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乱世の確率事象改変

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理想を求める者


 魔女っ娘のような恰好をしたこの世界の鳳統である雛里と仲良くなってから数日。
 俺は現在、屋根付き馬車の荷台にて揺られている。目の前では二人の幼女(見た目だけ)が仲良く並んで本を読みながら談笑していた。
 読んでいる本は『政治の全て、清流から濁流までお手の物!』というタイトル。
 なんだよそれ。怖ぇよ。タイトルからして腹の真っ黒な人たちが書いたのわかるじゃねーか。どこに談笑する要素があるんだ。
 さすがの俺でもちょっと引きながら眺めてたら件の魔女っ娘と目が合う。
 瞬間、彼女は帽子で顔を隠し、あからさまに目を逸らされる。
 ……いつから仲良くなったと錯覚していた。
 おかしいな。目から汗が。
 悲哀の感情に落ち込みながら、馬車に乗り旅をすることになった今日の出来事を思い出し始める。



 雛里が卒業試験を終え、合格証明を貰ったとの報告を朝早くに出会った場所にて満面の笑みで伝えてくれた。
 彼女の報告くらいは聞いてから本格的に旅に出ようと考えており、何よりもせっかく仲良くなったのでおめでとうくらいは言いたかったから。
 雛里の試験期間は他の誰かと知り合いなわけでもないので、簡易何でも屋さんを開店して資金集めを行っていた。
 屋根の修理や爺さんの肩たたき、料理屋の皿洗い等々。
 二日ほど前に熊退治の仕事を依頼されてびっくりしたが報酬は多かったのでよし。それのおかげで旅の資金には十分すぎるほど貯まってしまったが。
 その時に熊退治を一緒に行った兵士から軍に入らないかと誘われたが断った。まあ、熊を一撃で倒してしまったので仕方のない事だと思う。
 数日の出来事を思い出しながら、とりあえず雛里の報告を聞き、少し話をしていると彼女の様子がおかしい。
「どうした?元気ないな」
 そう、瞳が少し翳っていて試験前と比べても元気がない。さらについ先ほどまでは天使の笑顔だったというのに。
「……住み慣れた街を離れるというのは寂しいものですね」
 雛里の言葉を聞いて落ちている感情の原因が理解できた。
 ああ、そうか。雛里ほど優秀な子が卒業するってことはどこかに士官しにいくわけだから当然そうなるよな。
 寂しい気持ちを隠す事なんかできないか。
 俺には彼女に掛ける言葉が一つとして思いつかず、ただ「そうだな」と返答する事しか出来なかった。
 それから雛里は暗い気持ちを誤魔化すように、この街に来た時の思いから行きつけの甘味処の話、他にもたくさんの思い出話を聞かせてくれた。
「秋斗さん。一つ無理を言ってのお願いがあるんです」
「……聞かせてくれ」
 思い出話が途切れた所で雛里がこちらを見つめて申し訳なさそうに提案を行う。
 お願い……なんだろう。全く予想がつかないんだが。
「私と友達の二人を幽州の劉備さんのところまで護衛してくれませんか?」



 そのお願いに対しての返答が今の状況。
 返事をするや否やすぐに荷物を取りに帰り、度々話に出てきた親友を連れてきて俺に紹介し、商人に話をつけてから昼過ぎに馬車に乗り込んだ。
 驚くような手際の良さである。
「はわわ、すみましぇん。いい、いきなりおちゅれしてしまったのに……こほん、詳しい説明もせず私達だけで話し込んでしまって……」
 さっきまでの出来事を思い出していたら、所々噛んで真っ赤になる諸葛亮ちゃんに話しかけられる。もしかしたらこの世界の軍師は全て噛み噛み幼女なのかもしれない。
 咳払いを一つして、どうにか噛まなくなったのかつらつらと今回の件の説明をしてくれたが、要約するとこうだ。

 今日しか幽州行きの馬車はなく次を待つとなるとひと月は開いてしまうこと。
 護衛をしてくれる人が欲しかったが旅用の資金しかないこと。
 雛里から俺の話を聞き、街で噂の熊退治の人と結びついたこと。
 勝手を言って申し訳ないということ。
 諸葛亮ちゃんも天使だということ。

 おっと、心の声が混ざったか。しかし本当に卑怯なほどロリコン殺しな二人で、この子たちがいたら世界中のロリコンは仲間にできることだろう。
 そういや雛里が目も合わせてくれないのは罪悪感か? 気にしなくていいのに。
「気にしなくていいよ、雛里も諸葛亮ちゃんも。それに俺もそろそろどこか違う所へ旅に出るつもりだったからちょうどいい。歩くより遥かにましだしな」
 雛里はやっと顔を上げてくれたが、何かに気付いたのか急にあわあわと呟きだし、真っ赤になりながら目をぐるぐる回して慌て始める。
(ひ、雛里ちゃん! 男の人に真名を預けたの!?)
 諸葛亮ちゃんが雛里に対して小声でなにやら尋ねているが声が小さすぎてこちらからは全く聞き取れない。
(し、秋斗さんは信頼できるし優しい人だから)
(真名も預かってるの!?)
 驚きながらひそひそと話し続ける。
 修学旅行のバスの中みたいだなと前に生きていた世界を懐かしみながら、一応男子禁制の会話かもしれないのと、少し馬車の商人と話すために二人の世界に入り始めた彼女達を置いて外に出る。
 緩やかに流れる風、ある程度規則的に伝わる振動、林道に入っているからか新緑の澄み渡った香りが心を落ち着かてくれる。
 こういうのいいなぁ。ゆったりと馬車の旅。電車や車は早いけどゆっくり落ち着くゆとりもないし。
「よう兄ちゃん。可愛い妹さん達の相手に疲れたのかい?」
「そんなところさ。そういえば商人さん、幽州って今どんな感じなんだ?」
「そうさなあ。うーん、最近物忘れが激しくていけねぇや。もうちょっとで思い出せそうなんだがなぁ……」
 にやにやと笑いながら言っても説得力ないぞ商売人め。
 心の中で毒づいて、出来る限り穏便に笑いながら懐からいくらか渡してやる。
「思い出したぜぇ! なんでも烏桓との関係が危うくなってるらしくてよ、下手したら戦になるかもって話が上がってるな」
「ふむ、糧食の動きは?」
 こちらが話が終わる度に聞き返すとつらつらと話してくれる。
 どうやらいい商人に当たったようだ。前情報は入れておいて損はない。
 ひとしきり有力な情報は聞いたのでお礼を言い、追加のお金と熊退治の報酬に貰った酒を渡す。
 兄ちゃん出世したら贔屓にしてくれよーと嬉しそうに言ってくれたので、顔と名前を頭の隅に叩き込んでおいた。
 それから中に戻ると体育座りでお互いに頭を預けながら手を繋いで眠る天使二人。ここにキマシタワーを建てよう。
 馬車に乗る前に買っておいた薄めの掛布団的なものをかけてあげて、俺は対面に座って目を閉じ、幽州に着いたら何をするか考えながらまどろむことにした。



 何日か旅を続けた俺たちは幽州は公孫賛が治める地までやってきた。
 旅の途中で仕事仲間なのか女の商人と合流し、二人はそちらに乗ったので対して関わり合うことも、話すことも無かった。
 もし、俺がこれまでどこを旅していたか、などと聞かれていたら答えられなかっただろうから好都合ではあったがさすがに男だけでは寂しかった。
 乗せてくれた商人たちに礼を言い、お金を払ってから分かれて街の様子を見やる。
 人々の表情は安穏としており、のんびりとした空気がそこかしこで漂っていた。うん、のどかだ。
 先に二人から聞いた話によると、この世界の劉備は客将として義勇軍を率いているらしい。
 三国志のビッグネームがすぐそばにいると思うと胸が熱くなるな。美少女名軍師も一緒にいるし。しかし黄巾の乱も始まっていない時期に諸葛亮と鳳統が入りにくるとか時系列が変だ。いや、徐晃がここにいる時点でおかしいか。
「り、劉備さんは最近賊の討伐から帰ってきたばかりなようでしゅ」
 近くの店に聞き込みに行っていた諸葛亮ちゃんと雛里が帰ってくる。聞き込みされた店の人も、よもやこの二人が名軍師とはおもうまい。
「りょーかい。基本拠点場所は聞いておいたよ。たまに公孫賛のところで練兵とかしているらしいが今回は運よくいるみたいだ。」
「劉備さんは義勇軍なので直接志願することができそうですね。」
 こちらも聞き込みをしておいた事柄を伝えると、ふんす、と気合十分に話す諸葛亮ちゃん。どうやら劉備にものすごく期待しているようだ。微笑ましい。
 さてさて、名残惜しいがもう大丈夫だろうし俺はここいらで、と考えて二人に別れを告げる事にした。
「よし、後は二人で行けそうだな。短い間だったが楽しい時間をありがとう。諸葛亮ちゃん。雛里」
「えっ……」
 俺が放った言葉に落胆の表情で雛里は茫然とこちらを見上げた。
 まさか雛里は俺が劉備のもとへ一緒に志願しにいくと思っていたのか? そんな悲しそうな顔しないでくれ。
 そんな様子を見てかすかさず諸葛亮ちゃんがフォローに入る。雛里のだったが。
「徐晃さん。約束は私たちが劉備さんに会うまで、だったはずです。雛里ちゃんとの約束……守らないんですか?」
 こぇぇぇぇぇ! 目のハイライト消えてるんですけど!
 あまりの恐ろしさにびびっていると雛里が服の袖を摘み、涙目でこちらを見やる。無理だ、この布陣……逃げられるわけがない。これが伏竜と鳳雛の力か。
「確かにそうだった。ごめんな雛里、諸葛亮ちゃん」
 おおう、劉備と会うことが確定しちまった。カリスマとか勢いにおされて軍に入っちゃいそうだから嫌なんだが。戦う覚悟とか決まってないし。
 それより諸葛亮ちゃんが普通に戻ってる。さっきのは一体なんだったんだ。
 疑問に首を傾げて思考を続け、袖を引かれながら俺は城への道を歩き始めた。

 †

 仲良くなったとは言っても秋斗さんは旅人。
 約束は劉備さんに会うまで。そこで引き止められなければきっと離れることになる。
 一緒にいてほしい。
 乱世に立つのが不安だからだろうか。
 また弱い自分を受け入れてほしいからだろうか。
 もう少しだけ甘えさせてほしい。一人で飛べるようになるまで。
 よければそれからも近くで見守っていてほしい。
 あぁ。お城についちゃった。がんばらないと。


 雛里ちゃんはきっと徐晃さんを兄みたいに慕ってるんだろう。
 恥ずかしがって出会いのきっかけは話してくれない。
 前はなんでも話してくれたのに。
 私は徐晃さんに嫉妬してる。その場所は私だけのモノだったのに。
 だから本当はさっきさよならを言うつもりでいた。
 悲しい顔をする雛里ちゃんを見たら言えなかった。むしろ徐晃さんに腹が立った。
 私は親友を泣かさないためにできることをしよう。
 それに熊を退治出来る程の力があるなら、きっと人もたくさん救えるはず。

 †

 城の前に到着して、門番に劉備義勇軍の参加希望ですと諸葛亮ちゃんが伝える。
 ちょっとまて、その言い方だと俺も参加希望だと思われるんですが。
 にこっと俺に笑いかける諸葛亮ちゃんだったが開いた瞳からは先ほどのようにハイライトが消えていた。ああ、これは孔明の罠なのか。
 どうやって回避しようかと考えていると巨乳のねーちゃんが出てきた。
 見た目は麗しく、凛とした瞳には芯の通った強い光を宿し、流れる黒髪は日光を反射してきらきらと輝いていた。
 うわ、髪の毛さっらさら。こんな綺麗な黒髪みたことねーや。
「義勇軍志望というのは……あなた方か?」
 訝しげな眼を向けて俺達を見やり、一言。
 そりゃ言い淀むだろうよ。見た目幼女二人侍らせた男が来たらな。あ、ここに来るまでの変な視線はそのせいか。よく捕まらなかったなぁ、俺。
「いえ、俺はこの子たちの護衛を依頼されました徐公明といいます。この二人が義勇軍志望ですよ」
 さらっと自分は違うと否定して保険をかけとく。見上げながら悲しそうな顔しないでくれ雛里よ。諸葛亮ちゃんの刺すような視線が痛いです。ねーちゃんは……怪しんでるな。うん、普通おかしいもんな。
「諸葛孔明と申します」
「鳳士元といいます」
 二人は自分の見た目をわかっているからか水鏡塾の卒業証明を見せながら自己紹介する。
 最初は訝しげであったねーちゃんは名前を聞くと驚いて、証明を見て確認すると丁寧に返答する。
「噂に聞く伏竜と鳳雛のお二人が我が主に会いに来ていただけるとは光栄です。私は劉玄徳様の家臣の関雲長と申します。我が主のもとへご案内致します」
 一礼をして背を向け先導する関羽……関羽?
 このねーちゃんが関羽だと!? 美しい髭はどうした! 髪が綺麗だから美髪公ですってか? ふざけんな! なんなんだこの世界は! 有名処みんな女の子なのかよ……
 頭を抱えたくなるような衝撃を受けてしばし関羽の後ろ姿を凝視してしまっていたが、雛里に袖をひっぱられながら城の中に入る。何故また掴んでいるんだ。
 英雄だらけの世界で不安と緊張と恐怖しかなく、これからのことをどうにか考えようとしたが、袖を掴む天使とハイライトの消えた瞳で微笑みながらこちらを見る悪魔のおかげで、なるようになるかーと思考放棄することしかできなかった。

 †

 僥倖だった。
 もはや軍の運営は私だけではまかないきれないほどになっていたから。
 様々な支援をしてくれている公孫賛様にはもう今以上の要求はできない。
 そこに志願しにきてくれた二人の賢者。やはり桃香さまは天に味方されておられるのだろう。
 しかし護衛の男。飄々としているが隙がない。身体の運びも武人のそれだ。かなりの力量だろう。
 男など大したことはないと思っていたが、存外いるものなのだな。
 だが……桃香様に不埒なことを少しでもしようものなら……
 ん? 随分士元殿に懐かれているのだな。孔明殿も棘はあるが嫌ってはいないようだ。二人とも愛らしいな。精霊のようだ。
 はっ! いかん、士元殿と孔明殿の対応からすると大丈夫だと思えるが気は張っておかなければ。
 しかし桃香様はうまくやってくれるだろうか。
「しばしお待ちを。桃香様! 志願者の方を連れてまいりました!」

 †

 関羽に促されて部屋に入った俺達を出迎えたのは桃色の髪をした、年齢は高校生くらいであろう胸の大きな女の子。
「遠い所をありがとうございます。私が義勇軍大将劉玄徳です」
 甘くて透き通った声が耳に響き、彼女に笑顔を向けられると、何が起こったのか全身が緊張してただその場に立ちすくむ。
 やわらかな笑顔に圧倒されるなんて初めての事だった。英雄の放つ覇気といえばいいのか、思わず膝をついてしまいそうになる。
 本物だな。一言喋っただけ、ただそれだけで空間を支配していた。
「しょ、諸葛孔明です」
「ほ、鳳士元といいましゅ」
 慌てて自己紹介する希代の軍師二人もその覇気に飲み込まれているのが分かる。
 自分の名前を紡ぐのでやっとなようで、声は震え、カチコチに身体が強張っていた。
「徐公明と申します。この子達の護衛を頼まれてここまで送らせていただきました」
「……」
 なんとか普段の拍子に敬語を取ってつけて自身も自己紹介を行ったが、劉備は何故か厳しい表情で押し黙ってしまった。俺たちは何か粗相をしてしまったのだろうか。
「桃香様? 如何しました?」
 関羽の問いかけにも無反応でこちらを見据え、部屋全体をピリピリと緊迫した空気が包む。
 一つ対応を間違えれば首が飛んでしまうのではないかというほどに。
「だめだぁ!やっぱり堅苦しすぎるのは無理だよ愛紗ちゃん!」
 突然素っ頓狂な声をあげた劉備は関羽に涙目で訴えかけ、俺達は先ほどの姿とのギャップにポカンとするしかなかった。
「桃香様!賢者二人がいらしてくれているのにあなたという人は……」
 わなわなと震え始める関羽は怒りのボルテージが徐々に上がって、その顔はみるみるうちに赤く染まっていく。やべー、正直すげー怖い。母親がマジ切れした感じだ。
「ご、ごごごめんなさーい!でもこんな可愛い子達の前で重い空気にしちゃうなんて耐えられないよー」
 しゅんと関羽に謝る劉備を見て場の雰囲気が和らいで、諸葛亮ちゃんと雛里もほっと一息ついて緊張がほぐれたみたいだった。
 これを天然でしているのか。バカというか器が広いというか……もはや完全に劉備のペースだな。
「ごめんね。長旅で疲れただろうからゆっくりくつろいでほしい。お菓子とお茶をどーぞ。」
 先ほどの覇気は何処へやら、にへらと笑い、棒立ちのままの俺たちを椅子に座るよう促してからお茶を勧める。まだ怒っている関羽も今回の主役は軍師候補二人であるためかしぶしぶといった感じで劉備の後ろに立った。
 俺も真似して二人の後ろに立ち、話を聞こう。
 え? いかにも護衛っぽくてかっこいいからだよ。



 それぞれの自己紹介が終わり、劉備様から義勇軍の今置かれている状況などの説明を聞いていた。
「今の私たちの現状はこんな感じかなー」
 危うい。この軍はぎりぎりだ。劉備様の話を聞いてこの軍の詳細がわかったけど、あと半月私たちが来るのが遅かったら兵士や民たちの不満が手遅れになっていただろう。
 でも打開策はある。雛里ちゃんも考えついたみたいだ。二人とも登用してもらえたらうまくいくだろう。
「危ういな。だが三つ抑えれば間に合うかな」
 突如聞こえた真後ろからのありえない呟きに驚く。
 この人は気付いていたのか。ぼそっと彼が紡いだ言葉が聞こえたのはきっと私たち二人だけ。雛里ちゃんも目を丸くしている。
 徐晃さんは三つと言った。きっと関羽さんも劉備様も二つまでは分かってる。でも三つ目は普通気づかない。いや、まだ気付けない。
 打開策は三つを抑えて成る。
 一つ目、兵が短期間に連続して入れ替わるために錬度の格差のある兵士による統率の乱れ。義勇軍はこの乱れた世と劉備様の仁徳で普通以上に志願してきているだろう。
 関羽さんと張飛さんの二枚看板がいたからこそ今までもったと言っていい。これは目的意識の統合とわざと格差をつけた練兵によって回避できる。
 もう一つは公孫賛さんとの関係の摩擦。支援に頼りすぎていることから打ち切られると潰れる。
 ぎりぎりの範囲の譲歩をしてもらっていることだろう。しかし支援を減らすよりも向こうの得を増やせば大体は解決される。私たちならしてみせる。
 最後は、これは先二つの根底にもなる広い問題。
 義勇軍志願兵の増加による全体的な村の働き手不足と税率の低下。
 今の世は義勇軍が立つことは珍しくない。故郷を守るためなのだから自然なこと。
 その後は? 兵士となる者、将となる者、帰らぬ人になった者、それを機に違う地に移る者等たくさん出る。
 そこから先はどうなるか。若い人の少なくなった村は併合するしかない。あぶれた人は? もし違う賊が攻めてきたら? 飢饉がおこったら?
 気付かないのも仕方ない。民の不満はじわじわと広がっていく毒と同じなのだから。
 さらに悪いことに今は民を救っているのだから為政者の人も責められないのだ。
 予測し、気付かせ、献策し、防ぐのが私たち軍師の仕事。
 では徐晃さんはなぜ気付けたのか。
 今はいい。それよりもあれを確認しておこう、劉備様に。いや……雛里ちゃんが聞くみたいだ。
「劉備様は……何をもってこの乱世にお立ちになりましたか?」
 そう尋ねた雛里ちゃんの問いかけに対する劉備様の答えを、私は期待の気持ちをなんとか抑えつつ待っていた。



 諸葛亮ちゃんも雛里も気付いていたか。見落としているだろう事を。さすがは希代の天才軍師だな。
 問題、課題は多いものの、軍が立ちいかないわけではないのだからあと一押しでこの二人は劉備についていくだろう。彼女達が聞いた噂通りなのかどうか、目的を確認するのが最終確認というわけか。
「私は……誰もが笑って暮らせる争いのない優しい国を作る。それが目標だよ。そのために犠牲になってしまう兵士さんもいる。でもその命を背負って私は暖かい国を作りたい」
 凛とした声と決して曲がらないという決意の籠った瞳。
 この世界の女の子は強い。きっとすでに死んでいく義勇兵を数多も見送ってきたのだろう、史実通りなら普通の娘としての道もあったはずだ、だがその理想は――
「私は愛紗ちゃんや鈴々ちゃんみたいに強くない。諸葛亮ちゃんや鳳統ちゃんみたいに頭もよくないんだ。でもね、一人じゃできないことも皆ですればできると思う。だからね、こんな私に、私の理想の実現のために、どうか力を貸してください!」
――いばらの道だ。理想には絶対に届かない。しかしそれでも追いかけ続けるのなら付いていく価値はあるだろう。
「私の真名は朱里といいます。あなたの理想を叶える為についていかせてください」
「真名は雛里といいます。私もあなたの末席に加えてください」
 関羽が軍に加ることを決めた二人にやさしく微笑んだ後、こちらをキリとした表情で見てから口を開く。
「徐晃殿。よろしければあなたも共にきて頂けませんか? あなたにはかなりの武の才が見受けられる。武で桃香様を支えるには、私と義妹だけではいささか心許ないのです」
 軍神関羽からそんなに褒められるとは思わなかった。嬉しいじゃないか。
 殺しをする覚悟など未だに出来ていないが、どうせどこかで行わなければいけないんだ。それならば早いうちがいいだろうし、もしかしたらここで――
 ただ、決めてもいいが示してほしいことと、引いておく線がある。
「劉備殿」
 関羽に一つ頷き劉備に向かい合い声をかける。
「は、はい。」
「その理想、何があろうと迷わず追いかけ続けられますか?」
 迷ったなら、一度でも躓くならその理想は叶わない。いや、その程度で叶える事など出来るわけが無い。
「実現してみせます。必ず」
 断言したな。いいだろう。迷うなよ? 俺は世界を変えるんだ。ならこの救えない、しかし尊い理想に賭けるのも手だ。
「俺は真名を秋斗といいます。その理想を貫き通す限り、俺はあなたの剣になりましょう」
「ありがとうございます。私の真名は桃香です。三人とも、これからよろしくお願いします」

 
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