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空を駆ける姫御子

作者:島津弥七
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第二十一話 ~休日と嫌な予感 後編【暁 Ver】

 
前書き
『暁』移転版の第二十一話。後編です。 

 


────── 調子にのるな




 バリアジャケット(防護服)を身に纏い、皆と共に地下水路へ降り立つと、カビの臭いが嗅覚を刺激した。恐ろしく高度に整頓されているミッドの地下水路網ではあるが、やはり日が差さない場所というのは陰気なものだ。汚水処理施設を経由した水が人工的な川を形成している。環境や餌さえあれば、生き物が住んでいそうだ。

 あたしは地下水路の両脇に設置された巡回及び作業用の通路で、バリアジャケットやデバイスのチェックを手早く済ませるとこう切り出した。

「さて、現状とあたし達の目的の確認よ。エリオとキャロが保護した少女はレリックと思われる金属ケースを()()所持していた可能性がある」

 あたしはそこまで言うとエリオへ視線を送る。

「はい。鎖にこう……絡まるようにしていたケースが一つ。鎖にはもう一つケースがあった形跡がありました。彼女が地下水路を歩いている時に落とした可能性があります」

「うん、あたしも同意見。少女の方は駆けつけてくれたシャマル先生達に任せておけば良いから……だから、キャロ? そんな心配そうな顔しなくても大丈夫よ」

「はい……」

 この娘はマンホールへ入る瞬間まで少女から視線を離さなかった。何か思うところがあるのかも知れない。もしくは……優しいだけか。あたしは続けてキャロへ言葉を投げかけようとしたが、思い直す。今はこっちが先だ。

「あたし達の目的は、レリックと思われる金属ケースの探索及び確保」

「だけど、ティア。あの女の子って、どっちから来たんだろ」

 スバルがそう言いながら、自分の前後へ首を巡らせている。言われてみればそうだった。この位置からではレリックと思われる反応はない。あたしもスバルにつられるように前後を見渡してみるが、通路の奥に薄暗い暗闇が、ぽっかりと顔を覗かせているだけだった。気がつくとエリオやキャロまでも前後に首を巡らせている。あたし達のその姿は、立ち上がって周辺をきょろきょろと警戒するミーアキャットのようで、我ながら苦笑した。

「問題無いわ。金属ケースは結構な重さだったし……」

 その場にしゃがみ込んで視線を落としてみると、思った通りだ。()()を引きずったような跡。それにしても……あたしはそのまま上を見上げる。あの小さな体で金属ケースをぶら下げたまま、ここを昇ったのか。しかも、エリオの話を聞くとマンホールの蓋を自分で持ち上げて現れたらしい。

 マンホールの蓋はあまり軽くしてしまうと意味がない。車両などが通過した時に、その衝撃で外れてしまう可能性があるからだ。その重さは──── 四十キロから五十キロ。あんな小さな子供に持ち上げられる重量じゃない。事情はわからないにせよ、あの少女には同情できる。だけど、あたし達はもしかしたらとんでもない『爆弾』を抱えたんじゃないだろうか。……嫌な予感が収まらない。あたしはそれを誰にも悟られないように立ち上がる。

「こっちね。アスナとスバルが先頭。真ん中をエリオとキャロ。あたしが殿を受け持つわ」

 こうして皆に指示を出していると、ミッドでの初任務を思い出す。あの時との違いは──── エリオとキャロの左腕には真紅のリボンが揺れていた。

 あたしが受け取った荷物には、五本の真新しい赤いリボンが入っていた。そう、謎の人物である『John』氏からの贈り物だ。あたしが真っ先に連絡を取ったのは『彼女』だったが、知らないと言う。お兄さんかとも思ったが、そんな事をする理由がない。あたし達がリボンを使っているのを知っているのは、訓練校時代の関係者。だが、幾ら考えても該当する名前が思い出せなかった。

 結局、喉に魚の骨が刺さったままのような思いだったが、有り難く使わせて貰うことになった。エリオとキャロの希望もあり、シャーリーさんに無理を言って、彼らのバリアジャケットに組み込んで貰った。唯のリボンだ。インチキ臭いパワーで強くなれるわけでもないし、隠された未知の力がピンチに解放されて、獅子奮迅の活躍が出来るわけでもない。

 だけど……仲間との一体感や信頼。そして──── 絆。これらは、きっと必要なことだ。あたしは訓練校でそれを学び、今実践している。一人で出来ることには限界がある。あたし達の中で無類の強さを見せるアスナでさえ、隊長陣に囲まれたら勝ちを拾うのは難しいだろう。あたしはそんな事を想いながら、先ほどから案山子のように突っ立ったまま、微動だにしないアスナを見る。

 アスナはあたしの視線に気付いたのか、面倒臭げに首だけをこちらへ向けると、ちょっとした爆弾を投下した。

「……さっき、ティアナがしゃがんだとき」

「うん」

「……エリオがスカートの中を凝視してた」

「してませんっ」

「別に構わないわよ。バリアジャケットの一部だし。後ろからスカートをめくり上げて、あたしのお尻に「おはよう」って挨拶する、スバルよりマシよ」

「……ドン引きですね」

「なんだよぅ。ティアのお尻はこう、ラインが」

「そういうお話は、僕がいない時にしてくださいっ」

 最近アスナはエリオを弄ると面白いと言うことに気が付いてしまった。エリオも年頃の少年らしくむきになって怒るものだから、却ってアスナが喜ぶという悪循環だ。エリオは『スルー』という技術を学んだ方が良い。だけどアスナの場合、完全に無視してしまうとへそを曲げてしまうので、さじ加減が難しいのだけれど。

 さて、良い感じに緊張もほぐれたようだ。先ほどまで心配げな表情を浮かべていたキャロも、今はお日様のように笑っている。アスナには感謝だ。その代わりエリオが割を食ってしまったが、男は女に振り回される運命なのよ、諦めなさい。

「さぁ、みんな行くわよ。Engage(作戦開始)!」





「制服が似合いませんね」

「妻にも言われましたが……面と向かって言われると、ヤな感じですね」

 聖王教会、応接室。華美というわけでもなく、かといって質素というわけでもない、その部屋に男女がいた。男性はおろし立てのスーツのような管理局の制服に身を包み、ティーカップに口をつけていた。一見すると優男に見える顔立ちではあるが、その瞳には強い意志が感じられる。苦笑いを浮かべながら紅茶を飲む男性を見ながら、女性は然もおかしそうにくすくすと忍び笑いを零した。

「そんなに似合いませんか……」

「いいえ。少し悪戯心が涌いただけです。いつものバリアジャケットと同じくらい似合っていますよ。クロノ提督」

「はぁ……ありがとうございます、騎士カリム」

 少々情けない表情を浮かべながら、クロノ提督と呼ばれた男性は暫し物思いにふける。自分の対面にいる女性──── 騎士カリムという女性は、これほど悪戯好きな女性だっただろうか。聡明で美しい女性という印象が強いが、今の彼女はまるで少女のように笑っている。

「何か、良いことでもありましたか」

 友人知人から、『朴念仁』と呼ばれ、女性の機微に疎い彼は酷く無難な問いかけをした。

「いいこと……そうですね。新しい友人が出来ました。友人のような妹のような、とても楽しい娘。時々遊びに来て話し相手になってくれます。クロノ提督も恐らくご存じですよ」

「僕も知っている……六課の人間ですか」

「はい、桐生アスナ。新しく知り合った、『騎士』」

 その名を聞いてクロノは得心がいった表情を浮かべた。

「あぁ、フェイトやはやてから聞いています。その……少々変わっているとか」

 僅かばかり口籠もったクロノにカリムは益々、笑みを深くした。

「そうですね……世間一般から見ると彼女は変わっているんでしょう。ですが、はやてが言っていました。彼女と触れ合った人間は少なからず影響を受ける、だそうです。もしクロノ提督から見て私が変わったように見えたなら……それはきっと、彼女の御陰かも知れません」

「なるほど……機会があれば僕も一度会ってみたいですね」

「あら。浮気ですか? 奥様に報告しなければいけませんね」

「勘弁してください……」

 クロノは項垂れながら力なく肩を落とす。やはり彼女は──── 変わった。恐らくは良い方向に。

「楽しそうですね」

 クロノが何か反撃の糸口を模索している時に、シャッハに伴われながらシグナムが応接室へ入室してきた。クロノはこれ幸いとばかりに話題を変えるように口を開く。

「今、騎士カリムに苛められていたところだよ。合同捜査会議は、もう?」

「はい、滞りなく。……苛められていた、とは?」

「苛めてなんていませんよ? 丁度、六課の運営面のお話が済んだところなの。今から、これからの任務のお話をするところ。あなたも同席して聞いてね」

 見事に誤魔化しきったカリムにクロノは呆れながらも苦笑を禁じ得ない。その時、テーブル中央にコール音を響かせながらスクリーンが浮かび上がる。

「はやてからの直接通信?」

 はやてからもたらされる情報に、カリムは静に耳を傾けていた。発見された謎の少女。持っていたレリック。発見されていないレリックが存在し、市街地での戦闘になる可能性。カリムの五感に訴えかけるように──── 第六感が警鐘を鳴らす。


──── 楽しい時間って長く続かないのね


「場合によっては……クロノ君に、()()()を頼むかもしれへん」

「そうならないことを祈るばかりだな……」

「シグナムも現場に戻った方が良いわ」

「了解しました、騎士カリム」

 カリムは思う。願わくば──── この嫌な予感が、唯の杞憂に終わりますように。





「来ましたっ、ガジェットです。地下水路へ数機ずつのグループで総数……十六、いえ、二十機ですっ」

 慌ただしい作戦司令室にシャーリーの状況報告が響き渡る。間、髪容れずに海上から航空機型のガジェットも確認された。危惧していた事態が現実となる。海上演習場から駆けつける旨を伝えてきたヴィータの頼もしい通信が、八神はやての心を僅かばかり軽くさせた。そして、もう一人──── はやてにとっては予想外である人物の声を聞くことになる。

『お久しぶりです、八神二等陸佐。108部隊所属、ギンガ・ナカジマです』





 彼女達は走っていた。限られた光源だけを頼りに、唯ひたすらに地下水路を駆け抜けていた。

「わぁ、ギン姉だぁ」

「声を聞くのも久しぶりね、ギンガさん」

「ナカジマって……スバルさんのお姉さんですか?」

「うん、そうだよ。あたしにシューティングアーツを教えてくれた人。階級も歳もあたしの二つ上」

 喜色満面と言った表情を浮かべていたスバルではあったが、ギンガから伝えられる内容を耳にする度に表情が曇っていった。

『それじゃ、発見された女の子は、『人造魔導師』の素体として作られた可能性がある言うんやな』

『はい。私が別件で捜査していた事故現場に生体ポッドの残骸がありました。傍には破壊されたガジェットも。そして……何かを引きずったような跡が』

 ティアナは通路に延々と続く、『何かを引きずったような跡』を、目を細めながら見据える。

「あの……人造魔導師って」

 初めて耳にする言葉だったのか、キャロは特定の誰かに問いかけるわけでもなく疑問を口にする。その疑問に答えたのは、スバルだった。

「えぇとね。人間に対して手術のような外科的な処置や……魔法薬を使った投与処置で、通常よりも何倍も魔力を強化した魔導師だね。倫理的な問題も多いし、成功率も決して高くないから、ほぼ廃れちゃってる技術だけど」

「コストが合わないわよ。一人の人造魔導師を生み出すのに莫大な費用が掛かるって聞いたわ。よっぽどここが」

 ティアナはそう言いながら、右手の人差し指をこめかみへ持っていくと、とんとんと叩く。

「……いっちゃってる連中じゃないとね」

 より一層表情を引き締めたスバルとキャロではあったが、その中で唯一人。暗く表情を沈めていた少年がいた。その少年が──── エリオ・モンディアルと言う名の少年が、人造魔導師技術により生を受けたことをこの場にいる人間は、まだ誰も知らない。

 隣を併走していたキャロは、彼の表情の変化に逸早く気付いていた。だが、彼女は何も聞けなかった。彼の表情は鏡に映った少し前の自分の顔と、よく似ていたから。それでも、キャロは意を決して口を開きかけた時────

「……さっきからエリオの視線が、おしりに突き刺さる」

「刺さってませんっ。下を……向いていましたから」


──── 前を向いて歩きなさい、エリオ


 再び俯いてしまった顔を弾かれたように上げる。エリオは少なからず困惑していた。普段の間延びしたような口調とは明らかに違う鋼のような声。エリオは自分のすぐ前を走っているアスナへ、恐る恐る声をかけた。アスナはゴーグルに半分覆われた顔を電気仕掛けの人形にようにエリオへと向けると声を返す。

「……ちゃんと前をむいてないと、あぶないな?」

 戻った。彼がいつも聞き慣れている、少々間延びした蚊の鳴くような声だ。

「あんたは前しか見てないから躓いて転ぶんでしょうが。何もなところで転ぶのなんか、フェイトさんとあんたくらいよ。それにしてもよかったじゃない、スバル? ギンガさんもあたし達に合流してくれるみたいだし」

「うん、そうだね。久しぶりだ」

「……かえっていい?」

「いいわけないでしょ」

「え? ……アスナさんはスバルさんのお姉さんが苦手なんですか?」

 エリオの尤もな疑問にスバルが困ったように眉を寄せながら答える。

「えっと……会えばわかるよ」

「あの人は、()()さえなきゃね……とてもいい人なんだけど」

 エリオとキャロの頭上に、クエスチョンマークが踊り出す。その時──── 彼女達が疾走していた通路の脇道から爆発音が轟いた。ティアナ達は足を止めると慣れた動作でそれぞれのデバイスを構える。やがて濛々と立ちこめる粉塵の中からバリアジャケットに身を包んだ一人の少女が、ゆらりと姿を現した。

「ギン姉っ」

「久しぶりね、スバル、ティアナ。そして────」

 少女はアスナを見据えると、瞳を鋭く細めた。

「アスナ。……勝負よ」

「始まっちゃった……」

「え、えと。ギ、ギン姉? 今は任務中だから……」

「そうだったわ。ごめんなさい。後で勝負よ」

「……いらないから、かえれよ」

「相変わらず、手厳しいわね。だけどそこがいい」

「あの、ティアさん?」

「はぁ……訓練校にいたときにね。ギンガさんが、スバルの様子を見に来たことがあったのよ。その時にギンガさんとアスナが模擬戦やることになっちゃって」

「あ。もう何となくわかりました」

「あの時の私は、井の中の蛙だったわ……」

「語り出しちゃったわよ。何とかしなさい、スバル」

「どうしろって言うのさ……」

「模擬戦開始の合図と共に、私はダンプカーに直撃されたような衝撃と一緒に空を舞ったわ……木の葉のように」

「木の葉……」

 それは随分前の話であった。恐らくギンガにも油断があったのが原因なのだろう。当時忙しい職務の合間を見ては、ギンガや二人の父親であるゲンヤ・ナカジマが訓練校へ顔を出していた。だが、その日はタイミングも悪く桐生も訓練校を訪れていた。結果的にいつも以上に気合いを入れたアスナの攻撃を、ギンガは出会い頭にまともに食らってしまったのだ。

「その時に私は悟ったの……アスナこそ、私のライバルに相応しいわ」

「……はげしく迷惑です」

 それ以来、ギンガはアスナに対してライバル宣言をして今日に至っている。やはり姉妹は似るものだとティアナは思ったものだ。アスナもギンガを嫌っているわけではないが、会う度に勝負を挑まれるので、必然的に口をひん曲げていた。

「っと、切り替えなきゃね。ここまでのガジェットは粗方片付けてきたわ。一緒にケースを探しましょう。場所の特定は?」

 ギンガの言葉を聞いたキャロが一歩前へ出る。

「はい、先ほど反応を確認しました。ここから……二百メートル前後先です」

「了解。それじゃ……」

 ギンガの言葉を遮ったのは──── キャロのケリュケイオンと、ボブの声だった。

『アスナ、来たよ。例のオモチャだ。前方から五機』

『動体反応確認。ガジェットドローンです。後方から八機』

 スバルのマッハキャリバーが火花を散らし、ギンガのブリッツキャリバーが唸りを上げる。前方のガジェットを叩く為に、二人が飛び出した。スバルは飛び出す直前にアスナと視線を交わしていた。それだけで理解したのかアスナは少しだけ頷くと、足下のコンクリートを削り取りながら、後方へと疾走した。





 お互いに背中を合わせながら、大空に悠然と佇む白と黒。その佇まいは歴戦の勇者と言っても過言ではない姿だった。なのはとフェイトが航空機型のガジェットと交戦を始めて暫し。六課の司令室を混乱に陥れる事態が発生する。

 どこからともなく……そう、どこからともなくだ。六課のレーダーに突如として、六十を超えるガジェットの機影が映し出された。判定は──── 全て実機。桜色の弾丸が次々とガジェットを撃墜していく中、その幾つかが、蜃気楼のように揺らめきながら消えていく。

「実機と幻影の混成……」

「そうみたいだね……しかも恐ろしく精度が高い。どうしよっか、フェイトちゃん。全部叩き墜とせば良いだけの話だけど」

 なのはらしい物言いに、フェイトは苦笑しそうになる。

「どう思う? なのは」

「明らかな陽動だね……目的は多分、地下かヘリ」

「どっちに行くかは、なのはに任せる」

「どう言うことかな、フェイトちゃん」

「私が残る。なのはは行って」

「フェイトちゃん」

 なのはの真剣な声に顔を引き戻すと、フェイトの耳に入ったのは意外すぎる言葉だった。

「それ、死亡フラグ」

「……なのはは、最近アスナにちょっと似てきたね」

「うそ、でしょ」

「そういう所」

 フェイトはがっくりと肩を落とす。

「……しつれいなことを、いわないでください」

「や、やめて、なのは。に、似てるけど」

「不思議だよねぇ。アスナが六課に来てまだ、二ヶ月くらいしかたってない」

「そっか……まだ、それくらいなんだ。ずっと前からいるような気がする」

 フェイトは考える。桐生アスナと言う名の少女のことを。多かれ少なかれ六課の人間は影響を受けているようだ。一番変わったのは──── エリオとキャロ。二人とも変に大人びていたが子供らしくなったと同時に、精神的にも成長したようだった。ならば……近いうちに皆に話した方が良いかも知れない──── エリオとキャロのことを。そして……私のことを。

「少し、恐いけど」

「大丈夫だよ、フェイトちゃん」

 なのはは、フェイトへと破顔する。根拠のない大丈夫など信用に足るものではないが、高町なのはが口にする『大丈夫』には不思議な力があった。暫し見つめ合う二人。そんな空気に水を差したのは

『仲がええなぁ、お二人さん』

 空間に出現したスクリーンの中にいたのは。バリアジャケット(騎士甲冑)を纏った──── 八神はやてであった。





 狭い地下水路に、クロスミラージュの銃声が木霊する。ティアナが一機、二機と撃破すると同時に、エリオがストラーダを構え疾風の如くガジェットに迫り、突き裂いていく。そんな戦闘の中、キャロが注意を促すようにエリオの名を呼んだ。

 キャロの声を聞き取ったエリオは、穿ったガジェットを右足で蹴りつけると、寸時にバックステップする。キャロはエリオが十二分に距離を取ったのを確認すると、フリードへ語りかけるように言葉を紡いだ。

「お願い……フリード」

 キャロの肩にいたフリードは翼を一打ちすると、緩りと飛び上がり──── 轟音と共に炎弾を吐いた。空気をぎしぎしと焦がしながら、炎の弾丸はガジェットの一機へ着弾し周辺を炎の海へと変える。

 後方で仲間の戦いぶりを見ていたアスナは何を思ったのか、水路の壁へ回し蹴りを叩き込んだ。ばらばらと崩れ落ちたコンクリートの壁。アスナは幾つか足下に転がったコンクリート片を拾い上げる。唯のコンクリート片は────マジックキャンセルを付加され、『気』で強化され、アスナの腕力で投擲され──── 砲弾と化した。

 砲弾は炎に包まれていたガジェットのボディを、アルミ缶のように次々と貫いていく。拾っては投げる。アスナは機械的に唯、その動作を繰り返していた。やがて拾い上げるコンクリート片がなくなる頃には、動くガジェットは一機も残っていなかった。

「終わりね」

 ぽかんと、口を開けながらそれを見ていたエリオとキャロを他所に、ティアナが息を吐きながら戦闘の終了を告げる。

「どうしたの、二人とも。アホの子みたいよ。あたしが言うのも変だけど、二人とも随分慣れてきたわね。びっくりしたわ」

 ティアナにそう言われたエリオとキャロは、はにかみながら笑った。

「……私もがんばったから、ほめれ」

 そう言われたティアナはアスナへ微笑みながら、水路の壁を指さす。

「むやみに公共物を壊すな」

「……あれー」

「スバルさん達は大丈夫でしょうか……」

 しゃがみ込んで床にのの字を書き始めたアスナの頭をキャロが撫でている。そんな二人を横目で見ながら、エリオは心配げに眉を寄せた。

「大丈夫よ。ガジェットなんかに後れを取るスバルじゃないわ。何より……ギンガさんが一緒なのよ? そしてアスナが、()()()側に来た。それが理由よ」

 エリオは素直に、凄いと感じていた。あの二人が危機に陥るなど微塵も感じていない自信に満ちた口調。それは信用ではなく、信頼。エリオは左腕に巻かれているリボンにそっと触れる。自分もそんな、『人間』になりたい。そう、だから──── まっすぐ前を向いて歩こう。

「ほら、帰ってきたわよ」

 ティアナの言葉に促され、その方向へ顔を向けるとスバルが手を振りながら歩いてきている。二人とも無事などころか、息一つ切らしていないようだった。

「ね? 大丈夫だったでしょ。こっちよりも大変そうなのは」

 ティアナはそう言いながら地下水路の無機質な天井を見上げた。





 発動キーを詠唱。

「来よ、白銀の風。天よりそそぐ矢羽となれ」

 発動キー確認。……実行キーを詠唱。

──── Hræsvelgr(フレースヴェルグ)

 八神はやてから放たれた白銀の閃光が、雲を切り裂きながらガジェットを追い詰める。事態を重く見たはやては、クロノ・ハラオウンへリミッター解除の申請をした上で、自ら戦場へと赴いた。

 解除されたリミッターは──── 3ランク。それでも、Sランク魔導師としての力を発揮したはやての砲撃から、ガジェット如きが逃れる術など無かった。放たれた閃光は一群、また一群と次々にガジェットの編隊を飲み込んでいく。

 超長距離砲撃魔法である、『フレースヴェルグ』はユニゾン無しではコントロールが困難だ。その為、はやてのデバイスである『シュベルトクロイツ』と、六課オペレーターの補助が必須である。その関係もある為に、六課司令室に於いて砲撃の樣子をモニタリングしていたのだが──── その樣子を彼女達も食い入るように見ていた。





「凄いわね……」

 本当に陳腐だが、凄いという感想しか出てこなかった。

「ガジェットの編隊が、あっという間に消えていくよ……」

「標的に着弾すると周囲を巻き込んで炸裂するのか……殲滅魔法よね」

 凄いなんてものじゃない。この時、あたしは隊長陣のリミッターというものを真に理解した。

「八神部隊長のどうや見たか、みたいな顔が目に浮かぶようだわ……ちょっとヤな感じ」

「どうして、ティアはそんな事言うの」

『どうやっ。まだまだ、いくで』

「……ティアナとおなじこと言った」

「八神二左って、こんなキャラクターだったかしら……」

 ギンガさんが不思議そうに呟くが、あたし達から見ればいつも通りの八神部隊長だった。

「概ねいつもこんな感じです。どうせ後でシグナム副隊長に怒られるでしょうから。さて、あたし達は目的のレリックを探しましょう。この近くなのよね、キャロ」

「はい。この周辺だと思います」

「それじゃ、手分けして探しましょう」





 荒く息をつく。八神はやては乱れた呼吸を整えるように天を仰いだ。

「空元気は、やっぱり続かんわ。連続は流石にキツいなぁ」

 空を覆う雲は自分の足下にある。視界に入るのは、青の絵の具を溶かし込んだような──── 蒼天。彼女は青を暫く眺めていたが、やがて。まっすぐ前を向き目を細めた。

「泣き言は終わり。実機と幻影の解析が終わるまでの辛抱や。それに部隊長が前線に出たからには、余裕綽々でおらんとな。みんなが不安になってまう」

 実に彼女らしい考え方だった。巫山戯た言葉も、空元気も全ては──── 皆の為に。

「さぁ、やろか。あんたらには悪いけど、もうちょっと付きおうてや」

 展開している魔方陣に光が集まっていく。


──── ヴィータ、リイン。そして、なのはちゃん、頼むで……嫌な予感がするんや。


 閃光が放たれた。





「……あ」

「アスナ、見つけたの?」

 何事か声を上げたアスナに近づいていく。

「……かめ、げっと」

「は?」

 アスナがあたしの目の前に、ずいと突き出したのは……両手両足をばたばたと動かしている亀だった。甲羅を掴まれ、じたばたしているその姿は非常に迷惑そうだ。どうしてこんな餌もない水路にと思ったが、大方ペットとして飼われていたのが逃げ出したか、或いは捨てられたかしたのだろう。捨てるくらいなら生き物を飼うなと本当に思う。

「で、どうするの、それ」

「……つれてかえる」

 ペットショップで探す手間が省けたし、蜘蛛よりは亀の方が蛙と相性は良いだろう。少なくとも食べられはしまい。

「そう。大丈夫だと思うけど、一応アイナさんには報告してね」

 アスナが無言で頷くのを確認したと同時に、キャロの皆を呼ぶ声が聞こえた。どうやら発見したらしい。

「それじゃ、連絡してから他のみんなと合流し」

『アスナ、ティアナ。何か来る』

 ボブの警告にクロスミラージュを咄嗟に構える。微かに物音が聞こえる。何かの足音のような──── 何かを()()()()()ような音が。音は断続的に聞こえ、次第に大きくなっていく。……近づいてきてるのだ。

「な、何? 何の音?」

 スバルも気がついたようだ。その音はあたし達の真上を通り過ぎた。かと思うと、今度は水路に水しぶきが上がる。見えない? ステルスか。

 あたしは烈火の如く声を出し皆へ警告する。一体何がいるんだ。()()は、規則的に水の柱を上げながらキャロへと近づいていく。あたしは見えない敵にクロスミラージュを構え、照準を合わせる。が──── 舌打ちをしながら銃口を跳ね上げた。


──── 斜線上にキャロがいる


 その瞬間、水柱が唐突に消え失せる。止まった? いや……上かっ。

「キャロっ」

「え」

 あたしの警告も虚しく、()()から放たれた魔力弾は容赦なく、キャロの小さな体を吹き飛ばした。直撃はしていないようだが、楽観は出来ない。あたしは足に力を入れキャロを目指した。

 攻撃の余波で煙が立ちこめ、視界がすこぶる悪い。その中を──── 小さな影が、敵を目指して跳躍した。魔力弾が放たれた位置から場所を割り出したのだろう。本当に戦い慣れしてきている……エリオは、敵へ一撃加えると、キャロを庇うように着地した。

 着地する瞬間、敵に頬を切り裂かれるが、エリオは──── 挑発するように不敵に笑った。そしてエリオは自分を心配するキャロを安心させるように──── 優しげに微笑む。……ちょっと将来が心配になるわね、エリオは。

 視界が晴れた常闇から、陽炎のように姿を現したのは……人ではなかった。頭もある。体も四肢もある。だが、これを人とは呼ばないだろう。人の形をしている。唯、それだけだ。

「……でっけー虫がいる」

『昆虫に近い姿だね。昆虫を素体にした使い魔なのか、最初からこういう生き物なのかは、わからないが』

 虫? ……言われてみれば、確かに虫に似ていないこともない。虫の外骨格を着込んだ人のような姿。可能性があるのは、ボブの言った通り使い魔か召喚か。どちらにしても近くに召喚した人間がいる可能性が──── 召喚? あたしが記憶の海から何かを掴みかけたとき。視界の隅にレリックのケースが映る。先ほどの攻撃でキャロが手放してしまったようだ。幸いにも人型はエリオと睨み合っている。あたしは迷うことなくケースへと走り出した。

 ケースまで、後二メートルと言うときに。目の前に──── 人型がいた。驚愕に思考が止まる。あの距離を一瞬で移動したのか。アスナよりも遙かに無機質な瞳に捉えられたあたしは、場違いにも意外と綺麗な瞳だなと思ってしまった。次の瞬間には大砲のような蹴撃を胸に受け──── 地下水路の壁へ叩きつけられた。

 叩きつけられた反動で無様にも、受け身も取れずに前へ倒れ込む。血の味がする。倒れた時に顔から行ったのが不味かった。息が出来ない。酸素を求めて必死に呼吸する魚のように口を開ける。あたしの名を叫びながら駆けつけてくれたスバルの泣きそうな顔を見つめ、何とか言葉を吐き出した。

「大丈、夫よ。はぁ、そんな、ことより気を抜いちゃ」

 あたしが懸命にそこまで言ったとき──── 空気が断末魔の鳴き声を上げた。

「やっば……」

 スバルが顔を青くする。あたしは先ほどとは違う意味で呼吸が出来ない。エリオやキャロも酷く顔色を悪くしながら肩で息をしている。油断したあたしの所為だ──── アスナから立ち上る気が、はっきりとわかるほどに揺らめいている。いつかの模擬戦で見せた圧力など、比べものにならないほどの気配。アスナを支えている床が悲鳴を上げるようにひび割れ、足下の石が耐えきれず弾け飛ぶ。

『アスナ、落ち着くんだ。ティアナは無事だ。聞いているのか』

「……ウルサイ」

 アスナは、ゆるりと顔を人型へ向ける。ゴーグル左目の単眼(モノアイ)が──── 妖しく灯り、その口元を凶悪に。耳元まで裂けるかと思うほどに嗤いの形へと変える。六課に来てからまだ一度も見せた事のない、敵意を向ける者全てを容赦なく慈悲もなく、力で叩き潰してきた()()が顕現した。






 ~休日と嫌な予感 後編 了
 
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