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ソードアートオンライン アスカとキリカの物語

作者:kento
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アインクラッド編
  探偵&助手、再始動

 駆ける。

 主街区から徒歩数十分ほどの距離にある小高い丘。その辺り一帯、具体的には索敵スキルによる自動遠視補正で、事の顛末を覗き見可能であろう範囲一帯を、足が霞むほどの勢いで疾走する。空気を切り裂く速度により、走り去った場所の枯葉が舞い散る。――敏捷値パラメーター限界の速度。
筋力値が作用しない平地ならば、アインクラッドでも最速を誇る自信がある、その脚力を使い、ところどころに不規則に並ぶ枯れ木をすり抜けつつ高速で視線をスライドさせていく。ここ最近寝不足なことも相まって、攻略の鬼として恐れられる自分が《狂戦士》などと呼ばれる所以の一つであろう眼光が、今や人をも貫けるような有様になっていそうだが、事実、現在進行形で探し求めている人間には、ヨルコやカインズ……そしてシュミットたち――《黄金林檎》のメンバー全員の思いを踏みにじった罪があり、最悪、腰に携える白銀の細剣で動きを止めるため、刺し貫く程度の覚悟はしている。

 その目的はつい数日前に昼寝中の護衛をしてもらった彼女と二人で解き明かした、圏内における貫通継続ダメージ特化型武器を使用した殺人演出……即ち、《圏内事件》を企んだ張本人、ヨルコとカインズ――ではなく、彼らの狙いを読み、全てを闇に葬ろうとしている、真の黒幕の確保。

「くっ……!」

 焦る気持ちからか、呼気が乱れる。
 それは、先ほどまで探偵&助手コンビ――どちらがどちらの配役かは本人すら知らない――を組んでいた彼女が自分の意志で、危険な場所へと躊躇いなく突入したからだ。いくら保険としてクライン率いる十数人の攻略組を呼んでいることを加味しても、命の危険がないとは言い切れない。最悪、あの……今のアインクラッドにおいて最悪のギルドの人間が来ている可能さえあるのだ。

 なぜ大手ギルド副団長として索敵スキルを念のため上げているだけの自分が隠蔽中の人間の捜索に当たり、ソロプレイヤーにしてお世辞にも口が上手いとは言い難い――状況に寄り切りだが――彼女が全てを葬り去るために待機しているであろうオレンジ……いや、事の重大さを考えればレッドプレイヤーを足止めする役割を担っているのだろうか、と先ほどから何度も同じ思考が浮かび上がってくる。
 確かに一番の問題点である、《彼らが殺される前に到着する必要がある》の解決策として思いついた《プレイヤーの足より遥かに時間短縮可能な騎乗用の馬に乗る》という方法を行動に移せるのが、何故か暇な時に馬に乗る練習した経験のあるらしい彼女だったから……なのだが、男である自分が裏方で、女性である彼女に危険な役割を任せてしまったことに疑問を感じないわけではない。数日前までなら適材適所なんて言葉で納得していたのだろうが。

「見つけた……!」

 しかし、焦る気持ちとは裏腹に、その人物の姿はすぐに捉えられた。
 雑木林にポツンと置かれたブッシュの中、グリセルダの墓碑がある小高い丘の方向を見据えている一人の男。ゆったりめの革製の装備やつばの広い帽子はともかく、長身で、更にこの世界ではめずらしく眼鏡をかけている――この世界で視力矯正なんてする必要は無いからだ――その男は、シュミットたちから大まかな特徴を聞いていた《黄金林檎》のメンバーであり、今回の事件における最重要案件であったであろう貫通継続ダメージ特化型武器製作者にして半年前に殺されたグリセルダの夫であった――グリムロック。
 確定するに足る情報が揃っている訳ではないが、今回の事件に関係ない人間がこんな辺鄙な階層のフィールドでモンスターから隠れるためでもなく隠蔽スキルを使う必要などないし……何より、その黒い額縁眼鏡の奥に光る無表情ながら怪しげな光を放つ眼光が、彼であると直感させた。

「……っ!」

 隠蔽スキルが看過されたことに気付いたのであろう。その男がこちらへと視線を移す。微かに息を飲む気配。

 だが、それは《閃光》と呼ばれるアスカに対して致命的なまでに遅かった。
 
 彼女を……キリトを待たせているんだ。悪いが引きずってでも連れていく。

 決意を固め、アスカは友人である鍛冶屋リズベットが鍛え上げてくれた、最前線でもトップクラスの性能を誇る《ランベントライト》の白銀の刀身を引き抜き、地を踏み砕かんばかりに足を踏み出した――





「シュミットさんはしばらくして攻略組に復帰、ヨルコさんとカインズさんも中層で攻略組サポートギルドに加盟するみたいだ」

「グリムロックも黒鉄宮の監獄エリアに投獄したってな。まぁ、こっちの世界じゃ罪を償わせるって言っても、それが限界か……」

「彼らが殺人に手を染めるような真似をしなかっただけで十分だよ。それに俺達は所詮、部外者だから」

 ――なんて努力の甲斐あり、無事に圏内事件の全てを解決した数日後。
 最初に圏内における殺人の危険性を情報屋に伝えていた大手ギルドのプレイヤーの元に訪れ、今回の事件――無論、《黄金林檎》の込み入った事情は避けて、だが――のカラクリを全て伝え終わった後、アスカとキリトは転移門広場近くのレストランで向かい合っていた。
 詳細を伝えるのに数日の空白が生まれたのは……実はただのうっかり、正確には互いに省略した部分の読み取りに齟齬があったからだ。
 カインズたちに事件後のことを全て任せたつもりだったのだが、彼らがグリムロックの処罰の決定以外、何もしていないことに気付いたのは、今しがた二人が眺めている報告書が届いた昨日の晩。
 「あんなカッコよく『後の事は俺たちに任せてくれないか?』なんて言うもんだから、後始末まで全部やってくれるのかと思ってたのに」というのが、アスカの眼前の少女の言だが、アスカとキリト二人が今回の事件の解決に身を乗り出した元々の理由――《圏内の安全を証明すること》はこちらが求めていたものであって、彼らが解決したかったであろう半年前の事件とは何ら関係ない。ギルドプレイヤーとのパイプを持っているのだってこちらであるし、万事解決したのだ。アスカには彼らを責める気持ちは一切ない。
 というより、

「そうだな。……てか、何でそんな楽しそうなんだ、アスカ?」

「さあ?」

「疑問に疑問で返されても……いや、別に事件を解決して嬉しいんだったらいいけどさ……」

 ぶっちゃけ、素直に気持ちを認めたアスカにとって、こうしてキリトと顔を合わせる理由を用意できたので満足でもある。
 アスカが楽しそうな理由をキリトは盛大に勘違いしているが、彼女が好意などの感情に疎いことは理解している。アインクラッド攻略と並行してキリト攻略を進めればいいだけなのだ。ボスより堅物だろうが……幸い、時間はある。
 と、何故か笑顔を浮かべるアスカを心配するようにキリトが見つめ――笑顔を見せて心配される辺り、昔の自分がどんなだったか反省しないでもないアスカである――そして何かを思い出したようにポン、と手を叩いた。

「ヤベ……そういや、エギルに事件解決した報告するのすっかり忘れてた」

「……わざわざ店閉めて協力してもらったのに?」

「いや、今頃四の五の言わずに荒稼ぎ中だろ。また気が向いたら店に顔出して伝える」

 数日前、二人で店を訪れた時に皮肉を込めて言ったのであろうエギルの怪しい警句に対する皮肉を口にしつつ、手をひらひらと振るキリト。商売優先ではなく、彼なりの事情ゆえにエギルが事件捜査から身を引いたことを知るアスカとしては、思い出した今すぐにでもメールの一つでも送るべきだと思うが……彼はキリトが選んだ協力者だ。事の顛末を伝えるとキリトが言うのなら、口を挟むものではないだろう。
 注文しておいたコーヒーを一口飲み、ふとアスカは今回の事件において多大な迷惑をかけたであろう人物のことを思い出した。キリトも同じタイミングで同じ人物を思い描いたようだ。にやり、と片頬を吊り上げながら器用に笑う彼女が訊ねてくる。

「ヒースクリフ殿は何か言っていたか?」

「いいや、協力してもらったから、一応全部話したけど……いつも通り『そうか』の一言」

 ヒースクリフが攻略以外の話に一切の興味を示さないのは血盟騎士団の団員の中では既に当たり前となっている事実だ。自分が関わっていた圏内殺人のロジックを聞かされてもいつも通りの落ち着いた表情で、通常通り真鍮色の瞳に不思議な色合いの光を浮かべ、常のように一言返事をして――それで終わりだ。
 あれだけ無関心なのはギルド団長としてどうかと思わなくもないが……いざボス攻略となると無言で全員の背中を支え、戦えば《神聖剣》の圧倒的防御力でボスを一人で相手にするのだから、頭も上がらない。

「そうか。……それを考えるとあの団長様をも唸らせた《アルゲードそば》は凄まじいな……」

「……単に料理が出て来るのが異常に遅くて、味が異常に微妙だっただけだろ」

 五十層主街区にあるうさんくさい店のことを思い出し、アスカは眉を潜める。

「それでも、ボス攻略中ですら終始無言のヒースクリフを驚かせたんだぜ? 是非ともお次は更なる混沌を味わえる《アルゲード焼き》を……」

「次なんてない」

 ばっさりとキリトの言葉を切り捨て、そしてとある疑問が浮かび、アスカは唐突に訊ねた。

「なぁ、キリト。俺、この前あのお店に行った時からずっと疑問に思うことがあるんだけど……」

「ん? なんだ?」

「……あの料理人って本当にNPCなのか?」

「はっ?」

 間抜けな声を出し、目を点にするキリト。しかし、数秒後には質問の意味を理解したようで、うーん、と首を横に倒す。

「NPC……だろ、そりゃ」

「でもあんな不躾な対応するNPC、他にいないだろ?」

「それもそうだけどなー……」

 どうやらキリトは何度かあの店に通っていたようだが、その可能性について追及したことがないようだ。
 顎に細い指を添えつつ考える事数秒、しかしキリトは首を横に振った。

「てか、確かめる方法ないだろ? 店の中じゃカーソルも出ないし」

「確かに……」

 そうなのだ。プレイヤーが数多く密集する可能性がある店内――アルゲードの店がそれほど混む可能性は0に等しいだろうが――では、視線を動かすたびにプレイヤーをフォーカスしてギルドタグやHPバーが次々と表示されることを避けるためか、カーソル自体が表示されない設定になっている。そのため、店内ではあの店主がプレイヤーかNPCか判別できない。
 しばし、うーむ、と二人で唸る。人にはどうでもいいことを無性に考えたくなる時があるということだろうか。
 しかし、この話題を提供したのはアスカに取って失敗だった。

「ま……本人に直接聞けばわかることだし、そんなに真剣に考える事でも……」

「…………いや……」

 アスカが適当なタイミングで話題を収束させようとした時だった。
 キリトの口から、小さな声が漏れる。何となく、なんとなーく、嫌な予感がしたアスカが視線を上げると――好奇心いっぱいだ! と怪しげに目を光らせるキリトがいた。

「……あの寡黙なマスターに直接聞くんじゃなくて、何か自分達で特定する方法があるはずだ!」

 ――しまった! 藪蛇だったか! 

 なんて後悔がアスカを襲うが、既に数日前同様の探偵モードキリトは攻略中もかくやの真剣な表情で考え込む。

「デュエルを申し込んだらNPCだと対戦不可表示が出るけど……これも店の中じゃマナー違反だし、それにそれじゃ直接訪ねるのと一緒だよなぁ……」

「……そうだな」

 適当に相槌をする。
 こうなってしまえば、キリトが梃子でも動かない。無駄な抵抗を諦めたアスカはせめて突拍子もないような案がでないことを祈るばかりだ。

「…………そうだ! なぁ、アスカ。料理スキル上げてるなら、けっこうな頻度で食材を買い込むよな?」

「ちゃんと保存用アイテムの中に保管しておけば耐久値は減らないけど……よく使う食材はまぁ、そうだな。よく買いに行くよ」

「つまり、だ。プレイヤーが経営するレストランなら……一つの料理を作るのに必要な食材を食い尽くせば、料理を出せなくなるってことだ」

 しかし、アスカの希望は華麗にへし折られた。

「まさか……」

「そのまさかだ。一つの料理を食べ続けて食材がなくなって料理が出なくなったらプレイヤーだとわかる」

 自信満々に言うキリトが不覚にも可愛い、などと思いつつも、呆れが先行しているからか、溜息を吐き出しつつ言う。

「……レストランだと貯蓄している食材アイテムの量だってとんでもない量だろうし……そもそも、もしあのお店がNPC経営だったら延々と食べるハメになるぞ」

「その時はその時だな」

 まるで無計画な計画だ。この間の《聖竜連合》ギルドホーム設立パーティーで料理を食べ過ぎて飽満感が消えず苦しんでいたことから、何も学んでいないらしい。《月夜の黒猫団》の男性陣共、クライン、エギル共にに「飯代が浮いたから問題ない!」と腹を押さえながらポジティブシンキングを炸裂させていたのはそう昔の事ではないはずなのだが。

「よし、そうと決まれば早めに。思い立ったが吉日ってやつだな」

「それだと別に今日中に行けばいいだけだな……」

 昼間から行動不能になるのは避けたいアスカ。昼からは二人で一緒に仲良く楽しく……もとい真剣に迷宮区攻略をしようと提案するつもりなのだ。

「む、なんだよ、アスカも気になるんだろ? 言い始めたのそっちじゃないか」

「……それはそうなんだが……」

 キリトの言う通り、気になっている。彼がプレイヤーかNPCか、判別できるなら是非とも、だが……別に方法があるのでは、と思わずにはいられない。
 
「仕方ない、行くか……」

 しかし、キリトの突拍子もない提案に乗っかって一緒に付き合うことをかねてより楽しみにしていたアスカに断れるはずもない。
 それに、二人きりの時間を減らすなんて以ての外だ、と増援を呼ぶ選択肢を頭に浮かべつつ口にしなかったアスカも大概だ。

 探偵&助手コンビ――今度は役割がはっきりしているようだ――はカップの中身を飲み干すと未踏破ダンジョンへと赴く顔持ちで店から歩み出した。



 
 

 
後書き
またしてもお久しぶりです。
何とか二ヶ月以内に更新できました。本当は一ヶ月程度の期間で更新していきたいのですが、あまりパソコンに向き合う時間がないのが実情ですね。
大学ってきゃっきゃうふふ、と楽しく過ごせると思ってた時期があったのですが……ま、まぁ! 二年や三年になれば授業数が減ると聞いておりますのでもう少しすれば更新速度を上げていきたいです。個人的には早くアスカとキリトをいちゃこらさせてやりたいので!

……ぶっちゃけ、クラなんとかさんの扱いに困る今日この頃です。
実は既に一巻の内容の方を書き始めてはいるのですが、いやぁー、クラなんとかさんの面倒なこと驚きです。
超肉食系男子である(可能性が非常に高い)アスカがクラなんとかさんをブスリと刺し貫くイメージしか沸きません!(なんでや!)
上手い具合にオリジナル展開を交えられるように頑張りたいところですね。

ついでに気づけば最初の投稿から一年が経過しておりました! 
祝! 1周年!
こうして思いつきで書き始めた小説を今も楽しく書けているのは読んでくださっている読者あってのことだと思いますので、本当にありがとうございます!
これからも『アスカとキリカの物語』にお付き合い頂ければ幸いです。

 
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