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気まぐれな吹雪

作者:パッセロ
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第二章 非平凡な非日常
  番外5、出会いと別れ、儚きもの

夢を見た。

それはとても遠く儚い夢。

それはとても一瞬で短い出来事。

それは、



まだ『私』だったときのお話。





†‡†‡†‡†‡†‡





「おい死神! こっちくんなよ!」

「あっちに行け!」

その日も、いつものように虐められていた。

エメラルドグリーンの髪に緑の瞳。

それが虐められる原因だった。

けれど、それだけじゃなかった。

親が殺されてしまっている。

だからこそ“死神”と呼ばれていた。

そんな時は決まって心を閉ざす。

そうすれば他人の声は聞こえない。

そうすれば自分の感情は見えない。

「ねぇ、何してるの?」

けれど、この日だけは違った。

突然声をかけられて思わず顔を上げる。

そこにいたのは、自分と同じくらいの歳の少女だった。

プラチナブロンド色のセミロングの髪はポニーテールで束ねられ、赤い がこちらを見つめている。

「あうっ……その……」

しどろもどろになる言葉。

情けなさから後さずりたくなるが、既にここが部屋の隅。

逃げ場なんてなかった。

「あの……えっと……」

「わたし、たかしろさいか。よろしくね」

「し、しもつき……かなめ……」

名乗られたら名乗りなさい。

今は亡き母の言葉を思いだし、反射的に名前を口にした。

しかし本 音を言ってしまうと、目の前の彼女が怖かった。

この孤児院に入って以来、普通に接してくれる人はいない。

最初から突き放す人もいれば、最初は仲良くするくせに突然突き放す人もいる。

結局は捨てられるのだ。

「ねぇ、何でこんなところに一人でいるの? 寂しくないの?」

「高城さん、放っておきなよ」

追求する彼女を、その場にいた少し大人びている少女がたしなめた。

すると彼女は首を傾げて言った。

「どうして?」

「そいつ、“死神”だから」

「どうして?」

「そいつの親、殺されてるのよ。それにその髪と瞳の色。絶対人間じゃないわ」

「どうして?」

なんの意図があってか、すべての質問に「どうして?」で返していく、さいかと名乗る少女。

そんなやり取りが10を越えた辺りで、向こうが終にキレた。

「うるっさいわね! あんたもハブカレタイの!? その方がいいかもね。あんたのその髪も瞳も! 人間じゃないもの!!」

そう叫ぶと、近くにあった木箱を投げつけ、彼女は部屋を立ち去った。

取り巻きたちも、それに続くようにして部屋から出ていった。

「だい……じょうぶ?」

恐る恐る声をかける。

背中を向けられていても、見えてしまったのだ。

投げられた木箱が当たり、血を流していることが。

しかし振り向いた彼女は、何もなかったかのように笑顔だった。

「ねえ、友達になろ?」

「……?」

「私もキラワレちゃったみたいだし、それなら二人でいた方が辛くないよ!」

友達。

自分には全く無縁で、一生かかってもあり得ないもの。

そう思っていた。

だけれども彼女はこうも簡単に笑顔でそれを言ってのけた。

当たり前のように。

「それに私、かなめちゃんの髪の色、好きだよ!」

言葉を失った。

ハーフと言うわけでもないのにエメラルドグリーンの髪。

気持ち悪い、怖いと言われたことはあっても、好きだと言われたことはなかった。

愛する母は、綺麗な色だと言ってくれたが。

父でさえも、“化物”と言って蔑んだ。

何から何まで、彼女は自分の常識を凌駕した。

「その……わたしでいいなら……。ありがとう」

この時、人生で初めて友達ができた。

これこそが、一生忘れることのない親友、高城彩加との出会いだった。





†‡†‡†‡†‡†‡





あれから数日がたった。

あの日から、私達への虐めはエスカレートしていた。

だけどもう辛くなかった。

だってどんな時でも必ず隣に彩加がいたから。

そんな時、彩加があの話を持ち出した。

ここにいる理由。

私にとって辛い思い出でしかない。

本音を言ってしまうと、彩加にでさえ二度と口に出してほしくない話題。

「私の両親ね、殺されたの。強盗殺人だったって」

断ることだってできたはずだった。

だけれど、私の口は言葉を連ねていた。

「4歳の時の9月15日、私の家に強盗が入ったの。その犯人は狂っていて、お父さんとお母さんを殺して、お金を盗んでいっちゃった。その時幼稚園にいた私は無事だったんだけど、家にいたはずのお兄ちゃんは、今もまだ行方不明のまま……。ケーサツは死んだって言ってる。そんなの信じたくない」

語る私は恐ろしく冷静だった。

聞いている彩加は、恐ろしく静かだった。

真剣なその目が潤んでいるように見えたのは、光の加減のせいだろうか。

「そっか。要にとって辛いよね。聞いちゃってごめんね」

「ううん。いいの」

「私はね、両親の顔を知らないの」

「……え?」

突然彩加から発せられた言葉。

この話題を切り出したのには何か意味があるとは思っていたけど、それは私の予想を遥かに越えていた。

「全部、聞いた話なんだけどね。私のお母さんは、生まれつき身体が弱かったんだって。だから妊娠したときには卸すように強く進められていた。だけど、大丈夫、と頑なになって、遂に出産を迎えてしまったの。その時に生まれたのが私。そして、私の産声を聞いたとき、お母さんは優しく微笑みながら、静かに逝った。残されてしまったお父さんは、もちろん深い 悲しみに沈んでしまった。だって世界中の誰よりも、世界中の何よりもお母さんを愛していたんだもんね。死の出産から一週間後、遺体となったお父さんが発見された。“せーさんかり”って言う猛毒を飲んでの自殺だったらしいよ。近くには一枚の紙が落ちていて、こう書かれていたんだって。 《今、会いに行きます》って」

しばらくの沈黙。

何て声をかけていいのかがわからなかった。

自分が自分の不幸を嘆いているのが馬鹿らしく思えてしまうほどに、壮絶で悲しい過去。

「私は、捨てられたの」

ポツリと言われたその言葉が、私の心に深く突き刺さった。

私の両親は殺された。

私をたった一人残して。

それでも私は二人の顔を知っているし、思い出がたくさんある。

対して彩加の両親は、死んでしまった。

赤子の彩加を残し、方や病死、方や自殺と言う形で。

彩加は二人の顔を知らないし、思い出だって何もない。

彩加は、親の愛を知らない。

私と彼女の差は、そこだった。

「でもね、何もないからこそ、悲しむことができないの。こうして他人事でしか語れないの。要みたいに、辛いと思えないの」

「私は、それが辛いよ。何もないから悲しめないなんて、そんなの悲しすぎるよ」

「だけど」

「だから、私がいてあげる。 もう彩加は一人じゃないよ? もう、彩加を一人にしたりしないよ? だから一緒に、思いで作ろう?」

「要……。うん、ありがとう!」





†‡†‡†‡†‡†‡





彩加と出会ってから数ヵ月が経った。

七夕。

今日は特別に、外出が許可されていた。

だから私は彩加と二人、お出掛けをしていた。

「アクセサリー屋さん?」

「うん。一度お母さんに連れていってもらったの」

私たちが向かったのは、裏路地にある小さなアクセサリーショップ。

小道が好きなお母さんが偶然見つけたお店。

古風な扉を開けると、静かにカウベルが鳴った。

「いらっしゃい、お嬢ちゃん(マドモアゼル)

燕尾服にシルクハットの初老の男性が出迎えてくれた。

初見の人からしたら、軽く不審者認定ができそうだ。

案の定引いている彩加の手を引いて、店の中に入った。

しばらくそれぞれ見て回る。

「かーなめっ。これあげる」

支払いを終えたとき、彩加が飛び付いてきた。

その手には茶色の小さな袋が握られていた。

そう言えば彩加は私より先になんか買ってたっけね。

袋を受け取って、中身を取り出す。

「あ……」

出てきたのはチョーカーだった。

革製の地に、サファイアを模した青い石の嵌め込まれた十字架(ロザリオ)がついていた。

「彩加、これ」

「反応してよ」

「いいから開けて」

さっき買った茶色の小袋を彩加に押し付ける。

リアクションのない私にふて腐れながらも、彼女は中身を取り出した。

「これ……」

それは、革製の地に、ルビーを模した赤い石の嵌め込まれた十字架(ロザリオ)だった。

つまり私たちは、同じものの色違いのものをお互いに買っていたのだ。

あまりの可笑しさに、思わず笑ってしまった。

彩加も笑っている。

「ありがとう彩加。大切にするね」

「私もだよ要。私たちの親友の証ね!」





















どうしてあんなことになってしまったのだろう。

一体、何を間違えてしまったのだろう。

もしあの日が来なかったら、私たちは今でも幸せだったのだろうか。。。





















その日は、目も眩むような眩しい日差しの暑い夏だった。

夏休み。

私と彩加は近くの市民プールに向かっていた。

人通りは少なく車もあまり通らない時間帯の大通り。

信号待ちをしながらお喋りに興じている私たちに、その直後に悲劇が待っているなんて思いもしなかった。

信号が青になる。

意気揚々と横断歩道に出た、その時だった。

「危ない!」

彩加の、悲鳴に近い叫び声が上がる。

足を止めたとき、私の耳に嫌な音が響いてきた。

振り返ったそこにあったのは



零距離のトラック。





†‡†‡†‡†‡†‡





気が付くと、白い部屋で寝ていた。

それが病院の一室であると理解するのに、そう時間は要らなかった。

ベッドの周りに孤児院の大人達がいる。

何か話しているけど、頭がボーッとして聞き取れない。

何があったんだっけ?

彩加とプールに向かったところまでは覚えている。

だけど、そこから先はノイズがかかったように思い出せない。

そう言えば、彩加は?

ふと、見舞いで持ち込まれたらしい花が目に入った。

お日様のような向日葵、青空のようなブルーベル、血のような……薔薇。

……血?

どういうこと?

その時、一気に記憶が蘇った。

迫り来るトラック。

突然引かれた腕。

目の前におどりでるプラチナブロンドの髪。

そして、世界を染めた赤い血飛沫。

「彩加!!」

大人が止めるのも聞かず、部屋を飛び出した。

一歩一歩踏み出す度に足に痛みが走る。

息をする度に背中に叫びたくなるほどの激痛が走る。

それでも私は走ることをやめなかった。

「彩加っ」

ネームプレートを見つけてその部屋に入る。

音に振り返った大人達が、私を見て一斉に目を逸らしたのが分かった。

中には何か言おうとして、しかし口をつぐむ人もいる。

不安定な足取りで彩加に近づく。

彼女の顔には、白い布がかけられていた。

その光景が、両親の最後を見たあの日と重なる。

「うそ……でしょ? ねぇ、彩加、目を覚ましてよ……。起きてよ……ッまた笑ってよ……ッ私を……一人にしないでよ。彩加ッ。…………いやああああああああああああああああああああああッッッ!!!」

私のせいだ。

私を助けようとして、代わりに彩加が轢かれて死んでしまったんだ。

やっぱり私は、“死神”なんだ……。

私といると、みんなが不幸になっていく。

お父さんもお母さんもお兄ちゃんも彩加もッ!!

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

首につけられた赤いチョーカーは、血にまみれて光を失っていた。











ありがとう、そしてさよなら彩加。

あなたのことは一生忘れない。

だって、私を変えてくれた、たった一人のヒーローだから。 
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