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ネギまとガンツと俺

作者:をもち
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第19話「惚れ薬」



 修学旅行明けの朝。

「ん……しょ」

 両手に様々な茶菓子を抱えて、ヨタヨタと大変そうに歩いている少女がいた。長い黒髪に温和そうな優しい顔立ち。ジーパンに半袖のTシャツを着て、近衛木乃香は歩いていた。

 荷物の質からみても、特に重いというわけではないだろうが、何より量が多い。完全に手が塞がっている状態だ。前が見えなくなるほどにギリギリの高さまで掲げられたその紙袋を抱えて歩く姿は、元々運動神経が良くないことも手伝ってか、今にも転びそうに見え―― 

「あ」

 ――転んだ。

 正確には道につんのめった、と言ったほうが正しいだろう。木乃香は無事にバランスを保ったが、その衝撃で、抱えられていた荷物がそこかしこに四散してしまった。

「あちゃー」

 慌てて荷物を拾おうとしゃがみこむが、元々随分な量だったので少し時間がかかりそうだ。

 ――ここで、誰か男の人が助けてくれたら、まるで白馬の王子様みたいやなー。

 中学生らしいといえば、らしい考えをもって荷物を集めていく。もちろん、彼女とてそんな夢みたいな人間がそうそういるとも思っていない。事実、周囲の人間は誰も手伝おうとすることもなく、淡々と通り過ぎていく。

 木乃香も「やはり」という思いで、荷物集めを続けていく。そして、ほとんどそれを終え、最後の一つを拾おうとした時、その人は現れた。

「はい」
「……え?」

 目の前に差し出された最後のお菓子に、恐る恐る顔をあげた。

 ――残念ながらその人は王子様ではなく、小さなお姫様だったが。

「どうぞ、おえねちゃん」
「あ、うん。ありがとう」

――それでも木乃香にはやはり眩しく映ったことだろう。

 お礼を言いつつ、それを受けとった。

「ほら、マユ行くわよ~」

 ほんの少し離れたところから優しそうなお母さんの声が、届いた。

「あーママ、待ってよ~」

 マユと呼ばれた小さな女の子は、そのまま駆けていく。これでこの出会いは終わりだろうが、木乃香は反射的にその子の名前を呼んでいた。

「あ、マユちゃん?」
「――え?」

 急に名前を呼ばれた少女は立ち止まり振り返った。

「ありがとー、助かったえ。はい、これお礼」

 そう言ってチョコレートを手渡した。

 このチョコレート、朝に自室にあったのだ。おいしそうと思い、道すがら食べようとして忘れていた。手荷物のお菓子をあげるわけにもいかないので、木乃香なりの精一杯のお礼だった。

「わ~、ちょこれーと?」

 まだ舌足らずな声が可愛らしい。

 微笑ましくなって「そうやで」と頷く。マユは「ありがとう、おねえちゃん、じゃあね!」と元気よく、彼女の母の元へと駆けて行った。

 それを見届けた木乃香が当然のように笑顔で呟いた。

「可愛い子やったなぁ」 




 修学旅行明けの朝は、教師にとってやっと訪れた純粋な休日。それはもちろん副担任である彼にとっても同じこと。

 タケルにとって久々にのんびりと出来る休みの日。目覚ましをかけることもなく惰眠を貪っていた。

「zzz」
 
 静かな部屋にタケルの寝息だけが聞こえる。だらしなく開いた口とにやけきった表情は、普段の無感動な顔からは想像もつかない。

 朝日の光が差し込み、彼の顔を照らすがそれでも一向に目を覚ます気配がない。それほどに熟睡しているのだろう。

 彼を起こすにはそれこそ、自然と目が覚めるのを待つか、あるいは――

 突如、扉を激しくノックする音が部屋に響いた。

 無断の侵入を防ぐはずの鍵は、ゴキッと嫌な音を立ててそのまま崩れ落ちる。何の障害もなくなった扉は無造作に開け放たれ、その犯人の侵入を許すことになった。

「先生! 手合わせするアル!!」

 扉を蹴破らんばかりの勢いで突入したのは古 菲。活発な彼女らしく、肩口まで見えるノースリーブに、足の腿まで見えるスリットの入ったかなり短いスカートを着ている。通称クーと呼ばれ、クラスメイトから慕われている中国拳法使いの少女である。

「やれやれ、クーは単純で困るでござる」
「……しかし、こうして付き合っている私達もどうかと思うぞ?」

 その後ろから、困ったように、だがズカズカと入ってきたのが、長瀬 楓と龍宮 真名だ。両者ともに、身長180cmオーバーと、ナイスなぼでぃ。いかにも中学生らしくない……もとい大人びた顔と体つきをしている。

 そんな中学生離れした二人だが、その格好は全くと言っていいほどに対照的だった。

 楓は大胆にも肩を出し、さらには太ももまで見える露出度の高いパンツ。彼女もまたクーと同様に動きやすい格好を好んでいる。ヒラヒラとしたフリルは一切ない。

 対して、マナは白い袖、赤い袴。全体的に清潔感のある服、いわゆる巫女さんというやつだ。動きやすさで言えば、恐らく前者の二人とは比べ物にならないほどに悪い。だが、彼女の場合、服の好き嫌いではなく、単に普段を神社の巫女として過ごしているからだろう。

 彼女達は珍しそうに部屋を眺めながら、クーの後ろをついていく。

 ちなみに、これがほとんど犯罪に近いであろうことには誰も突っ込みを入れる気配はない。何とも非常識な集団である。

「いや、犯罪だろ」

 と、失礼。非常識の中の常識人。冷静という名の変態。知的な馬鹿。寡黙というむっつり。そんなタケルが見事に呟いていた。

「お、先生。今起きたアルか?」
「……起きたというか、起こされたというか」
 
 軽く皮肉な言葉を入れたつもりだったのだが、クーはそんな言葉もお構い無しに詰め寄る。

「じゃあ早速、手合わせでもどうアルか!?」
「は?」

 いきなりの言葉に目が点になり、首を傾げてしまう。

 というか、誰でもそうなるだろう。いきなり部屋に入ってこられて、起こされたと思ったらその第一声が「手合わせ」だ。むしろ理解できるほうがおかしい。

 説明を求めるように後ろの二人に目を配ると、彼女達が頷き、口を開いた。

「……いや、京都で少しあって」

 まずは楓が気まずそうに言う。

「少し先生の話になって」

 続けて真名が。

「……大雑把に実力者だと伝えたら」
「急に手合わせをしてみたいとこいつが言い出して」

 二人して交互に口ごもる。そのため視線も次々と動かさなければならないため少し面倒くさい。


「ということアル!」

 最後をクーが締めて、彼女達の説明が終わる。

 詳細はぼかしてあったため、経緯は分からなかったが、とにかくなぜそうなったかは理解できた。ただ、一つだけ。タケルには全く理解できないことがあった。

「……俺は実力者じゃないんだが?」

 彼としては当然のこと。

 魔法は使えない、気も使えない。楓やエヴァのようにスーツなしで星人と戦うことなどできない。そんな彼が実力者など、正直に言ってタケルからすれば迷惑な勘違い以外なにものでもない。

 だが、そんな思いを彼女達が知る由もない。

「……タケル殿。そんなに隠そうとしなくても拙者たちは誰にもいわないでござる」
「大和先生。私も楓と同じ気持ちだ。プロとして隠しておきたいのは分かるが、最早ばれている人間にまで隠すことはない」
「カエデもマナも言ってることだし、早速一手どうアルかっ!?」

 どうやら、彼女達にとってタケルが実力者であるという意識は覆せないようだ。

「……聞く耳持たない、か」

 小さくため息をつく。

 だが、だからと言って、タケルは諦めて手合わせをするような人間では決してない。むしろ適当な嘘をついてでも逃げる面倒くさがりな側の人間だ。

「……」

 さぁ、さぁと、迫ってくるクーに、タケルは無言で答える。少し考えるような間をおき、何か思いついたのか、「わかった」と顔をあげた。

「少し着替えるから部屋の外で待っててくれないか?」
「わかっ――」
「――いや、それには及ばない」

 頷こうとしたクーを遮り、マナが言葉を続ける。

「私達が出ている間に窓から逃げられても困る」

 おそらく、図星だったのだろう。ピクリとタケルの頬が動いた。彼女はそれを横目に見やり、かすかに微笑み、窓際に移動。

「目を閉じているから、その間にでも」

 ――どうあっても逃がすつもりはないらしい。というか長瀬さんと龍宮さんは一体なんでついてきてたんだ? 別に古さんのように手合わせをしたいわけではなさそうだが。

 ――単なる興味本位ってところか?

 怪訝な顔になったタケルに、今度は楓が言う。

「拙者とマナは少しでもタケル殿の実力が見たいだけでござるよ」
「あ、そう」

 ――なんだろう。この娘たち、人の心でも読めるのか?

 見事なまでに心の中の思考を答えてくる目の前の生徒達に、「なんてそこまで鋭いのに俺の実力を勘違いするんだ?」とか思ってみたりする。

「さ、早くするアル!」

 どうあっても譲る気はないらしい。彼女達が扉と窓の前に立ち目を閉じた。

 そしてタケルも覚悟を決める。

 だったら俺は――

「……上等だ」

 早速ガンツスーツを装着し、制服をその上から着込む。コントローラーを手にして。

 ――絶対に逃げてやる。

 スイッチをオン。ステルスが作動。周波数が変わり、人の目に映らなくなる。

 あとは部屋の隅に縮こまっていれば、勝手に彼女達がタケルの不在に気付く。そして部屋の外へと駆け出していくことだろう。

 ――と、思っていたタケルはすぐにその考えが甘かったことを思い知らされた。

「む、先生いないアルよ!?」
「いつの間に……いや、だが気配は……どうなっているでござるか?」

 たじろぐ彼女達。ここまでは予想通り。

 だが。

「いや、私の目にはしっかり映っているぞ、大和先生!」

 マナの見開いた左目が、見えないはずのタケルにしっかりと注ぎこまれていた。その視線を追って、クーと楓も気配を察知する。

 完全に見られている。最早、ステルスは意味をなさなかった。

「……うそだろ」

 ――ば、バケモノか。

 呟き、うなだれて姿を現す。

「やっとあきらめたか、先生」

 フッとマナが呟いた瞬間がタケルの唯一の好機だった。

「――なんて、な!」

 一足飛びでマナを飛び越え、最初から開け放たれていた窓に足をかける。そのまま彼女達の姿に一瞥もくれることなく飛び降りた。

「しま……」

 最後の最後に油断してしまった龍宮の声が、遠ざかる。

 着地。

 同時に、足元から蒸気が噴出され、タケルの足を無事に保護する。

「よし」

 そのまま、逃げるように駆け出した。




 一方、部屋の中。

「しまった!」

 逃げられたアル! と騒ぐクーを他所に、楓とマナは行動を起こしていた。

 ――タケルが飛び降りたと同時。


 楓は窓に駆け出た。


 マナはバッグを放るように投げ、そこから一瞬でスナイパーライフルを取り出した。


 楓が窓から飛び降りる。


 ――だが、その時にはもう、タケルは地に降りて走り出している。

 
 マナがスナイパーライフルを構えて、次の瞬間には発射していた。


「ちょ、マナ。それ大丈夫アルか!?」
「大和先生を捕まえるには本気を出せ。少しでも手を抜けば今のように逃げられるぞ」

 口を開きながらも、次々と放たれる銃弾は速く、そして遠い。クーの目からは当たっているかどうかすらわからない。

「ちっ、さすがに速い」
「逃げられたアルか?」
「いや、今は楓が追跡中だ」

 私達も追うぞ、とバッグを拾い上げ、窓から飛び降りてしまった。

 一人部屋に残されたクー。

「……ここ、高いアルよ~」

 窓から顔を出し、常識的に呟いたのだった。




 なんとか部屋からの脱出に成功したタケルだったが、すぐに背後から迫る追っ手と銃弾に、冷や汗をたらしていた。

 マナの放った銃弾の数発が後頭部を直撃し、それは単なる銃弾ではなかったのか、確かな痛みを覚えた。かといって少しでも回避に移れば、後ろから迫ってきている楓に追いつかれてしまう。

 ――とりあえず、痛みは我慢して竜宮さんの射程から離れるしかないな。

 呟き、さらに足に力を込めて走り出した。



 
 こうして、タケルののんびりとしたはずの休日が殺伐と幕を開けた。


 10分後
「いたでござるよ!」
「今度は逃がさないぞ、大和先生!」
「……ステルスを簡単に看破するな」
「あいや~、出番がないアル」


 30分後
「そろそろ諦めるでござるよ」
「逃げ道はない」
「さぁ、一手やるアル!」
「断固、拒否する!」
「……あっ!」
「壁ごと破壊して逃げるとは」
「相変わらずでたらめでござるな」


 そして60分後
「……しまったアル」
「まさか街中に逃げられるとは」
「これではさすがに見つけられないでござる」
 

 そして、それからさらに10分後。

 彼女達は完全にタケルの姿を見失っていた。街中の人ごみに紛れられては、実力者の彼女達でも気配を察知することは出来そうにない。

 約100分にも及んだ追いかけっこは、こうしてタケルの勝利という形で終わりを迎えた。

「……仕方ない、今日は諦めよう」
「うむ、仕方ないでござるな」
「ムムム……がっかりアル」

 肩を落とす彼女達だったが、さすがにそのまま帰るのは虚しい、ということになったらしい。

「まさか、あれほど必死になって逃げるとは」
「拙者も少し予想外だったでござるよ」

 呟きながらも、目の前に偶然あったSTARBOOKSカフェに入っていったのだった。




「ふぅ……終わったか」
 彼女達が諦めたのを見届けたタケルは大きく息をついた。誰もいないことを確認。ステルスを解除し、あくまでもばれないようにそっと歩の向きを換える。

「つ……つかれた」

 半ばゲッソリとしているが、それは無理もないことといえる。

 楓は忍者というだけあって彼の行く先々で、まるで待ち構えていたかのように現れた。

 マナは巫女とは信じられないほどの精度で射撃を続け、しかもその銃弾がまるで殴られたかのような鈍痛を引き起こす。恐らく軽い痣やたんこぶが出来ているだろう。

 しかも二人揃って、まるでステルスの存在を無視して捕まえてくるのだ。逃げるほうも必死である。
唯一、穴と思われたクーも楓やマナの指示を受ければ、まるで虎の如く中国拳法を駆使して襲い掛かる。その技量に成すすべなく何度も殴られた。

 ――手合わせどころか殺しあいじゃ、ぼけぇ!

 そんな心の声が聞こえてきそうな彼女達の勢いに「俺、嫌われてる?」などと考えてしまい、少しうなだれるタケルだったが、とにかく恐怖の追いかけっこは終わったのだ。

 のんびりと歩き出す。

 といっても、既にここは街の中。迷走癖のある彼が家に帰れるはずがない、と思われるかもしれない。だが、彼もそこまで迂闊な人間ではない。

「ふっふっふ」

 ――いつまでも迷子になる俺と思うな。

 そんな声が聞こえてきそうなほどに、薄ら笑いを浮かべて、ポケットから折りたたまれた紙を取り出した。当然、道に迷わないように用意された地図だ。

 路地裏で一人、薄気味悪い笑い声を漏らす彼は、誰が見ても立派な変態に違いなかっただろう。事実、たまたまタケルを見つけた通行人たちは、物凄い勢いでその場から離れていくのだから。

 だが――

「これさえあれば簡単に家に帰れる……ふっ――」

 ――ブツブツと独り言にいそしむ、そんな変態と呼ぶにふさわしい彼に声をかける奇特な人間がいた。

「……あれ、おにいちゃん?」
「……?」

 一人で悦に入っていたタケルだったが、どことなく聞き覚えのある幼い声を耳にして現実に引き戻された。

 目を向けて、だがすぐには思い出せなかったのか一瞬だけ首をかしげてみせる。

「……」

 短いツインテールで髪をまとめて活発そうで可愛らしい5、6歳の少女だ。どこかで見たことのある顔。神楽坂 明日菜を幼く、ほっこりとさせたような表情。

 確かに見覚えがあった。

「……マユか?」
「うん!」

 大きく頷き、笑顔に花を咲かせた。

 以前、迷子になっていたこの少女をたまたま居合わせたタケルが母親に引き渡したという間柄だ。

「このあいだはどうもありがとう!」
「気にするな……それよりお母さんはいないのか?」

 嫌な予感に駆られて首をめぐらせるが、その予感は、ありがたいことに外れていた。

「ううん、ちょっとだけまっててもらってるの」
「そうか」

 その言葉にホッとして、確かに5Mほど離れた位置でお母さんと目が会った。お互いに軽くお辞儀をして挨拶を済ませる。

「あ、そうだ。はい、これ!」

 手に渡されたのは包装紙に包まれた小さな粒。

「……これは?」
「わたしのすきなあめちゃんだよ? このあいだはどうもありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げる。

 ――い、いい子過ぎる。

 最早、感動を覚えたくなるほどのいい子っぷりに、タケルが「あ、ああ」と逆にうろたえてしまう。

「マユ~、そろそろ帰るわよー」
「あ、は~い」

 まだ僅かな時間が経っていないが、なにやら用事でもあるのだろう。そそくさ……というよりもトテトテとお母さんの下へと向かう。

「じゃあおにちゃん、またね」
「また、な」

 軽く手を振り合い、そのまま別れる。

「……飴、か」

 呟き、包まれた包装を解く。

「……あめ?」

 だが、現れたのはどう見ても黒い。どう匂いをかいでも甘い。いわゆるチョコレートだった。

「……間違えたのか?」

 一瞬だけ返しに行くべきか考え込むが、もう人ごみに紛れて探し出すのは難しそうだ。

「……ま、いいか」

 タケルとしてはチョコはあまり好きではないのだが、折角頂いたお菓子をそこらへんに捨てるのも気が引ける。

 そのままひょいと口に放り込んだ。

「よし、帰るか」

 地図を眺めながら歩き出す。だが、それがまずかった。

 マユと会話したおかげか、自分がそもそも追いかけられている身だということを完全に忘れていたのだ。

 路地裏を出た途端に、何となくだが視線を感じた。フと顔を上げて――

「「――あ」」

 同時だった。

 スターブックスカフェに座る3人の少女達。と、なぜか一緒に談笑しているネギと明日菜。その中の一人、長瀬 楓。

 見事に目が合っていた。




「あれ?」

 ポケットをまさぐっていたマユが不思議そうに首をかしげた。

「どうしたの?」

 お母さんがその顔を覗き込み、尋ねる。

「……さっきのおねえちゃんにもらったチョコレートなくしちゃったぁ」

 少女なりに楽しみにしていたのだろう。その目は僅かに涙目になり、今にも泣き出しそうな顔をしている。

「ほらほら、そんなことで泣かないの」

 あくまでも優しく言い聞かせるお母さんに、それでも子供というのはそう簡単に諦めがつくものではない。わがままだからこその子供なのだ。

「……でも」

 やはり、ごねる少女にお母さんはため息をついて微笑んでみせる。こういった娘の愛らしい仕草もまた母にとっては嬉しいものなのだろう。その目には優しさがありありと見て取れる。

「帰ったら、お母さんのお料理手伝ってくれるんでしょう?」
「あ……うん!」

 途端に元気が良くなった。家に出る前からの母との約束を思い出したのか、顔を嬉しそうに咲かせて母の手を握り締める。

「はやく、かえろうよ!」
「はいはい」

 手をつなぎ、仲良く帰る二人の母子。どこからどう見ても幸せそうで楽しそうなこの親子はそのまま人ごみに紛れて帰宅するのだった。




 そして

 チョコレートが一悶着を引き起こす。





「ばれるとオコジョなので僕のことは……」
「わかってるよネギ先生」
「私達口堅いアルよ」

 三人の生徒達とスターブックスカフェにて鉢合わせたネギが京都での口止めを頼んでいた時のことだった。

 クーとマナの了承を得たが、なぜか楓からの返事がない。不思議に思った全員が彼女の顔を見つめると、見つめられた当の本人は突然顔を赤らめた。

「……!?」
「どうかしましたか、カエデさん。具合でも――」

 心配しようとして、だが最後まで言い切ることは出来なかった。

「――好きだぁぁあ!!」
「んなっ!?」

 まず楓が素っ頓狂な声を漏らした。

「「「「は?」」」」

 次いで、ネギたちが。

 聞き覚えのある声に誰もが耳を疑った。顔をむけ、さらに目を疑った。一斉に誰もが見つめたその視線の先。

 あの大和猛が顔を赤らめ、楓を見つめ、叫んでいたのだ。




 一目で心臓が揺れた。顔が赤くなる。ずっと見つめていたい。目が離せなくなる。高鳴る気持ちが抑えきれない。

 ――落ち着け、俺。生徒と先生の間柄でそんな関係になるなど。

『教師だから、とか。生徒だから、とか。姉の言葉とか、自分が英国紳士とか……そんなことは全て忘れて、お前自身はどう思っているんだ。お前自身の気持ちは……どうなんだ?』

 ドクンと一際大きな鼓動が胸を打った。

 京都での修学旅行、宮崎さんに告白されたネギに彼自身が伝えた言葉だ。

 ――い、いやしかし。

 思いが抑えきれずに暴走を始める。俺にとってはじめての感情はやがて収束を始め、一つの気持ちへ固まっていく。

 ――そうか。

 固まった「思い」は「想い」へと変化を遂げる。

 ――これが、恋か。

「……好きだ」

 自分が壊れているということはもうとっくに理解していた。最早ガンツのミッション以外では滅多なことですら熱くならないはずだったのに、この熱い気持ちは止まらなかった。まだ目が合っている長瀬さんに呟く。

「……!?」

 読唇術でも身につけているのだろうか。雑踏にまぎれて届かないはずの音を、彼女はいとも簡単に理解したらしく、顔を真っ赤にさせた。

 その可愛らしい仕草に、今度は体が震えだす。

「長瀬さんが……」

 俯き、足を広げ、腕は腰にあてて、全力で息を吸い込み、そして――

「――好きじゃぁぁぁぁぁああーーー」

 気付けば、俺は走り出していた。




 猛然とこちらへ向かってくるタケルに誰もが目を瞠っていた。

「え、あれ……タケルさん、ですよね?」
「……う、うん。どう見てもタケル先輩」

 ネギとアスナが唖然としながらも呟く。

「……どう見ても大和先生だな」
「せ、先生アルね」

 あまりのことに手合わせの件が頭から抜け落ちてしまったのか、呆然とマナとクーが頷く。

「……せ……拙者?」

 赤い顔で、名を呼ばれた本人が蚊の鳴くような声を漏らした。

 だが、それだけだ。誰もその場から動かずに、猛然と走ってくるタケルを見つめている。というよりもショックがでかすぎて動けないといったほうが正しいのかもしれない。

 ――不自然すぎる。

 確かに、タケルと楓に関する噂が一時期あったが、それでもタケルはこんな場で勢いよく告白するような人間ではないはずだ。なんならそういった人間とは正反対にいるような印象さえも受ける。

 誰もがそう思い首をかしげていた……ただ一人を除いては。

 おそらく、こういった男女間の色ごとに慣れていないせいもあるのだろう。いつもは理性的に物事を分析することが出来る楓が、顔を赤くさせて俯いている。

 ――もしかしたら満更もでもないのだろうか?
 
 そんな考えが一同に流れた時、唯一天才少年がその頭を閃かせていた。

「も……もしかして……」

 一人顔を青くさせるネギに、楓以外の全員が顔を向けた。だが、ネギにしては珍しくその視線には答えず、焦った様子で大声をタケルに向けた。

「た、タケルさーーん!?」
「……なんだ!!」

 様子はおかしいが、普通の会話は問題ないらしい。ネギがごくりとつばを飲み込んで、緊張した面持ちで尋ねた。

「……ひ、一口サイズのチョコレート食べませんでしたか!?」
「食べたが、それがどうかしたか!?」

 猛然と走りこんでくるタケルがペースを緩めることもなく、答える。

「や、やっぱり……」

 ガクッと肩を落とすネギに、その肩に乗っていたカモも気付いたらしい。「ま、まさか」と恐ろしげにその小さい体を震わせた。

「チョコがどうしたっていうのよ?」

 尋ねるアスナに、ネギは答えず未だに半放心状態の楓の肩を揺すった。

「だ、駄目です。一旦逃げましょう!!」
「……逃げる?」

 全く動こうともせずにただ首をかしげる忍者娘に、ネギは言いづらそうに顔を伏せるが腹を決めたのか。さっと顔をあげて言い放った。

「おそらく、タケルさんが食べたチョコレートは惚れ薬なんです! 効果は半日程度で、食べてから最初に見た人を好きになるっていう、強力なやつなんです!」
「「「「「ええ~~~!!」」」」」

 今度こそ、全員が一斉に驚きの声をあげた。

「それはさすがにマズイアルよ、ネギ坊主?」
「す、スイマセン、スイマセン!!」

 何度も頭を下げるネギに対し、さすがに冷静になった楓とマナは頼もしい。

「そうやって、謝るのは後にしたほうがいいぞ、ネギ先生」
「へ?」
「今の大和先生からは、そのまま楓をベッドに直行させてしまうような勢いを感じる」
「と……とりあえず、拙者は逃げた方がいいでござるな」

 冷や汗を垂らして、二人が呟く。ネギとクーはベッドに直行という言葉の意味が判らなかったようで首をかしげているが、アスナは理解したらしく「べ、ベッド!?」と顔を赤くさせたり青くさせたりしている。

「後は私達が受け持とう」
「スマンでござる」
「なに、大和先生の実力を見るいい機会さ」
「これで先生と手合わせできるアルな!」

 フと格好良く微笑むマナとウキウキとした様子で笑うクー。

「ぼ、僕も手伝います!」
「私も!」

 責任感から、ネギが。同級生の貞操の危機に、アスナが頷く。

 心が一つになった皆が一斉にタケルをにらみつけた。

 彼との距離は僅か50Mにまで縮まっている。

「とりあえず、人のいない場所までこのまま固まって移動するでござる!」
「しんがりは私が務めよう!」
「ちょ、タケルさんが飛び上がったわよ!?」
「マナに任せて逃げるアル!」
「行きましょう。アスナさん、クーさん!」
「長瀬さんが好きじゃあーーーーー!」

 走りつつ再度叫ぶタケルに対抗するようにマナが声を張り上げた。

「彼を止めるには本気でいくしかない、行くぞ!!」 

 こうして、恐怖の追いかけっこ・逆Verが始まった。


 30分後
「ちょ、私の本気の拳を何発も受けておいてゾンビみたいに立ち上がるなんて本気でこわいアルよ!」
「長瀬さ~~~ん!!」


 2時間後
「うわわわ、魔法に当たってるのに全く怯まない!?」
「長瀬さん~~~!!」


 5時間後
「って、あんた達の攻撃が効かないのに私のハリセンなんて効くわけないじゃない!!」
「はぁ……はぁ……な、長瀬さん」


 10時間後
「ま、まさかこれほど化け物じみているとは」
「ぜぇ……ぜぇ……な、ながせ、さん」




 日付は既に変わりつつある。

 始まりは太陽が昇っていたのに、気付けば太陽は潜み、月が天に現れていた。雲に身を隠しつつ、時折思い出しかのようにその顔を覗かせている。

 月明かりが夜の学校を照らし出す。

 向かいあう集団が、光を受けてその姿をさらす。一人の男が女に飛び掛ろうとしていた。それを遮るように三人の女と一人の少年が立ちはだかる。心なしか全員ぐったりとしている。

 静かな時が流れる。聞こえるのは各々の疲れ果てた息遣いのみ。
緊張が高まり、そしてはじけようとしたそのとき――

「――あれ?」

 飛び掛かろとしたタケルが、いきなり首をかしげた。

「た……タケルさん?」

 ネギの恐る恐る搾り出された声に、

「……?」

 本当に不思議そうに首をめぐらせている。

 遂に正気に戻ったらしい。一気に弛緩した空気が流れ出し、誰もがホッと息をついた。

「?」

 未だに良くわからず首をかしげているタケルに、ネギが惚れ薬の説明をする。

「……俺が、か」

 説明を聞き終え、ヨロヨロと膝をついた。

 薬のせいで楓への気持ちが膨れ上がり、そしてまた勝手にしぼんだのだが、その間の正気はあったらしい。先ほどまでの自分の行動を全て覚えているのがまた彼にとって、自責の念をさらに大きくさせていた。

「すまなかった」

 土下座しそうな勢いで頭を下げたタケルに、真っ先に笑ったのは楓だった。

「いや、まあ楽しかったでござる」

 その顔は微かに赤らみ、まるで優しく美しく咲いた花のようで。

「……っ」

 笑顔で手を差し出す楓に、なぜかタケルが顔を俯かせた。

「……どうかしたでござるか?」
「……す」
「……す?」
「スイマセンでした~~~~~!!」

 そのまま物凄い勢いで離れていくタケルの姿を、誰もが呆然と見送ったのだった。


 翌日。

 学校で迷惑をかけた彼女達に、彼が再度激しく土下座をしたのはお約束だろう。


 ちなみに。

「にしてもあのタケル殿ですら陥れるとは、惚れ薬とは厄介なものでござるなぁ」

 のほほんと呟いた楓に、ネギが少し気まずそうに、恥ずかしそうに、だが楽しそうに耳打ちを。

「実は誰にも言ってなかったんですけど」
「フム?」
「あれって気になる人にしか効かないようになってるんですよ?」
「……へ?」

 そそくさとネギが離れていく。

 半ば石化したような楓がいたとか、いなかったとか。

 
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