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ちょっと違うZEROの使い魔の世界で貴族?生活します

作者:うにうに
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外伝・閑話
  外伝・閑話1話 水精霊に憧れて

 
前書き
この外伝は、ディーネの出生に秘密とディーネがギルバートと出会うまでを書いた物です。
時間軸的には、本編開始2年前から本編5.5話と言ったところでしょう。 

 
 僕の名は、エドモンド・チャップマン。英国の片田舎で至極平凡な人生を送って来た。父が海外ブランド輸入販売の企業を経営しているので、今はその手伝いをしている。5人兄弟の末っ子なので、後を継げと言われる心配も無いから気ままな人生を送ってきた。そんな僕にも大切な趣味がある。

 そう僕は物語(ファンタジー)が好きだ。

 今でもハッキリと思い出せるが、子供の頃に親に連れて行ってもらった劇が原因だ。

 その劇は、戯曲「オンディーヌ」

 始めて見た舞台劇を、僕は本当に面白いと思った。

 初めは外国(フランス)の劇など、見ても理解出来ないと思っていた。しかしそれは、大きな間違いだった。

 俄然興味が出てきた僕は、色々と調べてみた。出てきたのは、元ネタとなったドイツの「ウンディーネ」と言う物語だった。

 父の部下が英訳された物を持っていたので、お願いして読ませてもらった。そして読み終わった頃には、僕はすっかり物語(ファンタジー)の世界に魅せられていた。

 すっかりハマってしまった僕は、原文読みたさにドイツ語を勉強し始めた。最初はもっと別な趣味をと言っていた父や兄弟達も、原文を読破した時点で認めてくれる様になった。

 メジャーな物からマイナーな物まで、かなりの量を読んだ。僕のお気に入りで有名なのが、アーサー王伝説・指輪物語・ケルト神話等だが、グリム童話に関しては、色々な意味で驚愕させられたし“あれは児童書じゃない”と断言する。あれは物語の内容だけでなく、新旧版の比較で楽しませてもらった。内容がメルヘンかつマイルドに変わって行くのが、時代の流れを感じさせる。

 舞台となった土地が近い物は、実際に足を運んだりもした。物語の雰囲気を、体で直に感じるのが楽しかったのだ。

 だから僕は胸を張って言えるだろう。

「僕の趣味は、読書と旅行だ」……と。

 そして僕をこの趣味に目覚めさせたフーケの「ウンディーネ」は、僕にとって特別な物だった。



 この日は、ある物語の舞台となった土地目的に旅行に出ていた。

 本来なら楽しい旅行になるはずだった。しかし今回の旅行は、初めからケチのつきっぱなしだった。

 空港で荷物を盗まれ、ようやく手元に帰って来たと思ったら、旅行かばんはズタズタで中身が半分以上無くなっていた。(幸い貴重品は、肌身離さず持っていた為無事だった)同情したのか旅行代理店の人が、キャスター付きの大きなアタッシュケースをくれたので助かった。

 しかし不幸は、それでは終わらなかった。旅行代理店のミスで、ホテルが物凄くボロい所に変わってしまったのだ。しかし荷物が無くなった時に良くしてもらったので、あまり文句を言えなかった。

 更にはタクシーが突然来れなくなり、バスを乗り継ぎ歩いて目的地に向かう羽目になった。

 今は山頂にある村を目指して山道を歩いている。山道と言うには整備されていて、遊歩道のそれに近い。一本道で道に迷う心配も無い。しかし……。

「荷物が重いし、何より……寒い」

 先程から人を全く見かけないのは、恐らくこの寒さが原因だろう。僕もかなりの厚着をしているが、服の隙間から入って来る冷気に、つい身を震わせてしまう。地元の人の話では、「今日はかなり寒いが、天候の心配は無い」と言っていたので、雪や雨の心配は無いだろう。

(まあ、この状況で少しでも濡れたら、凍死コース一直線なので助かる)

 そんな大げさ?な事を考えながら、僕は山頂の村を目指し歩いて行く。

 暫く歩くと、周り様子が変な事に気付いた。

「……霧? でも、何か……変だ」

 そう感じたのは、むしろ当然と言って良いだろう。霧の発生の仕方が兎に角変なのだ。普通霧は、突然現れる様な物では無い。しかしこの霧は、曇りガラスのメガネをかけたかの様に一瞬で現れたのだ。既に発生していたのなら、前を向いて歩いていた以上気付かない訳が無い。

 そして霧の所為で服が湿って行く。今は霧の中に居る所為か、寒さは感じないが……。

(勘弁してくれよ。霧が晴れたら、元の気温に逆戻りだろ。凍死しちゃうよ)

 この時僕は、事態の深刻さに気付いていなかった。

 霧はどんどん濃くなり、とうとう視界がゼロになった。

 僕は一度立ち止まる。転んでケガをしては、つまらないからだ。服はずぶ濡れになり軽く絞るだけで、水が落ちて来るような状況だ。

(まさか……、この一本道で遭難は恥ずかしいな……)

 僕は自分に冗談を言うように、心の中で呟く。その時、頬に僅かな空気の流れを感じた。

(風が出て来た? なら、霧はすぐに晴れるはず……)

 予想通り暫く待つと、霧が少しずつ薄くなってきた。

 この状況に、僕は少しホッとした。

(ちょうど中間地点位か? ずぶ濡れの服では、元の気温は流石にキツイな。……如何しようか?)

 今後について考え始めた時、それは起こった。突然の浮遊感が、僕の体を襲ったのだ。

(嘘だろ!! 僕は地面の上にいたはずなのに……)

 ドボーーーーーーン!!

 僕は何時の間にか、水の中に落ちていた。

 最悪な事に、防寒対策の厚着が仇となり上手く泳げない。

 その上この状況に、パニックを起こしてしまった。

 後はもう溺れるだけだ。

 やがて力尽き、身体が水中に沈んで行く。

 意識が闇に閉ざされるその時、僕の目の前に美しい女性が見えた。僕にはその女性が、憧れていた水の精霊(ウンディーネ)に見えた。



 僕はベットの上で目を覚ました。

(先程までの事は、夢だったのだろうか?)

 そんな疑問が、僕の頭の中を駆け巡った。冷静に考えれば、このような事があるはずが無い。

(しかし最後の女性が、夢の産物とは少し惜しいような気もする)

 そんな事を一度考えてから、冷静に現状を分析し始めた。

(きっと山道で倒れた所で、夢を見たに違いない) 

 それならば、山道で倒れていた僕を運び介抱してくれた人が居るはずだ。先ずはその人にお礼を言わなければいけない。

 僕は知らない天井を見ながら、そんな事を考えていた。

 すると部屋のドアが開き、1人の女性が入って来た。僕はその姿に見覚えがあった。夢に出てきた女性だ。

「あら? ようやく目が覚めたのね」

「ああ。君が助けてくれたのか?」

 なんとかそう返答したものの、内心ではかなり焦っていた。

(あれは夢じゃなかったのか? いや、ひょっとしたら気絶する寸前に、彼女の姿を見ただけなのかもしれない。それで、夢に出てきて……)

「そうよ。ラグドリアン湖で溺れている貴方を、岸まで引っ張り上げたんだから。私1人だったから大変だったのよ。そもそも湖に落ちる可能性があるのに、あんな恰好しているなんて自殺行為なのよ」

(ラグドリアン湖? 聞いた事がないな……。いや、それ以前にここは何処だよ。あの時の事は、夢じゃなかったのか? それともまだ夢の中なのか?)

 僕は訳が分からず、首を傾げてしまった。そんな僕に女性は違和感を感じた様だ。

「ちょっと、本当に大丈夫なの? まさか記憶喪失とか言わないよね?」

「それは大丈夫。でも……少し混乱している」

 女性は僕の返答に「そう」と、言ってから黙ってしまった。どうやら僕が話し始めるのを、待ってくれているみたいだ。この心遣いは、今の僕にはとても嬉しい。

「ありがとう。でも僕にも良く分からないんだ。山道を歩いていたハズなのに、霧が出たと思ったらいきなり水中に投げ出されて……」

 女性は僕の説明に、首を傾げていた。

「あなた……、貴族なの?」

(貴族? なんでそうなるんだ?)

 僕が不思議に思っていると、女性は近くに畳んであった服を広げた。

 僕が防寒の為に着ていたダウンジャケットだ。良く見ると、僕の荷物は全てこの部屋にある様だ。

「この服の縫い目は、信じられないくらい細かくて均一よ。布地の原料は分からないけど、手触りから凄く上等な物だと分かる。これ程の物となると、かなり裕福な貴族でも無ければ手に入らないわ」

(こんな物ちょっと頑張ってバイトすれば、買える様な代物なのに……。それに貴族? 今の時代では特権を無くして、伝統と先祖伝来の土地を守る為に生きている人達だよな? 基本的に生活は厳しいと聞いているが……)

「それとも何処かの大商人か何か?」

(僕と女性(この人)の間には、何か価値観の違いがある様だ。いや……、そんな生ぬるいモノじゃない。こう……、前提からして致命的に違う様な)

「ねえ……。聞いてるの?」

「……うん」

 何とか頷いてはみたが、僕はこの女性が未知の存在に思えて来た。

「やっぱり貴族かな? 杖は無いようだけど、何も無い所から行き成り落ちてきたから、魔法で失敗でもした?」

(杖って何? 魔法って何?)

 僕は目の前の女性が怖くなり、完全に硬直してしまった。もう女性が何を言っているのかも分からない状態だ。僕は恐怖で目を閉じ耳をふさいだが、女性の声は完全に防ぐ事が出来なかった。そして情けない事に、ガタガタと震え目から涙が流れ始めた。

 どれくらい時間が経っただろう? 女性は話すのを止めていた。そして、次の瞬間僕は抱きしめられていた。

「大丈夫よ。ここには貴方を傷つける人は、いないから……」

 そう言いながら、僕の頭を撫でてきた。女性の鼓動が額に伝わってくる。その鼓動は女性の言葉に、嘘は無いと思わせる何かがあった。

 ……落ち着いて来た時、頭に当たる大きな二つの膨らみが気になったのは、僕が男である以上仕方が無いと思いたい。



 落ち着いた僕は、女性と認識の差違を埋める為の話をする事にした。

 そこで初めて、お互いの名前すら知らない事に気付いた。思わず2人で苦笑してしまった。

「僕はエドモンド。エドモンド・チャップマンだ。改めて、助けてくれてありがとう」

「どう致しまして。私はミレーヌよ」

 名字がある事に「貴族?」「貴族じゃない」と、一悶着あったが何故かお互い笑っていた。

 そこから2人の話は始まった。

 話の内容は、お互いに信じ難いものだった。

 魔法が存在しない所と、魔法が存在する所。

 貴族が特権を無くした所と、貴族が支配する所。

 異世界の存在。地球とハルケギニア。

 お互いとても信じられない様な事が、次々に相手の口から出てくる。

 僕は試しに外に出て、月を確認してみた。

 空には二つの月が在った。思わず目をこすり、もう一度確認した。が、結果は変わらなかった。ここまでくれば僕も信じるしかない。



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 一方でミレーヌは、エドモンドの話を全く疑わなかった。

 ミレーヌはエドモンドが、ハルケギニアに来た瞬間を見ていた。虚空から突然現れたエドモンドに、初めは見間違いか魔法による物と思っていた。

 しかしそんな魔法は、見た事も聞いたことも無い。着ている物や持ち物も、ハルケギニアでは考えられない物が多数あった。それこそ“場違いな工芸品”と呼んで良い物まで……。

 ミレーヌの父親は、小さいながらも商会を経営していた。父親の手伝いで取引の場に出て行くこともあったし、最近では商人としての勘も働くようになった。と、自負している。当然人を見る目にも自信があった。

 そんなミレーヌの目・知識・勘。全てが「この男には何かある」と告げていた。だからこそ両親の反対を押し切って、自分の部屋に男を運び込んだのだ。

 もちろん警戒もしていた。杖や武器を隠し持っていないか確認したし、ミレーヌが大声を上げれば直ぐに商会の従業員が助けに来る様にしていた。だがそれは杞憂だった。目の前の男は、唯の小娘である自分に怯えていたのだ。そしてその時、唐突に思った。

(この人は、私が守ってあげないと……)

 何故そう思ったかは、ミレーヌ自身にも分からなかった。一目惚れだったのか? 看病している内に情が移ったか? どの道どんな理由だろうと、ミレーヌはこの思いを否定する気は無かった。

 そして落ち着いたエドモンドは、異世界に突然放り出された事に絶望していなかった。地球で語り継がれている物語や伝説に、この世界は酷似し過ぎているからだ。そう“ハルケギニアから地球に渡って来た人間が居る”と確信したのだ。

 最後にエドモンドが異世界人である事は、2人だけの秘密にすると約束をした。



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 帰る方法を探すにしても、2~3日で見つかるとは思えない。それまでこの世界で生活はしなければならない。当然の話だが、部屋と生活必需品が必要になって来る。旅行中に荷物ごとハルケギニアに飛ばされたが、水に落ちた所為で壊れた物が多数あった。不足した物は、買いそろえなければならない。

 先ずは現金が必要になる訳だが、当然ハルケギニアの通貨など持ち合わせていない。そこで僕はミレーヌと相談し、現在持ち合わせている物を売ってお金にする事にした。

 荷物の中で売れそうな物を、検討する事にした。その際、ミレーヌにも手伝ってもらった。その結果、5種の品を売る事にした。

 ダウンジャケット(超高級古着)×1着、小銭(コイン)×23枚、カラー写真(超精密絵)×9枚、壊れたポラロイドカメラ(場違いな工芸品)×1台、壊れた携帯ラジオ(場違いな工芸品)×1台

 本・紙幣・菓子も売れたのだろうが、水につかってダメになっていたので売るのは断念した。服もダウンジャケットを除き、自分が着ていた物を人に渡すのに抵抗があったので止めておいた。ミレーヌが「アタッシュケースも売ろう」と言って来たが、貰い物だからと辞退した。

 これらの品は、ミレーヌの親が経営する商会で売却してくれる事になった。

 売買契約書を作る為に、ミレーヌは一度席をはずす。

 ミレーヌはかなりの大金が入ると言っていたが、僕は実感が無かった。地球ではこれらをすべて売っても、部屋一つまともに借りられない。不安が払拭出来ない僕は、もう一度アタッシュケースの中身を調べ始めた。

 その時、アタッシュケースの内装が剥がれ掛けている事に気付いた。良く見ると外装と内装の間に、不自然な厚みがある。不思議に思った僕は、内装を剥がしてみる事にした。そこにあった物は……。

「銃!!」

 あまり事態に、目を見開き口から掠れた声が漏れだす。その時部屋のドアが開き、ミレーヌが入って来た。

「如何したの?」

 僕の様子が変な事に気付き、ミレーヌが質問して来た。

「そ それが、アタッシュケースの中に知らない銃が……」

 ミレーヌの目が、アタッシュケースの中にある銃を確認する。その時僕はミレーヌの反応が怖くなった。普通に考えて銃を持っている人間が居れば警戒する。下手をすれば、この世界の警察に突きだされる可能性もある。その事に気付き、僕は動揺し震えだしてしまった。

「落ち着きなさい!! ここでは、銃くらい持っていたって如何って事無いから!!」

 情けない話だが、ミレーヌに一喝されるとすぐに落ち着く事が出来た。

 落ち着いた僕は、何故こんな物がアタッシュケースの中にあるか考え始めた。ミレーヌにも意見が貰えるよう、地球(英国)の銃刀法について説明した。それから、このアタッシュケースを手に入れた経緯も説明する。

 2人で話し合った結果、銃密輸に巻き込まれたと言う結論が出た。知らない内に、銃密輸の運び屋をやらされていたのだ。旅行代理店の人間がグルでは、回避のしようが無い。

(そして、捕まる時は僕1人か……)

 悔しさが込み上げて来るが、先ずはハルケギニアでの当面の生活費だ。

 改めて僕は銃を確認してみた。

 銃身に(PYTHON357 ☆ 357 MAGNUM CTG ☆)と刻印があり、弾も9mm弾50発(1箱分)入っていた。

(コルト・パイソンか……。有名な銃だ。取引先の付き合いで、アメリカの射撃場で何度か撃った事がある。それより僕も迂闊(うかつ)だな。こんな量が入っていたのに気付かなかったのか……)

「これは如何する? 場違いな工芸品は、高く売れると思うけど……」

 躊躇いがちなその言葉に、僕は抵抗を感じた。この銃を売る事により使用され、僕の知らない誰かが死ぬのだ。そしてそれは剣やナイフを売るのとは訳が違う。ハルケギニアでは、製造不可能な超兵器(大げさか?)を気軽に売る気にはなれなかったのだ。

「いや……、これはまだ売らない事にするよ。危険な武器だからね。自分の目でちゃんと確認し、信用出来る人に託したいと思う」

 僕がそう言うと、ミレーヌは笑顔で頷いてくれた。



 そのままミレーヌの自室に居座る訳には行かず、部屋を出る事になった。行く所も金も無かったので、商会の客室を暫く借りる事になった。

 部屋を移っても、ミレーヌは僕に良くしてくれた。

 僕は異世界の人間なので、ハルケギニアの常識に欠けている。それを解消しなければ、何時まで経っても1人で生活する事が出来ない。そこでもミレーヌは快く協力してくれた。彼女は知り合いの商人の子供達に、読み書きや簡単な計算を教えていた。その子供達に混じって勉強する事になったのだ。正直に言わせてもらえば、小さな子供と同列扱いは精神的に辛かった。

 ミレーヌは僕のハンデを早く無くそうと、惜しみなく協力してくれた。勉強は挨拶の仕方から始まり、礼儀作法・食事のマナー・一般常識・文字。極めつけはトイレ……。(顔を赤くしながらも、丁寧に説明してくれた)

 彼女は子供達に人気があったので、特に男の子達には嫉妬されてしまい悪戯をされてしまった。まあ、笑って許せる範囲だったが。少年達の中で、一番年下だったファビオくんには、何度も泣かれてしまった。

 そのお返しに僕は、皆に趣味で集めた地球の物語を話した。特にクーリーの牛争いは盛り上がった。そしてミレーヌが一番喜んだのが、イギリス民謡のだった。

 僕は自分が知る全ての物語と民謡を話し歌う心算だった。しかし何故か、悲恋の物語は語れなかった。特にその代表である、フーケの「ウンディーネ」は……。

 何故だろう?と、考えて見た。そして今の自分の状況が、まるで物語みたいだと感じている事に気がついた。だから物語と今の自分に、どこか重なる物を感じていたのだと。

 その時気付いてしまった。自分の中に、経験したことが無い感情があるのを……。

 今はまだこの気持ちが、何なのかは良く分からない。だけど“お別れする時は笑顔でいたい”と思った。



 ミレーヌと出会ってから1月と少し、僕はハルケギニアでの生活に慣れ始めていた。

 この日の夕刻、商会を閉め後片付けをしているミレーヌを手伝っていた。すると突然、従業員の1人が興奮しながら取引明細書を持ってきたのだ。どうやら、僕が出した品の売値が決まった様だ。やはり気になるのか、ミレーヌの両親や他の従業員も作業を中断し集まって来た。

 まだ文字が完璧じゃない僕に変わって、ミレーヌが読み上げてくれた。

 ダウンジャケットは、商人に20エキューで売れた。小銭は、貴族の好事家に23枚で100エキュー。カラー写真は、貴族に1枚160エキュー。(絵師を教えろと、しつこく聞かれた)ポラロイドカメラとラジオは、ロマリアの神官が二つで2000エキューの値段をつけた。

 これら全ては、事前の打ち合わせ通り「東方から流れてきた」と、言い張ってもらった。

 売上金額の合計は、3560エキューになった。契約通り1割を商会の手数料として払って。後は、これまでの宿・食事代と命を救ってもらった礼として、200エキューも払えば十分か?

 これで残りは、3004エキュー。

 当面の生活費には、十分……いや多過ぎる金額だ。贅沢をしなければ、30年は暮らせる金額だ。

 しかし、僕の最終目標は地球に帰る事だ。その為には、大きな情報網が必要になってくる。コネも必要だ。場合によっては、メイジへの依頼も必要になるかもしれない。その時は、依頼料として大金が必要になる。

 当面の目標は「情報網の作成とコネを見つける事」そして、金銭の温存だ。

 僕がそんな事を考えていると、ミレーヌが声をかけてきた。

「良かったわね。思ったより高値で売れて。父さんと母さんも、物凄く喜んでるわ。最初に貴方を連れて来た時は『そんな男捨ててこい!!』とか言ってたのにね」

 口では自分の両親に文句を言っていたが、顔は笑っていた。

「まあ、無理も無いんだけどね。普段家でしている取引と比べて、取引額と儲けが10倍よ。ジュ・ウ・バ・イ!!」

 ミレーヌのテンションが、おかしな事になっている。気になって周りを見て見るが、みんな同じような状態だ。ミレーヌの言葉を、額面通りに受け取れば嬉しいのも良く分るが……。これ程か?

 結局この日は、後片付けそっちのけで祝賀会に突入してしまった。



 次の日、僕は二日酔いだったのに、周りの人間は何事も無かったように仕事をしていた。

 お昼になって、大分回復した頃にミレーヌが来た。正直に言わせてもらうと、祝賀会の中盤以降の記憶が全く無い。ちょっと怖いが、昨日の事を聞く事にした。

「昨日の事覚えてる?」

「私は大分お酒入っていたから。祝賀会の費用は、エドが持つって話くらいまでなら……」

(周りの奴らはこれを狙って、僕に酒をガンガン飲ませのか)

 相当後ろめたいのか、ミレーヌは僕と目を合わせようとしなかった。

「ごめんなさい。私も浮かれちゃってて、気付かなかった」

 ミレーヌに謝られたが、僕はさほど気にしていなかった。元々お礼として、200エキューほど渡すつもりだったのだ。その名目に、祝賀会費が追加されるだけだ。つまり実質的には、商会のおごりなのである。

「気にしてないよ。それより、お父さん(商会長)に会わせてくれないかな」

 僕がそう言うと、何故かミレーヌが動揺し始めた。口では「でも……。それはまだ早いと……思う」などと、意味不明な事を呟いている。ハッキリ言って挙動不審だ。何かあったのだろうか?

「手形について、お願いしておきたい事があるから」

 取りあえず要件を言ってみた。何か勘違いしているみたいだし。ミレーヌは一瞬無表情になると、その後(恐らく怒りで)真っ赤な顔を経由して不機嫌な表情になった。

(何か悪い事言ったかな?)

 僕は不思議に思ったが、何となく聞くのが怖かったので流す事にした。

 僕はミレーヌに、アポを取ってもらう様にお願いした。今回は一商人として会う訳だから、キッチリ手順を踏まなければいけない。

 部屋を出る時に「コイツ何も覚えてない。誤魔化す必要無かった」と、口にしていた。(何があったか知らないけど。ミレーヌ。思いっきり聞こえてるよ……)

 結果は、直ぐに会ってくれる事になった。

 ミレーヌに案内され、商会長の執務室に通された。商会令嬢として、完璧なたち振る舞いだ。(ただし、漏れ出る超不機嫌オーラが無ければ)

 そのまま執務室に通される。僕は入室の挨拶をし、次いで時間を割いてくれた事に礼を言おうと口を開いた。しかし、先に商会長に怒鳴られた。

「娘はやらんぞ!!」

「はぁ?」

 僕は思わず間抜けな声を上げてしまった。

「父さん!! エドは昨日の事、覚えていないって言ったでしょう」

「だが!!」

「父さん」

 ミレーヌの声に、何か冷たい物が混じった。ハッキリ言って怖い。

「わ 分かった」

 商会長は、しぶしぶ頷いた。

(昨日、本当に何があったんだ?)

 暫くして場が落ち着いて来たので、僕は要件を言う事にした。

「現金の受け取りについて、お願いがあります」

 僕の言葉に、商会長は一瞬で商人の顔になった。先程まで(とぼ)けたオジサンだったのが、とても信じられない。

「何だ?」

「400エキューの手形を7枚。現金で200エキュー。そして、残りは手数料・祝賀会費・命を助けてもらった事と、その後お世話になったお礼として商会にお渡しします」

「良いのか?」

 商会長に確認されたが、僕は頷いて返します。

「その代わり、今暫くここに置いてもらえないでしょうか? 今は行くあてがありませんので……」

 商会長は少し考えた後了承した。僕は礼を言ってから退室した。



 僕はミレーヌに残りの一般常識と文字を、早急に教えてもらえるようお願いした。この二つの欠如は、普通に生活するにも地球に帰る手段探すのにも大きな足かせになる。

 ミレーヌは僕の為に、多くの時間を割いてくれた。

 僕にとってはありがたい話だが、このままでは恩ばかりが増え返す事が出来なくなってしまう。一時的に金銭を渡すのではなく、恒常的に儲けを見込める物を贈りたい。

 そこで僕は、商会と取扱物資と流通ルートを分析してみた。

 主に取り扱っているのは、平民用の食料・衣類等の生活必需品。少しだが、貴族用の高級品も取り扱っていた。取引額は通常、高い物で20~50エキュー程度。貴族用の高級品なら100~350エキューになる。活動範囲は、ラグドリアン湖北西部のモンモランシ領内が中心だ。

 正直に言って難しい。この手の商品は、新しい市場の開拓は不可能に近い。また、他の市場に手を出せば多くの敵を作る事になる。取扱商品を増やすのも、同じ理由から避けた方が無難だ。

 そして何気なく地図を見ていると、気になる物があった。魔の森と記された広大な森だ。

 僕は気になってミレーヌに聞いてみた。幻獣・魔獣・亜人が多く住んでいて、まともな商人はまず近づかないそうだ。危険だし護衛を雇うと、商売にならないからだ。近づくのは、余程の命知らずか暴利目的の商人位だそうだ。

(……この状況を改善する手があれば、儲けを独占する事が可能だな)

 そう考えた僕は、何か手が無いか調べる事にした。

 残念ながら調べれば調べるほど、現実的でない事が分かった。危険なだけでなく、下手に出入りし守備隊に怪しいと思われれば牢獄行きだ。かと言って、守備隊に見逃してもらう為に裏金を積むのは損を大きく……と言うか、捕まる理由を増やすだけだ。

(何かお金や物以外で、守備隊に見逃してもらえれば良いのだが……)

 その時、閃く物があった。

 守備隊の上層部は貴族だ。貴族が最も欲しがるのは、名誉であり功績だ。なら貴族に渡すのが、手柄であり功績ならば如何だろう?

 僕の中で、出来ると言う確信が出来上がっていた。

 早速ミレーヌの頼んで、商会長にこの計画を話す事にした。

 魔の森近辺で商売するには、二つの大きなリスクがある。

1.亜人に襲われる危険がある。
2.守備隊に捕まる可能性がある。

 これらのリスクを、軽減もしくは解消するのが僕のアイディアだ。 

 僕は地図を取り出すと、魔の森の東にある砦を指さす。

「魔の森とモンモランシ領の間の領地には、王領なので代官は居ても領主が存在しません。そこで、ここの(トップ)を味方につけます」 

 ミレーヌと商会長は“不可能だ”と目で言って来るが、ここは無視して続ける。次に、砦のすぐ東にある村を指す。

「この村を中継地とし、王領内の他の村と取引します。外から取引するのも、この村に限定します」

 本来なら守備隊は、避けるべき相手だ。それなのに、守備隊の目と鼻の先で取引する? 正気とは思えない。2人の目に冷やかな物が混じる。しかしそれも、僕の次の一言で変わる。

「王領内の税収は、如何なっているんでしょうか?」

 2人は、突然の話題変換について行けずキョトンとする。

「王領内の品を、ちょっと安めでも“適正価格の範囲内で定期的に買う商会”があれば、ここの(トップ)は協力したくなると思いませんか?」

 僕の言い分を理解したのか、商会長が思わず立ち上がる。ミレーヌは理解出来ず、父親の変化に驚くだけだった。僕の計画は要約すると、守備隊を商会の護衛として利用すると言う事だ。

「つまり商会には、護衛付きの旨い商売。領民には安定した収入。国には税収のアップ。砦の(トップ)には、税収アップの功績。誰も損をしないと思いませんか? 護衛は巡回のついでに出来ますし。聞くところによると、平民の守備隊員は地元出身の者が多いとか。商会に恩義を感じてくれるかもしれませんね」

 僕は営業モードで畳みかけた。

 商会長は黙って考え込んでいる。リスクと儲けを天秤にかけているのだろう。ミレーヌは呆然としながら僕を見ていた。

 暫くして、商会長は黙って右手を差し出す。僕は迷わず握手した。そこで何かに気付いたように、商会長の動きが止まった。

「君の取り分は?」

 何故か視線が、僕とミレーヌを往復している。僕に「娘をよこせ」とでも言われると思ったのだろうか? ここは冗談を言って、場を和ませるべきだろうか?

「では、ミレーヌ……」

 僕がそう言った瞬間、商会長は顔を引き攣らせた。そしてミレーヌは、顔どころか手まで真っ赤になる。

「……の下で暫く働かせてください」

「「はぁ?」」

「知識はある程度得られました。今度はそれを、経験として自分の物にしたいのです」

「分かった。許可しよう」

 商会長が何故か、ニヤニヤしながら了承の返事をした。要件は終わったので、部屋を辞そうとした時、突然襟首を掴まれた。そこには、フラットな表情のミレーヌさんが……。

(あっ ……マズ)

「バカァァーーーー!!」

 商会にミレーヌの叫び声と大きな打撃音、そして商会長の笑い声が響いた。



 そこからは展開が早かった。

 小さな商会の利点であるフットワークの軽さを武器にして、モンモランシ伯に紹介状を書いてもらい、早々に砦の(トップ)に話を付けたのだ。足りない人員を揃え馬車と馬を購入し、あっという間に軌道に乗せてしまった。

 活動開始から、わずか半年の早業であった。

 何故こんなに早く軌道に乗せられたのだろう? 先ず第一に、モンモランシ家の対応の速かった事と後押しが上げられる。第二に、王領の村人達が非常に協力的だった事だ。これは中継地になる村の村長が、他の村に口利きしてくれたからだ。

 村人達は良い。しかし、モンモランシ伯の対応の速さと後押しまでしてくれたのが気になった。僕はミレーヌにその理由を尋ねてみた。

 すると出て来たのは、指輪とオルゴールだった。

 それを少し見ただけで理由は分かった。この件に関しては、もう口にしない事にした。これが表に出れば、モンモランシ伯の顔を潰しかねない。協力的な貴族を、態々敵にする事は無い。



---- SIDE ミレーヌ ----



 それから暫くして、私生活面に大きな問題が出て来た。

 それは、私とエドモンドの関係だ。

 エドは最近になって、(ようや)く商会の仕事を1人でこなせる様になって来た。同時に私から教わることも無くなり、2人でいる時間が極端に減ってしまったのだ。エドは「ようやくミレーヌに迷惑をかけずに済む様になった」と、喜んでいた。

 しかし、私にとってはそうではない。

 私にとって、エドは最初“不思議な人”だった。次に震えてる彼を見て“守ってあげる人”になった。

 そして祝賀会の日、私はお酒が入り前後不覚になっていた。その時お金持ちになったエドに群がる、商会に勤める女達が目に入ったのだ。それが面白くなかったのか、周りの女達を押しのけエドが自分の男であると宣言した。……らしい。それだけに止まらず、自分の両親の目の前でエドを押し倒しキスをした。と言うのだ。

 次の日に、二日酔いの頭でその話を聞き愕然とした。しかも、そのせいで商会の男達に不興を買い祝賀会費はエド持ちになってしまったのだ。(逆にその程度で済んで良かった)もしもエドの記憶があれば、自殺を考えたかもしれない。

 酒が入っていたとは言え、信じられない大失態である。

 そして、エドがアイディアを出した“魔の森近くの王領での商売”だ。これは、成功すれば継続的に儲かる凄い内容なのだ。これを機に、お父さんはエドの事を(商人としては)認めたみたいだ。そしてエドは、私の部下になった。このおかげで、また一緒に居られる時間が長くなった。

 そしてエドは順調に仕事を覚えて行き、とうとう1人で仕事をこなせる様になった。エド1人で仕事が出来るようになり、最初はとても嬉しかった。だけど、2人の時間が日に日に減って行き気が付いたら、全く合わない日も出て来た。

 そして気付いた。

 エドにとって、私は命の恩人であり先生である事以外は、無関係の人間なのだ。そしてその恩も、商会への貢献という形で十分過ぎるほど返してもらった。ちょっとした秘密は共有しているが、それもエドを繋ぎ止めておくには弱過ぎる。

 そして極めつけは、たまたま聞いたエドの独り言だった。

「そろそろ、地球に帰る為の情報収集し始めないと……」

 私は焦った。そして、自分の気持ちは理解した。

 ……私はエドの事が好きなのだ。

 だからデートに誘った。身体を押し付けて誘惑もした。終いには、酒を飲ませそのまま既成事実を作ろうとした。

 エドも木の股から生まれた訳じゃない。私の気持ちに気付いてる様だ。(気付いたのは、馬鹿と言って思いっきり殴った時だろう)

 私はお互いの今後の為に、腹に溜まったものを吐き出す事にした。会場にしたのは、夜は近くに人が居ない私の部屋だ。私は綿密に計画と立て、エドを部屋に引きずり込んだ。

「気付いて居るのでしょう? 私はエドの事が好きなの」

「……でも、それは」

「エドが何を考えているかは、分かってるつもりよ」

「じゃあ」

「でもそれじゃ、私は納得できない」

 そして、お互いの思いの丈をぶつけ合いが始まった。

「好きだから一緒になるの」
「好きだけど一緒になれない」

「もう一度家族や友人に会いたい」
「会えばいいでしょ」

「向こうに恋人でもいるの?」
「そんな者はいない」

「帰る方法を見つけたい」
「見つければ良いでしょ」

「私の事欲しく無いの?抱きたくないの?」
「欲しいし、抱きたいにきまってる」

「僕は地球に戻りたいんだ」
「私も一緒に連れて行ってね」

 それほど時間が経っていないが、既に私がエドを往なすだけになっていた。そう、最初の「好きだけど一緒になれない」の「好きだ」の部分で私の腹は据わったのだ。大勢が決してしまった事にエドが項垂れる。

「こう言う時、良い女は……」

 エドの呟きに私は勝利を確信した。

「運良く地球に行けても、戻ってこれないかも知れないんだぞ」
「なら地球でハルケギニアに渡る方法、探せば良いじゃない」

 私は内心で(まだ抵抗する気力が残っていたのか)と思いながら、先程の続きをする。

「ミレーヌの事、家族にどう説明するんだよ」
「正直に言えば」

 既に開始から1時間も経っていた。エドの疲れがピークに達していたが、私はまだまだ余裕だった。

 最後の方は、エドが似たような言葉を繰り返すばかりだったが、ようやく負けを認めた。私の男なのに、情けない限りである。

「疲れた。でも……心はスッキリしたよ。ありがとう」

 そんな事を言いながら、私の部屋から逃げようと立ち上がりドアへ向かった。

 しかし、私が逃がすと思ったら大間違いだ。思いっきり後ろから抱きついてあげた。

「行っちゃヤダ」

(ふふふふ。固まってる固まってる。絶対逃がさないわよ)

 少し引っ張ったら、簡単にベッドまで連れて行く事が出来た。そしてそのままエドを押し倒す。

「ちょっと待って……、僕は……その、初めてで……」 

「安心しなさい。私も初めてだから」

 尚もエドは反論しようとしたけど、唇で口を塞いで上げた。



----SIDE ミレーヌ END ----



 次の日の朝、僕ははミレーヌのベットで目を覚ました。隣で裸のミレーヌが、寝息をたてている。

「ぐすん。……食われてしまった」

 僕の口から、真底情けない声が漏れた。



 既成事実を理由に結婚が決まった。商会長は最後まで反対していたが、会長夫人が抑え込んだ。後で聞いた話によると、ミレーヌを焚きつけたのは会長夫人だった。会長夫人としても“出自は不明だが、それを補って余りある商才が有る”と思っていたそうだ。しかも、両想いなら迷う事は無い……と、むしろ「こんな優良物件逃がすな」と語っていたらしい。

 これを後で聞いた僕は、呆然としながら「女って……怖い」と呟いてしまった。

 多少は嫉妬の声があったが、僕とミレーヌの結婚は周りから祝福された。商売の方も、順調に利益を上げていた。そして、ミレーヌの懐妊。僕達の人生は、幸せに満ち溢れていた。

「ねぇ……エド。子供の名前考えている?」

「男の子なら、ローリン(湖の土地)て名前を考えている。女の子の場合は、ミレーヌに決めてもらおうかな?」

「えっ!! 私が決めるの? ……そんな事言って、本当は考えてあるんでしょう?」

「えっ……と、その、なんだ。僕ばかりが決めてしまっては不公平だろう」

 僕は女の子の名前で、真っ先に思いついた名前を否定していた。それは、悲恋の物語のヒロインの名前と同じだったからだ。

「やっぱり考えてあるのね。ねぇ、教えてよ」

「え……、あの……その、ウン……ディーネって名前……で(ウンディーネじゃ、愛娘に失恋しろって言ってるみたいじゃないか!!)」

「なんだ、やっぱり考えてあるんじゃないの(ディーネか良い名前かも)」

 多少の行き違いがあったが、僕達にとって幸せな会話だった。何事も無ければ、この行き違いが後日笑い話になっていた。だが、そうなる事は無かった。

 その日の午後、商会に客が来た。それは、ロマリアの神官だった。

 僕も次期商会長として、その場に居る事となった。

 神官の前口上は長ったらしく、かなりイライラしたが我慢した。

 前口上も長かったが、本題も回りくどく頭にくるものだ。しかも要約すると、寄付をして欲しいと言う物だった。(今の商会なら、100~200エキュー位なら余裕で出す事が出来る。ちょっと無理すれば、500エキューまでなら出せるかな?)等と考えていた。

「分かりました。当商会では、100エキューほど寄付させていただきます」

 商会長の言葉に、神官は大げさに反応した。そして教会の財政が苦しいと、遠回しに言ってくる。

(嫌味ったらしい)

 僕はこの時、嫌悪感を隠すのに必死だった。

「それでは、150エキューでどうですかな?」

 神官は、先程と同じ反応をした。商会長は寄付金を少しずつ釣り上げて行くが、神官は全く納得しなかった。最終的に、400エキューまで釣り上げても納得しなかった。こいつ等はマフィアか何かなのだろうか?

「では、おいくらでしたらよろしいのですかな?」

 商会長が堪らず神官に訪ねた。神官は嬉しそうに頷くと、金額を口にした。

「1万エキュー」

「「なっ!!」」

 僕と商会長は、あまりの金額に固まってしまった。商会を丸ごと売り払っても、そんな金額にはならない。エドモンドの財産3000エキューを足せば、何とか手の届く金額である。

「おや、まさか我々に寄付は出来ないと仰るのですか?」

「寄付はします。ですが、とても払える金額ではありません。払える金額でしたら払います」

 商会長は堪らず金額の撤回を求めた。が、神官は困った様に首を横に振った。

「ご自分達だけ儲けて、困っている人達に救いの手を差し伸べないのは間違いですな。2週間後にまた来ますので、それまでに1万エキュー用意しておいてください」

 そう言って神官は帰った。

 商会長はすぐに動き出した。神官の素性を調べ、モンモランシ伯にも助けを求めた。

 そして分かったのは、その神官の過去の問題行動の数々だった。何故そんな奴がトリステインに居るのかと言うと、ガリアで事件を起こしたからだった。

 その神官は、ガリア観光中に懐が寂しくなった為、同じ観光客で身なりが良い者を捕まえ金をせびった。しかし観光客は、ゲルマニアの高位貴族でこれを拒否。頭にきた神官は、貴族を異端審問にかけ殺してしまったのだ。当然、審問認可状は無い。ロマリア国内なら誤魔化せたが、ガリアでは誤魔化し切れなかった。通常なら神官職を没収の上ゲルマニアに引き渡されるのだが、この神官は裏金を積んでこれを回避した。そして身を隠す為に、トリステインに逃げて来たのだ。

 既にその神官はトリステインで、数件の恐喝傷害事件を起こしていた。これをネタにモンモランシ伯は、ロマリアに抗議文を作成し送った。後に同様の抗議文を、王家と連名で送ってくれると約束してくれた。

 流石に王家からの抗議文は、ロマリアと言えども無視出来ないだろう。しかしロマリアが対応するまで、どうしても時間がかかる。念の為ミレーヌには、指輪とオルゴールを持って身を隠してもらうことになった。

 神官が宣言した期日になった。神官に対応するのは、僕と商会長夫妻だ。

「1万エキューは準備できましたかな?」

 意気揚々とやって来た神官は、1人では無かった。傭兵風の男が2人護衛についていたのだ。しかも腰に杖を下げている。……メイジだ。

(念の為、(コルトパイソン)を持ってきて正解か?)

 そう思いながら、懐に隠してある弾が入った(コルトパイソン)を確認する。

「悪いが無理な物は無理だ。とても用意できる金額では無い」

 商館長が答える。

「そうですか残念です」

 ここで異端審問をすると言い出せば、審問認可状を出せと言えば良い。この神官は引くしかない……はずだ。

 しかし神官の態度は、驚くべき物だった。手で護衛2人に合図すると、護衛の1人がエア・ニードルを唱えたのだ。

 エア・ニードルは商会長に命中する。僕の目の前で倒れた商会長は動かなかった。

「なっ!! 義父さん!!」「あなた!!」

 焦る内心とは裏腹に、僕の冷静な部分が即死だと告げる。

「君たちが悪いんですよ、王家の署名入りの抗議文など出そうとするから」

 僕は神官を睨み付ける。義母さんは、必死に義父さんを揺すっている。

「だから君達には、神官に危害を加えた異端として死んでもらいます。君達の財産は、私が有効利用してあげますよ」

(……殺される)

 状況は絶望的だ。相手はメイジ2人で、逃げ道もふさがれている。だが“死ねない”と言う想いが、僕を突き動かした。懐から(コルトパイソン)を取り出す。

「死んでたまるか!!」

 そう叫びながら、6発の弾丸を一息に放った。1人に付き、2発の弾丸が飛んで行く。エア・ニードルを放ったメイジは、胸に命中した。神官は頭に命中した。2人とも即死だ。

 最後のメイジには、右腕と右足に命中した。生きていたが、止めを刺す気にはなれなかった。それがいけなかったのだろう。最後のメイジが、ファイヤー・ボールを発動した。

 ----

 商会から突如火の手が上がり、二階に居に人間全員が逃げ遅れ死亡したと一時期話題になった。被害者は、商会長とその家族全員。そしてロマリアの神官と、その護衛二人だと。

 調査に来たロマリアの神官が、証拠となりそうな物と金目の物を全部持ち去った。これを見ていた住民は、ロマリアの神官を陰でハイエナと罵っていた。



 ミレーヌは王領に隠れていた。エドが始めた商売の、中継地にしていた村だ。村長の協力で、ミレーヌは不自由なく生活出来ていた。

 村長は出産を控えたミレーヌに、両親とエドモンドの死を知らせなかった。そして「神官の対応に忙しくエドモンドとご両親は来れない」と、ミレーヌに言っておいた。



 時が過ぎ、ミレーヌは無事女の子を出産した。体力が少し回復し「エド達と相談して、早く名前決めないと」と、笑顔を見せるミレーヌに村長は家族の死を告げた。

 それを聞いたミレーヌの憔悴は凄まじく、丸一日何も口にしなかった。

 そんなミレーヌを救ったのが、産まれたばかりの赤ん坊だった。

 ミレーヌの目に入ったのは、赤ん坊の髪の色だった。エドモンドと同じ金髪だ。そう言えば、自分も金髪だ。目の色も確かめたが碧眼だった。

(私たち親子は、三人とも金髪碧眼か……)

 それから赤ん坊に、エドモンドの面影を見つける度に力がわいてきた。

(私は一人じゃない。この子が居るんだ)

 そしてエドモンドが言っていた、女の子だった場合の名前を思い出した。

「貴方の名前は、ディーネよ」

 赤ん坊を立派に育てると、亡き両親と最愛の夫に誓った。



----SIDE ミレーヌ ----



 私のディーネは、すくすくと成長した。子守歌代わりに、エドが教えてくれたイギリス民謡を歌った。歌詞がハルケギニアの言葉では無かったので、人前では絶対に歌わない様にした。しかし甘かった。ディーネが言葉より早く、民謡を覚えてしまったのだ。周りは“言葉も碌に話せない子供の歌”と気にも留めなかったが、正直生きた心地がしなかった。ディーネに民謡は秘密の歌だから、家族以外に聞かれてはダメと教えた。

 ディーネにはロマリアの神官に、極力近づかない様に教育した。あの神官の様に露骨なのは少ないと思うが、警戒するに越した事は無い。しかし、少しやり過ぎた様だ。物凄いロマリア嫌いになってしまった。(まあいっか)

 ディーネが3歳4カ月になった。そんなある晩、突然村人全員に集合が掛った。

 村長の話では西の砦で、幻獣・魔獣と砦の貴族達が戦闘中らしい。「亜人が参戦すると、村が巻き込まれる可能性があるから一時非難する」と、村長は宣言した。

 結果的に避難は正解だった。亜人達は村に侵入し荒らし始めたのだ。避難せず村に居たらと思うとゾッとする。

 しかし、安心するのは早かった。朝になり亜人が居なくなったので村に戻る事になったのだが、万が一を考えた村長が村の若い者に亜人が残って居ないか偵察に行かせた。だが最悪な事に、亜人は居なかったが木が生え始めていたのだ。

 そこで村長は貴重品だけ持ちだし、村を捨てる事を決断した。

 反対する者も居たが、村長が現状を説くとみんな納得した。

 次に問題になったのは、何処へ行くかだ。行先候補は東のモンモランシ領か、北のドリュアス領だ。どちらに行くかは、個人の判断に任せると言う事になった。

 私はモンモランシ領に行く訳には行かなかった。もし自分を知っている人間に出会えば、あの火事で生き残りが居たとされてしまう。ロマリアは神官以外の人間に、悪者になってもらいたいと考えているはずなので、私が生きていると知れば犯人として捕まえ処刑しようとするだろう。

 そうなると私の行先は、ドリュアス領以外に無いのである。

 先ず問題になるのが、目的地までの行程だ。ドリュアス領とモンモランシ領では、移動時間は子供や年寄りで3~4日(歩いて2日、馬なら2時間程度)と同じ位だった。ドリュアス領に行く場合は、亜人に襲われるリスクがあるが水や果物等の食料の入手が容易で、荷物の量を最低限に抑えられる。一方でモンモランシ領へ行く場合は、道中に泉は無いし果物等の食料を入手出来ない。自然と必要な荷物の量も増える為、体力の無い者はたどり着けない可能性が高い。

 二つの領の状況も考慮しなければならない。ドリュアス領は現状人手不足で、職を持てる可能性が十分にある。一方でモンモランシ領は、これと言った話が無い。恐らく流民では、職に就くのは難しいだろう。

 元々魔の森が近い王領など、抜け出せるなら早々に抜け出している。浮浪者になるリスクと、この地に残るリスクを比べ、この地に残った人達なのである。加えて今の現状は、ここに居る殆どの者が無一文状態だ。結果殆どの者達が、ドリュアス領へ向かうと口にしていた。

 結局私達も含め、94人中86人がドリュアス領に向かう選択をした。

 村長は足の速い者を見つくろって、ドリュアス領の関所まで現状を知らせに行くよう指示した。これで上手く行けば、ドリュアス領から助けが来てくれる。

 最初の内は、亜人に襲われる心配はあまり無かった。実際問題、道沿いに居れば亜人は滅多に襲って来ないのだ。危険なのは果物を取りに魔の森に入る時と、夜間に火を焚いた時位だ。

 初日は亜人に襲われる事無く終わってくれた。

 2日目は森の中で、昼に小型の亜人であるゴブリンに出くわした。数は3体。恐らく斥候の類だろう。そうなると、早々にこの場を離れなければならない。ゴブリンの本隊に出くわしたら、全滅は決定した様なものだ。夜通し歩いてでも、遭遇地点から距離を取らなければならない。

 3日目は午前中の内に、ゴブリンの斥候に森の中で3回も出くわした。出くわす度に1人2人と、人が減った。街道に居る時は、森から顔を出すだけなので襲っては来なかった。もしかしたら、本隊が近いのかもしれない。

 そして昼過ぎ頃、終にゴブリンの本隊と出くわしてしまった。ゴブリンの群れは、少なく見積もっても30匹はいた。ゴブリン達が現れたのは、後方だったので全員関所に向けて走った。しかし、ゴブリン達の方が足が速く、距離はあっという間に無くなってしまった。そして足の遅い者から順番に、ゴブリンの凶刃にかかって逝く。

 私は最初はディーネに併走していたが、追いつかれると判断するとディーネを抱きかかえ走り出した。少しだけ距離を稼ぐ事が出来たが、体力は有限だ。足の動きがすぐに鈍くなる。気力だけで、身体を支え少しでも早く足を動かそうと努力する。

(この子だけは死なせない!! 絶対に!!)

 その時、前方に空を飛ぶ物が3つ見えた。

(あれは……グリフォン? 人が乗ってる。騎獣だ!! ドリュアス領から助けが来たんだ!!)

「あっ」

 その刹那、気を抜いてしまったのがいけなかった。私は足をもつれさせ転んでしまった。なんとかディーネをかばい、左肩で地面に着地する。

「つ。ぐぅ。……くぅう」

 激痛が走るが、今はそれどころではない。視界の端に、ゴブリンが追いついて来ているのが見えたのだ。

(この子だけは、死なせない)

 私はディーネに覆いかぶさった。自分の体を盾にすれば……

(もう救援は目の前だ。それまで、絶対ディーネだけは傷つけさせない)

 振り下ろされるゴブリンの凶刃。激痛に意識が飛びそうになるが、それを何とかつなぎ止める。しかしそこに、数匹のゴブリンが加わった。次々に振り上げ振り下ろされる刃。その度に、赤い飛沫が舞った。それでも、私はディーネを抱く力をゆるめない。

「お母さん!?」

 ディーネの体が、赤くて生温かい物で濡れて行く。

「お母さん!! お母さん!!」

 ディーネが必死に叫ぶが、私に答える余裕はない。

(ごめんね。ディーネ)



----SIDE ミレーヌ END ----



----SIDE ディーネ ----



 お母さんが返事をしてくれない。必死に叫ぶけど声が届かない。

 次の瞬間、周りのゴブリンが何かに吹き飛ばされた。そして、三つの何かが場を通り抜けた。その瞬間、空から影が舞い降りた。それは、剣を持った3人の人間だった。ゴブリンは、次々に剣士達の手で斬り倒されて逝く。

 やがて悲鳴が収まり、その場が静かになった。

「護衛と種を処理する班に別れろ!! 街道を呑まれる訳には行かないぞ!!」

 誰かの声が聞こえたが、私はそれどころじゃない。

「お母さん!!」

「生きている子供が居るのか!?」

 男の人が来て、お母さんを横に移し私を助け起こしてくれた。

「お母さん!! お母さん!!」

「……あぁ」

 お母さんの口から声にならない声が漏れた。

「生きてる!!《治癒》だ!!」

 グリフォンに乗っていた1人が、降りてこちらに駆け寄って来る。

「こ の子を……お 願い し……」

「喋るな!! 早く!!」

 グリフォンから降りた人が、呪文(ルーン)を唱えながら最後の距離を詰め……お母さんに触った瞬間、呪文を唱えるのを止めてしまいました。そして目を閉じ、首を僅かに横に振る。

「くそぅ!!」

 私を助け起こした人が、悔しそうに地面を叩いた。

 今のお母さんを見て何となく理解した。

 お母さんはもう動かない。お母さんはもう喋ってくれない。お母さんはもう抱きしめてくれない。お母さんはもう笑ってくれない。お母さんはもう……

「いやぁぁーーーーーー!!」

 私は気付いたら、お母さんに抱きつき泣いていた。

 その後如何なったかは、よく覚えていない。



 次に目を覚ました時、私は馬車の中に居た。

「目が覚めたか?」

 私に話しかけて来たのは、助け起こしてくれた人だった。

「取りあえず、コレ持ってろ」

 渡された物は、お母さんが大事にしていた指輪とオルゴールが入った布袋だった。

「その……なんだ。形見だからな。失くすなよ」

 私は布袋を抱きしめ、また泣いた。

「まあ、……今は泣けるだけ泣いとけ」

 その人はそう言って、私の頭を撫でてくれた。



 あれから、一週間と少し経った。私達は一カ所に集められ、テントに住まわされた。あまり美味しくないが、ご飯を貰えるだけで幸せだろう。何も考えずフラフラと歩いていると、話し声が聞こえた。

「61人か、……流民の対処をシルフィア様は如何するんだろう」

「まだ生き残りが居ないか捜索中だ。実際に昨日2人発見されて、こちらに護送中だ。」

「幸い人手が欲しい所は、いくらでもある」

「しかし再教育しないと、ドリュアス領では足を引っ張るだけだぞ」

 この人達は、私達を如何するか話しているみたいだ。その時、黒髪の男の子が目に入った。私はその男の子に、何か違和感を感じ後を付けてみた。

(あれ? こっちに来たはずなのに……何処に行ったんだろう)

 キョロキョロしていると、不意に声をかけられた。

「こんな所で何しているの?」

 声をかけて来たのは、黒髪の女の人だった。

「男の子、いたから……」

 嘘を吐く理由が無いので、正直に答える。

「黒髪の子?」

「……うん」

「それならギルバートね。私はギルバートのお母さんでシルフィア。貴方のお名前は?」

「ディーネ」

「お父さんとお母さんは?」

「もういない」

「っ!! ……兄弟はいる?」

 私は首を横に振る。

「親しい大人の人は?」

 私はまた首を横に振る。するとシルフィアさんは、近くに居た男の人に「他に孤児が居ないか調べなさい」と言った。

「今からギルバートの所に案内してあげる」

 手を引かれて行った先に居たのは、先程の男の子だった。

「ギルバート。しばらくこの子と遊んでなさい」

 男の子は頷くと私の前に来た。

「遊んであげる」

 男の子がそう言って来た。しかしどう見ても、私の方が年上だ。

「私はディーネよ。お姉さんが遊んであげるの」

 私は胸を張って言い切ってやった。

「えっ。……女の子?」

 私はあんまりな発言に、ギルバートを睨みつける。一方でギルバートは、苦笑いをしながら私から目を逸らした。

 私の今の格好は、赤黒く変色したボロボロの服と埃まみれのボサボサの髪。おまけに、顔は泥で汚れていた。

(たしかに酷い恰好をしているけど、男の子に間違うのはあんまりだと思う)

 ギルバートは誤魔化す様に、私の手を取って走り出した。

 私は何故か、それが嬉しかった。

(今だけは、この手を引かせてあげる。でも次からは私が引く。だって、私の方がお姉さんだから……) 
 

 
後書き
散々悩みましたが、本編と外伝を一緒に投稿する事にしました。
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