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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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 同盟基地司令クラナフ大佐の値踏みする視線と、副官メルトラン中佐の出迎えで、アレスの新生活は始まった。
 任務について尋ねても満足な答えは返ってこない。
 とりあえず、最初は小隊に慣れるように命令が下される。

 司令たちも戸惑っている。
 最前線に卒業したての人間が配属される事などあり得ない。
 小隊長と同じような任務を与えて、満足な結果なぞ望むべくもなく、かといって遊んでいていいと言えるわけもない。

 こうして、時間を稼ぐつもりで与えられたのだろう。
 命令に対して敬礼を行い、部屋を後にしようすれば、髭を蓄えた初老の男性がアレスに声をかけた。
「ここでは学校とは違い、常に死が隣にある。気をつける事だ」
「それは、既に経験済みです、大佐」

「本当に理解していればいいがな」
 アレスの言葉に対して、クラナフは鼻で笑った。
「上とは分かっているといいながらも、なかなか現場を理解しないものだ。私も随分と苦労した」
 現場第一主義と評したワイドボーンの言葉を思い出す。
 なるほど、確かに司令官は士官学校出のアレスには良い印象を持っていない。

 机の上で腕を組みながら、クラナフは静かに言葉を口にした。
「上は現場に死ねと命令する。敵基地を攻略して、死者が数十ならば御の字だと。だが、実際に上が死ぬ一人の事を一度でも理解した事があるのか……葬儀に出る残された者たちに頭を下げたことなどない。ただ戦果だけが結果となってな」
「……」

「これから君は上に行くだろう。だが、数字だけで全てを判断する人間にはなって欲しくない」
「覚えておきます。では、失礼」
 敬礼で答えて、アレスが退出する。
 しばらくして、髭面の男性が脇に控えていた副官に顔を向けた。
 四十ほどの壮年の男性だ。

 強面のクラナフとは違い、どこか控えめな事務官風の男だ。
 さてと呟き、腕を組めば、背もたれに身体を預ける。
 体重が集中して、椅子が軋んだ音を立てた。
「小生意気に。どう思う、メルトラン中佐」
「まだ出会ったばかり。ましてや士官学校を卒業したばかりでは、判断も出来ないでしょう。噂だけは聞きますが、それが事実かどうかは分かりかねます」

「まったく、上の考えることは、分からない事ばかりだ。こちらに迷惑ばかりを押しつけだけで、こちらの苦労を考えようとはしない」
 呟いた言葉で、気付いたようにメルトランを見て、クラナフは謝罪を言葉にする。
「すまない、非難しているつもりはない。君は良くやってくれている」

「気になさらないでください、大佐。私は上からすれば現場に染まったはみ出し者。実際に同期に比べれば昇進も遅いし、このまま前線か後方基地の転勤生活でしょうな」
「あまり自分を卑下するなといいたいが、私も似たようなものか」
 クラナフの自嘲めいた笑い声が響いた。
 鳴り響く風の音に窓へと目を向ければ、叩きつけるような雪が強化ガラスの窓を揺らしていた。硬質的な金属と土壁で出来た壁や吹きつける雪景色ではなく、外の景色を見たのはいつ振りだろうか。

 立ち上がって窓に近づき、手をかけた。
 ひんやりと冷たい強化ガラスははめ殺しであって、開く事などできない。
 開けば、その瞬間マイナス十数度もの冷気が身体を襲い、肺まで凍りつかせる。
 極寒の環境にも関わらず、兵士達は十分にむくわれているとは言い難い。
 大佐までの地位に来れば、それが容易ではない事は理解できている。

 ハイネセンですらインフラによる事故が多発している中で、軍にだけ予算をかけることはできない。しかし、そんな予算は現代戦のために主に艦隊の整備にとられて、兵士の生活環境にかけられるお金は極僅か。
 そんな僅かなお金ですらも主戦論が幅を利かせる本部に吸い取られている。
 ――そんなに戦争がしたいのであれば、最前線で戦い続けて見ろ。

 そう呟いた言葉は、音にはならない。
 クラナフが、大佐の地位を持つ人間が言うにはあまりにも不適切な発言だからだ。
 窓から目を離して、出ていった新任の特務小隊長を思った。
 アレス・マクワイルド少尉。
 士官学校での最終成績は八位と一桁に入る優秀な成績。

 射撃技術と艦艇操縦の成績が足を引っ張らなければ、主席にも匹敵しただろう。
 昨年の士官学校のシミュレーション大会では国防委員直々に表彰されており、テレビでも放映されている。
 何よりも、クラナフ自身が尊敬するマイケル・スレイヤー少将が気にしている。
 クラナフの思いだせる限りで、スレイヤー少将が褒める事などほとんどない。

 ただの見習いであれば雑用をさせて、さっさと追い出せば良い話。
 だが、ただの見習いだと無視できない理由がそこにあった。
 ここは惑星カプチェランカ。
 最前線の戦場であり、その場には猫の手すら必要としているのだから。

 + + + 

 指令室を出て、歩けば狭い廊下の外にブリザードの吹き荒れる景色が見えた。
 断熱の関係から最小限に備え付けられた窓に、雪と氷が張りついている。

 厚い雲に覆われた世界は常に薄暗い。
 そんな環境下において、目を細めれば、外で歩哨に立つ兵士の姿があった。
 フルフェイスの完全装備で身を固めた兵士は、ともすれば中世の騎士のようだ。
 この後の予定を、アレスは思い返す。
 カプチェランカについたのが午後。

 クラナフ大佐への挨拶が済み、正式な任務自体は明日以降だ。
 予定としては小隊員との顔合わせがあるはずであるが、顔合わせの場所が伝えられただけで、出迎えは一切ない。
 外を見ても時間が判断できないために、時計を見る。
 時刻は午後五時を差していた。

 まだ少し時間がある。
 ならばと防寒着をさらに厚く着込んで、被り慣れないベレー帽を外す。
 向かうは基地と外部を隔てる分厚い隔壁だ。
 二段階もの厚い扉をくぐれば、寒波と暴風がアレスを襲った。
 わずかに開ける瞼に容赦なく叩きつける雪を払いのけ、周囲を見渡す。

 自由惑星同盟が作られた基地は山岳を掘り抜いた坑道だ。
 戦闘機やヘリの類が使えない状況であれば、ここに向かうには一本の山道を使うしかない。
 山道と基地前を繋ぐ場所は装甲車と除雪車に阻まれ、容易には攻め立てる事はできない。
 先ほど見かけたフェイスガードの兵士が、装甲車から頭だけを出して、山道を監視している。
緊急時には装甲車による面に対する砲撃が、敵を迎え撃つ。

 ハイネセンからの長い旅路で、頭に叩き入れた防御態勢が思い浮かんだ。
 正確に言えば、それ以外の防御態勢はとれないのだろうと思う。
 環境の厳しさが攻撃や守備を画一的なものに変えてしまっているのだ。
 しかし、カプチェランカか。
 その名前に聞き覚えがあっても、どんな基地であったかなど頭に入っていない。

 行きの船の中で必死になって思い返してみたが、ラインハルトが殺されかけたという基本情報以外に思い浮かぶことはなかった。
 同盟基地は攻められるのだったろうか。
 ならば、あの天才はどう攻めてくる。
 雪深い地面を歩き、アレスは周囲を見渡す。
 敵の目的は、そして、それはこちらの目的にも言えることであるが、基地施設の破壊が主となるだろう。正確に言えば、資源の採集プラントの破壊だ。

 プラントが破壊されれば、再びプラントを建設するのに時間も費用もかかる。
 逆に言えば、費用と時間さえあれば、一つの施設を失っても、また別の場所に建設することが可能であるのだが。
 しばらく歩きまわって、アレスは周囲の観察を続けた。
 入口近くの兵士が、そんなアレスの様子に気づいた様子であったが、声はかけてこない。

 おそらくは士官学校のお坊ちゃんが、物珍しく観光をしているだけとでも思っているのであろう。すぐに興味を失って、再び山道の監視に意識を戻していた。
 まあ、間違いではないんだけどな。
 雪の中に伸びた道が、左右に続いている。
 山道を使わず、左右の山を見れば、決して歩くことは不可能ではないようだ。
 もっとも装甲車を使わない現状であれば、十分ほど外にいるだけで既に冷え始めた気温を考えて、長い間歩くことはできないだろう。

 基地の周辺を一回りすれば、アレスは入口の方へと足を進めた。
 装甲車やミサイル車両に混じって、基地建設用の工作機器が置かれている。
 外周部が雪で覆われているそれを、アレスは手で払った。
 惑星を中央において、赤色の文字が周囲を囲む、企業のロゴが眼に映る。
 それはフェザーンを資本とする巨大企業の名前だった。

 アース。
 原作では名前すら存在しない――だが、確実に同盟はもちろん帝国にすら名前の知られ、食い込んできている。
 そのロゴをゆっくりと手でなぞり、アレスは苦笑した。

 気をつければいいのは、決して原作の敵だけではなさそうだ。

 + + +

 惑星カプチェランカBⅢ基地。
 人払いを行った司令官室で、白髪の男は静かに息を吐いていた。
 ツェーザル・ヘルダー。
 この基地の司令官であり、全ての権限を手にしている男だった。

 年は五十を半ば過ぎており、退役までは幾ばくも無い。
 この年齢と階級であれば、帝都で勤務して、残る軍隊の生活を全うしているであろう。しかし、貴族ではないということから、いまだに最前線の地で司令官の職についている。
 帝都に残してきた家族と最後に会ったのは、どれほど前であろうか。
 戻りたいと考えていても、それはこの地では敵わない。

 どれほど敵を倒そうと、基地を破壊しようと、帝国からすれば最前線とはいえど、一つの惑星の一つの基地でしかない。
 単純な計算の話。
 同盟基地を完全に破壊したところで、自由惑星同盟の兵は千にも満たない。
 宇宙艦隊で巡航艦一隻を破壊する戦火にすら及ばないのが現実である。
 おそらくは退役までの年を数えながら過ごすしかないと諦めかけていた時、新任の幼年学校の生徒の赴任とともに与えられたのが、一通の手紙だった。

 それは決して表立っては見せられない。
 ベーネミュンデ侯爵夫人から届けられた命令だ。
 手紙に再び目を通して、ヘルダーは内容を確認した。
 そこには先日赴任した金髪の小僧を殺す事ができれば、帝都への帰還とヘルダーの出世を約束するというものであった。

 内容を確認すれば、手紙を閉じて、周囲に目を光らせる。
 大丈夫だ。
 誰もいないことは、何度も確認している。
 この部屋にはヘルダー一人しかおらず、この事を知っているのは、この基地では自分だけである。
 もっとも、あの侯爵夫人であればヘルダーが裏切らないか監視する人間が紛れ込んでいてもおかしくはないが。
 いや、紛れ込んでいるだろうと、ヘルダーは思う。

 もしこれが表沙汰になれば、ベーネミュンデ侯爵夫人は少なからず被害を受ける。
 ヘルダーが裏切ればどうなるか。
 事故死に見せかけられて、手紙は回収される。
 おそらくは二度と家族には会えない。
 ヘルダーは机の脇に置いた写真をなぞった。

 そこには笑顔で映るヘルダーの妻と子供の姿がある。
 あえなくなって久しく、もはや写真だけの顔がヘルダーにとっては妻の顔だ。
 子供は大きくなっただろうか。
 妻は元気にしているだろうか。

 もう二度と抱く事はできないのか。
 なぜ。
 手にした手紙に皺が寄り、思わず破りかけた手を止めた。
「私は何か悪い事をしたか」
 呟いた言葉は、自嘲めいている。 

 帝国のために敵を殺し、何度も死線を駆け抜けた。
 怪我をした事は何度もあるし、親友だった男が目の前で頭を吹っ飛ばされたのも見た。
 それでもヘルダーは帝国のため、同盟と戦い続けてきた。
 その結果が、このカプチェランカの司令官であり、貴族からの脅しである。

 訴えたところで、解決するはずもない。
 ヘルダーは奥歯を噛んだ。
 憎かった。
 地位の前には自分など何ら意味がない現実が。
 のうのうと寵妃の弟という事で軍に入っている金髪の小僧が。
 命令に従う事を当たり前と思っているベーネミュンデが。

 怒りにまかせて叫びたくなる現実を、ヘルダーは大きく息を吸って我慢する。
 いいだろう。
 貴族様が俺にそうしろというのであれば、してやろう。
 貴族の小僧を一人殺すことなど、ヘルダーにとっては罪悪感すら生まない。
 今まで同じように、貴族の命令で何百人もの同盟軍の兵士を殺してきたのだから。

 それと何ら変わらない事。
 ただ、今回は味方にも知られてはいけないというだけであるが。
「そうなると自分一人では少し手に余るな。誰か適任を探さなくては」
 この任務は単に優秀な者に任せるわけにはいかない。
 副官のマーテルの名前が浮かび、すぐにヘルダーは頭から消した。

 奴は駄目だ。
 生真面目すぎるし、何よりも度胸がない。
 知らされれば、すぐに公にして自分の立場を守ろうと考えるだろう。
 だとすると、ゲルツかフーゲンベルヒか。

 誰もいない室内で、一人ヘルダーは考え続けた。

 + + + 

 雪を払って自室でシャワーを浴びてから、顔合わせのところに行けば、既に飲み会が始まっていた。
 何だこれは。
 想像していた場所とは違う
「あ、小隊長。時間が過ぎちゃったんで、もう始まってますっ」

 ウィスキーの瓶を片手に、若い男が笑っていた。
 時計を見れば約束の六時を確かに一分ほど過ぎている。
 しかし、それは一分で酔える量じゃないだろう。
 ウィスキー一本を一分で空にするのか。
 説明を求めるために周囲を見れば、およそ二十名ほど。

 自由惑星同盟の正規小隊の部隊数からすれば、半分程度の数が、こちらを見もせずにわいわいと酒を飲んでいた。
 騒がしい室内に目を走らせれば、退役寸前と思しき老人が一人ちびちびと日本酒を口にしている。白髪の髭を日本酒で濡らし、顔を赤らめて、実に幸せそうだ。
 周囲の様子から、格が一番上であるらしい。
 階級章には軍曹とある。

 別段酒が入る事が悪いとは思わないが、酒が入る前に聞きたい事もある。
 ワイドボーンであればどうするだろうか。
 全員を怒鳴りつけて、殴っているような気がする。
 優しいアレスには、それは出来そうもない。

「ほら、隊長もぐいっと行きましょう?」
 アレスが頭を押さえれば、気軽に肩に手をおいて、男が首を傾げた。
 一緒に酒瓶も斜めになる。
「飲む前に、少し話したいんだけど。酔いはさめそうか?」
「あはは。話は幾らでも大丈夫ですよー。ただ、酔ってますけど」

「そうか。じゃあ、酔いを醒ましてもらわないとね」
「どうするんですか、小隊長?」
「酔いを醒ますことは簡単だ。俺は優しいから」
「はは。そうです、明日になれば全員酔いもさめてます、自己紹介何て形だけのものは明日にすれば大丈夫。さー今日は諦めて飲みましょう!」

 アレスの手を引いた若者の手を握りしめて、アレスは微笑んだ。
「全員、裸で外に出ろ。パンツ一つも付けるなよ?」
「へあっ?」

 小鳥が首を絞められたような声に全員がアレスを見た。
 そんな面々に対して、ゆっくりと笑顔で見渡しながら、もう一度アレスは言葉を口にする。
「聞こえたか。酔い覚ましのため、全員素っ裸で外だ。もちろん爺さまもな?」
「ほあっ?」

 猿が首を絞められたような声を、年長の軍曹は口にした。


 
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