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World of Destiny Crossed―魔法少女と剣士の物語―

作者:ULLR
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第一部
魔法少女と剣士
  謎の視線

 気が付けば彼を目で追い掛けていた。家が比較的近かったのもあるかもしれない。昔は一日中一緒に居た。自分にあまり自信が無い私は引っ込み思案で、当時はあまり友達も居なくて……。だから彼は私にとって眩しい人だった。
 人当たりが良く、皆に好かれていて、どんな事があっても穏やかに微笑んでいる。幼稚園で優しかった老年のお婆さん先生が定年で退職すると知った私達が泣いていると彼は一人一人に声を掛け、慰め、皆の「辞めて欲しくない」という我儘をその子の気が済むまで聞いてあげて、納得させて行った。
 今から考えるとそれが如何に歳不相応だったかが分かるが、それにもちゃんと理由があった。最終日に彼の発案で皆で織っていた千羽鶴――とは名ばかりの実際は600と少しの贈り物を貰った先生はとても感激していた。


 小学5年生の時、私達家族が見滝原に引っ越した。私はその時、彼と離れる事が――その時は何故なのかは分からなかったのだが――とても嫌だった。


 が、幸いにもそれは杞憂に終わった。

 彼の父親は蒸発、母親はそんな彼に負い目を感じているのか朝早くから夜遅くまで働き、彼に金銭面では苦労を掛けた事は無いとか。だが、そのせいで彼と過ごす時間が減ってしまい、結果彼は一年中1人で暮らしている。

 どうしたものかと大学時代の友人でもあった私のお母さんに相談したところ、毎週末に彼が家にご飯を食べに来るのが慣例となった。何だかんだ言いながらお母さんもお父さんも彼の事が気に入って、弟のたつやもよく彼になついた。

 そんな事情故、彼も見滝原に引っ越す事になったのだ。知らない土地で彼がいてくれるという安心感は当時不安で仕方なかった私にとってどんなに大きなものであったか。これからもずっと一緒。





 そんな刹那の思いが潰れたのはそれから1年後だった。





 忘れもしない、あの日。2022年11月6日、日曜日。


 夕方になっても彼が家に来ない。テレビでは世界初のVRMMORPGである《ソードアート・オンライン》で起きた大事件が報じられていた。焦ったように彼の家に電話を掛けるお父さん。お母さんも険しい顔で彼の母親に電話を掛けていた。


 ―――そして最悪の想像が現実となる。私は泣いた。何故悲しいのかも分からず、ただ泣いていた。最初の1ヶ月は彼の病室を訪れるのも恐ろしかった。無骨なヘッドギア――《ナーヴギア》が停止しているのでは無いか。あまつさえその最後の使命である高出力マイクロウェーブを発している真っ最中なのではないか、と。


 だが半年後、私は自分の想いを知った。いつものように悪い想像を押し込めながら彼の病室に行くと、彼のお母さん、そして見慣れない眼鏡をかけたスーツ姿の若い男の人が居た。

「いつもありがとう。まどかちゃん」
「い、いえ。あの……?」
「ああ。こちらは政府の……対策課の人で、悠のお見舞いに来て下さったのよ」
「初めまして、お嬢さん。悠君の恋人さんかな?」
「ち、違います……」
「はは。すいません。お母さんも失礼しました」
「いえいえ」

 彼のお母さんは痩せこけた顔に無理やり笑みを作って答えていた。やがて眼鏡の役人さんは顔を引き締めると外部から観察できる範囲でゲームの中の状況を話していった。夥しい数の死者、強力なボスモンスターの話。

「現在、最前線は26層。ようやく4分の1です。このままのペースで進めば1年と半分でゲームは終了しますが、敵が強力になっていき、最前線で戦う人数が減っていくとなると、まだ断定することは出来ません。さらに、資料に依れば25、50、75層……所謂クォーターポイントのボスはとても強力で、事実25層では多数の死者が出ました……」

 私は思わず彼のヘッドギアを確認した。インジケータは点滅し、彼がまだ生きている事を示している。

「あの、それで家の子はいったい……?」
「悠君は最前線で戦う《攻略組》の一員で位置情報から類推するに、その中でも希少と言える《ソロプレイヤー》です。先のボス戦では後発隊に入っていました」
「…………!!」

 驚いた。連日のニュースや需要によって出版されたSAOの詳細が書かれている専門誌、ネットゲームの専門用語集等々のおかげで私は話の内容を察した。

(……悠君)

 戦っているのだ。電子の檻から解放されるべく、自分の道を己の剣で切り開いている。

 胸がトクン、と鳴った。手をぎゅ、と握ってそこに当てる。



 しかし、自分の道を自分で切り開いている、つまりそれは常に危険と隣り合わせの場所にいるという事だ。

(お願い……悠君……無事に帰ってきて……)







 それから1年半後、2024年11月7日。その願いは叶った。











「ふぅ……」

 日課となっている朝のジョギングから帰宅し、トレーニングウェアを洗濯機の中に放り投げるとスイッチを押す。シャワーを浴びて汗を流し終えると、慌ただしく朝の支度を始める。真新しい制服に着替えると、ジョギング前に用意しておいたパンを食わえながら家を出た。
 春過ぎの何時もの陽気。彼は朝のこの澄んだ空気が好きだった。

「今日も1日平和でありますように、と」

 学校生活が始まって早1ヶ月。毎朝この文句を言うのだが……この日、初めてその願いは叶わなかった。そして―――





 この日から全ては始まった。












 周りを歩いているのは既にほぼ見滝原中学校の制服を着た少年少女のみだ。このクリーム色の石畳――と言うと少しゴツイ感じがするが、正確な名称を知らないので仕方ない――を道なりに行けばもう学校へ到着だ。
 新しいものと古いものが混ざった印象を受けるこの町は再開発によりどこに住んでいても近くにスーパーや公共の交通手段が利用できるようになっている。計算し尽くされた交通網は渋滞を緩和し、事故も起きにくいようになっているそうだ。あちこちに公園が点在し、ペット連れも多い。

 一方で町にエアポケット的に存在する廃墟の撤去時期の問題等か発生しているが、そこは気長に待つしか無いだろう。

「…………ん?」

 周りを歩いていた生徒達が何故か脇にそれ、ヒソヒソ話ながら中央を見ている。ぼやー、としていたせいで俺はその現況のすぐ側まで近づいてしまっていた。
 じゃれ合う2人の少女とそれを呆れたように見るもう1人の少女。3人とも知り合いであり、うち2人は腐れ縁だ。

「おはよ、志筑さん」
「あら、おはようございます。朝宮さん」

 志筑仁美。清楚なお嬢様という印象は間違いでは無く、ガチお嬢様だ。ちなみにこの人の親父さんが経営している会社の子会社の1つに勤めているのが俺の母親だったりするが、その事実を知っているのは俺とまどか母だけだ。

「……で、これは?」
「ええ、何時ものじゃれ合いですわ。……そろそろ止めませんと」

 周囲の視線が痛いね。やれやれだ。俺はため息を吐きながらじゃれ合い続けている2人の内ちょろちょろ動き回って「まどかはあたしの嫁になるのだ~」などと変態発言をしている方の少女の足をかるーく引っ掛ける。

「わぁ!?……って痛ぁ!?」

 盛大にバランスを崩しつつ後ろに倒れ込んできた少女の後頭部を拳でど突いて支える(殴る)

「アホやってないでキリキリ歩け。通行の邪魔だ」
「あ、悠君おはよ」
「おはよ、まどか」
「……いきなり何すんのよ!?」
「はいはい。行きますわよ、さやかさん」
「きーけーーー!!」

 後ろで騒いでいるさやかを完全に無視して歩き出す。……この光景は特別珍しくもなく、シュチレーションは時々に違えど、日常の一部だった。

「んー、今日も平和だ」
「もう、年寄みたいだよ?」
「早くまったりと暮らしたいね~」
「……はぁ」

 隣でまどかが呆れ返っているような気がするがそれも無視。心休まるこの日常を知ってしまった今、俺はもう二度とあの戦いの世界には戻れないだろう。















「えー、今日は大事なお話があります」

 朝のHR。担任の早乙女和子先生は眼鏡をキラーンと光らせながらそう切り出した。ほうほう。何かな?

「はい、中沢君!目玉焼きとはッ、固焼きですかッ?それとも半熟ですか!?」

 ずるっ!……先生よ。それは重要な事なのか。

「えと……どっちでもいいんじゃないかと……」

 中沢君は微妙に引き吊った愛想笑いを浮かべながらそう答える。すると先生はその通り!と拳を突き上げる。

「そう、どっちでも宜しい!たかが卵の焼き加減なんかで女の魅力が決まると思ったら大間違いです!女子の皆さんはくれぐれも!半熟じゃなきゃ食べられないとか抜かす男とは交際しないように!そして男子の皆さんは絶対に、卵の焼き加減にケチをつけるような大人にならないこと!」

 テンション高いなー。どうしたんだろうねこの人。すると、教室のあちこちで囁き声が聴こえてきた。――別れたか……、別れたんだねぇ……、と。

(ああ、なるほど。……って確かこの人三十路過ぎてなかったか?)

 思わず同情してしまう。世の中にはゲーム内で知り合って結婚して、現実世界でもイチャコラしてるやつだっているのに……。

 などと考えていると、クラスにどよめきが響いた。意識を現実に戻し前を見ると……
 黒い長髪に人形のように整った顔立ちの少女が立っていた。

(……ん?)

 その少女が一瞬俺に目を止めると、何故かひどく動揺したように目を見開いた―――ような気がした。

(気のせい、だよな?)

 現実世界、仮想世界両方で会ったことが無いと確信できる。これ程の美人と言ったら中々お目にかかる事はまず無い。

(にしても……)

 何だあの目は。その昔、向こうで《狂戦士》と呼ばれていた某フェンサーさんを彷彿させる眼光を放つそいつは……何と言うか……違和感を俺に残した。

「はーい、それじゃ自己紹介いってみよー」

 どよどよと盛り上がるクラスを静めようと和子先生が言う。

「暁美ほむらです、よろしくお願いします」

 以上。




 ……暁美さん、あんたマジでどこのネットゲーマー?





 
 

 
後書き
次回からもう少し長いです。 
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