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錆びた蒼い機械甲冑

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Ⅵ:理不尽な騎士

 
前書き
日常面や信条場面を書くより、下手でも戦闘場面を書くほうが好きだったりします。

それではどうぞ。 

 
 第三層のフロアボス討伐は、今まで以上に難攻していた。


 数人で取り囲もうにもすぐに脱出されるか吹き飛ばしで包囲を崩され、攻撃しようにも最小限の動作で避けられ武器ではじかれる。止めと言わんばかりの、隙や無駄が殆ど無い攻撃の数々。戦闘開始から十分は経つが、未だに敵のHPバーは半分どころか数ミリも減っていない。


 再びHPバーが十分にある者達が向かっていくが、短剣使いの通常攻撃はかわされて体勢を崩され、逆に自分の体を盾に使われてしまう。そうして右方の者達を一時的に遮った機械騎士は、続けてきた片手剣使いの『スラント』を、彼の腕に盾部分を当てて受け止め、驚愕する片手剣使いを体当たりで打っ飛ばしてもう一人に当てると、後ろに居た者にソバットを打ち込んで吹き飛ばす。
 そして残った右側のプレイヤー達に投げナイフを投擲し、その場から跳び退って剣を腰に構え此方を威圧した。


「くそっ…無茶苦茶じゃねぇかあいつ……!」


 とあるパーティの一人が思わず声を漏らすが、それは仕方ないモノだとキリトは思った。


 まずサイズが今までの二対のボスよりも小さい(とはいってもこのレイド部隊の中での最高身長を持つ、スキンヘッドの大柄な黒い肌の男性プレイヤー・“エギル”より大きいが)為、囲んで攻撃できても精々五、六人……もっと自由に攻撃するなら三人まで絞る必要がある。巨大なMobなら大人数で囲んでもお互いのプレイヤーの間に自然と間が出来るが、小さなMobとなると攻撃の的の小ささや対象の全長、そして攻撃の範囲の影響もあってそんなに大人数では囲めないのだ。

 そして純粋に強い。
 キリトはこのボス戦に挑む前、キャンペーン・クエストの為にエルフと、そしてとある経歴でぶつかる事となり正体を暴く為に“モルテ”というプレイヤーと戦ったが、眼の前の機械騎士の強さと技術はその者達の比では無かった。
 一対多の戦い方といい対人戦闘のやり方といい、まるで中に武術の達人でも入っているんじゃないかと疑う程に強いのだ。

 事実、キリトの片手剣スキルニ連水平斬り『ホリゾンタル・アーク』と、体術スキル単発技『閃打』の組み合わせを、前者はギリギリ届かない位置までステップで下がることで、後者は何とスキルがきれる瞬間をねらって腕を掴み、此方に向おうとしていたプレイヤー達めがけて思いっきり投げ付けられた事で無効化されたのだ。
 後方のプレイヤーを攻撃した隙を見て出した技が完璧にかわされ、おまけに自分を他者への妨害に使われたキリトは、投げられた時の気持ちの悪い浮遊感も合わせて、少しの間前線から離れた場所で止まってしまった。


「おどれ、あのメカ鎧について何か知らんのか?」
「……悪いなキバオウさん。俺はあんな奴、ベータで見た事も聞いたこともない」
「おどれのやられっぷりを見てそうだとはだと思っとたが……実際言われりゃきついな」


 そこでキリトはおかしな事に気付く。今まで構えていた機械騎士が、不意に構えを少しといたのだ。そしていきなり背中のブースターを吹かすと、目にも止まらぬ猛スピードである一点に向かっていく。
 そこに居たのは、この状況に耐えられなくなったのか、クリスタルを使って脱出しようとしている一人のプレイヤーが――――



(まてよ……!? 噂では“クリスタルを狙って破壊した”って……まさか!?)



 キリトの不安は見事に当たり、騎士はクリスタルをそのプレイヤーからもぎ取って握り潰し、おまけだと言わんばかりにそのプレイヤーを蹴っ飛ばした。周りに居た者達も、蹴り飛ばされたプレイヤーに巻き込まれて転がる。
 騎士は再びブースターを吹かしたかと思うと、別のプレイヤー達からもクリスタルを奪い取って粉々にし、体当たりや投げナイフを置き土産に繰り出した。


「マジかいな……!? あの噂は本当だったんか……!」


 驚愕するキバオウだったが、すぐに周りの者達に指示を出した。


「ええか、クリスタルは極力使おうとすんなや! どうやらそいつは“クリスタル破壊”を優先するボスのようやからな!!」


 その言葉に絶句する者が殆どだったが、だからといって腐っていても仕方ないと体力がまだある者は武器を構えて数歩前に出、無い者はポーションを咥えて後ろに下がった。


 キリトは、せめてボスの動きをある程度でも見極められれば……とポーションを咥えながら、他のプレイヤー達と戦っている機械騎士を見ていたが、分かるのは機械騎士が相変らず強いという事ばかりで攻略の糸口は中々掴めない。
 このままでは、全員のポーションが尽きるのも時間の問題だろう。扉から逃げるとしても、この蒼錆色の機械甲冑が無事に逃がしてくれる保証は何処にも無いのだ。
















 戦闘開始から約五十分半。



 懸念していた事が起きてしまう。ポーションが尽きた者が遂に出始めたのだ。
 今は間違いだったフロアボス情報の為に解毒Potを大量に買い込み持ち込んだ為、何時もより回復POtが少なかったせいで予想以上に早くポーション切れが起きてしまったようだ。
 しかし機械騎士が毒攻撃をしない、という訳でもない。彼(かどうかは分からないが)が投げる投擲用ナイフには、時々麻痺状態を引き起こす毒が仕込んであるらしく、その所為で麻痺してしまって他のプレイヤーへの盾に使われた者や、そのまま打っ飛ばされた者も居る。

 そうこうしている間にも次々と、ポーションが尽きて行くプレイヤーが続出し、負の流れは止まらない。


「エギル! 動けるのは後何人だ!」
「十ニ人ぐらいだ! 他の奴等はポーション切れや戦意喪失で、これ以上戦闘は続けられない!」
「……くそっ!」


 しかもその残っている内の三人は偶然残った様な物で、もはやあきらめたかのような雰囲気を感じ……結果、まともに動ける人員はキリト、アスナ、エギル、キバオウ、リンド、そしてエギルとリンドのパーティメンバー各ニ名づつであった。

 もはや万事休すか……と、唐突にキリトが他の者たちよりも一歩前に出た。

「キリト君……?」
「アスナ、お前は逃げろ」
「……え?」


 アスナが聞き返す前に、キリトは他の者達に向けて声を張り上げる。


「皆! あの機械甲冑は俺が引きつける! その間に後ろの扉から脱出しろ!」
「何っ!? キリト君!?」
「幾らお前でも無茶だキリト!」
「ソレに忘れたのかおどれは!? おどれはもう十数回もメカ鎧にあしらわれとるんやで!?」
「キリト君!私も―――」


 彼等は必死に引き留めようとするが、声の音量の割に力がこもっていない。彼等も分かっているのだ、この役は誰かがやらねばならない事に。しかし、キリトはそれを振り払うかのように叫び、機械騎士へと突貫していく。


「うおおおぉぉぉ!!!」


 走りながらキリトは考えた。
 ……如何すればこいつを一秒でも長くひきとめていられるだろうか、如何すればこいつにひと泡吹かせてやれるのだろうかと、今までの戦闘を思い出しながら、知識を引っ張り出しながら、キリトはプレモーションがいらず、ポストモーションがほぼ無い通常攻撃をくりだす。

 やはりそれは最小限の動きで全て避けられるが、対するキリトもポストモーションがほぼ無い為、防御や回避にすぐさま転じられる。間一髪の所で騎士の拳を掠らせながらも回避する事に成功し、その場から一端距離を取った。

 次いで聞こえた、ガシャリという金属音にすぐさま反応して剣を構えたキリトだったが、機械騎士は剣を元の位置まで引いただけであり、此方へは一歩も向かってきていない。
 その騎士の行動は、キリトの頭の中に今までの戦闘の共通点と、ある考えを浮かび上がらせた。


(そうか! あいつは自分から攻撃はせずに、此方の攻撃やアクションに合わせて行動してる……だからこっちは攻撃を当てられないし、向こうの攻撃はディレイやポストモーションの所為で喰らっちまってたのか! ……となると有効な手段はあるが―――)


 キリトの思いついたその考えは確かに有効なのだが、キリト一人ではまず無理であり、加えて今の疲労状態では回避し続けられずに何れ喰らってしまう。それは、敵を引き付け続ける今の状況でも同様の事が言えた。


「ふぅーっ……はあああ!!」


 キリトは一旦考えの方を振り払い、発覚した行動の共通点に思考を絞る事にした。

 通常攻撃を重ねながら、わずかに出来た隙に《閃打》を打ち込み連撃を重ねていく。全てを騎士に躱わされ防がれながらも、彼は機械騎士を引き止める為に動きを止めない。

 キリトの右振りを騎士はステップで避け、騎士の繰り出した蹴りを彼はギリギリ交わした後に転がるように距離を取り、連撃で隙を作って再び《閃打》撃ちこむ。次いで来る騎士の拳によるニ連撃を、一つはのけぞって交わし、一つは吹き飛ばさんばかりの衝撃に耐えながらガードする。
 状況的には彼が劣勢ではあるものの、今までの戦闘とは比べ物にならない程に善戦していた。


(よし……よし、いけるっ!)


 しかし、そう思ったのもつかの間―――騎士が己の武器の盾部分をキリトの件に合わせる様に叩き付け、高らかな音を上げて弾き飛ばしてしまったのだ。思わず剣が飛んで行った方向を見てしまったキリトには当然隙が出来てしまい、騎士の拳による一撃を容赦なく喰らってしまう。


「がはっ!!」


 ソードアート・オンラインには、良心か否か痛覚まで再現する機能は無い。だがこの騎士の一撃は、それを忘れさせるほどの威力をキリトに与えていた。


(くそ、剣は……)


 転がりながら眼を走らせ……それはあった。幸いにも砕けずに残り、場所も遠く無い。しかし、キリトは機械騎士の一撃により受けた衝撃で、すぐには立ち上がれない。
 案の定、機械騎士の眼は自分を通り越しており、既にその場所に向かって足を進めようとしていた。キリトが扉の方を見やると、けがや疲労などでもたついた為か、まだ脱出中のプレイヤーが何人も居た。


 まだ諦めるものかと、キリトは歯を食いしばって立とうとする。剣を拾ってからギリギリ間に合うか間に合わないか……考える間もなく手を伸ばすキリトの視界に――――俊足で機械騎士に詰め寄る細剣使いの姿が映った。


「やああぁぁっ!」


 その細剣使い―――アスナは、細剣ソードスキル《リニアー》を発動させ、騎士に突貫する。
キリトの眼でもやっと追えるかどうかというその流星の様な《リニアー》に、大きく身をひるがえす事もせず、レイピアを弾く事もせず……何故か少し下がるだけだった。

 しかし、次の瞬間にその理由が分かる。


「あぁっ!?」


 アスナが驚愕の声を上げたその理由―――何と突きだしたレイピアの切っ先が、当たるか当たらないかと言う僅かな位置で止まってしまったのだ。

 それを見てキリトは瞬時に理解した。あの機械騎士は、何度か見たアスナの《リニアー》の射程を計算し、ギリギリ当たらない位置を割り出して、あの紙一重の状態になるよう動いたのだ。もはや、そこらのAIどころか、最新型AIだろうとも即座に出来る様な芸当では無い。

 そして、滅多にない《リニアー》の完璧な不発は、同時に騎士から繰り出される反撃の格好の的となることを意味し、それを体現するかのように機械騎士は拳を捻って打ち出した。



「アスナーッ!!」



 そのキリトの叫びも空しく、拳は吸い込まれる様にアスナへと撃ちこまれ――――





「ぬああぁぁっ!」


 なかった。
 横から現れた両手斧使い、エギルが《ワールウィンド》で無理やり割り込み、そのエギルの攻撃を避ける為に騎士が大きく飛び退った為、アスナへの攻撃は不発に終わったのだ。



「お前ら……逃げろっていったのに……」
「悪いが、同じパーティーのメンバーがやられそうになっているのを見逃せるほど、俺は大人じゃないんでな」
「それに、キリト君にだけいい格好何てさせないんだから」
「負傷者の搬送は―――」
「それはキバオウ達がやっている。もう少しで全員が脱出できるぞ、後少し踏ん張れ!」
「任せてキリト君、さっきは失敗しちゃったけど次はもう大丈夫よ!」


 キリトはエギルから拾い渡された“アニール・ブレード”を握り、決心したように頷いた。


「二人とも聞いてくれ……アイツに一撃入れられる作戦がある」
「本当!?」
「出来るのか、そんな事が」
「ああ、それに……



上手く行けば、倒すのは無理でも退却するまでの時間は作れるかもしれない」


 
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