| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

空を駆ける姫御子

作者:島津弥七
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第十話 ~アスナが地球へ行くお話 後編【暁 Ver】

 
前書き
『暁』移転版の第十話。皆で銭湯に行って、きゃっきゃうふふとか、ありませんハイ。 

 


──────── 6 years ago.




 新たに草木が芽吹き、小さな命が誕生する季節。そんな時に私の時間が終わりを迎えようとしているとは、何とも皮肉な話しだ。長年連れ添った夫も去年逝った。家督はすでに子供達へ譲っている。ここまで生きてこられたのだ、悔いは無い。悔いは無いが……一つだけ心残りがある。

 ぱたぱたと規則正しいリズムを刻んで私の病室めがけて走ってくる音。頬が自然と緩んでしまう。今日は何を持ってきてくれるのかしら。昨日はキラキラしたビー玉。その前は潮騒が聞こえる貝殻。その前はおもちゃの指輪。全て彼女の宝物で、私にとっても宝物だ。昔から道ばたで興味が湧いた物を拾ってくる癖があった。夫などはよく「まるで犬みたいだな」と笑っていた。

 彼女達を養子にして数年たった頃。一向に成長する兆しを見せない彼女を心配した夫が、病院での検査を提案した時に()から聞いた話。『次元漂流者』であることは承知していた。彼が何者で、彼女がどんな世界で生きてきたのか。私は気がつくと、二人を抱きしめていた。きっと泣いていたと思う。

 あの時。私たちは本当の意味で『家族』になったのかもしれない。もっとも彼女は一度も『母』とは呼んでくれないのだけど。





 もう通い慣れた道。いつもはお兄ちゃんか、ダウランドのおっちゃんが一緒に付いてきてくれるけど、今日は一人だ。病院の中は走ったらいけないと言われてるけど、自然と早足になって駆けだしていた。扉の前で息を整える。おばあちゃんに気付かれないように、今日の『おみまい』を後ろに隠しながら扉を開ける。

「……おばあちゃん」

「あらあら、今日は一人で来たの? 『ひーくん』は?」

 おばあちゃんはお兄ちゃんを『ひーくん』ってよぶ。お兄ちゃんはいつも困った顔をするけど、すこし嬉しそうだからいいのかもしれない。

「……おにいちゃんは、あとでくる」

「そうなの。それで? 後ろに何を隠してるのかしら」

 ばれてしまった。ばれてしまったからにはしかたない。今日のはすごい。不思議生物だ。私はみぎのてのひらを、おばあちゃんにつきだした。するとてのひらにいたものが一声鳴く。おばあちゃんはすこしだけ目をまるくした。やった。

「あらあら、可愛い蛙さんね」

「……かえる?」

「そう。おばあちゃんが子供の頃はたくさんいたのよ。今はあまり見なくなってしまったわね……懐かしいわ」

 ……不思議生物じゃなかった。お兄ちゃんにだまされた。お兄ちゃんはときどき、てきとうなことを言う。でも、おばあちゃんがすこし嬉しそうだから許してあげよう。おばあちゃんといっしょは嬉しい。楽しい。おばあちゃんも嬉しそう。でも──── 次の日、おばあちゃんは二度と笑うことは無かった。





 意識が覚醒する。時々見る夢。夢の続きの記憶は曖昧だ。ただ……酷く泣き喚いていたのは覚えている。初めて経験した身近な人間の『死』。それは誰にでも等しく訪れるものだけれど、あの時の私にはそれを理解することは出来なかった。今更、遠ざける事も叶わない家族以外の人間から距離をとるようになったのは、たぶんこれが原因かも知れない。どうせみんな。最後は私の前からいなくなるのだから────

「……おばあちゃん」

「誰がおばあちゃんよ」





 アスナは八神部隊長へ自分の心情を吐露した後、まるで吸い込まれるように森へと消えていった。バニングスさんと月村さんまで交えながら、あぁでもないこうでもないと意見を出し合ったが、結局良い知恵は浮かばなかった。三人寄れば文殊の知恵とは言うが、五人集まってもだめな時はだめなのだ。

 そろそろスバルの頭から白い煙が上がりそうな頃に、未だに戻ってこないアスナが心配になった。あたしとスバルで探し回ってやっと見つけたというわけだ。大きな木の根元に座り込んで体を幹に預けている。起きたばかりなのか、いつも以上のぼんやり顔だ。さっきの呟きは……多分触れない方が良い。

「中々戻ってこないと思ったら、こんな所で寝てるし。何度も言ってるでしょう? 眠くなったらどこでも寝ちゃう癖は治しなさいって。原始人でも自分の家に帰って寝るわよ。……アスナ、頭に蛙がいるわよ」

「まぁまぁ。アスナも反省してるし、許したげてよ。ね、ティア。……頭に蛙がいるよ、アスナ」

 スバルはあたしを捕まえて、アスナに甘いなどと良く言うがスバルこそ甘いと思う。喧嘩するほど仲が良いとはコイツらのことだ。

「……ティアナ」

「なに?」

「……かなしいことは忘れたほうが楽?」

「どんな悲しみかにもよるわね。理不尽に自分の身に降りかかった悲しみなら……場合によっては、忘れてしまった方が楽なこともあるかもしれないわ」

「……たいせつな人がいなくなったとき」

「アスナ。それは忘れちゃいけない類いの悲しみなのよ。……頑張ってそれを乗り越えなさいなんて言う気はないわ。人は死んだらお終いなの。だと言うのに、自分がその人のことを憶えてないなんて、それこそ悲しいじゃない。だから、()()()は絶対に忘れないし、忘れてやらない」

 感情論でしかないし、あたしの言っていることは矛盾している。もし本当に忘れてしまえるのなら──── それを悲しいと思うこともないだろうから。だけど、それがどうした。感情論大いに結構。その人が安心して笑えるのなら感情論だろうが、嘘だろうがいくらでも言ってやる。……あぁ、唐突に気が付いてしまった。お兄さん。あの人もきっと──── 同じなんだ。





 あたし達が戻るとコテージのウッドデッキで八神部隊長が、渋い顔を隠そうともせずに何かを読んでいた。

「ただいま戻りました」

 八神部隊長は読んでいた物から顔を上げると

「ん」

 と、一言だけ発した。あたし達の姿を見ても、顔は相変わらず渋柿を食べたような顔だ。八神部隊長はあたしの心中を察したのか、ひらひらと手を振る。

「ごめんなぁ。地球は相変わらず物騒や思うてただけ」

 そう言って八神部隊長は、先ほどまで読んでいた物に再び視線を落とした。ああ、新聞か。

「今こうして私らが喋っとる間にも質量兵器が飛び交う戦争で、多くの人が死んどる。こっちの記事は……無職のおっさんが、近所の野良犬や猫を銃で射殺。家を調べたら拳銃三丁とライフルが出てきたそうや。動機が『強くなったような気がした』。しかも、モデルガンを改造した手作りやで。なんで無職なん? 働かんかい」

 八神部隊長はそこまで一息に言い終えると、気怠げに椅子の背もたれへ背中を預けた。強くなったような気がした、か。決して褒められたことじゃないけど、簡単に『強さ』を手に入れるには、それも一つの方法なのだろう。だけどあたしは、そんな方法は選ばない。

 あたしは持って生まれた『魔法』で誰よりも強くなってみせる。どんなに努力しても、それが報われるとは限らない。だけど、それは努力しなくて良い免罪符じゃないんだ。それに……才能に溺れることなく、それを実践している親友が、二人も傍にいるのだから。

「……なに見てんだ」

「な、何? ティア」

「なんでもないわよ。なのはさんがご実家からケーキを貰ってきてくれたみたいよ」

「あ、そや。なのはちゃんとこのケーキは絶品やからな。アスナちゃん頭に蛙乗ってんで」





 美味しいわ。あたしが選んだのは、フルーツのタルト。スバルやアスナと結構食べ歩きしたけど、全然負けてない。クッキー生地はサクサクとした食感で、単品でも売り物になりそうだ。カスタードの甘さ自体は控えめだけど、後味が濃厚。フルーツも業務用の缶詰なんて一切使ってないと言っていた。

 スバルも満足しているようだ。あたしが文才のないグルメ評論家のような事を考えていると、一人だけ黙々と食べているアスナを見て、なのはさんが不安になったのか、控えめに話しかけた。

「えっと、アスナ美味しいかな?」

 アスナが何を言うのか全員、手を止めてアスナを見ている。

「……これは、もう……なんて言うか、く」

 その先を聞きたいのだが、アスナは何事もなかったようにチーズケーキを食べ始めた。どうも美味しさを表現する為の言葉が思い浮かばなかったので、諦めたらしい。アスナには良くあることだから気にしない方が身の為だ。なのはさんは苦笑しているが、美味しいと思っていることは伝わったようだった。

「くく……頭に……蛙……ひヒ……感想…最後まで言って……くヒ」

 隣を見ればフェイトさんが、何かしらの()()に入ったらしく笑いを噛み殺していた。最近気が付いたが、フェイトさんの笑いのツボは他の人と違って斜め上か、斜め下にあるらしく、どちらにしても斜めであることには変わりはなかった。それに加え、怒りと笑いの違いはあるが、ヴィータ副隊長と同じくらいに沸点が低い。アスナの『布団が吹っ飛んだ』で笑った時は驚愕すると同時に、アスナの満足げな顔が忘れられない。

「フェイトちゃんは放っておくとして。……みんな食べ終わってからでええねんけど。ちと話があるんや」




 夜の帳が落ちた湖は、昼間とは違った顔を見せている。空を見上げれば、月と星。淡い灯火のような月光と。蛍のような儚げな星の光を湖面は静かに受け止めていた。高町なのはとフェイト・T・ハラオウン。そして八神はやては、そんな夜の()()()に溶け込むような湖を見ていた。

 実は、本来の目的はすでに終わっていた。発見されたロストロギアは、新人組だけで危なげなく封印。六課に配属されてから初めての実戦らしき実戦ではあったが、司令塔のティアナが中心となり、日々熟している訓練の成果が出たのか拍子抜けするほどあっさりと、片が付いてしまったのだった。

 三人以外のメンバーは、さほどかいてもいない汗を流すべく銭湯へ進行中である。コテージに入浴設備がないのと、管理局への報告及び事後処理の為に三人が残った。……建前上は。

「最初はな? 氷結の息吹(Atem des Eises)を使おう思うたんよ」

「はやて……」

 フェイトは呆れたように呟き、なのはは透かさず疑問点を口にする。

「あれって広い範囲を凍結させるだけでしょ? それにユニゾン(融合)してなきゃダメじゃなかった?」

「ダメってわけやないけど……調整は、リインもおるしな」

「違うよ、はやて。調整云々じゃなくて、ここ(地球)じゃそんな広域を凍結させるような魔法は使えないよ。仮に使えたとしても、ダイヤモンドダストは発生するけど……」

「雪じゃないね……」

「ティアナと同じこと言わんといて……」

 はやては、疲れたようにテラスのテーブルへと突っ伏した。昼間、フェイトと同じような指摘をティアナから受けた為だ。確かに急激に温度が下がれば、空気中の水分が凍り付くことにより『ダイヤモンドダスト』と呼ばれる現象が発生する。だが、それは雪かと問われれば、否だろう。

「はやて、いつまで拗ねてるの」

「わたし達も考えるから、ね」

「……二人は初めて魔法を使うた時のことを憶えとる?」

 突っ伏したままの彼女の口から、そんな言葉が零れた。意外な質問になのはとフェイトはお互いの顔を見合わせる。くぐもった声には少しだけ寂しさが乗っていた。

「わたしは……ユーノ君との出会いも初めての戦闘も、何もかもが突然だったけど……うん、そうだ。楽しかったよ。ユーノ君とレイジングハートに教えて貰いながら、魔法を憶えるのは楽しかった」

「私も、そう。リニスが教えてくれる魔法一つ一つを出来るようになる度に喜んだよ。楽しかった」

「今はどうや?」

 はやての言葉に二人は一瞬、言葉を詰まらせた。何か言おうとした時、はやてが顔を上げる。

「私もな、二人と同じや。凄く楽しかったわ。あの頃は本ばっかり読んどったからな。今でも読んどるけど。御伽話にしか出てこない魔法なんちゅうもんが現実にあって、しかも自分で使えるんやで。楽しくないわけないわ……楽しかったわ」

 二人は何も言わず、はやての独白を聞いていた。きっと、彼女は。大事なことを言おうとしているのだ。

「管理局の仕事には、誇りを持っとる。それは間違いないわ。……せやけどな? 人間って贅沢なもんで、それが()()()()になると感謝もせえへんし、楽しいて思わなくなる」

 はやての前に置いてあるアイスティーの氷が、からりと音をたてた。

「私はな。もう一度思い出したいんや、あの頃の気持ち。なんて言うかな、こう……どきどきと言うか、わくわくと言うか……まぁ、ええわ」

「最後まで言ってよっ」

「アスナみたいだよ……」

 誤魔化すようにストローからアイスティーを吸い上げている彼女へ文句を言うが、二人には十分伝わったようだった。なのはとフェイトにしても『魔法』という力に出会った頃の、楽しさと高揚感をいつの間にか無くしていたからだ。いや、忘れていたのか。

 三人を見るといつの間にか、違う話題へと変わっている。地球での思い出。悲しかったこと、苦しかったこと、そして……楽しかったこと。はやてがフェイトを揶揄い、なのはが困り顔をでそれを仲裁するといういつもの光景になったようだ。三人の楽しげな姿を月と星が見ている。そんな姿に呆れるように──── 森のフクロウが、ほうと一声鳴いた。





 朝霧の立ちこめる湖の畔に一人の少女が立っていた。女性らしいラインを隠すように迷彩柄のキャミソールが身を包んでいる。すらりとした足には、履き古したネイビーグリーンのカーゴパンツを履き、足下には管理局から支給された無骨な編み上げブーツ。左の二の腕に結ばれた紅いリボンが、ひらひらと蝶のように風に揺れていた。ティアナやスバルには身なりに気を使えとよく言われるが、彼女……アスナにはあまり興味はなかった。

 まだ家にいる頃。一度だけ彼女としては、かなり大胆な短いスカートを履いたことがあったが、兄が狼狽えてしまった為に、それ以来履いていない。その事実は彼女を少しでも女性として意識している証拠でもある為、彼女にとっては嬉しい事ではあったが。

 意識を内へ内へと沈み込ませる。仮想敵は、三人。敵の一人が両手に構えた『銃』をこちらへ向ける。アスナは重心を低くし、獲物を狙う蛇のように蛇行しながら敵へと肉薄する。独特な足運びとスピード。敵には彼女が突然消えたり現れたりしているように見えるだろう。


──── 今から十年くらい前に交通事故で息子さん夫婦とお孫さんを一度に亡くしとるそうや


 アスナが使う『技』には名前が無い。彼女自身その必要性を感じなかったし、意味を見いだせなかった。だが、スバルがそれはいけないと頑なに主張した。結局アスナが折れてしまい、今では幾つかの技に名前が付いている。尤もスバルに任せてしまうと、『スーパーウルトラ○○○』とか『キックして更にキック』などと、平気で付けようとするので、結局自分で考える嵌めになった。


──── お孫さんは当時六歳。雪が降ると大はしゃぎだったそうや。その人にとって雪は大切な思い出なんやな。……せやけど、温暖化の影響なんかな。去年はまともに降っとらん。その前もや。


 敵の虚を突き、横合いから姿を現す。敵は驚くも彼女を撃ち抜かんと銃口を向けようとするが、その時にはすでにアスナの『抜き』が敵の頭部を正面から穿っていた。至近距離から予備動作の無い高速の()()()─── 『啄木鳥』。


──── 甘いと思って貰ってもええ。派遣任務中に私情を挟んどるのも理解しとる。せやけどな、私はもう一度、思い出したいんや。


 二人目の敵はアスナと同じ徒手空拳。敵は何の策も無く雄叫びを上げながら猪のように向かってくる。アスナは突進のタイミングに合わせバク転すると同時に、右のつま先を敵の顎めがけて跳ね上げた。鈍い音と共に敵がよろめく。アスナは着地すると透かさず敵の眼前へ飛び込み、左のジャブを額へと撃ち込む。弾かれるように敵の顔が空を仰いだ。間、髪容れずに無防備に晒された敵の顎へと、大砲のような右を放つ。敵は縦に回転しながら大地へと叩き付けれて動かなくなった。アスナが尤も得意とする左右のコンビネーション─── 『川蝉』。


──── 私らの『魔法』は敵を倒す為の剣であり、何かを守る為の盾や。私はそれを誇りに思うとるし、魔法に出会ったことを後悔もしてへん。……確かめたいだけや。()()()の気持ちが、私にまだ残っとることを。


 アスナが最後の──── 『最大の敵』と対峙しようと構えた時、意識が急速に引き上げられた。そちらへ意識と視線を向けると二人の女性が拍手していた。

「……だれだ」

「ちょ、昨日会って挨拶もしたじゃない。憶えてないの?」

「……金髪のねーちゃん」

「フェイトだって金髪じゃない」

「……フェイトは金髪で赤」

「は?」

「アリサちゃん、()じゃないかな」

「あんた、いつもそんな感じで憶えてるの?」

 アスナは人の顔を覚えるのが酷く苦手であった。数年前まで家族以外を、路傍の石としか見ていなかったことによる弊害なのか知れない。

「まぁ、いいわ。それにしても凄いじゃない。黙って見てたのは悪いけど。イメージトレーニングってヤツ?」

「うん、それにとっても綺麗だった」

「……まぁな」

「おもしろいな、こいつ」





 何やら楽しげな話し声が聞こえて目を覚すと──── 珍しい光景を見た。アスナが、昨日会ったばかりの人間と話している。雪でも降るのだろうか。いや、そう言う話しだったか。本来の目的は昨日のうちに終わらせている。思っていた以上に簡単な任務だった。()()()を見せる必要もなかったし。むしろ本番はこれからだ。

 本当は今日が帰投予定。それを八神部隊長が二日間の滞在延長申請を出した。つまり……たった二日で雪を降らさなければならない。『魔法』で。八神部隊長が魔法に拘るのも何となくわかる。それは、今のエリオとキャロを見ていればよく理解出来るからだ。兄さんに教えて貰いながら、初めて魔法を使った時の気持ち。あたしも久しく忘れていた。

「あら、珍しく早起きね」

 スバルが顎を摩りながら起き出してきた。

「……なんか酷い目に遭ったような気がする。夢の中で」

 偶然だ。あたしもそんな夢を見たような気がする。よく思い出せないまま、アスナの顔を見つめた。なんだか、腹が立ってきた。理由はよくわからないけど。





「……フェイトの頭には、たまにお花がさくな?」

 皆で朝食を摂っている時に何の脈絡もなくアスナが失礼なことを言った。言われたフェイトさんは自分の頭に両手をぺたりと乗せ、なのはさんへと視線を向ける。『自分のことを棚に上げる』を体現しているようなアスナではあったが、本人は全く気付いてもいないし、気にしてもいない。

「私の頭にお花なんか咲いてないよね?」

「うん……そうだね」

「なのは? 私の目を見て」

「いや、あのな? それを他の人に聞いとる時点で十分……まぁ、ええわ。何の話をしとったんやっけ」

「エリオとキャロに自然保護隊の話を聞いていたんですよ」

「あぁ、そやった。流石ティアナや」

 何が流石なのかさっぱりわからないが、他意はないはずだ多分。食事をしながら御互いに意見を出し合っていたが、これと言った案が出ることはなかった。そんな時に、藁にもすがる思いでエリオとキャロへ八神部隊長が話を振ったのだった。

 突然話は変わるが、機動六課は期限付きのインスタント部隊だ。エリオとキャロはすでにその先を見据えており、解散後は自然保護隊への入隊を希望していた。その関係もあり、この二人は今回の派遣任務ぎりぎりまで自然保護隊への研修へ行っていた。二人とも着替える間もなくその足で出発となったわけだが、たいしたものだと思う。精神年齢はアスナより成熟してるんじゃないだろうか。

「……そんなに見ても、このプリンはあげない」

「いらないわ」

「……一口ならあげてもいい」

「いらないって言ってるでしょ」

 あたしとアスナのやり取りを横目で見ながら、エリオは幾分困ったように口を開いた。

「えと、僕もキャロも研修に参加できて楽しかったです。珍しい植物や動物を見られましたし、植物の標本を持ち帰ることも出来ました。だけど……お役に立てなくてすみません」

「エリオが謝る必要なんかあらへん。キャロもそないにしょんぼりせんでええよ?」

 昨日、あたし達はエリオとキャロが採取してきた植物の標本を見せて貰ったばかりだ。二人とも楽しそうだったのが印象に残っていた。それに八神部隊長の言う通りで、これと言った意見が出せないのは、あたしたちも一緒なのだ。その時、スバルとエリオの目の前に山と積まれたトーストを達観したような目で見つめていたヴィータ副隊長が口を開いた。

「なぁ、何も海鳴全部に降らせる必要はないんだよな?」

 それを聞いたシグナム副隊長が意見を挟む。

「ヴィータ。海鳴全域であろうと一部であろうと、雪を降らさなければならないことに変わりはないんだぞ?」

「いや、だから……あたしはこういう小難しいこと考えんのは苦手だからうまく言えないんだけど……雪が降るには寒くなくちゃなんないだろ。だったら『結界』で一部囲ってさぁ、結界の中だったら外には影響はないよな」

 そうか、結界か。その閉鎖された空間内で雪が降るような状況を作り上げればいい。あたしは直接見たことはないけど、八神部隊長の魔法が使える。勿論、結界内の気温を下げる為だ。だけど、気温が低いだけでは雪は降らない──── 雲だ。結界内に雲を発生させるには大量の水を蒸発させ、水蒸気にしなければならない。それにしたって僅かな確率だろう。だけど、大量の水なんて……ある。すぐ傍に。全員が陽光を浴びて輝く湖を見つめた。問題はどうやって────

「私がやろう」

 シグナム副隊長が近所へ買い物に行くような口調で告げた。

「何を不思議そうな顔をしている。私の魔力変換資質と愛剣(レヴァンティン)の特性を忘れたか?」

──── 『炎熱』

「こんな使い方をしたことはないが、うまくやってみせる。ただ……かなりの熱量になる筈だ。そうなると……」

「心配ない。結界はあたしの『封鎖領域』を使う。あたしが設定した『条件』に合致するものだけ結界内に残しゃいい。言い出しっぺだしな、やってやるさ。……はやてが言った、ばぁちゃんはどうすんだ?」

 ヴィータ副隊長の問いかけに答えたのは、なのはさんだ。

「結界を展開するところをあまり見られたくないし、頃合いを見計らって外から連れてくるのが一番いいかな。その役目はアスナが適任だね。アスナなら結界への出入りは自由自在だし。それに……うん」

 なのはさんは歯切れ悪くそこで口を噤んだ。あたしは彼女が何を言おうとしたのか何となくわかる。

「アスナの完全魔法無効化能力(Cancel Magic)は反則だよな」

「……勝ち組だからな?」

「うるせーよ」

 まだ、何もしていないのに皆の顔に浮かんでいるのは笑みだ。アスナが()()()()に気が付いてくれると嬉しいと思う。目標よりも過程の方が大事な場合もあるんだと言うこと。そして──── あんたはもう一人じゃないと言うことに。





「言い出しっぺとは言え、ちょっと面倒だぞこれ」

 湖の魚とか持って来ちゃうと不味いよな。それに……今更だけど、向こう(管理局)にバレると怒られるよなこれ。まぁ、いいさ。何を考えてるかさっぱりわかんないアスナが、はやてとあたし達を頼ったんだ。なんだか楽しいしな。

「よし──── いけ」

 その瞬間。世界が切り取られた。





 一歩足を進める。敵を斬る為ではなく、主はやてを……大切な仲間を護る為でもなく。一歩足を進める。昂ぶった体に水の冷たさが心地よい。ヴィータの張った結界は完璧だ。何も心配はない。一歩足を進める。昔の私が今の私を見たら『くだらないことを』と嘲笑うだろうか? 『意味がない』と呆れるだろうか? どうでもいい。これが今の私だ。一歩足を進める。さぁ、倒すべき敵はいないが名告りを上げよう。

「ヴォルケンリッターが将。『剣の騎士』シグナム」

 カートリッジによって上乗せされた魔力が、シグナムの魔力変換資質によって姿を変え、レヴァンティンへと炎の蛇となって纏わり付いた。





 レヴァンティンを湖へ突き立てるように構えたまま、腰まで水に浸かったシグナム副隊長の姿は陽炎のように揺らめいている。湖面からはもうもうと水蒸気が立ち昇り霧となって、周辺を覆い尽くしていた。なのはさんとフェイトさんが不測の事態が発生した場合に備え、数メートル離れた場所でそれぞれ待機している。

 それにしても……暑い。結界内の温度は発動させた時の外気温に従う。だと、言うのに。暑いを通り越して熱い。すでに真夏の温度ではない。悔しいことに、今回出番はないあたし達に出来るのは、熱さに耐えながらシグナム副隊長を見守ることだけだった。その時……涼しげな風が吹いた。

「はやてちゃん。暖められた空気は勝手に上へと昇っていきますけど……私にもお手伝いさせてもらえますか?」

「うん……ありがとうな、シャマル」

 力強く優しい風が、あたし達の髪を踊らせながら空へ……空へと昇っていく。バリアジャケットのスカートを必死に押さえているキャロから、慌てて目を逸らすエリオが初々しい。

「おい……あれ」

 ヴィータ副隊長が空を指さす。そこにあったのは、小さいながら紛れもなく──── 雲だった。ヴィータ副隊長が結界を張り、シグナム副隊長が湖の水を蒸発させ、シャマル先生が水をたっぷりと含んだ空気を希望と一緒に空へ。こうして見ている間にも、雲は少しずつ自己主張を始めている。このままいけば、雨が降るだろう。だけど、雨じゃだめなんだ。だから──── 彼女が。

 八神部隊長の足下にはベルカ式の魔方陣。バリアジャケットを纏った彼女の周りに白く輝く四つの立方体が出現した。そして、唱える。強力な魔法を不用意に発動させてしまわない為の安全装置──── 詠唱(発動キー)を。

──── 仄白き雪の王。銀の翼以て、眼下の大地を白銀に染めよ。来よ、氷結の息吹

 詠唱とは裏腹に白銀の弾丸は大空へと吸い込まれていく。八神部隊長が放った魔法は対象へ着弾しなければ意味がない。だったら。着弾させてやればいい。大空の()()へ。ヴィータ副隊長の結界は内側から破壊する場合、なのはさんでも手を焼くほど堅牢なのだから。





「……ばぁちゃん、はやく」

「あ、アスナちゃん、はぁ、年寄りを走らせるもんじゃないよ」

 アスナは穂村さえの手を引きながら結界へと急いでいた。結界内の雲から白い物が降り始めたのを確認したアスナは、矢のように何の苦もなく結界の壁を突き破り、さえの家へと急いだのだ。

「あ、アスナちゃ」

 アスナは暫し考え込んでいたが、息を切らしているさえを小脇に抱えみ再び疾走を始めた。驚いたさえがアスナへ何事か訴えたが、アスナは構わず速度を上げた。後でたくさん謝ろうと思いながら。





 結界内へさえさんを抱えながら飛び込んできたアスナは、じっと空を見つめていた。八神部隊長が魔法を放ってから僅か数分で、それは降り始めた。だから、アスナも彼女を迎えに行ったのだ。鈍色の空から降り注ぐ真白なそれは、マリンスノーのようにゆったりと舞い落ちてきていた。まるで──── ()()()()()

 雪は、降らなかった。その代わり、あたし達の無念を晴らすかのように空から降ってきたのが、雪のように白い綿毛──── スノー・バグ。虫の名が付いてはいるが、歴とした植物らしい。何故、地球には存在しない植物が雪の代わりに降ってきたのか。ここからは、エリオとキャロの推論になる。

 エリオとキャロは自然保護隊での研修を終えたその足で地球へとやってきた。二人とも研修が終わった際に検査は受けているが、スノー・バグの種子は非常に小さく衣服や持ち物に紛れてしまった場合は発見は難しいとの話だ。

 スノー・バグは急激な温度変化により、爆発的に数を増すことが確認されていて、恐らく何らかの手段によって持ち込まれてしまったスノー・バグの種子が、風で舞い上げられた。そして、魔法によって急に下げられた温度が原因で空の彼方で増えてしまい……今、雪のように降っているというわけだ。

 あたしの話を黙って聞いていくうちにアスナは次第に顔を俯かせていった。結果的にあたし達は──── 雪を降らせることは出来なかった。

「降ってるねぇ、雪」

 さえさんの言葉にアスナが弾かれたように顔を上げた。

「……ばあちゃん?」

「ほら、こんな綺麗な雪は見たことないねぇ。それにね」


──── おばぁちゃん、雪だよ! みてみて! あれ?

──── どうしたんだい?

──── 消えちゃったの、ほら

──── 美冬? 雪を手で触ったら、そりゃぁ消えちゃうさぁ

──── ……消えなきゃいいのに


「暖かいねぇ、消えないねぇ」

 さえさんは手の平に乗った綿毛を愛おしげに撫でる。まるで──── ()()を撫でるように。何度も。……何度も。

「……ばあちゃん」

「私の家族は雪みたいに消えちゃったけど。この雪は消えないねぇ。……アスナちゃん、ありがとうね」

 あたしは、空を見上げる。あたし達が作り上げた雲はすでに無い。雲一つない青空からは──── 暖かな雪が降り続けていた。ひらひら、ひらひらと。全員の思いを込めた──── 暖かい雪が降っていた。





「やっぱり本物の雪が降った方がよかった?」

「いや、これでよかったわ」

 フェイトに尋ねられたはやては即答した。胸を張って。

「ちょっと意外かな」

「なのはちゃんは何言うとるんや。あの子らを見とったら、どっちでもええわ」

 三人の視線の先では、穂村さえを囲むようにして笑いあっている六課の面々がいる。はやては彼女達をみながら自分も輪に加わるべく歩き出す。その小柄な背中へ、なのはが声を掛けた。例え返ってくる答えがわかっていたとしても。

「はやてちゃんは思い出せたのかな。……楽しかった?」

 はやては満面の笑みを浮かべながらこう言った。先ほどと同じように、胸を張って。

「当たり前や」





「お別れは済ませた?」

「……いつでも遊びにおいでって」

「そう。良かったじゃない」

「穂村さんの事は心配いらないわよ。こっちでそれとなく気にしとくから。なんだったらウチの人間を何人か付けとくし」

 バニングスさんはお金持ちだと八神部隊長から聞いていたが、どうやら本当らしい。アスナはそれを聞いて糸の切れたマリオネットのように頷くと、バニングスさんと一緒に見送りに来てくれていた月村さんに視線を向けた。そしてアスナは少しだけ躊躇するように口を開いた。

──── もっと自分をすきになったほうがいい

 アスナが言った言葉が何を意味するのかはわからない。その時の月村さんの樣子を考えると、よほどの事なのだろう。その後、月村さんは酷く思い詰めた樣子でアスナを伴いどこかへ行ってしまったが、戻ってきた時には憑き物が落ちたような綺麗な笑顔を浮かべていた。

 今回の件はアスナにとって良い経験になったと思う。勿論、あたし達にとっても。何よりアスナが他の人に頼ってもいいんだと言うことを憶えたのは大収穫だと思う。こうして。それぞれの思いを秘めながら、あたしたちは地球を後にした。





「みんな、お疲れさんやったな。なんやえらく長い間おったような気がするけど。今日一日はオフにしてるさかいゆっくり休んでな?」

 全員が動きを止めた。勿論、八神部隊長の労いの言葉にではない。……聞こえたのだ。聞いてしまった。あたし達を出迎えに来たヴァイス陸曹が、皆の様子に首を傾げながらこう言った。その答えを。

「みんな、お疲れ。どうしたんだ? ……アスナ、頭に蛙がいるぜ」

 アスナの頭の上に乗っている緑色した生き物を確認すると、全員が床に崩れ落ちた。それと同時に。六課メンバーの見事なまでに息の合った叫び声が木霊した。アスナは何処まで行ってもアスナだった。……許可も検査も受けずに連れてきてどうするんだ。あたしの呟きに答えるように、アスナの頭の上に鎮座している蛙が一声鳴いた。


──── 泣きたいのはこっちだ。






 ~アスナが地球へ行くお話 後編 了

 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧