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アマガミという現実を楽しもう!

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第8話:オリエンテーションキャンプ(1)






「おぉ、あれが富士山か。私、あれ初めて見るんだよね」
「フジヤマゲイシャ、絶景かな絶景かな」
「おい遠野、アンタも目を瞑ってないで外の風景を眺めてみろって!」
「頼むから少し寝かせてくれ……」


 バスに揺られて車に酔っている俺は、小さく弱った不満の声を出す。ちょうど俺の後ろの席に乗っていた夕月や飛羽が興奮した様子で俺にちゃちゃを入れてくる。肩を揺らされて、俺の調子は更に悪くなっていく。胸や喉が詰まっているようで、頭がグチャグチャになって気力や思考力を奪っていく。


(富士山は社員旅行の静岡旅行で見たし昇ったし珍しくもない。そんなことより気分が最悪だよ)


と、俺は弱った思考力で考えながら身体を揺すられていた。俺は横を見ると、隣に座っている男子生徒が俺に気の毒そうな顔をしているのが見えた。気の毒に思うなら変わってやろうか、と言いたくなる。


「いやぁ、旅行って楽しいね!」
「心が洗われる」


 楽しくない!心は逆にすさんでいくじゃないか!、と俺は心の中で叫んだ。次のサービスエリアで休憩を取ることをバスガイドが連絡する。俺はサービスエリアまでの次第に酷くなる吐き気との熾烈なデスレースを繰り広げることとなった。







 中学生活が始まり、水泳部に入部して練習が始まり、茶道部にたまに顔を出すようになった。練習は軽いと思いきや、経験者の俺や知子、響はレギュラーの先輩方と同じものに参加することになり、思っていた以上に強度の高かった。決められたタイムやサイクルを回るのに着いていくのがやっとである。特に陸上トレーニングはなかなか強度が高かった。一日目でまさかの筋肉痛を起こしてしまったくらいである。それでも、中学生の若さは凄まじいものがあり、すんなり適応できてしまった。若い、って良いよな……。
 短い髪に筋肉質、少々恐い印象を与える鋭い目つきが特徴的な男子主将は、「練習時間や場所は限られている。ならば集中して密度の濃い内容を行わないといけないからな。」と俺達に諭すような口調で言い、手を腰に当ててカッカッカと豪快に笑った。この主将はとても面倒見が良く、若いのに自分の哲学がしっかりしていた。俺はその姿を見て、中学生でこのしっかりした様子に本当に感心した。いまは自分の方が若いくせに、という突っ込みはしないように。
 茶道部へは、半ば強制的ではあるが入部を決めたのは自分だから、ということで無理しない範囲でなるべく顔を出すようにしていた。例えば昼食を済ませた後や、水泳部の練習の無い日は軽く陸上トレーニングを自主的にやった後などである。男子主将や他の部員達からも、女に囲まれてうらやましいぞこの野郎!、誰か好きな奴がいたからなんでしょ?、などからかわれ揉みくちゃにされている。ところどころ、2つの方向から刺すような視線が飛び込んでくる気はよくするがな。
 茶道部には、女子部員ばかりでどきまぎした。時間を見つけて茶道部の部室に足を運ぶと3年生のセミロングな髪をした女子生徒が座布団の上に正座していたのが見えた。「失礼します、1年生の遠野拓と申します。夕月さんと飛羽さんから話は伝わっているかもしれませんがこの度茶道部への入部を希望しましたので挨拶に参りました」と、入り口で伝えると、その3年生は腰を上げて部屋に上がるように言った。彼女は、3年生の山口亜弓先輩と名乗り、この茶道部の部長であることを述べた。山口先輩の顔と名前、それに年齢から、原作の梨穂子や夕月・飛羽ペアら輝日東高校の茶道部OGであることがその場で分かった。そして、彼女が夕月・飛羽の二人に面白い男子生徒のクラスメイトを連れて来いと指示を出したことを教えてくれた。その指示の出し方は、穏やかな顔には似つかわしくない「おしとやかではなかった方法」を取ったことを、右手を口に当てて恥ずかしそうに話してくれた。……原作の知識から、彼女は夕月・飛羽にとって全く頭の上がらない先輩だったはずだ、きっとこの人も何かあるんだろうな、と警戒しながら俺は山口先輩に注がれたお茶を頂いた。そのお茶は渋みも暖かさも俺にとってベストで、気がつかない間に美味しいと感想を漏らした。俺は、先輩を見た。先輩は、俺を見てニコニコしていた。




 それらのことがあって、今は5月のゴールデンウィークを過ぎた時期。始めての学校行事として、1年生全体のオリエンテーション合宿が企画されていた。そのため、皆で遠くに三泊四日することになり、いまこうしてバスに乗って宿泊施設まで移動している訳である。前世の俺は車に酔うという経験とは無縁であったが、遠野拓としての俺はあまり乗り物に強くなかった。それでこの体たらくであり、揺れるバスには金輪際乗りたくない、と思った。サービスエリアに着き、お手洗い付近のベンチに座り込む。別のバスに乗っていた知子や響が座り込んだ俺に近寄ってくる。


「たっくん、顔色が悪いけど大丈夫?」
「自動販売機で何か飲み物買ってこようか?」
「……大丈夫ではないかな。なるべく味が濃くない飲み物を頼むよ……」


 響は近くの自動販売機を見つけて俺の要望に見合った飲み物を探し始めた。知子は俺の横に腰を下ろして心配した顔をして俺を見ている。お手洗いを済ませた同窓生や同級生らは俺達の関係について酒の肴にしているのが見えたが、正直なところ、どうでもいいと思っていたので無視することにした。響が俺がよく買うスポーツドリンクを片手に少し早足で戻ってくる。俺は、響からタブの開けられたドリンクをゆっくり飲んだ。ドリンクの冷たさとのどごしで気分が少し良くなった。


「助かったよ、ありがとな。知子、響。」


と俺は例を述べ、椅子から腰を上げた。そんな俺を見て、二人はほっとした様子をしていた。知子は、「たっくんは乗り物に弱いんだから酔い止めをしっかり持っていかないと」と左の手を腰に、右の人差し指を俺の鼻先に置いて説教をしていた。響は、「飲み物はしっかり買っておくのよ」とお母さんみたいなことを言う。時計を見て出発時刻が近くなると、俺達はそれぞれ自分のクラスに割り当てられたバスに乗車した。


「お~遠野、やっと戻ってきたか!いま大富豪やっていたんだけど、お前もやらないか?」
「途中参加も歓迎」


 体調不良を理由に俺は再び席に座って、再び来るであろう吐き気との戦いに心を集中していた。先生が全員いるかどうかを確認し、バスが発車する。その後、トランプやウノで勝っただの負けただのという、どんちゃん騒ぎでやかましい後ろの席の声を頭の後ろで聞きながら俺は吐き気との戦いを再開することになった。






















 戦いは終わった、俺の勝利である。昼過ぎにコンクリート製の施設に到着し、俺は押し寄せる吐き気を抑えきったのだ。バスから降りて集合と先生の長々とした注意事項の説明、施設の管理者の挨拶を聞くという体力消耗地獄が待っていた。会話の内容は一切覚えていない。地獄を終えると俺はフラフラした足取りで施設に入り、長廊下を歩いて自分が割り当てられた部屋に入る。入り口のすぐそばのベッドを見つけてさっさとメイキングして泥のように眠ることとなった。押し寄せた吐き気に耐え切るために要した体力が半端なものではなかったので、身体が休ませてくれとコールを出した結果であろう。同じ部屋のクラスメイトは俺を起こそうとしたものの一切起きなかったそうだ。彼らの置き土産である顔の落書きが俺の深い睡眠を物語っていた。水性だったから良かったが落とすのが面倒くさいぞ。
 顔を洗っても意識はぼんやりしたままの俺は部屋の外に出る。渡り廊下にどうやら誰もいないようであった。少し廊下を歩くと、掃除していた施設の職員が見えたので他の生徒は何をしているか、と尋ねた。どうやら、少し遅めの食事を取っているそうである。


(……そういえば気分は良くなったし、良く寝たから身体も調子が良くなったけどお腹すいたよなぁ…、でもみんながご飯食べている時に入るのは気が引けるし、もう一眠りするか~)


 ボサボサの頭を掻いてそのまま回れ右、そのまま元来た道を戻るため歩を進める。


「たっくん、やっと起きたの?」
「その様子だと良く眠れたみたいね」


 三歩くらい足を動かすと何年も一緒にいて聞きなれた声が聞こえた。ぼーっとした顔をしたまま、よく聞く二つの声の方向へ振り向く。言わずもがな、知子と響である。二人とも女子用の少々濃い赤色のジャージを着ていた。寝ぼけ眼で二人の問いに対して縦に首を倒す。


「まだ寝足りないの?髪もボサボサだし、目元もシャキっとしてないし~、まったくもう」
「顔だけでも洗いに行きましょう」


 そのまま、知子に右の腕を絡められて施設内にある水飲み場まで連行される。更に女性らしくなった身体と柔らかさに気がつくものの反応するほど意識が覚醒した訳ではなかった。響も所々で躓いて扱けそうになる俺を支えるように俺の腰に左手を回し連行する。水飲み場に着き、俺は蛇口から出てくる水を手の中に集め顔に浴びせた。冷たいが気持ちいい、眠気が飛んでいくのがわかるわ。俺は蛇口のバルブを閉めて周りを見渡すと、響がハンカチを差し出した。俺はありがとうと礼をいい、顔についた水気をハンカチで拭き取る。顔を吹いた後、洗って返すよと言ったものの別に気にしてないわ、と返されハンカチをそのまま返した。響は俺が返したハンカチを一瞬じっと見ていたような気がした。俺の顔…水性ペンかまさか垢とかで汚れていたのかな…。知子の方を見ると、ジャージの右のポケットに手を入れて止まっていた状態だったが、俺の視線に気がつくと頬を赤くして慌ててポケットから手を出した。






 知子や響と分かれた後、意を決して俺は食堂に入り、自分の担任の姿を見つけて「寝ていて遅れました、すみません」と謝罪の言葉を伝えた。担任も少しだけ説教をしたが俺の乗り物酔いのことをクラスの誰かから聞かされていたため、追及や叱責はすることなく無理をするな、とだけ言ってあっさり解放された。誰か知らんがクラスメイトよ、ありがとう、と心に想いクラスメイトの方を見回す。数人、親指を立てて合図をする。同じ部屋に割り当てられた奴らだ。すまん、ありがとう。しかし水性ペンでの落書きは別だ。いつか返り討ちにしてやる。
 俺は空いている席に座って、自分の食事を取り始めた。周囲の奴らと世間話やら次の行事はおもしろいのか、女子の部屋に侵入するか否かという話題でそれなりに盛り上がった。食事の後は近くの山に入ってハイキングコースでポイント集めをしようということだ。俺は夕月・飛羽のペアにまた振り回されるのかという考えを振り払うべく、茶碗に盛られた白米を一気にかっ込んだ。






(次回へ続く)






 
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