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皇太子殿下はご機嫌ななめ

作者:maple
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第43話 「遭遇」

 
前書き
今年もあと少し。
おせち料理の準備に忙しいです。
好きなものが多くなるのは仕方がないですよねー。
 

 
 第43話 「机の引き出しには胃薬が?」

 リヒテンラーデ候クラウスじゃ。
 皇太子殿下が帰ってこられた。
 いつものように机に向かって、書類を読んでおられる。
 戻ってこられた途端、決裁が早く進むようになった。
 はぁ~。
 こんな俺様な皇太子殿下でも、いなきゃいないで困りもの。
 少し前まで宰相府では、ブラウンシュヴァイク公が、ひいひい泣き言を言っておったというのに。平然とした表情で、こなされている。
 やはりこのお方こそが、実質的な帝国のトップなのだ。
 他に代わりがおらぬ。
 宰相府では、官僚達も寵姫たちもいきいきとした笑顔を見せておるし、活気が戻ってきたわ。やはり、こうでなくてはな。

 ■宰相府 リヒテンラーデ候クラウス■

 宰相府にヨハン・フォン・クロプシュトックがやってきた。
 寝ておらぬのか、疲れていそうなのに、妙にハイテンションじゃ。
 手には大量の書類を持っておる。
 一体なんじゃ?

「宰相閣下、農奴の子らにも、平民の子どもと同じように、教育の機会をお与え下さい。いえ、強制的に学校に通わせましょう」
「強制的にか? ふむ。自発的に通うことは、不可能と見たのだな?」
「はい。自発的に通うのは無理があります。理由は生活を維持するための労働を優先するからです」
「なるほど、強制的にであれば、いやいやでも通うか……。卿だけの知恵ではあるまい? 誰に相談した?」
「オーベルシュタイン少将です」
「あいつか~、そういや少将にも、教育問題の話をした事があったな。うむ、考えていたわけだ。よかろう。やってみるといい」
「はっ」

 クロプシュトックが意気揚々と、足早に部屋から立ち去っていった。
 書類も持っていったわ。何のために持ってきたのじゃ?
 よく分からぬわい。

「クロプシュトックも、よくやっているようだな」
「さようですな」

 帝国では若い者達が、一生懸命考え、動いておる。結構結構。良い事じゃ。
 それにしても農奴の子にも、教育を、か……。
 よほど考えたのじゃろう。中々やれぬ事よ。

 うん?
 宰相府に軍から連絡が来たようじゃ。
 アンネローゼが話を聞いておる。見る見るうちに顔色が悪くなってきたわ。
 どうしたというのじゃ?

「――殿下」
「なんだ」

 アンネローゼの声音が緊張しておる。
 よほどの事態かっ!

「ミュッケンベルガー元帥からです。スクリーンに映します」

 その言葉と共に、宰相府の大画面に宇宙艦隊司令部の映像が映し出された。
 ミュッケンベルガー元帥の表情にも緊張が見える。

「宰相閣下」
「何があった?」
「イゼルローン周辺を警戒していた艦隊が、同盟側と遭遇しました。いかが致しますか?」
「戦闘には入ったのか?」
「いえ、一定の距離を置いておるようです」
「そうか、こちらからは攻撃するな。イゼルローンまで、下がれといえ」
「宜しいのですか?」
「ああ。あえて、戦闘には入らず、引かせる。ただし」

 皇太子殿下の声にこわいものがこもった。
 この声を聞くたびに、身が震えそうになるわ。

「ただし?」
「同盟側が、引くならよし。その場からこちらに向かってくるようなら、駐留艦隊と協力して撃滅せよ。遠慮はいらぬ」

 部屋にいる者達が息を飲んだ。
 わしもだ。
 皇太子殿下は侵略の意志はないと、同盟側に伝えたそうじゃが、構わぬのだろうか?

「本当に宜しいのですか?」
「構わん」

 ミュッケンベルガー元帥が、確かめるように口を開いた。
 それを切って捨てるように、殿下が言い切る。

「こちらの様子を窺っているのか、試しているのかまでは分からん。だが試すような真似をした事を、後悔させてやろう。図に乗るなとは言っておいた。それでもなお調子に乗るなら、痛い目を見せてやる」
「了解いたしました」

 元帥が見事な敬礼をした。それを見届けた殿下が、通信を切る。
 怖いお方じゃ。

 ■自由惑星同盟 作戦本部 ジョアン・レベロ■

「シトレ。帝国軍と遭遇したというのは、本当なのかっ!!」
「本当だ」

 その知らせを聞いた私は、すぐさまシトレに連絡を取った。
 シトレの言葉に目の前が暗くなるようだ。
 あの皇太子はどう動く?

「戦闘には入ったのか?」
「いや、まだだ。それどころか、帝国側は後退を始めたそうだぞ。ゆっくりではあるがな。こちらを警戒しているのだろう」
「だろうな。それにしても引いてくれて良かった。戦闘に入っていたらどうなっていた事か」
「喜んでいる場合じゃない。イゼルローンに動きがあるのだ」

 イゼルローンに?
 どういう事だ。あの皇太子は侵略の意志はないと言ったぞ。適当な嘘を言うような男ではないと思ったが。
 私が考え込んでいると、シトレが恐ろしい事を言い出した。

「あの皇太子を甘く見るな。自分から攻撃を仕掛ける気はないだろうが、こちらの動きを見ている。事によれば、撃滅しにくるぞ」
「……つまり、どういう事だ?」
「引けば良し。引かないのであれば、こちらを叩きのめすつもりだろう。増援を送るべきか、軍内でも揉めはじめている」
「何を言っているんだ。引くべきだっ!!」

 思わず、激昂してしまった。

「引けば、それで済むという根拠はあるのか? 背中を見せた途端、追撃されるかもしれんのだ」
「帝国軍は引いたのだろう!」
「だがイゼルローンでは、駐留艦隊が動き出している」

 あの皇太子、いったい何を考えている?
 艦隊は引かせた。
 だが、駐留艦隊を動かしている。どういう事だ?

 ■自由惑星同盟 最高評議会 ロイヤル・サンフォード■

「ロボス君。帝国軍と遭遇したそうだが、どうすれば良いと思う?」
「引くべきでしょう」

 ロボス君の物言いは淡々としている。
 軍内でも主戦派の代表と言うべき男だが、シトレ君と同じように引けというか……。

「やはりそうかね」
「はい。シトレと同意見なのは、業腹ですが、今は時期が悪い。ここで帝国軍に勝利しても、同盟の方が不利になります。侵攻するなら十分な準備が必要でしょう」

 モニターの向こうにいるロボス君は、落ち着いている。
 私の方がおろおろとしているようだ。
 我ながら情けないな。
 しかし軍の重鎮の二人が引けというのだ。軍としては戦闘に入りたくないのだろう。
 それは政府も同じだ。
 和平の可能性が失われるかもしれん。

「では……」
「しかしハイネセンでも、艦隊の出撃準備をしておくべきです」

 では、引かせようと言おうとした私は、ロボス君の言葉に息を飲んだ。
 出撃の準備だと?

「そ、それは……どういう意図が?」
「あの皇太子にも、プレッシャーを与えるべきと申し上げております」
「プレッシャーか」
「このまま引くだけでは、主導権を皇太子に握られたままです。プレッシャーを与える事で、同盟が主導権を握る。そうするべきでしょう」

 主導権か、確かにあの皇太子が帝国宰相に就任していらい、主導権を握られっぱなしだ。
 ここで同盟側が主導権を奪う。
 やってみる価値はある。
 そんな事を考えながら、私は引き出しを開いて胃薬に視線を落とした。
 そして胃薬にするべきか、頭痛薬にするべきかしばし迷った。

「では……そうしてくれ」
「了解しました」

 有能だなロボス君は。シトレ君もそうだが、同盟軍は決して帝国に劣っていない。
 帝国と同じように、これからは軍を政治の手段として動かすべきだろう。
 無駄な戦争などする意味がない。

 ■宰相府 ラインハルト・フォン・ミューゼル■

「ハイネセンで、動きがあったか」
「はい」

 モニター越しに皇太子と元帥が話をしている。
 同盟側も大人しく引くかと思ったが、首都の方で動きがあったそうだ。
 俺にもこの事の意味は分かる。
 主導権争いだ。
 戦闘に勝利するだけが、戦争に勝つというわけではない。戦争というものは、その大半が戦場の外で決まるのだな。
 ここに来てからというもの、その事を思い知らされてばかりだ。

「ラインハルト様。ラインハルト様なら、どうなされますか」
「俺か、俺なら……」

 キルヒアイスに答えようとしたとき、皇太子が元帥に駐留艦隊に、遭遇した艦隊を迎えに行かせろと命じた。
 そうだ。実際に動かしてしまう。
 向こうは動かしたくても、動かせないだろう。
 準備はできても、動かせないのだ。
 そこを突く。

「宜しいのですか?」
「ああ、出迎えてそれで終わりにする。その時同盟がまだ、艦隊を動員しているなら文句を言う。まあ、動きは止まるだろうがな」

 皇太子の判断は正しい。確かにその通りだ。
 それは素直に認めるべきだろう。
 皇太子から学ぶべき点は多い。皇太子の動きを学ぶ。そうすればただの戦術バカにはなるまい。
 俺も帝国の、いや政治的な戦争の仕方を学ぶべきだな。

 ■自由惑星同盟 作戦本部 アレックス・キャゼルヌ■

 イゼルローンを挟んだ銀河の端と端で、にらみ合いが続いている。
 あの皇太子の考えが知りたくて、ヤンを呼んだ。

「先輩」
「俺もいますよ」
「よお、よく来てくれた。おっアッテンボローも一緒か」

 さっそくとばかりにヤンの奴に問いかけると、思わぬ返事が返ってきた。

「まず、あの皇太子は基本的に帝国宰相ではあっても、軍人ではないんです。武官ではなく文官ですよ。だから武断主義的な思考はしない」
「それって?」

 俺だけでなく、アッテンボローも驚いているな。

「戦場で勝てばよかろうというタイプではないんです」
「なるほど」
「第一に考えている事は、帝国の改革でしょう。戦争など二の次三の次ですよ、きっと」

 それはつまり、和平をも視野に入れて、考えているという事か?

「しかし、そう簡単に和平もできない」
「そういう事だ?」
「同盟と帝国の特性を掴んでいます。戦争が終わったあとの事を考えているのでしょう」

 戦後を想定して、より有利になるように動いているか……。
 レベロ議員やホワン議員が主張している事と一致しているな。

「あの二人は、皇太子の人となりから推測したのでしょうね。私もそうですが」
「あの皇太子、帝国をどうするつもりなのだろう」
「皇帝の重みを維持したまま、立憲君主制に移行するつもりでしょう」

 立憲君主制か……。改めて聞くと凄い事だよな。
 今までの様な専制主義とは異なるものにするつもりなのか。
 それならば、同盟市民も拒否感は少ないだろうな。
 特にあの皇太子だったら、あっさりと受け入れてしまう者も多いだろう。

「それで今の状況はどうなると思う?」
「あの皇太子、駐留艦隊を動かして、迎えに行かせるでしょう。そしてイゼルローンに戻って終わりです」
「うん? それで終わりですか?」
「ああ、アッテンボロー。それで終わらせるだろう。引っ張っても得はないからね。そしてその時まだ、同盟に動きがあれば、それを非難してくる」
「和平をするつもりがあるのか、ですか?」
「そうだろうな」

 後の先、後々の先を取るつもりだろう。
 そして主導権を維持する。
 サンフォード議長も主導権を取りたいのだろうが、うまくいくかどうか……。

「難しいでしょうね。あの皇太子が、専制国家が民主共和制の同盟に勝っているところは、決断力です。即断即決できる部分です」
「う~む。民主制は決断の速さが、専制君主に負けるか」
「軍は政府に指示を仰ぐ。それは同盟も帝国は違いはありませんが、そこから先が違う。特にあの皇太子だったら……」
「トップダウンの強みですね」
「そうなんだ。強権を持つ皇太子には、一歩も二歩も負けてしまうんだ」

 あの皇太子……本当に厄介な相手だな。
 たった一人で、同盟を動揺させる。
 その上、排除する事もできない。
 あの皇太子を排除しても、代わりに出てくるのが、よりひどい奴なら目も当てられない。

「人物的にはまともですからねー」
「そうだね。彼が同盟の人間だったら、友人になれたかもしれない」
「そうだったら、どれほど良かった事か……はあ~」
「先輩、ため息を吐かないでくださいよ」

 アッテンボローに言われてしまったな。
 しかし、そう思わざるを得ないんだ。
 あの皇太子が同盟の人間だったら、と。

 ■作戦本部 シドニー・シトレ■

 帝国が駐留艦隊を動かして出迎えたか。
 こちらの手を透かされたようなものだ。手強い。
 あの皇太子、軍を完全に掌握している。
 彼が帝国のトップに立ち続けている間は、今のような状況が続くだろう。
 帝国は完全に、軍を政治の一部として動かしているのだ。
 これからは目的の希薄な戦闘など、起きないかもしれんな。
 それだけにあの皇太子が、軍を自発的に動かしたときは、今まで以上に警戒が必要になるだろう。
 やりにくい相手だ。 
 

 
後書き
とある人から聞かれたのですが……。
ろくでなしさんと皇太子様は別人ですよ。
この二人は前世で、友人だったんです。
ろくでなしな三人組。

皆様、来年のクリスマスはお互い、頑張りましょう。 
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