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モアイ子のクリスマスイブ

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銃口と軽薄な動きたがり

 12月24日の午後、モアイ子は町を歩いていた。
 理由は簡単である。3日後にひかえる兄の誕生日プレゼントを探しに来たのだ。
「…寒いわね。これだけ寒いと、馬鹿にでもならないとかなわないわ」
 モアイ子は身を震わせた。
 モアイ子が歩く時は、いつも1人である。
 縦に長い顔、彫りの深い目、縦に薄く長い鼻。とてもではないが、顔とは思えない。
 しかし彼女が独りなのはそれだけが理由ではなかったし、それを全ての理由にする気は毛頭無かった。
 モアイ子は独り道を歩く。16時頃だというのに風は張り詰めるように冷たく、彼女は小学生の頃の縄跳びを思い出した。
 些細なことを考えながらしばらく歩くと目当ての百貨店があった。モアイ子は店に入る。扉を開けただけで、ふわぁっと熱気が追い出された。
 店内は憂さ晴らしのようにキラキラ光っていて、ところどころに横文字が並んでいる。
 モアイ子はエレベーターに乗った。エレベーターに乗りこむ人は少なかった。エスカレーターでゆっくり店内を見回る人が多いのだろう。
 モアイ子はエレベーター内の案内板を見て、5階に行くことにした。ボタンは既に押されている。
 チン…。5階に着く。モアイ子はここで降りた。ほかの人もゾロゾロと降りていく。モアイ子は兄の誕生日プレゼントを買いにくのだ。
 そこは宝石や時計のフロア。贈り主や贈られ主の性別を問わない階だ。
 モアイ子は店内を見て回る。予算は5000円。20の誕生日なのだ、少し位奮発してもいい。
 しかし、現実は冗談だった。
 そこに並べられていたのは5万円を超える時計達だった。予算の10倍である。
「ふぅ…世の中には買えることが勲章になるようなものがごまんとあるのね」
 モアイ子は、そう言うと白けた気持ちになった。
「…あぁ、聞かれないでよかった」
 モアイ子は呟くと早歩きでエレベーターに向かった。需要があるから供給があるのだ。
 エレベーターには一番乗りだ。しかし先客はいた。1階のボタンは押されている。
 チン…。エレベーターが1階に止まる。
 そしてゆっくりと扉が開く。
 そこでモアイ子が最初に目にしたのは、冗談のように本物みたいな銃口だった。


 こちらに突きつけられている。確実に。
 周囲を見回すと、ベビーカーを引いた女が子供に視線を合わせ、若い男女がボソボソ話し合い、中年の眼鏡かけたおじさんが震えながら後ろに下がっていた。
 モアイ子は銃について大して知らない。モデルガンの類かもしれないし、それどころかそんなことは暗黙の了解である可能性まである。
 しかしそんなことを考えたところで状況は何も変わらなかった。
 武装した男が銃を向けたままエレベーターに乗り込んだ。そして最上階の9階のボタンを押す。
 フルフェイスなので彼の人相は伺えない。視力を上げて伺ってもいいが、そんなことをしてもモアイ子にとって何の得にもならない。
「お前ら、動くなよ」
 武装した男は静かに厳かに言った。声を出しても素性はバレないだろうという判断だろうか。モアイ子は取り敢えずこの声を保存しておいた。完全に私怨である。
「…それで、これはなんだ?」
 後ろから落ち着いた少年の声がする。
「…」
 問われたであろう武装した男は何も話さない。
「…だんまりか。沈黙はフルーツとは、よく言ったものだな」
「ああああの、」
 中年男は震えながら口を開いた。
「なんだ?」
「き、帰宅が遅れると、家内に申しても宜しいですか?」
「好きにしろ」
「はははい、有難う御座います」
 中年男はペコペコと頭を下げながらスマートフォンをいじりだした。
 チン…。9階に着いた。武装した男に急かされるままにモアイ子達はエレベーターを降ろされる。
 そして武装したもう1人の男の迎えを早速受ける。
「おいおいこりゃあ大漁じゃねぇか」
 もう1人の武装した男はヘラヘラと笑っている。保存した。
「大漁の方が、網からは逃げやすいと思うが?」
「なんだとテメ?」
 先程ヘラヘラしていた男(以後、武装Bと呼ぶことにする)は少年を睨んだ。
「いやすまない。折角だからあなた達と雑談でもしようかと思ったのだが」
 少年は肩を竦めた。
「なめてんのかオイ?」
 武装Bは銃を少年に突きつけた。
「なめてないなめてない。あなたが銃を持ってなかったら私はここで盛大に自分語りを始めていたし、あなたが私の年下に見えたらあなたのことを君と呼んでいた」
「帰らないで自分語りをするんですね」
 少年の知り合いだろうか少女が淡々と言った。
「いやなに、凶器も持たずにエレベーターに入って9階に行けなんて言ってくるような人とは長々とお話したいからな」
「そんなことよりっ!」
 子連れの女が割って入ってきた。
「子供がいるんです。私達だけでも解放してくれませんか?」
 どこまで利他なのか分からないが、確かに正当な要求だ。
「駄目だ」
 武装Aは即答した。
「なんですって!」
「誰かを解放しようとすれば隙が出る。その隙を埋めるために労力を割けというのか?」
「あなたそれでも人の子なの!?」
 女は叫んだ。それに合わせるように、子供が泣き出した。
「あああああ、大丈夫よ、大丈夫だからね」
 女はしゃがんで子供をあやしだした。中年男が視界の端でホッとしている。
「…うーむ、暇だ。仙翁(センノウ)、何か持ってないか?」
 少年は仙翁と呼んだもう1人の少年に顔を向けた。
峰年(ミネトセ)君、あんまり刺激するもんじゃないよ」
 仙翁は困惑の表情だ。
「安心しろ、自重している。それで、トランプは常備しているな?」
「はいはい、ありますよ」
 仙翁は肩掛けからトランプを取り出した。
「てめぇら、何してんだ?」
 武装Bは小学生のような質問をした。
「…トランプだ」
「だからなんでここでトランプ始めてんだっつってんだろ!」
 武装Bは叫んだ。
「怒らないでくれ。これでも発言量は圧縮したつもりなのだが」
 峰年は眉をひそめた。
「お遊びじゃねぇんだぞこのクソガキ!」
 武装Bは真上に向けて発砲した。
 キィィンと音を立てて武装Bに照明の破片が降り注ぐ。
「くっ!」
 武装Bは装備のおかげで怪我していないようだがそれでも怒りの表情だ。
「くそがっ!」
「落ち着け」
 武装Aは言葉を体で表すように言った。
「くそっ、けどよ、」
「我を失っているやつは邪魔だ」
「ぐっ…」
 武装Bは黙った。
「…それで、トランプは許可されたのか?」
「峰年君!」
 仙翁は叫んだ。
「そんなこと言っても、言うなら今だぞ?」
「好きにしろ。但し、不審な真似はするな」
「有り難い。…仙翁、トランプを出してくれ」
「はぁ…分かったよ」
 仙翁はトランプを再び取り出した。
「さて…」
 峰年はモアイ子達を見た。
「あなた達は混ざるか?」
「いい加減にしなさい!」
 女は叫んだ。
「あなた犯人を刺激してそんなに楽しいの!?」
「楽しくないと言ったら嘘になる」
「なんですって!?」
 女がヒステリックに叫んだ。
「落ち着いてくれ。楽しいのとやるのは別だ」
「そんな屁理屈を」
「勘違いしないで欲しいのだが、別に私は反抗に自分の価値を見出だしているわけでも、オンリーワンであることそのものに頼りきっているわけでもないのだよ」
 峰年はふぅと息を吐いた。
「…そこのあなたは、混ざるか?」
 峰年は顔面蒼白の男に顔を向けた。
「あああ、いいえ、いいですからいいですから!」
 男は早口でまくしたてた。
「ふぅむ、で、君は?」
 峰年はモアイ子に目を向けた。
「じゃあ、混ざらせて頂くわ」
 モアイ子は峰年達に近寄った。モアイ子も暇をもて余していたのだ。
「さて、君の名前は?」
 峰年はモアイ子に尋ねた。
紫出雲(シイズモ) 藍子(アイコ)。……宜しく」
 いつもならを『私のことモアイと呼ばないで。せめてモアイ子と呼びなさい』と後ろにつけるのだが、そんなことを言うと妙なあだ名を付けられそうだったので抑えた。
「私は盗浦(ヌスウラ) 峰年(ミネトセ)だ」
節黒(フシグロ) 仙翁(センノウ)です。宜しくお願いします」
凌霄(ノウゼン) 葉蓮(ハレン)です」
「紫出雲 藍子か。私は同姓同名の有名人を知っているのだが」
 峰年は嬉しそうにニヤニヤしている。
「人違いね」
 モアイ子は素っ気なく返した。
「そうか?物理の得意な紫出雲 藍子だぞ?」
「峰年君」
 仙翁が割って入った。
「…やりすぎたか」
「このままだと暴走するでしょ?…ごめんなさい」
 仙翁はモアイ子に頭を下げた。
「守ってくれて有り難う」
 モアイ子は淡々と言った。彼女の中で峰年の評価が、『可哀想な人』から『危ない人』に変わった。なんだかよく分からないが、峰年はモアイ子のことを知っているようだ。
「配り終えました」
 声の方を見ると葉蓮が4等分した山の内の1つを手に取っていた。
「あ、有り難う」
「おぉ、有り難う」
 仙翁と峰年も山を1つずつ手に取った。
「…で、何をするの?」
 モアイ子は残りの山を取りつつ尋ねる。
「さぁ?暇だったから配っただけです」
 葉蓮は表情を変えずに答えた。
「大富豪…はローカルルールで揉めて日が暮れるかな?」
「いいわ。そっちのルールでどうぞ」
「了解した」
 それから峰年による説明が始まった。
「…まぁこんなところかな?」
「分かった。有り難う」
 4人は大富豪を始めた。


 4人が大富豪で盛り上がっている中、武装ABの様子が何かおかしい。それに下の階が騒がしい。どうも上手くいってないみたいだ。武装ABもモアイ子達に近づいている。
「…そろそろ潮時かな?」
 峰年は小声で囁きながら4を2枚を出した。
「…」
 モアイ子は黙って3を2枚出した。
「峰年君、刺激しないの」
 仙翁はそう囁いてジョーカーを2枚出した。場が流れる。 
 バタバタバタバタ!
 盾を持った警察らしき人物が急に雪崩れ込んできた。
「諦めろ!お前らは包囲された!」
「くっ!」
 武装ABはモアイ子達に銃を突きつけた。ひいっ!という声が聞こえる。
「てめぇら動くんじゃねぇ!」
 叫んだのはやっぱり武装Bだ。
「紫出雲…任せた」
 峰年は囁いた。確かに、この場ではモアイ子が動いた方がいいかもしれない。武装Bがヒステリーをおこしたらしゃれにならない。
 モアイ子は小さくため息をつくと視線を武装Bの銃口に向けた。
 モアイ子は目からレーザーを放った。武装Bの銃に大きな穴が空く。
 武装Aが驚いてる隙に返しの一撃で武装Aの銃にも穴を空けておく。
「かかれーっ!」
 警察達がわあああっと駆け込むと、武装ABはあっという間に捕まった。


「なかなか、貴重な体験だったな」
 警察に話をし終えてモアイ子達は各自解散となったので、モアイ子は峰年達と最寄りの駅まで同行した。全員地下鉄で来たらしい。
「そうね貴重ね。貴重だからもういらないわ」
 モアイ子は冷たく言った。
「まぁとにかく、あんまり人を刺激しちゃ駄目だからね?周りの人に迷惑がかかるから」
 仙翁は眉をひそめた。
「また必要な時に言ってくれ。頭から抜ける」
 峰年は反省する素振りを見せずに言った。
 モアイ子の視線にふと、白いものが見えた。
「雪…?」
 仙翁は呟いた。
「そのようだな」
 峰年はゆっくり手を広げた。
 雪が少しずつ空にまぶされていく。視界が僅かに白くなっていく。
「…ホワイトクリスマスなんていうのは、片想いか両想いの人がつくったに違いない」
 峰年が呟いた。
 今日はクリスマスではないが、モアイ子はつっこまなかった。
 それから沈黙が続いた。峰年は黙ることにしたらしい。
 百貨店を出てもその近くにはリースがかかっていた。そういえば駅の中に雑貨屋があったとモアイ子は連想する。
 モアイ子は3日後にひかえた兄の誕生日プレゼントをどうしようか、1人で思考を巡らせた。 
 

 
後書き
さるとんどる、おみのづえSPです。
暫く小説を書いていなかったので僕のことを忘れた人ばかりだと思いますので、初めましておみのづえSPです。
なんかクリスマスイブっぽいの書きたいなーということで書き始めましたがやっぱりクリスマスイブ関係無かったね。予想通りだよ。
それでも何か気に入るものがありましたら、(1回医師に相談してから、)、コメント感想を頂けると嬉しくて心の中でタップダンスします。
勿論、誤字脱字やその他指摘もどしどし受け付けますのでお待ちしております。 
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