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乱世の確率事象改変

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~幕間~ 規律と責任


 黄巾の賊達を次々に壊滅させていた俺達、劉備義勇軍と曹操軍は物資の補給を行う為に、近くに打ち捨てられていた大きな廃城にてしばしの休息期間を設けていた。
 これはそんな日の一幕。



 合同訓練と称して夏候惇、夏侯淵と共に試合を行い、終わったと同時に倒れ込む。
 彼女たちはやはり経験が違うのか、一歩も二歩も先を行っていると感じられた。
「ふはは、情けないな徐晃。その程度では自分の主も守れまい」
 不敵に笑う夏候惇からの言は正しい。長い進軍も初めての事で、どうやら俺にも疲れがたまっているらしく、身体も思考も鈍ってしまっていた。
「そう言うな姉者。義勇軍としては素晴らしいと思う。だがやはり限界があるというモノだ」
 夏侯淵は、言葉を交わす事も多いので分かったが気遣いが出来る大人の女性だ。対して夏候惇は、戦場ではピカ一だが 普段はどこか可愛らしい子供の一面を見せる。
 姉妹間ではうまくバランスが取れているようで、一歩引いた夏侯淵が夏候惇を諌める場面もしばしば見受けられた。
「むぅ、確かに凪や真桜、沙和たちに比べると頑張っている方か」
「ん? 彼女達はお前さん達と違うのか?」
「ああ、あの三人も義勇軍上がりだ。お前達劉備義勇軍と出会う直前に私達の軍に華琳様が引き抜いた」
 両者から敬語は気持ち悪いからやめろと大層傷つく事を言われているので普通に聞き返すと夏侯淵が答えてくれた。
 二人が話すのは楽進、李典、于禁の三人の事だが、彼女達は俺よりも先にダウンして、各々の天幕に戻っていた。
「そろそろ私達の軍に慣れて貰いたいのだがな……」
「気合が足りんのだ。華琳様を守り、華琳様の為に戦うという気合が」
 子の成長を見守る親の瞳で話す夏侯淵と、根性論を説く夏候惇。しかしこの世界は本当におかしい事だらけだな。性格が逆だとまだ納得が行っただろう。
 少し落ち着いたので立ち上がって二人に話しかける。
「夏候惇殿が言う事も一理あるか。無茶をするのはいけないが、曹操軍にしては甘い所もあるしなぁ」
「どういうことだ?」
「それはな――」
 少し前の出来事を二人に話して聞かせる事にした。

 †

 近場の賊討伐も終わり、兵の確認などを行っていた。
 今回は曹操軍の楽進と共に行動していたので二人で指示をだしていると、俺の隊のほうで何やら兵達の中に騒がしい箇所があった。
「おい、どうした?」
「へい、それが……こいつが火事場泥棒をしやがったんです」
 見ると一人の兵が縛られていた。ケッと斜に構えた態度で反省の色も見えやしない。
 行動を続けるにつれて義勇軍志願もたまに出てくるのだが、この兵はそんなうちの一人。
 何事かとついて来ていた楽進にもその事実が知られてしまった。
 これでは曹操軍にも迷惑が掛かるだろう。
「その現場を近くで見ていた者はいるか?」
「俺です。こいつが嬉しそうに話して来たんで、ふんじばりました」
 聞くと一人の兵が手を上げて、その時の状況を簡単に説明した。
「分かった。じゃあ、お前がこいつを殺せ」
「なっ!」
 絶句。俺が放った言葉に誰しもが反応できず、言われた兵は顔をさーっと蒼く染め上げた。
「ま、待ってくれ! ちょっと魔が差しただけなんだ! 何も殺すことなんてないだ、おぐっ!」
 縛られたまま必死に反発するそいつの顎を蹴り上げて黙らせる。少し強く蹴ったから意識が朦朧としているようだ。
「何言ってんだお前? 欲に走った時点でお前は義勇軍じゃないんだよ。おいお前、選ばせてやる。賊に堕ちたこいつを殺すか、俺と戦わせて殺すか」
「ど、どうして俺が殺さないといけないんで?」
 俺と戦わせて殺すのは、曹操に対してのパフォーマンスだが。
 指さして言うと青ざめた顔のまま、兵が尋ねて来た。
「こいつはお前が見つけた賊だ。ならお前が責任を以って処理するべきだ。出来ないってんなら俺が責任を以って処理するが……お前には義勇軍を抜けて貰う」
「……徐晃殿、さすがにそれは厳しすぎだ」
「楽進殿。本気で言ってるのか、それ?」
 俺を諌めようと楽進が発言してきたが殺気を籠めて睨みつけて返答する。
「ここでこいつらに対しての対応を誤ったらお前達曹操軍の規律も疑われる。そうなればどうなるか予想くらいしてくれ」
 言うと彼女は苦い顔をして口を噤んだのでその後の結末が予測できたのだろうと分かる。
 曹操軍は規律の厳しさで有名、例え追随している義勇軍の俺達が破ったと聞いたなら……確実に支援も打ち切られるし、下手をすれば瓦解させられかねない。
 義勇軍だからと甘い事を許して貰えるわけがない相手なのだ。部下の不手際に対する責任の所在は隊の責任者である俺、もしくは桃香が示さなければならない。
「さて、どうする? 誰かを救いたいという想いがその程度ならば俺に想いを託して抜けて行け。お前達もだ。別の隊に行きたくなったとか、義勇軍を辞めたくなったなら好きにしろ。俺の隊に中途半端な奴はいらん」
 兵全体にどよめきが走る。だがただ一人、地に膝をついて俺に礼をとるモノがいる。
「俺は御大将と想いを繋ぐ為に戦ってんだ。御大将の対応が厳しいはず無い。俺達が戦うべきは賊に堕ちたモノであり、例えかつての味方でもそれは同じ事。どこまでも着いて行きます」
 その言葉を皮切りに次々と兵達が頭を下げる。その様子はまるで大きな波が起こったように見えた。
 蒼い顔をしていた兵も俺の前に片膝をついていた。
「さあ、選べ」
「俺が殺します。賊に対して容赦はしません」
 チャキリ、と腰から剣を抜き放ち、縛られている賊の前に行き、脳が揺れて言葉も発することが出来ないそいつの頸を……一太刀で斬り落とした。
 静まり返るその場に、震える身体で俺の前に膝をついて頭を垂れる。
「申し訳ありませんでした」
「何か問題があったか? お前は賊を殺しただけ。そして……俺の命に従っただけだ」
 兵の顔が安堵に染まる。俺の命に従っただけという事を確認して心の負担が減ったからだ。味方を殺すなんてのは通常の精神では出来はしない。俺だって自分で手を下さなかったからこそ、込み上げる吐き気を抑え付けられているのだから。
 横を向き、眉間に皺を寄せている楽進を見る。幸いこの現場を曹操軍で見たのは彼女のみ。だが曹操に対しては隠す事こそ愚かだろう。先手を打って置くべきだ。
「楽進殿、この不手際は曹操殿に報告してくれ。報告の仕方はあなたに任せる。責任の所在は全て隊の管理を怠った俺にある、とだけは伝えてくれ」
「……分かりました」
 冷たい瞳で告げ、楽進は自身の隊に戻って行った。
 それから俺は自身の隊に一つの規則を決める。
 上位命令、それを破ったなら極刑と処すモノを。反対出来るモノを幾人か任命すると、どうやら兵同士で不安などをうまく自浄してくれたようで反論も無く、驚くほど上手く行った。
 規律の厳しい曹操軍と共に行動してるのも大きかったのだろう。
 そうしてしばらくしてから隊を纏め直し、俺達は義勇軍本陣への帰路に着いた。

 †

「その話なら華琳様から少し聞いた。徐晃にはお咎めなしだとおっしゃられていたから驚いたが」
「下らない兵を作るのが悪いんだぞ徐晃。初めからもっとちゃんとしておけば良かったモノを」
 そんな感じで曹操に借りを作ってしまった。ただ、俺個人の借りとされていたのでまだマシではあった。
 実はこの話を知っているのは曹操、楽進、俺、夏侯淵、夏候惇、荀彧しかいないらしい。そして詳しく知っているのは曹操と当事者である二人だけ。
 俺の兵には戒厳令を敷いたので喋る事も無い。喋る前に他の隊員に殺されるだけだ。
 朱里と雛里には、俺がした対応の全ては言ってないがある程度伝え、兵の管理を厳しくするように指示しておいたので大丈夫。
「だがな姉者、もしかしたら私達の軍でも起こり得る事かもしれない。姉者の手が全てに回る訳じゃないだろう? それに時間が限られている時も難しいだろう」
「……確かにそうか。練度の違う兵は足を引っ張るし……何を起こすか分からん」
「うむ、凪もその後、華琳様に説明されていたからか、徐晃のした事もしっかりと理解したようだ」
 厳しい規律を守る曹操軍に当てられたわけではないが、甘さは時として自身を滅ぼす毒となる。
 楽進は正義感が強く、どこか甘く見がちな部分があった。しかしこれで彼女は成長するだろう。俺の目指すモノからは全く嬉しい事ではないが。
「すまなかったな。それとありがとう」
 謝ると、彼女たちは不思議そうな顔をした。
 俺のした事は彼女達からすれば当然で、間違ったことなど何もなかったのだと分かる。
「お前はこちらの軍に近いのだな。あの三人については、これからゆっくりと教えていくことにしよう」
 夏侯淵ならば安心だ。上手く誘導するに違いない。忠義の心については夏候惇を見ていたら勝手につくだろうな。
「秋蘭、私達はこいつみたいに捻くれてはいないぞ?」
「酷い言い草だな、夏候惇殿」
「はっはっはっ、事実だろう? ほら、休憩は終わりだ。二度とそのような兵が出ないように、私と戦え」
 無茶苦茶な論を押し付けて終わったはずの訓練を持ちかけてくる夏候惇に苦笑が漏れるが、思い出して少し不快な気持ちが湧いていたのも事実。
 もしかしたら気遣ってくれたのかもしれない、と淡い期待に心が軽くなり、暗くなるまで打ち合いに付き合って貰った。








蛇足~覇王の心境~

 凪から聞いた徐晃の対処は見事なモノだった。浮ついた義勇軍の心を引き締め、明確に越えてはいけない線を引きなおした。
 本来なら黙っていればいいはずだが、義勇軍を瓦解させる事もたやすい危うい賭けに出て、あの男は誠実に対応し全ての責は自分にあるとそこだけは守り抜いた。しかしそれは私がどういう人物かを見抜いているからこそ出来た事だ。
 幸いあの男は私が咎めなかった事で借りだと思っているだろう。迅速で厳しい対応を行ったことで私の軍の名も傷つくことも無く、凪の成長にも繋がったし、私の将全体への注意喚起にもなったので、こちらとしては得ばかりだというのに。その点も読んで借りを返しに来るのなら……おもしろい。
 徐晃は興味深い。
 劉備の元に居て、劉備の部下としてはだが、行ってはいけない対処をした。なのに兵からは不満も出なかった。それはまさしく異常な事だ。
 才色兼備な関羽が、曲がらないモノを内に秘める稀有な存在である彼女が一番欲しかったが……あの男の方が興味深くなった。

 もう少し観察してみましょう。

 もし手に入るのなら……
 
 

 
後書き

凪ちゃんはまだ華琳様の軍に所属したてなので甘い所が残っていたという設定です。
黄巾の時点で完成されているなんておかしいので。

曹操軍でさえ、呉√では兵の管理を疎かにした部分はありましたのでこんな感じになりました。 
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