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空を駆ける姫御子

作者:島津弥七
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第十四話 ~彼女たちのお話 -桐生アスナの章-【暁 Ver】

 
前書き
『暁』移転版の十四話(ブログ版では十五話)。ちょっと短いです。題名に反してアスナの台詞は全くありません。出番も最後だけ。 

 


────── ……ただいま




 機動六課の職員。魔導師と一般職員も含め、休暇はローテーションで取る事になっている。管理局の上層部とて、決して無能揃いではない。いくら万年人手不足と言えども、肝心の魔導師を使い潰してしまっては立ち行かなくなるのだ。況やここは──── 機動六課なのである。彼女たちのように才気溢れた魔導師であれば尚の事だ。

 この制度は『休みたくないので、いりません』などと言うワーカホリック(仕事馬鹿)な事を言っても通るものではなく、強制であった。仕事のしすぎで倒れるなどしようものなら結局、大勢の人間に迷惑を掛ける事になる。結局は、適度に休んだ方が効率が良いのだ。

 さて、何故このような事を長々と説明したのか? そう──── 今回の主人公である()()。もうそれが当たり前になっていた六課の風景から彼女が切り取られて──── 二日が経っていた。





 その日──── シグナムは主であると同時に上司でもある八神はやてと共に、管理局と深い関わりがある人物と会う為に出かけていた。下世話な言い方をしてしまうと、接待である。勿論、コンパニオンが出てきたりするような事もなく、ちょっとした商談と会食をする程度のものであった。

 シグナムと八神はやては管理局に協力している企業の一つである『Berkley Corp.』のCEOと会食を終え、帰路についていた。シグナム自らがハンドルを握り、全然食べた気がしないと先ほどから助手席でぼやいている主に苦笑しながら、六課へと急いでいる。そんな時にふと視界の片隅に一件の花屋が目に入った。

 六課にある中庭の広さはちょっとしたもので、天気の良い日などは真白なテーブルと椅子。そして日除けのパラソルまで立てられ、洒落たオープンカフェのようになっていた。敷き詰められた芝生の緑は見ているだけで、安らぎを与えてくれるようであったが、荒れ放題だった花壇に最近になって色とりどりの花達が姿を見せるようになっていた。

 それをやった彼女は、現在休暇中だ。思い出されるのは──── 手や顔を土で汚しながら、花を植えている後ろ姿。聞けば、花だけではなく動物や昆虫も好きなのだと話した。戦いで見せる苛烈さと、動植物を愛でる可憐さと。どちらが本当の姿なのか。シグナムはそこまで考えたところで、如何にも馬鹿馬鹿しいとでも言うように唇の端を少しだけ上げた。

──── どちらも彼女だ

「主はやて、少々寄り道をしても構いませんか?」





 その日──── キャロ・ル・ルシエはとても困っていた。あの日、自分を励ましてくれた『彼女』に何かお礼をしたい。拙い言葉ではあったが、それ故に。砂が水を吸収するが如く、するりとキャロの心へ溶けていった──── 優しい言葉。だが、お礼をしたいと思い立ったのは良いが、何をして良いのかキャロには思いつかない。本人に聞こうにも、生憎と彼女は現在六課にはいない。()しんば聞いたとしても、何も言わずに見つめられるか、無体な物を召喚して欲しいと言われるのは目に見えている。それに……キャロは彼女を驚かせたかった。いつもアンティークドールのように表情を変えない彼女が、驚く様を見るのはどのような心持ちだろうか。キャロはそれを想像し──── とても愉快な悪戯を思いついた、童子のように胸を弾ませた。

 そんなキャロの相談をエリオが無下に断るわけもない。だが、三人寄れば文殊の知恵と言うものの、一人足りないばかりか、エリオの発想もキャロと五十歩百歩であった為、結局二人揃って仲良く頭を抱える事になった。外へ行こうと言うエリオの気分転換という名の思いつきで、八神はやてから外出許可を貰い、現在二人は近くにある森林公園へと来ている。男女が仲良く手をつないで森の中へ入っていこうものなら、不埒な想像をしてしまいそうになるが、そこはエリオとキャロなのである。そんな事は思いつきもしないし、出来もしない。

 森の中へ入って暫し探索していると、急にエリオが立ち止まった。キャロは何事かと思いながら、同じにようにエリオの視線を追い──── 魂を抜かれたように嘆息した。少年と少女の前には、木漏れ日をオーロラのように降らせながら、広げた梢を風に遊ばせている──── 古木。まるで森を守っているかのような神秘的な光景であった。二人は暫くの間、その姿に惚けていたが、エリオが何かを見つけたように幹を指さした。

「キャロ、あそこ……」

「え、あっ」

 そこにいたのは────





 その日──── 彼は嘗ての教え子達へ会う為に機動六課をへと向かっていた。実技、座学共に常にトップクラスで特に戦略、戦術に秀でた才能をみせた彼女。もう一人は、魔力と体力に恵まれ知力も優秀。()()の緩衝材にもなっていた彼女。そして──── 未だに破られていない、連続無敗記録と停学処分記録を同時に打ち立てた彼女。この三名は彼の記憶に、もっとも色濃く残っている生徒達であった。

 彼が六課を訪れると出迎えてくれたのは、ツインテールの少女と青髪の少女。彼の目的であるもう一人の少女は、少女の兄の策略によって半ば強制的に約束させられた権限を行使し、六課へ来てから初めての休暇中らしい。彼はそれを聞くと幾分残念な表情を浮かべたが、いないものは仕方が無いと、買ってきた手土産を押しつけるようにして手渡した。

 二人に案内された中庭のテラスで、昔話をしながら近況を聞く。彼女達が変わっていないことに安堵しつつも、色々な意味で頭を抱えることが多いであろう、機動六課の部隊長である八神はやてへ彼は同情した。彼は彼女達の話を聞きながら、ここにはいない少女が手入れしていると聞いた花壇を眺めている。しかし、彼は唐突にこう切り出した。

「向日葵は虫を呼び寄せるという話を聞いたことがあるかね?」

「虫、ですか」

「ああ。本当かどうかは知らんが、昔から言われているな。一匹、二匹なら構わんが、あまり多くてはな……寄ってくると危険な虫もいるだろう。聞くところによると、ライオンに寄生して内側から食い殺すような虫もいるそうだ」

「うわ……フェイトさんは虫が苦手だから教えない方が良いね」

「そうね……でも、何故そんな話を?」

「なに、気をつけた方がいいと言うだけの話だ」

 二人は彼の話に少しだけ違和感を憶えたが、他にも用事があると彼が立ち上がった時には、忘れてしまったのだ。二人はアスファルトから立ち上る蜃気楼の中へ消えていく痩せた背中を、いつまでも見送っていた。





 その日──── 桐生は『彼女』を想っていた。あの日、初めて彼女と出会ったときの事。何もかも……どうしようもなく疲れ果て、自分が一体どっちを向いているのか、それすらもわからなくなっていた頃。彼女の暖かさに自分は確かに救われた。その時に決めたのだ。彼女の為だけに生きようと。それがどんなに人として歪んでいたとしても構わないと。

 桐生はそれが、条件反射であるようにデスクに置いてある煙草へと手を伸ばす。だが、指先が煙草のケースを捕らえる瞬間『彼』の声に動きを止めた。

『桐生。少々、吸い過ぎだ。最早止めろなどとは言わないが……なぜそんなに吸う?』

 桐生は手を伸ばしたまま、すまし顔で答える。

「そこに煙草があるからです」

 どこぞの登山家のような事を言い出した。

『では、なければ吸わないんだな?』

 桐生は心底呆れたような顔をすると彼──── ボブへと言い放つ。

「何を言ってるんですか? なければ買いに行くに決まってるじゃないですか」

『聞いた私が馬鹿だったよ。話の途中だったな』

 桐生は今度こそ煙草へと手を伸ばし中から一本取り出そうとして──── 小さく舌打ちすると、ケースを握り潰しデスクへと放り投げた。

『残念だったね。買いに行くかい?』

「……いえ、後にしましょう。で、八神さんと守護騎士のお話でしたっけ」

『そうだ。残念だが、私の口からは彼女達の過去を話すわけにはいかない。私にはそのような権利もない。だが……その過去の所為で肩身の狭い思いをする事もあるようだ。中には『犯罪者』と陰口を叩く者までいると聞いている』

 桐生は心底よくわからないという顔をした。

「なぜ、犯罪者なんですか? 逮捕歴か、司法で裁かれた上に刑が確定した過去でも?」

『まさか。だとしたら管理局にはいないだろう。昔の件も……ほぼ司法取引のような処置だったと聞いている』

「だったら犯罪者でもなんでもないじゃないですか。少なくとも、この『世界』の『(ルール)』ではそうなりますね」

『些か、詭弁のような気もするが』

 ボブの言葉に桐生は、笑う。

「私もそうだと思います。ですが、八神さん達を裁く材料も、人もいないわけですから。……十九歳にして、二等陸佐という地位。保有魔力は管理局の中でもトップクラス。一騎当千とも言える、守護騎士の皆さんまで。管理局に影響力が大きい方とのパイプもあると聞いています。……私には才能溢れる若者に嫉妬しているだけのようにしか思えませんがね」

 その時。工房の雑多な空気を震わせるように奏でられたメロディー。どうやら夕食が出来たらしい。桐生は喫煙者である為、彼女には工房への出入りを禁じてある。……全くと言って良いほど守ってはくれていないが。あまり待たせてしまうとへそを曲げてしまうが、桐生は特に急ぐ樣子もなく椅子から立ち上がる。

『桐生もあるのかい? 誰かに嫉妬することが』

 扉をくぐろうとしていた桐生は立ち止まり、ボブへ振り返る事無くこう答えた。

「──── そりゃぁ、人間ですからね」





 その日──── ティアナ・ランスターは困惑していた。彼女に居候の世話を頼まれたのは良いが、蛙のぴょん吉はともかくとして、愉快なアリ軍団はどうやって世話をすれば良いのか、わからなかった。念を押すようにして頼んでくる彼女へ曖昧に頷いたのが、運の尽きだった。

 今日も彼女の部屋を訪れたが、昨日とは様子が違っている部分があった。部屋に入るとすぐ目に入る、普段は端末しか置かれていない無味簡素なデスクの上が──── 少し賑やかになっていた。

 ティアナは新手のいじめかと思いながらデスクへと近づいていく。小さな鉢植えには控えめな仙人掌(サボテン)が植えられていた。蕾が付いているところをみると、幾日もしないうちに花が咲くのかも知れない。

 大きな虫籠には目が合ったら殺られそうなカブトムシがいた。誰が捕まえてきたのかは知らないが、カブトムシと言う名前の語尾が、疑問系になってしまいそうなほど大きい。彼女は大喜びだろう。

 ティアナは一通り検分し終えると、暫し考える。やがて水槽へと近づき、今日も脳天気な顔をしている蛙の顔を見て、なぜかスバルの顔を思い出す。吹き出しそうになるのを何とか堪えながら餌のコオロギを、ぞんざいに放り込んだ。そして──── 彼女が六課に来た頃の心配は完全に杞憂に終わったのを感じると、いつもより少しだけ賑やかな部屋を後にした。





 食堂に於て年頃の少女らしい歓談に花を咲かせている彼女達を、壁により掛かりながら一人の男が見ていた。男にとっては群れるなど我慢ならなかったし、食事が終わっても他の人間と馬鹿な話をするなど考えられなかった。

「ふん。まるで飯事(ままごと)だな」

「そうですか?」

 男は唐突に横合いから聞こえてきた声に驚きながらも、声の主を確認する。

「スバル・ナカジマか。俺に何か用か」

「勿論、用があるから声を掛けたんですよ。マッハキャリバー? 再生して」

『高町なのはが、撃墜された過去か。俺の権限があれば、この程度の情報を引き出す事など造作もないな』

 男──── エイジ・タカムラは今度こそ驚きに身を固めていた。スバルは普段の彼女からは想像もつかない冷淡な口調で、タカムラへと語りかける。

「一人言が多いみたいですね、タカムラさんは。止めた方が良いですよ?」

「貴様、どうやった。あの時には」

「誰もいなかった。ですか?」

 スバルはちらりとタカムラの肩を見る。そこにいるのは小さな──── 虫。()()の命令でタカムラに張り付いている、ハエトリグモ。その背中には超小型の盗聴器を背負っている。

「こんな中途半端な時期に、しかも内部調査室から出向だなんて。調べに来ましたって言ってるようなもんですよ? ティアも言ってましたけど、なんで所属部署を偽装しなかったのか、さっぱりわからないって」

「お前には関係ない」

「そうですね、関係ありません。六課に調べられて困るようなことは無いですから。ですけど……」

 そう言いながら、タカムラを見据えたスバルの瞳は──── 少しだけ金色に輝いていた。





「おかえり、どうだった?」

「うん。なのはさんの事は誰にも言わないように釘を刺したから大丈夫だと思う。だけど、どうかな」

 それを聞いたティアナは仕方ないとでも言うように肩を竦めた。

「ま、スパイであることには変わりは無いんだし、警戒しておくに越したことはないわね。『伍長』は張り付いたまま?」

「気付いてないみたいだったけど、潰されたりしないかな」

「意味ないわよ。あの娘が呼べば幾らでも来るんだから。……ホント、応用範囲が広すぎるわ」

 ティアナは呆れたように笑う。スバルも釣られるようにして笑うと、二人同時に溜息を吐いた。

「何か物足りないね」

「そう、ね」

 まるで、ピースの欠けたジグソーパズルを前にしているよう気分だった。彼女が六課に来る前は、それが当たり前の筈だった。だけど、それは。欠けたピースに気付かないふりをして、絵を完成させたと思っていただけなのかも知れない。

 その時、窓の外を眺めていたエリオとキャロが何かを見つけると、一目散に食堂の出口へと走り出した。急に走り出した二人を見て、訝しく思っていた彼女達も何か思い至る事があったのか、やがて一人──── 二人と席を立っていく。ティアナとスバルはその光景を見て、お互いに顔を見合わせると、くすりと笑った。律儀にも寮へと向かわず、こちらへ来たらしい。そして二人も、彼女達に続くべく歩き出す。心なしか──── 軽い足取りで。





 沈み掛ける太陽を背にして、彼女が歩いてくる。いつものようにとてもラフな格好で。頭には黒の皮キャップ。黒のタンクトップに訓練用のカーゴパンツ。足には履き古したスニーカー。背中には頭陀袋(ずだぶくろ)を背負って。ティアナやスバルには、少し女の子らしくしろと言われているが、実践したことは殆ど無かった。

 彼女へ向かってエリオとキャロが駆けだした。彼女に走り寄った二人が、何を言ったのかはわからない。毎日当たり前のように交わす挨拶だったのかも知れないし、そうじゃなかったのかも知れない。だが、二人と彼女の顔に浮かんでいるのは間違いなく、微笑み。あまり表情の変化がない彼女が、笑っているのは珍しい。

 こうして──── 六課から数日ほど消えていた彼女が戻ってきたのである。それは同時に騒がしい日々も戻ってきた事と同義ではあるが、幸いにもそれを指摘するような無粋な人間はいなかった。エリオとキャロに手を繋がれながら、もう一つの家になりつつある居場所へ戻ってくる彼女を、皆は同じような笑顔で出迎えた。






 ~彼女たちのお話 -桐生アスナの章- 了


 ──── ティアナ達の恩師である、ヨハン・ゲヌイトが消息を絶ったとの凶報が齎されたのは、この日から僅か数日後の事であった。

 
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