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少女1人>リリカルマジカル

作者:アスカ
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第四十五話 少年期【28】

 
前書き

今回は小話を組み合わせたダイジェスト形式で書かせていただきました。
 

 


【打倒ライバルに向けて】


 現在俺は、目をつぶり静かに呼吸を整えていた。場所は学校のプールサイド。プールと言えば、夏の代名詞の1つであるが、今は6月というまだ早過ぎる時期である。それなのに俺がこの場所に訪れたのは、迫るやつとの再戦に向けてのトレーニングを積みに来たからであった。

 あと2ヶ月で、やつと出会って1年となる。それはつまり、やつと再戦できる日が、刻一刻と迫っていることと同じ意味であった。去年の俺は、やつの前に何もすることができず、蹂躙されるだけで終わった。だが、今回はそうはいかない。去年の俺とは違うのだから。

 日頃から日課にしていた手首のスナップの練習、リニスの動きを捉えるために鍛えられた動体視力、リニスの不意打ちから逃れるために鍛えられた気配察知、リニスをもふるために効率の良いワキワキ練習のために鍛えられた指の柔軟性、リニスの……、今思うと、猫でめちゃくちゃ鍛えられているんだけど、俺。

 ま、まぁ、過程や方法など些細なことだ。その結果で得られたものが重要なんだから。そう考えれば、俺は頑張った方だと自負している。だてに諦めずに、アマゾネスとタイマンが張れるようになったわけではないのだ。

「濁った水のせいで視界はあまりよくない。だが、それこそやつの紛れ込み擬態戦術を打ち破る一歩。気配を読み、水の流れを見極め、そして……直感を持ってやり遂げる」

 俺は柄の部分を軽く握り、右手に持った小型の武器をぐっと構える。左手で身体を支えながら、体重を前へ傾け、臨戦体勢を取った。

 1分、2分……と静かに時間が過ぎていくが、俺は焦りを堪えながら待ち続ける。頭から一筋の汗が流れ、ポチャン、とプールに小さな波紋を作った。その時、僅かな音が耳に入り、水の中が動いたのを俺は感じとった。瞬きすらせず、目を凝らした俺はついに捉える。俺の間合いに入ってきた、小さき獲物が作った波紋を見逃すことなく、瞬時に武器を水へ滑らせたのであった。


「……とぉっったぞォォオオォーー!!」
「あっ、大きいのが取れたみたいだね。アルヴィン」
「テンションが低いぞ、少年B!」
「ヤゴ取りでそこまでテンションを上げられる君を、僕はある意味尊敬するよ」
「アルヴィンって、なんでも楽しめるところが羨ましいわ」

 おぉ、珍しく少年Bとメェーちゃんから褒められ……、あれ、これ褒められている?

「お兄ちゃん、虫かごを持ってきたよ!」
「ナイスタイミングだぜ、アリシア。記念すべき俺の初ゲットのヤゴをかごの中に…………いっぱい入っているね」
「えっへん」

 アリシアが持ってきた虫かごの中には、すでに10匹ぐらいのヤゴが入っていた。この妹やりおる。

 アリシアは女の子だが、虫を平気で触ることができる。幼い頃から自然豊かな場所で過ごしてきたし、転移で近くの森や野原を放浪していたからだろう。昔、手のひらから溢れるぐらいのダンゴムシを持ってきて、俺と母さんをビビらせたことすらある。子どもの好奇心ってすげぇ…。

「……ところで、なんでメェーちゃんはあんな隅の方へ?」
「メェーちゃーん、ヤゴさん見ないのー?」

 アリシアの呼びかけに無言で、そしてすごい勢いで首を横に振るメリニス。アリシアのヤゴ軍団に目を向け、次第にうるうると涙目になっていった。

「少年B、俺のいじり魂がものすごく刺激される光景なんだが」
「あれは本気で泣きそうだからやめてあげてくれ」

 はいはい、さすがに女の子をマジ泣きさせるつもりはないんで自重します。俺は取ったヤゴをかごの中に入れさせてもらうと、濡れた手と汗をタオルで拭っておいた。


「はぁー、しかしなかなか熱かったぜ」
「お兄ちゃん、すごく真剣だったもんね」
「ふっ、俺には再戦を誓ったやつがいるからな。予行練習さ」
「……諦めていなかったんだ」

 当然だろ、と俺は自信満々に答える。時々遊びに来た、クイントとメガーヌにもベルカ式の練習方法を教えてもらっているんだぞ。フェイントや相手の呼吸を読むのは、接近戦に力を入れているベルカ式の方がわかりやすいからな。

「今年こそは、絶対にクエストクリアしてやるさ!」
「おー!」
「……金魚を掬うためにそこまでやるか」

 教えてもらっている2人にも、微妙な顔して言われたよ。


「ん? 2人とも同じものを首にかけているんだね」

 ティオールが不思議そうに俺とアリシアの首元を見つめる。それに視線を向けると、俺には青色の、アリシアには黄色のお守り袋がぶら下がっていた。いつもかけていたんだけど、普段は服の下に隠れていたからか。今は水辺ということもあり、上着を脱いでいたから気づいたのだろう。

「あぁ、お守りだよ。安全祈願ってね」
「家族みんなで持っているんだよ。お兄ちゃんが作ってくれたの」
「えっ、アルヴィンが……?」
「おい、その顔やめろ少年B。本当に頑張って作ったんだよ、俺が。なんでそんなに信じられないって顔するんだよ、俺だって泣くよ!?」

 俺の家庭科の成績というか不器用さは、今世でも有名になったようでした。



******



【魔導師と魔女と魔法少女】


「ねぇ、レティ。私ね、運命の出会いをしてしまったかもしれないの」
「そうか、というかその箒はどうした」
「リ、リンディ。運命の出会いって一体、な、何が…」
「普段の冷静なお前はどこにいった、クライド」

 初等部を卒業して、早数ヶ月経ったとある昼下がりのこと。クラ校の中等部の教室の一角で、昼ごはんを食べながら少年少女たちは会話をしていた。

 キラキラした目で何故か掃除用具を握りしめるリンディと、卵の塩加減が若干多かったな、と顔をしかめるレティ、そして落ち着こうと水筒のお茶を飲みほして冷静になるクライド。相変わらず3人組は仲が良かった。

「この箒は私の新しいデバイスよ。ほら、私って特定のデバイスを持っていなかったでしょ?」
「いや、ほらって君な。……もともと味覚は狂っていたが、まだまともな方だと思っていたのだが」
「レティ、あなたにまともの定義はされたくないんだけど…」

 リンディと呼ばれた少女の手には、彼女の身長ぐらいの長さはある立派な箒が握られていた。こうなったらトネリコ材を使った逸品であり、直進性や耐久性などの素晴らしさについて語り明かすべきか、と少女が考える。ぞくっと瞬時に不穏な空気を感じ取ったレティは、話の矛先を戻すことにした。

「それで、実際にその箒はどうしたんだ」
「え? あぁ、この前ね、後輩の友達ができたのよ。その時に見せてもらった漫画が面白くて。一緒に趣味を盛り上がれる友達もできたから、それなら一緒のデバイスを持たないかって」
「その友達……っていうのは、男か?」
「いいえ、女の子よ。というより、魔女かしら?」
「「魔女?」」

 この次元世界では、魔法の存在が認知されている。そして、その魔法を使う者たちを総称して『魔導師』と呼んでいた。魔の力を用いて導くものとして。その中で、魔女という呼ばれ方は久しく聞くことがなかった。

「……そういえば、ベルカの歴史の授業で、昔は魔女と呼ばれる一族がいたって書いていた気がする。確か、聖王国と友好国にあったシュトゥラの近くに暮らしていたらしいが……戦乱で消えてしまった名の一つだな」
「歴史から消えた一族か…。僕も名前だけなら本に載っていたから知っているし、今も何人か実在するとは聞いていたけど、驚いた」
「クロゼルグも、そんなことを言っていたわね…」

 リンディの悪寒から逃れるために記憶を掘り起こして語るレティと、友人が女性で、運命の出会いも漫画とわかったからか饒舌になるクライド。まさに類は友を呼ぶ。

 薄い緑のかかった金色の髪と瞳を持った、ローブ姿の少女をリンディは思い出す。箒以外のことは無口で、あまり感情を表に出す子ではなかった。だけど、どちらかというと感情を押し殺そうとしているようにも見えたのだ。漫画に載っていた服や飾りに、興味深々なのを必死に隠したりして。

 クロゼルグと名乗った彼女の魔法は、ミッド式ともベルカ式とも違う独自の技術だった。魔力変化や変化系統の魔法に一時期力を入れたリンディだからこそ、彼女の魔法は非常に興味深かった。クロゼルグもまた、最小限の関わりしかしてこなかった魔導師との邂逅で知識を増やすことができる。

 リンディとしては、知識的欲求もあったが、何よりも彼女の持つ情の深さが、クロゼルグをほうっておくことができなかった。何かを抑えている彼女を、甘やかしたくて仕方がない。同じ年ぐらいのはずなのだが、母性がムクムクと湧いてくる。……どこか小動物的なクロゼルグに、ツボったとも言うのだが。

「まったく、君の娘になったら苦労しそうだな。絶対にむちゃくちゃ甘やかすだろ」
「あら、娘をかわいがるのは当たり前でしょ。それに息子だって、ものすっごくかわいがるわよ」
「反抗期に突入しても知らんぞ」
「反…ッ! し、しないもん。例え反抗期に突入したって、私のクロゼルグへの愛でたい気持ちは揺らがないわ!」
「そのクロゼルグ、完全にお前の娘になっているぞ」

 まだ見ぬ魔女っ娘に、これから大変だなぁ、とレティは静かに合掌したのであった。


 今度その魔女っ娘を紹介するという約束をし、各自弁当タイムを再開する。中等部は給食システムが無くなり、学校の敷地内なら自由に昼食をとることができるようになっていた。

「あら、クライド。飲み物をもう全部飲んじゃったの?」
「あ、あぁ。喉が渇いていてね」
「それじゃあ、私の飲み物を分けてあげるわ」

 頭の熱を下げるための冷却材として使われたため、クライドの水筒は空っぽになっていた。それに気づいたリンディが、完全な善意で自分の水筒を勧めた。レティがそっと覗きこんだリンディの水筒の中には、何故か角砂糖がプカプカ浮かんでいる。顔が引きつった。

「あぁ、ありがとう」
「……!!」
「はい、それじゃあコップの方に移しておくわね」

 レティは信じられないものを見たかのように、クライドを凝視する。普通にゴクゴクとお茶を飲み干す彼に、彼女は若干引いた。お茶を飲んでいるはずなのに、ザリザリ角砂糖をかみ砕く音が教室に響き渡った。

 レティは頬が引きつりながらも、リンディに聞こえないぐらいの声音で、クライドに耳打ちした。

「ねぇ、クライド。あなたよくリンディの入れた飲み物が飲めるわね」
「飲めるだろ?」
「飲めないわよ」

 思わずバッサリ切ってしまった。3人中2人が平然としていたら、自分がおかしいのかと迷ってしまうものだ。だが、これだけは自分の感性が正しいはずだ、とレティは己を奮い立たせる。

「あれは飲み物ではないわ。いいえ、むしろ飲み物という分類に入れてはいけないのよ」
「そういえば、最初に飲んだ時は僕もむせかけたな。今は慣れてしまったけど」
「そこはむせてよ。人間なんだから、むせていいのよ。むしろなんでむせないで、最初から飲み込んでしまうのよ。飲み物とは、多くの人間が飲める液体であるべきなのよ。極一部の味覚破壊者とおかしな高性能者以外が飲んだら、意識が落ちるものは違うんだから」

 リンディと出会って、まだそれほど経っていなかった初等部1年生のあの日。友人となったリンディに、善意でもらった飲み物で保健室送りになった過去の記憶を思い起こす。あれは本気で暗殺されかかったのかと思ったレティ。それでも未だにこうやって友達をやっているのだから、彼女も変わり者である。

「どうしたの、2人とも?」
「いや、クライドが後輩から、『廃スペック先輩』と呼ばれている理由の一端を垣間見ただけだ」
「待て、それはレティのことではないのか。噂で聞いたぞ」
「私は2人合わせて呼ばれていたと思うわよ」

 リンディは呆れながら、2人の会話にツッコんだ。

 ……ちなみに、このクラ校には『廃スペックトリオ』と呼ばれる3人組がいるのが、周知の事実だったりする。


「そうだわ、あの子を紹介するついでに、ちきゅうやにみんなで行かない? 漫画の続きが気になるのよ」
「君の後輩が言っていた、地球という文化のあるお店だったか」
「僕は構わないけど」

 こうして、着々と地味に子どもネットワークは広がっていった。

「ところで、リンディたちはどんな漫画を読んでいるんだい」
「魔法少女のお話よ」
「……魔導師と魔女が、魔法少女の物語を読むのか」



******



【学校の図書室とか保健室ってなんかイベント率が高いよね】


「検索魔法発動」

 俺の足元に一瞬だけ藍色の魔方陣が発動し、頭の中にいくつもの情報が並んでいく。右を見ながら、左を見るという、ある意味矛盾した行為を繰り返していく感じだ。この魔法は探し物を探すという地味な効果ながら、かなりめんどくさい魔法であった。

 はっきり言って使いすぎると、魔力消費より頭痛がひどくなるのだ。おかげで魔力と体力は余るのに、ちょくちょく休憩を挿まないと使用できなくなる。地道に探すよりは、こっちの方がはるかに効率がいいので、俺としても慣れていくしかないと諦めざるを得なかった。

「えっと、初めての飛行魔法の教本に、複合発生魔法の理論書と―――」

 俺が今いる場所は学校の図書室。明るい照明に照らされた大きめの図書室で、俺は勉強に必要な本を借りに来ていた。無限書庫と比べたら小さいが、それでも1周回るのに30分はかかりそうなぐらいの大きさはあった。

 ここには機械による検索機があるのだが、マルチタスクの練習もかねて、俺は魔法を使って探すようにしている。その成果もあって、それなりに出力を出せるようにはなっていた。だけど、俺自身そこまで上達した実感を感じられないのが不安だ。魔法が発動出来ているから、上手くはなっているはずなんだけど。


 そんなことを思いながら本を探していた俺の横を、ふわりと本が通り過ぎて行った。それに驚いて、俺は検索魔法を一端止めて、空を飛んでいる本に目を向ける。ブーフの様な自立型の魔導書かと思ったら、どうやらただの本らしい。むしろこれは、俺と同じ検索魔法の術式?

 淡い緑の魔力に包まれた本は、そのまま魔法を発動した術者の元へと移動していく。気づけば、数十の本が同じように集まっているようだった。無限書庫ほどでないとはいえ、この大きさの図書室全体を包み込むように発動されている検索魔法。

「すげぇ…」

 図書室でも人気の少ない隅の方。そこに、まるで天体のようにぐるぐると本が宙に浮かびあがり、すごい勢いでページが開かれていた。あれはおそらく読書魔法だろう。読書魔法は名前の通りの魔法で、複数の本を同時に読むことができる検索魔法の一種だ。俺は検索魔法を使ってから、読書魔法を使うという手順で行っている。だけど、今魔法を使っている人物は、両方を同時に行使していた。

 それだけで、その人物の技量がある程度わかる。俺が検索魔法と読書魔法を別々に使うのは、俺のキャパシティを超える能力が必要になるからだ。魔力を使って脳を活性化させ、並列思考を生み出す。理論はわかっているが、それができるかと言われれば、できるか! とブン投げたい気分になる。

 そんな俺だからこそ、この光景に圧倒された。まるで本で作られた宇宙にいるような、そんな気分になってくるのだ。

 ―――それにしても、この光景を俺はどこかで見たような気がする。こんな魔法を見る機会なんて、学校に入ってからか、それこそ前世の動画ぐらいでしか……。

「あれ、アルヴィン?」
「へ?」

 宇宙の中心に立っていた太陽、もとい俺の友人であるメリニスが、不思議そうな顔で俺を見ていた。彼女と一瞬誰かが重なった気がするが、すぐに消えてしまった。


「へぇー、アルヴィンも検索魔法が使えるんだね。珍しい魔法なのに」
「メェーちゃんこそ。図書室によく行っているのは知っていたけど、あんなにすごい魔法が使えるなんて知らなかったよ」
「そ、そんなことないよ。それにこのぐらいしか、とっ、得意なのはないし…」

 素直に感心していた俺の言葉に、真っ赤になって謙遜するメリニス。いやいや、あれですごくなかったら俺が泣くから。あれがミッドの平均的な検索魔法なら、俺は今すぐに大洪水を起こせるぜ。

 しかし…と俺は疑問に思う。確か彼女は、検索魔法の選択授業を取っていなかったはずなのだ。さすがに同じ授業を取っていたら、彼女の実力をもっと早くに気づいていてもおかしくなかったはずだからだ。

「検索魔法の選択授業は取っていないよ。私も取ってみようかなって思ったんだけど、受けたい講義と時間が被ってしまったから」
「それじゃあ、検索魔法はもとから?」
「うん。お母様のお家の仕事関係で、よくお手伝いをしていたから。だから、家族以外で他の人が使っているのは見たことがなくて」

 メリニスの家族の方々全員が、検索魔法を得意としているらしい。だが検索魔法自体がマイナーなものであるため、同年代で比べる相手がいない状態だった。そのため、両親から筋がいいとは言われていたが、いまいち実感がない感じだったらしい。

 よーし、それならどれだけ君の検索魔法で、俺が心の汗を流したのかを伝えるために褒めちぎってやろう……と思って行動して1分後。リンゴみたいに真っ赤になって、涙目で羊チョップを受けました。


「えっ、検索魔法のコツ?」
「そうそう。どうもいい方法が思い浮かばなくてさ」

 俺はメリニスに、最近伸び悩んでいることを素直に相談することにした。無限書庫とかは話さず、調べ物をしているので、効率よく調べたいのだと話すことにする。

「うーん、そっか。アルヴィンだとちょっと難しいかもしれないね」
「あの、メリニスさん。それは俺が不器用すぎるとかアホすぎるとか、そんな理由で…」
「ち、違うよ! だから半泣きにならないで! アルヴィンは元の魔力量が多いから、集束とか圧縮を含めた微妙なコントロールが苦手な傾向にあるの!」

 メリニス曰く、これは魔力量の多い魔導師によく見られる現象らしい。要は調節が難しいのだ。検索魔法は特に魔力量に左右される魔法ではなく、誰にでも使えるものだ。ただ必要なのは、緻密な魔力操作とコントロールである。

「ほら、逆に防御魔法や攻撃魔法っていった放出系は、アルヴィンが得意な方でしょ?」
「そういえば、確かに。なんか苦労したのは、バインドとか結界系だったかも」
「捕獲魔法と結界魔法もコントロールが難しい魔法だからね。アルヴィンは魔力変換資質もあるから、変換や変質の魔法にも適正はあると思うよ」
「おぉ、メェーちゃん。まじで先生みたい」
「えっと、本に載っていることだから、個人差はあるかもしれないんだけどね」

 誤魔化すな、誤魔化すな。褒めていじりたい衝動にかられるが、やりすぎて怒られるのもあれなので、やめておいてやろう。

 とりあえず、メェーちゃんの話を要約させてもらおう。つまり検索魔法というより、俺の魔力コントロールが未熟なのが原因の一つって訳か。練習の方向性がわかっただけでも、かなりの収穫だ。

「アルヴィンの検索魔法を見た限り、フィールド変化はたぶん私より上手だったよ。あとは魔力の運用と効率化とコントロールだね」
「フィールド…。というか、3つもあるのか。うーん、こう…もうちょっとさ、上達したっていう実感が感じられればなー」
「……それは難しいかな、精神的なものだもの。だから使用者が少ないっていう側面があるのよ。でも、訓練しておいて損はないわ。たとえば想定外のことが起こってパニック状態になっても、マルチタスクを使って冷静に状況を見極められたりとかできるしね」

 冷静に状況を…。メリニスの言葉に、小さな引っ掛かりを俺は覚えた。そういえば、あの時のあれって、メリニスの言っている状況と重ならないか。

 冬の始めに無限書庫へ行ったあの時。ブーフと初めて出会い、そして俺は魔方陣に魔力を吸われ、窮地に陥ったことがあった。その時の俺は、まさにパニクっていたと思う。だけど、ふと気づけば冷静に状況を見極めていた自分がいたのだ。

 普通想定外が起こったパニック状態で、あんなにも客観的に自分を把握できるわけがない。自分の置かれている状況、原因の考察と症状、さらに自身の感情すらも冷静に。ヒュードラの時は一瞬で俺の意識を塗りつぶしたはずのアレだって、感じ取ることができた。無意識の内に、俺は並列思考を使っていたということなのだろう。

 ちょっと不思議に思っていたのだ。なんでアレは前回と同じように、一瞬で俺の意識を塗りつぶさなかったのか。混乱状態で転移を使うという選択肢すら出てこなかった俺と違って、アレならすぐに使ってみせただろう。

 それなのに、俺の意識を塗りつぶさなかった。ちがう、塗りつぶせなかった。俺の思考が複数あったことで、俺から主導権を奪うことが遅れてしまった。そう考えることはできないか。もし、俺のこの考察が正しいのなら……。

「アルヴィン?」
「あ、悪い。そうか、なら俺もしっかりトレーニングをしないとなって思って」
「うん、そうだね。私も時々トレーニングをやっているから、同じものでよければメニューをかしてあげるよ」
「ありがとう、メェーちゃん」

 俺は笑顔で彼女にお礼を告げる。同時に、メリニスには見えない様にグッと右手を握りしめ、左手でそっと胸の辺りを撫でた。



******



【おぉ、心の友よ】


「「……お前は」」

 同時に言葉が出てしまった2人の男性。同じ職場で働きながら、お互いに役職と顔と噂だけしか知らなかった本人同士。今回のようにたまたま出会った場所が管理局地上本部であったのなら、会釈だけして過ぎ去っていた可能性が高かったであろう。だが、出会った場所が場所だった。

「……そちらも、この店の常連だったのか」
「……あぁ。そういうそっちもか」
「「…………」」

 非常に気まずかった。


 彼らが最近訪れるようになっていた『ちきゅうや』。奇しくも2人がこの店を知ったきっかけが、とある一家の影響であったりした。1人は疲れていたところをセールストークに流されて、1人は無邪気な妹様とオブジェ撤去の進言のために訪れた時だった。

「前の……事件の時は協力して下さり助かりました。さすがは地上部隊のエースと呼ばれていらっしゃるだけあります」
「ありがとう。……確か、同じ年だろう。仕事場ではないのだから、敬語でなくて構わない。それに、その時はこちらこそ次元犯罪者を捕まえられたのは、あなたの通報のおかげだ。感謝している」

 去年の夏に一度だけ、彼らは共同の仕事を受けたことがあった。ブラックリストに載っていた人物を見つけ、通報した青年と、その通報を受けて、相手が魔導師だと聞いたから地上部隊のエースとして向かった青年。事件後、事務的な話しかできなかったが、あの時彼らは面識を持ったのである。

 本来ならその時の事件の話でも交えながら、この微妙な空気をなんとかしたいものだったが。

「……痛ましい事件だったな」
「……あぁ」

 さすがに、下着ドロで会話はできなかった。


「あいつから、一応聞いている。確かくまのお兄さんと呼ばれているらしいな」
「ははは、懐かしいね。そういう君は確か……お孫さんと呼ばれていたか」
「違う、副官だ! あのやろう、やっぱり孫で吹聴してやがったな!」
「私も一応、くまで構わないんだがね。……それにしても、最近はくまさんとしか周りに呼ばれなくなったなぁ」

 2人は同時に、同じ人物を頭の中に思い浮かべる。語らずとも、振り回された苦労人というシンパシーをお互いに感じ取り、気づけば無言で握手をしていた。そこには、まるで昔から親友だったかのような空間が出来上がっていたのであった。

 この日、仕事関連でも、趣味関連でも、苦労関連でも語り合える親友ができたらしい。



******



【太陽のような…】


「何やっているんだ、あの客共」

 エイカは店先で握手を交わす、青年たちに胡乱気な目を向ける。ただすぐに、ここはちきゅうやだから、変なのが集まってきても仕方がないか、と考え直した。

 いろんな意味でカオスを運ぶ1軒のお店に、1人の少女が店先に座っていた。少し前に奥さんが作ってくれた昼食を食べ終え、店主が入れてくれたお茶を飲みながら、のんびり仕事をしていた。平和である。

 ほぼ毎日店番をしているため、だいたいの客の来る時間帯は把握しており、店内の配置も把握していた。お昼を少し過ぎたこのあたりに客が来ることは稀なので、エイカはだいたいこのぐらいの時間に休憩をとっていた。

「あら、もしかしてエイカちゃん?」
「……え」

 しかし、今日は珍しく客、というか知り合いが来たようだった。

「こんにちは、お店番ご苦労様」
「えっと、はい。確かあいつの母親の…」
「プレシアよ。アルヴィンとアリシアと、いつも一緒に遊んでくれてありがとうね」
「……いえ」

 少しぎこちなさそうに、エイカは小さく頭を下げた。以前アリシアたちに誘われて、家にお邪魔した時に一度面識がある2人。プレシアはエイカの態度を特に気にせず、優しく微笑みかけた。それに気恥ずかしくなったのか、エイカは顔を反らしながら話題を変えることにした。

「珍しいですね、こんな時間に」
「えぇ、今日はちょっと用事でね。リニスと一緒に」
「リニス?」

 プレシアの会話から、今1人ではないことに気づく。だが、周りを見渡してもそれらしい人影は見えない。アルヴィンから聞いて、戦闘訓練をしていること、魔法障壁を破る剛腕持ちで、ミッドの界隈を締めているアマゾネスと聞いている人物。エイカはそれを思い出し、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「そのリニスっていうのは、あいつといつも闘っているっていう?」
「ふふ、闘いっていうより、遊んでいるように私からは見えるんだけどね」
「遊び…」

 穏やかな女性に見えるが、さすがはSランクの魔導師だとエイカは戦慄する。子どもとはいえ、あれほど真剣に闘いに挑んでいる息子の姿を見て遊びとは。それとも、それほどリニスと呼ばれる人物が強すぎて、アルヴィン相手ではお遊びにしかならないのか。どちらにしても、テスタロッサ家の教育事情にエイカは冷や汗が流れた。

「今、そのリニスってやつがいるんだよな」
「えぇ、ほらエイカちゃんの後ろに」
「なにッ!?」

 それほどの強者なら手合せぐらい願いたいと考えていたエイカは、プレシアからの言葉に驚愕する。足を洗って1年ほど経つとはいえ、それでも気配には敏感だった自身の感知から抜け出されていた存在。慄く心臓を抑えながら、エイカは勢いよく後ろへ振り返った。

「にゃー」
「……にゃー」
「にゃー」
「…………にゃー」

 だんだん声が泣きそうになったエイカ。ねこだよ、紛れもなくねこだよ。なんであいつねこに真剣勝負を挑んでんだよ、とかいろいろ思うことや言いたいことはあったが、エイカはそれらを全て飲み込んで、静かに決意した。

 とりあえず、あいつを一発ぶん殴ろう。そうしよう。


 なんとか怒りやらなんやらを抑え込んだエイカは、項垂れながら考える。確かプレシア・テスタロッサはアルヴィンの話では科学者で、いつも忙しそうに開発を進めていると聞いていた。それなのに、彼女はこの時間にここにいて、さらにねこまで連れている。散歩……にしては奇妙だ。

 そこまで考えて、エイカは前に女子会でアリシアが話していたことを思い出す。デバイスはここにいないが、それでもアリシアたちに、あえて気づかれないような時間帯に出歩いていること。あの時のアリシアの笑顔が、エイカの中に蘇った。

「……そのさ、俺が言うことじゃないかもしれねぇけど。あんまり隠し事はやめてやった方がいいと、思い…ます」
「エイカちゃん…?」
「ずっとヘラヘラ笑ってて、ムカつくんだ。気になるなら聞けばいいのに、怖がって、大好きな人に嫌われたくなくて、押し殺して…。いつも頼ってほしいって思うのに、自分には力がなくて……だから…」

 自分でも何を言っているのか、何を伝えようと思っていたのか、わからなくなりぐちゃぐちゃになっていく。エイカ自身、なんでこんなことを口に出したのかわからない。他人の家の事情など、自分には関係のないことなのに。本来ならこれはアリシア自身が言うべきことだと、わかっていた。

 それでも、そのサインに気づいてほしかった。自分も……見てほしかったから。それ以上の思いも、言葉も続かなくなり、エイカは唇を噛みしめ、俯くしかなかった。

「……あの子たちに、あなたのようなお友達がいてくれてよかった」

 あたたかな言葉と一緒に、エイカの頭に優しい温もりが与えられた。それに驚き、顔を上げて確かめると、自身の頭の上にプレシアが手を置き、ゆっくり撫でていた。まるで陽だまりのようなあたたかさに、既視感をエイカは覚える。もうずっと前になくしたはずの温もりを。


「あの子たちに話してもよかったんだけど、驚かせたくもあったの。2人への誕生日プレゼントのつもりだったから」
「誕生日…プレゼント? え、でも、確か去年からでし、たよね。そんな大がかりなんですか」
「えぇ、そうよ。だって実際は2年、いえもう3年前からになるのかしらね。ずっと前に約束した、大切なプレゼントだから」

 プレシアは気恥ずかしげに、それでも真っ直ぐに伝える。このことは誕生日当日まで、プレシアとリニスとコーラルだけの秘密にするつもりだった。だが、友達のために勇気を出してくれたこの子なら、とある程度のことを話すことにしたのだ。

「そう、ですか。……すいません、俺なんかが勝手に聞いて」
「自分のことをなんかって言わないの。それに、私こそお礼を言わなければいけないわ。2人のこと、本当にありがとう」
「……いえ」

 アリシアたちに配慮しながら、誕生日までプレゼントのことは2人の秘密ね。そう言って、プレシアは微笑む。少なくともこの母親なら、もうアリシアにあんな顔はさせないだろう、とエイカも小さくうなずいた。

 最初にあった緊張の紛れた空気はなくなり、そこには明るくどこかこそばゆくなるような、そんな空間が辺りに広がったのであった。


 ふしゃぁァアアアアァァッ!!

 キャイン! キャイーン!

 一瞬で消え去ったが。


「…………」
「……リニス」

 とある1匹の猫が、とある1匹の犬に勝利を収めていた。そこには、犬に追いかけられていた双子の猫たちから、羨望の眼差しを一身に受ける姉御の姿。そんな彼女の後光には、太陽のような光がキラキラと照らしだされているかのようだった。



******



【心からの思いを】


『ブーフさん、どうですか。解析の方は』
『ふむ、悪くはない。しかし、悪かったな先輩。お母上の手伝いを断らせてしまって』
『大丈夫ですよ。施設の利用許可はもらっておきましたし、申請も完了しています。僕がいなくても、マイスターとリニスさんなら問題ないでしょう』

 テスタロッサ家のリビングに、緑の宝石と鉛色の本が会話をしていた。地球なら貴様ら付喪神かッ! というぐらいには驚かれる光景でも、次元世界では日常風景に収まってしまうのである。

 コーラルとヴェルターブーフは現在、無限書庫で集めてきたデータの整理と、古代ベルカ語の解析にあたっていた。アルヴィンが辞書であるブーフがいれば、鬼に金棒だぜ! と思っていたら、そうでもなかったのが現状であったからだ。確かに古代ベルカ語を読むことはできたのだが、同時に問題もあった。

 想像してほしい。まったく知らない言語とその辞書だけ置いておかれて、全文を読めると断言できる根気強い人物が、果たして何人いるか。しかもその辞書が、ところどころ虫食いになっていたら。わからない単語が出たら、その都度文章の繋がりから解釈していかなければならないのだ。

 人から蒐集された知識で構成された辞書ということは、その人物が知らない言葉は登録されていないのだ。しかも専門知識であればあるほど、解析に時間がかかってしまう。それでも他に方法がないため、本当に一歩ずつアルヴィンたちは無限書庫を攻略しているのであった。

『すまぬな。己の機能がもう少し有能であったのなら』
『十分すごい機能だと思うのですが…。ブーフさんがいらっしゃらなかったら、古代ベルカ語は諦めるしかないような現状だったのです。だから、自信を持ってください』

 もともと日常言語ぐらいがわかればいい、と思って作られた辞書である。無限書庫にある、あらゆる本を翻訳しろ、なんて言う方が無茶ぶりであった。

 それでも、ヴェルターブーフは魔術書であり、ロストロギアである古代ベルカ時代の辞書だ。知識を吸収する速度、習得率は常人とは比べものにならないものだった。最初は1冊の本を解析するのに2時間ほどかかっていた時間は、今では30分に抑えられていた。その時間は、徐々に回数を重ねていくほど早くなっていた。

 アルヴィンとコーラルによる演算と並列思考を駆使した検索魔法と読書魔法、それに精神リンクをしながら解析魔法をかけて補助するヴェルターブーフ。これが彼らの新たなスタイルとなっていた。


『ふむ、それにしても闇の魔導書と夜天の魔導書か…』
『ブーフさんの時代では、まだそこまで有名ではなかったのですか?』
『おそらく、としか言えん。……やはり、己の記録中枢のエラーが響くな』

 機械的な音声ながら、どこかイラついたような雰囲気をコーラルは感じ取る。ますたーのおかげか、父親であるマイスターのおかげか、感情についてコーラルは敏感であった。魔導師の道具として、本来はいらないはずの通常言語と感情。ますたーのためなら、それらを捨てる選択肢を考えられるが、使っている張本人がこれでいいと言うのなら、コーラルはそれを甘受していた。

 己のますたーや家族、その友人や知り合いと語らうことの楽しさ、面白さという感情をコーラルは気に入っている。自身を1人の家族のように考えてくれる、意思を尊重してくれる彼らに、自分は恵まれていると思える心があった。

『やはり、マスターさんの足取りや、何故自分が預けられていたのかは思い出せませんか』
『ふむ。大半の己とマスターの旅のことは思い出せる。だが、後半に行くにつれ、……いや、マスターとあの者が出会った時から記録が不明慮になっている』

 まるで意図的に記録を奪われたような感覚だ、とブーフはすでに2人に語っていた。その彼が言う『あの者』という人物のこともわからないらしい。だが、彼は何かしら焦っていた。預けられる直前まで、何かを危惧していた気がすると、記録以外の何かが訴えていたらしい。

 その思いが、あの暴走を引き起こした可能性があった。自身が眠りにつく寸前に、無理をして設置しただろう蒐集魔方陣。何が何でも目覚めなくてはならない、という強い思いによって作られた魔法。だが、結局彼は千年以上眠り、目覚めた彼は何も覚えていなかった。それが、ブーフ自身何よりも歯がゆかった。

『ブーフさん…』
『……すまない。先輩に八つ当たりをしても仕方のないことだ』

 知っていたことを知ることができない。何かしら理由があろうと、辞書として、記録を司るブーフだからこそのもやもやした気持ち。それをコーラルは、少しだけだが感じ取る。魔導師の補助をすべきはずのデバイスが、満足にマスターの力を発揮させてあげることができない。自身の感情が選び、マスターであるアルヴィンが選んだ選択だとしても、自身が半端なデバイスであることには変わりないのだ。

 仕方がないことだ、で終わらせるにはブーフとコーラルの心が許せなかった。だからこそ、己のマスターのために、自身のために、彼らは行動するのであった。

『頑張って見つけてみせましょう。ますたーと僕とブーフさんなら、絶対見つけられますから』
『……先輩は励ますのが上手いな』
『僕のますたーは、抱え込みやすい人ですからね。だから僕まで暗くなってしまったら、ますたーを引っ張ってあげられないでしょ』
『ふむ、一理あるな』

 焦らずに、自分ができることを少しずつやっていく。アルヴィンとそして彼らの目標に向けて、それぞれの思いを抱えながら、前へと歩んでいくのであった。



******



【未来のみなさんへ】


 管理局地上部隊本部の執務室。そこに、地上本部総司令官であるローバストと、アルヴィン・テスタロッサが対峙していた。2人の間にある空気はピリピリしており、お互いが真剣な表情で、デスクの上に置かれていた書類に目を向けていた。

「ついに、この時が来たな」
「えぇ、そうですね。正直俺自身、本当に実現してしまったことに、若干の楽しみと後悔と謝罪の気持ちでいっぱいいっぱいなんですけどね」

 アルヴィンが初等部1年生の頃、総司令官からある相談事を持ちかけられたことがあった。その当時の彼は、本当に軽い気持ちで答えてしまったのだ。そして、そんな冗談で言ったはずのことが、本気のプロジェクトとして始動してしまったのである。おじいちゃんの行動力を舐めていた、とアルヴィンですら頭を抱えさせた。

「覚えているか。このプロジェクトの始まりを」
「……覚えていますよ。本当に、なんで実現させてしまうんですか」
「なんじゃ、乗り気でないな。あの時はノリノリで語っておったであろう」


『管理局の人材確保と宣伝のために良い方法はないかのぉ』

 あの時、総司令官が何気なくつぶやいた言葉。その時は転移便のために来たアルヴィンと総司令官しかおらず、2人きりで執務室で仕事をしていた。もしあそこに副官であるゲイズがいれば、総司令官の暴走は起こらなかったであろう。しかし、それは今はなき運命であった。

 アルヴィンとしては、暇つぶしも兼ねたものだった。冗談で笑いながら、おしゃべり感覚で、総司令官のつぶやいた言葉に対する答えを、アルヴィンは言ってしまったのであった。

『そんなのあれですよ、おじいちゃん。未来に集う子どもたちの心をキャッチするには、アニメとか戦隊物が一番です。そして今を頑張る若者には……癒しと宣伝を兼ねたアイドルが必要なんですよ』


「実現するなんて思わねぇだろォー! 管理局が実写やらアニメ制作に乗り出したって聞いたときは、驚きを通り越して呆然としましたよ!?」
「いい案ではないか。実際に、イベントの少ないミッドの事情で、次元世界の子どもたちには我慢させとるんじゃ。親子共に盛り上がれるアニメーションは面白そうだしな。ゲイズとイーリスの子どものためにも、曾じいちゃんは頑張るのさ」
「おじいちゃん、まだ2人とも結婚していないよ。これ以上外堀を埋めてあげないで」

 もちろん次元世界にもアニメの文化はあったが、そこまで注目を浴びるものではなかった。魔法が当たり前のように隣にある世界である。摩訶不思議さなんて今更感じないのだ。そのためミッドの子供向けの番組は、大半が学習関係だったり、魔法競技系のものばかりであった。

 戦隊物ないのかよ、と子どもだからこそがっかりした記憶がアルヴィンにはある。悪に立ち向かうヒーローってかっこいいじゃん、という遣り切れないそんな気持ち。そんな俺の妄想が口から出てしまい、総司令官に届いてしまったのであった。

 ……いや本当に、まさか管理局全体の一大プロジェクトにまで発展するとは思ってもいなかった。

「戦隊物は実写じゃから腕が鳴るわい。儂の撮影技術を発揮するときがきおった」
「魔法使えるから、すげぇ派手にできますよねー」

 もう投げやりだった。ちなみにアルヴィンが本気で謝罪したくなったのは、戦隊物ではなく、アニメの方だったりする。


「楽しみにせんかい。お前さんから聞いた『魔王少女リリカルなのなのちゃん』だって始ま―――」
「やめてくれー! これ以上俺の罪悪感を刺激しないでくれー!!」

 クラナガン出身の白い魔王ことなのなのちゃんの砲撃がうなる、愉快痛快な熱血管理局ストーリーらしい。彼女の闘いは、世界中の服という服を消滅させるために暗躍する謎の少女Fとのガチンコ勝負から始まり、闇のタヌキ結社から世界を守るらしい。

 ……性格や設定は彼の知っている彼女たちよりかなり変わっているというか、一緒にしたらダメなことのオンパレードになってしまった。実名は避けたが、容姿とかバリアジャケットの大体のデザインは言い訳ができないかもしれない状態である。

 謎の少女Fは、うちの妹様と被らない様にはしたけど……それ以外の人たちマジですいませんでした。アルヴィンは心の中で、彼女たちとその関係者に向けて謝罪した。


「ちなみに、『魔王少女なのなのちゃん』の上司の名前はゲイーズにしておいた」
「そこはナイスです、おじいちゃん」

 後日、放送局にとある人物がカチコミをかけに行ったのは……また別のお話である。



******



 そんなこんながありながら、俺とアリシアは8歳の誕生日を迎えたのであった。

 
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