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ゼロの使い魔 新たなる物語

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第3話 決闘

 
前書き
かなり久しぶりの更新です。そのせいか張り切ってしまい、こんな長くなってしまいましたが、どうぞよろしくお願いします。 

 



 シエスタが連れて来てくれたのは、食堂の裏のある厨房(ちゅうぼう)だった。メイドさんやコックたちが頑張って大きな鍋などを使って料理を作っている。
「ちょっと待ってて下さいね」
 そう言って俺に椅子(いす)を用意してくれた後、シエスタは厨房の奥へ消える。――そして数分後、お皿を抱えて戻ってきた。
 シエスタはその皿を俺の前に出してくれる。どうやら中身はシチューらしい。
「貴族の方々にお出しする料理の余りモノで作ったシチューです。よかったら食べてください」
「……食べて、いいの?」
「ええ。(まかな)い食ですけど……」
 やばい、この子の優しさに泣きそうだ。
「い、いただきます」
 そう言って俺はスープを口に運ぶと――美味い。その美味さになんだか泣けていた。
「おいしいよ。これ……ううっ」
「えっと……なんで泣いてるんですか?」
「いや……久しぶりにちゃんとしたモノを食べたからさ」
「ご飯を食べさせて貰えなかったんですか?」
「ゼロのルイズって言ったら、怒って皿を取り上げやがったんだ。――ごちそうさまでした」
 シエスタと話している間も食べ続け、俺はすぐにシチューを食べ終えた。
 なので俺は手を合わせて食べ物に感謝をすると、俺の横にいたシエスタが俺のさっきの言葉に驚いたのか、目を丸くして聞いてきた。
「き、貴族の(かた)にそんな事を言ったんですか!?」
「うん。だって魔法が使えるだけだろ、貴族って?」
「勇気があるんですね……」
「まあ、魔法がなくても人間は困らないからな。実際、俺の故郷じゃ魔法なんか使う人いないし」
「サイトさんの故郷? ……ああ、そういえばミス・ヴァリエールに召喚されなんでしたね。――あはは、でもご冗談を。そんな国があるわけないじゃないですか」
 俺の言葉を笑いながら冗談だと言うシエスタ。……何だろう、ルイズも適当に信じたと言った感じだったからか、誰かに自分の世界の事を知って貰いたい気持ちが少なからず俺にもあるのだが……なぜならこの状況を誰でも良いから聞いてほしい(多分ルイズじゃ真剣に聞いてくれないしな)。
 だからなのか、ご飯を食べさして貰ったこの子に、俺の故郷の事を少し話してしまった。
 まあ、ここまで信じてないと少し驚かせたくなる。
 なので俺はポケットから携帯を取り出した。
 朝に確認した中に、スマホじゃない携帯をモーターを手で回して充電できる式の懐中電灯がサバイバル用品の中にあったので、携帯を普通にポケットに入れておいたのだ。……ホント、スマホじゃなくて初めて良かったと思った。充電は面倒だけどな。
「それがあるんだなー、これが。まあ、違う世界だけどね」
「違う世界? どういう意味ですか、サイトさん?」
「そのままの意味だよ。俺はこのハルケギニア? ……だったけ……まあ、この国の人間じゃないんだ。日本っていう、魔法が無くても全然困らない国からルイズに召喚されたんだ」
「……サイトさん、お医者さまをお呼びしましょうか?」
 マジでシエスタに頭がおかしい人だと思られたらしい。……そりゃ、今日初めてあった人にこんなこと言われたらそうなるだろう。
「そんなに言うなら、証拠を見せてあげるよ」
 だからこそ俺はさっきから電源を起動中だった携帯を開き、シエスタに見せる。
 丁度、電源が起動したようだ。
 するとシエスタは、昨日のルイズのように驚きの声をあげる。
「うわぁ、何ですか、これ?」
「携帯電話って言って、離れた人と話ができるんだ。……まあ、今は話せないんだけど、これには(ほか)にも使いたがあるんだ」
 そう言って俺は携帯のカメラをシエスタに向ける。
「えーと……サイトさん?」
「シエスタ、笑って」 
「えっと、それってどういう……」
「まあいいから…………はい、ありがと」
 俺の言葉に意味が分からなそうにしながらも、一応笑ってくれたシエスタ。ホントやさしいな、この子。
 その撮った写真を何気なく保存して、ファイルからその写真を出してシエスタに見せる。
「どう? よく撮れてる?」
「……これ、私ですか?」
「そう」
「す、凄いです! あの一瞬でこんな絵が描けるなんて!」
「まあ絵じゃないんだけどね。……シエスタも撮ってみる?」
「わ、私にも出来るんですか!?」
「ああ」
 そうして俺はシエスタに写真の撮り方を教えて、シエスタは何枚か写真を撮る。


 数分経ち、俺に携帯を返したシエスタが本当に驚いたような声で言った。
「こ、こんな道具があるなんて……ほ、本当に違う世界から来たんですか?」
「うん。だから俺にこの世界の事を少しでいいから教えてくれない? ルイズから少しは聞いたんだけど、貴族は偉いだなんだのばっかりで腹が立っちゃって……出来れば貴族以外での世界の暮らしについても知りたい」
 これは俺の本心だ。なんてったって、あのルイズの知識だけじゃ魔法の使えない俺が暮らしていけるか不安だったからだ。
 まあ、ルイズも俺の事を使い魔だと言っているから殺しはしないだろうけど……この世界で生きる以上、平民の生活も知っておいた方が良いと思ったんだ。
「わ、分かりました。(いま)だに少し信じられないですけど、あんな道具見たことないですし……と、とりあえず、説明はしてあげます」
「ありがとう、シエスタ。……俺、こっちに来てからこんな優しくされたの初めてだよ」
「そ、そんな、大げさな……」
「大げさじゃないよ。俺に何かできることがあったら言って。なんでも手伝うよ」
 ルイズの下着洗いはイヤだけど、この子には何か手伝いでもしないと気が済まないくらいだ。
「そ、そうですか? なら、こんな素晴らしい物をおつくりになられるサイトさんの国の事を、もっとおしえてくれませんか……?」
「そんなんで良いの? 力仕事とかでもやるよ?」
 そう聞くと、シエスタは少し悩んでから、何か決まったのか微笑みながら言ってきた。
「うーん……なら、デザートを運ぶのを手伝ってくれませんか。この国についてはその後ということで」
「分かった。良いよ」
 俺はその言葉に大きく(うなず)いた。



====================



「なあ、ギーシュ! お前、今は誰とつきあっているだよ!」
 俺がデザートの並んでいる大きな銀のトレイを持ちながら、シエスタと一緒にデザートを配っていると、そんな冷やかしのような声が聞こえた。
 その声の方を見てみると、どうやら誰かが冷やかしを受けているらしい。
 冷やかしを受けている奴は、金色の巻き髪にフリルのついたシャツを着た、見るからに気障(きざ)なメイジで、薔薇(ばら)をシャツのポケットに押し込んでいる。
「誰が恋人なんだ? ギーシュ!」
 続いている冷やかしを聞いて分かったが、気障なメイジの名前はギーシュっていうらしい。
「つきあう? 僕にそのような特定の女性はいないよ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」
 自分を薔薇に例えてやがる。救いようのないキザだ。見てるこっちが恥ずかしくなってきそうだ。
 そんな奴とは(かか)わらないほうが良いだろうと思い、シエスタと共にデザート配りを継続する。

 そしてしばらく配っていると、そのキザな男の近くにデザートを配っている際に、俺の足もとに何かが転がってきた。
 転がってきた方向からして、キザなギーシュという奴が落としたのはほとんど確実だ。だってあいつしかいないし。
 落し物はガラスでできた小壜(こびん)で、中に紫色の液体が揺れていた。
 ……仕方ない。どんなに気に入らない奴でも、落し物は落し物だ。教えてやろう。
「おい、この壜落としたぞ」
 手で落ちていた小壜を持ちキザな野郎に知らせる。
 しかし、ギーシュという男は振り向きもしない。こいつ、無視しやがって。
「落し物だよ。色男」
 シエスタにトレイを持ってもらい、無視できないようにギーシュの座っていたテーブルに小壜を置く。
 ギーシュは苦々しげに俺を見つめた後、小壜を押し付けてきた。
「これは僕のじゃない。君は何を言っているんだね?」
 けれども小壜に気づいたギーシュの友人たちが、大声で騒ぎ始めた。
「おお? その香水は、もしや、モンモランシーの香水じゃないか?」
 ――そこからは早いものだった。
 この騒ぎを聞いた一年生らしい女の子がギーシュに近づき泣き出し、それに加えモンモランシーとかいう子も加わり、ギーシュは二人に必死に弁解するも、二人は怒って『うそつき!』と言って、去って行ってしまった。
 しまいにはモンモランシーが、テーブルの上に置いてあったワインの壜を掴むと、中身をどぼどぼとギーシュに頭の上からかけて行ってしまった。
 ギーシュはハンカチを取り出しゆっくりと顔を拭き、吹き終わると首を振りながら芝居がかったしぐらで、
「あのレディたちは、薔薇の存在の意味を理解していないようだ」
 と言った。
 ……一生やってろ、さすがに付き合いきれん。
 そう思いシエスタから銀のトレイを受け取り、再び歩き出す。
 けれども――
「持ちたまえ」
 立ち去ろうとする俺に、ギーシュが呼び止めてきたので足を止める。
「なんだよ」
 ギーシュは椅子の上で体を回転させると、すさっ! と足を組んだ。……いい加減、そのいちいちキザったらしい仕草に頭がいたくなってきた。
「君が軽率に香水の壜なんかを拾い上げたおかげで、二人のレディの名誉が傷ついた。どうしてくれるんだい?」
 ……こいつ、あの出来事を俺のせいだと思ってるのか?
二股(ふたまた)かけてたお前が悪い」
 俺の言葉にギーシュの友人たちが笑った。
「その通りだ、ギーシュ! お前が悪い!」
 笑われたことが恥ずかしいのか、ギーシュは顔を少し赤くする。
「いいかい、給仕君。僕は君が香水の壜をテーブルに置いたとき、知らないフリをしたじゃないか。話を合わせるぐらいの機転があってもいいんじゃないかい?」
「どっちにしろ、二股なんかそのうちバレるっつの。あと、俺は給仕じゃない」
「ふん……。ああ、君は……」
 ギーシュがバカにしたように鼻を鳴らす。
「確か、あのゼロのルイズが呼び出した平民だったな。……平民に貴族の機転を期待した僕が間違っていた。行きたまえ」
 俺はそのセリフにカチンときた。明らかにこいつか悪いのに、なぜ俺がここまで言われなきゃならないんだ。さすがにここまで言われたら黙っているわけにはいかない。
「うるせえ、キザ野郎。一生薔薇でもしゃぶってろ」
 その言葉にギーシュの目が光る。
「どうやら……君は貴族に対する礼儀を知らないようだね」
「あいにく、貴族なんか一人もいない世界から来たんでね」
 ギーシュとお互い睨み合いながら、俺もギーシュを少し真似てキザったらしい仕草で言った。
「……いいだろう。君に礼儀を教えてあげよう。ちょうどいい腹ごなしだ」
 そう言いギーシュは立ち上がる。
「おもしれえ」
 こいつの事は、第一印象からして気に入らなかった。
 それに加えてルイズや近くにいるシエスタほどではないが、可愛い女子との二股という男には夢のシチュエーションまで実現し、おまけに俺を小バカにしくさった。
 ケンカするには理由はあっても、断る理由が見当たらない。
 ルイズや、俺を含めた平民たち全員をバカにしたようなことを言ったことの(ぶん)も含めて、ぶん殴ってやる。
「ここでやんのか?」
 ギーシュは俺よりも背は高いけど、ひょろひょろしてて、力は無さそうだ。なのでここでケンカを始めても全然かまわなかった。
「ふん……貴族の食卓を平民の血で汚すわけにはいかない。ヴェストリの広場で待っている」
 そう言い、ギーシュはくるりと体を(ひるがえ)す。その後を、わくわくした顔でギーシュの友人が追った。
 その友人の一人がテーブルに残る。俺が逃げないように見張っているらしい。
 そしてもう一人俺の事を見つめる視線があった。――シエスタだ。
 シエスタはぶるぶる震えながら、俺の事を見ていた。そんなシエスタに心配させないよう、笑いながら言った。
「大丈夫。あんなひょろスケに負けるかっての。何が貴族だっつの」
「あ、あなた、殺されちゃう……」
「……はぁ?」
「貴族を本気で怒らせたら……」
「あっ!」
 そう言って、シエスタは走って逃げてしまった。
(……なんであんなに(おび)えてたんだ? そんなにあいつが強いってのか?)
 わけがわからずにいると、後ろからルイズが駆け寄ってくる。
「あんた! 何してんのよ!」
「よお、ルイズ。見てたのか?」
「よお、じゃないわよ! なに勝手に決闘の約束なんかしてるのよ!」
「だって、あいつがあんまりにもムカつくから……」
 俺がそうバツが悪そうに言うと、ルイズがため息をつき、やれやれと肩をすくめた。
「謝っちゃいなさいよ」
「はぁ? なんで?」
「怪我したくなかったら、謝ってきなさい。今なら許してくれるかもしれないわ」
「ふざけんな! なんで俺が謝らなくちゃいけないんだよ! 先にバカにしてきたのは向こうだし、大体、俺は親切に……!」
「いいから!」
 俺の言葉も最後まで聞かず、ルイズは強い口調で言ってくる。
「……いやだね」
「わからずやね……。あのね、あんたは絶対に勝てないし、怪我もするわ。いや、けがで済んだら運がいい方なのよ」
「そんなの、やってみなくちゃわからねぇだろ」
「あのね……聞いて。メイジに平民は絶対に勝てないのよ!」
(……このまま意見が合わないまま話し合ってても、時間のムダだな)
 そう思い、ルイズはとりあえずほっておくことにして、残った一人に決闘の場所を聞くことにした。
「ヴェストリの広場ってどこだ?」
 すると残った一人はしゃくり、
「こっちだ。平民」
 そう言って歩き始めた。
 俺がそいつの後をついて行くのを見たからか、背中の方からルイズの声が聞こえた。
「ああもう! ほんとに、使い魔のくせに勝手なことばかりするんだから!」




==============================



 俺が広場につくと、噂を聞きつけた生徒たちで溢れかえっていた。
 その中でギーシュが薔薇を掲げ、
「諸君! 決闘だ!」
 と、カッコつけていた。それに合わせて、うおッー! と歓声が巻き起こる。
 他にも『ギーシュが決闘するぞ!』とか『相手はルイズの平民だ!』などと生徒たちは騒いでいる。
 そんな生徒たちを横切りながら、ギーシュに近づくと、腕を振りながら歓声にこたえていたギーシュがようやくこちらに気づく。
 ギーシュが振り向き睨んできたので、俺もにらめ返す。
「とりあえず、逃げずに来たことは褒めてあげようじゃないか」
 薔薇の花を(いじ)りながら、歌うように言ってくるギーシュ。
「はっ、誰が逃げるか」
「さてと、始めるとしよう……か!」
 そう言いながら、ギーシュは手に持った薔薇をふり、地面に花びらを落とす。
 それと同時に俺も、流れで持ってきてしまった銀のトレイを置いて、およそギーシュまで十歩ほどの距離だったので、一発ぶん殴ってやる――と思っていたのだが……。
 落ちた花びらが光出し、甲冑(かっちゅう)を着た女騎士の形をした人形が地面から現れ、俺の前に立ちふさがる。
 その予想外の出来事に、トレイを置くことも忘れ、
「な、なんだこりゃ!」
 驚きで叫んでしまった。
「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。当然だろう?」
「て、てめぇ……」
「ああ、そうだ。言い忘れていたが、僕の二つ名は『青銅』。青銅のギーシュだ。従って、青銅のゴーレムの『ワルキューレ』が君のお相手をするよ」
「なっ!」
 ギーシュがそう言った瞬間、女騎士の形のゴーレム『ワルキューレ』が俺に向かって突進してきた。
 その右の(こぶし)が俺の腹に向かってきたので、とっさに置き忘れていた銀のトレイを突き出す。
「うっ……!」
 な、なんて威力だ。
 突き出したトレイに当たったのはいいが、その威力にトレイごと拳が俺の腹にきまり、地面に倒れてしまう。
 倒れたあと、腹をおさえらがらトレイを見てみると、物を置く面が形を変えていた。……しっかり持っていなかったのあったが、それでもトレイごしなのでこの程度ですんだけど……。
 もし無かった時の事を考えると背中に嫌な汗が出てくるのを感じた。
「なんだよ。もう終わりかい?」
 地面に倒れた俺に、ギーシュの(あき)れた声が聞こえてくる。
「ギーシュ!」
「やあ、ルイズ。悪いけど君の使い魔、ちょっと借りているよ」
 地面から、よく通る声の方を見ると、ルイズが髪を揺らしながらギーシュに怒鳴っていた。
「いい加減にして! 大体、決闘は禁止されているじゃない!」
「禁止されているのは貴族同士の決闘だけだよ、ルイズ。平民と貴族の決闘は禁止されていない」
「そ、それは、そんなこと今までなかったから……」
 言葉に詰まるルイズ。そんな必死に()めされようとするルイズを見て、ギーシュが言った。
「ルイズ、もしかして、君はそこの平民が好きなのかい?」
 その言葉を聞き、ルイズの顔が怒りで赤く染まる。
「誰がよ! やめてよね、そういうの! 使い魔がみすみす怪我するのを、黙ってみていられるわけないじゃない!」
「……誰が怪我するって? 俺はまだ平気だっつの」
「サイト!」
 立ち上がった俺を見て、ルイズが悲鳴のような声で、俺の名前を呼ぶ。
(そういえば……)
「……お前、やっと俺を名前でよんだな」
 そんな、ふと気が付いたことを言ったのだが、ルイズがそれをスルーし、震えながら言ってくる。
「わかったでしょう? 平民は、絶対にメイジに勝てないのよ!」
「……ちょっと油断しただけだ。いいからどいてろ」
 そう言って俺はルイズを押して、横へ退()ける。
「おやおや、立ち上がるとは思わなかったな……。手加減が過ぎたかな?」
 そんな挑発を言ってくるギーシュ。どうやら俺がトレイで守ったことに気づいていないらしい。
 ……というか、ルイズや周りにいる生徒は多分、俺をボコるギーシュを見に来たのであって、俺自身を見に来たわけじゃないのだ。
 だから俺の事を始めからが余り見ていない。だからトレイなんて決闘にどうでもいい、給仕にしか必要のない物を持ってきても、何も言わなかったのだ(さっきの生徒たちの歓声の中にも、トレイについては何も聞こえなかった)。
 ギーシュも俺のことなんかナメきっていて、トレイの事なんか気づいていない。
 同じくルイズも俺が怪我をすることを心配していても、それはあいつの頭には、『戦えば俺が怪我をする』と思っているからで、ほとんど俺の事を見ていなかった。
 もしくは気づいている奴はいるけど、何も言ってこないだけかもしれない。ギーシュだって『トレイなんかを決闘に持ってくるなんて、平民の考えることは分からない』と考えた結果、何も言ってこないで挑発してきたのかもしれない。
 その事を込みで言ってやる。
「バーカ、全然効いてねぇよ。お前の人形(ゴーレム)弱すぎ。倒れたのはちょっと魔法ってやつに驚いて、油断しただけだ」
「――っ! そうかい……!」
 俺が挑発すると、ゴーレムがさっきより速く迫ってきて、再び拳が飛んできた。
 その放った拳は速すぎて見えなかったが、迫ってくる人形の肩に目がけてトレイを突き出すくらいは出来た。
 拳の発射口にトレイを近づけたことで、殴れる範囲選択が狭まった拳はトレイの丁度へこんだ面に当たる。
 すると、人形(ゴーレム)を受けたトレイから突然、人形の方に向けて砂のようなものが舞う。
 ――原因は昨日寝るときに寒かったからと使っていた貼るタイプのカイロを、さっきルイズが話している間に、丁度さっきのパンチでへこんでいたところへ貼っておいたので、拳を受けたカイロが破れて中身の砂が人形に向かって舞ったのだ。
 ケンカにこういう手を使うのは卑怯だと思ったけど、向こうが魔法を使うなら良いかなと思い実行したのだ。
 突然砂が舞ったせいて驚いたのか、人形の動きが止まる。
 その隙に人形のパンチで後ろに飛んでいったトレイを無視して、人形を抜かし、ギーシュへ向けて走り出す。
 ――まずは一発ぶん殴る!
 そんな気持ちでギーシュに迫り、右の拳を振る。
 そして拳がギーシュの顔面に当たる――と、思った直後。
「ごはっ!」
「サイト!」
 右側から脇腹に向けて、物凄い激痛が走り。それと同時に横へ体が飛んでいった。
 ……痛い。マジで痛い。……でも。
「な、なんで立ち上がるのよ! 寝てなさい、バカ!」
 飛ばされた俺の元によって来て、意地で立ち上がった俺に向けてルイズが言ってきた。
 どうして立ち上がるのか。そんなの決まってる。
「ムカつくから」
「ムカつく? メイジに負けたって恥でも何でもないのよ!」
 俺はギーシュに向かって足が言うことをきかないが、それでも死ぬ気で歩きながらイズに言ってやった。
「うるせえ」
「え?」
「いい加減、ムカつくんだよね……。メイジだか何だか知らないけどよ。お前らそろいも揃って威張りやがって。魔法がそんなに偉いのかよ。そんなの無くても、人間暮らしていけるんだよアホが」
 そんな俺を見てギーシュが薄く笑みを浮かべる。
「やるだけ無駄だと思うがね。……まあさっきは少し惜しかったけど、このザマだ」
「へっ、さっき俺が言ったことも忘れたのかよ。全然効いてねえって言ってるだろ。お前の人形弱すぎってな」
 ギーシュの顔から、先ほどよりも笑みが消え、その瞬間ゴーレムの右手が俺の腹に直撃する。

 ……それから何発殴られただろうか。
 よく覚えていないが、俺の体はボロボロだと言わざるを得なかった。
 殴られて右目が腫れて視界が悪くなり、右腕の骨は完全に折れてるな。これ。
 それでも俺は立ち上がる。
 そして再び殴られ、何度目になるか分からないが地面に倒れこむ。
(ヤバい、意識が……)
「お願い。もうやめて!」
 一瞬飛びかかった意識が、ルイズの声によって引き戻される。
 見上げてその顔を見てみると、なんと、ルイズの鳶色(とびいろ)の瞳が潤んでいた。
 そんな顔を見て、俺は殴られた胸が痛くて声なんかでないと思っていたが、それでも気力で出した。
「……泣いてるのか? お前」
「泣いてないわよ。誰が泣くもんですか。……もういいじゃない。あんたはよくやったわ。こんな平民、見たことないわよ」
「い、いてえ」
 ルイズが話しかけてる最中に、立ち上がったのはいいが、折れた腕のあまりの痛さに声が漏れてしまう。
「痛いに決まってるじゃないの! 当たり前じゃない、なに考えてるのよ!」
 そう言うルイズの目から、今度こそ涙がこぼれた。
「あんたはわたしの使い魔なんだから、これ以上、勝手な真似は許さないんだからね」
 そうルイズが言い終わるのと同時に、俺たちの様子を見ていたギーシュの声が飛んできた。
「終わりかい?」
「……ちょっと待ってろ。休憩だ」
「サイト!」
「そうかい……なら……」
 ギーシュが薔薇の花を振り、ゴーレムが現れた時のように花びらが俺の目の前に一枚落ちる。そしてそこから、一本の剣が現れた。
「これ以上続ける気があるなら、その剣を取りたまえ。その気がないなら、僕に向ってこう言うんだ『ごめんなさい』、とね」
「……誰が言うかよ、そんなこと」
 俺は目の前にある剣にそろそろと右手を伸ばす。折れているから力が入らないけど、もはや左手も同じようなものだ。なら利き腕を使った方が良い。
 しかし、その右手を、ルイズによって止められる。
「ダメ! 絶対にダメなんだから! それを握ったら、ギーシュは容赦しないわ!」
「……俺は元の世界には帰れねえ。ここで暮らすしかないんだろ」
 独り言のような声の大きさでルイズに言う。
「そうよ! それがどうしたの! 今は関係ないじゃない!」
 ……分かってない。ルイズは分かってない。
「使い魔でもいい。寝るのは床でもいい。メシは不味くたっていい。下着だって、洗ってやるよ。生きるためだ。しょうがねえ……でも――」
「でも、何よ……」
「――下げたくねえ頭は、下げられねえ!」
 ルイズの手が邪魔なので、左手で最後の気力を振り絞り、剣を握った。
 その瞬間、俺の左手に刻まれたルーン文字が光りだした。
(なんだ……!?)
 俺は剣を握った後、驚きが隠せなかった。
 剣を握った瞬間、体の痛みが消えたからだ。
 それに左手のルーンが光っていることも気になる。
 けれども、それらの事をあまり気にしても始まらないので、そのまま剣を抜いて持ち上げた。
 ――体が羽のように軽い。まるで空でも飛べそうだ。しかも、剣がまるで自分の体の延長のようにしっくりと馴染んでくる。
 不思議だ。剣なんか握ったこともないのに。
「まずは、褒めよう。ここまでメイジに楯突(たてつ)く平民がいることに、素直に感激だよ」
 そして、手に持った薔薇を振った。……どうやら、あれが魔法の杖らしい。
 そんな事を考えられることに驚いている間に、あることに俺は直感する。
 ――負ける気がしない。
 そう、負ける気がしないのだ。さっきまであれだけボコ殴りにされて、体もボロボロなのに、全然自分が負けるイメージが出来ない。
 なので、
「なあ、キザ野郎」
「ふっ、今更(いまさら)()()ずいたのかい。でも、もう謝っても――今の言葉で許す気がなくなったよ」
「違う。その逆だ。負ける覚悟は出来たか?」
 俺がそう忠告してやると、聞いていたルイズは目を丸くし、生徒たちは笑い出した。
 そして、忠告を言われた本人は、俺がついにおかしくなったのだと思ったのか、口元に少し笑みを浮かべながら、ゴーレムを俺に放った。
 その放たれたゴーレムは、今の俺には予想どおり、ゴーレムは凄くトロかった。
(なんだよ。俺はこんなやつに今までいいようにあしらわれてたのかよ)
 そんなことを考えると、殴られたことに対して、少し怒りが湧いてきた。
 その怒りをゴーレムに振るい、ゴ-レムを切り裂く。
 その光景を見たギーシュが、慌てて新たなゴーレムを六体出すが、今の俺にはそんなものは壁にもならない。
 俺の事を囲んで襲ってきた六体も素早く切り裂き、ギーシュに向かって走り、そして顔面を蹴り飛ばす。
 そのまま地面に転がったギーシュに、素早く近づき剣を首筋にあてる。
「続けるか?」
 俺は呟くようにそう言う。するとギーシュは――
「ま、参った」
 ――完全に負けを認めたのだった。






 
 

 
後書き
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