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乱世の確率事象改変

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長い乱世の入り口に


 義勇軍の運営を行ってきてしばらく経った。
 なんとか軌道に乗ってきたと思う。浮き上がっていた問題は改善案を実行し始めてから、もはやほぼ解決に向かっている。
 互いの軍の連携も問題は無く、混成でもいくつかの戦も経験してきた。

 初めての賊討伐の後、重圧で押しつぶされそうになっていた私を桃香様が優しく抱きしめてくれた。愛紗さんと鈴々ちゃんが暖かく包んでくれた。
 あのまま一人で抱え込んでいたなら、私は耐えきれず潰れていただろう。
 雛里ちゃんはどうなのか。
「どうしたの朱里ちゃん。」
 なんでもないよと言うと首を傾げて書簡作成に戻る。雛里ちゃんは私が帰ってからも前と同じに見えた。
 しかし少しだけ雰囲気が変わった気がした。なにか一本芯が通ったような。きっと何かあったのだろう。けど雛里ちゃんに直接聞くつもりにはなれなかった。
 変わったと言えば秋斗さんも変わった。何があったのか星さんに聞くと、
「覚悟を決めたのでしょうな」
 と一言だけ。それ以上は何も答えてくれず、何の覚悟かはわからないままだった。
 コンコンと扉が二回音を立てる。『のっく』というらしい。秋斗さんは不思議なことを知っていることがある。
「どうぞ」
 雛里ちゃんがぱあっと笑顔になる。最近はいつも秋斗さんが来るとこんな感じだった。
「失礼するよ。各村へ派遣する兵の名簿と白蓮からの内政改善策の相談の書類を持ってきた」
「お帰りなさい秋斗さん。今お茶をいれます」
 素早く簡易給湯室まで行こうとする雛里ちゃんだったが、
「いや、すぐに次の所に行かなければならないんだ」
「そう……でしゅか……」
 秋斗さんの返答に目に見えて落ち込んでいる。仕方ない、ここは私が、
「秋斗さん、相談が一つありますので時間を取れませんか?」
「……わかった。君、この書簡を関雲長に渡してくれ」
 懐から取り出した竹簡にさらさらと走り書きをして書簡と共に入口の兵士に渡す。
 これは『めも』と言うらしいのだが、口頭で伝えるよりも確かで確実なので最近みんなが使い始めている。鈴々ちゃんは別にして。
 彼が私と向かい合って座ると同時にコト、と机にお茶が三つ置かれる。
「ありがとう雛里」
「い、いえ」
 笑顔でお礼を言われて照れたのか帽子で顔を隠しながら私の隣に座る。照れてる雛里ちゃん可愛い。って違う違う。
「では本題に入ります。最近、出没が多発している黄色い布を頭に巻いた集団のことです」
 明日皆で話そうと思っていた議題だけど、先にこの人と一緒に練っておくのも悪くない。

 †

「――つまり、もはや暴動になる事は必至ということです」
 茶菓子をつまみ一息ついて二人から説明を聞いた。
「宗教のようなものらしいのですが詳細はわかりません。問題は規模です。各地に同じようなものがあり、事が起こった後に合流されるとやっかいなことに……」
 ついに始まったか。
 黄巾の乱。乱世の、三国志の始まりともいえる超特大規模の民の反乱。筆頭は張角。だが……
 この世界では元の世界の常識は通用しない。なんせ有力者はほとんどが女性だったりするのだから。それに時期が違う。黄巾は劉備が公孫賛のもとへ行く前だったはず。
 歴史の流れが違うならよけいな事はせずにその場その場で対処していくのが得策だろう。下手に歴史知識を出して自分たちが大惨事になったら目も当てられないのだから。
 くそっ!何が『三国志とちょっとだけ違う』だ、あの腹黒少女め。
 見ろ。俺の目の前にいる軍師達はこんなに可愛い。
 扇からビームも出さないし、ひげもじゃ仙人でもないぞ。
「秋斗さん?」
 いつもの如く思考が脱線してしまった。俺が物思いに耽っているのを不思議に思ったのか朱里が首を傾げて見つめてくる。
「む、すまない。ちょっと考え込んでしまった。二人は今の状況からどう動くつもりなんだ?」
「こちらから動くことはまだ必要ないかと。出来ることは各地の自警団同士の連携の強化の呼びかけと……」
「軍からの駐屯兵の派遣くらいでしょうか。幽州にはまだその集団は確認されていないので調べるのにも時間がかかりますし」
 質問を投げてみると交互に、簡潔に説明してくれる。それならばこちらの考えも伝えとくことにしよう。
「ふむ……確か今は豫洲あたりで頻繁に目撃例があがってるんだっけか。件の集団が宗教集団で教祖に追随してるようなら、その二つはまだ余裕で強化できる時間はあるかもな」
「どうしてですか?」
「あそこは厳しい人がいるからなぁ。その影響で少しだが民の不満も和らいでいるらしいし」
「陳留刺史、曹孟徳……ですか」
 その通り。なんでもお偉いさんに一発きついのをかましたらしいしな。豪族や他の政治屋からの反発もあるらしいが皆腰が引けてるともっぱらの噂だし。
 一回くらい会ってみたいもんだ。俺が、いや徐公明が仕えるはずだった人物に。
「秋斗さんは曹操さんのことをずいぶんと評価なさっているんですね」
「ん?あぁ、この前白蓮が曹操の事を話しながらすごく褒めててな。まあ、褒めた後落ち込んでたが。あいつは自分を低く見る癖を直さないと。頭もいいし可愛いし、太守なんだからもっと自信を持てばいいのにな」
 先日の白蓮の様子を思い出してつい苦笑が漏れる。
 比べて私は……と陰鬱としたオーラを撒き散らしていたからな。
「……」
 潜りかけた思考を打ち切って彼女達を見ると、何故か雛里が俺をじとっと睨んでいたので、
「ど、どうした?」
「なんでもないでしゅ!」
 聞いてみてもプイとそっぽを向かれる。何この子撫でたい。
「秋斗さん……」
 残念なものを見たかのような目で俺を見る朱里。背筋が凍るようだからやめてほしい。どうやら何か二人の気に障ったか。
「はぁ……。話を戻しますが私たちからの黄巾の輩への対処は明日、他の皆さんも含めて詳しく話し合いましょう」
「わかった」
「では秋斗さんから何かありませんか?ほら雛里ちゃん、機嫌直して」
 朱里が声をかけると、まだ少し睨んでいるがこちらは向いてくれた。
 そういや二人にはあれを話しておこう。
「今日聞いた話だしまだ正式に決まったわけではないが、幽州と烏丸で戦が起こるぞ」
「はわわ!」「あわわ!」
 久しぶりに聞いたがやはり『はわあわ』は胸にグッとくるな。
「二人ならわかるだろ?奴等は時機を計ってたんだ。内地の賊に手間を取られて手薄になるのをな」
「……公孫賛様もそのつもりでずっと用意していたんですね」
 すっと目に光を宿して聞いてくる。さすがに天才軍師と呼ばれるだけあって切り替えが速い。
「あぁ、桃香が義勇軍を立てたおかげでうまく牽制できてたようだが……」
「攻めてくるなら暴動が起こってからでしょう」
「最大の好機を逃してくるとは思えませんし」
 それぞれの頭の中では目まぐるしく今後の計算が為されているだろう。
 二人に話してよかった。きっとすでに先の先まで見通してるに違いない。
「まあとりあえず今は俺たちに出来ることをするしかないか」
 コクリと頷く二人。
 それから俺たちはいろいろな話をしつつ夕食まで過ごした。
 仕事を最後まで終わらせてなかった俺は夜遅くまで愛紗に説教されるはめになったが。


 †


「これより会議を行う。何か急を要する件はあるか」
 私の問いかけにすっと手をあげ、意味深な笑みを深めて立ち上がる美女、名は張純。
「件の黄巾の輩がついに揚州のとある街を襲撃したそうです」
 室内の皆が息を飲む。しかし張純は落ち着いた声で先を続けた。
「官軍が動いたのですが倍以上の人数を有する奴らに敗北したようです。報告を聞いた上層部は直ちに黄巾の輩を賊と認定、各地を治める有力者は此れを討伐せよ、とのことです」
 予想はされていたがやはり事実として起こったのを聞くと不快感が胸にこみ上げ、無意識に眉間に皺を寄せてしまう。
どうにか心を落ち着けて張純に一つ頷いて話し出す。
「ご苦労、張純。皆、知っていると思うが我らには黄巾の他にも烏丸という宿敵がいる」
 言ってから室内を見回すと皆、真剣な目で話の続きを待っている。様子をみるか。
「烏丸に加え黄巾とも戦闘、となるとこちらの状況も厳しいものとなる。そこで劉備義勇軍には我らの代わりに黄巾の討伐に向かって貰いたい。こちらの兵は烏丸のほうに集中したいからな。それに騎馬での戦いは私たちしかできないだろう。不足の兵力があれば言ってくれ。厳しいが、できる限りは捻出する」
「わかったよ! こっちは安心して。白蓮ちゃんは烏丸に集中してね」
 はきはきと言う彼女の瞳は明るい光を宿していて、任せても大丈夫だと心からそう思える。ありがとう桃香、心強い。
「しかし伯珪様、これは勅、我らも参加すべきでは……」
「未だに烏丸は動く気配がないのですし」
「そうですぞ。攻めて来ると言って準備したのに未だに来ないではないですか!」
「官位もあげる機会、逃すのももったいない」
「烏丸等恐るるに足らず!」
 しかし口々に騒ぎ出す部下達。こいつらは本当に……
 その様子を見てか、牡丹がガタッと椅子を勢いよく押して立ち上がり大きな声を上げた。私の代わりに言ってやってくれ。
「静粛に! 白蓮様が話す事を聞いてから一人ずつ話しましょう! すばらしい白蓮さまのお言葉が耳に入らない? それはおかしいですねきっと頭の中まで腐っているのでしょう私たちの耳は白蓮様の声を聞くためにあるのですからならば悪いのは頭です一回頭蓋を開いて洗うのはどうでしょうそのまま洗っていけば驚きの白さ脳髄はまるで白馬のようあぁ少しでも白蓮様のお肌のように白くなれるのならそれもいいかもしれませんではさっそく行いましょうすぐに今すぐ「お前が! 静かに! しろ!」ひゃん! ありがとうございます!」
 期待とは裏腹にいつもの如く暴走しだしたので怒鳴ってしまったが、恍惚の表情で感謝を述べ、口を塞ぐ牡丹。何がそんなに嬉しいんだ。
 結局私が言うしかないらしく、すっと胸を張って説明を始める。
「奴らは蛮族だが、狡猾だ。内地で大規模の賊が出たこの好機は逃さんだろう。それに客将とはいえ劉備義勇軍もここの軍だ。適材適所、そうだろう?」
 まだ納得しない様子なのでもう少し私の気持ちも話しておくことにする。
「私はこの地を蛮族から守れという勅も受けているんだ。そしてここは私の家だ。私の民達の家だ。だから私が守るんだ」
 しんと静まり返る部下達。牡丹が何故か泣いているが無視しておこう。
 少しの間をおいてやれやれというようにそれぞれが苦笑した後、
「まったく……親と同じで頑固者というか」
「これこそが伯珪様でしたな。くくっ」
「伯珪様一人では不安ですから私たちが手伝いましょう」
 どうにか納得してくれたようだった。うん。飛び抜けて優秀ではないが、本当にいい部下達だ。
「ありがとう。では会議を続ける。まず烏丸への対策兵数から――」




 会議が終わり、朱里ちゃんと雛里ちゃんに先に私達の執務室に行ってもらって、私は白蓮ちゃんのところへ話をしに向かう。
「やっぱりすごいなぁ、白蓮ちゃんは――」
 あんなに優しい人たちにたくさん好かれているんだもん、と続ける前に、
「桃香」
 途中で言葉を遮られた。どうしたのかと首を傾げてみたら彼女は真剣な面持ちで話し始める。
「お前達には世話になった。これだけ準備万端に烏丸と戦えるのは桃香達のおかげだ。ありがとう」
「え?まだ来るって決まったわけじゃ……」
「いや、必ず来るよ。あいつらのことは私が一番知っているから。他の太守や部下達は気付いてないが来る予兆のようなものがあるんだ」
「そうなんだ。うーん、どういたしまして?」
 どう答えていいか分からず、とりあえずお礼に対して返しておくと目を丸くしてから白蓮ちゃんは苦笑した。
「ふふ、桃香のそういうボケた所好きだぞ」
「ななな、なに言ってるの白蓮ちゃん!」
「気にするな。桃香、今から真剣な話をするからよく聞け」
 好意を伝えられ、恥ずかしくて慌てていると、他にも大事な話があるようだ。ゴクリと喉を一つ鳴らして思わず身構えたが、私は彼女が続けるのを待った。
「今日の会議で分かったと思うが、お前たちをいつまでもここに縛り付けているわけにはいかない。部下達も多分、お前たちへの嫉妬から騒いでいたしな。だから黄巾討伐で名をあげろ。そして、自分の家を作るんだ桃香。理想を叶えるんだろう?」
 そう厳しい口調だけど優しく諭してくれる。
 同時に、言われたことによって漸く気付く。
 私は甘えていただけだ。手伝っているとは言っても拠点を貸してもらい、ある程度の世話までしてもらっている。
 これまで部下の人たちからの苦言もあったかもしれない、いや確実にあったはず。
 私たちのように自由に行動できる義勇軍など、きっといないだろう。
 ずっと守ってくれていたんだ、と思うと途端に申し訳ない気持ちになる。
「白蓮ちゃん。私、友達だからって甘えすぎてた。ごめん」
「いいよ。私が望んだことだ。義勇軍の働きは私達にとっては大きなモノだったから気にしないでくれ。そして……友だからこそ今、背中を押させてくれ。私もここからさらに名をあげる。どちらがより有名で大きくなるか、競争だぞ桃香」
「うん。負けないよ!」
 笑いあって握手をし、白蓮ちゃんと別れた私は、この決意と出来事を大切な仲間達に話すために皆の所へ向かった。



 桃香が自室に帰ってすぐ、物陰から一人の女が現れた。彼女なりに気を遣い、時機を見計らっていたのだろうが盗み聞きとは頂けない。
 ただ、普段の彼女のように意味深に、いや、面白半分な様子では無く、こちらを見定めるかのように鋭い眼差しを携えていた。
「白蓮殿もなかなかやりますな」
「なかなかとはなんだ、なかなかとは」
 酷い言い草だ、と伝えるように一つ肩を竦めてみるが、星はくっくっと喉を鳴らして苦笑し、いつもの調子に戻る。
「褒めておるのです。そうふて腐れなさるな」
「はぁ、お前のは褒められてる気がしないんだよ」
「それは残念」
 星なりの気遣いなのは分かっている。私が落ち込んでいるのではないかと思ってこそ、彼女は軽く言葉を掛けてくれたのだから。
 だがこちらも言っておかなければならない事がある。
「星、お前もだぞ。私にばかり構ってないで自分の事もやれよ?」
「なんのことやら」
 真剣に言ってみても、相変わらず軽く誤魔化そうとする。私と秋斗にそれは効かないのがわかってるくせに。
「桃香はいいやつだ。志も高い。お前には烏丸との戦いは出てもらうしかないが、それが終わったら自分の望むようにしたらいい」
 逃げられる前に構わず続ける。
 わかっているさ。こいつは桃香のような子と共にいたほうがいい。私の器も測り終えただろう?
「あなたは本当に……お優しいことだ」
「ふふ、お前もな」
 また誤魔化した。いい友に恵まれたな、私は。この地で太守をしていてよかった。
「そうそう、秋斗もいることだしな」
 にやりと笑い私が先程の仕返しとばかりにそう言うと、思わぬ言葉に吹き出す星。ばれてないと思っていたのか? バカめ。
「冗談が過ぎますな白蓮殿、私は――」
「はいはい」
「はいはいではないでしょう!? あなたは誤解をしている!」
 いつもの冷静さはどこへやら必死に弁明しようとする星をからかいながら、こいつでも焦ることがあるんだなと思いながら私は仕事に戻った。
 もう私には心で繋がった友がいて、認め合う大切な腹心と、支えてくれる部下達がいる。大丈夫、きっと離れてもうまくいくさ。


 †


 桃香、朱里、雛里は会議、星と白蓮もだ。
 今は八つ時、俺と鈴々は団子屋の前にいる。警邏の間の少しの休憩というやつだ。
 愛紗? 今頃俺たちを探しているかもしれないな。急に警邏に出たから。
 流れる時間は心地いいモノだったが、もうすぐ起こるであろう事柄が頭を掠め、急に寂寥感が込み上げてきた。
 なんとなしに、隣でおいしそうに団子を貪っている鈴々に話しかけてみた。
「なぁ鈴々」
「どうしたのだ?」
「俺たちは多分次の大きい戦いが終わったら白蓮の所を離れると思う」
「そうなのか」
 短く、あっさりとした返答も、まさしく彼女らしいと思いつつ続ける。
「寂しくないか?」
「そりゃあ寂しいのだ」
「そっか」
 誰だって見慣れた街や仲のいい者と離れるのは寂しい事だ。
 雛里が水鏡塾から旅立つ時の気持ちが少し分かった気がした。
「お兄ちゃんは?」
「寂しいなぁ」
「そっか」
「でも進むしかない」
「うん! それにきっと他の所では新しい出会いもあるのだ!」
 そんな鈴々のポジティブさを羨ましく思ったが、自分も見習わなければと考えて落ち込んでいた思考を振り払う。
「そうだな! 鈴々は時々いいことを言うなぁ!」
「時々……むぅ、お兄ちゃんは失礼だなー!」
「はは、すまんな!」
「もういいのだ! とりあえずお兄ちゃんは元気出すのだ!」
「ありがとう、鈴々。そうだな、元気を出して――」
 ふいに視界の端に捉えたモノを理解し、残りの団子を手に取り走り出す。鈴々も楽しそうについてくる。
「――あれから逃げよう」
「了解なっのだー!」
 たまにはこんな風にサボって息を抜くのも悪くない。ちょっとだけだからさ。



 桃香からお呼びがあって今日の会議の事、俺たちのこれからの事を聞いた。桃香は朱里と雛里と共にある程度話し合ってくれたらしい。
 ある程度の原案が決まり、それを伝えるために愛紗は俺たちを追いかけてきた、と。
 悪いことをしたな。後で俺には長いお説教が待ってることだろう。
「白蓮は本当にいい奴だな」
「そうですね。いつかこの恩をしっかり返しましょう」
「倍返しなのだー!」
「いいね鈴々ちゃん。いつかそうしよう!」
 俺の言葉を皮切りに皆の間にゆるい雰囲気が流れはじめる。
「しかし、これから先の詳細ですが、私は少し納得しかねます。敵を選ぶなど」
 だが愛紗が厳しい表情で本筋にちゃんと戻してくれる。それに……本当に嫌な役を引き受けてくれる。
「はわわ。しかし私たちの予算と武装と糧食では敵と戦い続けるだけではすぐに限界を迎えてしまいます」
「義勇兵が増える可能性も考えて物資は敵から鹵獲、もしくはその地の豪族等からの支援、それらに頼りながら進んでいくのが一番だと思われます」
「とりあえず倒すじゃだめなんだなー」
「お腹がすいて動けなかったり、装備が足りな過ぎても被害が厳しいからね」
「名を上げるためには敗走する危険も避けなければいけませんし」
「卑怯かもしれませんが私たちはこの機に大きくなるしかないですから。慢心や油断は一番の敵でしょうし」
 愛紗の一言のおかげで皆、問題点にしっかり理解をおけるのだから。
「承知した。武しか示せるものがないが……って秋斗殿? 黙っていますが、どうしたのです?」
 不思議そうに皆のやり取りを見守っていた俺に声がかけられる。確認は済んだだろうからもういい頃合いだろう。張りつめすぎるなよ、愛紗。

「いやなに、愛紗は本当にいい女だなと思ってな」
 しばしの沈黙。
「な、いきなり何を言うのです秋斗殿! そういうのは星にでも言っておけばいいことで――」
「秋斗さんが愛紗ちゃんを口説いた……? 雛里ちゃんや朱里ちゃんじゃなくて?」
「? 今のでどうして愛紗はいい女なのだ?」
「……」
「……」
 あれ? 和やかに和気藹々! になるはずだったんだが。
 愛紗はこちらを見ず説教しはじめ、鈴々はわかってない。朱里は怖いし雛里は不機嫌になった。
 とりあえず桃香さんの勘違いに弁解を。
「桃香。俺は別にその二人を口説いたこともないが……」
「じゃあ愛紗ちゃんは口説いたんだぁ!」
 ひゃーと声を上げて紡がれた言葉にさすがに呆れてしまう。違う、間違っているぞ桃香。
「いやそんなつもりじゃ――」
「じゃあどのようなつもりなのですか秋斗殿!」
 ぬわー。一人説教の世界にいたのにこっちに戻ってきおった。
 なんとかその場を切り抜けるようと無駄に精神力を使った俺だった。



「――ということがあってだな」
 腹を抱えてバカ笑いしている星と、呆れてやれやれといった様子で果実水を飲む白蓮。
「くそっ。二人ともバカにしやがって。あの後何故か朱里に正座させられて、愛紗からは説教、桃香は妄想に入りだすし、鈴々は俺の足の裏をいじりだすしで大変だったんだぞ」
「で? 雛里は監視で付いてきたというわけですかな?」
 星は俺の隣の席ですやすやと腕を枕にして眠る天使を目で指し示す。雛里は途中まで起きていたが間違えて酒を飲んでしまい寝てしまった。
「あぁ、ところ構わず女の人を口説く秋斗さんは見張っておきましゅ、って言われてな。そんなことしてないんだが」
「ふふ、鳳統についてこられては潰れるほどは飲めないな秋斗」
「お前がいつも一番先に潰れるくせに」
「だから今日は酒じゃない」
 いや、どや顔で言われても。それ意味なくないか?
「秋斗殿、白蓮殿は潰れて記憶がなくなるのが寂しいので今日は飲まないらしい」
「な、星、黙ってろといっただろ!?」
「昼の意趣返し、ということで」
「何のことか気になるな。教えてくれ」
「「女同士の秘密だ(ですよ)」」
 俺だけ仲間はずれか……。
 いつもの場所でいつもの他愛ない会話。もうすぐはなればなれとは思えないほどの。
「しかし急遽集まったわけだがこれで最後になるのか」
 しゅんと俯いた白蓮が寂しそうに言う。
「この街では、そうなるでしょう」
 次は別の街にいるから。
「寂しくなりますね……」
 そう、この店長とも会えな――ちょっと待て。
「おい……」
「はい?」
 何故いる店長。二人ともぽかんとしてるじゃないか。
「どうして店長がいる?」
「通りざまに今日で最後と聞きましたので」
 さすがにタイミング良すぎじゃないか?
「少しお待ちください」
 そう言って厨房に消える店長。少しして、何やら酒の瓶を抱えて戻ってきた。
「このお酒、私が作った特別製でして。よろしければここで、このお酒でそれぞれの想いに祈りを送っていただきたいのです」
 ほうと息をつき、やりたそうな二人。
 この時代の人は結構誓いやら何やらに憧れる傾向があるんじゃないだろうか。
「いいのか?俺のせいでいろいろと店にも面倒をかけたのに」
「いいのです。おかげで各地に支店も立ちますし、それに私もあなた方に救われたので」
 前に聞いたが料理に悩んでいた時、もう客と付き合うのも嫌になっていたらしい。
 上客ばかりでは汚い話が多いのだろう。
「あなた方と関われて料理の楽しさを、そして人と食べる楽しさも思い出せました」
 濁りのない瞳で語る店長はどこか少年のように見えた。しかし内に秘める野心の炎がその中で轟々と燃えているのを隠そうともしない。
「やろうではありませんか」
「だな。別れる前にそれぞれの想いの成就を願いあうんだ」
「じゃあ店長はみててくれよ。立会人だ」
 杯に酒を満たし、明かりを消す。窓の外は煌く星と半月。中庭がおぼろげに照らされて、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
 暗いが見えない事も無い部屋の中で言葉を零す。
「さしずめ月下の願い、ですかな?」
「いや、夜天の願い、とかどうだろう。星が綺麗だ」
「いいな、それでいこう」
 名前を決めてから三人ともが杯を掲げる。

「我が愛する家を守ること」
「正義をもって弱きを助けること」
「この世界を変えること」

「「「どうかその願い、叶えられんことを」」」

 きっと、いや絶対叶うさ。


 灯りを点けると何故か泣いてる店長がいて、今までの礼を言い、彼も混ぜて酒宴を続ける。
 白蓮も我慢できなくなったのか酒を飲み始め、楽しい夜は更けていく。
 結局潰れた白蓮を星が、寝てる雛里を俺が連れて帰ることになった。




 乱世の入り口はもうすぐそこに
 
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