| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

魔法少女リリカルなのはANSUR~CrossfirE~

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

Ep13進むか立ち止まるか~Decide according to your heart~

†††Sideフェイト†††

ピースサインを私たちに向けてウィンクした、フェンリルと名乗った女の人。この緊張感を根こそぎ奪ってしまっていた。シャルがその女の人を見て驚いてる。知り合い?だよね。シャルの様子からすれば間違いなく。

「ちょっと何でお前が――」

「防御は私に任せて」

「はい?」

そう言ったフェンリルさんが右腕を横薙ぎに払った。

――YR(ユル)――

私たちの周囲に綺麗な銀色の光の壁が現れる。その直後に私たちに到達した3つの魔力波は、その壁によって無力化された。それからしばらく続いた魔力波にも耐え切って見せたから、私やなのはの口から「・・・すごい」って出た。

「・・・。ハッ! ちょっと何でここに居るわけ!? それ以前に出て来れるなら始めから出て来い!ていうか、ルシルが始めからこうしていれば良かったじゃん!」

シャルがフェンリルさんへと詰め寄って、フリルがたくさんある黒い服(ドレス)を掴みとって激しく揺らし始めた。

「そんなことより。“バルドル”も打ち止めのようだね。その子たちを避難させるのが先決と思うんだけど。どう剣神?」

「う。確かに。エイミィ、お願い」

シャルがフェンリルさんから離れて、エイミィへと通信を入れる。でもケンシンってなんだろう? 上杉謙信? そんなわけないよね?

「えっと、アリサちゃん、すずかちゃん」

なのはが2人に声を掛ける。私も何か言った方が良いのかもしれない。だけど「もう、大丈夫。2人とも、安心して」そんなことしか言えなかった。

「今すぐに安全なところに運んでもらうから、もう少しだけそこでじっとしててね」

アリサとすずかが立ち上がって何かを言おうとしていたけど、その前に転送が始まって私たちの前から姿を消した。

†††Sideフェイト⇒なのは†††

「アリサちゃんとすずかちゃんに・・・私たちのこと、知られちゃったね」

今まで隠してきたことがアリサちゃんとすずかちゃんにバレてちゃった。フェイトちゃんはそれに頷いて応えてくれて、さっきまで2人が居た場所を見つめる。

「シャルちゃん・・・?」

シャルちゃんとの話も終わったみたいで、フェンリルさんが私とフェイトちゃんに振り向くと、「それじゃ、私はここまでだから」笑顔を向けてくれた。そしてその体が次第に薄れていって、光の粒子みたいに散っていく。

「あ、あの、助けてくれて、ありがとうございました!」

「あ、ありがとうございます!」

お礼だけは言っておかないとダメだと思った。私たちの感謝にフェンリルさんは笑顔で手を振ってくれて、消えていった。

「シャルちゃん、フェンリルさんって」

「うん、ルシルの使い魔の1つ」

そう言ったシャルちゃんは“闇の書”さんの方へと視線を移した。

「ルシルの魔術も使えるということは、私の魔法だけじゃなくて魔術も使えると見た方がいいかもしれない。ねぇ、ユーノとアルフに、アリサ達の方を任せたいんだけど」

「うん、そうだね」

「うん。私も賛成」

私とフェイトちゃんは、ユーノ君とアルフさんにアリサちゃん達を守って欲しいとお願いした。これでアリサちゃんとすずかちゃんの方は大丈夫だと思う。あとは“闇の書”さんをどうにかするだけ。
とそこに、エイミィさんから通信が入った。クロノ君からの伝言で、はやてちゃんに投降と停止を呼びかけるように、って。それが“闇の書”さんは止めるための手段なんだよね、やっぱり。

「あの、はやてちゃん、それに闇の書さん、止まってください!」

その“闇の書”さんがいつの間にか近付いてきていて、私たちを空から見下ろしていた。

「よく聴いて。何か勘違いしてるみたいだけど、シグナムやヴィータ達を傷つけたのは、この子たちじゃないの。別の誰かが変装してたの」

シャルちゃんが私とフェイトちゃんを庇うように前に出て、“闇の書”さんに話しかけた。

「我らが主は、自分の愛する家族を奪ったこの現実が悪い夢であってほしいと願ったのだ」

それを否定できない。もし私がはやてちゃんの立場だったら、きっと同じことを思う。家族を誰かの手によって奪われたなら、夢であってほしい、受け入れたくないから逃げ出したいって。

「我はただ、主の願ったその思いを叶えるのみ。そして、主には穏やかなる幸福に満ちた夢の内で、安らかなる永久の眠りを――」

「待ちなさい、夜天の書!」

「っ! もう遅いのだ。その名で呼ばれようとも、私は止まれず、主の願いを叶えるだけだ」

シャルちゃんが“闇の書”じゃなくて“夜天の書”って本当の名前を呼んだ。すると“夜天の書”さんが初めて揺らぎを見せてくれた。機械的な感じだったんだけど、人間味が出たっていうかそんな感じ。そうだよね。呪われた名前じゃなくて、本当の――とても綺麗な名前で呼ばれたいよね。

「分からず屋め。願いを叶えるだけ? そんな願いを叶えて、はやては本当に喜ぶって思うの!?」

シャルちゃんが怒鳴る。だけど“夜天の書”さんは答えない。シャルちゃんは持ったままだった“キルシュブリューテ”を消して、ゆっくりと“夜天の書”さんに向かって歩き出す。“夜天の書”さんはそんなシャルちゃんから少しずつ離れて行こうとする。

「解かるよ、大切な人を失った悲しみを受け入れられなくて、夢に逃げ出したいって思うのは。でもね、その選択はダメなの。私、酷なこと言ってるって解かる。はやてはまだ幼いもんね」

本当の家族も、新しい家族も居なくなったはやてちゃん。もうこの時点で私は偉そうなことを言えない気がしてきた。でも止めないと。はやてちゃんをこのまま逝かせたらダメだ。はやてちゃんは私たちの友達なんだ。友達を助けたい。どれだけ辛い現実だとしても連れ戻したい。自己満足だって言われるかもしれないけど、それでもはやてちゃんを死なせたくないから。

「両親を亡くして、次にシグナムたち新しい家族が出来た。だけど奪われた。心に負った傷は計り知れない」

「それだけ解かっているのなら止めてくれるな。主はやてはもうお疲れだ。主はやてにはもうこのような辛いだけの、絶望しかない世界をお見せしたくないのだ。それを叶えるのが我、闇の書だ。そのためだけに存在する道具だ。故に・・・邪魔をするな」

――ブラッディダガー――

また“夜天の書”さんの周囲に展開される数十の短剣。射出される前に何とか説得しなきゃ。そう思って「待って、夜天の書さん!」って呼び掛ける。“夜天の書”さんに飛び掛かろうとしたフェイトちゃんにも「フェイトちゃんも待って!」呼び止める。

「なのは・・・?」

フェイトちゃんはギリギリ踏み止まってくれた。私は「ありがとう、フェイトちゃん」とお礼を言って、“夜天の書”さんに改めて振り向く。

「夜天の書さんは、本当にそれで良いんですか? 夜天の書さんは、はやてちゃんやヴィータちゃん達のことが大好きだから、こんなことをするんですよね?」

「違う。好き嫌いなどの感情など我には無い。ただ、主はやてが願ったことを成し果たすのみ」

「そんなの嘘だよ」

「嘘なものか」

「だったら・・・だったら、どうして泣いてるの!」

「?? 何を言って・・・我は泣いてなど――っ!?」

“夜天の書”さんは頬に流れる涙に触れて、初めて自分が泣いてることに気付いて驚きの表情を見せた。

「なのはの言う通りだ。夜天の書。あなたは、本当はこんなことしたくないんだ。あなたも助けたいんだ。はやてのことを。それなのに、自分を道具だって決めつけて、逃げようとしてる」

フェイトちゃんも“バルディッシュ”を降ろして、“夜天の書”さんに語りかけた。“夜天の書”さんは「違う」って反論するけど、もう反論の余地はないよ。

「違わない。あなたは言葉を使える。機械でも使えるけど、そこには感情が無いんだ。でもあなたの声や言葉にも感情がある。それはつまり心があるっていうことなんだ」

「うん。心があるから、はやてちゃんの願いを叶えようとしてる。だけどそれは本心じゃない。本当ははやてちゃんを助けたい。あなたはそう願ってる。そうでないならおかしいもん。叶わないって諦めたくないから、でも諦めそうだから、それが辛くて悲しいから泣いてるんだ」

――たとえプログラムでも、人と関われば心は生まれる――

ルシル君の言葉だ。あんな顔をするんなら、あの子には心がちゃんとある。今までのやり取りだけでも十分だ。“夜天の書”さんは、生きている。

「違う・・・違う。この涙は我のものではない。これは主はやての涙だ。そう、私は道具だ、悲しみなど、感情など・・・ない」

“夜天の書”さんは頑なだった。ここまで頑固な人って見たことがないよ。それでも諦めずに説得を続けようとしたところで、今まで黙って聞いていてくれたシャルちゃんが「トロイメライ、セット」って呟いた。あー、シャルちゃん、とうとう我慢の限界を超えちゃったんだ・・・。

≪Jawohl, Meister≫

「さっきから聞いていれば、後ろ向きなことばかりウダウダ言ってんじゃない!」

シャルちゃんの怒声が響く。

「あなたが自身を道具と言い張るならそれで結構! ええもう結構よ! でもその所為ではやてが死ぬとしても、あなたはそれで良いというわけね。あぁ、それなら確かにあなたは心のない、願いのない単なる道具だよね。なのはとフェイトの心が可哀想。あなたやはやてを想ってるのに、結局無駄だったわけだ」

「~~~っ! 貴様に何が解かる!? 私が一体どれだけこの優しき主の幸せを願ったか! そんな願いすら叶えられず、自らが愛しき主を殺めるこの絶望が――・・・っ!?」

シャルちゃんの言葉を聞いた“夜天の書”さんが怒鳴った。でもそれに気付いた“夜天の書”さんは、自らの言葉に驚愕している。

「やっぱり心が、願いがあるじゃない。それなのに自分を道具なんて言わないで。信じてあげて、あなたの(はやて)を、きっとあなたの想いに応えてくれるから」

シャルちゃんは優しい表情と言葉で“夜天の書”さんに語りかける。

「そうだよ! はやては優しい子だからきっと大丈夫!」

フェイトちゃんもそれ続いて説得に移る。でもそんな時に大きな地震が起きた。いろんな場所から炎と水晶、それに何かの触手のようなものが突き上げてきた。“夜天の書”さんが周囲を見渡して「暴走、か・・・いつもより早くなってしまったな」って零した。

「暴走が始まれば、私の意識も消えてしまうだろう。そうなれば、最早この身は止まることを知らない。ならば、完全に消えてしまう前に、主はやてが願いを叶えて――」

「まだそんなことを言うか愚か者!」

シャルちゃんや私たちの言葉は届かなかったのかな・・・? ううん、きっと届いてる。でも今さら止まれないとか思っちゃってるんだ。“夜天の書”さんが軽く手を払うと、待機していた短剣が一斉に私たちに向けて放たれた。

――我が心は拒絶する(ゼーリッシュ・ヴィータシュタント)――

シャルちゃんが私たちを囲うように幾つものシールドを張ってくれたおかげで私たちは無傷。着弾によって起きた煙の中から、「氷槍断罪」っていう“夜天の書”さんの声が聞こえてきた。煙が晴れたとほとんど同時に、“夜天の書”さんの周囲に展開された氷の槍。

≪Code Shalgiel≫

氷で出来た槍が放たれた。

炎牙崩爆刃(フェアブレンネン)ッ!」

シャルちゃんが炎の斬撃を放って、それを全部焼き払う。それと同時にフェイトちゃんはマント消して、攻撃態勢に入った。

――ソニックセイル――

「この駄々っ子!」

≪Sonic Drive≫

「言うことを・・・!」

≪Ignition≫

「聞けぇぇぇーーーーッ!」

“夜天の書”さんが魔導書の方をフェイトちゃんへ向けて、シールドを展開。そしてフェイトちゃんの一撃をシールドで防いだんだけど・・・。次に起こったのは信じられない事態。フェイトちゃんが光となって薄れていった。

「フェイトちゃん!?」

「まさか、人ごと取り込めるというの!?」

そしてフェイトちゃんは完全にその姿を消されてしまった。

≪Absorption≫

魔導書が一言そう発して、そのページを閉じた。

「エイミィさん! フェイトちゃんは・・・!?」

目の前で消えたフェイトちゃんがどうなったのか、今の状況を見てるエイミィさんに尋ねる。

『待って!・・・・大丈夫! 安心して、なのはちゃん。フェイトちゃんのバイタルは正常だから! 闇の書の内部空間に閉じ込められただけ! フェイトちゃんを助ける方法は、えっと・・・すぐ見つけるから待ってて!』

「フェイトちゃんは無事なんですね!? よかった・・・」

「そっか。んじゃ取り戻してやる」

フェイトちゃんが無事だって判って、私とシャルちゃんはは安堵の息を吐いた。

「我が主はやてもあの子も、決して終わることのない幸福に満ちた夢を見る。ゆえに醒めることもなく。辛い現実に生きることもなく、全てを失う死を迎えるでもなく。その終の狭間で眠り続け、見続ける夢・・・それすなわち、永遠だ」

私たちの言葉で取り乱していた“夜天の書”さんから迷いの表情がなくなってた。

「永遠なんて無いよ。変わらないことなんて無いんだよ、夜天の書さん。みんな変わっていくんだ。変わっていかないと、ダメなんだ。私たちも変わっていく・・・だから、あなたももう変わらないとダメなんだ!」

「そうね。なのはの言うとおり。私たちが、あなたの言うその永遠をぶっ壊す!」

私は“レイジングハート”を、シャルちゃんが“トロイメライ”を構え直した。

†††Sideシャルロッテ⇒フェイト†††

「ん・・・? あれ・・・?」

鳥のさえずりで目を覚ます。私はベッドに横になっていた体を起こした。柔らかなベッド。カーテンの隙間から差し込んで来る朝日が、私の意識を呼び起こしていく。

(ここは・・・? なんだろうここ、なにか・・・)

空気がどこか懐かしい。と、「すぅすぅ・・・」私の横から小さな寝息が聞こえた。そちらへと顔を向ける。そこに居たのは、「え?」信じられなくて、そう漏らした。だって私と一緒に寝ていたのは、私と同じ金色の髪をした女の子。

(アリシア・・・?)

見間違いじゃない。どこをどう見ても間違いなく、アリシア、だった。それに私とアリシアの間には、子犬の姿のアルフまで居た。混乱は一気にピークに達して、何が起きているのかを確認したくて周囲を見渡してみる。そこでようやくここがどこなのかが判った。

「ここは・・・(時の庭園・・・なの?)」

間違いない。この部屋、私が使っていた部屋だもん。どうしてこの部屋に居るのか混乱していたから、「なに!?」扉がノックされた音に驚いてしまう。返事せずにいると扉の向こうから、とても懐かしく大切な人の声が聞こえた。

「フェイト、アリシア、アルフ。朝ですよ」

するとその声に反応して、「う、ん・・・」唸りながら起き上がるアリシア。アリシアは私を見て、「おはよう、フェイト♪」ってそう挨拶してきてくれたけど、言葉が出てこない。

「みんなー、ちゃんと起きてますか?」

「寝坊は許さないぞ、アリシア、フェイト、アルフ」

そう言いながら部屋へと入ってきたのはリニスとルシルだった。ルシルはカーテンを開けて、リニスはアリシアとアルフに夜更かしの追求をしている。それにつまらなさそうに答えたアリシアとアルフ。

「アリシア。あなたはお姉さんなんですよ? フェイトを見習って、早寝早起きを心がけてください」

「姉としての威厳が急落中だぞ」

「むぅ、そんなことないもん。フェイトとルシルがおかしいんだよ、早起きなんて普通できないもん」

「いやいや、普通できるものだぞ、アリシア。ちゃんと夜深ししないで、良い子に早寝すればな」

「あールシル、生意気ぃ。わたしの方がお姉ちゃんなんだぞ」

「だったらお姉ちゃんらしく、俺とフェイトに見本を見せてくれ」

「リニスぅ、弟がお姉ちゃんを苛めてくるよ~?」

「ルシルの方が正しいですから助けません」

「そんな~」

アリシアはむくれた顔をして、ルシルとちょっとした押し問答。それを見たリニスとアルフは微笑んだ。ルシルに頭を撫でられて気持ち良さそうに目を細めるアリシア。どうしてこういう状況になっているのかまったく理解できない。

「あの・・・リニス?」

「はい? どうかしましたか? フェイト」

声も見た目も雰囲気もリニスそのものだ。だけど本当のリニスはもういない。今度はアリシアへと声を掛けてみる。

「アリシア?」

「ん? どうしたの、フェイト」

するとアリシアは不思議そうな顔をして私を見てきた。アルフもアリシアみたいに「どうしたのぉフェイト~?」って首を傾げている。

「なんだ? 今朝はフェイトまで寝呆けているのか・・・?」

「あらら。前言撤回ですね。フェイトも寝ぼすけさんの様ですよ、ルシル」

「みたいだな。しょうがないな~」

私以外のみんなが面白そうに笑っている。感情が、思考がなかなか追いついてこない。

「さ、フェイト、アリシア、着替えてくださいね。もう朝ご飯が出来てますよ。っとその前に、ルシルは退室です」

「了解♪っと、そうだ。みんな急げよ。プレシア母さんがもう食堂で待っているからな」

ルシルが寝室から出ようと歩き出した後、思い出したかのように私たちに振り返って、そんな信じられない言葉を口にしてからゆっくりと部屋を出た。

「「は~い!」」

私たちはそのあと着替えて、母さんが居るっていう食堂へと赴いた。そこには記憶の中での優しい表情を浮かべる母さんが居た。

「おはよーママ!」

「おはよープレシア~!」

アリシアとアルフが母さんと挨拶を交わして、リニスとルシルは母さんに「明日は嵐か雪になる」なんて言っている。私が寝ぼけているからって。違う、そうじゃない。だって、あり得ないよ、こんなの。

「ほらフェイト。そんなところに居ないで、こちらに来ればどうです?」

リニスに呼ばれた私は、戸惑いながらもゆっくりと柱の陰から出た。すると母さんが今までに聴いたこともない優しい声で、「どうかしたの? フェイト」って私の名前を呼んだ。体が竦んでしまった。母さんから優しい声で名前で呼ばれることがなかったから。母さんが私の様子に首を傾げてる。

「プレシア母さん。フェイトは怖い夢を見たようなんだ。おかしなことに、今が夢か幻だって思っているみたいなんだよ」

ルシルがそう言って、私の頭を優しく撫でてくれた。安心できるけど、これは本当の温かさじゃない。だから心の底から喜べない。いま私の隣に居てくれるルシルに、私は心を預けられない。

「フェイト、勉強のし過ぎだよきっと。やっぱり何事もやり過ぎはダメなんだよ」

「アリシアとアルフは勉強のしなさ過ぎだけどな」

「そんなことないも~んだ」

「そうだそうだ~♪」

ルシルがそう返した所為で、アリシアとアルフが反論。何かすごく騒いでいる。それをリニスが止めに入っているとき、母さんがもう1度「フェイト」私を呼んだ。私は戸惑いながら、わずかに怯えながらも母さんへと近付いていく。
すぐ側まで来たけど、私は母さんの顔を真っ直ぐ見ることが出来ずに俯いたままだった。母さんはそんな私の頬を両手でそっと優しく触れてきた。でも私はそれにさらに怯えてしまう。

「フェイト。もう怖がらなくても大丈夫よ。母さんもリニスもアリシアもルシルも、ちゃんとあなたの側に居るから、安心していいの」

「ひど~い、プレシアぁ、忘れてるぅ。あたしも居るのにぃ~」

ルシルの頭に噛み付いていたアルフが脹れっ面になった。それを聞いた母さんは「ふふ。そう。アルフもね」と微笑んでいた。そして始まった朝食のひと時。でも落ち着かない。落ち着けるはずもない。だってこんなことが実際にあるわけがないから。だって母さんは、あんなふうに優しく笑いかけてはくれなかった。アリシアだって、リニスだって今はもういない。それに、ルシルもここにいるわけがない。

(それなのに・・・、あるわけのないはずなのに・・・)

朝食後、みんなで庭園を散歩することになった。そこは綺麗な緑があって風も優しい場所。静かに流れる穏やかな時間。母さんがいて、リニスがいて、アリシアがいて、アルフがいて、そしてルシルもいる。私がずっと願って望んでいた時間。何度も何度も夢に見た時間。そう思うと涙が止まらなくなって、みんなを困らせてしまった。

†††Sideフェイト⇒なのは†††

私とシャルちゃんは市街地に被害を出さないように、戦場を海上へと場所を移した。

「そぉらぁぁーーーーッ!」

――風牙真空刃(レーレ)――

シャルちゃんと“夜天の書”さんが、シャルちゃんの魔法での攻防を繰り返し始める。私も手を貸したいけど、2人のその速さに付いていけずに様子見に徹するしかなかった。

≪Leere≫

風の刃同士が衝突して、辺りに衝撃波が広がる。

「ああもうっ! 格ゲーの同キャラ対戦じゃあるまいし真似するな!」

――光牙十紋刃(タオフェ・クロイツ)――

シャルちゃんが大きく距離を取って、十字架の形に輝く斬撃を放った。私は“夜天の書”さんが回避した先の場所を考えて、その場所へと先に砲撃を放つ。

「レイジングハート!」

≪Divine Buster. Extension≫

“夜天の書”さんも私の砲撃を予測してたみたいで最小限の動きで回避した。そのまま一直線に私へ殴りかかって来る。回避できる距離でも速さでもない。選ぶのは防御。私はラウンドシールドを出して防御するけど、いとも容易く砕かれてしまう。

≪Schwarze Wirkung≫

体勢を整えることも出来ないところに、“夜天の書”さんの右拳に黒い影が生まれて、そのまま拳を打ってきた。咄嗟に“レイジングハート”を構えて防御したけど、「うっぐ・・・!」その威力に負けてしまって弾き飛ばされた。

「なのは!」

海面に叩きつけられる前に「シャルちゃん!」が受け止めてくれたけど、それでも衝撃が強くて一緒に海面へと落ちてしまった。追撃を受けないようにするために、すぐに私とシャルちゃんは海中から脱出した。

「我が手に携えしは確かなる幻想」

“夜天の書”さんがハッキリと言った。ルシル君の、あの呪文を。“夜天の書”さんが両腕を頭上に掲げて、まるで集束砲のようなエネルギーを生み出し始めた。

「全てを浄化しよう。・・・神技・・・」

「この技、まさか! なのはっ、掴まって!」

≪Geschwindigkeit Aufstieg≫

「全速離脱!」

シャルちゃんのこの焦り方。さっき“夜天の書”さんが使ったルシル君の魔術(えっと、コード・バルドル、だったっけ?)と同じくらいに凄い魔術なのかもしれない。私は伸ばされたシャルちゃんの手を取って、一気にこの場から離れるために空を翔ける。

「エーテルストライク・・・!」

≪Ether Strike≫

虹色に輝く大きな光の塊が私たちの居たところに放たれた。シャルちゃんが「やばいやばいやばいやばい」って繰り返して呟いてる。

(ええっ。そこまでシャルちゃんが焦るなんて。どれだけ危険な魔術なのっ?)

その答えはすぐに出た。“夜天の書”さんが放った攻撃が、さっきまで私たちの居たところに着弾すると、目を開けていられないほどの閃光が生まれた。続けて襲い掛かってきた衝撃波。シャルちゃんにギュッと抱きしめられて、なんとか吹き飛ばされるのを耐えることが出来た。光が収まるのが判って目を開けてみると、海に大きなクレーターが出来ていた。もし直撃を受けていたらと思うと背筋が凍る。

「危なかった。ルシルの馬鹿、あんなものまで複製されていたなんて」

「やっぱりあれも、ルシル君の魔術なんだ」

反則なのは“夜天の書”さんだけじゃなくてルシル君もだよ。本当に今さらだけど。

「それにしても一筋縄でいかないと思っていたけど」

「うん。でも話は通じていそうだよ。だからシャルちゃん。もう少し頑張ろう」

「なのは・・・。よしっ。ぶっ倒れるまでとことんやってやろうじゃない」

私は“レイジングハート”に新しいマガジンを装填。シャルちゃんも“トロイメライ”へとカートリッジを装填している。私も残りのカートリッジの確認をしとかなきゃ。マガジンがあと3本で、カートリッジがあと18発。スターライトブレイカー。最高の威力を持つ集束砲撃。予感だけど、きっと必要になる。だからそれまでにカートリッジを全弾消費するわけにはいかない。

「スターライトブレイカーが撃てるだけのカートリッジが残ってくれるといいんだけど・・・」

≪手段はまだあります。エクセリオンモードを起動してください≫

“レイジングハート”の提案に私は「ダメだよっ!」反対する。“レイジングハート”のフルドライブ・エクセリオンモード。あれはまだ使っちゃいけないって、強く言われているんだから。
本体を補強しないままエクセリオンモードを使うと、“レイジングハート”は耐えきれなくなって壊れるかもしれないって。だから私は使いたくないんだけど、“レイジングハート”はまたエクセリオンモードにするように告げた。

「・・・なのは。あなたとレイジングハートならきっと大丈夫。私がなんとか彼女に大きな隙を与えてみせるから、そのときが来たら迷わず撃って、あなた達の想いの一撃を」

≪Explosion. Zwillinge Form≫

シャルちゃんの“トロイメライ”が2つに分かれて短い刀になった。私がシャルちゃんへの返答に迷っていると、ゆっくりと私たちへと近付いてきた“夜天の書”さんが「お前たちも、眠りにつけ」ってそう言ってきた。私は少し悩んだ末に「判った」決めた。“レイジングハート“を信じるから。

「まだ眠れないよ。でも、いつかは眠る時が来る。でもそれは今じゃないんだ・・・!」

「なのはの言うとおり。眠る前に一仕事しなきゃダメなのよ、私となのはは。フェイトとはやて、そして頑固者なあなたも一緒に助けるって、大仕事が。だから・・・!」

≪Flamme unt Blitz≫

「悪いようにはしないから今は大人しくしなさい!」

――双牙炎雷刃(フランメ・ウント・ブリッツ)――

†††Sideなのは⇒シャルロッテ†††

≪Schwarz Strom≫

「飲まれろぉッ!」

――凶牙波瀑刃(シュヴァルツ・シュトローム)――

“夜天の書”へ漆黒の魔力波を放つ。以前シグナム相手に使ったけど、結構簡単に突破されたことがある。案の定、“夜天の書”も容易く突破してきた。だけど突破してきた場所は私の真下。“夜天の書”はおそらく頭上の私に気付いていない。絶好のチャンスだ。カートリッジをロードして放つのは、鳥の形をした砲撃グランツ・フォーゲル。

「いっけぇぇッ!」

――グランツ・フォーゲル――

“夜天の書”は直撃する寸前で私に気付いて、真上から迫る来る砲撃を見る。だけどもう遅い。回避や防御もすることが出来ないまま、“夜天の書”は光の鳥に飲み込まれた。真紅の閃光の大爆発。

『シャルちゃん、もしかして終わった?』

なのはから念話が入る。それに答えようとしたとき悪寒を感じた。確かに至近距離での直撃だった。だけど私は“夜天の書”の防御力をあまりにも甘く見ていた。“夜天の書”は閃光の爆発の中から、私に向けて砲撃を放ったのだ。

――ナイトメア――

≪Seelisch Widerstand≫

私は対魔力障壁を展開して耐え切って、“トロイメライ”をゼーゲフォルムへと変形させる。

『なのは! 私がなんとしても防御を崩す! その瞬間を狙って撃って!』

『う、うんっ。判った!』

唸りを上げるゼーゲフォルムの“トロイメライ”。私はそれを上段に構えて一気に振り下ろす。

≪Hartriegel Schild≫

“夜天の書”は回避じゃなくて障壁を展開させて防御を取った。それは私の持つ障壁の1つで、対物に優れている盾ハルトリーゲル・シルト。私と“夜天の書”を覆うほどの火花が散っていく。だけど、こうなってしまえば“夜天の書”は身動きが取れないはず。もし少しでも手を抜けば“トロイメライ”の一撃を受けることになるからだ。

「今!」

――エクセリオンバスターA.C.S――

なのはへと今がチャンスだと叫ぶ。すると後方からなのはが突撃してきた。今の“レイジングハート”は杖じゃなくて、もう槍と言えるような形状になっている。6枚の桜色の光翼を展開し、“レイジングハート”の先端からも魔力刃――ストライクフレームが形成されている。

「どれだけ私に攻撃を加えようと無意味だと知れ」

“夜天の書”は別の障壁を展開することなく、私に向かって展開している対物障壁のままでなのはの一撃に備えた。遅れて魔力刃が障壁に衝突。魔力の塊である魔力刃が、少しずつ“夜天の書”の障壁を貫いて行く。

「っ、なに・・・!?」

それがこの拮抗を崩す切っ掛けになった。私の物理的攻撃となのはの魔力攻撃によって、次第に“夜天の書”の障壁が弱まっていく。そして“レイジングハート”がついに障壁を貫いた。“夜天の書”の目が驚きに見開かれた。

「いっけぇぇぇーーーーッ!」

「ブレイク・・・シューーーーット!」

なのはが放った零距離のエクセリオンバスターは見事に直撃。炸裂する魔力からなのはを守るために片翼で包み込む。そのおかげで私となのはは傷ひとつ付かなかった。だけど、それは“夜天の書”も同じだった。煙が晴れたそこには、先ほどとなんら変わらない綺麗な姿のままの“夜天の書”が居た。

「うそ~ん・・・どれだけ硬いわけ~?」

「にゃはは、でもまだまだ・・・頑張らないと、だよね」

「もちろん!」

どれだけ耐えられようが、大人しくなるまで戦ってやる。諦めの悪さじゃ、私となのははゴールドメダルだよ、“夜天の書”。

†††Sideシャルロッテ⇒フェイト†††

庭園の木陰で私は今の状況について考えていた。すぐ近くにはアリシアが横になりながら本を読んでいる。いろいろ考え過ぎて「もうっ、フェイトってば! なんで返事してくれないの!?」アリシアが私を呼んでいることに気付くのが遅れた。

「え・・・あ、ごめん・・・どうしたの? アリシア・・・」

「・・・もぉ。雨になりそうだねって。ほら、曇ってきてる・・・あ、ほら降ってきたよ、フェイト」

さっきまで晴れていたけど、今すぐにでも雨が降りそうなほど雲が広がってた。でも気付いたときには遅くて、雨が本格的に降り出してしまった。だからアリシアは早く家に帰ろうっと言ってくる。あの家、みんなが居る場所。私が思い焦がれて、ずっと望んでいた理想の家。それがそこにある。でも、帰りたくない。

「ごめん。もう少し、ここに居るから。アリシアだけでも先に帰ってて」

私が望んだものであっても、やっぱり心が受け入れてくれない。あの時間に甘えるには、もう何もかもが遅かった。

「そうなの? じゃあわたしも残ろうっと♪」

アリシアが私の元へと駆け寄ってきて隣に座る。それからどれくらい経ったのかな。それでも雨は一向に止みそうにない。

「アリシア、ひとついい?」

「うん?」

「ここは、夢の世界、なんでしょ? 私とアリシアは、同じ時間を生きられるわけない。だってアリシアがその・・・死んじゃったから、私が生まれたんだから・・・。私とあなたは同じ世界にはいない。あなたが生きてたら、私は生まれなかった」

意を決して、私はアリシアとこの世界のことについて話を始めた。それがこの世界を否定することと知りながら。私とアリシア。それは絶対に一緒に生きられない存在だ。アリシアが生きていたら、プレシア母さんは私を作ら――ううん、生み出さなかった。

「・・・そう、だね」
 
静かな肯定の言葉。そこには少し悲しみが含まれている気がした。

「母さんは、私にも、アルフにも・・・あんなに優しくはなかった・・・」

「ごめんね。でも、ママは本当に優しい人だったんだよ。だけど、優しかったから壊れたんだ。壊れるしかなかった、わたしを生き返らせるためには・・・ごめんね、フェイト」

「・・・ううん、しょうがないよ」

自分の世界だったアリシアを喪ったからこその暴走。リンディ提督に言ったように、もう恨んでもないし憎んでもない。

「夢でもいいじゃない。ここにいようよ、これからもずっと一緒に、この世界で。わたし、ここでならフェイトのお姉ちゃんとして生きていられる。それでいいじゃない。ママとアルフとリニス、それにルシルだって。みんなずっと一緒にフェイトの側に居る。フェイトが願った居場所も欲しかった幸せも、みんながここにある。それじゃダメなの?」

アリシアが私の手を取って、目を覗きこんでくる。そうだね。この世界は偽物でも、現実を忘れてしまえばすごく幸せな場所になれる。それは解かる。

「ごめんね、アリシア。だけど私は、帰らないとダメなんだ。行かなくちゃ、私の居るべき本当の現実(セカイ)に」

そう、夢を見る時間はもう終わり。私は行かないと。帰らないと。みんなが戦ってるあの世界へ。

「・・・そっか」

アリシアは悲しい顔をしたあと、私に“バルディッシュ”を差し出した。でもすぐに微笑みを浮かべて私を見る。胸が締め付けられる。だけど私の選択はきっと間違っていない。逃げちゃダメなんだ、どんなに辛くて厳しい現実から。
抑えきれない涙を流しながら“バルディッシュ”を受け取って、そっと両手で胸へと抱える。するとアリシアは私を抱きしめて、私もそれに応えるように抱きしめ返す。夢の中でしか、そして度とすることの出来ない、お姉ちゃんとの抱擁。

「ありがとう、ごめんね」

「ううん。きっとこれが正しいんだよ、フェイトは胸を張っていいんだよ。早く帰ってあげて。フェイトのことを待っていてくれる子たちがいるんでしょ」

みんな、きっと待ってる。私が本当にいるべき場所で。私が帰ってくるのを。

「いってらっしゃい、フェイト。頑張って、負けちゃダメだよ」

アリシアが光となって消えていく。もう会うことも、話すことも出来ないたった1人のお姉ちゃん。アリシアが消えるその瞬間まで抱擁を続ける。その温もりを決して忘れないために。静かに光となって消えたアリシアを見るかのように、私は空を見上げる。

「いってきます。アリシアお姉ちゃん」 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧