませんよ!」
「そう……普通(・・)はこんなまともに使えない機能をISに搭載したりはしない。あれがテスト機だからなのかそれとも……」

 千冬の信じられない言葉の数々に、場は再び静寂に包まれる。

「いや~、まいったッス。予想以上にボコボコにやられたッス」

 そんな空気をぶち壊す声が入ってくる。ISを解除してアリーナから戻ってきたフォルテだった。すぐに紫苑も戻ってくる。

「さ、西園寺さん! 体は大丈夫なんですか?」

 紫苑の姿を見るなり、真耶は慌てて彼の元に駆け寄って心配そうに声をかける。

「あ、はい。特にダメージはありませんので……」
「ちょ、試合でボコボコにされたのはウチッスよ! それなのに紫音も何気に酷いッス……」
「あうあうあう、そ、そうですよね。サファイアさんは大丈夫ですか!?」
「ご、ごめんなさい。そういう意味では……」

 管制室でのやり取りを知らないフォルテにとっては真っ先に勝者の心配をしている真耶の行動が理不尽に思え、なおかつ紫苑にダメージは無いとハッキリと言われてそのまま隅で落ち込んでしまった。居合わせたクラスメートに慰められているが、立ち直るのは第三試合が始まるころだった。


「西園寺、あのブーストは体に影響ないのか?」
「はい、あの程度でしたら。もともと装甲にあるブースターは通常のイグニッション・ブーストに比べて格段に出力も抑えられているので無理なことをしなければほとんど影響ありません」
「……そうか」

 その言葉に、ほとんどの者は安堵していた。しかし千冬は、紫苑の言外にある事実に気づいていた。無理をしなければ、ということはつまり無理をしたその先の使い道があるということだ。そしてその時の影響は……。

「くれぐれも無理はするな(・・・・・・)
「……善処します」

 いつもなら千冬の指示には素直に従う紫苑も、今回は断言しなかった。
 なぜなら次の相手は学園最強を自負する、更識楯無。多少の無理もせずに勝てる相手ではないのだから……。







 ある程度はシミュレーション通りの動きだったけど、速度が予測より10%ほど上回ってた……。千冬さんを操縦者とした戦闘シミュレーションをやってなかったら危なかったかもしれない。
 というより、千冬さん相手では遠距離からの射撃を避けきれずに削られていき少しずつ距離を縮めたと思ったら一瞬のうちに牙の範囲内に捕捉されて負けてしまっていた、完全にいいように弄ばれた形だ……。だからという訳じゃないけど、なるべく相手の動きをこちらからコントロールしたうえで試合をすすめることにした。結果的にハマったようでホッとしてる。

 でも、次の相手は楯無さん。今回のように行くわけがない、というよりこちらの予測では現状勝てる可能性はかなり低い。それでも……。

「では、先ほどと同じように15分後に第三試合を行う。今のうちに休んでおけ」
「わかりました」

 思考を遮るように千冬さんから声がかかる。

「勝ったのは……あぁ、紫音ちゃんね」

 控室からどうやら楯無さんが戻ってきたようだ。勝者を確認しないで断言したのはあらかじめ聞いていたのかもしれないが、視線の動きを見るに部屋の隅でいじけているフォルテさんを見て察したのだろう。
 
「はい、なんとか……ですが」
「それにしては無傷みたいじゃない?」

 部屋のどこかで『グサッ』という擬音のようなものが聞こえた気がしたので、それ以上は応えずに苦笑いで誤魔化しておく。

「ま、お互いベストで戦えるなら何よりかしらね」
「……楽には勝たせませんよ?」
「ふふ、望むところよ」

 さて、楯無さんはやる気のようだし厳しい戦いになりそうだ。

「そろそろ時間だ、準備をしろ」

 その言葉を合図に、僕と楯無さんはそれ以上言葉を交わさずにそれぞれのピットへと向かう。そのまま僕は月読を展開してアリーナへと入った。
 目の前には同じようにやってきた楯無さんと、その専用ISであるミステリアス・レイディがいた。
 コールド・ブラッドと同様にその装甲部は全体的に面積は狭く、小さいがそれをカバーするように水のようなものが、さながらドレスのようにフィールドを形成している。
 また、僕らの専用機に共通している項目ではあるが、ミステリアス・レイディにもアンロック・ユニットが存在する。『アクア・クリスタル』と呼ばれるクリスタル状の物体は、そこから水のヴェールをマントのように展開して楯無さんを包み込んでいる。……あれは射撃を無効化するらしいけど、元から選択肢にない僕には関係ない。

 楯無さんは既にその手元に大型のランス状の武装『蒼流旋』を展開している。厄介なことに四連装ガトリンガンが内臓されており、そのまま遠距離からの射撃が可能になっている。今回ばかりは僕も最初からネームレスを展開する。
 
 開始の時間が近づくにつれ、言いようのない圧迫感が場を支配する。僕らがアリーナに出た瞬間は割れんばかりの大歓声だったにもかかわらず、今となっては不自然なほど静まり返っている。

 先ほどのような予測による決め打ち行動は彼女には無意味だ。むしろ逆効果ともいえる。

 なぜなら……

 彼女はこういうことすら平気でやるからね!







 試合開始早々、観戦している者たちは予想外の展開に驚きの声をあげることになる。
 先ほどの試合と同様に、まずはどのようにして紫苑が楯無に近づくか、という流れを予想していたからだ。
 
 しかし、大方の予想に反して楯無が開始早々に蒼流旋をドリルのように回転させ、イグニッション・ブーストで突撃を仕掛けたのだ。
 ある程度予測していなければその一撃で終わっていたかもしれない、意外な、それでいて必殺の鋭さをもつ突撃だった。しかしその選択肢もあり得ると覚悟していた紫苑はすぐに反応する。しかし、それも周りから見れば『あり得ない』一手だった。

 紫苑はすぐさま手元のネームレスを自身の正面に水平に寝かせて構えると接近に合わせて突きを放つ。その切っ先は寸分の狂いなく、凄まじい回転をしながら迫る蒼流旋の先端を捉え、その勢いと回転を殺した。

『あら~、これで決められるとは思わなかったけどこの止められ方は予想外ね』

 楯無の言葉がオープン・チャネルで聞こえてくるが、紫苑は特に反応を返すことなくすぐさま、次の行動に移る。
 紫苑は、そのままネームレスの切っ先を蒼流旋ごと下方向に受け流し、その反動も利用し自身は斜め前方に跳躍(空中のため正確には飛翔だが)する。前傾姿勢そのままに跳んだ紫苑は、勢いそのままに宙返りの形で楯無に踵落としを繰り出した。楯無も左手を蒼流旋から離してすぐさま防御する。
 
 しかし、紫苑はここで止まらない。もう一方の足のブースターを使用し、体を捻じるように回転させ、楯無の胴に再び蹴りを放つ。既に紫苑はネームレスを手放しているが、懐に入った以上は必要がない。
 その後も流れるように各所のブースターを巧みに使い、三次元機動の連撃を加えていく。
 一方の楯無もランスを一度手放し、それに応じる。時折楯無の攻撃も紫苑に届くものの、有効打の数では分が悪く、彼女は距離を取る機会を窺っていた。

「さっきも凄かったですけど……今回もまた……」
「最初の突撃をなんであんな無謀な止め方したんですか?」

 場が拮抗したのを見て感嘆の声とともに、おなじみとなった千冬への解説を求める声があがる。

「……あれはそれを実行する難易度を考慮しなければ、最もリスクの少ない行動だろう。あれだけ高速回転しているんだ、触れるだけでダメージは免れん。ということは剣で受け流すこともできんし、躱してもその方向にランスを動かされるだけで完全には避けきれない可能性がある。……つまり『可能』ならあの行動が無傷でやり過ごす最善手だ」
「…………」

 当たり前のように解説する千冬と当たり前のようにやってのけていた紫苑に対してなんとも言えない空気となった。こう言ってのけるということは千冬も恐らく当たり前のようにできるのだろう、と全員が察した。このクラスにいる限り、こうやって彼女たちの常識は徐々に崩れていくのだろう。

 自分たちの戦いが、クラスメートの常識を破壊していることなどつゆ知らず、繰り返される攻防に集中している。そんな折、転機が訪れる。かなりの時間、防御に回りながらも隙を窺っていた楯無が一気に行動にでる。
 それは隙と言うにはあまりにも小さなものだったが、故に二人の戦いでは大きなものとなった。本来の軌道よりほんのわずかにズレた拳を避け、楯無はそのまま紫苑の腕を掴み勢いを巻き込みながら投げ飛ばす。いわゆる合気の要領だ。そのまま凄まじい勢いで壁まで飛ばされアリーナに衝撃音が響き渡る。
 楯無はすぐさま追撃を行おうかと考えるが、先ほどまでのダメージが抜けきれず距離を取るにとどまる。

 やがて砂埃から現れた紫苑も、それなりのダメージを受けたようで静かに体勢を整え直し再び開始前のように向かい合う形となる。

『……今のは湿度変化ですか?』
『やれやれ、そこまでお見通し? こうして戦うのは初めてなのに全部見透かされている気がするわ』

 あの攻防の最中、楯無は自身の周辺に水を霧散させることで急激な湿度変化を起こしていた。あまりに急激な環境変化により、ほんの僅か、本当に些細な差異で紫苑の攻撃にブレが生じたため、そこに楯無が付け入ったのだ。ちなみにさしもの千冬も紫苑と違ってミステリアス・レイディのスペックを完全に把握している訳ではないためこのやり取りの詳細は解説できなかった。

『私も出し惜しみ出来る状況ではないですね』

 言うや否や、紫苑はそのまま真っ直ぐに楯無に向かってイグニッション・ブーストを仕掛けた。だれの目にも愚策と見えたその行動に、楯無は先ほどの紫苑の行動も鑑みて蒼流旋に内臓されているガトリングを使うことなく……回転を加えたまま投げつけ、接近を許した際により戦いやすい近接武装『蛇腹剣ラスティー・ネイル』を呼び出し別方向からくるであろう紫苑を迎え撃つ……つもりだった。

 しかし、紫苑は方向転換をすることなくそのまま蒼流旋に真っ直ぐ進み……貫かれた。

「『えっ!?』」

 楯無の声と、部屋にいる者全てが同様に驚愕の声を上げる。
 蒼流旋が、紫苑の体を貫いた……否、すり抜けた(・・・・・)からだ。
 紫苑はそのままの勢いで楯無の正面に急接近し、既に呼び出し直していたネームレスで一閃した。






 
 ……手ごたえがない、か。だとするとこれは……

「このタイミングで水の偽物(フェイク)ですか、完全に虚をついたと思ったのですが」
『そうね、さすがの私もちょっと危なかったわよ……』

 さすが……といったところか、正直これで決められなかったのはきつい。無理をした(・・・・・)反動かちょっとフラフラしてきた。
 ! それにこの違和感……湿度が上がっている……まずい!

『でも……これでお終いよ』

 直後に起こった爆発を最後に、僕の意識は途絶えた。


 
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