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緋弾のアリア-諧調の担い手-

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後輩と北欧の変態



真綾side
《生と死の狭間》


「私は今一度、先輩に会いたい」


私はそう、確固たる意思を言葉に乗せて、自らの望みを告げた。
私のその言葉に、オーディンは肯定の意を込めてゆっくりと首を縦に振った。


「ありがとうございます。それで、先輩はどんな世界に転生をしたのですか?」


私は空になったカップに新たに紅茶を注いで貰い、礼を言う。
そうして、それを口にしつつ疑問を口にする。

もう一度先輩に出会うという事は、私自身もその世界に転生するという事。
危険な世界ならば、私は先輩の様な超人的な力は持っていないし、先輩に会う前にお陀仏という可能性もあるという事だ。

それならば、出来るだけ持て得る情報は多い事に越した事はない。


「うむ、“緋弾のアリア”と呼ばれるライトノベルを知っておるか?」

「ええ。先輩に貸して貰って、三巻までは読みましたが。…まさか」

「主の思う通りじゃよ。あの男はその世界に転生した」

「ちょっと待って下さい、それってお話の中だけの架空世界ですよね?」

「うむ、だが世界というのは語り手の数だけ存在している。現に主達の世界も他の世界では一つの物語として語られている可能性もあるのだ」

「…ハァ、世界とは色々と複雑なのですね」


今日この主神に出会ってからというものの。
生まれてから自身の積み重ねてきた世界観が、音を立てて崩れ去っている気がする。

世界とは複雑であり、難解の様だ。私は現実主義者なのだが。
これが先輩であるならば、何の疑問も感じずに受け入れている事だろう。

かく言う私も、それを信じずにはいられない。実際に今こうして、体験してしまっているのだから。

先輩はあり得ない事象を目の当たりにしても、それを受け入れて、しっかりと理解する事が出来る。
その代わり、納得出来ない理不尽な事象に遭遇した時は徹底的に抗戦する人だが。

そのどちらとも、私には無理だろう。
現実主義の私は先輩でなければ、限りなく0に近い可能性に賭けて後追いなどしなかった。
そもそも、先輩という人でなければそこまで入りこむ事もなかっただろう。

それにしても、緋弾のアリアの世界か…。私的にはその世界は不味い。

何故かと言うと、あの世界には先輩が嫁と称する程好きなキャラがいるのだ。
先輩に好意を寄せる私としては、世界観の危なさよりも、そちらの方が遥かに危険だ。

先輩は人の好意に疎いながらも、人を…特に、異性を強く惹き付ける。
一種のカリスマと言ってもいいだろう。そう言った不思議な魅力がある。

……悪く言えば天然ジゴロ。

きっと転生した世界でも、それは遺憾なく発揮される事だろう。
それが非常に厄介に感じる。私が先輩に出会うまでに一体何人の女性を落すのか。
非常に頭の痛くなる、頭痛の種だ。


「時に主よ、アニメやゲーム等は好きか?」


思考に陥っていたのと、唐突な話の急転に困惑する。
顎に手を当てていた状態のまま、思わずそのまま硬直する。


「えっ…まぁ、嗜む程度ですけど」

「そうかそうか。私は人間界のアニメやゲームが大好きでのぉ。特にエンジェルビーツの天使ちゃんが好きなんじゃよ。その中の人の―――」

「……ハァ」


それは何となく理解していた。
高価な調度品の飾られている室内の至る場所には、アニメやゲームのタペストリー、フィギュア等が飾られている。

私は突如として説法を説く様に語り出した老人の言葉を聞き流す。
老人は手元に置かれていた銀髪の少女―――天使こと立花奏のフィギュアを逆さにする。

そうして、そのフィギュアのスカートの中をまじまじと覗き見ている。


「…………」


私はそのオーディンの行動に侮蔑と軽蔑の混じった視線を向ける。
だが、主神はそれにも気付かずに自らの世界に浸っている。

……はっきり言っていいですか?


「白いパンツとは、流石は天使ちゃん―――」


この主神、正直気持ち悪いです。
私は老人が口から発する公害を耳に入れない様に、意識から完全にシャットアウトする。






1







「……もう、いいですか?」


げんなりとしながら、思わず嘆息する。
お年寄りは話が長いと言うけれど、正にその通りだと実感した。
とりあえず、この主神がそのフィギュアのキャラがどれだけ好きなのかは理解出来た。……嫌でも。


「うむ、話が脱線しすぎたのぉ」


……脱線し過ぎです。そう私は心の中で突っ込みを入れる。
軽く半刻程の時間を無駄にしたと思われる。


「そう言うな、老人の話は長いと相場が決まっておるじゃろう?」

「…人の心内を勝手に読まないで下さい」


勝手に人の心中を読まないで頂きたい。
人の心内を読まれて、プライベートも人権も、何もあったものじゃない。


「それで、アニメとかが好きなのが何か関係あるのですか?」

「うむ。主が転生する世界は知っておるじゃろうが、それなりに危険な世界じゃ」

「ええ、まぁ。それは解っています」


それははっきりと理解している。

刃が火花を散らし、銃弾が行き交い、超能力や吸血鬼まで出てくる様なとんでも世界だ。
何の力も、才能も持たない私では、即ゲームオーバーだろう。


「はっきり言おう。今の主では男の後を追っても、あの世界では生き抜けないだろう」

「……っ…そう、ですね」


自身の心内では解ってはいても、他者に面と向かって言われると少しばかり堪えるものがある。
確かに私は無力だ。先輩の性格だ、きっと武偵という職業を志す事だろう。

だけど、無力な私が先輩と出会ったとして、彼の隣に再び立つ事が出来るだろうか?


「主が一刻も早くあの男に会いたいという気持ちも解る。だが、今のままでは主はあの男と肩を並べる事は出来ないと言っていい」

「確かに貴方の言う通りです。本当は今直ぐにでも先輩の後を追いたい所ですが……私には、その世界で生きて行くだけの力がありません」


オーディンの言葉には確かな真実味が帯びている。
突きつける様に、言葉を放つがそれが現実である為に反論は出来ない。
それを手を握り締め、俯きながら聞いていると、彼は提案があると告げた。


「……提案?」

「そうだ、真綾よ。主には一度別の世界に転生して貰う。主には戦場での戦闘経験など無いし、生き抜く為の術もない。それ故の提案じゃ」


オーディンは虚空より、一冊の文庫本を取り出す。
そうしてそれを、テーブルに置いて此方に差し出した。


「この作品を知っておるか?」

「……ソードアート・オンライン?一応の所、名前と概要だけは知っています」


この作品はつい最近アニメ化したライトノベルだ。
舞台は仮想空間のネットゲーム…確か、開始直後にHPが無くなると現実での死に繋がるデスゲームとなるお話だ。


「そうじゃ、体感型VRMMO。剣と己自身だけが武器となる。主には一度、この世界に転生して貰う」


オーディンはそうして告げる。

一度この世界で自らの身を守る力、世界で生き抜く為の力を身に付けろと。
無論、私の生命の安全は確りと保障する。

その話を聞いて、私は思う。

フェアじゃない。この作品の皆は、命を賭して現実世界に帰還する為に戦っている筈だ。
それなのに、自分は安全な籠の中で大切に守られている。

何かを得る為に、一度力を蓄え付ける。そこに異論はない。
主神の言う事には是と頷く事が出来るが、その内の一つには納得出来ない。
それは世界で生きる者達にとって、冒涜とも言えるだろう。

人の一生とは本来一度きりだ。主神の好きなゲームではない。
セーブとロード、途中から再開などは出来ないなのだ。
こんな体験をしている私が言えた義理ではないけれど、死ねばそこで終わりだ。


「解りました、この世界に転生します。けど―――」


そうして、真正面からオーディンの目を見据えて言葉を紡ぐ。
そこに確かな自らの意思を乗せて。


「生命の安全などという安全装置は要りません」

「……正気か?もしそれでゲーム内で死んでも、生き返る事なぞ出来んぞ」

「ええ、それは充分に解っていますよ」

「死ねば、あの男にも二度と会う事も出来ないのだぞ?」

「ええ、それも充分に理解していますよ」

「ならば、何故…?」


オーディンとしては少女の身を案じる為に、想うが故に出した条件。
神の庇護下にあれば、死ぬ事もなく、生きて生還する事が出来る。
だが少女は神の庇護を要らないと、不要だと申し出た。


「私は負けません。もしそこで負ける様なら、私の先輩に対する想いはその程度だという事でしょう」


確かな信念を込めて、そう言葉にする。これは自らの想いを賭けた闘い。
それ故に、安全な籠に守られる事などあってはいけないのだ。

……そうだ。

死ねば、私の先輩に対する想いはその程度だったと言える。
私が先輩の下に、共に歩む為にはそれ位の逆境を越えて行かなければならない。


「……よかろう」


降参だ…そう言わんばかりに、主神はやんわりと手を振る。
自らが折れる形で、オーディンはそう口にした。

今この目にしている少女は、初めて見定めた時とはまるで別人の様に見違えている。
最初は生きた死者の様にも思えた。

それがどうだろうか…?

今、この少女は刹那に輝いている。
どの様な宝石よりも華美で、あらゆる果実よりも甘美だ。

この少女の決意と覚悟、信念。
それを遮られる者など、何人でも、たとえ神であろうとも存在しないだろう。

一人の男を思う、一人の少女の想い。
積み重ねてきた想い、それは世界の法則すらも超越した。

故にそんな一人の少女に主神は魅入り、そして打ち震えた。


「譲歩しよう。だが少なからず、主の新たな歩みに餞別を贈らせて欲しい」


それが私が示す最大限の譲歩であり、祝福であると、そう告げる。
それに直ぐに少女は首を縦に振らなかった。
だが、主神も譲るつもりはないと理解したのか、渋々といった具合に首を振った。


「……解りました、それで手を打ちましょう」

「うむ、特典の方はこちらである程度の物をつけておこう」

「はい、お願いします。…それで、私はどうすればいいのですか?」

「既に用意は整っておるからのぉ、そこの扉を潜ってくれれば直ぐに転生出来る」


そうして、オーディンは部屋に何時の間にか立て付けられていた扉を指し示す。
それを目線で追い、私はゆったりと椅子から立ち上がる。


「……行くのか?まぁ、一刻も早くあの男に会いたいと思う気持ちも解るが」

「ええ、必ず生きて帰ってきますよ」

「それならば、次に会う事になるのはゲームクリア後のこの部屋でじゃの」

「はい。そういえば、私が別の世界に転生している間は…」


扉に手を掛けたまま、私はオーディンに向き直り、そう問い掛ける。
もし私が別の世界に行っている間に先輩の世界の時間が進むのならば、彼と私の年齢差が広がってしまうかも知れない。


「大丈夫じゃよ、その間はあの男の世界の時間軸は進まない。故に心配はいらんよ」

「…そうですか、なら行ってきます」

「ああ、行ってまいれ真綾よ。主の健闘を祈っているよ」


オーディンの祝言を背後に受けながら、私は扉を開いた。
そうしてその部屋から、境界の狭間から消えた。




「…行ってしまったか。彼女の新たな生に、行く道に祝福があらん事を…」


少女を見送った後、祈る様にして。そう虚しく、その言葉は部屋に木霊した。


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