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峰ノ上、花芽吹キ

作者:七織
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一部咲キ

 何時も通りの穏やかな日だった。
 麗らかな日差しが窓辺から差し込む。
 気温も暖かくなり窓から運ばれる風はひんやりとしながら仄かな太陽の熱を運び眠気を誘う。
 クラス全体にその陽気は伝わりながらも僅かな活気が満ちている。少なくとも自分以外には。

 一月前とは一つ上の学年となって少し。変わったのは一の字が二に変わっただけ。
 数字が変わった以外に特に変化はない。教室は変わっても机と椅子は同じ。
 正確には違うものだが見た目の差などなく、けれど慣れ親しんだ物とは違い微かな違和感が尻に残りつい定位置を探ってしまう。

 クラスの構成も違い昨年度とは違う人たちがクラスにちらほら見える。
 とは言ってもそこまで大きくはない地元の中学。小学校からそのまま来ている人が多く知らない相手ではない。だからと言ってロクに話したことがあるわけではないが。心配したところで親しい相手がいる訳もなく、暇な時間を潰す只の確認作業となり果てている。
 元より友人と呼べる相手などロクにいない身。クラス替えが起ころうと何も思えない。
 いや、今の自分の状況がそうしているのだろうか。
 考える。考える。机の上に出した本に手をつける気も起きない。

 窓際の席。外から運ばれる風に髪を揺らしながらぼうっとクラスの中を見やる。
 誰も彼もが楽しげな顔を浮かべ談笑している。休みのあいだに出来たという恋人の話や昨日見たテレビの話。変わった髪型やアクセサリーの褒め合い。暫く経ったというのに休みが終わったことを未だ嘆き大げさに悲しんでいる男子たち。男だ女だと何かを当てている男女。いびきをかいて寝ている人。
 教師が来る前のこのかすかな時間を誰もが自由に、楽しげに過ごしている。
 それを悲しく見る。

 本を読むことも出来ず、誰かと話すこともできない。ただぼうっと皆を見やるだけの少女になど誰も関心を持っていない。
 構われても困る。どうすればいいのかなど分からないし、きっと拒絶してしまう。踏み込んで欲しいと思う反面、それを恐怖する。不安定な心がそのラインをあやふやにする。

 好意を向けられてもきっと受け止められない。受け止め方がわからない。分からなくなってしまった。正しいと思っていた日常が崩れ、自分の行動に自信が持てない。罅の入った自分ではきっと、望んだはずの好意を自分から踏みにじってしまう。

 「おはよう」「さようなら」「先生に連絡を」「掃除場所わかる?」「鉛筆貸して?」

 事務的な連絡ならすることは出来る。される。嫌われているわけではない。ただ、誰にとっても“クラスメイト”という括りであるというだけ。
 漠然とした恐怖と孤独感。そして構われない今の空間に対するあやふやな幸福と暖かさが春の風に包まれ少女の眠気を誘う。
 次第に意識がぼうっとしてくる。緩慢になっていく世界の中、取り囲む級友たちの声が響きまるで一人だけ別世界から見ているような感覚に包まれながら春風の揺りかごに揺られ意識が揺れる。

 聞こえてきた規則正しい足跡に揺りかごが止まる。教師が来たのだ。
 何故か一つ足音が多いな少女は緩慢な意識で思う。
 摩擦の足りない掠れた音を出しながら戸が開き教師が入ってくる。

「おらお前ら席に付け。いつまでも休み気分でいるなバカども」
「あ、すみません。それより聞いてくださいよ先生。こないだ彼女にエロ本見つかって殴られたので「俺はロリコンだ安心しろ!」っていったら何故か後で彼女の父親に殴られました。どうしたらいいですかね」

 自分以外のクラスメイトが笑い声を上げてその男子を馬鹿にする。
 そんな彼らを遠くから見る。
 教師がめんどくさそうに口を開く。

「死んどけ。あと俺に向かって次のろけたら教師権限で通知表に1を並ばせるぞ」
「うわ、職権乱用」
「黙れ。さっさと座れ」

 だるそうな声を上げる男子に続き皆が自分の椅子に戻っていく。
 それを最初から座ったままの少女は緩慢な視線で見る。

「よし座ったな。じゃあまず最初にこの間言った転校生を紹介する」
「……?」

 初耳の情報だ。
 教師の言葉に少女の意識がまどろみの世界から僅かに覚醒する。
 驚く少女とは対照的にクラスメイトたちは待ってましたとばかりにその沈黙の中に期待の色を漂わせる。
 それを見て知らなかったのは自分だけなのだと少女は知る。きっと昨日か一昨日かそれとももっと前か。いつかは知らぬが確かに知らされていたのだろう。
 それを気にする余裕がなかったのだろう自分は。

 クラスメイト達は皆視線を廊下に通じる扉へと向ける。さながら太陽に顔を向ける花のように。 ”転校生” という要素は彼らにとって青春の養分、なのだろう。
 ふと人を花に例えた歌があったなと思い出す。オンリーワンとナンバーワン。
 一つ一つ違う花。この部屋の花たちは地に根を張って空へと伸びている。花を支える地は“家族”や“友人”、“恋人”や“信念”や“才能”。伸びた先は“夢”であったり“将来”、なのだろう。互が互で支え絡み合い上へと育つ。

 彼らに比べれば自分は泥水にたゆらう花だ。あると信じていた「地」はなく、罅が入って砕けた。たいそうなモノ何ていらないと思っていたのに、気づかぬうちにその一つにさえ罅があった。なくなったのに下の泥の欠片を見てまだ有るのだと縋って根を伸ばす。
 崖の上の花であれ。強く咲き誇る花であれと自分に言ったかつての「地」。
だが今では水面が揺れるだけで揺れて倒れそうになる自分だ。

 代わりに縋る物もない。何かの一番になれる物なんて自分にはないのに奪われる。
 時間(みず)だけを注がれ、いずれその中で緩慢に腐っていくのだろう。

 転校生のこともそう。自分には関係ないのだと再び眠気が襲ってくる。興味をもてたのは一瞬。ほんの小さな小石でしかない。ゆらりゆらりと水面で揺れる。眠りの揺りかごを揺らしていく。
 教師の声が聞こえる。

「ほら入れ」
「失礼します」

 声と共に誰かが入ってくる。
 揺り篭の中から少女――宮永咲が視線を飛ばす。
 
 
『お前だけ興味なくて眠そうにしていたから記憶に残ってた』
 暫く後に言われた言葉。それが話しかけられた理由。だからきっと偶然、だったのだろう。
 崖の上から落ちた小石が大岩を動かすように。水面に投げた小石が映る月を揺らし静止した水の時を動かす。

 きっと偶然で、そして必然だったのだろう。
 それは分水嶺。砕けた「地」を取り戻す為のもう一つの分水嶺へと導いてくれる。手を引っ張ってくれる彼との出会い。「空」を見るきっかけをくれた出会い。
 
 
 入ってきたのは男だった。
 男性的に整っていながら思春期特有の、大人へと入る前の中性さをどこか残した容姿。人懐っこそうな表情を浮かべた金髪の少年。
 まだ慣れていないのだろう制服との僅かなミスマッチさを出しながら彼は教壇に立ち口を開く。
 少女は揺り篭の中からその少年を見る。

「――から転校してきました。須賀京太郎といいます。よろしく!」

 
眠り姫が今、目覚める。
 
 

 
後書き
他に色々書いてるから本当に不定期です。
プロットは出来てるから暇を見つけて書いていきたい。 
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