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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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初戦



 宇宙暦791年7月。
 アレス達特務小隊の最初の任務は、索敵であった。
 アレスが配属して二カ月余り。
 バセットが分隊長に戻って、一カ月余りの事で、決して遅いわけではない。

 訓練という名の雪合戦に、他の小隊からは不満が出始めた。
 そのガス抜きという意味が強いものであり、特に明確な目標はない。
 三日ほど周囲を索敵して、基地に帰還する。
 それがアレス達の任務であり、誰もが意味のないものだと考えていた。
 二台の装甲車が基地を出発し、先頭を第二分隊が、後方を第一分隊が担当する。
 装甲車の上部から顔を覗かせた兵士が、周囲を警戒している。

 ブリザードの吹き荒れる中では、装甲車に仕掛けられたレーダーもほぼ役には立たず、目での確認が重要となる。しかしながら、目であっても真白な視界に閉ざされた世界では、数メートル先もまともに見えない状況だ。
 必然的に、運転手は装甲車に入力された地図情報を頼りに進む。
 自然の落とし穴であるクレバスを避けながら、進むこと百キロ。

 二日目にして、アレスは装甲車を止めた。
 随分進んでも、視界が代わる事はない。
 最初は見えていた基地の山も、今では真白い雪によって遮られてしまっている。
 日も既に落ち始めている。

 深い闇が訪れたとしても、元々視界が悪いため行動には支障がない。
 しかし、深い闇で動く車両は目立ち過ぎる。
「今日はこの辺りで止めよう」
 アレスの言葉に、夕闇が迫り始めて、装甲車から荷物を下ろした。

 まさか装甲車の中で火を焚くわけにもいかない。
 ブリザードの中で手際よく、風避けのテントを装甲車同士に結び付ける。
 一瞬風が弱まった場所で、焚かれるのは携行用の固形燃料だ。

 その間にも装甲車の上では兵士が目を光らせており、数名の兵士が周辺の索敵と監視用のレーダー設置のために姿を消した。野営準備などの決まった準備で、小隊長であるアレスがすることは少ない。
 細かい準備については、それぞれの分隊長が指揮を執る。
 一般的に小隊長は箸を持つ必要もないと言われる所以だ。

 アレスも野営地を決めれば、特に決まった任務はない。
 周囲を見渡しても、目に入るのは視界を遮る吹雪だけだ。
 装甲車の中の地図データを見て、現在地を確認する。
 基地からは南へ一日、そして平原に沿って東へ一日走ってきている。
 策敵の任務こそ明確ではないが、基本的な任務は敵情報の取得だと思う。

 基地から三日の距離に、敵の前線基地が出来ていたらたまらないというわけだ。
 そうではなくても、敵の痕跡があれば、帝国軍は近くにいる。
 戦闘艇の使えないカプチェランカでは、つまるところ先に敵を発見し、総兵力で敵を潰すことが目的となる。そうしておけば、次の基地が出来るまでの間は自由に資源を採掘ができ、敵の攻撃の心配がないために、大型輸送艇を送る事ができる。
 敵に新しい基地が出来れば振り出しに戻る。

 それの繰り返し。
 地図データを見ながら、アレスは不毛だなと呟いた。
 戦略的には何の価値も見出せない。
 この地を守り続けるのは、ただの意地の張り合い。
「戦争そのものが意地の張り合いなのかもしれないけどな」

 誰にも聞かせられない愚痴だと思い、アレスは再び地図データに目を通した。
 既にアレスのいる場所は安全圏内ではない。
 何度か敵兵が確認された危険地帯だ。
 過去に発見された場所と戦闘があった場所を点で表示させれば、さらに東に行くほどに点の数は増えていた。

 その先に基地があると、クラナフ大佐は考えているようで、アレスもその点に関しては間違いないだろうと思う。
 問題は。
「更に奥まで進むかどうか」
 さらに東へ進めば、敵基地を発見する可能性は高い。

 だが、敵基地へ二台の装甲車で突入するほどにアレスは奇特ではない。
「当初の予定通りに上手くいけばいいが」
 それが上手くいかなければ、大人しく帰った方が良い。
 冒険する時ではないと判断し、アレスは地図データの画面を消した。
 装甲車から顔を覗かせれば、冷たい風が顔を襲う。

 思わず顔を苦くすれば、光のない雪原で装甲車の二つの光源だけが見える。
 それを頼りに、戻ってきた分隊員に食事をとらせる。
 外ではせっかくのスープも冷める。
 順番に装甲車の中で食事をさせながら、アレスは装甲車にもたれかかった。

「お先に食事をいただきました」
 んと小さく頷くアレスに、近づいてきたカッセルは朗らかに笑う。
「どうですかね。上手くいきそうです、初めての策敵は」
「さて。無事に戻れれば万々歳だ」
「気があいそうですな。新任の隊員は士官学校出も兵卒も同じで、結果を求めるもんです。そういう奴はだいたい棺に入って帰ることになりますが」

「別にやる気がないわけではないけどね」
「やる気なんてどうでもいい。求められるのは結果ですよ、小隊長」
「軍曹が求めているものと、こちらの間にはずいぶん大きな隔たりがありそうだ」
「そりゃそうだ。こちらは無事生きて帰って孫を抱くのが目標ですからな」

「それは、こっちは抱きしめる恋人すらいない」
「お可哀そうに。ご紹介しましょうか?」
「そうだな。三十になってもいなかったら、紹介してもらおう」

「それなら互いに長生きしないといけませんなぁ。どうです、一つ。暖かくなりますよ?」
 そう持ちあげたのは、ウィスキーが入ったスキットルだ。
「一口くらいなら部下に飲ませてやれ。あまり飲み過ぎないようにね、長生きをしたいのなら」
「了解です」
 答えたカッセルに、笑いかければ、アレスは装甲車へと足を向けた。

「交代だ。食事が終了したら、装甲車のヘッドライトを消すように。闇夜じゃずいぶんと目立つようだからね」
 言葉ににやりと笑い、カッセルは答えた。
「ええ。任せてください」

 + + +

 月や星は分厚い雲に隠されている。
 代わりとなる光源がない雪原では、十センチ先も見えない深い闇が広がる。
 街灯もなければ、ただ聞こえるのは雪の音だけだ。
「ずいぶんと間抜けな奴ですね」
 闇の奥から嘲笑うような声が聞こえた。

 すぐに視線を感じて、男は言葉を止める。
 だが笑いはすぐには止まらないようで、押し殺したような笑いだけが聞こえた。
 敵の間抜けさに、我慢ができないようだ。
 ため息を吐きながら、しかし、策敵部隊の隊長であるゲルツも口元の緩みを隠せなかった。

 敵は陸戦に――いや、カプチェランカの戦闘に慣れていない。
 この星で野営をするには、夕闇で装甲車を止めるのは遅すぎる。
 ゲルツならば昼過ぎには装甲車を止めて、安全な野営地を探す。
 暗くなった時の装甲車の明りは、あまりにも目立ち過ぎる。
 その上、闇が深まれば満足に監視設備も設置ができない為、設置位置を深く考えることもなく、急いで設置しなければならない。

 だから。
「気をつけろ。ここからは敵のレーダーがあるぞ」
 設置した場所など遠くから見ていれば、位置がはっきりとわかる。
 位置の分かった監視設備はもはや監視設備ではない。
 罠かとも疑ったが、野営の準備をする者たちを観察すれば、どれくらいのレベルであるかは一目でわかる。小隊長と思しき若い人物の姿に、帝国軍の偵察部隊の面々は相手がただの新人であると判断した。

 装甲車の明りではっきりと見えたよ。
 思わず、ゲルツは教えたくなった。
 ゲルツの部隊は慣れたようにレーダーを潜り、音も立てずに歩いていく。
 降り積もった新雪が足音を消してくれる。
 吹雪の音と視界に、襲撃はしやすく、防衛はしづらい。

 その事を彼は身をもって体験することになるだろう。
 生きていればであるが。
 数メートルを歩きながら、ゲルツはレーザー銃を構えて、小さく笑った。
「カプチェランカへようこそ、新人さん」

 悲鳴の夜の幕が明けた。

 + + +

「ああああああああ!」
 悲鳴があがったのはゲルツの後方からだった。
 最初に笑っていた男だ。
 悲鳴のあがる方に目を向ければ、必死になって男が足を押さえている。

 正確には、その足に食い込んだトラバサミをだ。
 男が必死になっても、足に食い込んだ鉄の刃を引きはがす事ができない。
 何とかしてくれとの叫びに、慌てて周囲の人間が男を助けようと、集まった。
 その光景にゲルツが奥歯を噛む。
「馬鹿野郎。散開しろっ」

 叫んだとほぼ同時に、レーザーの光が駆け抜ける。
 悲鳴をあげた男は蜂の巣にされて、助けに行った人間も幾人かが胸を打ち抜かれた。
 走りだして、ゲルツは新雪に身体を投げる。
 そんなゲルツの目に映ったのは、同じように悲鳴をあげる部下と――そして、新雪の間に並べられた幾つものトラバサミだった。

 いつの間にと考えて、おそらくは装甲車の光源を落としてからだろうと思う。
 監視用のレーダー外からでは、どうしても視覚が生じる。
 深い闇になれば、細かな動作まで監視することは不可能だ。
 その視覚を最大限に利用して、設置された。
「罠か」

 苦いものを吐きだすように、ゲルツは言葉を口にした。
 随分と古典的で、しかし、効果のあるものだ。
 一撃で仕留めるわけではなく、悲鳴をあげさせて、集まってきた仲間も狙う。
 視界の悪い環境下では、有効な攻撃だろう。
 敵は悲鳴があがる方向へ攻撃を仕掛ければいいのだから。

 敵の攻撃が止んだ。
 散開の際にトラバサミにひっかかり、悲鳴をあげた者は既に全員が仕留められている。
 認識を変える必要があると、ゲルツは思った。
 敵の頭は新人だろうが、ゲリラ戦に精通した厄介な部下を持っている。

「プラズマ砲を!」
 舌打ちをして、ゲルツは方針を転換する。
 敵の小隊長を捕まえて、基地の居場所を聞き出すという当初の方針は捨てる。
 最大限の攻撃を加えて、離脱する。

 その際に幾人かの敵兵を捕え、あわよくば装甲車も破壊する。
 そのためには敵に対して最大限の打撃を与える事が優先。
 近づいた部下からプラズマ砲を手にした。
「くら……」

 呟きかけたゲルツを止めたのは、敵から投げられた物体が異音を発生したからだ。
 この音は、プラズマ手榴弾ではない。
 ゲルツは良く知っている。
「ゼッフル粒子」

 ゲルツは苦い顔を隠さない。
 この吹雪であれば、粒子が発生してもすぐに散らされる事だろう。
 このような少数では、せいぜい一瞬でも持てばいい。
 だが。
 ゼッフル粒子の叫びに誰もが手を止めていた。
 頭では無駄だと理解していても、誰もがゼッフル粒子の恐怖を身体が覚えている。

 撃てと叫ぼうとしたゲルツの視界に、真っ黒い闇が差し込む。
 何だ。
 それはゲルツの脳裏に浮かんだ疑問とともに、彼の頭部を叩き潰した。
「突撃しろ!」
 アレスの声で、騎士の鎧に似た装甲服に身を包んだ特務小隊の面々が突撃を開始した。銃弾すらも弾く装甲服は設置されたトラバサミすらも意に返さず、敵への突撃を開始していく。

 元より白兵戦を想定していない帝国軍だ。
 突然現れた完全装備の部隊に、出来る事などない。
 ゼッフル粒子すらまき散らされた状態では、満足な抵抗も出来るわけがない。
 逃げ惑う者たちの一部には、設置されたトラバサミが食い込んだ。
 その背に容赦なく、トマホークは突き刺さり、真白い雪原を深紅に染めていった。

 元より奇襲を行う事を前提にしていた部隊だ。
 白兵戦の行うための装甲服など、誰も身につけていない。
 その上にゼッフル粒子まで使われれば、帝国兵は逃げることしかできない。
 容赦なく繰り出される攻撃に、悲鳴が雪原に響き渡った。
 逃げ出す兵士を追いかけるのは血に染まった同盟軍。

 息も絶え絶えに逃げれば、やがて先頭で血に染まった腕をアレスはあげた。
 全員が呼吸荒く、アレスを見る。
 集中した視線に、アレスはフェイスガードの奥で唇をあげた。
「そこまでで良い。生存者の確認を。この戦いは我々の勝ちだ」

 小さく握った拳に、歓声があがった。

 + + +

 敵の死者十三名、負傷者五名。
 およそ一個小隊をほぼ壊滅させたであろう戦果であった。
 その戦果をカッセルから伝えられても、アレスは頷いただけであった。
「見事なものですな。こうなると予想していたのですか」

「まさか。こちらは奇襲があった時に勝てるように作戦を立てていただけだ」
「敵の奇襲がなければ」
「無事生還できるだけだ」
 アレスの言葉に、カッセルは笑った。

 カッセルは褒めるがアレスは特に大きな事をしたわけではない。
 カプチェランカにおける戦闘は敵基地の前で野営をしていたという特異な事例を覗けば、大きくは二つに分けられる。
 突発的な遭遇によるか、どちらかの夜襲だ。

 特に吹雪で光源も策敵も満足にいかない状況であれば、夜襲は非常に効果が高い。
 むしろ策敵の任務は敵をいち早く発見し、そして敵兵を捕えることだ。
 敵兵を捕える事が出来れば、敵の基地を聞きだすことは容易い。
 そう教えられれば、敵もそれを考えていることは容易に想像がつく。

 ならば。
「あえて隙を見せて、敵に奇襲をかけさせる……ですか」
「こちらが若く見えるって武器は今のうちに使っておかないとね」
「しかし、失敗した時を考えられなかったのですかな」

「相手がこちらを巻き添えにしようと、レーザーを撃ってきた場合か?」
「ええ。すぐに散るとはいえ、ゼッフル粒子が蔓延している中でレーザーを撃たれれば、こちらも全滅したでしょうな。実際、操作を間違えて自爆した敵や味方は五万といます」
「それを防ぐために、最初に敵の頭を潰したし、こちらも深追いはしなかったのだけれどね」

「それでも完璧ではないでしょう」
「どこにも完璧な策などないさ。ゼッフル粒子を使わずに、プラズマ弾を撃たれれば、装甲服であっても何の役にもたたないだろう。それどころかこちらに被害がでれば、たぶん何人かは逃げるぞ」

「ですが。それで相手の巻き添えでこちらも死ぬのはゴメンですな」
「その時は……」
 アレスは短く笑った。
「運が悪かったと諦めろ」

「馬鹿な上官についたことをですか」

「違う、軍に入った事をさ」


 
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