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空を駆ける姫御子

作者:島津弥七
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閑話2 ~日常の喧噪【暁 Ver】

 
前書き
『暁』移転版の閑話2(ブログ版では閑話4)。かなり短いお話なので、さっと読めると思います。 

 


────── 誰も、彼女を責める事など出来ない




 あたし達の初出動が誰も怪我をする事なく無事に任務遂行となり、エリオとキャロが自信を付けたのは幸いだった。ついでに言うと二人がフェイトさんとより一層、親密になったのを微笑ましく思っていた頃。彼女の一言によって、あたしが満喫していた束の間の平穏は破られる事になった。




「ティアさん、ご相談があります」

 午後の訓練が終わり、あたしのお腹から引っ切りなしに鳥の鳴き声が聞こえてきた為に、あたしは食堂へと急いでいのだ。そんなあたしを彼女が呼び止めた。

「何? キャロ。あたしは、お腹にいる雛たちに餌をやらなきゃいけないの」

「アスナさんの事でお話があります」

「いけない。あたしはこれからヴィータ副隊長と『牛乳と胸の成長の因果関係』について話し合う予定があったわ」

「話を聞いてください」

 あたしは幸せが根刮(ねこそ)ぎ逃げていくような、盛大な溜息を吐いた。

「……アスナがおかしいって話しなら勘弁よ。(むし)ろおかしくないところを探すのが大変なのに。いやよ、そんな不毛な間違い探し」

「ご飯奢ります」

「さぁ、行きましょうか。何でも話してみなさい」

 この選択がそもそもの間違いだったのだ。昔からこの手の相談事で、しかもアスナ絡みと来ればトラブルしか舞い込んで来ない事は、スバルが買ったおみくじが悉く外れるのと同じくらいわかりきった事だったのに。





「ちょこぼを召喚するには、どうしたらいいですか」

 あたしは、頭を抱えたくなるのを何とか堪えた。キャロの小さな口から出てきたのは意味不明な文章だったからだ。なんと答えたものか暫し頭を捻ったが、捻ったところで出てくる答えは一緒だという事に気付き、至極真っ当な答えを返した。

「知らないわ」

 訪れる沈黙。相手がスバルやアスナであれば、これ以上ないほど完璧な返答且つ妥当な答えだと思うが、キャロには少々酷だったようだ。取り敢えず話を進めようと考え、あたしは曖昧な笑顔を浮かべたまま、次の質問をした。

「ちょこぼって何?」

「わかりません」

 あたしは今度こそ我慢する事なく頭を抱えた。キャロの答えは簡潔すぎるほど簡単で、それ故に意味がわからなかった。だがこの程度で投げ出してしまうほど、あたしは甘くはないのだ。アスナとの長い付き合いは伊達ではないのだから。何せ毎日が終わりの見えない、我慢大会のようなものだ。しかも、優勝したところで賞金が出るわけでも、誰かが褒めてくれるわけでもない。最悪だ。

 あたしは米噛みを揉み解しながら話を進めようと、試みる。

「どうして、そんな話になったのか教えてくれる?」

 キャロは幾分眉を寄せて、訥々と語り出した。

「えっと……アスナさんは竜召喚士を何だか勘違いしてるみたいです。アスナさんのお話は殆どわからなかったんですけど、『ちょこぼ』という生き物を喚んで欲しいという事だけはわかりました」

 随分と面白──── いや、由々しき事態になっているようだ。いつだったかあたしも、河童はどこにいるのかアスナに問われ『それは、あなたの心の中にいるのよ』と、のらりくらりと答弁を繰り返す政治家のように答えた事があるが、今回は無理だろう。あたしがいつものように思考の海へ深く潜ろうとしていた時、第三者の声によってそれは中断を余儀なくされた。そう──── 第三者である。





「……なぁ、二人とも。何でその話を、私の部屋(部隊長室)でするん?」

 この部屋の主──── 八神部隊長にとっては、もっともな疑問であった。最早この部屋の風景の一部とかした書類の山(嫌がらせ)の間から、敗残兵のような面持ちで顔を出す。

「ご迷惑でしたか?」

「ご迷惑っちゅうか……」

 八神部隊長の仕事の邪魔をしているわけではないし、今は昼休み中だ。だが、彼女はどこか釈然としない顔をしている。

「他にもたくさん場所あるやん」

「書類を青息吐息で片付けている八神部隊長を横目で拝見しながら、キャロの相談に乗りつつ、お茶をするのも一興かと思いまして」

「この子最悪やわ」

 あたしの少々理不尽だったかも知れない物言いに、八神部隊長が思わず零してしまったのも無理はないと思う。何しろ、故意なのだから。どうも八神部隊長は、なのはさんと一緒になってあたし達三人を調べているようなので、ちょっとした意趣返しと言うところだ。

 唯でさえ書類仕事に忙殺されているところへ理不尽な追い込みをかけられては、八神部隊長の口から何かが出てきそうだけど。こう白っぽい霊的なモノが。彼女は援軍を求めるように周りを見渡すが、あたし達以外に誰かいるはずもなく。結局、八神部隊長は無言で机と仲良くする事を選んだ。

 彼女が机に突っ伏してから数分。そろそろ机と一体化してしまうのではないかと、あたしとキャロが心配になってきた頃に八神部隊長が、徐に口を開いた。

「……それ、ゲームや」

 ()()とは何を指しているのか一瞬わからなかったが、さきほどキャロが口にした『ちょこぼ』のことだと思い至る。

「ちょこぼってゲームなんですか?」

 生憎キャロもあたしもゲームには疎かった。キャロにいたっては、キョトンとするばかりなので仕方なくあたしが聞き返した。

「ちゃう。正確にはあるゲームの中に出てくるキャラクターや。召喚魔法で喚び出すキャラクターでな。喚び出さなくても普通に捕まえて、乗り物にもなる便利なキャラクターやな」

 恐らく丁寧に説明してくれたのだと思うが、益々わからない。キャロの頭の上には本格的にクエスチョンマークが踊り出している。八神部隊長はあたし達の樣子を見て取ると、気怠げに立ち上がった。

「しゃぁないなぁ。ちょう待っとき」

 出来の悪い子供を見るような顔をされたのが少々腹立たしくはあったが、キャロの手前怒り出すのも大人げないような気がしたので、大人しくする事にした。八神部隊長は一枚の真白な紙を取り出すと、今にも鼻歌を歌い出しそうな風情でペンを走らせる。やがて彼女は満足げな樣子で、あたし達に紙を差し出した。恐らく、『ちょこぼ』なるモノを書いたのだろう。この状況で全く違うモノを書いたのだとしたら、正気を疑ってしまう。

 あたしとキャロは興味深げに紙を覗き込んだ。そこには、正気を疑うような物が描かれていた。暫しの沈黙の後、キャロが口を開く。

「えっと、大きなペンギンさんですか?」

 八神部隊長を傷つけないように言葉を選んだキャロに、あたしは心の中で拍手を送った。だが、その優しさは却って相手を傷つけてしまう事があるというのを、キャロに教えてやらなければいけない。そう、あたしが悪者になるだけでいいのだから。

「八神部隊長のセンスには目を見張るものがありますが、残念ながら前衛芸術はちょっと」

「もうええわっ」

 八神部隊長はそのまま、来客用のソファへ不貞腐れたように横になってしまった。キャロがあたしを非難がましい目をして見ている。おかしい。感謝されると思ったのに。あたしは肩を竦めてみせると、一番効率が良く一気に問題を解決できる一つの提案をキャロにしてみた。

「もう、『そんなの喚べねーから』って言えばいいんじゃないかしら」

「それが出来ないから困ってるんじゃないですかっ。凄く期待してる子供みたいな目で見てるんですよ!」

 キャロは紅葉のような小さな手を握りしめながら、自分が座っているソファを叩く。多分怒っているのだろうが、可愛らしいばかりで全く怖くない。些細な事ではあるが、キャロの中でもアスナは年下認定らしかった。

「もしかしたら、しょんぼりして泣いちゃうかも知れません」

「泣いちゃうかもって……泣くか泣かないかの、ぎりぎりの表情を楽しむのがいいんじゃない。いいわよね? あれ」

「同意を求められても困ります」

 キャロのつれない返答にあたしは再度、肩を竦めてみせる。悩める乙女二人が、どうしたものかと思案顔をしていると、部隊長室のドアが何の前触れもなく開き、一人の少女がふらふらと入ってきた。件の少女──── 桐生アスナその人である。

 キャロはアスナの姿を認めると幾分落ち着かない様子を見せたが、アスナは特に気にも留めず、哀愁を漂わせながらソファにごろりと横になっている八神部隊長へと近づいた。

「……はやて」

「なんや、アスナちゃん。八神商店は開店休業中や。今来ても飴ちゃんしか出てこないで」

「……潤いを届けに来ました」

 桐生アスナという少女を知らない人間からしてみれば、いきなり家に押しかけてきた挙げ句に『アナタハ、神ヲシンジマスカ?』と言われたとのと同じぐらい唐突ではあるが、幸いにもここにはそんなビギナーはいなかった。アスナの言葉に八神部隊長は少しだけ期待を込めた瞳をしながら上半身を起こすと、アスナへと尋ねた。

「なんや、彼氏でも紹介してくれるんか?」

「……それは、私の手に余ります」

 身も蓋もない言い方ではあるが、事実であるので仕方がない。無い袖は振れないのだから。そもそも八神部隊長だけではなく、なのはさんとフェイトさんにしても男の噂などさっぱり聞いたことはない。その所為で、なのはさんとフェイトさんなどは、あの二人は()()()()()などという不名誉な噂が立ち、二人ともいたく憤慨していた。

 八神部隊長は一言で要約すれば『ムリ』というアスナの言葉を聞いて、倒れるようにソファへと沈み込むと再び沈黙の行へと戻った。アスナはそんな八神部隊長に少し不満げな樣子で、彼女の柔らかそうな頬をぺしぺしと叩く。

「わかった、わかったから。叩かんといて。で? 何を見せてくれるん?」

「……これ」

 アスナの手に握られていたのは噴霧器の付いた(びん)だった。香水の小瓶が一番近い形状だろうか。アスナはそれをテーブルに置いてあった紅茶の空き缶へ吹きかけようとした時、八神部隊長が待ったをかけた。

「ちょう待ち。……危ないもんやないやろな?」

「……だいじょうぶ。ここに来る前にも、実験した」

 アスナはそう言いながら、何の躊躇いもなく空き缶へと吹きかけた。

「何も起きへんで?」

「……さわって」

「え? アスナちゃんに『触って』なんて言われたら、興奮するわ。胸か」

「八神部隊長?」

「ティアナ、冗談やて。放送でけへん顔になっとるよ。キャロもいるんやから、そないな卑猥なこと出来るわけないわ」

 八神部隊長は白魚のような細い指を空き缶へと伸ばし──── 触れてしまった。

『あん!』

 ──── 卑猥だった。部隊長室に沈黙の(とばり)が落ちる。八神部隊長は意味もなく窓の外を眺めた後、アスナのすまし顔を見つめた。

「アスナちゃん?」

「……潤い」

 八神部隊長は敵を前にした司令官のような面持ちで、再度触れる。

『ん! ダメ!』

──── 触れる

『いや! やめて!』

──── 触れる

『これ以上触られたら……い』

「い?」

『……いぎゅ』

 些か、八神部隊長が想像していた単語とは違うと思うが、然もありなん。あたしが寸前で空き缶を握り潰したからだ。スチール缶だというのに自分でも驚くほどの握力が出た。あたしはそのまま、アスナへと見惚れんばかりであろう笑顔を向けた。

「その小瓶を渡しなさい」





 アスナは本当に困ったものだ。どうせこれもお兄さんが作った面白グッズなんだろう。昔から変な物を作ってはアスナを喜ばせていたらしい。

 一度アスナの部屋にある『がらくた箱』を検分しなければいけないとあたしが決意を固めていると、何かが頭に引っかかる。そう、とても引っかかる。何だかとても嫌な予感がするような──── 聞き捨てならないことをアスナが言っていたような気がする。

 今までの経験から言って、こんな予感がする時は決まって酷い目に遭うのは、スバルかあたしかに決まっている。あたしは半ば必死になって思考を繰り返した。

──── ここに来る前に実験した

 待て。違う。いや、ここも重要だけど、その前だ。キャロに話しかけられるもっと前。訓練終了後、更衣室で着替えている時に、アスナが()()を右手に持っているのを一瞬見た覚えが……あれは。冷や汗がじっとりと背中を流れていくのが手に取るようにわかった。

「ねぇ、アスナ? ここに来る前に()()って……何したの?」

 あたしはそう言いながら、服の上から()()の感触を確かめた。その感触に安堵したものの、嫌な予感は全く消える気配がない。お願いアスナ、違うと言って。若しくは犠牲者はスバルでありますように。だが、そんなあたしの些細な願いも虚しく、アスナの口から紡がれた言葉に絶望感を味わう事になる。

「……クロスミラージュは食堂で大人気」

 あたしは自分でも惚れ惚れするような素早さで、待機状態のクロスミラージュを取り出す。あたしが手にしたそれは──── 『くろすみらーじゅ』と書かれた変な板だった。

「あんた、後でぶっ飛ばすからねっ!」

 あの時、もう少し気にしておくべきだったと今更遅すぎる後悔をしながら、あたしは脱兎の如く部隊長室を飛びだした。





 桐生アスナは相も変わらずの、ぼんやり顔で八神はやてへと向き直る。

「……旅に出ます」

「自業自得やけどな。せやけど一人やないで? ……私も一緒や」

「……はやて」

「アスナちゃん」

 二人はそのままひしと抱き合った。傍から見れば美少女と言っても過言ではない二人が抱き合っている美しい光景ではあるが、片やティアナからの逃避行で、片や書類仕事からの現実逃避である為、色々と台無しである。

 それを指摘する権利を持っている人間がこの場には一人だけ存在していたが、彼女は何だか関わり合いになると大変な目に遭いそうな気がしていたし、ちょこぼなる物もいつの間にか有耶無耶になってしまったので、まぁ、いいかとばかりになるべく空気となることに徹していた。

 次の日。職場から逃亡した八神はやてと桐生アスナが、揃ってシグナムから説教を受けた。部隊の長と一番下っ端が並んでロビーに正座させられた上に、説教されると言う外部の人間には決して見せられない光景。そして、少々迂闊だったティアナに新たなトラウマを植え付けた珍事は、然程長くない六課の歴史に刻まれる事になる。

 結局。あの場にいた四人の内、三人に被害を出した事件とも呼べない小さな喧噪はこうして幕を閉じた──── キャロの一人勝ちという結果で。だが、彼女は子供であるが故に失念していたのだ。子供というのは忘れたように見えてある日唐突に思い出すという事を。

 その時。キャロがアスナへと言い放った言葉に全員が息を呑んだ。

『ま、まだ、経験値が足りないので、ちょこぼは喚べません!』

 よく聞けば、問題を先送りしただけではあるが、ゲームに疎い彼女が経験値なる言葉を使っているあたり必死に自分が持っているなけなしの知識を総動員した結果であろう。そんな彼女を一体誰が責められようか。この後、どうしたものかと彼女──── キャロは随分と悩む事になるが、肝心のアスナ自身がそんなことをすっかり忘れてしまった為に、キャロの悩みは全て徒労に終わる事になる。頑張れ、キャロ。


────── ……あのときの、バハムートは?






 ~閑話2 ~日常の喧噪 了
 
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