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東方虚空伝

作者:TAKAYA
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第二章   [ 神 鳴 ]
  二十五話 神々の戦 古王と新王

 普段なら生き物達の営みの鳴き声が響く深緑の森が、死都の様な静寂に包まれていた。
 別に其処に住んでいた生き物達が死に絶えた、と言う訳では無く彼等の本能が危機を察し逃げ出したのだ――――迫り来る脅威から。

 そして程無く、森の静寂は激しく打ち壊される事となる――――



 澄み渡る青空を背に地上目掛け紅蓮を撒き散らしながら疾駆する無数の火球が、熱と衝撃を持って深緑に染まる木々を大地ごと薙ぎ払い一瞬にして黒色の焦土を生み出した。

 その熱気冷め止まぬ中を二つの影が駆け抜け激しくぶつかり合う。
 虚空の振り下ろした白刃と神奈子が振り抜く棍が接触し、鋭く甲高い音が響き渡った。
 そして虚空は受けた衝撃に逆らう事無く後方へと飛び、神奈子が追撃を掛けようと踏み込む寸前――――空を切りながら十数本の人の腕程はある石槍が、神奈子を射殺す為に降り注ぐ。
 襲い来る石槍を棍を旋回させる事で防ぎながら、神奈子は忌々しそうに舌打ちをし後方へと下がる。

 時を同じくして石槍を放った張本人である諏訪子に、接近していた須佐之男が側面から剛刀を振り下ろすが――――その鋼の進路を闇色の刃が遮った。
 黒の大剣と銀色の剛刀が、まるで牙を立て合う獣の呻き声の様に金属音を発し、其々(それぞれ)の剣の所有者であるルーミアと須佐之男は視線をぶつけ合うと、反発する磁石の様に互いに剣を弾きながら距離を取る。

 そんな二人の間を更に裂くかの様に、再び上空から数個の火球が降り注ぎ周囲を炎が薙ぎ払った。そして炎の壁を挟み諏訪の三人と大和の三人が正面で対峙する形に戻る。

 一進一退――――状況を一言で表すのならば正にこれである。
 しかし互角の状況に見え、圧倒的不利という事実が見えない刃となって虚空達の喉元に迫っていた。
 そもそもにおいて諏訪の全軍を囮に大和の本隊を足止めしているこの状況で、悠長に互角の勝負などしていれば大和の増援が駆け付けてくる――――(どころ)か諏訪の軍の全滅の恐れもあるのだ。

 この状況を打破する為にはどうにかして均衡を崩さなければならない、それがどれ程危うい賭けになろうとも――――もっともすでに“王”を最前線に投入する、という捨て身に出ていたな、と虚空は内心思い苦笑した。


「諏訪子、天照を任せた!後……突っ込むから援護宜しく!」

 決断した虚空の行動は迅速だった。
 狙いは単純明快――――敵の総大将である天照だ。討ち取るか、最低でも深手を負わせれば間違い無く大和は軍を退くだろう。
 懸念があるとすれば、神奈子と須佐之男の二人を天照から引き離す為には虚空達も戦力を分散しなければならない事だろう。
 しかし選べる選択肢など最早諏訪側には無い――――取れる行動は実行するか、しないかの二択のみ。

「えッ?ちょっとッ!あぁもう勝手なんだからッ!」

 一方的に言って駆け出した虚空の背に、そんな諏訪子の叫びが刺さるが当の本人は気にも留めず自身が定めた目標に向け疾駆する。

 飛び込んでくる虚空に対し大和の三人が迎撃の構えを見せた――――次の瞬間、大地が鳴動を始め隆起を起こす。
 隆起した大地から顔を出したのは植物の芽であり、まるで成長の過程を早送りするかの様にその枝葉は急激に樹木へと変わり天に向け伸びていった。
 成長していく樹木の幹周りは十mを優に超え、高さは百mを遥かに凌ぎ日の光を遮ると地上に影を落とした。
 そんな巨木が幾十・幾百と茂り、天照によって焦土と化した大地を数瞬もかからず大森林へと復活、否変貌させる。

 (こん)を創造する程度の能力――――大地に属する事象なら全てを顕現させる事が出来る破格の力であり、その力を有する諏訪子を人々は畏敬を込めてこう呼んだのだ。

 『土着神の頂点』と。

 その場に居る全員が改めてその二つ名の意味を悟り圧倒された。

 生れ出た木々によって天照達と分断され孤立した神奈子に、樹木の影から虚空が襲い掛かり白刃を振り下ろす。
 だが神奈子は虚空の奇襲に取り乱す事も無く、迫り来る白刃の一撃を棍で確りと受け止めた。
 鍔迫り合いの形で対峙する虚空と神奈子の視線がぶつかり、二人は合わせ鏡の様に口元を緩ませる。それは友好的な笑みでは無く――――腹の探り合いの駆け引きであった。

「神奈子……悪いんだけど、ちょっと僕と逢引(あいびき)してもらえないかな?」

 軽薄な笑みを浮かべそんな台詞を吐く虚空に対し、神奈子も微笑みながら、

「おや?女を誘うにしては強引過ぎやしないかい?えぇ七枷?」

「ごめんね、僕……不器用なんだよ♪」

「なるほど……でもその程度の器じゃ、あたしの逢引相手としては役者不足だよ」

 そんな軽口の叩き合いを行いながら両者は互いの隙を探り合う――――そんな二人に、木々の間を駆け抜けてくる影が迫った。
 それは剛刀を振りかぶった須佐之男――――狙いは間違い無く虚空であり、刃の様に鋭い視線を向けている。
 そして突如、須佐之男の周囲に彼が手に持つ剛刀と寸分違わぬ刃が現れる――――その総数、実に五十本。
 須佐之男の殺気に反応するかのように五十の白刃が怪しい輝きを放ち、

「おいおい!戦の最中にウチ(大和)の軍神、口説いてんじゃねぇよッ!」

 彼のその台詞を引き金に虚空に向け一斉に撃ち放たれる。

 神奈子との鍔迫り合いを続ければ飛刀に貫かれ、かと言って迫る白刃に意識を向ければ神奈子に隙を晒す事になる――――虚空は絶命の危機に陥った。

 薄らと白い軌跡を残し高速で飛翔する鋼の群れは、狂う事無く虚空の身体を射抜き蹂躙する――――――――筈だった。
 巨木の影より疾駆する黒い奔流が、まるで魚群に飛び掛かる海鳥の群れの様に鋼の刃に躍りかかったのだ。
 黒い奔流の正体は漆黒の身を持つ数十匹の群狼(ぐんろう)――――体長一m程の狼の群れが真紅の瞳をギラつかせながら、鋼達に牙を突き立てる。
 噛み砕かれる刃、射抜かれる黒狼、互いに地に転がるモノ……そんな燦然たる状況に目を向けていた須佐之男の頭上から絶死の一撃を放たんとする影が躍り出た。

「あんたの相手は…………こっちよッ!」

 そう叫ぶルーミアは黒の大剣を振りかぶり、須佐之男の脳天目掛け振り下ろしす――――が、漆黒の闇を炎の様に纏った大剣を須佐之男は勢い良く後方に飛ぶ事で回避する。
 目標を失った一撃は激しく地を叩き、凄まじい破壊力で衝撃と爆煙を撒き散らした――――それは最早剣戟などでは無く、鉄槌に近い。

 立ち上った爆煙は一瞬にして周囲へと広がり須佐之男の視界を奪う――――そして彼は自身の側面の煙が僅かに揺らいだ事を見逃さず迎撃の体制を取る。
 煙幕からあの女(ルーミア)が飛び出してきた瞬間に斬り伏せる――――そう思考し刃を構えた須佐之男は煙幕を破って現れたモノを視認し瞠目した。
 それはルーミアでは無く体長三mを超える黒い体毛に覆われた――――巨熊(きょゆう)
 想定していた相手と違う――――その戸惑いが一瞬だが須佐之男に隙を生んでしまい、突進してくる巨熊の一撃に対処出来なかった。

「ガっ!!」

 体当たりの要領で須佐之男を捉えた巨熊は、そのままの勢いで須佐之男ごと明後日の方へと爆走して行き、その後を追う形でルーミアが飛翔する。

「おのれ!穢れの分際でッ!!」

 煙幕の切れ間から須佐之男の状況を目にした天照が、須佐之男を追撃する為に背を向けているルーミアに攻撃を仕掛ける為に自身の周囲に五十㎝程の火球を六つ創り出し狙いを付けた。

 それに気付いた虚空が神奈子を振り払い天照に光弾を撃とうとする――――
 そうはさせまい、と神奈子は虚空に向け棍を突き込もうとする――――
 天照は火球を矢の様な形に変え、背を向けているルーミアを射抜こうとする――――

 そんな三者三様の行動は――――突如響き渡った凄まじい衝撃音によって停止した。
 三人の視線は衝撃音が響いてきた方向に向けられ、彼等の目に飛び込んで来たのは――――天を覆うような巨木の枝葉から僅かに望む空を舞う()()だった。
 まるで何かに吹き飛ばされているかの様に、衝撃音と共に次々に巨木が宙に打ち上げられていく。
 そして衝撃音の発生源(・・・)が木々を薙ぎ倒し、虚空達の前へと現れる――――それは巨大な、途轍もなく巨大な…………猪。

 全長は恐らく三十mを優に超えており一歩踏み込む(ごと)に大地を震撼させている所を見ると重量も相当なモノだろう。
 異様なのは猪の肌だ――――生物特有の毛並など一切無く、身体全てがまるで黒曜石の様な輝きを放っている。
 間違い無く生物では無い――――しかし猪の瑪瑙色の瞳には闘争心が滾り、全てを破壊するかの如く突進していた。

「「「 ッ!? 」」」

 偶然か否か、猪の進路上に居た三人は突然現れた怪異に驚嘆しながらも、即座に回避行動を取り猪の突撃から退避する。
 猪が通り過ぎる瞬間、三人は怪異の正体を理解した――――猪の背に諏訪子が立っていたのだ、あの猪は諏訪子の能力で生み出された物である、と。

 通り過ぎていった猪は木々を薙ぎ倒しながら急旋回すると、今度は天照目掛け驀進(ばくしん)を始めた。
 巨体に似合わない速度で迫る猪に、天照はルーミアを撃つ為に創り出していた火矢を全弾打ち込み、六つの矢は的確に猪の鼻先に着弾し衝撃と爆炎を起こした――――が、それを全く意に介さず猪は天照に迫る。

「ッ!このッ!」

 天照は、らしくない舌打ちをしながら猪の突進を空中に飛び上がる事で回避し、それを見た神奈子が主の危機を救う為に虚空に背を向けた――――それは虚空が待ち望んだ瞬間でもあった。

「天照様ッ!」

「隙……有りだよッ!――――神奈子ッ!」

 神奈子の背に向け虚空は光弾を放つ――――四つの青い輝きを放つ菱形が一直線に彼女に迫るが、神奈子は後ろに目が付いているのでは?と疑いたくなる程正確に瞬時に振り向き全弾を棍で打ち砕く。
 しかし一瞬の隙は一歩の遅れ――――光弾を防いだその間に虚空はすでに神奈子に肉薄しており、彼女が虚空を振り払う為に繰り出した棍撃はあっさりと虚空の剣戟に弾かれる。
 そして棍を弾かれ懐を開けた神奈子の胸元に虚空の槍の突撃の如き蹴りが叩きこまれた。

「ッ!ガハッ!!」

 苦痛の表情を浮かべながら空を切り吹き飛ばされていく神奈子と、それに追随するかのような虚空は森の奥へと姿を消していった。

 この時点で虚空が狙っていた状況へと移行する事に成功していた――――しかし、それは舞台を整えたに過ぎず……戦局はまだ何も変わってはいない。




□   ■   □   ■   □   ■   □   ■   □   ■





 木々の間を吹き抜ける風が空中で佇む天照の髪を揺らし、彼女は乱れる髪を抑えながら地上で猪の背に立つ諏訪子へと視線を向ける。
 天照は素直に感嘆していた――――神奈子と須佐之男……あの二人を有しながら一対一というこの状況を生み出した諏訪側の意外性に。
 それは優位者が不利者の健闘を称える様な、そんな上から目線の感情だった。だが彼女のその感嘆は当然だろう――――どう見積もっても大和の有利は明確なのだから。

「…………このような状況になるとは本当に予想外です。貴女方を侮っていた事を素直に謝罪しましょう――――ですが……勝利を手にするのは結局は我々――――洩矢よ……敬意を評し我が全力で貴女を討ちます、私の力……『太陽を生む程度の能力』で」

 そう宣誓する天照を諏訪子は忌々しく睨み、

「ふんッ!あぁそうかいッ!やれるもんならやってみなよッ!――――打ち砕けッ!!」

 諏訪子は猪の背から飛び降りながらそう命令を飛ばし、令授(れいじゅ)を受けた猪は生物の様な咆哮をあげると天照に向け、放たれた矢の如く突貫した。
 高速にして大質量の塊――――そんな暴威を前にしても天照は取り乱す事無く、

「……侮らないで頂きたいものですね」

 両手を左右に広げる――――その姿は全てを受け入れる様な、将又(はたまた)全てを開放する様な、そんな事を連想させる。
 そして次の瞬間――――凄まじい紅蓮が周囲を照らし出し、赤光に染められていった――――否焼き払われていた。

 空中に生まれたのは灼熱の球体――――百mを超える紅蓮の塊はまるで蒼穹に生まれた、二つ目の太陽の様だった。
 太陽が放つその熱量だけで、諏訪子が生み出した巨大樹の森は一瞬で消し炭にされ再び灰色の焦土へと変貌する。
 そんな暴虐の炎に臆する事も無く、黒曜の輝きを持つ猪は太陽へと牙を突き立てる。
 紅蓮を猛らせ暴威の獣を焼き払わん、とする太陽と――――獰猛に牙を突き立て灼熱の繭を喰い破らん、とする猪が激しく(せめ)ぎ合い、そして――――紅蓮によって猪が砕かれた。

 猪を(ほふ)った熱波はついでとばかりに更に森を薙ぎ払い焦土を広げ、太陽の中心である天照は灰色の地に立つ諏訪子を見下ろしながら、

「今一度名乗りましょう……我が名は黄泉 天照!この地上を照らす第二の太陽となる者、新たな秩序として輝く者――――古き神の王 洩矢よ、古き信仰の象徴よ、これは最初で最後の慈悲です、降伏し我が下に平伏(ひれふ)しなさい」

 そう高らかに宣誓と共に宣告を下した。
 彼女の言葉は、正に太陽の代理者としての地上への庇護の宣誓であり――――同時にこれまでの歴史への終止符の宣告である。

 天照の言葉を受けた諏訪子は、強い眼差しを天に座す天照に向けると、

「はんッ!御大層なご高説だねッ!あたしの答えは――――“お断り”だよ!それにね、地上に暮す人々にしたらお天道様が二つもあったら邪魔なんだッ!その偉そうな態度と一緒に引きずり墜としてやるよッ!」

 天照の宣誓にも負けない勢いで言葉を返した。
 それを聞いた天照は深く溜息を吐くと、空へと上昇を始める。

「洩矢 諏訪子……自分で吐いた言葉を後になって後悔なさい――――新時代の輝きに焼かれて!」

 天空で猛る巨大な太陽が天照の心情を表すかの様に輝きを増していき――――その表面に幾つもの渦を発生させた。
 そして、その渦の回転が更に激しくなった瞬間――――幾つもの紅い光が、まるで槍の様に地上に向け放たれ大地を穿った。
 紅い槍が撃ち込まれた場所は一瞬にして融解し、融けた大地は水飛沫の様に宙に舞う。
 槍の脅威はそれだけでは収まらず、穿った場所から横へと薙ぎ払われ地上に幾つもの赤い線を引き――――線上に残された熱量が少し遅れて解放される。
 引かれた線上から天に向け紅蓮の炎が撒き上がり――――その様はまるで天空へと掛けられた天幕の様。

 諏訪子はその破壊の奔流の中を掻い潜りながらも反撃へと転じる。
 両掌を胸の前で勢い良く合わせると高い音が響き渡り、諏訪子の周囲にその音の響きに合わせるかの様に銀色の塊が生まれていく。
 銀色の塊の正体は――――拳大程の(やじり)
 その鏃は音の響きが消えた頃には、諏訪子の周囲を数百に上る数で包み込んでいた。
 それと同時に地上から幾条もの水流が発生し、鏃一つ一つに纏わり付き――――そして鏃を核とした水の燕が形造られる。

「いけッ!」

 諏訪子の令授に従い、数百の水の燕の群れが天空の太陽目掛け飛翔する。
 太陽からは尚も朱槍が振るわれているが、水燕達は然も本物の燕の様に空を翔け抜け槍を躱し太陽へと突き刺さっていく。

 一体一体では『像に針を指す』程度でしかないが一点に向け数百を集中させれば話は別だ。

 天照もそれに気付き、水燕が集中してくる箇所へと力を集める為に攻撃を止め防御に入った。

 攻撃が止んだ隙に次の手を打つべく、諏訪子は即座に行動に移す。
 右手を天に向けるとその先に一つの鉄輪を生み出す、すると鉄輪はその場で回転を始める。
 徐々に上がる回転速度に比例するかの様に鉄輪自体も肥大化していき――――遂には直径三十mを超える巨大な円刃へと変貌した。
 その鋭く空気を絶つ音を轟かせる円刃は、まるで飛び立つ鳥の様に天高く高く飛翔し、そして――――太陽目掛け高速で飛来する。
 その様はまるで、断頭台から振り下ろされる剛刃であった。

 太陽へと振り下ろされた円刃は抉り込むかの様にその刃を紅蓮の塊に喰い込ませ――――紅蓮の太陽は逆にその刃を噛み砕くかの様に激しく灼熱を迸らせる。
 円刃の高速回転と鬩ぎ合い激しく火花――――否、最早噴炎と言っても差支えない程の火炎を散らせる太陽を地上から見上げている諏訪子の口に不敵な笑みが浮かぶ。

 水燕、円刃――――このどちらも諏訪子にとっては本命の一撃の為に打った布石だったからだ。

 彼女の本命は天照からは全く見えず察知できない場所――――天照が太陽と化している場所の直下の地面の更に下…………地中深くで練り上げられていた。

 諏訪子が(おもむろ)に右手を上げ、その指先を太陽へと向けた直後――――

 大地が激しく鳴動し、灰色の焦土と化した死地が下から何かに押し上げられるかの様に隆起した直後――――大爆発を起こした。
 大地を粉砕し溢れ出たモノ、それは――――赤い……朱い……紅い……灼熱の奔流――――紅蓮を体現する大地の怒りにして命慟(めいどう)其の物である……熔岩。
 その煉獄を幻視させる様な暴虐の奔流が、天照の直下から天を射落とす厄刃(やいば)と化し太陽を刺し貫く――――いやその巨大な奔流が“飲み込んだ”と言った方が正しいだろう。

 熱量だけであれば熔岩が太陽の脅威となる事は無い――――しかし熔岩が内包するのは熱量と……質量である。
 天照の太陽が疑似的な太陽だとしても熱量を相殺しながら質量を防ぎきる事は出来ず――――耐熱が出来たとしても濁流は防げない。

 天へと延びる紅蓮の大剣からは大地に流れる地電流が奔り、ある種の幻想的な絵面になっていた。

 勝利を確信した諏訪子だったが――――彼女の瞳はある変化を捉えてた。

 猛る紅い奔流の中で()()かが蠢いていたのだ。
 そしてその()()は熔岩の剣を中から破り――――否、吹き飛ばしその姿を現す。

 それは……黄金――――

 それは……金色――――

 それは……諏訪子を見惚れさせるほどの神秘性と神々しさを振りまく――――黄金色の鳳凰(ほうおう)

 翼を広げた大きさは軽く八十mを超え、その金色の焔に包まれた身体からは黄金が粉雪の如く舞っている。
 洒落た装飾の様な五本の尾羽を揺らし、翼をはためかせると金の羽根が宙を色どった。

 そして空中で何回か翼をはためかせた鳳凰は、眼下に居る諏訪子にその栗色の目を向けると――――突如、獲物を狙う猛禽類の様に地上に向け飛来した。
 
 諏訪子は敵に見惚れる、という自身を叱咤し即座に反撃に移る。
 彼女の周囲の地面から突如、巨大な五本の石槍が顔を出し弓から放たれた矢の如き勢いを持って鳳凰へと飛翔していく。

 しかし石槍は鳳凰に触れる寸前に、まるで豪火に桶の水をかけるかの様に音を立てて霧消し――――鳳凰は勢いを緩める事も無く諏訪子へと襲来した。

「!?ッこのッ!」

 舌打ちをしながら諏訪子は左に大きく飛び鳳凰の突撃を回避するが、鳳凰が通り過ぎる瞬間――――凄まじい熱量が衝撃波となって諏訪子を始め鳳凰が駆け抜けた進路上を吹き飛ばす。
 十分な距離を取って回避したにも関わらず、諏訪子の右袖は完全に焼き払われ腕にも焼痕(しょうこん)が刻まれる。

 そんな諏訪子を嘲笑うかの様に天に上った鳳凰は大きく翼をはためかせると、大量の金色の羽根が宙に舞う。
 そして宙に舞った羽根は次の瞬間、鋭く高速で地上へと降り注いだ――――その様は襲雨の如く。

 土、処か岩すら軽く蒸散させる程の熱量を持つ刃が雨の様に降り注ぐ中――――諏訪子は鉄、岩、水、樹木、熔岩……持てる力を総動員し幾重にも天蓋を張り巡らせその猛威を凌いでいた。
 しかし防御に徹していてはその内に破られる――――そう判断した諏訪子は打てる手を思考し……反撃の為に天蓋から飛び出す。

 今だ降り注ぐ襲雨の中を駆け抜けながら、諏訪子は両手に鉄輪を創り出すと鳳凰に向け勢い良く投げ放つ。
 飛翔する鉄輪は鳳凰に迫りながら分裂し、その数を十六にまで増やすと鳳凰を切り刻む兇刃となって殺到した。

 だが鳳凰はその兇刃すら(いと)わず体当たりでもするかの様に鉄輪に向け飛翔すると――――鉄輪を半融解させながら弾き飛ばす。
 そしてその勢いのまま地上の諏訪子目掛け再び襲来する。

 大気を焼き払いながら迫る金色の暴威を見据える諏訪子の顔には――――――――笑みが浮かんでいた。
 別に気が触れた訳ではない、その笑みは何かと問われれば――――悪戯が成功した子供の様な……そんな笑顔。

 逃げる様に後方へと駆け出した諏訪子を、鳳凰は地上を疾駆するかのように低空飛行し大地を蒸散させていく。

 そして鳳凰が後少しで諏訪子を捉える、と思われた次の瞬間――――

 大気を震わせる程の鈍く轟く様な音と共に――――――――鳳凰が天空を舞っていた。
 鳳凰が飛翔した訳では無い……その証拠に、宙を舞うその姿は……美しく飛ぶ鳥、ではなく空に放られた鶏の様。

 鳳凰を空へと打ち上げたモノの正体は――――大地から突き上げられた十mは有る巨大な鉱石の拳だった。
 鉄輪を囮に鳳凰を引きつけ……神力を注ぎ込んだ剛拳を死角から打ち込む――――諏訪子の策が見事に成功した訳である。

 空中を錐揉み状態で落下していた鳳凰は地表の寸前で大きく羽ばたき、ゆっくりと地上に降り立つと雪が溶けるかの様にその形を消していく。
 鳳凰が完全に消え去るとそこには天照が毅然として立っており、先程と変わらない強い眼差しを諏訪子へと向けていた。
 しかし流石に無傷でなく、纏っている衣は所々焼かれ口の端には血が滴っている。そして疲労の為か少々息も荒かった。

「……ハァ……ハァ…………往生際が悪いですね、洩矢……」

 袖で口元の血を拭いながら天照は諏訪子へとそんな言葉を掛けると、

「はん!そんな成りで強がってるんじゃないよッ!」

 まるで射返すかの様に語気を荒げた。

 両者互いに消耗は大きいが互いに一歩も引きはしない――――否、一歩たりとも引く訳にはいかなかった。
 “王”という責任が彼女達の肩に掛かっているのだ――――自身の敗北はそのまま国の敗北と同じ事。
 自らの誇り以上に国を担うという責任が彼女達を支えていた。

 天照は大きく息を一つ吐くと、自身の頭上に三つの巨大な火球を創り出し――――

 諏訪子は頭上を仰ぎ見た後、正面の天照に視線を戻し両手に鉄輪を創り出す――――

 そして、数瞬後――――両者は再び戦闘へと突入する。 
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